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スーパーちんどん・さとう

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不覚にも面白かった ★ 映画 「ジョジョの奇妙な冒険」


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てなことで、工藤さん+αで「ジョジョの奇妙な冒険」を見てきたわけですが。

どうですか、ジョジョ。
俺はまあ世代じゃないんですね。
俺は「がきデカONチャンピオン」世代なので、マンガ自体をよく知りません。

よく、「ジャンプの世界観」みたいなことをいいます。
いわゆる、冒険、友情、云々、みたいな。
この映画、まあまったくそういう感じの中身でした。

俺は、その世界観もよくわからないんだよな。
俺の時代は、ジャンプ、そんなに面白くなくて。
呼んでいたのはもっぱらチャンピオン。
他にはマガジンを少々。
というのも、うしろの百太郎を読んでた。

てなことで、ジャンプ的世界観に触れることもなく、今日まで生きてきました。


で、映画ですが。
これ、まあ不覚にも面白かったです。
不覚にも、と書いたのは、これは恐らく作り手が「面白くしよう」とはあまり思ってないんじゃないか、と思うからですね。

おそらく、「ジョジョを実写化するぜ」ということなんだと思うの。
それだけ。
ジョジョが好きな人たちが集まって、まあジョジョで遊ぶ、一つの形としての「実写化」なんじゃないか?と。

それはもちろん、「原作に忠実に」ってこともあるだろうし、それだけじゃなくて、「ジョジョ?ガチでやんのかよ~」という冷笑ともあこがれともつかない思いでいるであろう「ジョジョファン」を驚愕させるため、というか。
そう考えたときに、この映画が「よかった」とか「面白かった」というのもなんか違う気がしまして。

が、面白かった。


確かに、ご都合主義が過ぎますね。
一人倒し、ほっとしてると次の敵が現れる感じ、とか。
倒した相手が自分の仲間になっていく感じ、とか。

もうなんていうか、作者の思うまま、というか、まあそれってあたりまえなんだけど、主人公が作者に勝ってないというか。

よく、長期連載モノとかだと、作中のキャラクターが暴走する、みたいなことを作家の方がいうことがありますけど、それと逆。
ゲームボードの上にキャラクターを乗せて、作者が好き勝手動かしてる、みたいな感じ。

そりゃ、「連載が続くようにできてますね」というか、「連載が続くように展開しますね」みたいな。
「大人の都合」が透けて見えるというか。

が、まあ面白かった。


というのも、まず、この世界観、エンドロールによればスペインで撮ったらしき街の空気感というか。
日本であって、日本じゃない。
家の食事とか、家の造形とかがもう日本じゃない。
けど、語られる主人公の周りの日常は日本。
そして、重要なのは、高校生じゃないようで高校生。

魁男塾的、バンカラマンガのようで、そうではない。
というのも、実際に闘うというより、わけのわからない「スタンド」なる武器的なモノが闘う。
それがどっか北斗の拳を想起させるような闘いで。
だって、動きが高速すぎて見えない。

つまりもう、全部「奇妙」なんだよね。
世界観がおかしいの。

そこにまあ、「入り込めるかどうか」なんだけど、一回はまるとこういうのは怖い。
映画向きといえば、映画向きなんじゃないか、と。
まあ、確かにヘンテコな世界観や「スタンド」の意味とか、そういうのに乗り遅れちゃうと、おそらくついて行けない。
一緒に行ったアキは、最初の敵が登場するところで、その敵のスタンドがなんのことやらよくわからず、そこで挫折した、といってたけど。

つまりまあ、「あまり考えないこと」ってことではあるんだよな。
わかんないなりに見てると、まあそのうちわかる感じ、あくまで「感じ」がする、くらいのアレですがまあ、入り込めなくはないので、そこはちょっと耐えていただきたい。

今回、第一章とのことなので、続編があるのかないのか。
あるなら、個人的にはとりあえず見にはいきたいな、と思っております。








(BGM:h.shirahama「神々の誘惑」fromYOUTUBE)
→白浜久さんはすごく好きで。
基本、メロディがきれい。
歌詞も好き。
けっこう白浜さん在籍時のARBの評価って低いんだけど、ちょっとそれは俺としては悲しい。
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「わかりあいましょう」の前に


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みんな来てね~。


てなことで。

う~ん。

まあ、世の中ってのは、障害者に対して、「歩き方が変」とか、「独り言言っててキモイ」とか、まあそういうことを言う、って流れになってます。
つまり、健体者→障害者、という流れ。
それを逆手にとって、障害者→健体者という流れの番組を作ろう、というのは、面白い試みだとは思う。

この前、井上達もその番組に参加した(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4145.html)。
障害者を100人集めて、という中に、ウチの連中も混じっていた。
ハトミa.k.a.漆黒なんかは、ずいぶんフューチャーされていた。
井上は、「俺も喋ったのに、カットされてる」と言っていた。

ま、それはいい。
編集というのはそういうモノだ。


しかしこの番組、とにかく始まってから据わりが悪くてしょうがない。
なんだろう、この感覚。
違和感がずっと去らないまま、番組は終わった。


「障害者には優しくしましょう」というのは、確かにずっと小学生、イヤ、もっと前から言われてきた。
それは強固な社会の一つの価値観で、意味もなく障害者を蹴っ飛ばしたりするのは、健体者を蹴っ飛ばすよりも「卑怯者」と言われる。

まあ、そりゃそうだ。
逃げようにも逃げられない足の不自由な人を蹴るなんてのは、「逃げようと思えば逃げられる」人を蹴るよりも、容易い、という風に考える事ができるからだ。
とはいえ、まあこの「逃げようと思っても逃げられない」という心理的なことだってあるから、「より卑怯」も、安易に「絶対」ではない。

が、まあ「そういうことになっている」。


逆に、障害者が頑張れば大いに賞賛が与えられ、そうでない場合は、「あたりまえ」と切り捨てられる。
いわゆる24時間テレビ的な「感動ポルノ」といわれる考え方。

ヤンキーが頑張って勉強して大学に入れば映画になるが、一般の人が頑張って大学に入っても普通である。
ま、そういうの、わからなくはない。
が、まあ、ヤンキーは選んで「なった」という面も否定できないが(といって、環境的に逃げられない状況だってあるけど)、障害者は選んでなったわけじゃないんだけど。

が、まあ「そういうことになっている」。


これらの「価値観」を壊そうとしたのがこの番組である、というのはわかる。

が、この番組の中で語られるのは、「障害者に生まれてよかった」とか「健体者になろうとは思わない」みたいな「かわいそうな障害者」を飛び越えた「ポジティブな障害者」で、結局ですね、これ、「新しい障害者像」を作る作業に他ならないじゃん、と。
「新しい感動ポルノ」を作ろうとしてるんじゃん、という。

正直、障害者が健体者に何をか言う、ってのは、吊し上げになるんです。
今の世の中の中で、障害者がもの申す、というのは、「反乱」なの。
けど、もちろんこの番組はテレビだから、そうした「吊し上げ」をよしとしない。
だから、「反乱」を許さない。

反乱を経ることなく、「融和」を強調するから、「言いたいコトを言う」という「最初の一歩」が、ここでは表現されない。


こうした姿勢が、結局、「融和するための新しい障害者像、健体者像(番組の中では健常者、と呼ばれていた)」を提示してしまっている。

これは、出てる人にとってみたら「答えのある」なんでも言ってイイですよ、でしかなくて。
こうなると、「わいわいと好き勝手なことを喋る」ってことが難しくなる。
出た連中に聞けば、部分部分では盛り上がったところもあったが、全体的に「シーンとしてたんだよね」とのことで、そりゃそうだろうな、と思う。
つまり、「何を言ってもイイ」ということが、「一つの新しい障害者像、という答えに収斂している」のだから、それは「何を言ってもいいわけではない」のだ。


まあ、だから、おそらくテレビのバラエティとしてこれをやろうとした熱意はわかる。
けど、そこに至るまでに、一つ段階が抜けてるんだと思う。

それは、ケンカ、なんじゃないか。
キレイにまとめるんじゃなくて、ケンカ中継みたいなヤツ。






(BGM:THE MODS「urusai」fromYOUTUBE)
→当時、すごく高嶺で取引されてたソノシート。
今はもうこうやってみんなで聞けるんで、まあよかったというか、バンドサイドとしてはあれか、よくない面もあるのか。
ってか、高値取引してるの、バンド当事者じゃないからな…。

王様にならざるを得なくなる(なりたくはないのに)


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ま、秘密のルート(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4149.html)で、お盆休みの実家での様子は、なんだかんだちょっとちょっと知ってはいました。

ま、その中で、やっぱり「実家だと暴れる」とか。
「実家だと横暴になる」というヤツってのがやっぱいるんだよね。

これ、普通ですね。
小さい子だって、お母さんから離れて子守してもらってる間は「おとなしく」していたりしても、お母さんが帰ってきたとたんに「大騒ぎ」ということがよくあります。

つまり、「甘えてるんだね」みたいな。
これはこの先の話の前提の一つです。


しかしこれは、実家にいたときに起こしていた「問題行動」が、こっちではなんとか収まる方向に向いてきたのに、実家に帰ると爆発する、ということでもあるんです。

問題行動とは、いわゆる自傷だったり、他傷、徘徊。
かなり、深刻な事態も「復活」してしまう。

いや、まずこの深刻な事態を「甘え」と捉えてイイのかどうか?という問題がありますね。
度を超えている、と。
でも、まあ度が「わからない」ということであれば、この考えも成り立つような気がします。

つまり、「度を過ぎる」ことに対して、親や周囲が「なにも伝えられなかった」という「今の結果」。
わからないこと自体は、彼らの責任ではないですから。
でも、それを「わかるように」教えることは、やっぱり親も周囲も、例えば教師とかがやっていかなきゃいけない。

別に知的障害者とかじゃなくても、「自分を傷つけてはいけない」ということや、「他人を傷つけてはいけない」ということは、なんだかんだ多方面から「教えられる」ことであって、確かに本能的なこともあるんだろうけど、社会的な関係、行動の中で、「それは人を傷つけることになるからやめなさい」ということは、後天的に学ぶモノでしょう。
それを、きちんと「やりきれなかった結果」として、こうした行動が「大人になってからも」あるわけですね。

もちろん、大人になって出た、ということもあるでしょう。
その場合は、スタートが遅いとしても、そこから始めていくしかない。
ま、多くは薬だったり、将来への漠然とした「絶望」があるんじゃないかと、経験的に思ってるんですが、それをやっぱり調整し、同時に「希望を感じられる毎日」を、作って行く必要があるかと。
その辺はまあ本筋じゃないので、改めてですが、で、まあそうやって、その行動がだんだん抑えられるようになってきた。

けど、お盆休みとかの実家に戻った、親元での一週間の中で、一気に元に戻る、というね。
これ、少なくない。


まず、「正直なにも伝わってなかった」という、オレたちの敗北ですね。
これを感じます。
それと考える道筋として、でも、「戻らない」ヤツ、もいることを考えてみると、その親子関係の部分がネックなのかな?という部分も検証としてはでてきます。
で、ま、今回は、この後者の部分について考えます。

これですね、どうも、親子関係が「王様と奴隷」になってるパターンが多いように思います。
つまり、子どもがやりたいコトを「実現させてやってる親」ですね。

いや、イイコトじゃないか、と思いますけど、とにかく「なんでもかんでも彼の言いなりになる」ということを繰り返していると、「我慢がきかない」と。
そりゃ、他人をぶん殴って止めない親はいないと思いますけど、それ以外は「やりたいようにやらせる」ってのは、よくあって。
でも、このパターン、いざ、なにか反社会的な行動を止めようとしたときに、止められない、ということになったりするんだよね。

これが他者に向かって傷害とか、そういう風になってしまうと、「やっぱり知的障害者は外に出すな」とかって馬鹿馬鹿しい意見を勢いづけちゃいますから、けっしてやってはいけない。
被害者はもちろん、本人も、世論も、全て悪い方に行きます。

親子関係、というのは、子が主役、ということでもなければ、親が主役、でもない。
関係、だから、折り合いをつける必要がある。
けど、子が障害をもっていたりすると、なぜか「子が中心」「この子の好きなように云々」というのが、女神的親というか、神的親として崇められたりする。
「今日は私が行きたいところに行くから付き合え」という親が、批判されたりすることがあります。

でも、関係、だから。
そういう日があってもイイと思うんです。
それはバランスですね。

そうやって、どっかで「我慢する自分」を作ってやる必要がある。
じゃないと、彼らはずっと「王様を演じなければならない」んですね。
つまり、「親子関係とは、王様と奴隷である」という風に彼らが思い込んでしまっている可能性もあるわけです。

こだわりの強い彼らのことだから、その「関係」を維持しようとする→実家に帰ると元に戻る、という感じになってしまうのではないか?と。

これね、別にそれが親が楽しめたり、じゃなければ、抗える程度であればいいんだけど、「もう帰してイイですか」みたいなことになっちゃうくらいになると、やっぱ深刻なんだよね。
それやっちゃうと、親子関係はそのままずっと変わらない。
でも、子どもの体は大きくなってるから、親が対抗できない、ということになり…。


彼らはもしかして、親元に戻ると「王様にならなきゃいけない」と思ってるんじゃないか?
そう考えてみると、なにか違う対策が生まれるような気がします。





(BGM:crack the marian「Growing Up」fromYOUTUBE)
→まあ、とにかくかっこいいわこの人たち。
どっか人を喰った感じの連中。
この「人を喰った感じの」ってのが俺はけっこう好き。

プロレス、サイコウかよ (by成宮アイコ)


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ついに見たわ、ヒートアップ。
TAROさんから、「ヒートアップいいですよ!」ってのは聞いていた。
スタイルEという団体が分裂して、ヒートアップになったのはしっていたが、見に行けてはいなかった。

で、そのヒートアップ、正直、弱小インディー団体。
それはまあメジャーに対する、という意味で、金銭的なことや規模ですね、そういう意味です。
プロレスの中身がすごく面白かったのは、この大会に行ってわかりました。
逆に言えば、もっと金を使って発信できて、たくさんの人が見てくれれば、どんどんでかくなっていく団体だと思うんだけど、ま、その前、ですね。
いわゆる「いい曲を作ってるのに、知られてないミュージシャン」みたいなことでしょうか。

そのヒートアップが後楽園大会をやる、と。

後楽園というのは、プロレスの聖地。
インディー団体は、後楽園で大会をやれるかどうか、が一つの分かれ目で、後楽園進出、というのは一つのハードル。
そして、その先に後楽園定期開催、みたいな。

その、後楽園進出第一弾。
大ものを呼んで客寄せにしよう、みたいなところも感じはしましたが、でもその大ものの使い方が、とてもいい。
なんていうか、ちゃんと「自分のところの選手を立たせるために」大ものを使っている。
そして、メインが所属対決。
しかも代表の田村選手の持つベルトに若手が挑む、という。

この若手、つまりは田村さんが育ててきた選手。
それが歯向かってきて、「俺の方がもう上だ」みたいな感じでアピール。
その感じで、この後楽園を迎える。

なんか、感無量じゃない?
田村選手の心中察するに、なんかもうさ、泣けてくるんだけど。

しかも、この試合が、他の大もの選手が出てた試合ももちろんよかったけど、サイコウによかったのよ。
いい試合だった。
終盤のたたみかけなんか、超メジャーの新日ジュニアの試合といって、何ら遜色はない。

客席からはもう挑戦者の若手を応援するコールがあがってて。
でも、俺の中では田村選手を心で応援してました。

やっぱ、こういうシュチュエーション、ベテランの方を応援するようになってきた俺。
そういう世代なんだな。
試合は、田村選手がギリギリで勝つんだけど、あそこまで自分を追い詰めてくれた挑戦者のことが誇らしく、嬉しかったんじゃないかな。

そう思うと、また泣けてきたりして。

そんなステキな試合の合間に、悪役が凶器攻撃で勝ったりの試合があったりね。
「ちょうど」「なぜか」レフリーが見てない時に凶器攻撃!、という。
レフリーの仕事は、「見ないこと」なんだな、と改めて。

もうサイコウかよ。
プロレスのいろいろが詰まったおもちゃ箱をひっくり返したような大会で。
いや、もうサイコウかよ、です。


そして、PURE-Jという団体の旗揚げ戦にも行きまして。
ま、旗揚げとはいえ、前身がJWP。
選手も、みたところスタッフもそのままで。
いろいろ「経営的な」交代とかがあったのかな、という感じなんですが、詳しいことは知りません。

でもまあ、心機一転です。
そういう意味で、この大会もすごくポリシーが感じられるいい大会だったな。

所属7選手が、それぞれシングルをやるんだけど、チャレンジマッチ的な。
メイン、セミはどちらかというと若手で、ベテランは休憩前のアンダーカードで大会を盛り上げていました。
ま、そういう意味では、メイン、セミはちょっとね、もうちょっと頑張れ、って思いましたけど、それも今のこの団体の限界だから、それはそれでいいんだと思う。

いや、泣いたのが、KAZUKI選手の試合で。
ラダーマッチ。
そして男子選手と闘う、ということで、異色のカードで。

KAZUKI選手は、どこかコミカルな試合もしっかりできるベテラン。
けど、けっこう中盤まで、相手の男子選手とラダーを巡る攻防とかで、シリアスというか、コミカルも含めた感じの、「正当な感じのラダーマッチ」をやってたんです。
これはこれで、すごく見応えがあって、引き込まれてたんです。

そしたら、ラストですよ。
KAZUKI選手が、その男子選手に接吻!
当然男子選手がダウン。
で、KAZUKI選手勝ちですわ。

このキメの接吻。
KAZUKI選手らしい技!って、技なのか?いや、技だ。
ラダーマッチと言うことで、それをしっかりやりつつ、最後は自分らしく勝つ、という。
すげえ、すげえよ!KAZUKI選手かっこいいよ!という。

正直、これ、あまりのかっこよさに、接吻の瞬間に泣きそうになったわ。
「そうだ!KAZUKI選手にはこれがあった!」って思わず叫びもしました。


そんなわけで、プロレス、新日だけじゃないんですよ。
ぜひ、女子やインディーも見てください。
必ず、最後にはあなたも言いますよ。
「やっぱプロレス、サイコウかよ」って。





(BGM:Beardsley「空を引き裂き」fromYOUTUBE)
→いわゆるビートパンク的なことですか。
女性ボーカルで。
いちばん俺が苦手とするジャンルなのよね…。

未来を明るくするために


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つうわけで。
先週のお盆休みのことですけど、みんなで旅行、を含めると、7日中、6日コバと一緒でした。

コバは家出をしてきて、ちょっと今のところ、実家に帰ることが出来ません。
結構前の正月休みあけ、「なんか正月らしいことあった?」と聞いたら、「コンビニ弁当に門松のシールが貼ってありました」と言われたことがあり、これはあかんな、と思い、けっこう正月は市丸の家に一緒に帰省したりということをしたりしてきました(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-2643.html)。

ま、そんなこともあり、旅行以外の日程にはプロレスに行く予定を入れたり、同時に、お盆休みには俺とアキ的にはアオテツとその彼女と一緒にどっか行こう、って言ってもいまして、じゃあ、コバも一緒に、ということで、屋形船だったりの下町巡りをしようって話になりまして。

いや、これが楽しかったんだ。
幽霊画から寅さん博物館まで、けっこう堪能したと思うのよね。
ま、「せっかくの休みなので行きたかったけど、普段行けなかった場所に友達と行く」というのが休みの過ごし方としては最強だな、って再確認。


プロレスも二日見に行ったけど、その一日は、アオテツとノブが他で一緒に出かけていることを知っていたんで、夜には合流。
そのことはコバには伝えてなかったんだけど、アオテツとノブと会ったコバは、超笑顔になりましたね。
ま、プロレスも楽しいけど、仲間が増えるのはもっと楽しいというか。
プロレスが、俺とアキと三人だったので、よけい、という。
だって、その三人じゃ「普段」っぽすぎる。
お盆休み感がない。


アオテツというのは、そもそもウチの職員とかそういうアレじゃないんで、まったく関係のない人、なんだけど、まあにじ屋のイベントなんかに遊びに来てくれる。
そういう、「普通の人」なわけなんですが。
こういう人が、まあ何人かいて、ノブやコバが「電話番号を知っていて(つまり電話をかけられて)、時々のみに連れて行ってくれる人」というのが。

これは、もう仕事上のアレで出会ってはいるけど、友だち、だよね。
お盆休みにノブと一緒に遊びに行ってくれる、いや、「行ってくれる」という言い方はおかしいけど。

ま、とにかく彼らとしては、アオテツと遊ぶのは楽しいし、ま、好きなんだな。
こういう人が増えていったらいいのに、と思うわけですが。


よくよく考えたらさ。
例えばすごくにじ屋とかの中で、彼らが不満やイヤなことがあった場合、まあ今だったら俺に言ってきたりして、「●●(例えば専従とか)がイヤだ」とか。
でも、こういうことも、そして、もし俺のことがイヤで、俺のことを訴えたかった場合とかにしても、外の人の電話番号を知ってれば、ヘルプが求められるじゃない。
こういう「経路」を作っておくことは、とても大事だと思うのね。

ま、そんな堅苦しい話はどうでもいいんだけど、ま、単純に、いつも一緒の連中以外の仲間が増えていくというのは楽しいもんね。

ウチの周りには、システムの介助者がいたりして、彼らはまあにじ屋にはタッチしないし、井上やイチマルのことは間接的に知っていても、直接付き合ってるわけじゃない。
でも、中には電話番号を交換して、飲みに行ってる人もいたりして、なんかイイコトだな、って思うんです。
そうやって、「外に向かっていく」というイメージを持てる、というのは、なんか「未来がある」。
希望がある。

「一生親としか出かけられない」とか、「飲みになんか行ったこともないし、きっと一生いかない」とか、そういうことを想像させる毎日、つまりは「出口のない絶望」の真逆の「未来」。
なにが起こるかわからない、「ワクワクした未来」。


もちろん、こうした中で、トラブルも起きると思うんですよ。
でも、それを怖がっていたんでは、何も始まらないし、もっと言うと、トラブルがあるから解決しようとするんだし、新しい「なにか」が、そこから始まるわけです。
だから、トラブルは起きないに越したことはないけど、でも、怖がっちゃいかんな、というか。


てなわけで下町ですが。
幽霊画の中にモトミはいるし、マルベル堂のブロマイドの中に原がいたりね。
あ、そりゃ研ナオコさんか、みたいな。
いろいろもう、あれですね、楽しいわ。
まあ、みんなで来ても面白かったろうけど、ミニマムも面白い。
自由度が高いし。

なんでしょう。
いわゆる葛飾柴又?寅さんの影響がデカイですが、その辺のあたりって、なんか「思い出す」んだな。
俺が子どもだったころ、こうだったな、というか。
そもそも、俺はその辺で生まれてるし。

街並みが、店のオジサンが、オバサンが、通る人が、そして、その中にいる俺が、なんか懐かしくなる。
街で見る全てに、なんかいちいちコメントしたくなるというか。

で、コメントを気にしないで言っちゃえる仲間がいて、そのコメントに返してくれる仲間がいて、いや、サイコウかよ、と。





(BGM:RADIO INSANE「sigh」fromYOUTUBE)
→今聞くと、なかなかかっこいいですね。
マッタク覚えてないんだけど。

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