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スーパーちんどん・さとう

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断言する人は怪しい


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どうして反マスクとかの陰謀論にハマる人がいるのだろう、と言うような話を飲みながらしてたんですが。
例えば、いわゆる「ガンは治療するな」とかって人たちもいますよね。
とんでもない理屈だと思うんだけど、でも信じてる人がいる。
そして、若くして死んじゃった人もいます。

これらをまとめてエセ医学と呼ぶことにしますが、そういう理屈をなぜ信じてしまうのか。
まあ、医学の面だけじゃないですよね。
ビーガンとかも行き過ぎれば身体を壊しちゃったりする。
ま、健康とかってのはけっこうこういう狂信的な人たちを産み出す傾向にあります。

ま、俺もジャンクフードは好きじゃないし、好んで食べようとは思わないが、まあ時には口にする。
それは飲み会だったり、いろいろな流れだったりがあるから。
だから、好きじゃないが、そんなに徹底的に自分から排除しよう、とは思っていない。
徹夜した後はたいがいジャンクフードを欲したりもするし、ストレスがかかるとそういう傾向もあると思う。
それもあまり否定したくない。
ま、いいじゃないか、くらいの。

こういうことを言えば、ジャンクフードと言われているモノを口にしなくても、多くのところで身体に悪いモノを口にしてるんだよ、とか言われそうである。
でもまあ、いいんだよ、それはそれで、とも思う。
ま、たいがいの人はそんな感じで暮らしてると思うんですよ。
でも、時にそれが絶対になっちゃう人というのがいて。
ガンなのに治療しないというのを選択して死んじゃったりする。
ま、死にたかったのならそれでもいいが、その人も死にたかったワケではないのだと思う。
信じる人は救われる、というが、信じる人が死んじゃうんだから、反ガン治療の罪は深い。
ま、本人が信じたいなら信じてもいいんですが、結果、まわりはその決断のおかげで苦しむことになる。

でね、なんでエセ医学を信じるか、ということなんですけど。
彼らの教祖、いわゆる反ガン治療であれば近藤誠さんとか。
反ワクチンだったら、神真都Q会とかか。
そういう人たちってのは、断言するんだよね。
断言してくれる。

でも、冷静に考えると、本当に医学を勉強している人は、おそらくは断言しないんですよね。
学問というのは、深まれば深まるほど、「自分がわからないことがわかる」ってことになっていくんだと思うんです。
だから、断言をしない。

逆に言えば、断言するというのは、そもそも、「わかってない」ということだともいえるように思う。
「俺はこう思います」というのはあっても、それは「完全な理屈ではないかもしれない」というのもセット。
それがわかるのが、学問を追究した人の態度であって、断言できちゃうというのはむしろ学問を知らない、とも言えると思ってる。

ま、たいがいエセ医学や健康療法的なコトにハマる人ってのは悩んでいるわけです。
がんになってしまった、とか。
体調が悪い、とか。
だから、「こうしなさい」と断言してくれる人にすがってしまう、というのはわからなくはない。
そういうおいつまった人に、冷静になれ、というのも確かに伝わらないと思う。
本当の学問は「わからないことがわかることなのだ」というのも、冷静になればわかるのだと思うが、それはおいつまった人には伝わらない。
断言する人が怪しい、とは思わない。
むしろ信じてしまう。

だから問題は、それによって「信者」を増やし、著作を売り、講演会で儲ける人達なのだろう。
彼らは、仮説だろうが、諸説の中の一つであろうがなんだろうが、とにかく「断言すること」が儲けにつながることを知っている。
だから、断言を繰り返す。

本当の世の中はグレーだ。
白も黒もない。
正しいと判断することがあったとしても、立場が変われば間違っていることもあるかもしれない。
もっと学問や前提の精査が進めば、今の仮定はひっくり返るかもしれない。
そういうのが世の中であって、白と黒に分けられるモノではない。

でも、それはとても不安なことだ。
自分が信じている道が正しいかどうかがわからない、ということであったら、信念を持って生きていくことなどできない。
特においつまった状況に置かれれば、人は不安定になり道に迷う。
そして、それが通常の世の中なのだが、それは確かにおいつまった状況では耐えがたい苦難だ。

だから人は断言してくれる人を欲している。
わかる。
わかるが、それは決してまわりの人たちを幸せにしない、ということも経験で俺は知っている。







(BGM:ジャニーズWEST「ズンドコ パラダイス」from「ラッキィィィィィィィ7」)
→まあ、関西ノリってことなんでしょうね。
いいタレントさんの集まりだと思うので、早いところジャニーズ事務所を抜けて活躍してくれることを祈っています。
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しばき合い


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高橋ヒロム選手というプロレスラーがいまして。
今や新日ジュニアの顔といっていいか。
一昔前ならライガーさんがその位置だったか。

このヒロム選手がいいなあ、と思うのは、インディーの選手とかでも「頑張ってる選手」には、インディーメジャー分け隔てなく接する感じ、というのか。
評価する感じ、というか。

新日は日本で一人勝ちのメジャー団体だから、これまではインディーの選手を「リスペクト」なんてことは言わなかった感じがあった。
でも、デスペラート選手やヒロム選手は、けっこうインディー選手へのリスペクトをツイートしたりもしてて。
バラモン兄弟とか。
まあ、色モノとはいえ、プロレス的プロレスをやって会場を盛り上げるコトに関しては天才ですからね。
そういう選手に対して「強い」とか「ストロングスタイル」とかっていうくくりじゃなく評価してる感じがすごくいい。
新日の大会で、デスマッチのカリスマ葛西純選手が登場して「葛西コール」が出たときは鳥肌が立ちましたよ。
これもデスペラード選手が引っ張ってきて実現したカードだったわけですが。

てなことで。
みちのくプロレスの30周年大会で、ヒロム選手VSフジタ”jr”ハヤト選手の対決が実現しました。
岩手・矢巾町民総合体育館という最高のロケーションで。
これまでの新日だったら実現しなかったカードだとも思うんですよね。
でもこの辺がずいぶん「カテエ…新日」から変わってきたように感じられてうれしい限り。

ハヤト選手はみちのくプロレスのエース。
が、ちょっと前にがんを公表。
それを克服して復帰してきて、一年間くらいかな、出場試合限定って感じでやっておりまして。
このまま元気にやってくれるかと思いきや、12月に再発を発表…。
再手術ということになったらしい。
腫瘍が大きくなって、ちょっとしたことでも神経にあたって痛くなったり…というようなこともあったらしい。
でもまあ、それでも本人の強い意志でリングに上がり続けているハヤト選手には敬意しかない。
対戦相手にも。

てなことで、このヒロムVSハヤトが名勝負だったというツイートが多く、どうしても見てみたくてDVDを買いました。

これね、まあハヤト選手がそもそも打撃、いわゆるキックとかの選手で。
華麗な空中技とかではない。
試合は、もう「ガマン大会」の様相。
ヒロム選手のチョップに、ハヤト選手がキックで応酬。
両選手の胸辺りは内出血というか、もう実際に切れてる感じになっていき…。
必殺のヒロムちゃんボンバー(ラリアット的な技)を繰り出すも、起き上がってくるハヤト選手。
何度も何度も立ち上がってくるハヤト選手に、「もう起きるな!」とヒロム選手。
勝負はもう決まっている。
が、それでもハヤト選手は、まるで自分の人生を見せつけるかのように立ち上がる。

なんかね、途中、ハヤト選手が腰が痛い、という感じになるんですね。
これ、腰への攻撃を受けていないのに、腰が痛い感じで。
見ればものすごいテーピング。
恐らくは、その「神経にあたって」ということなのかもしれない。

が、弱点を見せればそこを責めるのがプロレスの掟。
ヒロム選手はそこをキックで攻めるのであった…。
このヒロム選手の攻撃には震えた…。
腰を攻撃しなかったらやっぱ茶番になってしまう…。

最後の最後までガマン比べが続いて、ヒロム選手の勝利。
とはいえ、この試合、どっちが勝者かってのは関係ない。

華麗なプロレス技があるワケでもなく、ただただしばき合う試合。
これをどう捕らえるかは人によるかもしれないが、俺はその背景、新日のジュニアチャンピオンが矢巾町の体育館でインディーの選手の挑戦を受けたというようなことも含めていい試合だったな、と。
見れてよかった。

ま、それがメインなんだけど、俺がもう一つ驚いたのが第4試合。
ザ・グレート・サスケ選手が、場外へのトペコンヒーロ、というのか、場外の相手に頭からツッコむ感じの技がありまして、どうもそれがうまく外の選手が受けられず、アタマを場外の体育館の床にぶつけちゃうんだよ…。
その時の音がもう…。
「ゴツン」。
もう人が死ぬ音を聞いた感じで…。

サスケ選手、やっぱ不死身だ…。






(BGM:Tom Waits「I Hope That I Don't Fall In Love With You」from「Closing Time」)
→酔いどれ詩人、という。
声が染みるね。
なに歌ってるかわからないけど、心地いい。

「企業ごっこ」の愚かしさ


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前に、なぜ日本では大規模な労働運動が生まれないか、ということについて書いたんだけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-6552.html)。

今、なんだか介護報酬の引き下げが決まったとか検討されているだとか。
これもきっと介護従事者が一気にストライキなんかをやろうとしたらひっくり返るんだろうな、と思ったり。
これが足並みが揃わなかったりしたら、そりゃやっぱ不可能だろう。

老人ホームなんかをいくつも経営するような大きな企業は、議員なんかとつながっていたりもするという話も聞く。
それはまあストライキとは全く逆の動きである。
そうやって、つながりを持って福祉をやろうなんていうのは、たいがい現場から問題が上がってくることになろう。
そういう不満は、ヘルパー数の減少とかっていう形で現れているわけだけれど。
つまりはまあ、業界全体の縮小である。
労働者としてはこれはいいことではない。

障害者に関わるいろいろな制度の足らなさを訴えていくのが障害者運動、という風に呼んでいいかと思うのだけれど、それも大同団結できなければなかなか難しい。

結局しわ寄せは現場に行く。
そして、それで割を食うのは障害者自身である。

俺はなんやかんや現場が大事だと思っていて。
どんなに他の制度との整合性だとかで精巧に作られた制度であっても、現場が納得できなければやっぱりダメなんだろうと思う。
特に福祉と教育は。

だから、現場の問題を語り合う場、ってのはすごく大事だと思うんだよね。
他の作業所の職員なんかと飲んだりすると、まあ「え?そんな感じでやってんの?」というような話もあったりして、ちょっとびっくりしたりすることがあるんだけど。
そういう話の中で、お互いにお互いで採用できそうな部分を補い合ったり、それでもなにか制度に不備があるよね、ということになれば、一緒に市に話しに行く、とか。
そういうことによって、結果として現場はよくなっていくし、ラクになっていく。
ラクになっていけば、結果それは、作業所だったらそこに通う障害者のためになっていく。

長時間労働でギスギスして、しかも給料が安すぎるような職場で、通ってくる障害者にきちんとした某が出来るか、っていうと、できないよ、やっぱ。
それを「やりがい」とかって部分で福祉や教育は時にやらせようとするが、そりゃ無理があると思う。

しかし、前にウチでイベントを打ったときに、とある作業所の人がいろいろ現場の問題点を言っていったんだけど。
でも、その人は、「私が来たことは内緒にしてください」と言っていた。
発言の中身も。
なので、それは公にしなかったが、本来はすべき内容であった。
それはその人もわかっていて発言したわけだが、「これが会社にばれるとやばい」というのが、公にしたくない、という理由。
自分が来たことすら、自分が現場で起きたことを言うことすら、「社外にばらすな」と言われているらしい。

こうなると、現場のやり取りはできなくなる。

福祉を会社でやってもいい、といった時点で、こうなることはある程度予測されていたが、ここまで来たか、という感じでもあった。
それが何を生むかというと、結局は、そこに通う障害者への対応が悪くなる一方だ、ということだ。

会社にしてみると、仕事をもらっている役所に要求を出すなんてコトは、そもそも想定が無いのだ。
でも、それをしなければ、結局は障害者自身が自分らしく生きていくことは難しい、って福祉の基本がわかってない。
というか、それと「利潤を追求する企業」は相容れないのである。
表面上、障害者に某をする、という部分は同じでも、そこが違っていたらもう福祉ではないのではなかろうか。

障害者は制度に縛られて生活しなければならない存在ではない。
それは基本的人権の問題である。
むしろ、制度は障害者個々人にあわせて出来ていかなければならない。
そうでなければ、現場は結局「それはできない」と彼らの要求を突っぱねなければならなくなる。
同じ知的障害だからって、同じ要求だというわけではない。

とある人が、「もう障害者運動なんかない」「やってる人がいない」と嘆いていた。
実際そうだと肌で感じる。
企業のマネをしていたんでは、障害者は制度によって縦割りに横割りにされて生活するしかなくなってしまう。
恐らくそしてそれではどっかのピースは足らなくて、自分らしい生活ができなくなる。

時代と共に変わらなければならないところはある。
しかし、福祉とは障害者を制度に従わせるモノではない。
それだけはハッキリしてるとオレは思っている。





(BGM:小室哲哉「OPERA NIGHT」from「Digitalian is eating breakfast」)
→この人のことは名前以上のことをよく知らないのだけれど、このアルバムはなんか急遽作ることになったというようなことで、何のコンセプトもなく、みたいなことがウイキに書いてあった。
ふむ。
といって、特になんか思うこともなく。

「無理しない! ケガしない! 明日も仕事!」 ★ 映画 「新根室プロレス物語」


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先日、喉が痛かったんですけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-6556.html)。
問題は、夜中に一時間おきくらいに起きて咳が出るのよね。
よく寝れない。
そういう日がちょっと続いてました。
俺は休みの日の設定がないのだけれど、もうこれは休もう、と。
ちょうどアキが休みだったこともあって、同じ日に休もうと思いまして。
朝行ってカイたちには会って、まあ帰ろう、と。

で、布団に入っていたらですね、アキが「今日からじゃないの?」と。
「あ、そうかも」と俺。

映画である。
どうしても見なければならない映画。
川越で一週間上映していたのだが、ちょっとスケジュール合わず…。
そしたら、高崎でやるという。
その高崎の上映がその日からだったのである。
でもまあ、後でも行けるか、と思ったら、これまた一週間上映…。

おいおい…。
一週間というのは、やっぱスケジュール合わすの苦しい…。
せめて二週間お願いしたい、とここで言ってもしょうがないが、書いておく。

というわけで、まあ車で高崎まで突っ走りました。
片道二時間。
往復四時間。
映画そのものは80分くらい。
しかし行かねばならない。

絶対に見たかった。
その映画が「無理しない ケガしない 明日も仕事! 新根室プロレス物語」である。

新根室プロレス。
アマチュアプロレス、という、もう矛盾する感じなのだが、プロレス好きが集まって、根室を中心に興行を打っている団体である。
サムソン宮本というリーダーを軸に、冴えない男女が集まってプロレス興行を行っている。
一人一人にリングネーム、キャラ付けがあって、いわゆる誰にでもわかりやすい「楽しいプロレス」を展開。
ファンも多く、神社での興行などは大いに盛り上がっている。
プロレスファン、ではなく、新根室プロレスのファン、というのがいるという感じか。
過疎化していく根室の街をプロレスで元気にしている。

しかし、そのサムソン宮本選手が病魔に冒される。
そして亡くなってしまう…。
その流れを追ったドキュメンタリー映画である。

プロレスの映画としては、昨年「アントニオ猪木を探して」(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-6520.html)があり、そしてこの新根室プロレスである。
もうね、どっちの映画が感動しましたか?と問われるならば、もう完全に新根室の方です。

俺はもう冒頭から号泣してしまった…。
そもそもなんだよ…。
プロレス興行の最後、会場一体となって叫ぶ最後のコールが「無理しない! ケガしない! 明日も仕事!」である。
もう、なんかそれだけで号泣しませんか?

そう、どんなにツラいことがあっても明日もそのツラい仕事をしなければならない。
誰だってそう。
でも、そんな人にこそ、新根室は自分の身体を張って笑いを届ける。
笑ってもらって、元気を出してもらう。
近所のみんなに。
新根室のみんなに。
まあ、それだけのために彼らは自分の仕事が終わってから道場に集まって練習を繰り返す。
その、ある意味「高尚」な行いを「無理しない」「ケガしない」という言葉を使って彼らは表現する。

なんかね、すごいよね。
もちろん、プロレス好きで、ただただプロレスをやりたかった、という人たちが集まっているのだから、そりゃ勝手ではあるんだけど。
でも、そこを「頑張ってる俺たち」には決して変換しない彼らは、ものすごく尊い存在にも見えてくる。

そして、レスラー、スタッフがそれぞれ「冴えない」ってのがまたね。
もし新根室がなかったら、彼らはどうなっていたのか?と考えると、彼らを輝かせたのも新根室というプロレスなのである。

全ての人が輝ける、そしてやる側も見る側も勇気を与え合う、そんなプロレスの原点がここにある。

これね、プロレスあまり知らなくても面白い映画かと思います。
だって、よく考えたら、「無理しない! ケガしない! 明日も仕事!」って、プロレスと関係なく、俺たちの毎日でもあるじゃん。
そう、キツくても無理しない。
病むほどのことはしない。
だって、明日も仕事だもん!
仕事を続けるためには、自分の毎日を支えていくには、そうなのよ。
「無理しない」
「ケガしない」
それさえしっかり心に持っていたら大丈夫じゃん、って。
なんかそんな気さえしてくる。

がんばることは尊い。
けど、無理しない。

ぜひ見る機会があったら見て下さい。





(BGM:Armand Van Helden「MyMyMy」from「Ministry Of Sound: The Mash Up Mix [Disc 1]」)
→これさ、ボーカルがだんだん入ってくる感じがすごくいいんだよなあ。
最初は聞こえるか聞こえないくらいなんだけど。
しかもまあ、ワンフレーズの繰り返し。
この繰り返しだけで聞かせるってやっぱすごいカッコいいな。

つい声を張ってしまう


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先日、喉が痛くなりまして。
というか、その前に咳がひどい日があって。
もうこれはコロナではないか?と思ったが、陰性。
熱も出ない。
ただただ喉が痛い。
かなり入り口の方が腫れてるのではないか?
もしや傷ついているのではないか?とすら思える。

で、声を出すとやっぱ痛い。
普通の声、ってあるじゃないですか。
まあ例えば会議で話すようなトーン、みたいな。
それだとやっぱちょっと話していると痛くなる。
なんで、まあ小さい声ね。
小さい声ならまあ大丈夫っぽい。

しかしまあ、例えば市丸と話す、小倉と話す、という場合、これなかなか小声でいけない…。
やっぱ、強弱なんだよね。
話をわかってもらおうとするなら、強弱が大事。

というか、彼らに対して、そういう話し方がクセになっちゃってるんだな。
自分じゃなくて、「佐藤さん」が話してる感覚とでもいいますか。
飲みに行ったりすればまた違う部分もあるんだけど、普段、必要なことを話す時はやっぱそうなる。

となると、自分では小声、「弱」で話したいのにどうしたって「強」の部分が出てくる。
そうすると、ちょっとすると喉が痛くなり…。
ああ、強で喋っていた…と後悔する。

まあ、別に喉が痛いときに声を張る必要はないのだ。
そう自分に言い聞かせるのだが、どうしても「ちょっと待てお前、なんで冬に半ズボンはいてるんだ!」みたいな声は自ずから張ってしまう。
「なんでズボンに盛大にオシッコひっかけてんの?!」とか。
「そのままじゃみっともないから着替えな!」とか。
そうなると、やっぱ声を張ってしまっている自分がいる。
「後ろ前!」みたいなこととか。
「襟がまた全部入ってるよ」とか。
「なんでご飯粒こんなにこぼしてるわけ?」とか。

改めて書いてみると小言だな。

「違う違う、この大きさの段ボールって言ったじゃん」とか。
「三つ持ってきて、って言ったのになんで十個も持ってくる?」とか。
ま、こういうのは、面白く返した方がいい。
そこで深刻になるよりも、まわりと一緒に笑った方がいい。
真剣に怒ってるわけでもない。
こっちの言い方が悪かったのかもしれない。
大きさ、という概念が難しいイチマルにお願いしたのが間違いだったかもしれない。
相手が悪いわけでもない。
俺が悪いのかも。
つまり、こういう時に深刻に問題視するのは好きじゃない。

そうじゃなくて、どっちにしろ「楽しく」終わらなきゃいけない。
それを繰り返して、「この人と仕事をしたい」って思ってもらわないと仕方ない。
だから、まわりにいる人も含めて、楽しく笑いが起きるように「ツッコミ」たい。

となると、自然と声は張ってしまうのである。
じゃないと、伝わらない。
それと同時に、俺は決してこういう時に笑わない、と決めていて、笑わない。
例えば「(比較的大きいサイズの○○を入れる)段ボール持ってきて」と頼んだが、片手サイズの段ボールが来たらそりゃ笑ってしまうが、そこは笑わない。
一回入れてみようとして、「入らんがな…」と言葉でツッコむことにしている。
むしろノリツッコミである。
そして、「これ(○○)が入る段ボールだってば」ともう一回持ってくるように頼む、という流れだ。

こうなると、やっぱ声は張ってしまう。
これはなかなかクセになっていて「小声でやる」ってワケにもいかないのである。

しかし、そうなるともう喉が痛い。

というわけで、彼らと距離を取ればいいんだけど、そうもいかない事情もあったりなかったり。
でもまあ、これを書いている今は、そういった「声を張った」→「痛い」という経験を何度も経て、だんだん喉が腫れているのがおさまってきたように感じております。






(BGM:Tony Bennett「The Shadow Of Your Smile」from「16 Most Requested Songs」)
→この曲好きなんだよね。
日本語題としては「いそしぎ」ですね。
いそしぎという映画のテーマ曲だったということをここで知った。

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