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スーパーちんどん・さとう

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敬語を使わないすごさ


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ま、ハルナが産休明けで復帰するということで。
本当は4/1に来るはずが、三人の子どもが相次いでコロナになったり、インフルになったり。
で、先日来たわけだけれど。

…そうなのよね。
一人が学校でもらってくると、そりゃ次々なっちゃう。
で、治ったと思ったら今度は自分が…という。

なんか自分も三人の子どもがいっぺんに保育園、ということもあったけど、どうだったかなあ…。
なんかもう忘れちゃったんですが、そんな感じだったよな、とはぼんやり思い出す。
俺の場合は、まあ当時の妻と交代交代ができたんでまだあれだったけど、今はコロナとかもあるから、なんなら濃厚接触者ということになっちゃうから、交代交代言うても、仕事自体にも行けなかったりもするんだな。

しかもいろいろな感染症が学校とかで流行ってるらしく、なんか当時と今はなんか違う感じもしたり。
今の方が大変だよね、なんか。
当時はけっこうインフルとかも熱下がったら平気で学校行かせてたりしたし、ってか、今思い出したけど、たいがい俺はうつらなかったしななぜか。
濃厚接触者なんて言葉もなかったし。

てなことで。
まあ、それはいい。
子育ては大変だ、ってことですよね、うん。
誰もがご存じのことだとは思います。
思うが、その辺が全く改善されないどころか、俺の時代より今の方が現実問題大変だなんて、やっぱどっか少子化に歯止めはかからんよな、と思います。

で、ハルナと久々に会って思ったんだけど。

彼女はとにかく敬語を使わないんですよ。
意識してるわけじゃないと思うんだけどね。
そういう意識が出来る子でもないんで。
ナチュラルにそういう人なんだろうと思います。

たいがい俺には敬語使う人が多い中、ハルナだけはなんか使わない。
ため口。

そもそもなんかハルナって、なにも出来ないんですよ。
いや、なにも、ってことはない。
沢山のことが出来るが、沢山のことが出来ない、みたいな。
しかも世の中のことをよく知らない、というか。
竹輪は魚のすり身でしょ?ってことも知らないという感じの。
じゃあ竹輪って何だと思ってたんだよ?と聞けば、「竹輪でしょ?」みたいな。
けっこうヌケ作君というか、そういう面もあって。
つまり、愛らしいヤツなんですよ。

その上敬語を使わない、という。
これね、なかなかの才能ですよ。

でも、思ったんですよね。
むしろみんな敬語やめたらいいんじゃなかろうか?みたいな。

いや、というか反省しましたよね。

俺がね、やっぱ敬語使ってるんですよ普段。
そりゃイチマルたちの前で若い子と話すとかはほぼ演技がかってるし、それにまあ、飲みに行ったり、という場面ではさすがに敬語では話さないが、若い子には普段の会話では、なにかっていうと敬語使ってるところがある。
「●●できますか?」とか。
「飲みに行くんですけど、お時間あったら来てもらいたいんです」とか。

ま、それも悪くない。
丁寧に言ってるわけだし、俺としては「命令にしたくない」という思いもあります。

でもやっぱ、それってどっか「壁作ってる」のかもしれない、という。
ハルナと久しぶりにあってそう思ったりして。
確かに、何だろう、ハルナのあの感じ、いいよな、ヌケ作なのになんか物怖じしないし…、とは思っていたんですけど、その理由の一つは「敬語使わない」だったんだな、と思いまして。

つまり彼女には壁がないんですよ。
一つのこと、例えばにじ屋だったり、イチマルたちに対したりってことの中で、俺もハルナも同じなんですよね。
立場はもちろん違うが、それぞれの立場で立ち向かっている、という。
立ち向かってる、という一体感が大事なんであって、立場の違い、ってのは二の次じゃん、という。

無理に乱暴な言葉を使う必要もないし、ってかそれサイアクだからそれはナイけど。
そうじゃなくて、「ナチュラルに敬語を使わない」って技法を彼女から学びたいし、若い子にはマネをしてもらいたいな、と思ったりしている昨今です。













(BGM:タイガー・ジェット・シン、浅野起州「早口言葉なのだ」from「BEST HIT I.W.A.」)
→これね、もう二人で早口言葉をやるだけという。
…タイガージェットシンといえば、アントニオ猪木さんを東京・新宿伊勢丹前で襲撃する事件を起こしたことでも有名である。
悪役中の悪役。
いや、月日は巡るし、人の心は月日の中でどんどんネイクドになっていくのだと言うことを実感出来る一作。
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単純に単価上げなきゃ未来はないんだけどなあ


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まあ、訪問介護の単価が下がったという話がありまして。
でも他を上げるのでうんちゃらかんちゃら、という。
高齢化社会に向けて、ヘルパーを確保しなければならない状況で逆行する政策を打ち出す政権ってなんなのか?って気がします。
訪問介護の事業所は200カ所以上が廃止したとか。
地域包括ケアシステムなんて言いながら、まあ絵に描いた餅であります。

ヘルパー人口も減ったようで、この先どうするのか。

ま、簡単に言えば、ヘルパーの賃金を上げるしかないんですね。
賃金を上げれば人は集まる。
これはもう単純にそれだけなんですよ。
やりがいとかそういう問題じゃなく、賃金を上げる。
人が減って困っているのなら、それしか方法はない。
というか、それをまずやらなければならない。

なんだか権利であるはずの福祉がサービスになって、事業所がやる、企業がやる、みたいなことになって、どっかみんな誤解している部分があると思うんです。

というのは、福祉に関しては、もう国から出てくる単価の問題でしかないんです。
そこが唯一の財源と言っていい。
つまり、あとはもう利用者からの利益を考えるしかない。
とはいえ、そもそも利用者って、金がある人ばかりじゃないですから。
というか、ヘルパーという事業に関しては、利用者から上乗せして特別に金を取るとしたら、別のことをやらなきゃならなくなります。
それはもう福祉ではなく、商売ですね。

前に、福祉の分野も民営化、なんてコトになった時、こんな問題が指摘されました。
例えばヘルパーに行ってる家で、家電が古くなっているとする。
そうしたら、その家に家電を紹介する、みたいなことができるようになる、と。
その家の人も、世話になってるヘルパーのオススメだから断りにくかろう、というね。
ま、利用者としては罠にかかった感じ、という。
なんかもう、商売っ気すごいわけですが、例えばそんな風に「稼ぐ」ってことをしない以上、まあ国からの介護料しか財源はない。

よく言うのは、「人を(利用者を)増やせばいい」というんだけど、いや、その人の分を結局雇うわけだから、それってちょっとおかしな話で。
つまり、人を増やして、ヘルパーを掛け持ちさせる、みたいなことだから、その利用者にとって果たしてプラスになるか?っていうと違う。

つまり、先の家電の話にしても人を増やす話にしても、どっちにしろ利用者目線ではないんです。
あくまで「商売」としての話で。
そうなっちゃうと、そもそもの「権利としての福祉」って誰のための権利か?って話になってきますよね?

ま、つまりですね、とにかく介護単価は上げるしかないんです。
じゃないと、ヘルパーは減り続けるでしょう。
というか、事業所もどんどんつぶれてしまう。
けっこういろいろなジャンルでツブれてますね、保育所とかもそうだし、学童とか、そういう。
まあ、そりゃそうですよ。
福祉なんかやってみたら儲かるわけがない。
そのしわ寄せが現場のヘルパーに行ったりして、結果として労働環境は悪くなる。
そうなれば人はなおさら集まってこない、という悪循環。

今まあ、そういう状況なんじゃないかと推測されるわけだけれど。
一昔前なら、高齢化社会に向けてヘルパーの資格を取っていれば何とかなるんじゃないかと思った人も多いかもしれないが、それも幻想だったな、という。

ちなみに、今加算とか言われていてそういうのでなんとか保ってるというのが現実で。
まあ加算と言ってる時点で怪しいわけですよ。
いつ切られるかわからない。
加算は単価の方にすればいいのに、それをしないというのは、そもそもおかしいんです。
しかも、ヘルパーの資格だったりを取れば上げるとかになっていて、まあそれはある意味正しい気もするかと思うけど、実際、ヘルパーの事業所とかだと、「資格あまり取られちゃうと給料上げなきゃならなくなるから取らないで」という話もあるというね。
それと、あまりココでは論を広げないが、なにより資格がそのまま利用者のためになるかというのも疑問もある。

ま、つまりは単価を上げろ、って話で。
単価が上がらないというのは、これね、例えば来年の給料を上げられない、ってことなんですよ。
毎年上がっていってもらわないと、なかなか上げられない。
つまり、ベテランを切らざるを得なくなる、と。
ようやっと派遣先で慣れている人の給料を上げられない。
そうなると、いくら腕を磨いても給料が上がらないってことになるから。
辞める一歩がここにありますよ。
というか、そんな未来のない職場に飛び込もうという人もいないでしょう。

決まった単価の中で毎年やるとすれば、新人の時の給料を抑えてベテランに回すしかない。
そもそも新任の人の給料が安くなる。
どころか、みんなベテランになっていくわけだから、いつかは破綻する。

ってかね、まず介護職の人の給与がそもそも安すぎますよね。
同年齢の労働者と比べてかなり低いというデーターがありますよ。

福祉のことになると、一斉に「財源は?」って話になっていくんだけど、いやいやいや、財源も何も、このままじゃ介護が破綻する。
資格だけが残って破綻するという矛盾。
それでいいのか?って話。
高齢化社会になるのは見えてるのに、という話ですよ。

結局は要介護者の自由を奪って大量収容型の施設の時代に戻るしかなくなる。

福祉とは誰のためのモノか。
資格業者のものでもなければ、商売で福祉やってる人のモノでもない。
本人のためのモノなのに。





(BGM:404「Wheel」from「大韓不法集会」)
→同じようなギターのリフに、ボーカル、その他の楽器が乗ってくる。
そこに呪術師のようなボーカルが力強く響いてくる。
YBO2にこんなのあったような…といったら怒られるか。
しかしこれ、現場で聞いたら昇天しそうな勢い。

司会問題


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先日、リオの娘さんの演奏を見に行ってきたんです。
吹奏楽をやってるということでね。
最近は、そういうの、小学生からやるんですね。

ってか、よく思い出すと、俺は小学校の高学年の時、器楽クラブだったな。
ユーホニュームという楽器をやっていた。
その後まったく吹奏楽には手を出していないが、その時の記憶とかがあって、多少の運指とかもわからなくはなかったり。

やっぱね、小学生の頃ってすぐ覚えるんだよね。
そしていまだに、シャープとかフラットとかじゃなくてドレミファなら指の動きくらいは出来るし、金管なら多少吹ける。
そんなこんなで、金管バンドの演奏とかはどっか興味もある。
加えて、子どもたちの練習の成果、みたいなのを見るのはけっこう好き。
その流れで、応援団の練習の成果も好きなんだけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-6598.html)。

金管バンドの演奏はドラマチックである。
彼らの練習の成果がドラマチックというのもあるけど、音楽自体もドラマチック。
ホーンの迫力というのは、例えば同じ音がシンセサイザーで再現出来たとて、ホールで聞くのはまったく違うものであるはずだ。
息づかいだったり、力強く吹く時の姿勢、そんなモノが迫ってくる。
だから好きだ。

それと俺が好きなのは打楽器である。
いわゆるパーカッションといわれる。
ティンバニーから木琴的なものからシンバル、タンバリン的なモノ、トライアングル、銅鑼などなど、まあいろいろあるワケだけれど、これ、けっこうどの学校も複数の楽器をかけもちしている。
メンバーが少ない学校では、もうティンバニーから木琴まで走っている学校もあった。
なかなかどうして、トライアングルとかって軽く見られるけれど、すごい感動を盛り上げるのはパーカッションだったりするのよね。
その辺が俺は好きで、ものすごくパーカッションに目が行ってしまう。
自分がそもそもドラムが好きだった、というか叩いてた、ってのもあるかもしれない。

で、まあそれはいいんですけど。
小学生や中学生とかの演奏会ですからね。
一応、司会の人がいるんですが。
ま、こういうイベントには付きものですね。
司会の人。

演奏が終わって、まあ学校の入れ替え、つまりは楽器が入れ替わるわけですから。
なんやかんや時間がかかる。
その合間で生徒さんに話を聞いたりして、いいところで「次は○○小学校です」みたいなことになるんだけど。

これがね、いや、こういう言い方はなんだが、下品なんだよな…。
下品というか、自分も吹奏楽をやっていたんだと思うんだけど、「どういうところが大変だった?」みたいな、答えにくい質問をして生徒が詰まると、「やっぱりみんなと合わせたりするところかな?」みたいな答を先行しちゃうのね。
「そうよねえ」みたいな感じとか、時に子ども相手だから「○○じゃない?」とかって、急に友だちめいたため口になったり、という…。
なんかこう、視点が定まらないというか。

プロの司会者だと思うんだけど。
これ、よくこういうイベントだと司会の人がいるけど、たいがいこのタイプなんだよね。

いや…。
下品ではなく、可もなく不可もない、というのが正解かもしれない。
主張がない。
ま、司会に主張があっても困るワケだが、といって、「ねえ~そうよねえ~」みたいにインタビューイに媚びる感じがたまらなく見てられない。
そう言われれば、答える方は「そうなんです」と言わざるを得ない。
しかも相手は子どもである。
その上、司会者と答える生徒にそもそもなんの信頼関係もないわけで。
この「上っ面」のインタビューというのがもう聞いてられず。
しかもなんだろう、その「ねえ~」っていう声色が恐ろしくなんだか空虚という…。

ま、俺だけなのかもしれないけど、ってか、一緒に行ってたアキもそう言ってたけど、俺たちだけなのだろうか。
この、「すぎる上っ面」への嫌悪感って。

まあ、どこのイベントに行ってもこのタイプの人が司会をしていたりするから、需要はあるんだろう。
ってことは、嫌悪感をもたない人が大多数と言うことなのかもしれない。
ってか、「こんなもん」という「部類」として、みなさん許容しておられるんだろうか。

俺はちょっとツラかったよ…。
演奏がよかっただけに、なんかね。
ま、かといってどうしたらいいってのが浮かぶわけでもない。
生徒だけで話させるってのも違うし、かといって先生にインタビューさせるのも違うしな…。
困ったなあ…もういいや、去年の司会者に頼むしかないか…。







(BGM:단편선과 선원들「Ball」from「大韓不法集会」)
→アコギ+バイオリン風のイントロから、ルーツロックというか、そんなリズムで曲は進む。
が、ボーカルのアクが強くて、なんだかリズムというよりも「言葉を聞かせるバンド」なんだな、と言うことがわかる。
とはいえ、韓国語なので何を歌ってるかはわからない。
間奏の拍子が変わったり、曲は凝ってる。
しかしこの声、ハマる…。

憧れ ★ 映画 「WILL」


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ネットではツイッターを中心に批判が渦巻いている。
いや、批判ならいい。
いわゆる非難である。
知りもしないあやふやな情報で人を叩く。
芸能人ならなおさら叩かれる対象となる。
とはいえ、まあ最近は一般人も対象になるから恐ろしい。

芸能人の離婚や不倫なんてのは確かに当事者にとっては大問題だろうが、他人が口を出すことでもなかろう。
そこに至る真実など他人にはまったくわかりようがないのに。
それを週刊誌が騒ぎ立て、それをトリガーに一般人が、関係ない人が叩きまくる様は悲しい。
というか、見てられない。
なんで叩くのだろう、と考えるが、恐らくは嫉妬だったり、そもそも自分の生活が楽しくないのだろうな、とは容易に想像がつく。
それが悲しい。
そんなことより、飲み仲間を作った方がいいんじゃないかと思ってしまう。

とはいえ、まあ一方で芸能人というのはそういう仕事だとも言える。
それも含めてエンターテイメントを提供している、といえるかもしれない。
なんなら、週刊誌のゴシップで名をあげる人もいるわけで、ゴシップと芸能人はある意味持ちつ持たれつ的なところはあるんだろう。

「WILL」という映画を見てきました。
ザッと紹介すれば、俳優・東出昌大が狩猟をする姿を追ったドキュメンタリー、ということになる。

彼は数年前に不倫報道とかで徹底的に叩かれていたのだという。
それで事務所も解雇、離婚、という感じで、世間から袋だたきになっていたと。
俺はその経緯をよく知らないし、表舞台から消えた、という話も知ってはいた。
その程度だ。

で、彼はやっぱりその時、「病んでいた」という。
しかしまあ、彼には狩猟仲間がそもそもいたんだね。
子どもの頃から山の生活が好きだった彼は、それを機に山の生活を始める。
主には狩猟ですね。
地元の猟友会にも参加し、山の人たちにも受け入れられている。

この映画では、狩猟の場面がよく出てくる。
撃たれた鹿、そして解体する場面。
一見してグロい感じもあるが、それを「命のやり取り」という、いわゆる狩猟の論理みたいなことで淡々と見せてくる。
大きくはこの映画は狩猟に関わる「命とは何か」という問いと俳優として生きていく彼の生き様、という二つの主題がある。
そして、この「命とは何か」という、彼の永遠に続く問いかけは俳優を続けていくためのバランスとしてとても大事なものであることがわかる。

そもそも、俳優という表に出る職業は、どこか虚像っぽい。
いつも世の中に期待される自分を演じていかなければならない部分があるように見える。
それと真反対に位置するのが狩猟という生き方なのかもしれない。
もしかしたら、彼は自分という虚像の中で俳優をやっていて壊れかけていたのかもしれない。
それがハッキリしたのがそのゴシップだったのかもしれない。

彼が山の中で仲間と外で酒を飲んでる場面なんかを見てると、なんか生き生きとしてる。
なんか羨ましくもある。
ああ生きたいな、と思う。

恐らく、俳優じゃなくても、我々だって社会に、仲間に、集団に何か期待されて生きている部分がある。
「君はこういう役割」というようなこと。
時にそれに疲れることもあるし、やめたくなる時もある。
そういうのを吹っ切れたらいいかな、とも思うが、でも生きていくためには金が必要で、仕事も続けなければならない。
それは役割を続けていかなければならない、ということでもある。
あの山の中での生活に憧れるというのは、その役割を放棄したい自分たちの願望なのかもしれない。

映画を見に来ていた人の感じは、俺よりも十か二十かくらい若いカップルや男性単独だったり、という感じだった。
みんな、恐らく同じように、今の社会に疲れているのかもしれない。
彼の生き方に憧れている部分があるのかもしれない。
俺も同じだ。

最近、移住という話も仲間ウチからちらほら聞いたりする。
これまでの人生と何かを変えたい、という思いは誰にでもある。
問題は、やるだけの行動力があるかどうか?なのだろうな、とも思う。
あとは金か。
彼はそのゴシップでその背中を押されたのかもしれない。

この映画の最後、なぜこの映画を撮ることになったか、撮られることになったか、ということが明らかになる。
そして、本当のタイトルが、違うということも。
この辺の感じはまた共感できる感じもあり、なお東出さんが好きになった。







(BGM:Sonny Burgess「My Buckets Got A Hole In It」from「ロックンロール秘宝館 vol.1 (Remastar Tracks)」)
→これ、カッコいいんだよね。
スラップベース?ではないか、このカチャカチャいってるのはなんだろう。
ダブルボーカルで、荒々しい男っぽさもなんか曲にあってるし。
雄大な大地、というような感じがしてきますが、どういう歌詞かはわからないけど。

還暦


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ま、還暦を祝うってことが昨年末から3人続いたんですけど。
まあ仲間がそうなっていくのだから、自分もそういう年になったということですね。

こういうのはやっぱ難しくて、祝う人がいれば、まあ祝わない人も出ちゃうから。
誕生日もしかりですが。
とはいっても、だからって均一になにかをしようということもおかしいし、一斉にそういうのはやめましょう、ってのもなんか違う気がする。
結果としてまあタイミングって感じでこの辺は進んでいるんですが。

まあ、俺としてはあまりサプライズだとかお祝いだとか、飽和の状態に進んでいくのはどうかな…とは思ってますが…。

そんなわけで、今回最後の還暦、TAROさんの還暦祝いは、リオから話が出てまして。
そういう感じで盛り上がっていったというタイミングで。
TAROさんの弟のジロウさんとなんとか連絡を取って来てもらう、ということを言い出して。

TAROさんの家族のことはなんやかんやあまり知らない。
東京に住んでいるというのもあるけれど、そう考えて見ると、TAROさんのことをそもそもあまり知らないじゃないか、ということを改めて思ったところで。
逆にだから今回のことはよかったかな、と思っています。
逆によく知っていたらやらなくてもいい、ということもありますよ。
というか、お祝いって、そんな感じにも俺は思います。
改めて近くなれる機会、という。

で、ちょっと戻りますが、ジロウさんを呼びたいのはなんか面白いし、わかる。
しかし、ジロウさんの電話番号を知ってるわけではない。
ではどうするか、となって、まあ「緊急連絡先」という名簿がありまして。
これは例えば仕事中に倒れちゃったりしたら誰に連絡したらいいか、って名簿ですね。
それはイチマルたちもそうだけれど、俺らもそうですね。
例えばミズエに姉がいるのは知ってるし、お友達だからいいが、リオの旦那さんの携帯番号は知らなかったりするわけです。
これまで母親を緊急連絡先にしていたが、残念ながら亡くなってしまったとか言う場合に、他の人を連絡先にしなければならない。

ま、こういうのは、そういう場面になって急に必要になることで、なかなか普段から「準備しておこう」というのは難しい。
で、けっこう上書きされていなかった。
それが幸いして、というか、上書きされてないことをいいことに、この際みんなに声をかけて、必ずつながる連絡先を、ということで改めて書いてもらったらいいんじゃないか?と。
そうすれば、状況としてはTAROさんはジロウさんを書くだろう、と。

ま、これが大成功でしたね。
急にリオが電話したらしいが、それを受けてくれて、話も聞いてくれて当日登場していただきました。

なんやかんや、どうですかね。
結果として飲み会なんですけど、飲み会のタネはいろいろあった方がいい、とも思っていて。

純粋に飲みに行く、というか、数人で飲みに行く分には、飲みに行くこと自体がイベントになることもありますよ。
「あの店に行こう」とか。
そういえば、(これを書いている)昨晩、HOTシュシュの大会を見た後に加納さんとかと数人でガチ中華を食べて来たんだけど、あの店もまた行きたい。
カエルとか、なかなか食べられないしね。
そうなれば、「あの店にもう一回行こう」ということになったりして、それはそれでもう飲み会のタネになる。

けれど、みんなで行きましょう、とかイチマルたちを含めて、となると、まあ理由がある時はそれはそれでタネになるけど。
例えば打ち上げとか、売上がいった、とか。
でもまあ、そういうのがないと逆に「みんなで」ってのはなかなかないんだよね。
だから、こういうお祝い事ってのは、そのタネになるところもあって。

知らない人と急に仲良くなることってそうそうないワケですよ。
だから、みんなの飲み会でちょっと話して、今度ぜひご一緒に、みたいなことになったりして。
だから、「みんなで飲みましょう」ってのも、ま、すごくありがたい機会でもあって。

ま、とにかくお祝い事は確かにタイミングではあるんだけど、そういうことをやいたいという若手がいて、ありがたいことだな、と思います。
そもそもこういうのは仕事じゃないし、仕事外というか、休みでもやっぱ一生懸命作り込んでいかないとエンタメにはならないし、サプライズも出来ない、ってところがあって。

そういうのを仲間ウチで一生懸命やろう、って、なんかいいじゃないですか。
ありがたいことです、ホント。








(BGM:W和田Posse「和田ディス子」from「W.W.P」)
→この感じ、好き。
ワルぶってるラップが多い中、和田ディス子なんてタイトルつける方がよっぽど勇気あるような気がするよ。
それでいて軽快に走り抜けるこの感じ、いい。

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