FC2ブログ

プロフィール

スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

@SMChingDongSATO twitter

Calendar 1.1

<
>
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 78
9 10 11 12 13 1415
16 17 18 19 20 2122
23 24 25 26 27 2829
30 - - - - - -

全記事

Designed by 石津 花

カテゴリ

最新記事

最新コメント

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

最新トラックバック

QRコード

QR

卵サンド


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


kaijosha.jpg


先日、浦和駅でパブリックビューイングというのをやると。
れいわ新撰組ですか。
アキが色々お手伝いしているんだけど。

で、まあちょっと見に行こうかな、と。
どういう感じでやるのか、そもそも「駅前でこういうことをやる」というコトに関しては興味があります。
中身云々じゃなくて、ウチだってそういうことを考えないわけじゃない。

いいじゃない、市丸やモトミの毎日を撮った映像を流し続ける、みたいなパブリックビューイング。
んなわけで、まあ見に行こうとは思ってはいたんですけど。


その日、昼はネットの会議で、まあいろいろありました。
いや、悪いことじゃないんです。
とてもいい話が出来たと思うし、ミツとかコウヘイが思いの丈をぶちまけられたというのは悪い話じゃないし。
最終的には、まあ橋渡しをしていた感じになった俺としても、まあギリギリうまい形で終われたかな、と。
ミツは論議を通して、最期に「安心した!」と言っていたし。


ま、蛇足ですけど、その時、まあちょっと緊迫した感じの話になったんですね。
緊張感、というか。
みんな真剣に話し合う、というか。
最初、ミツのケンカ腰から始まりましたから。
で、そういう時、きっちり話に乗れる人と、そうじゃない人、というのがいます。
話に乗れるといっても、思いの丈をぶつけられる人、うまくまとめようとしちゃう人、まあいろいろいます。

で、その「乗れない人」というのは、つまり「緊張感に耐えられない」ということなんですけど、その「緊張感に耐えられない」という表現が十人十色で面白くて。
カイはまず立ち上がって徘徊を始め、俺にチューを迫る。
ま、俺に助けを求めているのかもしれません。
オグラは寝たふり。
市丸はコバを睨んで逆切れを始める。
そして、カブキは笑っちゃう、という。

ま、たいがいはちゃんと話に乗ってるんだけど、特に他の作業所とかから来た人はたいがいこういうのに弱いですね。
「普段思ってるイヤなこと」に向き合えないのかな。
例えば「この人嫌い!」とかってのは、マイナスの感情ですから、そういうことをなかなか自分の中に存在させるのを嫌がるというか。
そんな雰囲気はまあ感じるなあ、という話なんですけど。

イヤなことこそ言えるようになって欲しいですけど。


で、話戻しまして。
で、会議終わって、その時は、そんなに疲労度はなかったし、どちらかといえば、今考えるとアドレナリン出てる感じだったのかもしれない。
最初の時間から行くというアキ一行と一緒に行こうと思ったんです。
ま、行けば行ったで面白いかも知れないし、別にもてあますようなら駅前ですから、どこか避難する場所もあろう。
というか、駅前まで行くならギター弦も買いたい。

で、車に乗り込んだんだけど、駅に着くに従って、ものすごく疲れていることを自覚。
もう、どんどん元気がなくなっていく。
正直、もう、家に帰りたい、くらいの元気メーターゼロに近づいてしまい。

やばい、と。
もうこれ、駅前行けないよ、と、アキたちと離れて車を降りて近くのデパートに入ったんですけど。
もう、力が出ないわけですよ。

で、地下のなんかパンとか売ってたりする場所に、座るところがあって。
ちょっとした机もあったりして。
よし、もうここに座ろう、と。
そこで何か買うわけでもなく、座ってたんです。
ちょうど、その日の午前中が歯医者で、文庫本を1冊もっていたので、それを読みながら。

でもまあ、座ってると、そこそこ落ち着いてきて、というか元気も多少復活してくる。
そうなると「ここにただ座ってるのもどうだろう?」という気持ちになってきて、なんかまわりの人の感じも何となく気になるようになってきた。
あの正面のパン屋さんのお嬢さんは、はて、俺をどう思っているのだろうか?と。
冷静に考えると、多少派手なズボンもはいているではないか。
赤いハットかぶってるし。
それが疲れた顔をしてここに座っている、というのは、なんかこれ「変な人」なんじゃないか?と。

そういうことが気になってきて、これはいかん、と。
というか、ご迷惑かけてもいかんな、と。

そうだ、パンを買おう、と。
何となく一応サイフを確認して、遠目にパンの値段とかをちょっと見たりして。
さて、買おうか、と俺が立ったのと同じ刹那に、そのパン屋のお嬢さん、「今から30%オフ」の札を出しました。

おいおいおいおい…。

これでは、ずっと座ってて、30%引きを狙ってたおじさんみたいになっちゃったじゃないか…。
しかも、食べたかったのは一番安い卵サンド。
いや、だって、卵サンドが一番おいしいじゃないですかパンの中で。


なんかなあ…、う~ん。
ちょっといろいろ回収されない思いを抱えて卵サンドを食べた、という話であります。





(BGM:FOOLS「Come On Boogie」from「憎まれっ子世に憚る」)
→これは1曲目なんだけど、いや、1曲目の曲。
単純だけれど、ボーカルは最高だし、これやられたらもうのるしかない。
ロックは楽曲的に難しいことはしなくていい、ってのがよくわかる。
スポンサーサイト



「バラエティ番組」って面白いですか?


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


kaijosha.jpg



ユリオカ超特Qさんの25周年ライブということで行ってきましたけども。
大好きな芸人さんの一人ですね。
何度もライブに行ってますね(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4104.html とか)。

なんでしょう、すごくきっとまあ笑いのツボが合うんだと思いますけど。
で、そういう人の周年ライブに出る人は、またたいがいツボが合います。


最近、吉本の問題があって。
結局はなにも解決せず、有耶無耶になったようですね。
「動きます」って、まあかっこ悪いことこの上ない。
ファンだったのに、がっかりしました。

今回、その吉本の謹慎していた芸人さんも出てきました。
ユリオカさんとしては、きっとその人達の中から仲間を一人でも出したかったんだと思います。
たぶん、つまりそれはちょっとなんかイイなあ、と思いました。

だって、確かに闇勢力のイベントに出たのは悪いとは思うけど、実際問題、そこに行って断れるか?という問題もあります。
同時に、今回のコトは、以前にそのグループが主催するイベントに、吉本は会社として芸人を出してもいたわけでしょ?
だとしたら、まあ「同じスタッフがいたから大丈夫だと思った」という芸人さん達の言葉は、その通りだと思うんだよね。

芸人が悪いんじゃなくて、会社が悪いんじゃないの?
ギャラは?
契約書もない?
そんなの、ブラック企業じゃないですか。

芸人さんは応援したい。
けどまあ、「動きます」の人が会社を政治的に首根っこ押さえてる感じだとか、報道でも見ました。

なんでしょうね。
芸人さんなら、芸を磨けばいいし、面白いことをやってほしい。

もちろん、芸の好き嫌いはあります。
ツボが合わない芸もある。
けどまあ、それはそれ。
それぞれのツボで頑張ればいいわけで。

でも、芸人が政治的に会社を仕切る、みたいなことって、どういうことなんでしょうね。
面白くも何ともないじゃないですか。
芸ではないし。
そういうことをやってる芸人さんは、もうなんか芸人じゃないじゃん、とか思う。
その感じをそのままテレビでやって、それを見て面白いんですかね。
少なくとも俺のツボではない。


テレビで顔を売る。
それも大事だと思うけど、テレビで見れない芸が見れるから、我々は劇場に足を運ぶ。
それを見て、ああ、テレビってホント面白くないんだな、というのがよくわかる(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4906.html)。
テレビと同じ芸を劇場でやられても、それならテレビで見りゃいいし。

劇場とかの芸が面白いから、まあその芸人が好きになるというか、その芸人さんがやりたいネタなんだろうな、と思ったりする。
渡辺直美さんのソープ嬢のネタなんかは最高に面白かったと思うけど、もうやらないんだろうな。
テレビが忙しくなればネタを作る時間もありません、みたいなことがあるならば、本末転倒なのかもなあ、とか。


ま、芸人の話だから、難しいことは言いッこなし、というのもありますから、面白きゃ面白いし、みたいな。
で、ユリオカさんのペースだったり、肩の力の抜け具合ってのは、なんかすごくいい。
無理にテレビで勝負してる感もないし。
ま、勝負しててもいいんですけどね。
でも、つまらないバラエティとかに必死で出てる感じは見ていてイヤになる。
ユリオカさんはそんな感じがしないし、そもそもそういう必死感のない人が好き。
芸が面白ければ、ってか、俺にはまれば、まあそれでいい。

もうそろそろ、テレビのバラエティっての限界じゃないですかね。
「お笑い番組」ならば、まあなんかわかるけど、バラエティってなんなんだ?って気もしますよそもそも。
何か言ってるようで、何も言ってないじゃないですか。
「バラエティパック」のお菓子は、「色々残り物が全部入ってます」って意味でしょうに。


まあ、なんだかんだ、みなさん劇場に足を運んだ方がイイですよ。
直に見る的なヤツにどんどん行きましょうよ。
で、会社の政治的なアレとか、そういうの関係ないところで芸見ましょうよ、って思う。







(BGM:戸川純+インド大話術団「ベッドタウンの夜は更けて」from「サエキけんぞうPRESENTS ハレはれナイト+7」)
→全体のコンセプトがどういうところにあったのかちょっとわからないんだけど、インドなのかしら。
インド人との対話、ってトラックもあるからな。
そんなこのアルバムの中において、この曲は、わかりやすい。
戸川純さんの高音好き。

神宮球場で「介助者とは何か」について考えた


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


kaijosha.jpg



神宮球場というのは古い。
ま、古いもんで、いわゆる「バリアフリー」などという概念はどこにもない。

入り口入ってすぐ急な階段。
スタンドに出ても急な階段が続く。
しかも、一段一段の高さが違うので、たいがいの人は一回つっかかる。

ま、この辺のことについては前にも書きました(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4525.html)。

ただまあ、行くたびになんとなく係員の対応はサイアクから、アク、くらいにはなってる気がするので、まあやっぱ行くもんだな、とは思いますが。

しかしまあ、トイレもいちいち入るところに階段があったりするので、どうにもならないっちゃあ、どうにもならない。
これはもう、係員の対応云々の問題ではない。

そもそも、人件費に比べれば、この辺のハードを一回工事しちゃえば安上がりじゃないかと思うけれど、いや、もう設計がダメなんだよねこの球場。


今回行って、なんか車いすの場所、というのは確かに増えたのかもしれないな、と思いました。
「前にはここも座席だったんでしょ」というところにコンクリが盛ってあったり。
そういう意味では、まあ、限られた状況の中で何とかしようとしているとは思うんだけどね。

悪いことじゃないですよ、これは。

しかしまあ、車いすの人と介助者しか入れません、みたいなことだと、「仲間と観戦する」ってのは難しいわけだ。
車いすのままで入れるのはいいけれど、「どういう風に観戦したいか」にまでは対応してはいない。

車いすの人は介助者とセット、という考え方は悪くない、というか、あっていいと思うんだ。
つまり、車いすの人が観戦する場合は、もう2席だから、みたいな感覚は悪くないと思う。
使わない人は使わなきゃいいんだから。

しかしまあ、介助者ってのは介助者だから。
仲間ではないし、友だちではない。
…というと、語弊はある。
が、構造として、介助者というのはその人が行動する上で必要な介助をする人だから、それはもうある意味「本人」なのである。
といって、その「本人」にも人格がある、というあたりがまた問題を根深くしているわけだが、それについてはここでは論がズレるので又の機会に。

なんでまあ、「一緒に行こうよ!」というのは、介助者を誘っている言葉ではないのだ。
一緒に行く、という仲間+本人+介助者という「本人」ということになる。


これね、いや、確かにもう介助者と仲良しです、ということはあるんですよ。
そういうことを否定するモノではありませんよ。

けれども、介助者=友だち、というのを社会が固定化して考えてしまうのはとても怖いんですよね。
介助者はあくまで「本人」でなければならない。
じゃないと、これね、「友だち→介助者」になっていく可能性が大きいんですよ。

そもそも、友だちってのは、多い方がイイ、みたいなことってありますね。
つまり、友だちが多いってのは、人望が厚い、みたいな。
けどね、そもそも介助者ってのは募集して金が介在する関係なんですよ。
いや、それ以上です、ってのはわかるけど、そもそも構造としてそういうことなんですよ。
というか、その構造こそを大事にしないと、「友だちが多くていいわね」みたいな、気持ち悪いことを言われるハメになる。
同時に、障害者には「金で介在しない友だちが出来ない」という風にもなってしまう可能性がある。

これは、異性介助の問題も含んでいると思うんだけど、つまり、同性介助を基本と考えれば(トイレの介助を異性にさせるのはゾッとする)、介助者=友だち、もしくは友だち=介助者、という図式にしてしまうと、異性の友人はできない、ってことになります。
異性の介助者が成り立たないんだから、当然そうなりますね。


つまりですね、もう「介助者は友人ではない」ってことをことさらに大きな声で言っていかなきゃならないんじゃないか、と。
いや、「介助者の●○さんは友人で、介助時間以外でも云々」というのは、それはそれでいいんだけど、そういうことじゃなくてですね、介助者はとにかく友人ではないのだ、「本人」なのである、というね。
その基本がまず今の社会は理解できていない。


ただねえ、これ難しいことがあって、こういうことを言い出すと、「人間的じゃない」とか、介助者の中には「私は金だけでやってるわけじゃない」とか言い出す人が出てくるんですよね。
いやいやいや、その気持ちはもちろんありがたい。
でも、そういう個人的なつきあいのはなしをしてるんじゃなくて、あくまで「構造的に」それを認めるといいことないじゃん!という話なんですけども。

介助者のみなさんにも、そこに誇りを持ってやってほしいと思うし、そのへんを曖昧にしちゃうのは介助者の地位向上にもならないと思います。









(BGM:PPS (Pearl Pizzicato Special)「アニマ・プリズミィ」from「ソリッドレコード夢のアルバム」)
→これはどういうアレなんだろうか。
この曲、ちょっとちょっとおかしいのよ。
コードが狂ってるというか、一節多いというか、なんかオカシイのに、全体としてはとても美しい曲に仕上がってる。
これは魔法だな。

考えを変えろとは言わない


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


kaijosha.jpg




先日「べき」の話を書いたんですが(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4922.html)、政治家なんかが暴言を吐いても「本音でイイ」みたいな流れになってて恐ろしいなあ、と思ったんだけど。

例の「戦争するしかない」と言った議員が、また「戦争で取り返すしかない」みたいなことを言ってるとか。

この「本音でイイ」みたいなのって、前に書いたようにとても幼稚だと思うんだけれど、これは維新から始まったんでしょうかね。
暴言も大きな声で言えば通っちゃう、というのは、安倍政権の幼稚さを表してるとも思いますが。

で、まあ当然、「暴言だ!」となるわけですが、それに対してこの議員は「言論封殺だ」と言ってるというからもう幼稚を通り越して、幼児ですね。
アホなんだろうか。
そもそも言論の自由とは、国家が国民に認めるべきモノで、為政者が何を言ってもイイ、ということでもない。
先には、言論の不自由展について、関係ない神奈川の知事だかがなんか馬鹿なコト言ってましたけど、そういう「国民の表現の自由」を狭めてしまうようなことを議員が言ってはいけない、というのが「言論の自由の保障」なんだけど、それがわかってない。
逆に「それは言ってはいけない」と言えば、「言論の自由が云々」と政治家自身が言い始めるという、もう何もわかってない。
アホなんだろうか。


ま、言論の自由を持ち出すまでもなく、そもそも例えば教師が「お前みたいなバカは何を教えてもムダだ」と言ってはダメでしょう。
なぜなら、教師には児童に対して教育をする義務がある。
それを受ける権利があるのは子どもです。
そういう仕事です。
なのに、「お前みたいなのには教えてもしょうがない」と言ってしまったら、それは義務の放棄であり、なら教師を辞めればいいだけの話です。

倫理的なことは別として、一般の人になれば、それは言ってもいいかもしれない。
けどまあ、その教師は「そんなことない」とその子をかばわなきゃいけない。
そういう構図であるから、教師になったら、それは言ってはいけない。
言うべきではない。

もうちょっと違う話で、医者が患者に向かって、「あなたは治らないから病院に来ないでください」というのも言うべきではないでしょう。
「医は仁術なり」という言葉に照らせば、そういうことを言えちゃう人は医者をやめたらいいんです。
医者じゃなければ、まあ「治らないんだからいってもしょうがなくない?」というのは、倫理上はどうあれ、ありかもしれません。


仕事は様々ありますが、その仕事上、言うべきではない、という言葉はあると思います。
そう考えると、「議員として言うべきではない言葉」というのもあると思う。

例えば、近隣諸国と諍いになる様な言葉を吐くべきではない。
それは国益に反するからです。
ま、これは国益をどうとらえるか、によって違ってはきますし、それは政治の思想と密接に関わっているから、それは「何が国益か」で論議をするしかない。
それがまあ、政治だと思うし、国会でありましょう。

しかし、「戦争をするしかない」という言葉はどうでしょうか。
そもそも日本は戦争を放棄している。
放棄しているからこそ、他国は攻めにくい。
なぜなら、戦争を放棄する国に宣戦を布告すれば、その宣戦を布告した国が国際的に「絶対的な悪」になるからです。
そうまでして宣戦を布告するか?という話で、それでここまで日本はどこの国からも宣戦布告されなかったという歴史もあります。
ま、それは蛇足として、とにかく「戦争をしない」と宣言しているにもかかわらず、「戦争するしかない」という言葉は、そもそも日本の平和を考えている言葉とは思えない。

それよりなにより、議員がそれを言えば、国民が戦争を望んでいる、と誤解される。
議員というのは、国民が選んでいるのだから。
そりゃ、国民の大勢が戦争を望み、死ぬ覚悟が出来ているのならいいかもしれないが、実際にはそうじゃないでしょう。

誰だって戦争は嫌だ。
テレビゲームじゃあるまいし、んなのは何をおいても避けたい。
恋人を、息子を、娘を、死なせたいですか?


そう考えると、その議員の発言は、絶対にすべきじゃない発言なんですよね。
その発言をしたいのなら、議員を辞めればいいんじゃないかと思うんです。
なのにも関わらず、それを「言論封殺だ」とは片腹痛い。

「お前には何を教えてもムダだ」と教師に言われたら誰だって怒ると思います。
教師のくせになんだ!と。

同じですよ。
議員として言ってはいけないことがある。

だからまあ、やめたらいいと思いますよ。
考えを変えろとは言わない。
それは議員として言うべきではない、と思う。











(BGM:細野晴臣「ろっかばいまいべいびい」from「HOCHONO HOUSE」)
→元の「HOSONO HOUSE」では1曲目だったと思うんだけれど、このアルバムではラストに。
というか、これ、今気づいたけど、元アルバムの曲順を逆さにしてるんだ。
う~ん、なるほど。
それはそれでなんか面白いな。

見たことのないサイアクの結末


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


kaijosha.jpg


新宿で時間があったので、「感染家族」と「サマー・オブ・84」を見てきましたけれども。

いや、映画ってやっぱいいな。
もう映画大好き。
映画ばっかり見てる気がするの巻。

「感染家族」は、韓国映画なんですけど、これがもう面白かった。
簡単にいうとゾンビ映画。
舞台はものすごい田舎。
それだけでなんかワクワクしてきますけど、そしてコメディ。
…もう絶対見たい設定が詰まっております。

ま、この映画が面白いのは、「噛まれても平気な人がいる」というのと、最初に登場するゾンビがなかなかに「イケメン」という。
しかもなんか、その最初に噛まれたお父さんが平気な人だった、という。
その上、ちょっと若返ってしまう。

…ぎゃははははははは。

そうなると、もう「噛んでくれ!」という話になってくるわけですよ。
この辺かなり田舎っぽいリアルです。
お父さんの敬老会の仲間がじゃんじゃんやってくる。
「もう一度、嫁を喜ばせたいんじゃ!」みたいな。
…いい話かよ、と。

でもまあ、そのお父さん以外は感染しちゃうので、もうゾンビの大群が主役家族の経営するガソリンスタンドにわらわらと集まってきてしまう。
けどもまあ、最終的にはその最初のイケメンゾンビが家族の楯になって家族は助かるんですけども。
その場面、泣きました。
いや、がち、もう話に入り込んでましたわ。

んで、そのお父さんは「ワクチン」として活躍し…、というね。
イケメンゾンビも復活して娘と結婚するし、なんかいい話で終わる。

そしてこの映画が秀逸なのは、田舎ですから銃がない。
銃がないから「アタマを撃ち抜く」という設定がない。
なんで、なかなかゾンビを殺せないし、そもそも「●○さん!ほら、小学校の同級生だった俺だよ!」みたいな、田舎風のコミュニケーションが随所に散りばめられていて。
だからまあ、殺しちゃったらそれはそれでなんかなあ、というところもあるんで、そこがいいよね。

けれども、「花火に反応する」みたいなことはちゃんとゾンビ映画のパロディとしてやっている。
この監督、ゾンビ愛がなかなかに溢れていてうれしい。

ゾンビ好きな人は、これ見た方がイイです。


で、次に見たのが「サマー・オブ・84」。
1984年のアメリカの校外の住宅地を舞台にしたひと夏の物語。
主人公は4人の中学生。
近隣で起きた連続殺人事件の犯人を、主人公の向かいの家の警察官だ、と思い込んでこの4人は独自に捜査を始める。

ま、しかし警察官ですから、まわりの大人はそんなことは思いもしない。
いい人だし、みたいな評判もある。
途中で主人公の親にその警官の家とかに入り込んでいることがバレ、大目玉をくらったりする。
しかも、その警官にも謝りにいかされ、こっちが探ってることを知られてしまう。
と思っていたら、他の犯人が捕まった、というニュースが流れる。
ああ、この子達の勇み足か、で話が終わればいいんですけど…。

けどまあ、いや、実際はこの人が犯人でビンゴだったんですね。
しかも、この子達が疑ってるのが知れてしまってる。
なんで、まあその真犯人は当然、この子達を狙うわけですね。
というか、そもそもその主人公を次のターゲットにしようとしていたんです。

でもまあ、最後の最後、そんな状況の中、決死の思いで忍び込んだ警官の家の地下で、監禁されている子どもを発見。
それを警察に告発、この前逮捕したのは誤認逮捕で、本当の犯人はその警察官だ、逮捕しろ!となります。
これで、まわりの大人も警察も主人公らの言っていたことが正しかった、となるんだけど。

ま、これで犯人が捕まってめでたしめでたし。
こういうホラーのパターン、ありますね。
そうなると思っていたんですが…。

…ですが、その後、捕まらないんだわ、この警官。
ぬおおおおおおおお。

そして、もう後味の悪い最悪の結果に…。
これはもう見てもらうしかないんですけど、今までみたことのない救いのないラストです。

これまでの予定調和のホラーに飽き飽きしている人にはお勧めではあります。


いやぁ、映画って本当にいいもんですね~。





(BGM:?「Star Wars and Other Hits」from「Very Best of Stars on 45 [Music Club]」)
→このスターズオン45シリーズっての、たぶん俺が中学だったかの頃に流行ッたと思うんだけど、これが大好きで。
「出来た曲をいじる」ってのが、とにかくすごい衝撃で。
やっぱ曲を作るなら(当時から曲は作っていた)、一曲作らなきゃならない、って思っていたんだけど、そうじゃなくて、これはこれで作品なワケですよ。
なんだろう、すごい音楽の可能性を感じたんだよね。
今でも好き。
けっこう原点。

| ホーム |


 BLOG TOP  » NEXT PAGE