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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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kaijosha.jpg


ま、みなさん、卓球というとどういうイメージなんでしょうか。
俺の世代だと、ですが、どっちかというと地味、ですか。
マジメ、というか。
バスケを派手、としたら、卓球は地味、みたいな。

ま、実際そういうことでもないんでしょうけども、恐らく卓球って、閉め切った部屋でやる、みたいなことが影響してるんでしょうか。
風が入っちゃったらできない、とか、光が入っちゃうとできない、みたいなことがあるようで。
部活とかでも離れの卓球場があったりして。

しかしどうして、卓球ってのは誰しも一度はやったことがある、というスポーツではあります。
温泉で、どっかの旅館で、じゃなくても、どこかの体育館で、とか。
だからまあ、身近ではある。
もちろん、テレビでやってるようなラリーの応酬はできないとしても、つまりはまあ、卓球というより「ピンポン」ですかね。
そういうのは誰しもが経験している、という。

というわけで、先日、Tリーグを見て来ました。
いわゆる卓球のプロリーグですね。
埼玉には「T.T.彩たま」というチームがあり、にじ屋の近所の体育館で沖縄のチームと対戦するという。

で、まあ行ってきたわけですけど、けっこう人も入ってましたね思ったより。
「誰しもがやったことがあるスポーツ」というのもあるでしょう。
近所でプロの試合があるとなればやっぱ見たくもなるのもわかりますわ。

で、やっぱどうですか。
前にこの同じ体育館でバスケを見た事もありますが(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4417.html)、やっぱ地味なのか、お客さんの髪の色は黒白肌色、つまりはまあ、そのまま、ですね。
赤い色はコウヘイだけでありました。
ま、ついでに選手も黒髪なのね。
この辺は、「プロスポーツ選手が髪型などこだわってたまるか!」という気概も感じて、それはそれでいいわけですが。

んなわけで、バスケの外国選手は悪そうに見えますが(偏見)、卓球の外国人選手はマジメな人そうにみえたりもしちゃいます。

で、最初にダンスとかあったんですけど、ちょっとね、どうですかノリが悪い。
ま、後に試合を見てわかるんですけど、応援とかあっても、サーブの時とかは静かにしなきゃいけないわけ。
ゴルフ的な。
だからまあ、そこで一回テンション下がっちゃうんだな。
なんでまあ、全体に冷静な空気が流れる、というか。

ま、そんな空気感なワケです。
みんなマジメに卓球を観戦、というか。
学生、恐らく卓球部のみなさん、みたいな集団もいましたし。
いや、まあ金払って見に来てるわけだから、どんなスポーツでも当然マジメっちゃあマジメだけれど。
でも、ビール飲んでガッハッハ、という感じではない、というか。

と、いうような空気感。

しかし、まあプロスポーツとして、エンターテイメントとして何かをしなければならない、とTリーグの方達は考えているんだろうなあ。
ま、先に書きましたけど、ダンスから始まる。
そのダンスもどっかヒップホップ。

つまりはまあ、卓球がバスケノリを目指してる感じのアレになっちゃってるわけ。

ちょっとねえ、そこに無理があるわけです。
リズムに合わせてかけ声が入りますけど、それがまあ「T!T!さいたま!」みたいな。
ひねりがないというか。
しかも、あとノリなので、休符を「ン」で表すとこういう感じね「ンT!T!ンさいたま!」。
しかもその「さいたま」が、サイタマ!と叫ぶ感じでもなく、普通のイントネーションだと、さいたま、の「ま」が多少下がると思いますが、「た」を下げて「ま」を上げる、見たいな「フシ」がついちゃってるもんだから、ちょっと気恥ずかしい。
というか、そもそも「さいたま」のとこで、いわゆるラップのキメみたいな、「どす~ん」とくるところの手、つまり指を下に向けちゃう感じもやってて。
なんか負けてる感じじゃん!みたいな。

あと不思議だったのは、あれね、クイーンの「ウィーウィルロックユー」なんでしょうか、あのリズムで「T!T!パ!」というのがあって。
たぶん「パ」だと思うんだけど。
そこで手拍子、みたいなね。

う~む…。
いや、言いにくいが、ださい…。

しかも、途中で、応援を盛り上げたいんだと思うんだけど、リズムに合わせて「プチャヘンザ!」が入ります。
…言いにくいが、ださい…。

卓球は卓球らしくいったらいいんじゃないかなあ、と思ったりしたわけですが。
かといって、卓球らしい曲とは何か?と問われればもう俺にも答えがないわけですが。

ま、試合はやっぱすごいわけですけどね。
もちろんプロだから。

神たくやさん、という選手がいたんですけど、その選手は有名みたいで、「じんたく!」とか声援されてましたが、最初まあ選手名がわからなくて、「え?人徳?」とか思いましたけど、人徳言われたら、実力より人徳でプロ入りかよ…みたいな感じにも思ったりしてちょっと笑った。
んなわけない、まあすごい選手でありました。

しかしどうですかね。
我々のやってた時代、ってかやってないですが、学生の頃はサーブ権、ってのがありましたが、今はない。
しかも11点先取、デュースもない、というわけで、試合が早いんだわ。
これ、おそらくエンタメのために、テレビサイズにするためにこうしたんだと思うんだけど、これだともう全然追いつけない感しかない。
でもまあ、逆に相手のミスで点も入るワケなので、追いつけないわけでもないんだけど。
う~む、こういう「テレビサイズのためにルールを変える」というのはねえ、どうなんでしょう。
なかなか苦渋の選択ではあるかと思うんですが。

試合の中休み、休憩の時に、チアの女の子達が、なんか大袋を破いて一つ一つお菓子を出して配ってまして、もう一つの大袋を小脇に抱えて、みたいな感じで。
「近所のおばちゃんか!」と思いましたが、スポンサーのお菓子でした。

点を取るたびになぜかほぼ全ての選手が、利き手の逆の方のネット側の卓球台の部分を触ってて、それを勝っても負けても必ずやるもんだから、なんかおかしかった。
なんかの験担ぎなのか、なんなのか。
左利きの選手と右利きの選手の対決だと、そこで選手同士がすごく近くに寄る、という。

こういうのも、テレビとかだとスローモーションとかで前の部分を振り返ったりする映像が入ったりするので、なかなか見れない瞬間ですね。

ま、面白かったですね。
実際に見に行ってみると、いろいろと肌で感じるモノがあります。
近所の体育館、なかなか侮れないです。







(BGM:太田美鈴「好きではじめた女じゃないが [女番長 感化院脱走]」from「歌謡曲番外地 やさぐれ女優編」)
→やさぐれ歌謡は大好きなんですけど、これは恐らく劇中歌なんでしょうか。
ピアノ伴奏だけで歌ってますけど、歌が上手いよね、とにかく。
やさぐれなくてもいいよ、って言いたい。

う~ん、そういうことを言いたかったんじゃないんだけどうまく書けないなあ


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kaijosha.jpg


というわけで、太陽肛門スパパーンさんの30周年記念ライブ。
高円寺のSHOWBOATというライブハウス。
行って思いだしたけど、ここ、前に来たことあった。
どこか受付の人もぶっきらぼうで、横入りする人にも無頓着。
こぎれいだけれど、きれいとは言いがたい感じ、機材を積んだ上に黒い布がかぶせてあるだけっぽい感じとか。
いや、いいライブハウスだなあ、と思ったわけです。
こういう「雑多」がいい。
こういう「不親切感」がいい。
ライブハウスはこうでなきゃいけない。
座って大人しくクラシックを聴きに来たわけじゃない。
いや、クラシック聞きに行ったら大人しく座るけど、そのためのハコじゃないわけで。

近寄りがたいライブハウスを「均一化」して、「きれい」にして、「一般客」に広げていこうという動きは悪くないかもしれないが、どこかそれに反発を感じるのも確か。

でも、俺が高校の時だから80年代のライブハウスは、恐ろしく、怖いところだった。
ま、俺が若いというのもあったし、そんなにライブハウスに経験値が高くなかったということもあろうが、そういう場所だった。
そこで見た初期のハードコアパンクのライブはとにかく刺激的だった。
演奏はおそらくそんなにうまくなかったのかもしれない今考えると。
でも、音楽のスゴサをそこで感じて今に至る。

それは小ぎれいなライブハウスでは成り立たなかった音であって、場所も演者も、音も漂白されたらもう音楽は終わり、だとも思っている。
演奏がうまいとか下手とか、そういうのは正直、自分の音楽への刺激とは全く別の次元にある。
あまり興味が無いのだ。

いや、「ベースは上げていくけど、ギターのテンション下げたらドラマチックだ」「そこはセブンスじゃないとダメなんだ」とか、そういうのは確かにある。
けれど、まあそれはあくまで「刺激のための方法論」であって、音楽は音楽を上手く奏でるためのモノじゃない、というか。

というと語弊があるけれど、確かに奏でる音を大事にするクラシックも嫌いなわけじゃない。
合唱とかも好きだ。
けれども、自分がやるとなったら、ライブハウスでハイになろうとするのなら、やっぱり問題はそこじゃない。

スパパーンさんの演奏はピカイチだ。
各々が上手すぎるのもあるが、あり得ないコード進行、重ねた音の半音違い、そういうのがすべて「ハーモニー」になるすごさ。
音楽的に計算され尽くしたすごさ。

でも、彼らはおそらくそこだけを聞かせたいんじゃなくて、なぜか白ブリーフだし、そして寸劇も入る。
そこが重要で、音を聞くだけでは彼らの「やりたいこと」も、そもそも彼らの表現が見えてこない気がする。
その感じが、この「刺激とは何か」「表現とは何か」ということを見せてくれるし、そこが俺にとっては重要なのである。

こういう言い方はなんだが、アマとプロの違いってそこだよな。
ま、音楽にプロもアマもないけど。
アマチュアはすぐに、「音楽で成功した人」のマネをしたがるが、そんなのいくらやってもムダだわな。
そんなことより、自分が何を表現したくて、客に何で刺激を与えたいのか考えるべきなんだろうな。
自分が気持ちいいだけだったら、別に客を入れる必要なんかない。

よく見るバンド同士のなれ合いも好きじゃない。
演劇でもそうだけど、バンド仲間が、演劇仲間がお互いの客になってる世界は、批判がなくて好きじゃない。
それじゃあ、隣のおばさんの習い事の発表会と同じじゃないか。
人との付き合いはあるから、それはそれでいいんだけど、それと音楽の評価はきっちりと線を引きたい。
そこからは距離を置きたい。

スパパーンさんは、徹底的に他のバンドや演者をステージから批判するけど、あの感じも好き。
ま、音、ということじゃなくて「思想」についてだけどね。
でも、そこ重要で。
「何を表現するか」にかかってくるから。

ま、それは一方で逆に仲間も多くなるよな、きっと。
その感じもいい。
結局、有り体な言い方だけれど、「とんがって」なかったら、表現者としてはダメなんだろうな、という結論になりますけど。

全方位外交じゃなく、自分の表現に素直にならなきゃいけない、というか。
なんか、そういうことをスパパーンさんは改めて教えてくれる。

そうじゃなきゃ、やる意味ないじゃん、というか。

俺なんかは、いくらお客さんが入ってくれても、なんか「何も伝わってないんじゃないか」って思ってばかりだし、そもそもあまり「いい評価」を素直に受けられない性格なので、ネガティブにとんがらざるを得ない感じもありますが。


さて、今、まあライブハウスも運営が大変なようで、そりゃそうだ、ここまで格差が開いてしまうとライブハウスにかけるお金が捻出できないもん。
けど、どっかの大手があちこちの既存のライブハウスを買い取って巨大化するのも違うような気がする。
ライブハウスは雑多じゃなきゃいけない、と俺は思うので、組織化されてしまったらそれはどうなんだろう。
「雑多」からは離れてしまうんじゃないか。
もちろん、そこにはこの不況の中、「ライブハウス文化の灯を消さない」という病むに病まれぬ事情もあるんだろうけど。

結局、音楽ってのは、食べ物と違って「なかったら死ぬ」というものではない。
けれど、確実に人生は無味なモノになる。

大規模なドームコンサートには、確かに大きな金が動き、人が動くから、最大公約数の音楽しか流れない。
漂白されたその音は、果たして刺激的かというと、俺にはそうじゃない。

そしてもっと言うと、そうした漂白された音楽も、ジャニーズやアイドルじゃない限り、そもそもはライブハウスの雑多から生まれたものだろう。
だからこそ、ライブハウスの灯は消しちゃいけないし、そこで表現者としてやろうとするのなら、やっぱ「自分は何を表現するか」「何で客に刺激を与えるか」を常に追い続けなきゃいけないんだろう、と思う。

ま、もちろんね、「演奏の上手さで刺激を与えたい」ってのもあると思うよ。
だったら、プロ以上の練習すればイイと思うし。
俺は練習嫌いだからやらないけど。


あ~、またなんか平易なことを難しく書いちゃったなあ。
言いたいのはそういうことでもないんだけどね。
どうしたもんか。

楽しきゃいいんだ、ライブは。
そしてそれは人それぞれだから。
百人が百人楽しい、ってのも違う、って話。
で、俺が好きな「雑多」なライブハウスも生き残って欲しいし、そう思わせてくれるライブにこれからも行こう、出たい、と思う、という話でありました。

最後の段だけ読んでもらえば事足りましたね。








(BGM:Tania Maria「ゼという名の男」from「音の棲むところ」)
→ボサノバの名曲と言うことになるんでしょうか。
ボサノバは好き。
2小節で一つのパターン、というのがなんか小学校の時に知って驚愕した。
イヤな子どもだ。
この曲、何語かわからんけど、時々「ぜ」ってのが入るわけで、そこがなんかいい。

自由度


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というわけで、矢野顕子さんのコンサートに行ってきましたけど、今回はバンド編成で。
どうですかね。
ピアノ弾き語りも聴きたいし、バンドも聴きたい。
そういう意味では、やっぱこの人はすごい人なんじゃないかと思うんだけど。

やっぱ、バンドって自由がきかないから、その瞬間に変えよう、と思ってもできないわけですよね。
ある程度の打ち合わせというのがやっぱ必要になってくる。
そういう意味ではすごく窮屈に思えたりするところもある。
思ったような音をバックが出してくれればいいけど、そうじゃない時もあったりとか。
でも、やっぱバンドはその分音が広がるのは事実で、それもほしい。
というか、それでしかできないことも多い。

つまりはまあ、窮屈さをどう楽しむか、というか、そういうスリリングな感じもバンドにはあって、それを楽しめちゃえばバンドも楽しいんだろう。
この辺はおそらくその主体となる人、この場合は矢野さんなわけだけれど、その人の性格なのかもしれない。

まあ、ベストの音を聞かせよう、というよりも、自分が楽しめるかどうか。
今、自分が何を楽しもうかな、みたいなことでバンド編成だったり弾き語りだったりするんだろうかな。
そういう自由度も矢野さんの魅力なんだろう。

そ、自由度。

前にも書いたと思うけど、矢野顕子さんはとにかくカバーが秀逸で。
もちろん、オリジナルは素晴らしい。

俺は、なんだかんだやっぱYMO世代なので、その頃ですね。
「ごはんができたよ」と「ただいま」、その後、レコードが高すぎるとかで、ジャケットと盤を別売りにしたのもあったような。
そのあたりが大好きで、特に「ただいま」が俺の中ではベストアルバムなんだけど、なかなか最近はこの中からやってくれないので、ちょっと残念なんだけどね。

「ただいま」は、ノイズに歌をかぶせてるのとか、子どもの詩に曲をつけた組曲とか、まあちょっと実験的ではあるんだが、これがもう大好きでなあ…。
あまり矢野ファンには人気がない盤なのだろうか。
といって、キャッチーでもあり、矢野ポップも炸裂しており。
こんなバランスのアルバムはなかなかないと思うんだけどなあ…。

と、まあそれはいいとして。

矢野さんといえばカバーにも注目したいわけですが。
今回、山下達郎さんの「ペイパードール」をやってまして。
これ、最初、わからなかったんだわ。
でも、この歌詞、確実に聞いたことある。
なんだっけ、なんだっけ、と思ってるうちに、サビが来まして「ペイパードール、僕らの恋は~」、そこで、あ、達郎さんじゃん、と。

山下達郎さんも好きで。
「イッツアポピンタイム」というライブ盤をとにかく何度も聞いてて、この曲も知ってたんだけど、じゃなきゃまったくわからん感じ。

曲がまあ、なんでしょ。
矢野色に染まるわけ。
カバーたって、カバーではない、もはや。
歌詞は残ってるモノの、曲が違う!みたいな。

…いや、もしやこれ、矢野さんにはこう聞こえているんだろうか?

いや、そういうことじゃあるまい。
モト曲を一回咀嚼したらこうなった、ということなんだろうけど。

このカバーの感じ、すごい好きなんだよなあ。
他にもなんか聞いたことのある曲をやってて。
確実に聞いたことがあるんだけど、全く思い出せない。
なんだろうなんだろう、と思っていたら、NHKの「72時間」のテーマ曲でした。
前日にテレビでやってたわ。

よくよく考えてみたら、一曲目が「電話線」だったと思うんだけど、それはオリジナルなんだけど、もうそれも違うわけ。
ってか、いや、違くないんだけど、キメってあるわけじゃないですか、曲には。
そのキメがきっちりこないというか…。

もう、自分の曲すら変化しているという。
矢野さんは、佐野元春さんのサムデイをカバーしたときに、もう「サムデイ!」というサビを歌わない、という荒技をやってのけてますからね。
自分の曲のキメなんかどうでもいいのかもしれない。
そういう次元で音楽をやってないんだな。
恐ろしい。
けど、好き。

よく、ライブについて、CDのままやってくれたらいいのに、というような人がいるけれど、俺は全く逆で、CDと同じなら聞きに行かないですよ。
意味ないジャンそんなの。
逆に、CDならライブではできない全く違う音を出さないと出す意味もない、というか。
そrにやっぱ、やってる人の気分も変わるし、中身の捉え方も変わってくるというか、そういうのってあると思うんだよね。
それをなんかその時々のライブで表現してほしいなあ、と思うので、違っていいと思うし、違わないんなら逆に表現者としてはあまり俺は好きじゃないタイプ。

ま、ただそうなると、バンド編成というのはやっぱ窮屈、ということにはなってきます。
打ち合わせをしなきゃならないからね。

でもまあ、矢野さんはそれを越えてる感じがして、つまりはバンドってこういうのがプロなんだろうな、と思ったわ。

さて、今回はツアーの初日ということだったらしいけど、入り口に「チケットただでゆずって下さい」と書いた紙を持って立った人がいましたけど、「それは無茶だろ…」と思いました。
いや、ゆずってくれる人はいないとは断言しませんが、その人はおそらく何らかの事情で会場に来れない人だと思われ、入り口にいてもなあ…。

いや、なんかの表現だったのかもしれない←おそらく深読みしすぎ。







佐藤店長生誕祭小

(BGM:エポキシー「旋盤のメロディ」from「黄昏賛歌」)
→このイントロの感じ好き。
というか、このギターのテンションを大切にする感じ、いいわ。
ベースラインもなんかカッコイイ。
すごい才能のある人たちなんではないか。
見たこととかないけど。

居場所


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マキタスポーツさんのオトネタ大宮版に行ってきたわけですが。
なぎら健壱さんがゲストで、いや、貫禄でした。
もちろんオモシロトーク有り、そしてなにより歌もいい。
当然だけど歌手だから。
マキタスポーツさんは、もうなんかあと3時間くらいみたかったけど、芸人全開の、そしてもうわかりやすいネタで勝負してきた感じで。

いやあ、メジャーってすごいよね、って話をしてたんですけど。

きちんと客にあわせられる、わかりやすいネタを展開する。
こういうことができてはじめてメジャーなのだな、うん。


ま、その後、一緒に行ったカメラマン松澤とアキと飲んでたんだけど6時間くらい。
やっぱ、なかなかメジャーってのはすごいよな、という。

松澤はこの前のワンマンで「しの笛」を吹いてもらったんだけど、そういうこともあって、今後のスーパー猛毒ちんどんをどうするか?みたいな話になって。

ま、聞いてくれた人はわかるように、基本、スーパー猛毒ちんどんはわかりやすい音楽をやっています。
これはまあ、お客さんにどうこうというより、コッチの問題で、わかりやすいメロディ、歌詞、というものを基本に据えないと難しい、というのがあります。
メジャー展開したいとか、そういうコトでは全くなく、やれるオトがそういうことだ、っってことですね。

なかなかねえ、難しいですね。
アンダーグランドから這い上がることなく進んでいきたいわけですが、わかりやすい音というのは、アンダーグランドにとどまることをあまり許してくれない感じもあります。

今後、どうやって行けばイイか、ってのは、とても悩むところなワケです。
楽器編成を大きく変えるか、それともアカペラで行くか、まあなんにしても、井上達が今置かれてる状況というのが、「できすぎたメジャーの音」に乗っかってるのは、やっぱ今ひとつ居心地も悪い。
曲も作る、衣装も考えるコンポーザーとしては、何かもっと本当の彼らの「何か」に音を衣装を近づけていきたいな、と思う昨今。

とはいえ、まあそこまで真面目に考えなくても、という気もするが、まあ表現には悩みがつきものであるわけで、しょうがないわ。


さて、松澤が、けっこうずっと「居場所」ってコトを言っていて。
虹の会やスーパー猛毒ちんどんを居場所に思えるようになった、というような。
ま、とても嬉しい話であります。

「多くの人は居場所がない」とも。
…ふむ。
「生きてるっていってみろ」という名曲もあります。

家にも、仕事場にも自分の居場所がなかったら、そして仕事以外の何かもなかったら、居場所なんかないわな。
そういう人もそう言われればたくさんいるのかもしれない。

松澤曰く、地元の同級生と話すと、親の介護のこと、仕事のこと、まあそんな話しか出てこなくて、なかなか自分がこの前ライブをやったとか、写真展をやったとか、言いにくい感じだった、と。
俺らの世代も、キュウキュウとしている。
居場所も何もあったもんじゃない。
やること、こなすことで手一杯、そんな感じだ。

俺は、居場所がない、と思ったことがない。
まあここが居場所だと言うことなんだろう。
つまり、自分の居場所を作り続けてきたのかもしれない。
いや、しれない、じゃなくて、恐らくそうだ。
無意識にだけど、そうしてきたんだな。
ありがたいことでもあるし、う~ん、なんだろう、不思議な気持ちだ。

そんな中で、ここをたくさんの人が居場所と思ってくれたかもしれないし、そう思う前に別れてしまった人もたくさんいる。

そうか、人って、自分の居場所を探し続けて生きているのかもしれない。
ここが居場所じゃない、と思った人はまた次の居場所を探す旅に出るわけで。

今、どこにも居場所がない、という人は、きっと居場所を求めてどこかと接触したりするのかもしれないし、それは偶然の出会いが居場所に発展するかもしれないし。
居場所というあやふやなモノは、どうやったら作れる、どうやったら自分のモノになる、というものでもない。
場所とは言うけど、場所ではなく、人なのかもしれないし、人の集合だったり、そういうものだったりもするわけだ。
探そうにも、まあそもそもこなすだけで精一杯な毎日だったら、誰かと接触することだってできないし、そもそもそんな気持ちすら持てない人もいるかもしれない。

だからまあ難しいんだろうし、なかなか見つけられないのかもしれない。

居場所。
…なんかあまり自分の中になかった言葉だけに、一つのキーワードみたいに自分の中に残った。







n1.jpg

佐藤店長生誕祭小

(BGM:なぎら健壱「よいとまけの唄」from「フォークソング オールスター」)
→なぎらさんクラスになると、もう人柄ですよね。
歌どうこうじゃないというか。
こういう人になりたいよなあ。

沸点ギリギリの舞台


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kaijosha.jpg



人はそれぞれに違う人生を歩んでいますから、それぞれ悩むことも違う。
自分の人生の壮絶なほどの悩みも、ある人から見たら、「なにそれ?」ということもありますわ。
だからといって、「なにそれ?」も、その人にとっては人生のオオゴトですから、どっちが苦労してるとか、どっちの悩みがデカイとか、そういうことではないわけで。

ま、年齢によっても違いますかね。
学生時代のテストの点数なんて、今になって考えるとどうでもいいんじゃね?とか思うし。

なんで、今になって「テストの点数で悩む人の物語」を改めて読んだり、そういう映画や舞台をみようとは思わないわけです。
まあ、改めてその時の頃を思い出して感慨にふける、というアレもあるかもしれないけど、そういう人は見たらいいとは思うんです。

好き嫌いというのとは違うかもしれないけど、響くモノは違う、というか。


俺なんかはこういう仕事をしていますから、障害者の云々と言っても、あんまり浅い物語や映画、舞台を見せられると辟易とすることがあります。
「ちゃんと取材して台本書いてるの?」みたいな。
高校を舞台にするとして、じゃあその台本、ちゃんと高校生に取材かけて書いてる?みたいな舞台を先日見せられましたけど、サイアクでした。

そういったモノは、たいがい深みがない。
悩みというのは、そこに行って、その人に聞かないとわからないし見えてこないモノもある。
取材ったって、正直、ウチに来る人もいるけど、その人の熱意や思いが伝わってこなければテキトウに答えることもある。
つまり、取材者の浅さに付き合って、浅い答えをするってコトですね。
だって、本気で深みのあること話したって、「この人には伝わらないな」と直感が言う。

だからといって、まあ浅い表現物がダメだとは思いませんよ。
24TVのような。
入り口としてそれはあり得ないことはないから。
まあ、しょうがないかな、とは思いますが、それが全てだ、みたいなことを言われれば「それは違うし」とかは言いますけど。


つまりはまあ、どれだけ自分の表現物にかけてるか、みたいなことにはなるんですけど。
とにかく有名になりたい、とか、有名人の名前を利用したり、有り体なモノを作っておけばイイや、みたいなのはやっぱ納得出来ませんね。
面白くない。

まあ、いろいろな人がいますから、その時に、その瞬間に、それらの表現物を見て入っちゃう場合はあります。
歌の歌詞の一言が胸に刺さることもあります。
それがどんなに凡庸で深みがなくても。
そういう「作り方」というのは、まあ歌の場合はあるんだけど、舞台や映画になってくると、その背景も描かれてしまいますから、浅いとすぐにわかってしまいます。


ま、取材しなくとも、台本を書く人の立ち位置、その人の人生、というのが壮絶だったりすると、まあそれが本に反映されたりもするんだと思います。
その深い絶望や希望に、我々は心を動かされたりする。

ま、そういう表現をしたいモノだなあ、と思うわけですが。


てな偉そうなことを書いた後、先日見に行ったスイモアマイモの「IDEA」という舞台について書きますが、これがよかった。

足がない、手がない、けれども「俺はこの身体で完全なんだ」と言う言葉と、近未来の話で、義手技術とかがすげえ発達してるが高い、みたいなスジなんだけど、「手がついてよかった!」という言葉が両立する感じ。
親の愛情が過保護に発展していっちゃう感じと、同時に、子が親への愛情をしっかり受け止めながらそれに抗って自分の人生を掴んでいく感じ。
愛してるが故に、自分の身体を売ってでも恋人を助けようとする感じ。
義手の副作用で記憶が曖昧になって、自分の愛する人と自分の立場が入れ替わっちゃう感じ。

まあ、いろいろなモノが詰まっているんだけど、それぞれが深い。
というか、俺の中でそれらの悩みや行動が「なにそれ?」では全くなく、それが沸点ギリギリに描かれていく。
ちょっと突かれただけで、こっちの思いが吹き出してしまうような感じ。

障害者で動けない女性が、ヤクザの男と話をしてる場面なんか、なんか涙止まらなかった。
こういう場面、先に書いたように、こういう仕事してるとちょっと引いたりすることあるんだけど、いや、のめりこんでしまった。
これ、聞いたことがある感じすらある。

これだけ詰め込まれていると、たいがい散漫になったり、逆にコンパクトに収まっちゃったりするんだけど、そういうこともなく、ずっとギリギリ膨張したままの展開で最後まで進みます。

ここまできちんと書かれた台本ってすばらしい。
同時に演出もすばらしいと思った。
「行ってきます」の一言が、「後ろめたい」「本当は行きたくない」という風に見えてくるからすごい。

小劇場でこういうのがしっかり演じられてるというのがうれしいし、もっといろいろ見たいな、と思った。








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(BGM:S.V.Gangstars「さよなら大好きな人」from「ビリーヴ II 」)
→聞いたことあるけどこの曲。
きっと最近の流行曲なのかしら。
といって、もう最近でもないんだろうな。
ま、合唱にもしやすい感じですね。
なんか、タイトルだけ見ると演歌かと思ったけども。

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