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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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歌は上手い


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kaijosha.jpg


先日、佐藤先生のお知り合いの童謡歌手の方のコンサートに行ってきたんですけど。
童謡というのは、よくわからないけど、まあ「わらべ唄」ってジャンルとかもありますね。
「唱歌」とか。
まあ奥が深いというか、そのジャンルわけについてはよくわからないんですが、その辺をいろいろ歌ってくれました。

「かごめかごめ」って、籠の女、でかごめだ、って説もあるそうで。
つまり、妊娠してる女の人を指す言葉、ってことらしいんだけど、最終的に鶴と亀という縁起がイイ動物が滑る、という。
怖い。
なにかとてつもない闇を感じるわけですが。

「靴が鳴る」なんてのも、聞いてみるとちょっと怖い。
お手々つないで野道を行けば、みんなかわいい小鳥になって、って、まあかわいい感じはするモノの、う~ん、怖いな。

「赤とんぼ」も三番には「15でねえやは嫁に行き」という歌詞がけっこう避けられているそうで、学校によっては歌わないとか、教科書に載ってない、とか。
ねえや、ってのは、奉公に出された子守の子のことですね。
なんだか、こちらはその歌詞はすばらしいとは思うが、学校によって歌わない、ってあたりに闇を感じます。


ま、そういう「うんちく」も交えながら、お客さんとしては「何か一つ利口になったぞ」みたいなことを感じさせてくれるコンサートだったんですけど。

しかし、例えば先の「赤とんぼ」の歌詞ですけどね。
歌とか音楽ってのは、「表現したいモノがあって作る」ものなわけですよね、そもそも。
で、たいがい表現したいモノってのは、この世の中の不条理だったり、そういうことであったりするわけです。
もちろん、「富士山はキレイだ」という、不条理を歌わない歌もあるわけですけど、「歌わずにはいられない」「表現せずにはいられない」というものの中には、確実にその「世の中の不条理」を歌う、というものが存在します。

けど、不条理を歌うとなれば、そこでは差別を描き出す必要があったりするわけです。
じゃないと、その不条理が浮かび上がらないから。
でも、「それは差別用語だからダメ」と、「ねえや」を隠されてしまったら、その表現は成り立たないわけですね。

そして、不条理を歌わない「富士山は日本一の山」とかいう歌ばかりが残っていく。
ま、それも一つの思いだし、「富士山は素晴らしい」ということについて俺は異論はないんですが、表現物の中でそういう傾向のモノだけが残っていって、不条理を問うことを誰もしなくなったら、表現の一つが失われてしまいますね。
それはちょっと違うだろう、と俺は思います。

童謡やそういったものには、どこか暗い何かがつきまとう、というのは、「ずいずいずっころばし」が大名行列を歌ったモノであるとか、そういうなんだろう、隠語や比喩が多いからでしょうか。
その昔、お上に楯突くことができなかった時代に作られた庶民の歌、という性格が底にあるような気がします。

そう考えると、なかなかにこの世界も奥が深いな、と思うわけですが。


ま、それはそれとして、この方の歌を聴いていて思ったのは、表現云々ではなく、とにかく「歌が好き」「歌いたい」という人がいる、というところですね。
つまり、歌ってのは表現の手段なんだけど、それをやりたい、と。

その歌手の方も、歌を使っていろいろと老人向けの某、音楽療法の某(と、そこで佐藤先生と出会ったらしい)、というのをやっていたりするようで、つまり、その「歌」という手段を使って、いろいろなことをやろうとしている。

なるほどなあ、そうね。
そういうのってあるよね、まあ。

例えば、アイドルが人気者になりたい、とか。
なんで人気者になりたいのか?というのはよくわからないけど、とにかく人気が出たい、みたいな。

俺にはちょっとよくわからないんですけど、そういう風に、その「方法」をやりたい人っているんだよね。
楽器やってる人なんかはそうかもしれないね。
で、まあそうなってくると、「どういう表現に合わせても方法を駆使できます」というプロフェッショナルな技術が求められる。
そこでまあ、「プロ」が生まれるわけですね。
表現者が、「こういう感じの」「こうやってくれる?」に応えられるのがプロ、というか。

この歌手の方もそういう意味で、歌のプロだと思いました。

ま、ただそうなっちゃうと、じゃあ単体でコンサートやります、と言われると、中身がない感じがすんだよね。
歌は上手いし、う~ん、でもそれだけなんだよなあ…。








(BGM:CHEHON「BABY DON’T CRY」from「RAGGA KANON」)
→全編同じカノンのバックトラック、という意欲作ですか。
ただまあ、もうカノンのもの悲しい感じはどうにも払拭できないわけで、なかなかチンコとかはあいません。
カノンしばりにして、バックトラック自体は多少違ってもヨシ、にしたらどうだったんだろう。
こういうしばりのあるなにか、好きですけどね。
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あの頃の爆発地点


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まあ、「東京五輪獣」ということで、太陽肛門スパパーンさんが反五輪ライブを展開しております。
ケラさんがパラリンピックの総合演出になったとか、まあ「ミュージシャンの右翼的再編」というのが、とにかく許しがたい、というようなこともあるようで。
あるようで、っていうか、俺もガッカリだけどな「君はGANなのだ」はよかったけどなあ。

まあどうでしょうか。
日本だとミュージシャンが政治に口出すなとか、そういう馬鹿げた言説がまかり通ってるわけですけど、政治に一家言ないヤツが表現したものなんか意味なかろうに。

表現ってのは、もうすべからく世の全てに向かっての表現だし、そこに政治が入らないわけがない。
だって、制度の上にしか俺たちの生活はないんだから。
「汚い鎖をぶっちぎれ!」とか「支配されるのはまっぴらだ!」とか歌ってる割に、政治のことにはノーコメント、ってバカですよ。
んな表現のどこに本気があるんですか?というようなね。

ケラさんが有頂天で、昭和の終わりに出した「君はGANなのだ」は最高に面白かったし、刺激的だったけど、今やパラリンピックじゃなあ…。
オリンピックじゃなくてパラリンピックだからいいんだ、ってのは明確に障害者差別ですし。

そもそも、パラリンピックって金持ちの競技大会だろ?
手伝った人によれば、義足だとかそういうものにすごい金がかかってるんだそうで。
障害者は貧困の家庭にも生まれるわけで、それはなにも障害者に限らないけど、結局はたまたま生まれた家に金があって、それなりに小さい頃からテニスを習えて、という人がオリンピックやパラリンピックに行くわけでしょう。
そうじゃない人もいるだろうけど、でもその方が有利であることには違いないわけで。

コバがいくらマラソンが早くても、日銭を稼がなきゃならないから、それどころじゃないし。
毎朝みんなで走るので精一杯だよ。


というようなことで。
まあ、そのライブに行ってきましたけど。
今回はスターリンY?X?が競演ということで。
それもまあ楽しみにしていました。

イヌイジュンさんといえば、オリジナルのメンバーなのかな。
スターリンとはまあ、なんだかんだ、先日亡くなったミチロウさんのことであるわけだけれど、彼がスターリンを名乗るのには誰も異論はない、という感じだと思う。
当時、スターリンは千葉で見たかな、あとは後楽園の絶賛解散中を見ましたね。

なんでしょう、当時はとにかくミチロウさんVS客、という感じで。
音楽というより、もう暴れる目的でみんな行ってましたでしょ。
ハードコアの人たちからはスターリンは敬遠されてたところはあったけど、それでもこれだけ長く続いていると、俺らの界隈なら誰だって主義者、ロマンチストくらいは知ってる。
そういう存在がスターリン。

当時、俺が高校の時分だから、もう40年近く前になるんだと思うけど、あの頃はまあ平和だったよ。
社会党があって、自民党があって、自民党にも派閥があって、きちんとダメな政治家を蹴落とす仕組みがあった。
自浄作用というか。
国鉄は毎年ストをやってたし、世の中はダメなりに「まとも」だった。
戦争は遠い昔のことになり、その危機感もなく俺たちは毎日を過ごし、大人になればサラリーマンにでもなれば一軒家くらいは誰でも買えた。
そんな時代だった。

だからなのか、「どこかにぶつけたい若い衝動」みたいなモノが爆発する場面を俺たちは欲しがっていた。
それが暴走族だったり、ロックだったりしたわけだけれど、パンク、ハードコアパンクは、それを容易に受け入れてくれたというか。
受け入れたというより、まあそういうモノだったんだな。
ロックが、音楽ではなくビジネスでもなく、衝動だった時代だった。

その後、まあ急速にパンクは商業主義に取り込まれて息絶え絶えになっていくんだけど。

今や、パンクだなんだ言っても、そこそこもう統率の取れた会場の雰囲気でしかなくて、そりゃね、ケンカがいいというわけじゃないし、そのたびに当時も音が止まったりしたこともあった。
俺もライブをやってて、客が暴れたもんで音を止められたこととかあったなあ。
それはもう、音楽のライブとしては成り立ってないんだけど、でもまあ、それがライブだと思っていたところがあるし、それで満足もしていた俺は。

でも、まあ今はぬるいよ。
誰だって入れるじゃん。
当時、最初は入れなかったよ怖くて。

暴れるのがいいというわけじゃないんだよ。
でも、「衝動」はどこに行ったんだ?という気はする。


衝動がなくなって、シニカルな「君はGANなのだ」というメッセージもなくしてしまってパラリンピックを応援、って、もうパンクじゃないじゃん。
ロックでもない。
ただただひたすらに統率の取れた社会をロックで表現するなんて、どうかしてるよ。

と俺は思う。
キレイなショーケースに入ったロックなんかバカバカしいじゃないか。


ミチロウさん亡き後のスターリンは、確かにもうあの頃のケンカはない。
けど、イヌイさんは闘っていた。
何かに必死に闘っていた。


というわけで今日はこの辺で終わりなんだけど、どうしてもちょっと引っかかったんだけど、JAGATARAの再結成について噛みついてるお客さんがいて。

う~ん、まあ再結成ライブには行ってないのでなんともいえないけど、ごく単純にアケミさんがいないならもうJAGATARAじゃないんじゃないの?と俺は思うけど。
「あれはあれでいいじゃん」というのは、なんか「パラリンピックならいいんじゃないの?」というのに似てるような気がして、「ロックの商業主義化」という文脈で看過できない感じがする。
アケミさんが一番イヤだったヤツだしそれ。







jr.jpg

駅無人化小

駅無人化大

バレンタインSNS用画像

(BGM:Sheena & the Rokkets「スイート・インスピレーション」from「爆裂 ! ニュー・ウェイヴ 1980」)
→硬派な曲もあれば、こういうキュートな曲までこなしてしまうのがシナロケだよな、と思う。
これはあまり知られてない曲かもしれないけど、俺は好き。

最低!と罵るべきなのだが


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kaijosha.jpg


芸の道というのは厳しいものである、なんて当たり前のことですね。
世に脚光を浴びるのはほんの一握りだ。
歌やエンタメ、バンドというのも同じようなモノだろう。

といって、芸が素晴らしいからといって必ずしも脚光を浴びるということとイコールでもない。
もちろん、芸を磨くことは大事だけれど、それが世の中に合わない、ということもあるんだよな。

「テレビに出たいのなら、そのやり方を変えないとダメだよ」というようなことを言われながらも、決して自分のやり方を変えない人というのもいる。
小さな劇場で、舞台で、それでも自分のやりたい表現を続けている人というのもいる。
それはとても尊く、俺には光って見える。

音楽の世界でも、インディーが本当の意味で「独立」だったころ、メジャーには「のれない音」というのがあった。
メジャーになるには、きちんとしたメジャー向きの音を奏でなきゃならない。
ノイズなんてのがテレビの音楽番組にのることはあり得ない。
「昭和崩御」というタイトルのアルバムはやっぱりタイトルを変更させられたし、有頂天も昭和の終わりに「キミはガンなのだ」という歌を作って、メジャー展開していたのにインディーで出すことになったりもした。

インディーにはインディーの意味がある。
それがまあ、宝島社の台頭で、インデイーがメジャー予備軍、になってしまった感があり、俺は心底がっかりしたもんである。


さて、先日「アンダーグランドから這い上がることなく解散」したBBG48。
もう何度もBBGは見に行った。
共演させてもらうずっと前から、何度もいっていたグループである。

確かにドインディーといっていい。
正直、どの曲もどの曲も、一曲たりともテレビの歌番組には流れない。

インディーでなければ成り立たない音がそこにある。
もちろん、そもそも彼女たち自身がもう放送禁止である。
ケツも出ているし、性欲も強すぎる。
いや、まあ「性欲が強い」って歌があるからそう思ってるだけで、本当にそうかどうかはわからないが、いや、本当に性欲が強いように見えてくる鬼気。

いやこれ、目指す音楽だなあ。

爆笑とまではいかない、失笑あり、客に危機感を浴びせるパフォーマンス。
全裸の男たち。
綿のパンツを脱ぎ捨てるBBGのアイドル達。

どれも最低である。
けれども、なにか中毒性がある。

狂っていく出演者の彼女たちが、どこかアイドルに見えていく不可思議。
いや、アイドルったって、テレビに魂を売るような連中とは全く違う、石の原石。
ただのむき出しの石。
しかし、その石にこそ、なにかがあるのだ。
なにせ、地球が生まれた数億年前からあるのかもしれない、その石は。


で、まあその彼女たちの解散ライブ。
これが最後は対バンのおいおい教とのコラボだったんだけど、なんか泣けちゃったじゃないか。

いや、泣いちゃいけない。
感動などしてはいけないのである。

彼女たちは我々を感動させるためにやってるわけじゃない。
アンダーグランドからも這い上がる気もない。
最低の表現を、最低の形でやってるだけだ。
しかも、彼女たちはその「最低」を徹底してやりたいのである。

だから、感動なんかしてはいけない。
最低!と罵るがいいのだ。
「素晴らしかった」などと言ってはいけないのである。

だから、感動した、などと言わないぞ、俺は。

…でも、最後だ。
最後だから、一度だけ言おう。

感動したわ。

ってか、自分のその気持ちにびっくりしたわ。
しかもその感動は、カラッとしていて、ジトっとしたところがなく、気持ちを高揚させてくれた。

俺も頑張ろう、なんて思っちゃったじゃねえか。
ってか、思った自分にびっくりだわ。


なんだろうこの多幸感。
まあ、おいおい教教祖の力もあります。
なにせ、なんか俺はおいおい教のラストの曲で毎回感動してしまう。
包茎の皮に卵を包むような最低の芸を見せられても、最後はなにに感動してるのかわからないが、とにかく心が動く彼らのライブが大好きである。

いや、BBGもおいおい教もすげえや。

なんかもう、いや、ホント、なんかもっときちんとバンドやらなきゃな、って思ったわ。
決してアンダーグランドから這い上がることなく、その意味をしっかりやってかなきゃ。





2020もち

koshigaya.jpg

jr.jpg

駅無人化小

駅無人化大

(BGM:Akatuki「ゴールドラッシュ」from「素敵コンピレイション PUNK ROCK」)
→これはね、すごいセンスがありますよね。
イントロとかコードとか、けっこうツウ好みというか。
かっこいいなあ。
ベースのうねりもいい。
それでいて、サビがわかりやすい、という。
お手本にしたいような曲だわ。

今年の俺トップニュース


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戦慄かなのさんという人を俺は知らなかったんだけど。
すずは知ってるらしく、なんかのアイドルグループの人らしい。
で、すずはインタビュー記事なんかを読んだらしいんだけど、なかなか戦慄するような家庭に育ってきた人らしい。
その後、少年院とかに入ってもいたとか、壮絶な生いたち。

彼女を初めて見たのは、数ヶ月前、小沢遼子さん、室井佑月さん、戦慄かなのさん、という3人によるトークイベントの席でありまして(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4875.html)。
まあ前者2人はもう俺の世代でもばっちりわかるというか、好きな人というか、そういうことなんだけど、かなのさんというのがどういう人なのかよくわからなかった。

ただ、すごくキレイな顔立ち。
お人形さんみたいな。
これはアイドルみたいな人だな、と思っていたら、アイドル活動をしています、ということだった。

しかし、この小沢さん、室井さんという人たちに挟まれて、この若い彼女はまったく動じることがない。
そして、芯もしっかりしているようだし、どこかアイドル風の「浮き世離れしている」というより、かなり現実をしっかり分析し、喋れる人だなあ、とも思っていた。

いや、当然だ。
この2人に挟まれてのトークで、フワフワした可愛いだけの子が来るわけがない。
そこは、俺としては小沢さん室井さんを信用しているところがある。

で、まあなんだろう、誰なんだろう、でその時は終わったんだけど。

つい先日にまたそのシリーズがあって、スズも一緒に行って、そこでまあいろいろ話を聞いたら上記のようなコトで。
なんかトークの内容でも親の話とか生いたちの話がちょこっと出て。

へえ、と思って。

いや、この子、かわいいんだけど、どこか「すごみ」があるなあ、とは思ってたんだ。
そもそも俺は「すごみのないオシャレ」だとか、「すごみのない音楽」とかって、あんまり好きじゃない。
どっかこの子のことが引っかかったのは、「すごみ」だな、と思った。
こういう子、好きだな。

ネグレクトとかで、誰も信じられなくなって、という話はよく聞くけれど、それでも彼女は室井さんとかとタッグを組んでイベントをやってる、ってのは、なんかいいなあ、と思った。
そのまま「自分なんてどうでもいいや」とかって思ってたら、やっぱお二人とはやっていけないと思うし、いや、そういう部分があるのは当然だけれど、それでもこの三人でトークイベントができているというのは、しかもかなのさんがどっちかというと進行だしね。
一つなんか彼女はどこかその家庭の不幸の連鎖を断ちきる力があるような気がする。
ま、よくは知らないのであれだけれど、そんな風に見えた。


どっか抜け出したいと思いながら、それでも抜け出せない人というのが世の中にはいて。
それだけまあ家庭の問題というのは闇も深いし、傷も深いんだと思う。
だけれど、やっぱ「抜け出す」ということにおいて、「この人と一緒にいたら大丈夫かもしれない」というきっかけはあるような気がする。
その手を離さないでいられるというのはすごいチカラで、すごい能力だと思う。

すずなんかは、引きこもりだったということだけれど、まあそんな話をすると、たいがいみんな驚く。
「まったくそんな風には今は見えない」ということらしい。
それはきっと、彼女の抜け出したい、が手を離さないことを後押ししたんだと思う。
そして、その力が彼女にあったということだと思っている。

だって、俺たちは彼女を引きこもってた子、としては付き合ってなかったし、そもそも市丸には「引きこもり」の概念が理解できていない。


世の中にはまあ、いろんなことがあるな、って話で、人との付き合いってのはどこか「助け助けられ」だよなあ、と思うわけですが。

二十年、三十年前は、そもそも俺も給料をもらえなかったし、その中ででもバザーをやって自分の給料を稼ぐという荒技でやってきたけれど、あれって別に俺がすごいわけでもなんでもなくて、すごくたくさんの人が手伝いに来てくれた結果なんだよね。
彼らがすごいんであって、俺はその御輿に乗っただけ、というか。

とはいえ、やっぱ辛い時代だったことには変わりなく、俺にとってはギリギリだったし、未来は見えないし、子どももいたし、さあどうする、どうなる、ということの連続で。
その中で多くの人に手伝いをお願いして、という毎日は、やっぱ疲弊はする。

でも、だんだん「自分のこと」のように参加してくれる人たちもいて。
それがまあ三原だったりヨシヲだったりするんだけど、もちろん、彼らは今でも付き合ってるから名前が出るけど、というか、その辺も交えて「サンゲン会」って、三原の名前を冠した飲み会もやってるんで、実名出しますけど。
他にもたくさんそういう人がいて。

彼らに感謝しても仕切れないし、彼らがいなければ今はない。
彼らの無償の某かがなかったら、今の虹の会なんかそもそもないんだから。

ただ、やっぱ学生の時は来てくれていたけれど、就職すると遠くなって、とか。
職場がちょっときついところに変わって、みたいなことで、だんだん、みんなとのつながりが薄くなっていって。
「ここからバイバイ」というのがハッキリしていれば感謝もすごく表しやすかったんだろうけど、そういうことじゃなくて、互いにこう、なんていうか状況の中で「だんだん離れていく」ということになるわけです。

その中で、俺らは次の人を探さなきゃいけないし、という繰り返しで、なかなか感謝をきっちり伝えることもできないまま、今日に至っている人もたくさんいる。


とまあ、そういう流れなんだけど、この日、その当時学生で毎日のように来てくれていたMと子の会場で再会。
今度実名出していいか確認する。
やっぱ就職を機に離れていったわけだけれど、見間違えるはずがないくらい毎日一緒にいた。
いや、互いに歳をとっているけれど、どこか面影はある。
アキが勇気を出して声をかけてくれたらビンゴ。

嬉しかった。
今年の俺トップニュースくらいに嬉しかった。
当時のことをちょっと話したりして、また会う約束をした。

このイベントで会ったというのは、どこか思想的、というか、社会への思いが一緒ってことでもある。
違う道を20年歩んできたけれど、ここで出会えたのも嬉しかった。

そして、彼が、どうも当時、いろいろ辛かった時期だったらしく、俺は全然気づかなかったんだけど、「虹の会に手伝いに行ってなかったら、どうなってたか…」って言ってて。
いや、さぞデリカシーのないことを俺は言っていただろうな、と反省もしたけれど、なんかね、やっぱ、なんかホント「助け助けられ」だな、って。

これからも、仲間を大切に生きていこうと改めて思った。
ありがとう。
ほんとうに、ありがとう。

生きてりゃ、また会える。
すげえよ、生きてるって。

もし、これ読んでいる他の人がいたら、連絡ください。
俺はずっと変わらずここにいます。

あ、もちろん、これからも新しい仲間を作っていきたいよ。
連絡ください。
メシでも食いましょう。






momijilitt.jpg

にじ屋初売り2020白黒ミニ

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(BGM:とみたいちろう「12時過ぎのシンデレラ」from「喜怒哀楽」)
→「今の君でいいんだよ」とは言いますけど、恋人を夜中に呼びつけておいて、どうなんそれ?みたいな感じっすね。
その上、「君は一番幸せな女の子」って、DV男のやり口っぽいなあ。

プチャヘンザ!


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ま、みなさん、卓球というとどういうイメージなんでしょうか。
俺の世代だと、ですが、どっちかというと地味、ですか。
マジメ、というか。
バスケを派手、としたら、卓球は地味、みたいな。

ま、実際そういうことでもないんでしょうけども、恐らく卓球って、閉め切った部屋でやる、みたいなことが影響してるんでしょうか。
風が入っちゃったらできない、とか、光が入っちゃうとできない、みたいなことがあるようで。
部活とかでも離れの卓球場があったりして。

しかしどうして、卓球ってのは誰しも一度はやったことがある、というスポーツではあります。
温泉で、どっかの旅館で、じゃなくても、どこかの体育館で、とか。
だからまあ、身近ではある。
もちろん、テレビでやってるようなラリーの応酬はできないとしても、つまりはまあ、卓球というより「ピンポン」ですかね。
そういうのは誰しもが経験している、という。

というわけで、先日、Tリーグを見て来ました。
いわゆる卓球のプロリーグですね。
埼玉には「T.T.彩たま」というチームがあり、にじ屋の近所の体育館で沖縄のチームと対戦するという。

で、まあ行ってきたわけですけど、けっこう人も入ってましたね思ったより。
「誰しもがやったことがあるスポーツ」というのもあるでしょう。
近所でプロの試合があるとなればやっぱ見たくもなるのもわかりますわ。

で、やっぱどうですか。
前にこの同じ体育館でバスケを見た事もありますが(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4417.html)、やっぱ地味なのか、お客さんの髪の色は黒白肌色、つまりはまあ、そのまま、ですね。
赤い色はコウヘイだけでありました。
ま、ついでに選手も黒髪なのね。
この辺は、「プロスポーツ選手が髪型などこだわってたまるか!」という気概も感じて、それはそれでいいわけですが。

んなわけで、バスケの外国選手は悪そうに見えますが(偏見)、卓球の外国人選手はマジメな人そうにみえたりもしちゃいます。

で、最初にダンスとかあったんですけど、ちょっとね、どうですかノリが悪い。
ま、後に試合を見てわかるんですけど、応援とかあっても、サーブの時とかは静かにしなきゃいけないわけ。
ゴルフ的な。
だからまあ、そこで一回テンション下がっちゃうんだな。
なんでまあ、全体に冷静な空気が流れる、というか。

ま、そんな空気感なワケです。
みんなマジメに卓球を観戦、というか。
学生、恐らく卓球部のみなさん、みたいな集団もいましたし。
いや、まあ金払って見に来てるわけだから、どんなスポーツでも当然マジメっちゃあマジメだけれど。
でも、ビール飲んでガッハッハ、という感じではない、というか。

と、いうような空気感。

しかし、まあプロスポーツとして、エンターテイメントとして何かをしなければならない、とTリーグの方達は考えているんだろうなあ。
ま、先に書きましたけど、ダンスから始まる。
そのダンスもどっかヒップホップ。

つまりはまあ、卓球がバスケノリを目指してる感じのアレになっちゃってるわけ。

ちょっとねえ、そこに無理があるわけです。
リズムに合わせてかけ声が入りますけど、それがまあ「T!T!さいたま!」みたいな。
ひねりがないというか。
しかも、あとノリなので、休符を「ン」で表すとこういう感じね「ンT!T!ンさいたま!」。
しかもその「さいたま」が、サイタマ!と叫ぶ感じでもなく、普通のイントネーションだと、さいたま、の「ま」が多少下がると思いますが、「た」を下げて「ま」を上げる、見たいな「フシ」がついちゃってるもんだから、ちょっと気恥ずかしい。
というか、そもそも「さいたま」のとこで、いわゆるラップのキメみたいな、「どす~ん」とくるところの手、つまり指を下に向けちゃう感じもやってて。
なんか負けてる感じじゃん!みたいな。

あと不思議だったのは、あれね、クイーンの「ウィーウィルロックユー」なんでしょうか、あのリズムで「T!T!パ!」というのがあって。
たぶん「パ」だと思うんだけど。
そこで手拍子、みたいなね。

う~む…。
いや、言いにくいが、ださい…。

しかも、途中で、応援を盛り上げたいんだと思うんだけど、リズムに合わせて「プチャヘンザ!」が入ります。
…言いにくいが、ださい…。

卓球は卓球らしくいったらいいんじゃないかなあ、と思ったりしたわけですが。
かといって、卓球らしい曲とは何か?と問われればもう俺にも答えがないわけですが。

ま、試合はやっぱすごいわけですけどね。
もちろんプロだから。

神たくやさん、という選手がいたんですけど、その選手は有名みたいで、「じんたく!」とか声援されてましたが、最初まあ選手名がわからなくて、「え?人徳?」とか思いましたけど、人徳言われたら、実力より人徳でプロ入りかよ…みたいな感じにも思ったりしてちょっと笑った。
んなわけない、まあすごい選手でありました。

しかしどうですかね。
我々のやってた時代、ってかやってないですが、学生の頃はサーブ権、ってのがありましたが、今はない。
しかも11点先取、デュースもない、というわけで、試合が早いんだわ。
これ、おそらくエンタメのために、テレビサイズにするためにこうしたんだと思うんだけど、これだともう全然追いつけない感しかない。
でもまあ、逆に相手のミスで点も入るワケなので、追いつけないわけでもないんだけど。
う~む、こういう「テレビサイズのためにルールを変える」というのはねえ、どうなんでしょう。
なかなか苦渋の選択ではあるかと思うんですが。

試合の中休み、休憩の時に、チアの女の子達が、なんか大袋を破いて一つ一つお菓子を出して配ってまして、もう一つの大袋を小脇に抱えて、みたいな感じで。
「近所のおばちゃんか!」と思いましたが、スポンサーのお菓子でした。

点を取るたびになぜかほぼ全ての選手が、利き手の逆の方のネット側の卓球台の部分を触ってて、それを勝っても負けても必ずやるもんだから、なんかおかしかった。
なんかの験担ぎなのか、なんなのか。
左利きの選手と右利きの選手の対決だと、そこで選手同士がすごく近くに寄る、という。

こういうのも、テレビとかだとスローモーションとかで前の部分を振り返ったりする映像が入ったりするので、なかなか見れない瞬間ですね。

ま、面白かったですね。
実際に見に行ってみると、いろいろと肌で感じるモノがあります。
近所の体育館、なかなか侮れないです。







(BGM:太田美鈴「好きではじめた女じゃないが [女番長 感化院脱走]」from「歌謡曲番外地 やさぐれ女優編」)
→やさぐれ歌謡は大好きなんですけど、これは恐らく劇中歌なんでしょうか。
ピアノ伴奏だけで歌ってますけど、歌が上手いよね、とにかく。
やさぐれなくてもいいよ、って言いたい。

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