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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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最低!と罵るべきなのだが


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kaijosha.jpg


芸の道というのは厳しいものである、なんて当たり前のことですね。
世に脚光を浴びるのはほんの一握りだ。
歌やエンタメ、バンドというのも同じようなモノだろう。

といって、芸が素晴らしいからといって必ずしも脚光を浴びるということとイコールでもない。
もちろん、芸を磨くことは大事だけれど、それが世の中に合わない、ということもあるんだよな。

「テレビに出たいのなら、そのやり方を変えないとダメだよ」というようなことを言われながらも、決して自分のやり方を変えない人というのもいる。
小さな劇場で、舞台で、それでも自分のやりたい表現を続けている人というのもいる。
それはとても尊く、俺には光って見える。

音楽の世界でも、インディーが本当の意味で「独立」だったころ、メジャーには「のれない音」というのがあった。
メジャーになるには、きちんとしたメジャー向きの音を奏でなきゃならない。
ノイズなんてのがテレビの音楽番組にのることはあり得ない。
「昭和崩御」というタイトルのアルバムはやっぱりタイトルを変更させられたし、有頂天も昭和の終わりに「キミはガンなのだ」という歌を作って、メジャー展開していたのにインディーで出すことになったりもした。

インディーにはインディーの意味がある。
それがまあ、宝島社の台頭で、インデイーがメジャー予備軍、になってしまった感があり、俺は心底がっかりしたもんである。


さて、先日「アンダーグランドから這い上がることなく解散」したBBG48。
もう何度もBBGは見に行った。
共演させてもらうずっと前から、何度もいっていたグループである。

確かにドインディーといっていい。
正直、どの曲もどの曲も、一曲たりともテレビの歌番組には流れない。

インディーでなければ成り立たない音がそこにある。
もちろん、そもそも彼女たち自身がもう放送禁止である。
ケツも出ているし、性欲も強すぎる。
いや、まあ「性欲が強い」って歌があるからそう思ってるだけで、本当にそうかどうかはわからないが、いや、本当に性欲が強いように見えてくる鬼気。

いやこれ、目指す音楽だなあ。

爆笑とまではいかない、失笑あり、客に危機感を浴びせるパフォーマンス。
全裸の男たち。
綿のパンツを脱ぎ捨てるBBGのアイドル達。

どれも最低である。
けれども、なにか中毒性がある。

狂っていく出演者の彼女たちが、どこかアイドルに見えていく不可思議。
いや、アイドルったって、テレビに魂を売るような連中とは全く違う、石の原石。
ただのむき出しの石。
しかし、その石にこそ、なにかがあるのだ。
なにせ、地球が生まれた数億年前からあるのかもしれない、その石は。


で、まあその彼女たちの解散ライブ。
これが最後は対バンのおいおい教とのコラボだったんだけど、なんか泣けちゃったじゃないか。

いや、泣いちゃいけない。
感動などしてはいけないのである。

彼女たちは我々を感動させるためにやってるわけじゃない。
アンダーグランドからも這い上がる気もない。
最低の表現を、最低の形でやってるだけだ。
しかも、彼女たちはその「最低」を徹底してやりたいのである。

だから、感動なんかしてはいけない。
最低!と罵るがいいのだ。
「素晴らしかった」などと言ってはいけないのである。

だから、感動した、などと言わないぞ、俺は。

…でも、最後だ。
最後だから、一度だけ言おう。

感動したわ。

ってか、自分のその気持ちにびっくりしたわ。
しかもその感動は、カラッとしていて、ジトっとしたところがなく、気持ちを高揚させてくれた。

俺も頑張ろう、なんて思っちゃったじゃねえか。
ってか、思った自分にびっくりだわ。


なんだろうこの多幸感。
まあ、おいおい教教祖の力もあります。
なにせ、なんか俺はおいおい教のラストの曲で毎回感動してしまう。
包茎の皮に卵を包むような最低の芸を見せられても、最後はなにに感動してるのかわからないが、とにかく心が動く彼らのライブが大好きである。

いや、BBGもおいおい教もすげえや。

なんかもう、いや、ホント、なんかもっときちんとバンドやらなきゃな、って思ったわ。
決してアンダーグランドから這い上がることなく、その意味をしっかりやってかなきゃ。





2020もち

koshigaya.jpg

jr.jpg

駅無人化小

駅無人化大

(BGM:Akatuki「ゴールドラッシュ」from「素敵コンピレイション PUNK ROCK」)
→これはね、すごいセンスがありますよね。
イントロとかコードとか、けっこうツウ好みというか。
かっこいいなあ。
ベースのうねりもいい。
それでいて、サビがわかりやすい、という。
お手本にしたいような曲だわ。
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今年の俺トップニュース


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戦慄かなのさんという人を俺は知らなかったんだけど。
すずは知ってるらしく、なんかのアイドルグループの人らしい。
で、すずはインタビュー記事なんかを読んだらしいんだけど、なかなか戦慄するような家庭に育ってきた人らしい。
その後、少年院とかに入ってもいたとか、壮絶な生いたち。

彼女を初めて見たのは、数ヶ月前、小沢遼子さん、室井佑月さん、戦慄かなのさん、という3人によるトークイベントの席でありまして(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4875.html)。
まあ前者2人はもう俺の世代でもばっちりわかるというか、好きな人というか、そういうことなんだけど、かなのさんというのがどういう人なのかよくわからなかった。

ただ、すごくキレイな顔立ち。
お人形さんみたいな。
これはアイドルみたいな人だな、と思っていたら、アイドル活動をしています、ということだった。

しかし、この小沢さん、室井さんという人たちに挟まれて、この若い彼女はまったく動じることがない。
そして、芯もしっかりしているようだし、どこかアイドル風の「浮き世離れしている」というより、かなり現実をしっかり分析し、喋れる人だなあ、とも思っていた。

いや、当然だ。
この2人に挟まれてのトークで、フワフワした可愛いだけの子が来るわけがない。
そこは、俺としては小沢さん室井さんを信用しているところがある。

で、まあなんだろう、誰なんだろう、でその時は終わったんだけど。

つい先日にまたそのシリーズがあって、スズも一緒に行って、そこでまあいろいろ話を聞いたら上記のようなコトで。
なんかトークの内容でも親の話とか生いたちの話がちょこっと出て。

へえ、と思って。

いや、この子、かわいいんだけど、どこか「すごみ」があるなあ、とは思ってたんだ。
そもそも俺は「すごみのないオシャレ」だとか、「すごみのない音楽」とかって、あんまり好きじゃない。
どっかこの子のことが引っかかったのは、「すごみ」だな、と思った。
こういう子、好きだな。

ネグレクトとかで、誰も信じられなくなって、という話はよく聞くけれど、それでも彼女は室井さんとかとタッグを組んでイベントをやってる、ってのは、なんかいいなあ、と思った。
そのまま「自分なんてどうでもいいや」とかって思ってたら、やっぱお二人とはやっていけないと思うし、いや、そういう部分があるのは当然だけれど、それでもこの三人でトークイベントができているというのは、しかもかなのさんがどっちかというと進行だしね。
一つなんか彼女はどこかその家庭の不幸の連鎖を断ちきる力があるような気がする。
ま、よくは知らないのであれだけれど、そんな風に見えた。


どっか抜け出したいと思いながら、それでも抜け出せない人というのが世の中にはいて。
それだけまあ家庭の問題というのは闇も深いし、傷も深いんだと思う。
だけれど、やっぱ「抜け出す」ということにおいて、「この人と一緒にいたら大丈夫かもしれない」というきっかけはあるような気がする。
その手を離さないでいられるというのはすごいチカラで、すごい能力だと思う。

すずなんかは、引きこもりだったということだけれど、まあそんな話をすると、たいがいみんな驚く。
「まったくそんな風には今は見えない」ということらしい。
それはきっと、彼女の抜け出したい、が手を離さないことを後押ししたんだと思う。
そして、その力が彼女にあったということだと思っている。

だって、俺たちは彼女を引きこもってた子、としては付き合ってなかったし、そもそも市丸には「引きこもり」の概念が理解できていない。


世の中にはまあ、いろんなことがあるな、って話で、人との付き合いってのはどこか「助け助けられ」だよなあ、と思うわけですが。

二十年、三十年前は、そもそも俺も給料をもらえなかったし、その中ででもバザーをやって自分の給料を稼ぐという荒技でやってきたけれど、あれって別に俺がすごいわけでもなんでもなくて、すごくたくさんの人が手伝いに来てくれた結果なんだよね。
彼らがすごいんであって、俺はその御輿に乗っただけ、というか。

とはいえ、やっぱ辛い時代だったことには変わりなく、俺にとってはギリギリだったし、未来は見えないし、子どももいたし、さあどうする、どうなる、ということの連続で。
その中で多くの人に手伝いをお願いして、という毎日は、やっぱ疲弊はする。

でも、だんだん「自分のこと」のように参加してくれる人たちもいて。
それがまあ三原だったりヨシヲだったりするんだけど、もちろん、彼らは今でも付き合ってるから名前が出るけど、というか、その辺も交えて「サンゲン会」って、三原の名前を冠した飲み会もやってるんで、実名出しますけど。
他にもたくさんそういう人がいて。

彼らに感謝しても仕切れないし、彼らがいなければ今はない。
彼らの無償の某かがなかったら、今の虹の会なんかそもそもないんだから。

ただ、やっぱ学生の時は来てくれていたけれど、就職すると遠くなって、とか。
職場がちょっときついところに変わって、みたいなことで、だんだん、みんなとのつながりが薄くなっていって。
「ここからバイバイ」というのがハッキリしていれば感謝もすごく表しやすかったんだろうけど、そういうことじゃなくて、互いにこう、なんていうか状況の中で「だんだん離れていく」ということになるわけです。

その中で、俺らは次の人を探さなきゃいけないし、という繰り返しで、なかなか感謝をきっちり伝えることもできないまま、今日に至っている人もたくさんいる。


とまあ、そういう流れなんだけど、この日、その当時学生で毎日のように来てくれていたMと子の会場で再会。
今度実名出していいか確認する。
やっぱ就職を機に離れていったわけだけれど、見間違えるはずがないくらい毎日一緒にいた。
いや、互いに歳をとっているけれど、どこか面影はある。
アキが勇気を出して声をかけてくれたらビンゴ。

嬉しかった。
今年の俺トップニュースくらいに嬉しかった。
当時のことをちょっと話したりして、また会う約束をした。

このイベントで会ったというのは、どこか思想的、というか、社会への思いが一緒ってことでもある。
違う道を20年歩んできたけれど、ここで出会えたのも嬉しかった。

そして、彼が、どうも当時、いろいろ辛かった時期だったらしく、俺は全然気づかなかったんだけど、「虹の会に手伝いに行ってなかったら、どうなってたか…」って言ってて。
いや、さぞデリカシーのないことを俺は言っていただろうな、と反省もしたけれど、なんかね、やっぱ、なんかホント「助け助けられ」だな、って。

これからも、仲間を大切に生きていこうと改めて思った。
ありがとう。
ほんとうに、ありがとう。

生きてりゃ、また会える。
すげえよ、生きてるって。

もし、これ読んでいる他の人がいたら、連絡ください。
俺はずっと変わらずここにいます。

あ、もちろん、これからも新しい仲間を作っていきたいよ。
連絡ください。
メシでも食いましょう。






momijilitt.jpg

にじ屋初売り2020白黒ミニ

01_20191209110145666.jpg

jr.jpg

(BGM:とみたいちろう「12時過ぎのシンデレラ」from「喜怒哀楽」)
→「今の君でいいんだよ」とは言いますけど、恋人を夜中に呼びつけておいて、どうなんそれ?みたいな感じっすね。
その上、「君は一番幸せな女の子」って、DV男のやり口っぽいなあ。

プチャヘンザ!


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ま、みなさん、卓球というとどういうイメージなんでしょうか。
俺の世代だと、ですが、どっちかというと地味、ですか。
マジメ、というか。
バスケを派手、としたら、卓球は地味、みたいな。

ま、実際そういうことでもないんでしょうけども、恐らく卓球って、閉め切った部屋でやる、みたいなことが影響してるんでしょうか。
風が入っちゃったらできない、とか、光が入っちゃうとできない、みたいなことがあるようで。
部活とかでも離れの卓球場があったりして。

しかしどうして、卓球ってのは誰しも一度はやったことがある、というスポーツではあります。
温泉で、どっかの旅館で、じゃなくても、どこかの体育館で、とか。
だからまあ、身近ではある。
もちろん、テレビでやってるようなラリーの応酬はできないとしても、つまりはまあ、卓球というより「ピンポン」ですかね。
そういうのは誰しもが経験している、という。

というわけで、先日、Tリーグを見て来ました。
いわゆる卓球のプロリーグですね。
埼玉には「T.T.彩たま」というチームがあり、にじ屋の近所の体育館で沖縄のチームと対戦するという。

で、まあ行ってきたわけですけど、けっこう人も入ってましたね思ったより。
「誰しもがやったことがあるスポーツ」というのもあるでしょう。
近所でプロの試合があるとなればやっぱ見たくもなるのもわかりますわ。

で、やっぱどうですか。
前にこの同じ体育館でバスケを見た事もありますが(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4417.html)、やっぱ地味なのか、お客さんの髪の色は黒白肌色、つまりはまあ、そのまま、ですね。
赤い色はコウヘイだけでありました。
ま、ついでに選手も黒髪なのね。
この辺は、「プロスポーツ選手が髪型などこだわってたまるか!」という気概も感じて、それはそれでいいわけですが。

んなわけで、バスケの外国選手は悪そうに見えますが(偏見)、卓球の外国人選手はマジメな人そうにみえたりもしちゃいます。

で、最初にダンスとかあったんですけど、ちょっとね、どうですかノリが悪い。
ま、後に試合を見てわかるんですけど、応援とかあっても、サーブの時とかは静かにしなきゃいけないわけ。
ゴルフ的な。
だからまあ、そこで一回テンション下がっちゃうんだな。
なんでまあ、全体に冷静な空気が流れる、というか。

ま、そんな空気感なワケです。
みんなマジメに卓球を観戦、というか。
学生、恐らく卓球部のみなさん、みたいな集団もいましたし。
いや、まあ金払って見に来てるわけだから、どんなスポーツでも当然マジメっちゃあマジメだけれど。
でも、ビール飲んでガッハッハ、という感じではない、というか。

と、いうような空気感。

しかし、まあプロスポーツとして、エンターテイメントとして何かをしなければならない、とTリーグの方達は考えているんだろうなあ。
ま、先に書きましたけど、ダンスから始まる。
そのダンスもどっかヒップホップ。

つまりはまあ、卓球がバスケノリを目指してる感じのアレになっちゃってるわけ。

ちょっとねえ、そこに無理があるわけです。
リズムに合わせてかけ声が入りますけど、それがまあ「T!T!さいたま!」みたいな。
ひねりがないというか。
しかも、あとノリなので、休符を「ン」で表すとこういう感じね「ンT!T!ンさいたま!」。
しかもその「さいたま」が、サイタマ!と叫ぶ感じでもなく、普通のイントネーションだと、さいたま、の「ま」が多少下がると思いますが、「た」を下げて「ま」を上げる、見たいな「フシ」がついちゃってるもんだから、ちょっと気恥ずかしい。
というか、そもそも「さいたま」のとこで、いわゆるラップのキメみたいな、「どす~ん」とくるところの手、つまり指を下に向けちゃう感じもやってて。
なんか負けてる感じじゃん!みたいな。

あと不思議だったのは、あれね、クイーンの「ウィーウィルロックユー」なんでしょうか、あのリズムで「T!T!パ!」というのがあって。
たぶん「パ」だと思うんだけど。
そこで手拍子、みたいなね。

う~む…。
いや、言いにくいが、ださい…。

しかも、途中で、応援を盛り上げたいんだと思うんだけど、リズムに合わせて「プチャヘンザ!」が入ります。
…言いにくいが、ださい…。

卓球は卓球らしくいったらいいんじゃないかなあ、と思ったりしたわけですが。
かといって、卓球らしい曲とは何か?と問われればもう俺にも答えがないわけですが。

ま、試合はやっぱすごいわけですけどね。
もちろんプロだから。

神たくやさん、という選手がいたんですけど、その選手は有名みたいで、「じんたく!」とか声援されてましたが、最初まあ選手名がわからなくて、「え?人徳?」とか思いましたけど、人徳言われたら、実力より人徳でプロ入りかよ…みたいな感じにも思ったりしてちょっと笑った。
んなわけない、まあすごい選手でありました。

しかしどうですかね。
我々のやってた時代、ってかやってないですが、学生の頃はサーブ権、ってのがありましたが、今はない。
しかも11点先取、デュースもない、というわけで、試合が早いんだわ。
これ、おそらくエンタメのために、テレビサイズにするためにこうしたんだと思うんだけど、これだともう全然追いつけない感しかない。
でもまあ、逆に相手のミスで点も入るワケなので、追いつけないわけでもないんだけど。
う~む、こういう「テレビサイズのためにルールを変える」というのはねえ、どうなんでしょう。
なかなか苦渋の選択ではあるかと思うんですが。

試合の中休み、休憩の時に、チアの女の子達が、なんか大袋を破いて一つ一つお菓子を出して配ってまして、もう一つの大袋を小脇に抱えて、みたいな感じで。
「近所のおばちゃんか!」と思いましたが、スポンサーのお菓子でした。

点を取るたびになぜかほぼ全ての選手が、利き手の逆の方のネット側の卓球台の部分を触ってて、それを勝っても負けても必ずやるもんだから、なんかおかしかった。
なんかの験担ぎなのか、なんなのか。
左利きの選手と右利きの選手の対決だと、そこで選手同士がすごく近くに寄る、という。

こういうのも、テレビとかだとスローモーションとかで前の部分を振り返ったりする映像が入ったりするので、なかなか見れない瞬間ですね。

ま、面白かったですね。
実際に見に行ってみると、いろいろと肌で感じるモノがあります。
近所の体育館、なかなか侮れないです。







(BGM:太田美鈴「好きではじめた女じゃないが [女番長 感化院脱走]」from「歌謡曲番外地 やさぐれ女優編」)
→やさぐれ歌謡は大好きなんですけど、これは恐らく劇中歌なんでしょうか。
ピアノ伴奏だけで歌ってますけど、歌が上手いよね、とにかく。
やさぐれなくてもいいよ、って言いたい。

う~ん、そういうことを言いたかったんじゃないんだけどうまく書けないなあ


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というわけで、太陽肛門スパパーンさんの30周年記念ライブ。
高円寺のSHOWBOATというライブハウス。
行って思いだしたけど、ここ、前に来たことあった。
どこか受付の人もぶっきらぼうで、横入りする人にも無頓着。
こぎれいだけれど、きれいとは言いがたい感じ、機材を積んだ上に黒い布がかぶせてあるだけっぽい感じとか。
いや、いいライブハウスだなあ、と思ったわけです。
こういう「雑多」がいい。
こういう「不親切感」がいい。
ライブハウスはこうでなきゃいけない。
座って大人しくクラシックを聴きに来たわけじゃない。
いや、クラシック聞きに行ったら大人しく座るけど、そのためのハコじゃないわけで。

近寄りがたいライブハウスを「均一化」して、「きれい」にして、「一般客」に広げていこうという動きは悪くないかもしれないが、どこかそれに反発を感じるのも確か。

でも、俺が高校の時だから80年代のライブハウスは、恐ろしく、怖いところだった。
ま、俺が若いというのもあったし、そんなにライブハウスに経験値が高くなかったということもあろうが、そういう場所だった。
そこで見た初期のハードコアパンクのライブはとにかく刺激的だった。
演奏はおそらくそんなにうまくなかったのかもしれない今考えると。
でも、音楽のスゴサをそこで感じて今に至る。

それは小ぎれいなライブハウスでは成り立たなかった音であって、場所も演者も、音も漂白されたらもう音楽は終わり、だとも思っている。
演奏がうまいとか下手とか、そういうのは正直、自分の音楽への刺激とは全く別の次元にある。
あまり興味が無いのだ。

いや、「ベースは上げていくけど、ギターのテンション下げたらドラマチックだ」「そこはセブンスじゃないとダメなんだ」とか、そういうのは確かにある。
けれど、まあそれはあくまで「刺激のための方法論」であって、音楽は音楽を上手く奏でるためのモノじゃない、というか。

というと語弊があるけれど、確かに奏でる音を大事にするクラシックも嫌いなわけじゃない。
合唱とかも好きだ。
けれども、自分がやるとなったら、ライブハウスでハイになろうとするのなら、やっぱり問題はそこじゃない。

スパパーンさんの演奏はピカイチだ。
各々が上手すぎるのもあるが、あり得ないコード進行、重ねた音の半音違い、そういうのがすべて「ハーモニー」になるすごさ。
音楽的に計算され尽くしたすごさ。

でも、彼らはおそらくそこだけを聞かせたいんじゃなくて、なぜか白ブリーフだし、そして寸劇も入る。
そこが重要で、音を聞くだけでは彼らの「やりたいこと」も、そもそも彼らの表現が見えてこない気がする。
その感じが、この「刺激とは何か」「表現とは何か」ということを見せてくれるし、そこが俺にとっては重要なのである。

こういう言い方はなんだが、アマとプロの違いってそこだよな。
ま、音楽にプロもアマもないけど。
アマチュアはすぐに、「音楽で成功した人」のマネをしたがるが、そんなのいくらやってもムダだわな。
そんなことより、自分が何を表現したくて、客に何で刺激を与えたいのか考えるべきなんだろうな。
自分が気持ちいいだけだったら、別に客を入れる必要なんかない。

よく見るバンド同士のなれ合いも好きじゃない。
演劇でもそうだけど、バンド仲間が、演劇仲間がお互いの客になってる世界は、批判がなくて好きじゃない。
それじゃあ、隣のおばさんの習い事の発表会と同じじゃないか。
人との付き合いはあるから、それはそれでいいんだけど、それと音楽の評価はきっちりと線を引きたい。
そこからは距離を置きたい。

スパパーンさんは、徹底的に他のバンドや演者をステージから批判するけど、あの感じも好き。
ま、音、ということじゃなくて「思想」についてだけどね。
でも、そこ重要で。
「何を表現するか」にかかってくるから。

ま、それは一方で逆に仲間も多くなるよな、きっと。
その感じもいい。
結局、有り体な言い方だけれど、「とんがって」なかったら、表現者としてはダメなんだろうな、という結論になりますけど。

全方位外交じゃなく、自分の表現に素直にならなきゃいけない、というか。
なんか、そういうことをスパパーンさんは改めて教えてくれる。

そうじゃなきゃ、やる意味ないじゃん、というか。

俺なんかは、いくらお客さんが入ってくれても、なんか「何も伝わってないんじゃないか」って思ってばかりだし、そもそもあまり「いい評価」を素直に受けられない性格なので、ネガティブにとんがらざるを得ない感じもありますが。


さて、今、まあライブハウスも運営が大変なようで、そりゃそうだ、ここまで格差が開いてしまうとライブハウスにかけるお金が捻出できないもん。
けど、どっかの大手があちこちの既存のライブハウスを買い取って巨大化するのも違うような気がする。
ライブハウスは雑多じゃなきゃいけない、と俺は思うので、組織化されてしまったらそれはどうなんだろう。
「雑多」からは離れてしまうんじゃないか。
もちろん、そこにはこの不況の中、「ライブハウス文化の灯を消さない」という病むに病まれぬ事情もあるんだろうけど。

結局、音楽ってのは、食べ物と違って「なかったら死ぬ」というものではない。
けれど、確実に人生は無味なモノになる。

大規模なドームコンサートには、確かに大きな金が動き、人が動くから、最大公約数の音楽しか流れない。
漂白されたその音は、果たして刺激的かというと、俺にはそうじゃない。

そしてもっと言うと、そうした漂白された音楽も、ジャニーズやアイドルじゃない限り、そもそもはライブハウスの雑多から生まれたものだろう。
だからこそ、ライブハウスの灯は消しちゃいけないし、そこで表現者としてやろうとするのなら、やっぱ「自分は何を表現するか」「何で客に刺激を与えるか」を常に追い続けなきゃいけないんだろう、と思う。

ま、もちろんね、「演奏の上手さで刺激を与えたい」ってのもあると思うよ。
だったら、プロ以上の練習すればイイと思うし。
俺は練習嫌いだからやらないけど。


あ~、またなんか平易なことを難しく書いちゃったなあ。
言いたいのはそういうことでもないんだけどね。
どうしたもんか。

楽しきゃいいんだ、ライブは。
そしてそれは人それぞれだから。
百人が百人楽しい、ってのも違う、って話。
で、俺が好きな「雑多」なライブハウスも生き残って欲しいし、そう思わせてくれるライブにこれからも行こう、出たい、と思う、という話でありました。

最後の段だけ読んでもらえば事足りましたね。








(BGM:Tania Maria「ゼという名の男」from「音の棲むところ」)
→ボサノバの名曲と言うことになるんでしょうか。
ボサノバは好き。
2小節で一つのパターン、というのがなんか小学校の時に知って驚愕した。
イヤな子どもだ。
この曲、何語かわからんけど、時々「ぜ」ってのが入るわけで、そこがなんかいい。

自由度


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というわけで、矢野顕子さんのコンサートに行ってきましたけど、今回はバンド編成で。
どうですかね。
ピアノ弾き語りも聴きたいし、バンドも聴きたい。
そういう意味では、やっぱこの人はすごい人なんじゃないかと思うんだけど。

やっぱ、バンドって自由がきかないから、その瞬間に変えよう、と思ってもできないわけですよね。
ある程度の打ち合わせというのがやっぱ必要になってくる。
そういう意味ではすごく窮屈に思えたりするところもある。
思ったような音をバックが出してくれればいいけど、そうじゃない時もあったりとか。
でも、やっぱバンドはその分音が広がるのは事実で、それもほしい。
というか、それでしかできないことも多い。

つまりはまあ、窮屈さをどう楽しむか、というか、そういうスリリングな感じもバンドにはあって、それを楽しめちゃえばバンドも楽しいんだろう。
この辺はおそらくその主体となる人、この場合は矢野さんなわけだけれど、その人の性格なのかもしれない。

まあ、ベストの音を聞かせよう、というよりも、自分が楽しめるかどうか。
今、自分が何を楽しもうかな、みたいなことでバンド編成だったり弾き語りだったりするんだろうかな。
そういう自由度も矢野さんの魅力なんだろう。

そ、自由度。

前にも書いたと思うけど、矢野顕子さんはとにかくカバーが秀逸で。
もちろん、オリジナルは素晴らしい。

俺は、なんだかんだやっぱYMO世代なので、その頃ですね。
「ごはんができたよ」と「ただいま」、その後、レコードが高すぎるとかで、ジャケットと盤を別売りにしたのもあったような。
そのあたりが大好きで、特に「ただいま」が俺の中ではベストアルバムなんだけど、なかなか最近はこの中からやってくれないので、ちょっと残念なんだけどね。

「ただいま」は、ノイズに歌をかぶせてるのとか、子どもの詩に曲をつけた組曲とか、まあちょっと実験的ではあるんだが、これがもう大好きでなあ…。
あまり矢野ファンには人気がない盤なのだろうか。
といって、キャッチーでもあり、矢野ポップも炸裂しており。
こんなバランスのアルバムはなかなかないと思うんだけどなあ…。

と、まあそれはいいとして。

矢野さんといえばカバーにも注目したいわけですが。
今回、山下達郎さんの「ペイパードール」をやってまして。
これ、最初、わからなかったんだわ。
でも、この歌詞、確実に聞いたことある。
なんだっけ、なんだっけ、と思ってるうちに、サビが来まして「ペイパードール、僕らの恋は~」、そこで、あ、達郎さんじゃん、と。

山下達郎さんも好きで。
「イッツアポピンタイム」というライブ盤をとにかく何度も聞いてて、この曲も知ってたんだけど、じゃなきゃまったくわからん感じ。

曲がまあ、なんでしょ。
矢野色に染まるわけ。
カバーたって、カバーではない、もはや。
歌詞は残ってるモノの、曲が違う!みたいな。

…いや、もしやこれ、矢野さんにはこう聞こえているんだろうか?

いや、そういうことじゃあるまい。
モト曲を一回咀嚼したらこうなった、ということなんだろうけど。

このカバーの感じ、すごい好きなんだよなあ。
他にもなんか聞いたことのある曲をやってて。
確実に聞いたことがあるんだけど、全く思い出せない。
なんだろうなんだろう、と思っていたら、NHKの「72時間」のテーマ曲でした。
前日にテレビでやってたわ。

よくよく考えてみたら、一曲目が「電話線」だったと思うんだけど、それはオリジナルなんだけど、もうそれも違うわけ。
ってか、いや、違くないんだけど、キメってあるわけじゃないですか、曲には。
そのキメがきっちりこないというか…。

もう、自分の曲すら変化しているという。
矢野さんは、佐野元春さんのサムデイをカバーしたときに、もう「サムデイ!」というサビを歌わない、という荒技をやってのけてますからね。
自分の曲のキメなんかどうでもいいのかもしれない。
そういう次元で音楽をやってないんだな。
恐ろしい。
けど、好き。

よく、ライブについて、CDのままやってくれたらいいのに、というような人がいるけれど、俺は全く逆で、CDと同じなら聞きに行かないですよ。
意味ないジャンそんなの。
逆に、CDならライブではできない全く違う音を出さないと出す意味もない、というか。
そrにやっぱ、やってる人の気分も変わるし、中身の捉え方も変わってくるというか、そういうのってあると思うんだよね。
それをなんかその時々のライブで表現してほしいなあ、と思うので、違っていいと思うし、違わないんなら逆に表現者としてはあまり俺は好きじゃないタイプ。

ま、ただそうなると、バンド編成というのはやっぱ窮屈、ということにはなってきます。
打ち合わせをしなきゃならないからね。

でもまあ、矢野さんはそれを越えてる感じがして、つまりはバンドってこういうのがプロなんだろうな、と思ったわ。

さて、今回はツアーの初日ということだったらしいけど、入り口に「チケットただでゆずって下さい」と書いた紙を持って立った人がいましたけど、「それは無茶だろ…」と思いました。
いや、ゆずってくれる人はいないとは断言しませんが、その人はおそらく何らかの事情で会場に来れない人だと思われ、入り口にいてもなあ…。

いや、なんかの表現だったのかもしれない←おそらく深読みしすぎ。







佐藤店長生誕祭小

(BGM:エポキシー「旋盤のメロディ」from「黄昏賛歌」)
→このイントロの感じ好き。
というか、このギターのテンションを大切にする感じ、いいわ。
ベースラインもなんかカッコイイ。
すごい才能のある人たちなんではないか。
見たこととかないけど。

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