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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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もううんざり


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なんか、貧困の問題とかを語ると、「なんでも世の中のせいにして、努力というモノをしない!」と憤る人がいます。

ま、努力をしてきた方なんでしょう。
それである程度の、まあ平民?くらいの生活はできているんだと思います。
まあ、努力して手に入れたものにケチをつける気はないし、いいんですけど。

とはいえ、同時に思うのは、「必死なんですね」というか。
「必死感がイタイ」というか。
怖いくらいの。

別に、努力が要らないとは思わない。
努力はすべきだと思う。
というか、たいがい誰だってそこそこ努力はしている。

けど、ウマくいかないという人はいる。
そもそもの学歴がない、とか。
まあ、お金がなくて子どもを大学に入れられない、という話もある。
アルバイトで勉強する時間がないとか。
そんなに珍しい話ではない。
そもそも社会に出るスタートラインで後れを取ってしまう人はたくさんいる。

つまりね、同じスタートラインには立ってないんだよ。
だから、あんたの「努力」では足らない人もたくさんいるんだ。
しかも、あんたよりもずっとチカラがあるかもしれない。
けど、スタートラインが3周くらい後ろだから、どうしたってあなたのところまでいけない。

ま、冒頭の人は、そういうのがそもそもわかってないのかな。
みんなが同じスタートラインについて「よーいドン!」してるなんて思ってるのは、どっか小学生気分だよな。
んなわけねえじゃん。
そりゃ同じスタートラインなら、「お前は努力をしてない」でもいいかもしれないけど、そうじゃないんだってば!

もちろん、学歴とかだけの話じゃない。
スタートを切ってコースに出れば、山もあるし谷もある。
子どもの頃に谷を飛び越えるという経験をしてなかったら、谷を飛び越えることは難しくなる。
そもそも、虐待を受けていたら、山を登る勇気も、谷を越える勇気だって持ち合わせることなんかできないだろう。
そして、虐待もイチゼロではなく、グラデーション。
濃く深いモノだけじゃなく、薄く続くものもある。
「なんでこんな山登れないんだ!」といくら言ったって、登れないものは登れない。
いや、「登る」ってこと自体がよくわからない人だっている。
「登るって何?」

世の中のみんなが、自分と同じ風に育ってきたわけじゃない。
いや、たいがい、イヤなコトだってあったと思う。
そう幸せじゃない子ども時代だった、という人だっていると思う。
でも、だったら、もっともっと深い絶望の中で、それを絶望と気づかずに生きてきた人もいるって想像をした方がいい。

「努力をしなかったから悪い」というのは、そんな、ごく当たり前の「みんな俺と同じ境遇じゃない」ということを無視している。
想像力が貧困なのか、まあそういう人は多い。
今や政党が真面目な顔してそういうことを言う(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-6240.html)。

だから、みんなが「努力」を認め合ったらいいんだよね。
「お前の努力」
「俺の努力」
まあ、それはそれぞれ質も違うし、量も違う。

それでいいじゃんねえ。
そもそも、努力合戦なんかして、なんか意味があるんだろうか。
違いを認めないで「努力しない奴が悪い」なんていうのだろう。

今の世の中、ダイバシティ、違いを認め合おう、まあ、いろいろなことを言うし、そこそこみんなそれは認めている。
にもかかわらず、「でもやっぱ努力しない奴が悪い」という人はいる。

ここの差異なんだよね。
実際に、自分との比較になるとみんな「俺は頑張ったのに、あいつらは頑張ってない」と言うんだよね。
障害者はかわいそう、だから大事にしてあげよう、くらいの話だ。
けど、障害者じゃなかったら俺と同じ。
だから、お前は努力してない。

違いを認め合うどころか、障害者のこともなんなら差別してるってな具合だ。

なんかね、もういいよ。
「何でも世の中のせいにして努力もしないで」ってセリフ。
うんざり。





(BGM:TUBE「夏を待ちきれなくて」from「夏を待ちきれなくて」)
→TUBEに夏を待ちきれなくて、と言われれば、もう「そうでしょうね」としか言えない。

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伝統を守るために


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「言ってることはまあいいしわかるけど、ちょっと付き合いたくない人」というのはいますよね。
ま、オレもそう思われてるかもしれないが。
恐らくはその人のことをよく知らない、ということもあろうかと思います。
もっと知ればなんてことないのに、よく知らないからそう思う。
でも、その知らない段階で、もう「ちょっとあまり飲みたくはないな」と思ってしまうという。
いわゆる、「なんとなくあわない」ってことになりますか。
そういう直感みたいなモノ、肌感覚というようなモノはなかなかどうして理性や「本当にあるべき関係」を追い越していく。

ま、なんでこんなことを書いたかというと、ソウルの事故がありまして。
これを書いているのがまさに10/30。
事故が起きたのが昨晩ということになります。

まあ、コロナがありました。
やっぱずっと外に出れなかった鬱憤というのはある。
オレにだってある。

家族で、内輪でワイワイやっていたとしても、時に外の人、多くの知らない人を含め、ワイワイ騒ぎたい。
例えばライブに行きたい、イベントに行きたい、みたいな。
そういう気持ちってのは誰にでもあるんじゃなかろうかと思うのですが。
まあ、ないという人もいるかと思うけど、あるということで話を進めます。

そりゃオレも初対面の人と話すのは苦手だし、一歩引くタイプではある。
が、それでもそういう「ワイワイとした中」には行きたいと思う。
例えば、地域の盆踊りとか。
顔くらいしか知らない人に声をかけられるかもしれないが、でも行きたい。
そういうのはちょっと苦手でも、その日はいいか、みたいな。

新しい出会いがあるかもしれない。
結構前に某トークイベントに行ったら昔の友人に出会ったけど、そういうことですね。
あ、これは古い出会いか。
でも、どっかのライブやイベントで、「スーパー猛毒ちんどんの方ですか」とか言われたりするのは新しい出会いだよね。
そういうのはやっぱり自分の世界が広がるようで楽しい。
苦手だけれど、イベントだから、ということで吹っ切れちゃう。

だから、人にはどっかそういう「ワイワイする空間・時間」というのは必要なんじゃないかと個人的には思っています。
それがコロナで失われてしまっていた、と。

それに、今の時代、韓国でも日本でも、若者は本当に貧しい。
ま、日本は韓国に抜かれましたが。
かといって、働いていないわけじゃなくて、真面目に働いているのにもかかわらず貧乏。
まあ、若い頃なんていうのはそういうもんだ、という意見もあろうかと思いますが、今の若者は、我々の時代(1966生まれ)と違って、「先がない」んですよね。
給料が上がるという約束が全くない。
非正規だったりもして、給料が上がるどころか、切られることにいつもビクビクしている、みたいな。

そりゃ鬱憤貯金も満期になります。
だからこそ、なんか「ハメを外せる」時間や空間は必要なんだと思います。
そんな鬱憤を貯めるダメ貯めたところで、最強の人になって自爆するしか道がないような気がします。

だから、ハロウィンでハメを外したい!ってのはわかるし、いいんだよね。
そういう場所がなければやっぱダメだと思うんだよ。
「ハロウィンって何?」ってことでもいいと思う。
オレもよくわからない。
イノウエに聞いたら、「カボチャのお祭りでしょ?」と言われた。

でね、ハロウィン言うても、俺の若い頃はそういう文化はなかったわけです。
最近ですよね。
じゃあ、それまでその辺を何が担っていたかというと、やっぱ「祭」なんだろうと思います。
各地域にそういうのがあって、やっぱその日は特別。
ハレの日だから。
それがあるからケの日を頑張れる、みたいな。
盆踊りにしてもそうだと思う。

けど、まあ東京に人口が一極集中していく中で、そういう文化を失ってしまった人も多くなって。
東京には東京の祭はあるけれど、地方から出てきた人がそこに簡単に入れるかというとなかなか難しかったり。

そもそも、盆踊りとかも若い人はあまり参加してくれない印象もあります。
ウチの地域だけかもしれないけど。
これね、まあ祭や盆踊りというのが、地域のドンだったり、ドンという言い方はよくないけど、いわゆる土着的なヒエラルキーだったり、それが自治会という名前に変わったりしているが、そういうのが中心になってるから、まあなかなか入りにくいんですよね。
いや、実際には自治会の方もウエルカムなんですよ。
ぜひ若い人には参加してもらいたいという思いがある。
けど、若い人は昔のようにその地域で、例えば自分の畑を持ってるとか、そういう風に地区で仕事をしているわけじゃなく、外に出ている、しかも帰りも遅い。
となると、やっぱり参加に二の足を踏むんですよね。
商店街とか、その地区で働いている人でもいれば、若い人でもどんどん参加していくのだと思うけど、そういう感じにはなかなかならない。
ウチのように宅地(恐らくは昔は畑)だと、若い人の参加は難しい感じがする。

でね、ここで最初の話なんだけど、つまり、その「ライフスタイル」と「自治会の仕事」というモノが「あわない」んですよね。
自治会をやったら面白い、と思っても、そもそも今やってる人たちと自分のライフスタイルが違いすぎる。
正直、話もあわない。
そうなると、やっぱ二の足を踏む。

結果として、祭が空洞化してしまい、「ケの日の鬱憤を晴らすハレの日」にならない。
で、まあいわゆる「自由参加」の渋谷に集まる、というような。

ま、このまま行くと、祭は地域で仕事をしている人、そしてヤクザのモノになってしまうかもしれない。
ま、それはそれでいいんだけど、その時にはもっとハメを外しにくいイベントになってる可能性もなくはない。
結果として、無責任、自由参加の渋谷にどんどん人が集まっていく。
そこにはなんの責任も規律もないから、また事故が起こるのではなかろうか。
少なくとも、昔からめんめんと行われている地区の祭には、それなりの責任や規律はあるワケで。

でも、本来「ハメを外す」というのは、その「責任」からの逃亡ではあるから、「規律と責任の中でハメを外しましょう」というのは矛盾。
だから、渋谷に人が集まるのも当然。
より、自由に、責任から遠くに行きたい、ということなのだろうと思う。
ま、オレも楽しそうだと思う。
コロナじゃなければ一回行ってみたい。

かといって、地区の伝統的な「ハレの日の祭」をなくしたくもない。
が、その「ハレの日」としての役割が年々薄れてきているような気もする。
若い人が参加したがらない、というのが数十年後の衰退を示してるよな…。
今のライフスタイルにあった何か、に「伝統」は寄せていくべきなのだろうと思っている。





(BGM:Brian Poole & The Tremeloes「Twist And Shout」from「Brian Poole & The Tremeloes」)
→ビートルズと同時期にやってたイギリスのバンド、ということなのか。
う~ん、確かにビートルズとの差を感じてしまう一作。
いや、オレは好きですけどね。
ビートルズはやっぱ完成されすぎてる感があるけど、こっちはコーラスは完璧だが、何かが足らない、何かがわからない、という感じが好き。

ターゲットが違うのではなかろうか


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埼玉県の広報番組「いまドキッ!埼玉」については、前に書いたんですが(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5605.html)。

で、この番組をまあ見るともなくなんとなくつけていたら、「彩の国プラチナキッズ」というのをやっていて。
県の事業なんですね、これ。

どういうモノかというと、様々なスポーツに小さい頃から触れてもらって、オリンピックとかを目指せる子どもを増やしていこう、ということらしい。
マイナー?な競技、射撃とか、フェンシングとか、ボートとか、そういうのにもチャレンジさせてくれるらしい。
子どもチャレンジスポーツ版である。

スポーツをやりたい子がいて、その特性、例えば反射神経とかいろいろを調べて、「この競技やってみない?」みたいなことなのかしら、と理解したんだけど。
まあ、その子がやりたい、ってことになってやっとまあその競技のトレーニングが始まるみたいだけれど。
中には、ボーリングとかもあるようで、Pリーグを毎週キッチリ見ているオレとしてはうれしかったわけですが。

ま、どうですかね。
たいがい、卓球が強い子は卓球が得意な親の元に育ってます。
先述のPリーグでも、たいがい親がボウリングの選手だったりするらしい。

まあ、そりゃそうなんだよな。
親がやってれば、それに付き合うというか、一緒にボウリング場に行く機会も多くなるわけで。
隣でなんとなくやってるウチに、たいがい子どもなんかはすぐ上手になりますからね。
だんだん面白くなってくる、という流れでしょう。
だから、これは悪くないというか、そういうもんだと思うんだけど。
ただまあこうなってくると、違う畑の子がなかなかそこに入っていけない、という状況も生まれてくるわけです。

だから、親はなんのスポーツもやってないが、なんかスポーツはやりたい、という子どもに「卓球をやってみたら?」と専門の人が言ってくれたら、とりあえずは足を踏み込むきっかけにはなるだろうな、と。
確かに、その中でオリンピック級の選手は一握りなんだろうけど、それでも裾野が広がる感じはする。

スポーツ界の閉塞感というのがあるかどうかはわからないが、というか、すごくあるようにハタからは見えるんだけれど、そういうのもぶっ飛ばすきっかけになるかもしれない。

というわけで、まあ、いい事業なんじゃないの?みたいな気持ちで見てたんだけどね。
体育館みたいなところで、みんな練習してたりして。
そういう実技だけじゃなくて、机に座ってやる講義みたいなモノもあったり。
へえ、そういうことやってるんだあ、と思いながら見てたんだけど。

そしたら、どんどん違和感がわいてきまして。

というのは、もうね、全員に親が付いてきてるんですよ。
なんなら、親と二人一組で足を伸ばしたりもしてて。
講義も親も聞いてたりして。
親がいない人もいるんじゃないかと思って目をサラのようにして見てましたが、そういう子はちょっと見つかりませんでした。
まあ、そういう子もいるのかもしれませんが、短い番組の中で探せませんでした。

小学生だからしょうがない、というか、そういうもん、というのもわからなくはない。
今や、少年サッカーだのなんだのってのも、みんな親が付いて行っていろいろとお茶を配ったりとかするらしい。
それと同じなのだろう。

けど、そうなっていくと、「親が付いていけない子はどうするか?」ということが問題になってきます。
こういうのは、「強制じゃないから」とは言っても、8割の親が出てきた時点で「強制」になります。

これ、県のHPによると、そもそもの大元の育成プログラムは年3回?なのかしら?。
だとしたら、まあ親も仕事を休みやすい、という可能性はある。
けどなあ…。

そもそも、育児放棄的なコトってのもあるじゃないですか。
確かに、それはそれで解決しなきゃならない問題だから、ここに過大な期待をするのはおかしい、というのもわかります。
わかりますが、しかし、年3回とはいえ「親が付いてきてくれる」という家庭は、恵まれていると思うし、いや、ほっといてもなんかのスポーツクラブに通える可能性はあるのではなかろうか…、という。

そして、スポーツで生きていく、つまりは自分の身体一つでがんばっていく、というのは、親に育児放棄されてるような子にとって、すごく希望になるんじゃないかと思ったりもしたんですね。
じゃなくても、例えば片親で働きづめで、どうしたって年3回だって約束できない、ということもあろうかと思うんだよ。

そういう子にこそ、こうした事業が活用されていったらいいなあ、と思った次第。





(BGM:あいみょん「生きていたんだよな」from「青春のエキサイトメント」)
→知らなかったんですけどね。
スズとかがキャンディーズを知らないというから、「君らは今はあいみょんか…」というような感じで慣用句で使ったりはしたけど、実在していたわけですね当たり前だけど。
で、聞いた感想ですが、Aメロの語りがかっこいいのよ。
なかなか声もいいじゃない。
キャンディーズよりかっこいいわ。

いつか行く道


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お袋がボケ始まっている、というのはオヤジから聞いていました。
けどまあ、確かに同じ話を何度もする、とかそういうのはあったけど、実家に行ってもそもそもオヤジと一緒だし、数時間のことだからあまり気になってはいなかったんだけど。

オヤジが入院することになって(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5779.html)、これがまたどのくらいかかるかわからないけれど、お袋一人で置いておくのは、という感じもありますし、オヤジもどっちかと言えば、オレのことよりお袋のことを頼む的な感じもありまして、よく行くようになりました。

そうなると、「あれ?」と思うことがずいぶん出てくるもんですね。
今まで気づかなかったボケ始まりがなんとなく理解できてきたというか。

一刻も早くオヤジには戻ってきてもらわなければならないのですが、それもリハビリ次第、というか、もう齢90ですからね。
リハビリも大変だとは思うんだけど。

これまで、「手のかからない親」だったんで、あまり世話をするとかそういうのもなく。
時々病院に行くのに車を出す、ペットボトルの水を買っていく、くらいで、あまり実家に行くこともなかったんですが、ここに来て一気に来ましたね。
まあ、歳のことも考えると、次の段階も考えなきゃいけないのかもしれません。

ただまあ、どっかお袋は頑固というか、そういうのもあって。
人付き合いがそもそも嫌い、とか。
保育園の園長までしたことがある人が何を言ってるのか?とも思うけど、そこは俺に似ているというか、オレが似ているというか、人との付き合いが苦手だったり。
そうなると、オヤジが入院して勢い家で誰とも話さない、みたいなことになってしまっていて、ボケが進行するのではないか、とかそういう心配もあちこちから聞きますので、まあ話し相手にはならなきゃいけないんかなあ、とか。

幸い、アキがよくしてくれるので助かっているというか、俺一人だったらイライラしそうな場面でも、アキがいるとまあ落ち着いて考えられる感じとかもあります。

てなことで、元日に一人で置いておくのもどうかということで、子ども、つまりお袋からすると孫のみなさんと、曾孫も含めて実家に集まってくれまして。
やっぱ赤ん坊がいると和むもんで、しかもそもそもお袋は保育園に勤めていたくらいだから子どもが好き。
だからまあ、楽しい時間を過ごしはしたんですけど。

でもまあ、ちょいちょいなんかおかしいので、やっぱ疲れはするんですね。
急になんか探してるな、と思ったら、何度もお年玉を探したりして。
「さっき渡したでしょ」とかそういう。

そもそも、オレも子どもと一緒、というのはあまりね、どうなんですかね、みなさんは。
子どもが集まってくれるのは確かに嬉しいことだけれど、そもそも飲むんだったら気心知れた仲間と飲んでいた方が楽しいに決まっているし、どっか子どもにも気を遣っている自分もいたりして。
共通の趣味とかがあればね。
例えば、親子して将棋が好き、とか言えば、正月から差しつ差されつ、みたいなことがあったりするんでしょうが、子どもの趣味もよくわかんないしね。
こういう時に、長男のお嫁さんとかがいると助かるんだけど、今はタイに帰ってたりして。
なかなかこう、歯車が合わないままに終わってしまう、ということがあったりなかったり。

なるべく、子どもと会うときは、イチマルだとかね、ま、アオテツなんかはいつも一緒なんだけど、そういう人たちも入れつつ飲みに行くことにしてるんですけど。
「オレは楽しくやってるからね」ということは伝えたいというか。
「安心して君らも仲間と楽しく暮らしなさい」ということを伝えたいというか。
まあ、そういう場所にもよく来てくれるので、ありがたいというか。

そういえば、子どもの頃から連れてきてたからね。
ウチにはカメラがなかったから、子どもの写真は虹の会のフォルダにずいぶんあります的な。
当時はちょうど外口の子どももいたりしたから、そういう感じでやってましたね。
井上たちとも仲良くしてくれてありがたいことですが。

で、まあ子どもたちも帰って実家の片付けをお袋とやって、家に帰ったんですが、まあなんとなくアキと「飲み直そうか」となりまして。
買ってあったワインを一本空けました。
アキがいて本当によかった、と思いましたけど。
ま、お袋にしてもボケたくてボケたわけじゃないですしね。
なるべく彼女のメンツを立てつつ、声を荒げたりすることなく、穏便にやっていきたいな、と思っていられるのは、本当にアキのおかげでありまして。
自分の毎日にどっか鬱憤がたまることがあったりすると、やっぱとげとげしくなると思うんだけど、今のところ、大丈夫。
まあ、ここからボケが進んだらどうなるかわからないけど。

昨年はホントに工藤さんが亡くなったりイヤなコトばかりの一年だったけど、今年はいい年になりますように、と思ったらオヤジの入院という。
ま、ここまで順調に進んできたから、そういう時が来た、って感じなんですかね。

人生、いいときもあれば悪いときもある、か。
でもまあ、これをバッドととらえないで、一つの経験というか、自分がいつか行く道でもあるわけだからね。
とにかく落ち着いていたいと思います。






kimonoichi.jpg

(BGM:Lena Maria「I Love Jesus More Today」from「Lena Maria & Anders」)
→演奏レスで、ボーカルがソロでゴスペル調のメロディーを歌っております。
なかなかカッコイイけど、この「キリストが今日も好き」みたいな感じはちょっとひいたりもしますが、まあ文化だよね、この辺は。

これからが大変だ!


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先日、オヤジが入院したんですが。
骨折ですね。
まさか骨折とは思わず、本人も痛くないというし。
しかもまあ、体の構造に関しては、いろいろと子どもたちの訓練を主にやってきた人だったから、本人が「折れてないと思うんだよな」と言えば、ちょっと信じちゃうくらいの。

ま、地方に講演に行って、肢体障害でずっと曲がっていた肘をほんの数分で伸ばしてしまうというようなこともしており、「魔法の手」と呼ばれているとかいないとか。
本人に言わせれば「体の構造だからね、それを理解すれば難しいことじゃない」というのだが。
今はもう90才でそんなのにも行かなくなってきたけれど、まあそういう感じだったので、そういう人が「折れてない」といえば、折れてないと思っても仕方ないという。

で、まあそもそもが自転車で倒れたということだったので、そこの場所まで行ったわけです。
その時に、まあ近所の碁のお仲間さんがたまたまいてついていてくれたんだけど、その方が「痛くないと言ってるけど、病院には行った方がいいかと思いますよ」と言ってくれたので、まあ何もなければそれでいいし、と病院に行ったわけです。
一番近い総合病院ですね。
その時点では、よちよち歩いていまして、でも病院に着いたらまあ車椅子に乗せて。
そしたら、整形外科が20分くらい前に受付を締め切ったと。

まあ、足も動いたんですよね。
看護師さんもちょっと見に来てくれて、そんなに大したことないのではないか的雰囲気が漂いまして。
ここの病院だと受付終わったから、他を探してもらった方が、となって。

あらら、となったんですが、受付の方が紙をくれまして。
そこに電話して近くの病院を探して欲しいと。

でもなあ、ここが一番近くていいんだけどなあ、と思いながら、でもしょうがないか、と。
まあ、その時点では折れてるとは思ってませんから。
レントゲン撮ってもらって、シップもらうくらいだと思ってましたから。
だからまあ、どこでもいいか、とも思い、玄関のところで携帯で電話をかけたんです。

そしたら、留守電になっちゃって。
「折り返しかけます」みたいな。
で、ああ、しょうがないな、ちょっと待つか、みたいに思ったんです。

が、ここでトラブルですよ。
よくよく思い出せば、俺の携帯、電話の場合、オレからは切れないんですね。
壊れちゃってる。
ま、身近な人にはそれは伝えてあるから、切ってもらえるんだけど、留守電とかになるともうダメなわけ。
向こうもずっとつながってる状態だから、切れない。
「あれあれ、こまった」と、携帯を持って困っていたんです。
どうしましょう、と。
画面真っ黒、電源も切れない。

そしたら、なんか受付の人、さっき診察の受付が終わったと言ってくれた人、たぶん受付の人だと思うんだけど、が、「オレがものすごく困ってる感じ」に見えたんだと思うんですよね。
なんか、「断られて打ちひしがれた感じ」に見えたんではないかと思うんですが。

「えっと、もう一度看護師さん呼んでみますよ」と言ってくれて。
そしたら、看護師さんが来てくれて、どうも足も動くし、痛くないと言ってるから「レントゲン撮って見るくらいならできるかな」と言ってくれたんです。
まあ、その時点でたぶん看護師さんも骨折だとは思ってない。
「ま、簡単なアレだと思うんで」みたいな。

そしたらま、骨折、即入院、なるはや手術、という。
すぐに病室を探してくれて、結局近所の病院に入院できたという。
ま、そっから検査だなんだ五時間くらい病院に張り付くことにはなりましたが、でもまあ、近所で入院できてよかった。

なんにしても、お袋もちょっとボケてますし。
連れてくるにしても遠いとキツい。

というわけで、まあかなりいろいろなラッキーが重なったワケであります。
今、コレを書いているのは手術が終わって翌日なんですが、手術はうまくいきまして、ただねえ、リハビリにどのくらい時間がかかるモノか。
今、年末なんですが、とりあえず正月は病院ですね。
なにせ90才ですからね。
しかもお袋も一人でおいておけない感じもあったりなかったり。
外に出ない人だから、話し相手がいないと一気にボケるんではないかと怖いんですけど。

なんで、今の時点で全てがまったく丸く収まってはいないんだけど、それにまあ90才だからね、いつ何があってもそもそもおかしくない。
でもまあ、ここまでラッキーだからなんとかなるかな、とか思って楽観的に考えよう、と思っている今日この頃。
アキも一緒にいてくれるし、なんかそれがオレとしては一番心強いから、なんか何とかなるような気もして。

なにせ、よく考えたら、本人が痛くないと言ってるし、折れてないと言ってるから、とりあえず家に帰って明日痛くなったら病院行けばいいか、くらいの感じでいたわけだし。
お医者さんも「コレは一日でも早いほうがいい」とか言っていて、来てよかったなあ、ありがたいなあ、と思ったり。
あの碁のお友だちがたまたま通りかかってくれなかったら、携帯が壊れてなかったら、とか色々考えると、まあラッキーなんだよな。

まあ、しかし問題は父親よりお袋かなあ…。
あまり顔出さなかった実家にここのところ顔を出しています毎日です。
ここまであまり面倒をかけてくれない親だったので、そのありがたみもかみしめながら、まあ付き合うしかないなあ。







(BGM:井上靖「神かくし」from「井上靖 朗読詩集 『雪の夜に』」)
→元々の録音はよくないんだよね。
それをそのまま使っててそれはとても記録的にもサウンドとしてもオレには重要に思える。
神かくしというタイトルにあってると思うのだ。
バックのベースも雰囲気を出している。

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