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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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kaijosha.jpg



先日、大学の後輩の退院祝いを小さくやったんですけども。
まあ、このご時世だから、小さくなっちゃうのはしょうがないし、そもそも退院したての人がコロナにうつってしまっては大変である。
いろいろとまあ考えて小さくやったんですけどね。

彼の職場ではやってもらってないようだし、まあうん、彼に問題があるのか、職場に問題があるのか、いや、彼に問題があったとしても職場はやってやりゃあいいじゃん、と思いますね。
だって、入院って人生の大事だもんねえ…。

というわけで、まあ彼はいろいろと次々病魔に襲われている。
聞けばまあすごく大変だろうな、という感じ。

どうなんですかね。
50も過ぎると、たいがい一つくらいは悪いところがありますわ。
だって、この身体でずっとやって来たわけだから、どっか悪くなるのも当たり前、という。

車だったら、数年に一度車検があります。
同じように健康診断なんてのもありまして、悪いところを治してもらう、ということになります。
もし、これを受けてなかったら、やっぱかなり悪くなってから発覚してしまうから、きついよね。
いや、受けていて、結果ももらっているけど、「重視していなかった」ということが故に、その彼はまず最初の入院になってしまったと。

まあねえ、若い頃は「平気だろ」と思いがち。
たいがい悪いところがあっても、若さで乗り切っちゃうんだよね。
でも、必ず進行しますから。

検診の結果はみなさん心してしっかり生活に反映させてほしいと思うわけですが。


まあねえ、それに若い頃は「太く短く行きたいぜ!」みたいな気持ちもあるわけです。
どっか、シドヴィシャスに憧れるところがある。
けど、それも健康だから、というか若さで乗り切っちゃうからであって、ちょっと病気が発覚すると、もしくは年取ったら、「もうちょっと生きたいかな」とかになったりします。
死が遠いから死を恐れないが、死が近くなるとやっぱ人は死を恐れていく、という。

なかなか人ってのは「死」に影響されるモノだよな、って話なんですけど。

人は死が恐怖だから宗教を生み出す、なんて話を聞きます。
人間以外の動物は宗教を持たない、みたいな。
でもまあ、おそらくはその行動は自然とかの大きなモノに従っては生きているんでしょうね、動物も。
それを宗教と言うかどうかは論議がわかれるところかと思いますが。


ホラー映画が嫌いな人ってのは、もしかしたら「死」が怖いからなのかもしれませんね。
嫌いなモノは見たくない、という。
ま、なんかそれはわかりますね。

でもなんでしょう、一方で「ホラー映画が好き」って人もいます。
俺なんかがそうですが、死が怖くないわけじゃないですね。
ふむ。
そう考えると、どうでしょう。
何が好きなんでしょうか。

そこを考えてみたところ、死は恐怖であるからこそ、死にまつわる人の物語というのはドラマチックになります。
ドラマチックな物語が好きなのかもしれない。

よくよく考えてみると、例えば、ゾンビモノ。
ゾンビが大量に追いかけてくる状況の中、ドアを誰かが押さえてないと、中のみんながやられてしまう。
このドアを押さえていれば、その時間分、みんなが逃げる時間を稼げる、というような場面。
ま、ゾンビモノには必ずある場面ですが、そこで、「俺が押さえてる。速く逃げろ!」「何言ってるの!」「いいんだ。俺は独り者だ。おまえには家族がいる、早く家族のいる軍隊の基地まで走るんだ!」「でも…でも…」「早くしろ!」ドンドンドン!(扉の向こうでゾンビが叩く音)「早く行くんだ!」「ああ、ああ…」タッタッタ(走って行く音)「さて、いっちょう派手にいこうか、きやがれバケモノ!」「逃げ切るんだぜ相棒!ぎゃああああああああ」(食われる)
…いや、この場面で必ず泣きます。
必ずくると思っても泣きますね。

つまりは、まあこういう「ドラマチックな流れ」が好きなんだな。
それを多く産み出すホラーというジャンルが好きなのかもしれない。

「あなたを愛していたのに」「でも君はもう死んでいるんだ」「一緒に行きましょうよ」「ダメだ」「なんでよ、あんなに愛しているって言ってくれたじゃない」「君と僕とはもう生きてる世界が…」「あの女のせいね…あの女、憑り殺してやる!」「おい!」「もうそれしかないのよ」「…わかった。じゃあ俺を連れて行け…」「え…あなた…、そこまで彼女を…」

というような。

死が怖くないわけじゃないけど、死というモノが産み出すドラマが好きなんだな俺。


というわけで、まあよくわからない結末になったこと、自分でも驚いています。
言いたかったのは、健康診断に行こう!そして結果を受け入れよう!という話でした。






車募集

(BGM:ヴィレッジ・シンガーズ「悲しい星空」from「Golden☆Best/亜麻色の髪の乙女」)
→これはもう演歌です。
サウンドだけじゃなくて、歌詞が「雨に打たれた 私の影は 惨めな女の 女の匂いがする」という感じで始まります故。
まあ、ビジュアルからしてすごい従順な感じを醸し出していた彼らには、当時、この路線しかなかったのかもしれません。
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「どうせ俺なんか」


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ちょっと語弊があるかもしれないけど、普段の付き合いの中で、「どうせ俺なんか」って言われるのはとても困る。

ま、でもそういう人はけっこういて、飲みに行ってもいるわけだけど、その人がそんなに自分に近くなければ、まあ離れるわな。
二度と飲みに誘わなければいいだけの話で。

でもまあ、近い、というか好きな人だった場合、「そんなこと言うな」という気持ちになる。


世の中辛いことってのはあって、それが取り返せないような出来事だった場合、そりゃね、腐るよね。
わからなくはない。
どうしても前に向けない時というのは確かにある。

けど、俺は52才だけれど、40も半ば越えようという人がね、んなこと言ってたら、もう人生終わりですよ、って気がするんだわ。

若いころはそういうのもあるけれど、それでも時間が解決する。
けど、40になってそんなこと言ってたら、もうそのまま終わりですよ。
時間なんか、そんなにないよ。
あっという間に一年終わるんだからさ。


子どものころに辛い思いをした、ってのは、例えば家庭がメチャクチャだったとか。
確かに人生を展開していくには重すぎると思う。
そら「どうせ俺なんか」って言いたくもなるんだろう。
でもさ、「どうせ俺なんか」って言ってたら、その言葉にからめとられるだけからめとられて、何も前に行かないじゃない。

もちろん、そんな君本人が悪いわけじゃないんだけど。
でもだからといって、「どうせ俺なんか」って言っていたら、助けようって人も去るわな。
「いや、誰も助けられないよ」というのもわかるけど、でも、君も君自身を助けられないだろう、って思う。

そういう人の人生に、子どもの頃の虐待とかがどれだけ大きな影を落とすのか、というのは、状況分析としてはあるし、虐待をなくすための理屈としては重要。
だけど、結果としての今、君はどうする?って話もあって。
人生かけて、自分が幸せにならないことで親に復讐したところで、どうなんだろう。
いや、まあそれも生き方かもしれないけど。

でも俺はちょっとやっぱひくわ。
だったら、飲みに行って、親でもない俺に「どうせ俺なんか」っていう必要はないと思うから。

まあ、でも「あなたに問題があったわけじゃない」というのは、確かにそう思うし、だからこそ、こういうのってあまり言っちゃいけないんだとは思うんだけど、でも、なんでそこまで…、って思うときがあります。
なんか不幸自慢が始まる、みたいな人は確かにいるんだよね。
しかも40も過ぎて、もうたいがいにしておけよ、とか思うんだけど。
確かにね、それが問題なんだ!って言われればそりゃそうなのかもしれないけど、だとしたら、それはもう他人は何も言えないな、ってことでもあって。
つまり、なんで俺に言うんだよ?って話になるわけで。

まあ、雰囲気としては、「あんたにはわからないよ」っていうある種の「優越感」なんだろうけど、それ、何の役にも立ちませんよ、とは言っておきたい。


コバなんかと付き合ってるとね、彼らもけっこう壮絶な生い立ちだったりするんだよ。
でも、彼らは「どうせ俺なんか」とは言わない。

相模原の事件があった時に、それを説明するのに、「知的障害者は死んでもいい、って言って殺したんだって」と言ったら、コバが「ひどいと思う。俺たちだって一生懸命生きてるのに」と言ってて、まあちょっとズッコケたんだけど。
ま、普段ズッコケ人生の彼だけに、ちょっと逆にズッコケたんですが。

ま、ズッコケたのはアレだけど、でもつまりは彼は彼なりに「知的障害者だって一生懸命生きてる」ということなのね。

みんな一生懸命ですよ。
セブンイレブンで「バカが来た」って言われて怒ってるミツは、今漢字を覚えたいと一生懸命だ。
辞書まで買った(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4584.html)。

ウチの連中は、けして自分を卑下することがない。


亡くなった元会長のかおるさんは、中途障害だったけど、それまで半同棲状態だった彼は、彼女が事故にあって車いす生活になる、とわかったとたんに彼女には何も言わずにどこかに去った。
事故のお見舞いにも来なかったという。

それでもかおるさんは、哲学者よろしく人生とは何か考え続けてたし、死んでから部屋をかたずけてて分かったんだけどユニセフとかに毎年多くのお金を寄付していた。


それでも前を向いている人がいるし、そういう人と俺は暮らしてきて、「どうせ俺は」って五体満足な人が言うのは、ちょっと許せないんだよね。

だったら代わってやれよ、と思う。
もちろん、そんなわけにはいかないんだけどさ。


「もし、車いすでなかったら。」
「もし、街でみかける看板の字が読めたなら。」

それでも、一生懸命明るく毎日を生きている人がいるでしょう。


いや、人の辛いことなんかわからないし、偉そうなことも言えないんだとは思う。
だから、こうやって書くのもどうなのかな、とは思ったりもする。

でも、不幸は底なしなんだよね。
だから、世界の不幸を背負った顔して「どうせ俺なんか」って、滑稽だと思うよ。


いや、だからって、無理してがんばれとか、そういうことを言いたいわけでもないんだわ。
とにかく「どうせ俺なんか」って言ってるうちは何も始まらんと思うんだわ。


…ってか、偉そうに書いたけど、でもまあ、「どうせ俺なんか」って、思っちゃうよな。
うん、思っちゃう、確かに。
でも、そんな時、俺はコバやかおるさんのことを思い出すことにしています。

そして、加藤優くんが卒業式で言ってましたね。
「勝手にすねるな!」って。
「この学校には、お前らがぶつかっていけば、身体ごと受け止めてくれる先生がいるんだぞ!」って。
金八2原理主義の俺は、それを信じ、守ろうと思っています。


ま、愚痴りたい時は、愚痴ってもらってイイとは思うんだけど、愚痴りながら扉を閉められちゃうと、なんだかもう相づちも打てなくなります。





n1.jpg

(BGM:ローザ・ルクセンブルグ「少女の夢」from「ROCK is LOFT~Green Disc~」)
→ローザはあまりちゃんと聞いたことないんだけど、改めて最近聞くと面白いんだよね。
当時ちゃんと聞かなかったのを後悔してる。
合掌。

大人のすべきこと

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スーパー猛毒ちんどんPV「にじ屋の唄」→ここをクリックぅ!!
その他の動画はこちらにもあります → ニジロックテレビ「猛毒チャンネル」 

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ツイッターは「@SMChingDongSATO」 まとめは→ http://twilog.org/SMChingDongSATO 



車に乗った時に、俺が運転で、助手席のヤツがシートベルトをしてない場合。
例えばそれがイチマルだったり、カイだったり、ノブだったり、そういう場合。
まあ、本人としては、なんだかんだ忘れちゃってるだけなんだけど、そういう場合に、なんて言うか。
俺は、「シートベルトしたら?」と言うことにしている。
「シートベルトしてないと、誰かにぶつけられたりした時に、車からほおり出されて死ぬよ」と。
これはウチの子どもでも同じです。

何を言いたいかというと、この時に、「警察に捕まっちゃうからシートベルトしろ」って言っちゃ、絶対ダメだと思うんですよ。


助手席の人がシートベルトをしていないと、運転者である俺が罰金ということになります。
そして、事故というのは、もちろんいつ起こるかわからないけれども、そうそうない、というのも現実です。
だから、シートベルトが「警察に捕まらないためのモノ」になってしまうのは、わからなくはないんです。

でも、やっぱりそれは言っちゃいけない。

シートベルト、というのは命綱のようなモノだから大切である、という、まあそれはそれで一つのアレですけど、ここでもっとも重要なのは、「見つからなければいい」ということを植え付けてしまうと思うからです。
逆に、親が、例えばイチマルにとっては、俺という「親も同然」の存在が、「警察につかまっちゃうから、シートベルトしろ」、ともしも言ったとしたら、やっぱり、がっかりしちゃうんじゃないか、と思うんです。
「あ、うちの親は、捕まらなかったら悪いことしてもイイと思ってるんだ」ということになっちゃわないでしょうか?

考えすぎでしょうか。
いや、これはなにもシートベルトだけのコトじゃありません。

自転車の二人乗り、自転車の飲酒運転、などなど、今や自転車も昔のように道路を我が物顔で乗れる感じじゃなくなってます。
これは、いろんな事故を踏まえて、社会が決めたことです。
社会とは、大人である自分自身でアリ、俺でもあります。
だから、それを「見つかっちゃうからやめろ」ってのはおかしいでしょう。
矛盾しています。


まあ、世の中、高校を卒業して19歳だったとして、それで酒を飲んでも、「まあまあ、いいじゃないか自分の金なんだし」的雰囲気があったりなかったりですが(少なくとも自分の時代はそうだったけど、今はもっと厳しくはなってると思うけど)、でも、自分はそれはダメだと思うんです。
酒は20歳の誕生日にはじめて飲むべきものです。
そう社会が決めたんだから、いや、俺が決めたんだから、そうすべきです。

いや、こういうことを言うと、お前は20歳前に酒もタバコもやらなかったのかと言われれば、やってましたよ。
でも、それは、もし親がそれを見つければ、教師が見つければ、ぶっ飛ばされる、という前提があってのことです。
親や教師が「見つからないようにヤリなさい」というのは、おかしい、という話をしているわけです。

子どもは大人になりたがる。
だから、それはそれで、子どもの世界の話であって、大人がそこにからんだ場合に、それはやっぱり「絶対に許さない」と言わなければならない。
それが、大人の役割というモノです。

大人、親や教師は、子どもと「友だちのような付き合い」をばかりしていたのでは、その責任を果たせません。
「俺も二十歳前にはタバコを吸っていたから、お前も吸ってイイ」とはなりません。
「お前の気持ちもわかるよ」なんていうのは、正直、何も言ってないのと同じです。
「俺は二十歳前にはタバコを吸っていたかもしれないが、大人になった今、二十歳前のお前が吸うことは許さない」というのが正しい、と俺は思います。

それを不条理だ、というのなら、言わせておけばいいんです。
不条理であろうがなかろうが、大人は、自分たちで決めたことを、子どもに従わせなければならないのです。


もちろん、俺は、大人になった今、自転車で飲酒運転はしません。
シートベルトもします。
それは、「見つかるといけないから」ではなく、「危険だから」です。
そして、それを、きちんとイチマル達にも、すでに大人になった自分の子にも、伝えなければならない、と思うわけです。




相談など気軽にどうぞ。虹の会HPに連絡先などあります。また、今まで断ってきた講演等も、今後は、受ける準備が自分の中で整いましたので、お話あれば連絡ください。

(BGM:ZOA「All Disease Human」from「NG LIVE」)
→あの時代の典型的な感じのアレだけれども、このバンドはとにかくベースラインだよな。
当時、よく聞いたわ。

【イジメ】 「もうこれ以上、関係を持ちたくない」と思ったら、逃げよう

スーパー猛毒ちんどんでは、出演依頼を待っています!
スーパー猛毒ちんどんPV「にじ屋の唄」→ここをクリックぅ!!

映像ディレクターの中村氏による我々のドキュメンタリー映画「凸凹にふくらんだ風船」無事完成!
映画の予告編はこちら
各地で上映会も可能かとも思いますので、詳細は監督の中村さん(オフィスラムカーナ:連絡先090-8726-4722)までたずねてみて下さい。

お知らせ&募集などはこちらをクリック  ツイッターは「@SMChingDongSATO」




いじめ問題が深刻化している。
というか表面化しているのだな。

でも、ちょっとまって。
「イジメかじゃれあいかわからなかった」と、教師が言う。
違うよ、違う。
そうじゃない。

イジメもじゃれあいも、関係なんだよ。
子どもの中の人間関係。
イジメが人間関係じゃない、という認識では、イジメを排除することはできないと思う。

じゃれ合いの中に、人間関係の上下があって、ちょっとしたイヤなこともあって、いいこともあって、そして、イジメもある。
じゃあどこでその線引きをするか。
ポイントは、本人が「その関係を断ち切りたいか」ということだと思う。

もう、一生関わりたくない。
関係を切りたい、と思えば、それは関係を切るべきだ。
逃げるなり、学校に行かないなり、大人に通報するなりすればいいのだと思う。
大人は、その「関係を断ち切りたい」ということを尊重してやればいいのではないか。
その行為が「イジメかイジメじゃないか」なんていうのは、正直人によるし、線引きができることじゃない。
行為でそれをはかること自体が間違っているのではないか。

そして、その「関係を断ち切りたい」という思いをきちんと受け止めて、大人はその問題を解決してやらなければならないのではないか。
「関係を断ち切りたい」と声を上げることすらできない、そのこと自体が問題で、それは大人が関係を断ち切ってやってこなかったからではないか。
「みんな仲良くしましょう」なんてのは寝言で、本来は関係を断ち切り断ち切り、残った者と仲良く暮らしていくということなんじゃないか。
そういう選択肢を、子どもに与えていないのではないか。

クラスでイジメがあった。
もう、クラス全員と一生関係を持ちたくない、ということであるならば、その方法を模索する必要がある。
教師も、親も。
なんとか仲を修復しようということ自体が、必要なんだろうか。
イヤなヤツがいたら、一生話さなくてもイイ、と教えた方が、どんなにかみんな楽になるだろうか、と思うのだ。

それは、無視だとかのイジメを助長するという意見もあるかと思うが、それこそ「行為」でしかイジメを見ていない。
そうじゃない。
人間関係というのは、いろんな色合いがあって、濃いところ、薄いところ、まったく交わらないモノ、いろいろな色があるんだと思う。
それを、「みんな仲良くしましょう」では、逆に仲良くできない子を追い詰めてしまうのではないか。

いや、それでも、一期一会、なんとか人間関係を良好にする努力やその方法を会得すべきだ、という意見もあると思う。
それはそうだ。
しかし、おそらくイジメにあった子も、最初はそういうつもりだったはずなのだ。
子どもなりの努力だったとしても、その結果、ダメだった場合には、「関係を持たない」という選択肢はあっていいハズなんだと思う。

そもそも、大人は、子どもの人間関係をコントロールできない。
大人は、子どもの世界の中で異物であるから、異物が何か言ったところで、それを排除しかしない。
つまり、聞かない。
そして、異物が入ってこない「安全な場所」で、イジメはエスカレートする。

これを追っかけても、それはイタチごっこである。
それよりは、圧倒的な大人の力で、関係をぶち壊してやったほうがい。
「関係を持ちたくない」のだから、もう躊躇する必要はないのだ。
いや、関係をよくしたい、というのであるならば、よくする努力をすればイイが、これ以上、関係を持ちたくないと思ったら、にげろ。
勇気を持って、誇りを持って逃げるべきだ。
そして、大人は、それを全力で逃がすべきだ。

自分の、関係を持ちたくない、という思いを肯定して、自分の決めたことに誇りを持って、誰が何を言おうが、自分の生き方だと胸を張って、逃げるのだ。
大人は、それを助けてやればいいのだと思う。

逃げるのが卑怯だ?
そんなことはない。
多かれ少なかれ、人はみんな逃げて生きている。
それでも最後に幸せだった者の勝ちだ。
逃げるコトじゃなく、逃げた後の幸せな生活にこそ勝利があるのだ。




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(BGM:Shonen Knife「Jet」from「Super Group」)
→ウィングスの名曲を少年ナイフがカバーしております。
これは完コピに近いですね。
しかし、なぜ少年ナイフがジェット…?という感は否めないわけですが、いざ聞いてみると、「こういうストレートなヤツが好きなのよ!」というパンチをもらうことになります。
楽しそうでイイ。

がんばることは愛なのだ!(by 「ノルソル」 浅草ジンタ)

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昨日はアイスリボン道場大会に行ってきた。
なんか最近のアイスの試合はやはり都っちの試合が外れない。
この人は天才というより努力の人だな。
だって、試合毎によくなっていくもんな。
あ、「強くなっていく」じゃないですよ、そこんとこよろしくお願いします。
そこを外さないからこの人はすごい。

というわけでね。
座談会もなかなか面白かったんじゃないですかね。
アイスリボンはなにか主力選手も変わってというか、必然的にそうなっちゃったわけだけれども、それぞれの個性が際立ってきていて、それはそれでまあよかったんだろうけれども、でもやっぱり選手が少ないな…。
こうなると、やっぱりストーリーの広がりはあまり望めないので、ちょっとつらいな…。

いろいろあると思うけど、やっぱ、がんばることが愛なのだ。
だから、プロレスへの愛を、アイスリボンという団体への愛を、このまま貫いて欲しいのだ。


というわけで、以下はまったく関係のない、ちょっと前にスカパー!で見た話。

モンスターという映画があった。
アイリーンという連続殺人犯をモデルにした映画だ。
これ、まあ有名な話だけれど、彼女には、ティリアという恋人がいて、ティリアと一緒に暮らしながら、殺人を繰り返す。
一般には、恋人との生活費のため、彼女は殺した、ということになっている。


彼女をあつかったドキュメンタリーをディスカバリーチャンネルで見ました。
映画とはまた違った臨場感で、この事件が多くの人を惹きつける理由がよくわかった。
彼女は、レイプされそうになったから殺した、と自供していたらしい。
とはいえ、連続殺人だ。生活費のため、というのも拭えない。
なので、同情の余地はないのだが、彼女の生い立ちがまたひどい。

虐待をうけながら、14歳で妊娠。子どもはすぐに養子に出され、家出とはいえ、親に捨てられたも同然で路上生活に。
そして、そのまま33歳で殺人を犯す。


彼女は、ずっと売春で生計を立てており、男の身勝手さに飽き飽きしていた。
レズビアンになるってどういう気持ちか、と思った、というが、思ったのが先かどうなのか、そんな時に彼女の前に登場したのがティリアだ。
ドキュメントを見る感じでは、ティリアはそもそもレズビアンなんだな、たぶん。
かといって、別に身体だけが目的というわけでもなさそうだ。
一緒に4年とか暮らしている。
お互いに愛情もあったようだ。

アイリーンは、ティリアに出会って、始めて「人の愛」にふれる。
そしてのめり込んでいく。
そして、最初の殺人。
彼女はティリアにその罪を告白したようだが、ティリアは「それ以上は聞きたくない」と拒否。
その後、アイリーンは殺人を犯して金を調達してきても、ティリアにそれを語らなかった。
つまりは、まあ、ティリアにも同情の余地はない。
殺人を黙認していたと言えるからだ。


アイリーンが逮捕されて、状況証拠があっても、自供がとれない。
そこで警察は、ティリアに一芝居打ってもらうことにする。
ティリアにも殺人を黙認したという弱みがある。ともすれば共犯とも言える。
警察の申し出を断れない。
アイリーンに電話をさせて、「私が逮捕されそうだ」と嘘を言わせるのだ。
つまり、ティリアは自分が罪に問われない約束を警察とした上で、恋人を裏切ったのだ。
この電話を受けて、アイリーンは全ての(と思われる)殺人を自供。
なんとしてでも恋人が逮捕されるのを、阻止したかったのである。

もうね、殺人というのはダメですよ。
ダメなんだけど、この「愛情」に嘘はない。
この事件、ここに惹かれちゃうんだな。
逆にいうと、なんで二人で更正できなかったのか、という気はしなくもないが。

裁判で、アイリーンは恋人に裏切られているとはつゆほども思ってない。
そこに、恋人が証人として出廷。
最初の殺人を打ち明けられたことを証言し、電話の会話を録音したモノも公開。
つまり、アイリーンが「裏切られた」ことを認識する場面なんだけど、この時のアイリーンの表情が、本当に切ない…。
いや、こんなコト言っちゃいけないのはわかるんだけど…。


犯した罪は許されないが、二人でもっと日の当たるところに出れなかったのか。
愛し合っているのなら、なぜ…。
挫折して、貧困で苦しいのもわかる。
俺も路上生活ではなかったが、工藤さんと一緒に住み、月5万の給料でそこそこ貧乏だった。

でも、やっぱな、そこからなんとか日の当たるところにいかなきゃ…。
そうじゃなきゃ、やっぱ愛じゃない…。
破滅なんて、愛の形じゃないよ。




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(BGM:シーナ&ザ・ロケッツ「LEMON TEA」from「ATTRACTIONS! KONISHI YASUHARU Remixes 1996-2010」)
→まあ、超名曲ですから。
元はヤードバーズの「Train kept a rollin'」ということになりますけど、もうそんなことはどうでもよくて、「絞って!僕のレモンを!」で決まりです。
このバージョンは、重さと激しさが強調されて、どっか水中でやってるのを水中で聞いているような感じ。
元曲よりももっとハードに仕上がっております。
イイバージョンだと思う。

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