プロフィール

スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

@SMChingDongSATO twitter

Calendar 1.1

<
>
- - - - - - -
- - - 1 2 34
5 6 7 8 9 1011
12 13 14 15 16 1718
19 20 21 22 23 2425
26 27 28 - - - -

全記事

Designed by 石津 花

カテゴリ

最新記事

最新コメント

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

最新トラックバック

QRコード

QR

ふざけるな


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


専従募集


しかし、死ぬ、ってどういう感じなんだろうか。
アイコっち(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4316.html)は、よく「とにかく死なないでまた会おう」ってよく言う。

今回、藤井が死んで、すぐに自分の中に沸いた感情は「怒り」だった。
「てめえふざけんなよ!」である。

まあ、そりゃそうなんだが、そういう通常のアレに加えて、彼の場合は、虹の会のいろいろなことを抱えすぎていた。
本来はもっとクリアーにやってくるべきだったのだろうが、任せっきりなコトも多く、正直、いろんなパスワードもわからない。
手続きの書類の作り方がわからない。

ま、つまり現実的に「ふざけんな」である。


さて、虹の会なんてのは、本来あるべきじゃない会だと俺は思う。
というか、藤井ともよくそういう話はしていたし、まあウチでやってるみんながその「自己否定」の中で闘ってるわけなんだが。

つまり、障害者が自由に住む場所を選べて、自分で介助者なんか教育しなくても、イイ介助者が送り込まれる、という状況であれば、ウチみたいな会は必要ない。

よくよく考えてみれば、そういうことがあって、はじめて「障害のない人と同じスタートラインに立てる」って話なワケです。
つまり、障害者手帳がない人の多くは、トイレには、自分のタイミングで行けるわけでしょ?
なにも考えなくても。
多少、トイレが混んでいてなかなか入れないことがあったとしても、まあ、基本は行ける。

だから、そう言う状況になってはじめて「同じスタートライン」であって、そこから競争したらイイと思うんだけど、実際は、やっぱ簡単にはトイレに行けない。
それはトイレのハードの問題もあるし、介助が必要な場合は、その人にストレスフリーな介助をしてもらうために教育も施さなければならない。

つまり、その労力をトイレに関して裂かなければならない時点で、もう同じスタートラインじゃないのである。
これはまあ、トイレだけじゃない。
メシも、風呂も、着替えも、買い物も、まあ、全てにおいてそういうことになる。


ま、だから、我々としては、そこを目指していくわけで、つまりは「せめて同じリングに上げてくれ」って話で。
というか、「それが福祉の仕事だろ?」という。

ってか、俺たちがその福祉の手先になって介助者を派遣しなきゃいけない、ってのがそもそもおかしいわけ。
制度がどう、事業所がどう、そんな「状況」をいくら説明してくれようが、基本は、こんなこと当事者が「しなければならない」のが、おかしいのだ。

ただ、同じリングに上がりたいだけだ、って言ってんだ。


だから、今俺たちがやってることは、本来「しなくていいはずのこと」なんだ。
法の下の平等というのであれば、こんなことしなくていいはずだ。

けど、まあやってるわけ。
やらなきゃしょうがない。
やらなきゃ、もう施設に入って、メシから全てにおいて自分の意思を殺して生きるしかない。
そして、そこで、実際意思だけじゃなくて、本気で殺された人たちもいるわけだけれど。

というか、そもそも今、憲法、守られてないわけ。
法の下の平等なんかじゃないんだから。
だからしょうがない、やるしかない。

文句言うしかない。

それも、一人の声じゃ小さいから、みんなで束にならなきゃならない。
そのために、知らない人たちのために、「車いすでは自由にトイレに行けないんだよ」って伝えなきゃいけない。

だから、文章も書く。
音楽にもする。


でも、ホントは全部、めんどくせえんだよ。
勘違いしてる人もいるんだけど、こんなの趣味でやるレベルじゃないからな。
好きでやるレベルじゃない。
いや、30年前、はじめた頃は、今のようにお金の根拠となる制度もなかったから、とにかく地獄だった。
一刻も早くここから抜けなければ、俺の人生は真っ暗だとも思った。

でもまあ、一歩一歩、なんかまともになってはきたわけだが。
ま、今はね、もうなんか、新しい人は、昔の話なんかは関係ないし、そんなに話もしないからわからないかもしれないけど、でもまあ、コアにいる我々はそんな風に思ってはいて。


そういう意味で、今一緒にやってる連中は、「好きでやるレベルじゃない」ことを、まあ「めんどくさがりながら」一緒にやってる戦友ってことになる。
一人だったら、もう死にたくなるような、消えたくなるような、いや、実際消えた人もいたけれど。
そのくらいのことを、毎日いっしょにやっている戦友。

ココは企業じゃないし、職場でもない。
戦場。
そして、一緒に働くのは、戦友。
これは俺たちの認識だ。

その一人が藤井だったわけだ。

だから、藤井に一番に言いたいのは、まあ「なに、先にイチヌケしてんだよ、あほ!」と。
いや、俺たちはナニも死にたいわけじゃない。
抜けたいわけじゃない。

でもさ、んな先ヌケ、許せるか?
だって、ここまで一緒に苦しんできた一番の仲間といってイイ藤井だぜ。

ウチらのリーダー、精神的支柱だったと言ってもイイ。


そんな意味も含めての「ふざけるな!」である。


いや、だから、アイコっちの言葉を借りれば、これは反転した「死ぬな」なんだろう。
ま、藤井も好きこのんで死んだわけじゃない。
突発事故だったのだからしょうがない。

でも、「ふざけるな」である。
その言葉以外に、なにも今の俺には浮かばない。

俺がいつか死んで、向こうに行ったら、まず藤井を見つけ出してぶん殴る。

ふざけんな。



訃報

虹の会前事務局長藤井義則儀
去る1月1日に永眠いたしました
ここに生前のご厚誼を感謝し謹んでご通知申し上げます

なお 葬儀告別式は下記の通り執り行います



一、日時
通夜式  1月12日金曜日午後6時から

葬儀告別式 1月13日土曜日午前11時30分から13時
一、式場
蓮昌寺会館
さいたま市浦和区駒場2-3-4 電話 048-887-7676



2018年1月7日

どんなに障害が重くても地域で暮らすのがあたりまえ・虹の会









(BGM:Isao Bito Blue Comets「Work Song」fromYOUTUBE)
→いや、もうこれかっこいいったらない。
「まだ娑婆には帰れない」
「この鎖逃れて あの娘に逢いたい」
これカバーやりたいな…。
スポンサーサイト

こんがらがった結果、騙すカブキ


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


専従募集


ま、カブキはずっと他の作業所に行っていて、今年度からかな、ウチにだけ来るようになっている。
市丸とかモトミ先輩とかもそうなんだけど、このルートでウチに来る人たちは、大きく誤解している部分があります。


先日、カブキが朝来るなり、「手帳が(いつも入ってるはずのところに)入ってないってお母さんに言われたんだけど」と。

まあ、確かに、カブキは自分で手帳が入ってるリュックを一人で開けられるわけじゃないから、その荷物の「整理」的なことは、勢い自宅では親の役割になるだろうコトはわからなくはない。
が、やっぱり、「ここにコレを入れておいて」みたいなことは自分で言ってほしいし、逆にカブキ自身が知らないモノがリュックに入っていたりするのは、正直おかしな話になってくる。
だって、そのリュックはカブキのモノなんだから。

ま、そんなわけで、そう言うカブキに、ウチのみんなは「へえ、そうなんだ」と、言ったっきり、何もそれ以上のことを積み上げない。
専従である我々は特に、ここで、何か言うことはない。

だって、「そうお母さんが言っていた」というのは、カブキに言ったわけで、俺らに言ったわけじゃないし、そもそも俺たちはお母さんとつきあってるわけじゃない。
顔は知ってても、親のことなど知らん。
普段からの付き合いもない。

その親の言葉を受けて、カブキがどうするか?というのは、俺らには関係ないことなんだよね。
カブキが考えることで。
というか、彼女はそれを考える能力はあるのよ。

ここ、考える力が不足していれば、それはまた違う対応になるんだけど、カブキの場合は、できる。
だから、ほっとく。


なぜなら、「親が言ってた」というのが、彼らにとっては錦の御旗になっちゃってるんですよ。
ここが大問題なの。

他の作業所なんかだと、本人とは話さなくても、親とは話す。
昨日の出来事を、親が書いた連絡帳で知る。

こうなるとですね、もう本人いらないんですよ。
それを本人もよくわかってる。
ずっと、そういう対応されてるんだもん。

だから、能力のある人は、「私、◯◯したい!」と言うんじゃなくて、「お母さんが◯◯しろって言ってた」って言い方になっちゃうんです。
それが、このカブキの言い方なんです。

だから、ほっといた。


そうなると、まあ「ええと…」となるカブキ。
最終的に、この前一緒に映画に行った時に、工藤さんの手帳と一緒になっていて、工藤さんの家にあることが判明したんですが。

ここでまあ、取りに行こうか、みたいな話で納めることもできるんですけど。
カブキはやっぱ地力はありますから。
もうちょっと続けることにしました。

「で、ところで、障害者手帳、いるの?」と。
すると、「だって、お母さんが…」と。
「知らん知らん。アレはお母さんの手帳じゃないじゃん。お前のじゃん。」

みたいな会話をまあ、ここから続けることになります。

「ホラ、ディズニーランドとか行く時にいるし…」
「あ、そうだね。じゃあ、今度ディズニーランドに行く時に、工藤さんちに取りに行こう。そのときはつきあうよ」

で、まあ話を一回終わりにしました。


つまりはまあ、障害者手帳、彼女には「割引を受ける」以外に意味がないんです。
自分を証明するモノである、とか、そういう「場面」が彼女にはなかったんです。
どっかに出かければ、割引になるから、と親や職員やヘルパーがそのリュックから手帳を出して提示する。
それで割引を受ける。
実際に、その恩恵を彼女が受けている、という実感があるわけでもないんです。
だって、今のところ、カブキは市丸みたいに自分で自分の家計を考えなきゃならない場所にはいないからね。
ま、それは今後のことだけど。

市丸や井上だと、「割引になる」ってのは、家賃に直結するんです。
「安くなる意味」が彼らにわかりやすくあるんです。
けど、カブキの今までだと、それは、親の懐の話、になります。
カブキには直接関係ない、というか、「わかりにくい」んです。

だから、なんで割引になるの?なんで割引がいいの?という話に、彼女は答えることができません。


ま、この後、このやりとりを知らないカズミに「工藤さんちに行って手帳取ってきて」と騙して取りに行かせようとしたりしましたが、まあもちろんそんな罠にかかるカズミではありません。
一回、それは「わかった」と言った上で、アキにコソッと「手帳の話ってなんですか?」という協議をした上で、みんなで一日の仕事の確認をしている時に、みんなの前で「私、カブキに頼まれたので、工藤さんちに行って手帳取ってきます」とか言って。
そうなると、「え?今度、ディズニーランドに行く時、って決めたじゃん」となり、カズミが「ええ?カブキ、私を騙そうとしたの?」みたいな話になって、これまたカブキ、出口なし。

まだまだ甘い。
他の作業所や親は騙せても、ウチではそういうのが通用しない、ということがまだわかってない。


ま、つまり、今の彼女は、自分の人生が自分の手の中にないんです。
手帳も、割引も、いや、まずディニーランドに行くのだって、そもそも彼女の都合ではないし、「本当の意味で」彼女が行きたい場所であるかというと、そういう風にも見えません。
ディズニーランドも、行けばそれなりに時間がつぶれる。
作業所も、親の代わりにめんどう見てくれるから時間がつぶれて親の時間も作れる。

つまりね、彼女のコレまでの人生ってのは、「時間つぶしの人生」なんです。
いや、違うとは言わせませんよ。
って自省込みですけど。

それを彼女の手に取り戻さなきゃならない。
話はそれからなんです。
まだ、何も始まってもいないんです。


てなことで、始めるには、手が足らない。
困ってる。
職員募集してるので、週に一度でもなんでも、いろいろ考えますから、やってみないか君!





(BGM:水谷ミミ「シワシワ音頭」fromYOUTUBE)
→「私三十、まだ若いでしょ!?」と冒頭に言っておいての「シワ~シワ~シワシワ音頭」。
自虐?
だとしてもひねりがないので、笑えないし、ちょっと怖いし。

透視かよ


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


専従募集


和歌山に行った話を書いたんですが。

ま、ホテルに泊まったんですけど。
場所としては白浜ですね。
白浜といえば、もう海水浴のメッカ。
いわゆる「新婚旅行」みたいな言葉も浮かびます。
昔からの観光名所です。

その泊まったホテルも、おそらく高度経済成長の頃に建てられたんではないか?と思うんです。
基本、古くさい。
でもまあ、内装を変えたりして、なんとか生き残ろうとしている感じがある。

ものすごく大きなホテルで、昔は手広くやっていたんだろうな、という。
金曜から行ったんですが、泊まってる人も多かった。
手配は一緒に行ったアオテツにやっていただいたので、値段的なコトはよくわかりませんが、そこそこのホテルだと思います。

客層としては、家族が多かったですかね。
小さなお孫さん、お父さん、おじいさん、みたいな。
三世代的な。
まあ、金曜からでしたから、学校に行ってる子は難しいのかな。

基本、家族っぽい。
ちょっとお年を召した方のグループもありました。
あとは、大学生らしきグループだけれど、これはあまりいなかったかな。


ま、世の中的には、オフシーズン、平日、ってコトを考えれば、客層としては当然ですね。
それに、今の時代、なかなか「お父さんお母さん世代」つまり、俺か俺より下の世代の人たち、40~50代の大人は、忙しくて出かけられない、金がないからでかけられない、という絶望的な世の中になってまいりました。

そう考えたとき、どうしても、お年を召した方をターゲットにしなければ商売が成り立たない、というのは、観光名所の考え方かな、と思うワケです。

そんなことの影響か、最近、宴会場というと、イスに座るタイプのところも増えてきました。
つまりはまあ、畳だともう膝が痛くて座れない、みたいなことにも対応しよう、ということなんでしょう。
車いすのママでもテーブルに入れる、という利点もある。


なかなかね、ああ、変わってきてるな、と思うんです。
まあ、形からしか入れず、仏像つくって魂入れずみたいな施設も多い(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4150.html)。
でもそれは、指摘してやればいいんですね。
向こうはよくわからないで「バリアフリー」をやっちゃってるわけですから。
「それではバリアになってますよ」と教えてやればいい。

でもまあ、それは「細かい点」というか、「勘違い」ということであって、「本質的にどうしようもない」、という話とは違う。
本質的にどうしようもない、という場合、これはもう指摘とか、そういう次元ではどうにもならない。


今回のホテル、絶望的な気分になったのは、風呂です。
脱衣所から風呂に入ろうと引き戸を開けると、階段。
それがまあ、二段三段ではない。
ゆうに二階、三階から降りるくらいの。

これね、一瞬でまず「これダメだわ」と一緒に入ったアオテツに言ったんです。
でもまあ、彼は普通の会社に勤めてますからね。
この業界の人じゃない。
一瞬、俺が言った意味がわからなかったみたいで。
でも、その後、瞬時に、「あ、なるほどね」と。

彼もまあ、にじ屋とかに遊びに来てくれたり、コバやノブたちをいろんな場所に誘ってくれる人なんだけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4153.html)、彼だって、やっぱり階段の「絶望感」ってのは、俺ほどではないというか。
一瞬遅れる感じ、というか。

そう考えると、世の中の9割は、やっぱこの階段を絶望とはとらえないんだよね、きっと。
アオテツなんかは、それでもまあ説明しなくてもこの絶望は一瞬後にわかってくれるけど、まあそういうね。


例えばね、トイレの入り口が狭くて入れない、といかってのは(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4243.html)、絶望なんですよ。

だって、よく考えてみなよ。

入り口はさ、誰かに手伝ってもらって入ればいいじゃん。
でも、トイレってどう?
トイレに入れなかったらさ、漏らしちゃうじゃん。
大人として、それ、ゼッタイダメじゃん。
だからさ、トイレに入れない、ってのは絶望なんだよ。
なるべくトイレなんか大騒ぎしたくないの。
「私トイレに入ります!誰か手伝ってください!」なんて大声出したくない。
そっと行って、そっと帰ってきたいでしょ誰だって。
「うんこしま~す」って宣伝したいですか?

しかも、トイレがダメってのは、大人として認めない、ってことだから「世の中に拒絶されてるんだ」って絶望も同時にあるわけじゃん。


脱衣所で脱いで、さあ入ろうか!って言ったときに、この階段。
これ、もう「入るな」ですから。

これがせめて上下移動がなければ、介助者だって楽。
けど、上下移動があると、もう介助者一人じゃすまなかったりする。
まわりの人、大勢の手が必要かもしれない。
全裸なのに。

ってか、人を一人抱えて「濡れてる」階段を下りるなんてのはね、もう自殺行為なんですよ。


大事なことは、トイレだったり、風呂だったり、まあそういうね、「プライベートな空間」ですよ。
ってかまあ、大浴場がプライベートかどうかはちょっと論議はあるかと思いますが、ホテルの部屋の風呂もね、「ちょっと取って付けた感じ」で、ものすごい狭かったりすることがとにかく多いわけで、って話も含めて。


ま、そんなわけで、俺とアキは3日ほど休みと言うことで行ってきたんだけど、どこに行くか?というのははっきりとはみんなには言ってなかった。
で、帰ってきて翌朝、みんなに会って。
そしたらカブキが「どこ行ったの?」と聞くので「和歌山」と答えたら、その後第一声が「お風呂どうだった?」と。

いや、お前が簡単には入れない風呂だったよ、と。

透視かよ、と思いました。





(BGM:大橋巨泉「おれは天下の百面相」fromYOUTUBE)
→ハッパフミフミ的なヤツね、どこが面白いのか、と思って、自分でやってみようと思うんだけど、なかなか上手くいかないのよね。

少なくとも「絆」ではない


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


専従募集


介助ってのは、例えばウチで言うと加納とかの手足の代わりになって動く、みたいな職務のこと、となりますか。
障害者自身が指示し、やらせる、みたいなイメージ。

勝手に「お世話する」っていうのは、まあ実際の生活を考えてみればわかるけど、ありえない話で。
逆の立場になってご覧なさいな、というか。

例えば、食器を洗わせたとして、それをどう棚にしまうか?
人によっては、湯飲みを上向きにしたり、下向きにしたり、いろいろあるじゃないですか。
残りごはんの保温機能を「きるのか」「きらないのか」みたいなことも、人それぞれ、家庭それぞれというか。
下着やTシャツを、タテにたたむか、横にたたむか、三つに折るか?四つか?みたいな。

まあ、オレにしたら湯飲みなんかどっちでもいいんじゃねえの?という感じもあるが、人によってはすごく気になる場合もあるでしょ。
それってのは、やっぱその人なりの「生活の基本」になるわけなんで、「勝手にお世話する」ってのは、そもそもお世話になってない、という意見も成り立ちます。

だからまあ、とにかく「本人の意思」が重要、ってのは当然なんですけど。


で、まあウチなんかではもう一歩進めて、「介助者の資格は当事者である障害者が決める」という形でやってます。
毎日の介助の形、やりかた、その他もまあ、当事者自身が決める、と。
これ、まあ雇用の責任も当事者自身がおう、ということになるわけです。
ま、現実的には形上は役員会が負いますけど、まあ、共同で考える、ということになりますね。

とにかく、雇用・運営に障害者自身が噛まないと、結局、「自分が認めてもいない介助者にお世話されてしまう」という、「生活が浸食される」という事態にもなりかねない。
そこはちょっと困る。
なんで、「障害者自身が自分の生活を守る」ってコトで言うと、この「介助者は障害者自身が資格を与える」「介助者は障害者の指示通りやる」というのは譲れない。

ま、それを「ポップに」主張するために「介助者ロボット論」みたいなことを言ったりもしてきました。


しかしま、それってのはまあ原則的なことですね。
考え方、というか。
だって、実際に人間はロボットになんかなりきれるわけがない。

そりゃそうだ。
やっぱ人間同士だから。
といって、介助者がその障害者に先行してイイ部分は一つも無い。

でも、その上で長くやってればやっぱそれなりの「関係」というのはできてくるはできてくる。
ま、ソレも否定するものじゃないと思うんですね。
ロボットを超えた介助者、というのは、オレはあると思う。

超ロボ、みたいな。
あ、それはなにも、マッタク感情を押し殺す、とかそういうアレじゃなくて、逆の意味でロボットを超える、という感じね。


今のヘルパー養成の講座なんかだと、おそらく「障害者や高齢者をどうめんどうみるか?」という視点でできていて、「落ち込んでいるような時には優しく声をかけましょう」とか。
…大きなお世話じゃ…。

簡単に言うと、介助者と友人と、親兄弟と、全部まぜこぜにしたのがヘルパーになっちゃってるんだよね。
それってもう、俺らの感覚から言うと、「障害者には友だちいないんだろ?なってやるよ」みたいなね。

違うじゃん。
金で派遣してくる人が友だち面、って、まあ一番やっちゃダメなヤツでさ。
映画とかでもう完全に「やなヤツキャラ」ですよ。
先に書いたように、「結果として職務を超える」「金を超える」ってことはあるかもしれない。
でも、「そういうもんです」って先に講習しちゃだめなんだよね。


とにかく「本人のやりたいことをやる」ということがデキない人は、越えることもできない。
ま、そういう人って時々います。

そもそも、介助に「人とのつながり」とか「絆」とか求めちゃう人ってたくさんいて。
だからね、それをなんとか排していきたいんで、どっか逆に大きく振らなきゃならないところもあって。

で、まあ介助者ロボット論、となるわけですけど。
まあ、教条的にそんなコトを言ってるわけじゃない、という。
逆に振らなきゃならないほど、ちょっと世の中誤解してますよ、というか。
そういう話です。




(BGM:釈由美子「お酌パラダイス 釈お酌」fromYOUTUBE)
→釈お酌?というなんかやっすい機械?いや、なんか道具?の説明になってるんだけど、こんなの売ってたの?
ってか、なんで作ったの?
歌はまあ面白いけど。

別に俺関係ないけどさ


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


専従募集


ミツのハラが醜い。
デブがどうこう言うのは差別だ、みたいな意見もあるかもしれないが、確実に成人病への道だ。
というのも、そもそも発作の薬を毎日大量に飲んでいるためか、肝臓の値が悪い。
だから、できるだけ、体には気をつけたい。

そもそも、彼らの場合、高校くらいの時のお母さんの「あなた、大盛りでしょ」とか、「弁当一つじゃ足らないでしょ」のまま、30歳を迎えようとしているフシがある。
まあ、市丸なんかはそれをやっと抜けられたけど、とにかくこの「子どものママの気持ち」ってのが、とにかくやっかい。

今でも、平気でうどんは2玉普通に何の疑問もなく食べるからね、ミツは。


普段、まあよく言うのは、「ジュースを飲まない」「間食しない」というのは、いいますね。
誰に対してもいう。
人によっては、揚げ物やめな、とか。

といっても、全部飲まない、食べない、は無理なんで、飲み会の時にはいっぱい食べようぜ、とか、そういう感じで我慢を持続させる、というか。


ジュースというのは、いわゆるオレンジジュース的なモノやコーラ類。
ジュースもとにかく、ファミレスに行くと「頼まなきゃならない」となっちゃう連中も多い。
親がずっと頼んでやってきたんだと思う。
必ず、どこにいっても言うヤツがいる。

ま、最近はドリンクバーなので、どうもこうもないんだけど、まあ「普段のまない」ということをよく言います。
コーラのデカイペットボトルを買って家でのむ、というのはやめよう。
自販機でジュースを買うのはやめよう、とか。

ま、ジュースはペットボトルになると、モノにはよるけど、スティックシュガー数十本入ってますからね。
飲んでいい効果があるわけがない。


これらは、まあ普段言ってるから、飲まない方向にはなってるだろうけど、まあ「隠れて飲む」ってヤツはやっぱりいて、お菓子もそうなんだけど。
どっから金が出てるのか?おそらく親が出してやっちゃってるんだな、というヤツもいて、親子で隠れて何してんだよバカ者が!と思うんだけど、まあ、こういう親子は一生隠れてやりますから。
言ってもムダなんで、そこに労力はもうかけませんけどね。

ノブなんかは、もう給料を全部使ってコンビニで買い食いしちゃう。

まあ全部わかってるんだけど、なぜわかるかはいろいろなルートがありまして、まあ全部わかる。


ミツも隠れてジュース飲んでるんだよな。
それは知ってた。
隠れて、というより、まあ「彼なりの理由をつけて」なんだけど。

でもまあ、それを責めてもしょうがないし、「別に太るのはキミの勝手だし」ということで、いつも通り、泳がせておきました。
責めても、「どうやったらもっと隠れられるか」しか、このタイプの人は考えないんですよ。


今回、しかしミツは「いくら何でもこのハラはヤバイ」と自分で思ってるらしく、隠れて飲んでることを自分から話し、「どうやったら痩せられるか」と俺に聞いてきた。
とまあ、こうなると、「全部知ってる」という俺の言葉は彼にとっては絶大な威力を発揮します。


障害者だけじゃないんだけど、結局、自分で変わりたい!と思ってる人じゃないと、なに言っても通じないんだよね。
新人とかだと、言いたいコトが山ほどあっても、正直、言わないもん。
機会をうかがってるというか。
ま、そのまま機会を持てない人もいるわけだけど、そういう人はだいたい、その後付き合いが途絶えますね。

ま、いいんです。
どうでも。
その人の人生だから。

で、まあだから、同じように、ミツが太ってても、ノブや陽子が隠れてお菓子ばかり食べていても、彼らには徹底的に「俺には関係ない」という姿勢を見せます。
逆に、「隠す必要ないじゃん」と。


てなことで、でもまあ、30歳も半ばになってきた彼ら、成人病の足音は確実に来ていて、健康診断の数字なんかを使って、ま、「変わりたい」と言ってくれる状況を作っていかなきゃなあ、と思ってる昨今。
つまり、ガチで放置してるわけじゃない、というか。
「俺には関係ない」は、まあフェイクということなんですけど。

しかし、彼らは、「病気になりたいの?」とか「死にたいの?」みたいな質問には、必死にNOなので、ま、ある程度簡単というか、気持ちをある程度「変わりたい」の方向に持っていくことは可能です。


逆に、健体者の方がね、「変わりたい」にさせるのは難しい、というか、できないもんですよ。
ま、ダメ人間は死んでもダメとはよく言ったもんで、そういうどうしようもない人間も多いからな。
それはその人個人の単位ではそれでいいっちゃあいいんだけど、「だから世の中どうでもいいんだ」ってなって、結果的にでも「障害者殺してもいいじゃん」みたいな方向のことをやられちゃうと困るけど。






(BGM:ザ・バンパイヤ「吸血鬼」fromYOUTUBE)
→いや、もうね、わからないのよ。
とにかく歌詞が多くて字あまりっぽすぎるし、途中で曲調がかわりすぎるし、ジャケットの彼女たちがまたこれ、場末感がすげえし、着地点がわからない。
打ち上げるだけ打ち上げた、って感じ。

| ホーム |


 BLOG TOP  » NEXT PAGE