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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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専従募集


まあ、前に書きました「失敗なんか悪いことじゃない」(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4567.html)って話ですけど。

これ、まあみんなを前にして話をしたんです。
新人も入りましたしね。

だからまあ、別に井上たちだけに話そうと思ったわけでもなくて。
みんな、そういう気持ちでね、そういう場所にしなきゃいけないわけだから。
特にまあ、健体者、新しい人には話しておかなきゃならないことだなあ、と思って。
そっち比重ですかね。


でもまあ、話としては井上たちにわかるように話さなきゃならないので、それなりに準備もします。

まあ、それはいいんですけど。

で、井上たちが世の中でどういう場所にいるか?ということをわかってもらいたいと思って、途中で話をターンする時に、こんな風に言いました。

「君たちは失敗作なんです」

ま、これね、これだけ聞けば、ひどいこと言ってます。
ま、続きとしては、だからこそ、失敗を恐れない、そして、失敗作といってる連中の鼻をみんなで明かしてやろうぜ、ってことなんですけどね。
優生保護法とかのことにもちょっとふれました。


こういう言葉ってのは、普段けっこう彼らは我々が思う以上に言われてるようで。

例えばコンビニ。
支払いでもたもたしちゃったりすると、会計終わったあとに「バカがまた来たよ」とか言われたりすることもあるという。
明確に邪魔者扱いされて、あっちに行って、というようなこととか。

なんで、それを反復してやると、けっこう彼らは普段のその言われたことのフラストレーションをどう昇華させたらいいか、ってことで、こっちを向いてくれます。


ま、世の中は差別に溢れているわけです。
差別って言葉は難しいけど、ここでは、まあ簡単に「井上たちを馬鹿にする言葉や事象」としておきましょう。
そういうモノが、世の中には溢れている。

それに、どうやって逆襲するか?
どう反論するか?
どう闘うか?

それを一緒に考えていく時に、どうしたって差別を描かなければ、言葉にして伝えなければ、彼らには何を言ってるのかわかりません。


言葉狩り、なんてことが70年代とかにあったわけだけど、ソレもナンセンスで、つまりじゃあ「世の中のことをありのままに書いたらダメなんですか?」って話になっちゃうんですね。

もちろん、井上たちを貶めるために「バカ」って言うのなら、それは狩ってイイかとは思いますが、その「貶められてる現状」をどう表現するか、ってことになれば、それはまた話は別で。
つまり、言葉がダメなんじゃなくて、文脈の問題ではあるわけです。

そういうことがまあ今は浸透してきていて、言葉狩りそのものはナンセンス、って位置づけになってるかと思いますけど。


つまりですね、普段から言われてる、言われてなくても、その目線はいつだって自分たちを「邪魔者」「こっちにこないで」と言っている、ということを彼らは感じてるわけです。
それって、一般のみなさんにはなかなか伝わってない。

特に、差別と闘おう、なんて人は、おそらくそういうことを「しない」だろうし、する場所、にも行かないだろうと考えると、その感じをなかなか想像出来なかろう、と。
なんか簡単に「最近はそんなあからさまな差別はないんじゃないですか?」とか言っちゃう人、いるじゃないですか。

つまり、その受けた差別を表現して伝えて、「オレたちを障害者だからって理由で馬鹿にすんなよ!」をもっと大きな声にしなければならない。


ま、もちろん、言葉そのものは気をつけて使わなきゃいけないとは思います。
でも、言葉一つ一つに気を取られてしまって、なにも伝わらない、なにも前に進まない、っていうのが一番馬鹿馬鹿しいかな、とも思います。









(BGM:MONO NO AWARE「イワンコッチャナイ」fromYOUTUBE)
→なんと言ったらいいか、普通のロックなんだけど。
他を聞いたらもっといろいろ出てくるんだろうか。
ボーカルが一直線、無骨な感じは好きですね。
あまり歌い上げる感じというのもどうかと思いますし。
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ヤツらは犬じゃない


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専従募集


「ボランティアをしたい」、という人がいたりするんだけど。
なかなかね、難しいところがあります。

ボランティアってなんだろう?
正直よくわからないんです。


「やりたい」は、内容はともかくわかります。
やりたいんですね、ということです。
ただ、その内容が「やりたい」という側に委ねられてしまうのがボランティアであって、こちらの「やってください」にそもそもマッチしないのではないか?というか。

いや、実際、なかなかマッチしない。


おそらく、そういってくる人たちは、市丸たちとなんかほのぼのしたいとかそういうことかと思うんです。
でも、正直井上たちにしてみれば、知らない人が来て「仲良くしてください、って言われてもなあ…」ということになってしまうんだよね。

知的障害者だから、誰だってそうやって来てくれればありがたがってくれるか?というと、そうでもないんですよね。
誰だってそれはそうで、いろいろ最初は様子をお互いに見合って、だんだん、だんだん、仲良くなるわけでしょ。
友達になる、というか。

暇な時間に来て、自分の好きなように井上たちの感情をコントロールできるわけがない、というか。
互いに何かを沿わせ合って、初めて言葉が通じるようになる、というか。


逆に言うと、おそらく俺も学生時代には、なんかのイベントとかで施設を訪ねたりしたことがあるけど、確かに、そこで楽しそうになったりはしたりもするんだよね。
でも、あれ、今考えると、向こうが合わせてくれてたんだな、ってことがわかるのよ。
知的障害者の方が気を遣ってる。


おそらく、この「ボランティアしたい」を、まずきちんと定義した方がいいよな、と。

俺たち、いわゆる施設で言うと職員側の「お手伝い」をしたいのか?
それとも、井上たちになにがしかがしたいのか?
大きくはこの二つに分かれるかな。


前者だったら、まあ掃除とか、整理とか、そういうのをやってもらいたい!とは思いますけど、「ボランティアしたい」って人はおそらくそういうのがしたいんじゃないんだろうな、とは思います。
だって、それ、別にウチじゃなくてもいいもんな。
障害者関係ないわけで。
障害者団体に言うことじゃないというか。

なんで、後者なんだろうけど、そもそも上記に書いたように、知らない人に彼らが心を開くかどうかは別だし、そもそもあまり意味がないんですよ。


井上たちにとっては、そういうことじゃなくて、どっか遊びに一緒に行ってくれたり、飲みに行ったり、そういう「仲間」が欲しいんであって、ボランティアさんが欲しいわけじゃない、というか。
逆に、「ボランティア」言われたら、「馬鹿にされてる気がする」とも彼らは言ったりします。

この辺はまあ鵜呑みにすると微妙ですけど、ただ、これまでの彼らの人生の中で、「ボランティアさん」ってのは、たくさん通り過ぎているんです。
その「現実」の中で、彼らが味わってきたモノ、というのは確実にあるわけで、それはやっぱりまあ、「正しい正しくない」とかじゃなくて、「馬鹿にしてる」って彼らの気持ちも尊重しなきゃいけないかもな、というのは思います。


毎日の中で、長い付き合いの中で、やっぱり「仲間」として関係はできていくんだと思うんです。

実際、今、たくさん外の人たちが遊びに来てくれて、市丸たちを飲みに誘ってくれたりするわけですが、そういう人たちの「全て」が、「俺はボランティアなんかじゃない」と言いますね。
そして、井上たちもそう思ってもいない。

そこがね、なんかステキだな、と俺は思ってて。


だから、「入り口」はまあなんでもいいんだけど、井上たちには井上たちの感情があるんだ、ってことを理解していただいて、そして彼らの「大人としてのプライド」も自分のそれと対等に尊重してもらって、それをいい感じで関係性としてつくっていってもらえたらいいなあ、と思います。

でも、時間はかかりますよ。
「ボランティアやりに来ました」って、その日にイイ関係なんかできませんやっぱ。

だって、彼らは犬じゃないんですから。





(BGM:MODOKI(高橋ジョージ)「カニカニ・ダガニのロックンロール」fromYOUTUBE)
→1988年。
まあ、いろいろあったけど、平和な時代だったな。
金回りもよかった時代。

「生き生きしてますよね」を考察する


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実は、昨日アップした「生き生きしてますよね」の原稿は、真夏にたまたま見学に来た人がいて、そのあたりに書いたものだったんですけど、その後、数ヶ月間、いろいろ考えた末、ちょっとこんなことを思った、というコトを書きます。


時に「私たちは幸せなんです!」とか言われて引いちゃう時があります。
「どう見てもちょっと…」というか。

男が浮気してるのをしっかりまわりは知ってるカップル?が、いくら「私たち幸せなの」と言っても、やっぱそれは違うよなあ…、とか思っちゃう。
DVなんかも、そういう構造だったりしますね。

「私たちは幸せなんです」ってのは、どっか鍵をかけてドア閉めちゃう感じの言葉で、それ以上の言葉を外からかけられなくなる。
もうちょっとまっすぐ考えてごらんなさいな…、とか思うんだけど、それでもその「幸せだから」で話は終わっちゃう。
きっと思考がそこで止まっているんだと思うんだけど。

何か言えば、「なんで私たちの幸せを壊すんだ!」って怒られるし、いやいやいや…、って思うけど、もうそうなると何も言えません。


まあ、幸せ、なんてのは抽象的な、そして主観的な言葉だから、本人がそう思ってるんだからイイじゃん、ということにはなるんだけど。
逆にまあ、「幸せだから」って言葉で自分をまとめてるんだと思うんだけど。
そう思い込んで、何をか放棄している、みたいな。

ま、いいんですよ。
それでも自分が壊れたり、ぶたれたりしなければ。
いろいろな幸せな形があってもいいから。


でも、仲間がそういう状況に置かれてしまったりすると、ちょっとどうしよう…、って気持ちになります。

ま、専門的には依存、とかって言葉になるんでしょうけど。
依存したっていいんだとは思うんですけどね。
依存自体が悪いとかってことでもないような気がするし。
要は程度の問題というか、依存の先の問題というか。


そう考えた時に、なんか「あの人たちは幸せに見える」ってのが、すげえ実は「幸せ」の的を得てるんではないか?ということに思い至りまして。
他人が「君は幸せそうだね」みたいなことってのが、実は幸せの正体ではないか?という。

主観的な「幸せ」は、実は客観的なモノなんじゃないか?みたいな。


ま、それでも例えばわかりやすくカップルとかで言えば「仮面夫婦」みたいな言葉もありますから、一概には言えませんが、でも、他人が「幸せそう」と思うコトがまず幸せと言うことの条件ではないか?という気がしまして。


そう考えた時に、前に市丸たち内の連中が生き生きしてるって言ってくれる人がけっこういます、ってのを昨日アップしました(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4562.html)けど、まあつまりもしかしたら市丸たちはけっこう幸せなのかもしれない、と思ったんですね。

その時の原稿には「そんなに生き生きしてないよ」って書きましたけど、でもよく考えたら確かに好き勝手やってるし、笑ってるし、帰りたがらない、というコトで言えば、どう考えても外から見れば「幸せ」なのかもしれない。
言葉を換えれば「生き生きしてる」のかもしれない。

外の人たちがそう言ってくれるのは、なんか、実はとてもすごいことなんじゃないか、と思ったりしたんです。


確かに、知的障害者、作業所、施設、なんて言葉から連想されるのは、どっか暗い感じの知的障害者本人。
弟の行き場所を探して、そういうところをずいぶん探していろいろ訪ねていったオグラの姉に言わせると、「ここ(虹の会)はみんな生きてる顔をしてる」ってことになる。
「他はみんな死んだ顔してた」と。

実際にそうかどうかはそれこそ主観だけれど、彼女にしてみたら、ココの人たちは「幸せ」に見えたんだろうし、前の原稿に書いたようにそう言ってくれる人は多い。
ウチに手伝いに来てくれて、他にも行ってみたら、もうそこには行く気がしない、という人もいる。
みんな楽しそうじゃないから、マイナスをもらって帰る感じになっちゃうから、と。
ちんどんの練習だって、「本番より表情が見えて楽しいですよ」って言うカメラマンすらいる。


そう考えると、「生き生きしてないじゃん」とか書いちゃったけど、でもそうじゃなくて、そう「見えている」ってことが実は重要なのではないか?と。
オレたちはもう中の人だから、そうは思えないこともありますし、「もっともっと」って欲もある。

でも、外から見た人がまずそう言ってくれる、ってのは、実はとても誇らしいことなのかもしれない、と。











(BGM:チコとビーグルス「帰り道は遠かった」fromYOUTUBE)
→GSとピンの女性歌手を混ぜてみましょう、みたいな感じなんだろうか。
「帰り道は遠かった 来た道よりも遠かった」って歌詞が冒頭なんだけど、これ、なんかすげえいいフレーズだなあ…。

最後に明日のライブでのお客さんの参加方法を書いておきました


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ナショナルジオグラフィックチャンネルのニュース記事で、ハミルトン・ジェームズさんという未開の孤立部落などに取材に行く際のことについて、インタビューにこう語っていた。

「こういった場所へは、現地の人々と自分たちはそれほど違っていない、むしろ似ているのだと考えて行く方が、読者は彼らを身近に感じられます」
「そうすれば、彼らに感情移入できます。彼らの問題は私たちの問題に似ていると気が付くのです」

ふむ、なるほどな、と思った。
自分の事を客観的に考えた事はなかったが、確かにオレも、市丸とオレは同じ地平にいる、多少、スタートラインが違うだけだ、と考えているかもしれない。

例えば、他の作業所から来た連中は、とにかく服に名前を書いてある。
パンツにまで、だ。
で、まあ親御さんにはこんなことを言うんですが。
よくよく考えてほしい、と。
女の子がパンツをどっかに落としたとして(その状況も中々あり得ないのだが、例えば泊まりとかに行ったらあり得るかもしれないし、ちょっと粗相をしたらあり得る)、誰かに拾われて、名前を見て届けられたらどうですか?と。
むしろもう捨ててもらった方がよくないですか?と。
とくにお母さんに。

彼らを知的障害者だからって、自分と違う地平に生きてるんだなんていう勝手な決めつけは、どう考えたって彼らの「大人としてのメンツ」を潰します。
だから、「自分だったらどうですか?」と単純に考えたらいいんじゃないかと思うワケです。

連絡帳しかり、ですね。
自分の予定を自分を越えて親と職員が話し合って知っているなんてのは、論外。
思春期なら家出モノです。

でもまあ、職員サイドの「その方が楽」という理由で、彼らのメンツが潰されているのが現状であります。
ま、これも結局は人数の問題かと思います。
つまりは、福祉に予算が来ていない事が問題なわけですが。


で、そんなことを書いておいて、本題なんですが、先日親のお供でお袋の実家の方面に行ってきたんです。
というのは、お袋がちょっと足をやってしまいまして、歩けない、というか、もうゆっくりゆっくりなら歩けるんですけど。
80を越えてますから、まあ一緒に行った方がよくないか?というようなことで急遽。

行く理由は、姉二人が入院したりしていて、ちょっともう今会っておいた方がイイ、みたいなことで。
お袋が80を越えていますから、もちろんその上。
一人は老人ホーム、一人は老人ホームから入院をしていました。

入院している方の叔母は、痴呆がかなり進んでいるので、会ったところで正直「誰なのかわからない」んですが、ホームに入っている叔母はしっかりしていて。
オレを見るなり、数年前のNHKの番組、見たよ、と。
二週にわたってやってたよね、素晴らしい仕事、がんばってね、みたいなことを言ってくれたりしていました。

身体はもうちょっとかなり動かないというか、(ちょっと前まで入院していたらしい)声も弱々しく、かなり近づかないと聞こえない。
同時に、息をうまく制御できないのか、多少、何を言ってるのかわからない、という感じ。

なんで、お袋や一緒に行ったお袋の妹は、ほぼ聞き取れない。
でも、なんかオレとアキは普段副会長の松沢とか、気管切開してる工藤さんと話したりもしているからなのか、なんか聞き取れるんだな。

で、まあ翻訳して話が進む、みたいな感じになって。
でも、なんかそれを飛び越えて、お袋と妹さんが話を進めちゃう感じとかもあって。
というのも、やっぱ息を吐く、というのがしんどいらしく、遅いんだよ。
でもまあ、オレなんかは工藤さんと話してるとそういうことがあるから、別に待てるんだけど、待てないんだな。

でもまあ、そこは戦後朝鮮から引き上げてきた姉妹の絆があるから、それはそれでいいんだわ。
そういう性格、というのもあるし、そういう関係性の上に彼らは大笑いしながら話はしてて、まあ、いいんです。


これね、でも思ったわけ。
もし、オレが話したい事があって、でも、なかなか早口では話せなかったり、次の文節を話すまでに呼吸を整えなきゃならなかったとして、そういう時に「先回りされる感じ」ってどうなんだろう?と。

いや、苦労してしゃべるより、さっさと話が通じるからそれはそれでいい、ってこともあるだろうけど、でも、ニュアンスが違ったり、ってのもあるよなあ、とか。
それに、Aと言ったのに、A’と言う風に先回りされて、でもまあ、Aに近いからいいか、みたいにあきらめる事もたくさんあるんじゃないか、と。

特にその叔母さんは頭って言うか、その辺はしっかりしてるから、余計にそれはストレスなんじゃないか、とか。


その老人ホームがどういうところかはちょっと見ただけだからわからないけど(でも、小規模で住宅地の中にあって、なんかイイ感じのトコロだったけど)、やっぱ、職員も数が潤沢にいるわけじゃないだろうから、やっぱ「遅い人」は「先回り」されちゃうことだってたくさんあるだろうな、って思ったわけ。

十分かかるところを2分でやらなきゃ全部回れない、なんてコトになってれば、やっぱそれは十分待てないよ。


人は、「自分の思いは通らないのだ」、と思った時に、きっと腐っていくのだと俺は思ってて。
それでもがんばって時間をかけて思いを通そうとしたら、やっぱり施設では厄介者にされてしまうんだろうか。
オグラのように、薬を飲まされて、廃人同様になってしまうんじゃないのか?と。


つまりはね、金の問題なんだよ。
施設や老人ホームも同じだけど、そこに金が落ちてきてない。
金さえあれば。
例えば施設の職員の給料が平均月給80万とかになればね、もっともっと優秀な人だって集まりますよ。
今、夜勤もある、重労働、なんて状態で20万欠ける、なんて状態ではね、そもそも就職の選択肢にだって上がらないんですから。


だからやっぱり「金をくれ」ですね。
とにかく福祉の予算がしょっぱいんだよ。

だから、行政にそれを訴えていくことはどんどんしていきたいし、それがスジだから。
でも、もし、余裕がある人がいたら、明日のライブで、名曲「感動するなら金をくれ」やるかどうか、今のところちょっとわかりませんが、やらなくても、市丸のパンツやコウヘイの軍手や、米本さんの胸元とかに、札束をどさっと下さい。
本意ではないが、余裕ある分を回してもらって糊口をしのがせてもらおうと。

あ、束に上限なし。
もちろん丸いのでも。


基本情報
会場*さいたま市秋ヶ瀬公園羽根倉橋方面から入って右手サーキット場奥。北浦和西口、南与野からシャトルバスあり
時間*フェスは10時から俺らは15時頃
お金*ADV1500、DAY2000、高校生以下無料


★シャトルバスの時間
shatorubasu.jpg










(BGM:小林繁「昨日の女」fromYOUTUBE)
→歌が上手すぎる。
天は二物を与えますな。
「女房みたいに ぬれた手を拭いて 貴方迎えにドアを開けるのも 今日が終わりとふいに思い出し 泣けてきたのよ突然に 確かにハンコは押さないね 世間の夫婦じゃなかったら だけどだけど それがなんなの」
…う~む…。
なんなのと言われても…。
ってか、いい歌詞だよな。
「ぬれた手を拭いて」て…。

敵を見誤るな


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先日、映画のオファーがありまして。
まあ、嬉しくもなんともないんだけど、まあ、じゃあ行ってきたら?くらいの。

こういうのに、まあウチは浮き足立たない。
スーパー猛毒ちんどんもいろいろオファーをいただきますが、オファーしていただいた方によっては俺が舞い上がることがあっても、メンバーはそうでもない、みたいな。

テレビもできれば断りたい、みたいな。
だってめんどくさいんだもん。
この辺は、http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4463.html、のあたりを読んでください。


で、最終的に井上とオグラとカブキが行くことになりました。
向こうさんの意向ですね。

これがまあ、とにかくまず井上は気に入らない。
「なんで俺がオグラとカブキと一緒なんだよ!」みたいな。

髪を黒くしてきてくれますか、みたいな話もあったんだけど、これについてはまあ会議でも紛糾しちゃいまして、当日になって「だったら断れ」というところまで行ったんだけど。
でもまあ、なんか濡ればいいか、みたいなことに落ち着きはしたんだけど。
シャンプーで落ちるヤツ。

この辺についてはまた改めて書きますけど、今回は井上の話を進めましょう。

ま、この井上の感じはなんとなく日頃からのアレでわからなくもない。


で、帰って来た井上。
評議委員会(まあ、飲み会)で、「他に議題あります?」という司会の加納さんの声に、「映画のことを言いたい!」と。
じゃあ、言いなはれ、と。

井上の話をまとめるとこんな感じで。


他にも障害者の人が来てて。
お母さんやボランティア(同伴したちゃびによれば、施設の職員とかもいたらしい)に、もう「大丈夫?」とかなんとか、休憩のたびにずっと言われてて。
なんかもう、腹が立って、腹が立って!
なんで母親はこういう時についてくるんだ!と。


ふむ。
つまりはまあ、その「保育園感」にイライラした、って話らしい、というのはわかった。
そして、なんとなくその場を支配していた「空気」もわかったような気がした。
「こんなヤツらと俺たちを一緒にするな」ということも言いたいのだな。


で、短絡的に井上は「ついてくる母親が悪い!」となる。
ま、井上の母親はついてはこないし、ってか、映画のオファーがあったことも知るまい。
ってか、ウチの親御さんたちはそういうことになっているというか、そういう感じだ。

けど、それはたまたま井上がココにいるからそうなってるだけだ。
じゃなければ、母親が撮影場所までやっぱり連れて行かなければどうにもならなかろう。


そんな話をしていたら、「母親だって、行きたくて行ってるんじゃないんじゃない?」という話になり。

そりゃそうだ。

障害をもった子が生まれた、って時点で仕事を辞めて、一生面倒見る覚悟を決めて、やりたくない運転免許まで取った、なんて母親は山のようにいる。


これはまあ、もう社会が産んだ親に「障害者を生んだ」ことに責任を取らせようとしてるからに他ならない。
だから、必死になって母親はがんばる。
仕事をしてようもんなら、「なんであなたは仕事を辞めないの?」くらいのことはしっかりはっきり言われるのが今の世の中だ。

そして、ここには女性差別というか、そういうのも絡んでて。
だって、その場所にはお父さんはいないんだから。

まあ、特殊な場合はアレだけど、ほとんどの場合、お母さんが働くよりお父さんが働いた方が金が入るシステムになっている。
だから、お父さんは仕事、お母さんは子どものめんどう、という風に「なってしまう」。


井上はついてくる「お母さん」に文句を言っていたけど、いやいやいや、お母さんだって行かなくて済むなら行かないだろ。
もちろん、もうそれが生き甲斐になっちゃって開き直ってる人もいて、しかもそれが声がデカかったりして始末に負えない場合があるんだけど(ってか、多い)。


最終的に、オレたちの敵はどこか?って。
お母さんじゃないんじゃない?って話になって。


そう、オレたちの敵は「生んだお前が責任取れ」と囁き続ける社会なんだよね。
そして同時に、それは女性差別も微妙に含んでいて。

今や、保育園問題なんかもあって、障害者が生まれなくたってお母さんは仕事を辞めなきゃならないところまで追い詰められることがあって。
もうね、だからね、「ウチだって大変なんだ!」とか、「障害者なんだからがまんしろ」とか言ってる場合じゃないんですよ。

もうみんなで、こんなの蹴飛ばさなきゃ。
敵は誰なのか?ってのを、間違っちゃいけない。








(BGM:ペギーマーチ「忘れないわ」fromYOUTUBE)
→外人に日本語の歌を歌わせる、というアレは何だったのかよくわからないけど、英語なまりの日本語になんだか多少の哀愁もあって、これはこれでイチジャンルという気がしなくもない。
必要性とかじゃなくて、結果的にあり、というか。

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