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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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専従募集



よく「いじられキャラ」とか、「キャラが違う」なんてことを聞いたりします。
ま、集団の役割というか、そういうことなんでしょうけど。

けどまあ、これって、みんなが、そして当人もそれを納得してりゃいいけど、たいがいは集団のカースト上位の人が勝手に決めることだったりするわけでしょ。
そうなっちゃうと、まあ誰も納得してない感じの「キャラが押しつけられる」ってことになるわな。

ってか、その集団のカーストだって、そもそもキャラだしね。
その「上位」ってのは、たぶん自然に発生するんだろうけど、その人が勝手に下々の役割決めちゃちょっとアレだわな。

まあ、これは俺も反省半分なんですけど。
気をつけてるつもりなんですけど、どこまで気をつけられてるかな、という不安もあったりしまして。


どうですかね。
井上とかにしてみると、自らボケてくる感じがあって、「ツッコミ待ちです」というか。それもどうかと思いますが、でもまあ、井上なんかはそうやって「笑って欲しい」という感じがあります(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4553.html)。
生徒会長で、ふざけたことができなかったという彼は、今、ここで「ふざけているのに和の真ん中にいるヤツ」になりたい、と思ってるフシがあります。

逆に、イチマルなんかは、例えば言い間違い連発でなかなかに面白い間違いもしますけど、時に、それをあまり「ふれて欲しくない」という感じもあります。
ノブなんかも、「ふれて欲しくない派」ですね。

まあ、このさじ加減というのは難しいんだけど、でもやっぱノブもイチマルも「真ん中にいたい」というのはあるんだよね。
それと、間違いをそのままスルーしてしまう、ってのは、ある意味「無視」でもあって、いわゆるボランティアのお兄さんやお姉さんが「はいはい、わかりましたよー」みたいな。
その反応には、彼らはとても反発するんだよね。
つまり、なんだろう、こう「仲間に入ってない感じ」がするんでしょうかね。
いろいろその辺掘り下げてゆっくり話を聞いてみると、「オレたちはガラスケースに入れられた対象者じゃない!」みたいなことなんだと思うんですけど。

だから、否定語ではない感じで突っ込む、という技術が必要になります。
みんなの中で、そして、外の人が来た飲み会なんかで、そういうことをやると、まあみんなどっと受けますから。
逆にその辺、イチマルなんかは勘違いしてるというか、人気者と思っちゃってるところがあるんで、カチンとはきますが、まあしょうがない、とツッコミ役の俺は思ってるところなんですが。
でもまあ、ツッコミってそういうことなんで。


他の作業所なんかに行く機会があって、行った人によれば、「もう、みんなボケッぱなしで、誰も突っ込まないんですよ。はいはい、みたいな感じで…。見ててもったいなくて。ウチに来たらスター級ですよみんな」ということがよくあります。
というか、行った目的の報告のあとの感想、みたいなことで、これはほぼ出ます。

どうなんですかね。
笑っちゃいけない、笑いにしちゃいけない、ってルールとかあるんでしょうか。
もちろん、あざ笑う、みたいなことはいいわけがない。
でも、その人を中心に笑いが起きたら、もっと楽しい集団になるんじゃないですかね。

そもそも、言い間違いだとか、書き間違いとか、そういうのって、そんなに目くじら立てるようなことなんでしょうか。
別に、だいたいわかるじゃん!と思うんですよ。
正しく言うことってそんなに大切かな。

俺も、彩羽匠選手(いろはたくみ)という女子プロレスラーをいつも「さえば」と言ってしまい、アキに「また間違ってるよ!」といわれますが、まあ別にでもわかってるじゃん、いろは選手のことだって、って思うワケ。
だから、その辺は「あちゃー!」とか言ってりゃいいというか。


笑いって、やっぱ重要だと思うんだよね。
笑ってる人が真ん中にくる集団じゃなきゃダメだと思うし。
難しい顔してる人が真ん中の集団にはやっぱいたくないじゃん。


ま、冒頭の話に戻しますけど、で、キャラですけど、だからイチマルはイチマルというキャラだと思うんだ。
でも、それを「知的障害者」というキャラにしてしまったら、それはやっぱ「あざ笑う」につながると思ったり。

オレたちは、知的障害者と付き合ってるわけではあるけど、でも、イチマルと付き合ってるわけでしょ。
そして、そのプロなワケだ。
ここで金もらってるわけだから。

だから、その「イチマル」というキャラを大事にしてやれなかったら、大事にして真ん中にしてやれなかったらダメだと思うんだよね。
その「チャンス」がイチマルのボケっぱなしであって、それをどう拾って真ん中にしてやるか、ってコトだと思うんだけど。


画一的に、おそらく「利用者を笑ってはいけません」なんてのはね、プロじゃないですよ。
だって、笑っちゃうコトってあると思うんだよね。
あまりにすごくて。

時々「ことわざ大会」というか、大会じゃないけど、上の句を言って下の句を言わせる、みたいなことをやるんだけど、コバに「二階から?」といったら、「火事!」と。
そこはまあ、「目薬」ですけど、でも、その前にちょうどイチマルの家の2階(イチマルの家は三階)から火事が出たことがあって。
なんかね、すげえなあ、と思ったことがあって。
名作でしょ?こういうの。
そして笑いにもなる。
ボケがうますぎる!というか。

そういうの、やっぱもっともっとやっていけばさ、なんか彼らの中から出てくる「キャラ」がにじんでくると思うのよね。
それを、しっかり受け止めて、彼らを真ん中にできればな、と思う次第です。

なかなか難しいし、貶めちゃ意味がないし。
だけど、そんな中、市丸なんかは生き生きとしているので、そういう形を模索、実現していきたいと思うワケです。


ま、誰だって、無敵な人気者になりたいんだよ。






sennkyoshou.jpg

(BGM:鈴木康博「Starlight Serenade」from「City Pops Big 4」)
→小田さんと鈴木さんでオフコース。
「さよなら前」を知っている俺ら世代としては、それは紛れもない事実で。
バンドになって、鈴木さんが抜けたカタチなんだけど、まあ、音楽性の違いとかそういうコトなんだろうとは思ってはいたけど。
やっと売れたバンドを抜けるほど、まあだから「やりたい音楽」とかってすごいことなんだなあ、って。
「音楽をやりたい」なんて、簡単に言っちゃダメだよなあ、とか。
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あなたは全知全能ではない


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専従募集


独り言にはこたえない、という鉄則があります。
鉄則というか、まあ基本、我々はそうしています。
ということに、ここのところ気づきました。

というのは、アクムが来て、アクムというのはそもそも集団生活をしてこなかった人なので、話を受け入れないし、聞かない方向。
ま、それでも「にじ屋行くよ」とか「朝の運動だよ」と言えば動くんだけど、それは話をしているというより、行動の指示というか、そういう感じですね。

このアクム、まあ「家に帰りたい」、ということを言います。
とにかく一人でいたいのでしょう。
ま、それもそうだな、と思います。
ウチでは珍しいけど、二十数年間、ずっとそうしてきたんだからそうもなるでしょう。

で、その「帰りたいよ!」とか言うのがデカい。
声がデカイ。
かんしゃくを起こしながら言う、というか。
つまりどういうことかというと、「聞いて欲しい」わけです。

でも、独り言なんだよね、これ。
「もうガマンできない」とかも言う。
心の声を口に出しちゃってるパターン。

これね、まあウチでは全無視なんですね。
でも、たぶんですけど、この声に親はこたえていたんでしょうね。
じゃなきゃ、こういう風にはならない。

つまり、独り言が他人に伝わると思っている。
それは、自分の思いは親がわかっていて当たり前、と思っている。
もっというと、他人もわかるはずだ、と思っている。
全知全能かよ、と思うわけですが。

でも、それは伝わりませんよ、と。
いや、受け取りませんよ、と、今はとりあえず全無視です。

「佐藤さん、●○教えて」と言ってくれば、それはこたえます。
「佐藤さん、帰りたい」といってくれれば、「もうちょっとで終わるよ」とこたえます。
しかし、「帰りたい!」と半ばかんしゃく気味に放った言葉は拾いません。
俺と君は違う人間で、伝えたいのなら、きちんと伝えてください、じゃなきゃ、君の考えてることなどわかりません、というのをまずわかって欲しいんです。

で、まあどうなるかというと、彼はかんしゃくを起こしながら「もう逃げる」とか言って事務所の隅に行ったりします。
それも無視。
勝手にどうぞ、あんたがそうしたいんだから、そうしたらいいし。


ま、つまり、ちょっとちゃんと言うと、「独り言で状況を変えてやることはしない」ということですね。
状況を変えたいから、彼らは何をか表現する。
カイだったら、噛んだりするかもしれない。
でも、それで状況を変えてしまったら、彼は噛むことが成功体験になってしまう。

それはちょっとまずい。

そうじゃなくて、ちゃんと伝えれば伝わるんだよ、ということを成功体験にしなければならない。
だから、カイも、俺の手を取って(カイは喋らないから)、冷蔵庫まで引っぱっていって、「これを食わせろ」みたいなことを言ったり(行動したり)もするようになりました。
そうすれば、別に食わせたくないわけじゃないから、食わせます。
前だったら、噛んで終わりだったものが、そうすれば「やってくれる」という風に、まあ「状況を変えることができる」ということをカイにはわかって欲しい。

同じようなことで、アクムはそれでも言葉が出るし、アタマも悪くはなさそう。
だから、まず「他人が存在する」ことを、理解して欲しいんですね。
自分とは違う人なんだから、その人にはちゃんと言葉で伝えなきゃわからないんだ、という当たり前のコトをまず理解してもらわなきゃならない。
かんしゃくで「帰りたい帰りたい!」を言って、それがまわりに認められるのなら、彼はかんしゃくを起こし続けるでしょう。

それは困るんだよね。
その延長でもの壊されても困るし。


よく、俺らのような仕事をしている人は、「彼らの要求にこたえてあげましょう」みたいな「優しさ」を前面に出しちゃったりするんだけど、いやいやいや、それは「きちんとした手続きを踏んだ場合な」ということを抜け落としちゃってはまずいでしょ、と思う。
独り言にいちいち「あら、そうなの?」なんて答えていたら、彼は他人を認識できない。
それを続けていたら、独り言、自分が思っていること、が、その通りにならなくなったら、暴れるかもしれない。
というか、カイなんかは自宅に住んでいた時、それをやってまずい事態になったし、アクムの家庭内暴力ってのもその手かもしれない。
後者は様子がよくわかんないけど、彼を見ているとそれもあったように思う。

だからといって、言葉が出ない人はどうするんだ?みたいなことを言う人がいるんだけど、それは前述のカイの例もあるけれど、方法はいくらでもあるし、いや、正直言えば、「今カイが何をしたいか」くらいはわかってるんですよ、コッチもプロですから。
ま、それが一人で出来ることならイイですよ。
やりゃいいんです。
でも、助けが必要なコトだった場合、それをきちんとした手続きでやらない限り、手助けはしない。

じゃないと、彼らは自分のことを全知全能の神だと思いかねないんですよね。


簡単なことなんですよ。
「帰りたい!」ってかんしゃくを起こすんじゃなく、普通に「佐藤さん、帰りたいよ」と「俺に」話しかけてくれればいいんです。
そうしたら、俺もそれにきちんと答える。

そして、それをアクムはなんかそこまではわかってきた感じがちょっとだけします。
「独り言をどんなに大きな声でかんしゃくを起こして言おうが、ここでは通用しない」ってことが。
とはいえ、二十数年間やってきたことがそうそう変わることはなく、かんしゃくは続いていますが、それでも、時に「佐藤さん、今日は何時に終わるの?」とか聞くようになってきました。

これは、とても大きな一歩だな、と思っています。






表中

(BGM:CHEE「恋におちて」from「PREMIER LOVERS 2」)
→この曲をレゲにのせるのはどうか?と誰もが思うと思いますが、思ったよりあってるのよね。
ひとえにこのボーカルの不安定な寝起きで歌ってるような感じがいいのか、どうか。

自信はない


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専従募集



アクムがやってきて、書いている今の時点では一ヶ月弱か。
つまり数週間。
だからまだなんにもわからないけど。

ウチは「調査票」みたいのを書いてもらわないので、何もほんとわからない。
親から断片的に聞いた情報はあっても、他はもう、彼を今見て、情報を収集する感じ。
他だと、「母乳でしたか」とかいう調査票があるらしいけど、まあナンセンスでしょそんなの。
それに、まあ今の彼に付き合うわけだから、あまり余分な情報は入れない方がイイ場合が多い。

親が最初に相談?に来た時に言ってたのは、中学からほとんど行ってないこと。
ずっと家にいること。
つまり、集団生活になじめない、ということらしい。
しかし、かといって家で落ち着いていたかというとそういうことじゃなく、家庭内暴力の嵐だったらしい。


今の彼は、必死ににこらえている感がある。
集団になじめない。
なじめないけれど、なじめないなりに必死に大人しくいようとはしているな、と思う。

今は、にじ屋でもどこでもマンガを読んでいる。
おそらく、逃避の一つなんだろう。
マンガの中に入ることで、まわりを必死にシャットアウトしている。

ま、取り上げるのは簡単だが、今は読ませている。
いきなり真水では彼も窒息してしまうような気がするから。


今のところ、これを書いている時点では大事件は起こしていない。
多少のパンチは繰り出しているが、それは想定内だ。
それに、それは大した問題だとも思えない。
ネコパンチだし。

言葉は出るし、そもそも頭は良さそうである。
一日の流れを朝に言ってやれば、それはそれでそのスケジュールを「ガマンしてこなそう」としている。
そのためのマンガだから、それを取り上げるのはちょっと酷である。


みんなは、かなり最初から「仲間になろう」という意識で、悪気はないモノの、一緒にちんどんやろうとか、旅行に行こうとか言ったみたいで、そうなると、彼は追いつまって噛んだりもしたらしい。
「まあみんなの気持ちはわかるけど、ちょっとほっといてやってもいいんじゃないか?オグラだって最初そうだったじゃん」と、話すと、みんなそれを思い出して今は彼を放流してくれている。

引っ越してきてしまったので、彼は市丸の家に一緒に住むことになったのだけれど、そこには早く帰りたいようで、「早く帰りたい」とはいうけど、それは実家のことじゃなく、今の家のことだった。
そもそも実家のジの字も出ない。
彼は、親と暮らす時間が必要だったんじゃないんだな、というのはわかった気がした。
これはまず一つホッとした点だ。
これであまりにも「お母さんに会いたい」とかになっちゃうと、もうどうしようもない。

とにかく、彼は他人と関わるのがイヤなんだな。
でも、彼なりに予定を聞き、そこの中でマンガの中に入りながら、なんとかすごそうとしている。
涙ぐましい努力と言ってもいい。
なんか、すばらしいじゃないか、とも思う。


今のその彼を見ていると、なぜ中学に行かなかったのか、俺にはよくわからない。
彼は、彼のペースを守ってやれば、なんとか集団の中で、それは楽しくはやれなくても何か出来たようにも思う。
そうしたら、もっと彼は多くのモノを学べたかもしれない(勉強とかじゃねえぞ)。
もちろん、今の彼と中学の彼は違うだろうけど、「学校に行きたくない」を、もしまともに受け止めちゃった結果が「中学にすら行ってない」のだとしたら、不幸すぎる。

いや、行きたくないのにいく必要はないと思う、学校には。
ただ、それで落ち着いたんじゃなく、彼はそれでもまだ荒れていたんだよね。
つまり、彼が求めていたのは、学校にいかないコトじゃなかったんじゃないか?


ツノは時々、「みんなの中に入って、あんな風に笑いたいな」と言うことがある。
まあ、彼も中に入って笑ってることだってあるんだけど、ちょっと外側にいるところがある。
でも、ノブとか井上や市丸がふざけているのを、ツノはとても「うらやましく」思っている。
そして、「そうなれない自分」に、とても苛立ってもいる。

それでもいいし、入れなくても仲間なんだから、と声をかける。
そういうツノちゃんでイイ。
時々、そうだな、電車の話とかでツノだって盛り上がってるじゃない。
それでいいんだよ、と話す。


アクムは必死に我々の中に「いよう」とはしている。
その姿は、とりあえず、俺にはとてもすごい努力だと思うし、彼にとっては大きな壁なんだろうと思うと、なんか感激もする。
この努力を引き出してくれたのは、もちろん親が放りだしてくれたことも一因だろう。
なにせ彼にはもう戻るところがない。
といっても、まあ盆暮れには帰ってもらうけど。

でも、きっとアクムは、どこかここにいたいんじゃないかな?とも思う。
それは希望的観測が過ぎるけど、そんな面もあるような気がする。


市丸が来た時、「コイツだけはダメじゃないか」と思った。
なじめないんじゃないか、このまま荒れたまま、みんなに暴力をふるうままになってしまうんじゃないか、と思った。
でも、今になってみると、市丸も変わった。

オグラが来た時もそう思った。
何の反応もない。
全てのことに反抗する。
ああ、コイツだけはダメだ、と思った。
でも、今はノブと即興漫才をやるまでになった。

カブキが来た時も思った。
ま、カブキは今まだダメかもな、と思ってる地点。

アクムも、ダメなんじゃないかな、と思ってる。
正直、自信はない。


でもまあ、仕方ない。
でもやるんだよ。

だって、アクムは俺たちの中にいたいのかもしれないから。
だったら、こたえてやろうじゃないか、仕方ない。

親が「一緒に暮らすのはもう限界」と言ってきて、かといって親を引き受けるわけにもいかない。
アクムを引き受けるしかなかったわけで。

こうなったのも、なんかの縁かもしれないし。
なんにしても、仲間は仲間。
仲間が増えることはそんなにイヤなことじゃない。
はず。

今はアクムを信じるしかない。








(BGM:TWO∞MIX「ラヴ・スコール」from「LUPIN THE DANCE」)
→好きなんだよね、この辺のルパンナンバー。
曲がそもそもいいでしょ。
当時、テレビで見ていた時とか、どこでかかってたのかわからないけど、耳に残ってる。
名曲。

カギはどこに?


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にじ屋「十連休をぶっ飛ばせ」にはいろいろな人が来てくれて、ありがたかったです。
まあ、どうなんですかね。
こういう連続イベントは、自らを追い込む企画でもあって、そこにちょいちょい来てくれるというのは、とてもありがたく、うれしいことなんです。


ツノちゃんは、時々ブツブツ言い出します。
「絶対許さないんだからな!」みたいな。
時に大声。
まわりが驚く、みたいなこともあります。

ま、聞いてみると、昔のことを思いだしている、いじめられた時のこととか、という話に決着したりするんだけど、ただ、なんとなく「なんで言っちゃったのかわからない」というコトの方が彼の中では大きいのではないか?という思いがずっとありました。
「いじめられた時のことを思い出して」というのは、確かに「説明が付きやすい」けれども、それが本当に彼の内面を表しているかどうかはちょっとわからないな、とは思っていました。

確かに、知的障害者の集まりとかがあると、ブツブツ言ってる人はいます。
でも、繰り言とかじゃなく、ツノちゃんのブツブツは、どっか攻撃的。
口調もそうなる。
顔も険しくなる。
普段はとても優しく、気も小さい彼が、攻撃的にしゃべるから、余計に気になる。

今回のイベントでTokinさんとのトークがあって、しゃべってて思ったんだけど、Tokinさんは解離性障害、つまり多重人格、みたいなことですけど、もしかしたらツノとかもそうじゃないか?

そう考えると合点がいくこともある。
けれども、まあその内面をウマく彼は表現してくれないので、果たしてそうなのかどうかはわからない。
表現してくれない、というか、おそらく彼の語彙が足らないのだと思う。
Tokinさんのように、「自分の内面はこういう感じだ」ということを医者に話せればわかるのかもしれないけど、ツノにしたら「得体の知れないモノが自分の中にある」ということなのかもしれない。

そして、それが小さい頃からのことだとすれば、彼にとってはそれは普通のことで、それをあえて「他の人と自分は違うのではないか」というところまで発想が到達しない可能性もある。
物事や感情を観念的にとらえるのが難しいところもあるので、それは余計に説明が付かずに彼の中に沈み込んでいるのかもしれない。


Tokinさんのトークの時、ツノがなんかブツブツまた言ってるのかな、と思ったら、知らん人だった。
どうも、まあだからツノの仲間じゃん、と思ったんだけど。

来た時はほぼ死んだような感じだったけど、彼は飲み会の間、スズやツノに囲まれていろいろ話をしていて、なんか面白かったらしく、違う人のような顔になって「楽しかった!」といって帰って行った。

こういうのはなんか面白い。
というか、そういう人は多いんだけど。


一定数、解離性障害という人がいるとしたら、知的障害者の中にもそういう人はいるんだろう。
けれども、それってやっぱりなかなか露見しない可能性が高いのではないか。
だって、それを「表現する手立て」つまり、語彙だったりが少なければ、外にそのことが伝わらないから。

それをどうやって引き出すか?
いや、引き出さないでいいのか?
つまり、社会生活能力が上がればいいんじゃないか、そのままでも、という意見にもうなずける。

生活能力というのは重要で、おそらく字とか数字とか、そういう意味ではウチではコウヘイは高い能力を持っているけど、ほぼ字が読めない市丸の方が生活能力が高い。
そうなると、遊びに行くとしても、市丸には「一人で行ってこいよ」となっても、コウヘイにはそう言えなくなる場合もないわけじゃない。

それは生活圏を狭めることになってしまう。
でもまあ、それを広げるためにチャレンジはどんどんさせるわけだけれど、その中でしか生活能力は上がらないから。
机上の勉強で生活能力は上がらない。


まあ、原因を究明することより、我々の仕事はどっちかというと「原因なんかもうわからなくていいから、生活能力を上げる」ってことにチカラを裂く仕事ですから、原因はまあいいっちゃあいいんだけど。
でも、もし、それでなにか生活能力を上げるカギが見つかるんだとしたら、原因だって大事なわけで。

まあ、うん。

それでも毎日は進んでいくので、なかなかその辺は深まっていかないんでもどかしい毎日であります、という話で今日は終わり。











bakagann.jpg

(BGM:Bayaka「Rare Crazy」from「groove tracks volume 3」)」
→どうしても俺なんかは「どうライブで演奏するか?」ってのを考えちゃうので、こういうのってのは、演奏を考えると、すごいよな。
ちょっと調べてみたらDJの人とプログラミングの人二人、ってことですけど、まあそうか、プログラミングってことか。
ラストのなんかリズム変わるところとかすげえかっこいいけど、そういうのもプログラミングなのか、なるほど…。

同じ糸


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コウヘイは、大日の橋本和樹選手がとても好きなわけです。
それはまあ、橋本選手がよくしてくれる、というのもあります。
聞けば弟さんと同い年で、同じような境遇にあったのだとか。
リング上のファイトからは想像もできないほど、とても優しい方なワケですが。

で、時折、橋本選手が帰りとかにコウヘイを抱きしめてくれる、みたいなコトがあったりします。
もちろん、ふざけている、という体でやってくれるわけで、とてもコウヘイは嬉しい。
帰り道にも、それを何度も言ってきたりして。
「見てたがな」と言うんだけど、コウヘイは黙っておれずにいっちゃう。


けども、どうもその瞬間はコウヘイは笑えないのね。
照れちゃうっていうか、なんでしょう、あまりのことに固まっちゃうというか。

なんかなあ、ここでもっと笑ってくれればいいのに…、って思うんだけど、なかなかこれが難しい。


イチマルは、話しているときに、外を見たり、目線が外れることが多い。
話を聞く、いい話をしている、のにもかかわらず、どうしても外れてしまう。

だから、話す方は「もうやめるわ」って気になってしまう。


先日お花見があって、佐藤先生が井上に頼んで、井上が呼びかける、みたいな流れで。
「行く人はここに名前を書いて」という紙が貼ってあったんだけど、オグラはそれに書いていなかった。
昨年のこととか考えると、オグラも行きたいに決まってるわけです。
だけど、「行かないの?名前書いてないけど」というと、固まる。
「あ、まだ書いてなかった」で済むのに、固まる。
で、「別に、強制じゃないからね。来なくてイイよ」と言われてしまう。


まあ、カイは言葉が出ないから、言いたいことがこっちに伝わらない、ってのはわかります。
でも、オグラやイチマルやコウヘイはそうではない。
だから、それがストレートに出てこないのがとても見てて辛いし、そしてなにより「めんどくさい」。


まあ、この状態ってのは、環境が作ってきたモノなのかもしれないし、彼らの障害の「特性」なのかもしれないし、その辺はよくわかりません。
人によっても違うと思うし。
ま、わからないんだけど、一般的には、この辺の「固まる」みたいなことを見て、「同じ人間だけど、特性が違う」みたいに思われたりもします。

「障害者も同じ人間だ」というのは、まあ大前提で語られる「真実」としてもう認定してもイイかと言うくらい浸透はしてると思うんですが(一方で相模原の事件みたいなのも出てきてるので揺り戻しもありますが)、そこの点で、どうしても「一歩引いてしまう」という現象がよく見られます。
はじめてイチマルとかに触れた人は、まあそういう感じを抱くんじゃなかろうか。


知的障害というと、どうしても「幼稚」という感じで思うかもしれないが、どっちかというと、成長が凸凹で、浮かんでるところと沈んでるところの差異が激しい感じ、という風に思うことの方が多い。
同時に、その人が生きてきた環境、親との関係だったり、学校だったり、地域だったり、という、複雑な状況がからんでくる。
特に、家庭が複雑だった場合は、かなりこっちに引っ張られてる感じがする。


でも、まあ改めてそう考えてみると、別に知的障害ということじゃなくても、生きてきた環境、例えば親子関係が機能してなかった人なんかは、やっぱ「固まる」ことはないかもしれないが、なにか「違う態度」をしたりすることもある。
なんかしらのカタチでの拒否とか。
学校でいじめられてきた、という人は、やっぱそういう「傷」みたいなものがあったりして、人間関係がうまく築けない、みたいな話もよく聞く。

で、つまりなにが言いたいかというと、そこは一緒なのよ。


いろいろみんなと付き合ってみて、お父さんに会う機会があると、たいがいの場合に思うのは、彼らは「お父さんに似てるな」ということです。

例えばあまり使いたい言葉ではないが、自閉症だとしても、その父親の方に似てるよな、というか。
つまり、自閉症という特性より、お父さんの「雰囲気」「性格」が強いんじゃないか?みたいなことですね。

もちろん、だからといって、障害の特性が、彼らの中で小さい位置を占めているのだ、とは思わないんだけど、でも、お父さんの影響ってすごいな、と。


よく、障害があるとかじゃなくても、なかなか踏み出せないでいる人とかってのはいます。
聞けば、家庭に問題があった、みたいなことが多いと経験上思います。
それが近しい人だったりすると、彼らの心の糸をほぐすにはどうしたらいいんだろうか?と考えたりもします。
いや、もちろん、人を変えることはできないから、俺はどう変わればいいんだろうか?みたいなことですけど。


だからなにが言いたいかというと、イチマルたちにも、その絡まった糸があるんですよ。
知的障害、というだけじゃなくて、生きてきた環境の中で絡まってきた糸。
もちろん、知的障害者として生きてきた、ということだから、絡まる糸も数段に多い。
そして、なかなかその糸は、彼らのチカラではほどけないことが多い。


知的障害者である彼らを同じ人間として認める、というのは、どこかその「糸」を無視した論議になりがちで、彼らを「聖人」扱いしてしまう場合が多い。
でも、そうじゃなくて、その上に彼らは絡まる糸に締められている、ということを理解し、そこをどうするか?をまず考えないといけないな、と思うんです。

知的障害であることを認める、というのは、その糸を認めることであって、その糸は多かれ少なかれ、俺にも巻かれていて、みなさんにも巻かれているのと同じ糸なんです、というか。


ちょっとまとまりませんが、そんなことを思ったりする今日この頃。





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(BGM:イマダケンイチ「シトロンガール 日本の幸福 II」from「Catch 35 DISC01」)
→このコンピは、全てのロックファンに聞いて欲しいのだが、このトラックもその中で気に入ってる一つである。
元はサディスティックミカバンドですね。
それをまあ、基本ギター一本でやっていきますが、途中、テープの逆回転的なビートルズ手法も取り入れつつ、なんだろう、曲のカバーというだけでなく、質感をカバーしてるんだよね。
こういうの、好きだなあ。

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