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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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透視かよ


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専従募集


和歌山に行った話を書いたんですが。

ま、ホテルに泊まったんですけど。
場所としては白浜ですね。
白浜といえば、もう海水浴のメッカ。
いわゆる「新婚旅行」みたいな言葉も浮かびます。
昔からの観光名所です。

その泊まったホテルも、おそらく高度経済成長の頃に建てられたんではないか?と思うんです。
基本、古くさい。
でもまあ、内装を変えたりして、なんとか生き残ろうとしている感じがある。

ものすごく大きなホテルで、昔は手広くやっていたんだろうな、という。
金曜から行ったんですが、泊まってる人も多かった。
手配は一緒に行ったアオテツにやっていただいたので、値段的なコトはよくわかりませんが、そこそこのホテルだと思います。

客層としては、家族が多かったですかね。
小さなお孫さん、お父さん、おじいさん、みたいな。
三世代的な。
まあ、金曜からでしたから、学校に行ってる子は難しいのかな。

基本、家族っぽい。
ちょっとお年を召した方のグループもありました。
あとは、大学生らしきグループだけれど、これはあまりいなかったかな。


ま、世の中的には、オフシーズン、平日、ってコトを考えれば、客層としては当然ですね。
それに、今の時代、なかなか「お父さんお母さん世代」つまり、俺か俺より下の世代の人たち、40~50代の大人は、忙しくて出かけられない、金がないからでかけられない、という絶望的な世の中になってまいりました。

そう考えたとき、どうしても、お年を召した方をターゲットにしなければ商売が成り立たない、というのは、観光名所の考え方かな、と思うワケです。

そんなことの影響か、最近、宴会場というと、イスに座るタイプのところも増えてきました。
つまりはまあ、畳だともう膝が痛くて座れない、みたいなことにも対応しよう、ということなんでしょう。
車いすのママでもテーブルに入れる、という利点もある。


なかなかね、ああ、変わってきてるな、と思うんです。
まあ、形からしか入れず、仏像つくって魂入れずみたいな施設も多い(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4150.html)。
でもそれは、指摘してやればいいんですね。
向こうはよくわからないで「バリアフリー」をやっちゃってるわけですから。
「それではバリアになってますよ」と教えてやればいい。

でもまあ、それは「細かい点」というか、「勘違い」ということであって、「本質的にどうしようもない」、という話とは違う。
本質的にどうしようもない、という場合、これはもう指摘とか、そういう次元ではどうにもならない。


今回のホテル、絶望的な気分になったのは、風呂です。
脱衣所から風呂に入ろうと引き戸を開けると、階段。
それがまあ、二段三段ではない。
ゆうに二階、三階から降りるくらいの。

これね、一瞬でまず「これダメだわ」と一緒に入ったアオテツに言ったんです。
でもまあ、彼は普通の会社に勤めてますからね。
この業界の人じゃない。
一瞬、俺が言った意味がわからなかったみたいで。
でも、その後、瞬時に、「あ、なるほどね」と。

彼もまあ、にじ屋とかに遊びに来てくれたり、コバやノブたちをいろんな場所に誘ってくれる人なんだけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4153.html)、彼だって、やっぱり階段の「絶望感」ってのは、俺ほどではないというか。
一瞬遅れる感じ、というか。

そう考えると、世の中の9割は、やっぱこの階段を絶望とはとらえないんだよね、きっと。
アオテツなんかは、それでもまあ説明しなくてもこの絶望は一瞬後にわかってくれるけど、まあそういうね。


例えばね、トイレの入り口が狭くて入れない、といかってのは(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4243.html)、絶望なんですよ。

だって、よく考えてみなよ。

入り口はさ、誰かに手伝ってもらって入ればいいじゃん。
でも、トイレってどう?
トイレに入れなかったらさ、漏らしちゃうじゃん。
大人として、それ、ゼッタイダメじゃん。
だからさ、トイレに入れない、ってのは絶望なんだよ。
なるべくトイレなんか大騒ぎしたくないの。
「私トイレに入ります!誰か手伝ってください!」なんて大声出したくない。
そっと行って、そっと帰ってきたいでしょ誰だって。
「うんこしま~す」って宣伝したいですか?

しかも、トイレがダメってのは、大人として認めない、ってことだから「世の中に拒絶されてるんだ」って絶望も同時にあるわけじゃん。


脱衣所で脱いで、さあ入ろうか!って言ったときに、この階段。
これ、もう「入るな」ですから。

これがせめて上下移動がなければ、介助者だって楽。
けど、上下移動があると、もう介助者一人じゃすまなかったりする。
まわりの人、大勢の手が必要かもしれない。
全裸なのに。

ってか、人を一人抱えて「濡れてる」階段を下りるなんてのはね、もう自殺行為なんですよ。


大事なことは、トイレだったり、風呂だったり、まあそういうね、「プライベートな空間」ですよ。
ってかまあ、大浴場がプライベートかどうかはちょっと論議はあるかと思いますが、ホテルの部屋の風呂もね、「ちょっと取って付けた感じ」で、ものすごい狭かったりすることがとにかく多いわけで、って話も含めて。


ま、そんなわけで、俺とアキは3日ほど休みと言うことで行ってきたんだけど、どこに行くか?というのははっきりとはみんなには言ってなかった。
で、帰ってきて翌朝、みんなに会って。
そしたらカブキが「どこ行ったの?」と聞くので「和歌山」と答えたら、その後第一声が「お風呂どうだった?」と。

いや、お前が簡単には入れない風呂だったよ、と。

透視かよ、と思いました。





(BGM:大橋巨泉「おれは天下の百面相」fromYOUTUBE)
→ハッパフミフミ的なヤツね、どこが面白いのか、と思って、自分でやってみようと思うんだけど、なかなか上手くいかないのよね。
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少なくとも「絆」ではない


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介助ってのは、例えばウチで言うと加納とかの手足の代わりになって動く、みたいな職務のこと、となりますか。
障害者自身が指示し、やらせる、みたいなイメージ。

勝手に「お世話する」っていうのは、まあ実際の生活を考えてみればわかるけど、ありえない話で。
逆の立場になってご覧なさいな、というか。

例えば、食器を洗わせたとして、それをどう棚にしまうか?
人によっては、湯飲みを上向きにしたり、下向きにしたり、いろいろあるじゃないですか。
残りごはんの保温機能を「きるのか」「きらないのか」みたいなことも、人それぞれ、家庭それぞれというか。
下着やTシャツを、タテにたたむか、横にたたむか、三つに折るか?四つか?みたいな。

まあ、オレにしたら湯飲みなんかどっちでもいいんじゃねえの?という感じもあるが、人によってはすごく気になる場合もあるでしょ。
それってのは、やっぱその人なりの「生活の基本」になるわけなんで、「勝手にお世話する」ってのは、そもそもお世話になってない、という意見も成り立ちます。

だからまあ、とにかく「本人の意思」が重要、ってのは当然なんですけど。


で、まあウチなんかではもう一歩進めて、「介助者の資格は当事者である障害者が決める」という形でやってます。
毎日の介助の形、やりかた、その他もまあ、当事者自身が決める、と。
これ、まあ雇用の責任も当事者自身がおう、ということになるわけです。
ま、現実的には形上は役員会が負いますけど、まあ、共同で考える、ということになりますね。

とにかく、雇用・運営に障害者自身が噛まないと、結局、「自分が認めてもいない介助者にお世話されてしまう」という、「生活が浸食される」という事態にもなりかねない。
そこはちょっと困る。
なんで、「障害者自身が自分の生活を守る」ってコトで言うと、この「介助者は障害者自身が資格を与える」「介助者は障害者の指示通りやる」というのは譲れない。

ま、それを「ポップに」主張するために「介助者ロボット論」みたいなことを言ったりもしてきました。


しかしま、それってのはまあ原則的なことですね。
考え方、というか。
だって、実際に人間はロボットになんかなりきれるわけがない。

そりゃそうだ。
やっぱ人間同士だから。
といって、介助者がその障害者に先行してイイ部分は一つも無い。

でも、その上で長くやってればやっぱそれなりの「関係」というのはできてくるはできてくる。
ま、ソレも否定するものじゃないと思うんですね。
ロボットを超えた介助者、というのは、オレはあると思う。

超ロボ、みたいな。
あ、それはなにも、マッタク感情を押し殺す、とかそういうアレじゃなくて、逆の意味でロボットを超える、という感じね。


今のヘルパー養成の講座なんかだと、おそらく「障害者や高齢者をどうめんどうみるか?」という視点でできていて、「落ち込んでいるような時には優しく声をかけましょう」とか。
…大きなお世話じゃ…。

簡単に言うと、介助者と友人と、親兄弟と、全部まぜこぜにしたのがヘルパーになっちゃってるんだよね。
それってもう、俺らの感覚から言うと、「障害者には友だちいないんだろ?なってやるよ」みたいなね。

違うじゃん。
金で派遣してくる人が友だち面、って、まあ一番やっちゃダメなヤツでさ。
映画とかでもう完全に「やなヤツキャラ」ですよ。
先に書いたように、「結果として職務を超える」「金を超える」ってことはあるかもしれない。
でも、「そういうもんです」って先に講習しちゃだめなんだよね。


とにかく「本人のやりたいことをやる」ということがデキない人は、越えることもできない。
ま、そういう人って時々います。

そもそも、介助に「人とのつながり」とか「絆」とか求めちゃう人ってたくさんいて。
だからね、それをなんとか排していきたいんで、どっか逆に大きく振らなきゃならないところもあって。

で、まあ介助者ロボット論、となるわけですけど。
まあ、教条的にそんなコトを言ってるわけじゃない、という。
逆に振らなきゃならないほど、ちょっと世の中誤解してますよ、というか。
そういう話です。




(BGM:釈由美子「お酌パラダイス 釈お酌」fromYOUTUBE)
→釈お酌?というなんかやっすい機械?いや、なんか道具?の説明になってるんだけど、こんなの売ってたの?
ってか、なんで作ったの?
歌はまあ面白いけど。

別に俺関係ないけどさ


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ミツのハラが醜い。
デブがどうこう言うのは差別だ、みたいな意見もあるかもしれないが、確実に成人病への道だ。
というのも、そもそも発作の薬を毎日大量に飲んでいるためか、肝臓の値が悪い。
だから、できるだけ、体には気をつけたい。

そもそも、彼らの場合、高校くらいの時のお母さんの「あなた、大盛りでしょ」とか、「弁当一つじゃ足らないでしょ」のまま、30歳を迎えようとしているフシがある。
まあ、市丸なんかはそれをやっと抜けられたけど、とにかくこの「子どものママの気持ち」ってのが、とにかくやっかい。

今でも、平気でうどんは2玉普通に何の疑問もなく食べるからね、ミツは。


普段、まあよく言うのは、「ジュースを飲まない」「間食しない」というのは、いいますね。
誰に対してもいう。
人によっては、揚げ物やめな、とか。

といっても、全部飲まない、食べない、は無理なんで、飲み会の時にはいっぱい食べようぜ、とか、そういう感じで我慢を持続させる、というか。


ジュースというのは、いわゆるオレンジジュース的なモノやコーラ類。
ジュースもとにかく、ファミレスに行くと「頼まなきゃならない」となっちゃう連中も多い。
親がずっと頼んでやってきたんだと思う。
必ず、どこにいっても言うヤツがいる。

ま、最近はドリンクバーなので、どうもこうもないんだけど、まあ「普段のまない」ということをよく言います。
コーラのデカイペットボトルを買って家でのむ、というのはやめよう。
自販機でジュースを買うのはやめよう、とか。

ま、ジュースはペットボトルになると、モノにはよるけど、スティックシュガー数十本入ってますからね。
飲んでいい効果があるわけがない。


これらは、まあ普段言ってるから、飲まない方向にはなってるだろうけど、まあ「隠れて飲む」ってヤツはやっぱりいて、お菓子もそうなんだけど。
どっから金が出てるのか?おそらく親が出してやっちゃってるんだな、というヤツもいて、親子で隠れて何してんだよバカ者が!と思うんだけど、まあ、こういう親子は一生隠れてやりますから。
言ってもムダなんで、そこに労力はもうかけませんけどね。

ノブなんかは、もう給料を全部使ってコンビニで買い食いしちゃう。

まあ全部わかってるんだけど、なぜわかるかはいろいろなルートがありまして、まあ全部わかる。


ミツも隠れてジュース飲んでるんだよな。
それは知ってた。
隠れて、というより、まあ「彼なりの理由をつけて」なんだけど。

でもまあ、それを責めてもしょうがないし、「別に太るのはキミの勝手だし」ということで、いつも通り、泳がせておきました。
責めても、「どうやったらもっと隠れられるか」しか、このタイプの人は考えないんですよ。


今回、しかしミツは「いくら何でもこのハラはヤバイ」と自分で思ってるらしく、隠れて飲んでることを自分から話し、「どうやったら痩せられるか」と俺に聞いてきた。
とまあ、こうなると、「全部知ってる」という俺の言葉は彼にとっては絶大な威力を発揮します。


障害者だけじゃないんだけど、結局、自分で変わりたい!と思ってる人じゃないと、なに言っても通じないんだよね。
新人とかだと、言いたいコトが山ほどあっても、正直、言わないもん。
機会をうかがってるというか。
ま、そのまま機会を持てない人もいるわけだけど、そういう人はだいたい、その後付き合いが途絶えますね。

ま、いいんです。
どうでも。
その人の人生だから。

で、まあだから、同じように、ミツが太ってても、ノブや陽子が隠れてお菓子ばかり食べていても、彼らには徹底的に「俺には関係ない」という姿勢を見せます。
逆に、「隠す必要ないじゃん」と。


てなことで、でもまあ、30歳も半ばになってきた彼ら、成人病の足音は確実に来ていて、健康診断の数字なんかを使って、ま、「変わりたい」と言ってくれる状況を作っていかなきゃなあ、と思ってる昨今。
つまり、ガチで放置してるわけじゃない、というか。
「俺には関係ない」は、まあフェイクということなんですけど。

しかし、彼らは、「病気になりたいの?」とか「死にたいの?」みたいな質問には、必死にNOなので、ま、ある程度簡単というか、気持ちをある程度「変わりたい」の方向に持っていくことは可能です。


逆に、健体者の方がね、「変わりたい」にさせるのは難しい、というか、できないもんですよ。
ま、ダメ人間は死んでもダメとはよく言ったもんで、そういうどうしようもない人間も多いからな。
それはその人個人の単位ではそれでいいっちゃあいいんだけど、「だから世の中どうでもいいんだ」ってなって、結果的にでも「障害者殺してもいいじゃん」みたいな方向のことをやられちゃうと困るけど。






(BGM:ザ・バンパイヤ「吸血鬼」fromYOUTUBE)
→いや、もうね、わからないのよ。
とにかく歌詞が多くて字あまりっぽすぎるし、途中で曲調がかわりすぎるし、ジャケットの彼女たちがまたこれ、場末感がすげえし、着地点がわからない。
打ち上げるだけ打ち上げた、って感じ。

答えなどないのだから


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その昔、まあ、虹の会がまだ初代会長が亡くなったばかりで、ポヤンとした存在だったころ。
もう虹の会はつぶれるんだよな、と思っていたんだけど、まあいろいろあって続けることになって今に至る。

その間、多くの人に支えられてきた、ってところがありますが、俺の中でもっとも頼りにし、今でも感謝しているのは、障埼連というところの國松さんである。
まあ、ヘンテコな人で、若い頃は無一文でアメリカだったかヨーロッパだかに行き、書道だとかヘンテコ柔道を路上でやって金をもらって旅をつづけた、みたいな人で。

どっかすごく人情があって、この業界にありがちな「道徳的」な感じもなく、理知的な感じもなく、彼のアウトローとしての空気感が俺はとても好きだった。
尊敬できる人だとずっと思ってたし、今も。

ま、その辺は改めて、ということなんだけど。


今回書きたいのは、その國松さんに言われて、今でも覚えているいくつかの言葉の中の一つ。

「虹の会は、プライバシーとかってうるさいコト言うじゃない。でも、それを言い続けることってのが、つまりはプライバシーを守る、ってことなんだよね」という。

これ、どういうことかというと、当時、やっぱり「介助が必要な人が地域で一人で暮らしてる」ということがもっともっと珍しくて、いろいろ「話を聞きたい」とかそういう人が多かったんです。
ま、そういうことを経て、今、まあけっこうそういう人も増えてるわけですが。

でも、まああまり「その辺、あまり見せたくない」みたいなね。
いや、別に出し惜しみしてるわけじゃないんだけど、その時はもう全く「施設を出て、どういう生活してるのか想像できない」という段階の時代だから。
まわりの人にしてみたら、「どうやって着替えてるんですか?」って世界なんですよ。


介助者、つまり「自分で雇った人を使う」という、主体を「介助する側」から「介助をさせる側」に移して実行される「介助」そのもの、にも、想像がつかない人が多かった。

そうなると、もう「一日見せてくれ」みたいな話になる。
百聞は一見に如かずだよね、いや、わかる、そうだよね。


でも、まず、その「障害者の着替えは見学してもいいものだ」という考え方自体が、非常に「施設的」であり、差別的なことなんだよ、というね、そういうことになるわけじゃないですか。
着替えなんか見せたいですか?
特に女性の場合、相手が女性だからって、トイレの介助を見せますか?

ま、もちろん、それでも、「俺らにはプライバシーはない」「広げるためには何でも見せるよ」という意見も一方で持ちながら、「どこを見せるか」に関しては、やっぱ障害者自身に任せてもらわないと始まらない、というか。

その辺で、やっぱ「プライバシー」ということには、けっこう敏感だったんです。


だってね、やっぱ施設なんかだったら、入所者には相談もなく、見学者なんかはどんどんやってくる。
その時着替えてようが関係ない。
ま、だから施設、なんだけど。

そこから脱却する。
「見せていいかどうかは自分で決める」という、ごく当たり前のことを我々は主張したかった。

だから、逆に「虹の会は固い」とか言われてたんだよね。
今になったら、そういうのも少なくなってるはずだと思うんだけど、当時はもう「障害者の生活なんか見て当たり前」って感じだったから。


そんな中、「プライバシーってのを完全に守れる」なんてことはないんだよな、という話になって。
でも、そこを目指して、「プライバシーを守るよ」って「言い続けること」こそが、プライバシーを守ってることなんだ、ってのが、冒頭の國松さんの言葉になるんだけど。


これ、俺はちょっと感激というか、いろいろ目から鱗だったんですよ。

というのも、俺なんかは大学を出て、それなりに勉強してきたつもりだけど、結局ね、「答えを求めてた」んだ。
だから、「プライバシーが守れる形って何だろうか」みたいなことを考えちゃう。

でも、それって、状況によって変わるし、相手によっても、当事者によっても変わる。

もっと言うと、時代によっても変わる。

大切なのは、それを「言い続けること」というね。
「目指し続けること」っていうね。

それが、いわゆる「現場の考え方」ってヤツなんだよな、と。


社会もそうですね。
いつだって、答えをほしがるでしょ。
テレビなんかもそうです。
いつでも分かったようなことを言う。

でもね、世の中はグレーだし、そんなに簡単に、一言で答えを出せるようなものなんか少ない。
知的障害者である市丸たちに対する処遇、なんてのは特にそうだ。

だから、「追求していく」って姿勢が俺たちには必要なんだよね。
テレビは答えを欲しがるが、そんな答え、俺たちは持ってないの。


簡単に答えを出すんじゃなく、常に答えを求めて柔軟に毎日を反省しながら、課題を見つけながらやっていく。
ま、そのことこそが、なんか一番重要なことだよな、と思います。

教条的にならず、変わることも恐れず。
いや、もっと言えば、自分たちがまだまだだ、っていつでも謙虚に思ってなきゃな、って話。





(BGM:吹石一恵「セピアの夏のフォトグラフ」fromYOUTUBE)
→こんな素晴らしい曲を知らなかったよ俺は。
YOUTUBEってすげえ。
いや、もう皆さんも一回聞いてください。
力強い歌唱にノックアウトされること間違いなし。

ほっといてくれればいいのに


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大阪にいってですね、加納さんとアキと行ってきたわけですけど、加納さんは車イスなわけですね。
で、駅とかやっぱエレベーターを探すことになります。

こっちで乗るんであれば、なんとなくまだ土地勘があるけれど、大阪だとどうにも。
例えば、まあ、エレベーターが狭いから、じゃあ俺は階段で、みたいなことができない。
というのも、なんか「違う場所に着いちゃう」からですね。
そうなると、はぐれちゃいますから。

というかですね、まあ十年前、二十年前を考えたらデスね、エレベーターがついただけましで。
昔はなかったから、とにかく「担いで階段をあげる」という。
その辺の客を捕まえて、「お願いします」みたいな。

頭を下げて、やっとのことで目的地へ。
時間もかかるし、腰も痛くなるし、タイヘンだった。

ま、こっちがそんなに風にタイヘンな思いをするんだから、実際に車イスに乗ってる側の人にしてみたら、「もう申し訳なくて出かけたくない」って話になっちゃうよな、って。

エレベーターがないのは、不幸なシステムであった。

だから、それを作れ、ってずいぶん駅にも市にも交渉したっけ。
北浦和駅なんかは、「駅の構造上エレベーターはつけられない」とか言っていた20年以上前は。
でも、今はつきましたね。
エレベーターの技術が向上したのか、あの時の駅長が嘘をついていたのか、のどっちかですが。

ま、駅舎自体が古いと、エレベーターと言っても、狭くなっちゃったり、外れの方にできちゃったり。
それはまあ、もうエレベーターを想定しないで作っちゃってるからしょうがないところはあるんだわな。
新しいところは、まあもっと考えられている「はず」だと思うんだけど。

しかし、まあそうやって古い駅舎に無理矢理エレベーターを設置してるから、もう迷路のような先にエレベーターがあったり、二つ出口があったら、片方にしかなくて、ものすごく歩かなければならない、とか。

まあね、しょうがないとは思うんだ。
構造上、無理矢理なんだから。

そうは思うけど、これは、「車イスユーザーだから負わなければならない負担」であって、まあノーマライゼーションとか、そういうモノから考えれば、まだまだの状況ではあるんだ。
だから、やっぱ「これじゃやってられないよ!」と怒る場面ではある。

それにまあ、先の北浦和の件じゃないけど、「本当に構造上そこにしか作れなかったのか?」という疑問は常に言っていかないと、「とにかく作ればいいんだろ」というのは、やっぱ違うんだわ。

エレベーターがなかった時は簡単だった。
「つけろ!」ってところで誰とだって手をつなげた。
ベビーカーだって、大きなキャリーバックも、ちょっとケガしちゃった、足をくじいた、みたいな時とかだって、やっぱりエレベーターがあった方がイイ。

でも、「時々デカイキャリーバックを持って出かける」ということと、「車イスで生活してる」ってことは、エレベーターの必要性の上でマッタク意味が違う。

そういう意味では、本当の意味での「車イスで生活している人にとっての上下移動」に関する運動ってのは、これからなのかもしれない。

これだけエレベーターができたのに、上下移動に対する世の中の理解だって、進んでるとは思えない。
それは、ついこの間の飛行機会社の問題を見ればそれは明らかだ。
いまだに「障害者は社会に迷惑をかける存在なんだから、大人しくしてろ論」が跋扈してて驚いた。
結局、それって、相模原の事件と同じじゃん。
あの犯人と同じこと言ってんのね、みんな。

かおるさんと出かけたときも、加納さんとでかけてもさ、やっぱこの「めんどくささ」からは解放されない。
そして、それを訴えれば、「大人しくしろ」と言われる。

改めて、まあどうにもならん。

車イスを使ってない人が車イスの人の要望を否定する必要ないと思うんだけどね。
ほっといてくれればいいのに。

なんでしょうね。
この「他人の権利が認められることで自分の権利が縮小する」と思い込んでる人たち。

っていうか、ただの八つ当たりなのかもな。






(BGM:美川憲一「駄目な時ゃダメよ(House mix)」from YOUTUBE)
→「ダメな時はダメよ 考えたってダメよ 泣いたってダメよ」
なんか、もうすげえこの人に言われると説得力がスゲエ。

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