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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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髪の毛問題というのはありまして。

イチマルとか知的障害者というと、みなさんが「思い浮かべる感じ」ってのはあると思います。
ここでも、だいたい来たばかりの頃は男は丸刈り、女はおかっぱ、ということになっています。

けれども、彼らとしてもオシャレがしたい、という気持ちはあるワケです。
もちろん、そういうこととは関係ない、というヤツもいます。
カイとか。
でも、たいがいはやっぱり「ステキな髪型をしたい」ということになります。

やっぱ髪型は大きく人を見分ける要因になっているとも言われています。
二人佐藤がいたら、「ハゲてる方か、ハゲてない方か」という風に人は認識する。
その片方の佐藤さんがいい人、もう一人が意地悪な人、だったとしても、認識としてはハゲとハゲてない、という風に。
長髪とツーブロック(ツーブロックってなんだそもそも)ということもあるでしょうが、まあそういう。
あと、金髪と黒髪、ってのもあるかも知れませんね。

どっちにしても、人の中身よりも、めがねをかけているかどうかより、髪型で人は判断し、判断されている、という話です。

だから、髪型ってのはなかなかどうして重要だ、ってことです。

けっこうウチの連中の印象というのも、多くの人にとっては「金髪だしね」みたいなことじゃないでしょうか。
ま、全員が金髪ということではないけれど、イチマルとかを見てそう思ってる人も多かろう。
しかもそれってどっか「知的障害者なのに」というのが付くようにも思います。

そう、たいがい、知的障害者は金髪にしてないからです。

みなさんの周りにあるいろいろな例えばウチのようなところの人たちが散歩をしていたとして、金髪ってのはあまり見ない。
ってか、全国大会、みたいなのに行ってロビーみたいなところでわんさか知的障害者が集まっていたとして、ウチの連中はすぐ見つかりますからね。
だって金髪の一群だから。

というくらい、まあ珍しいのでしょう。

でも、オレはいいと思ってますね。
「知的障害者だからこの髪型」ってのは、やっぱどうでしょう。
何も考えてないじゃん、としか思えない。

ってか、たいがい、髪型を決めるのが親御さん、ということなんですよね。
だから、簡単に手入れができる髪型になります。
女の子でも、なんか「もんのすげえ前髪がない状態」みたいなことになってしまう。
モンチッチですか?と聞きたいんだけど、そうではない。
ぬいぐるみではない。

まあ、オシャレでやってるならいいんですが、結局「めんどくさいから」なんですよね。
それって、本人がじゃなくて、周りの人が。

床屋に行く回数も少ない方がいい。
ならば、刈っちゃえ、と。
坊主刈りがよかろう、と。
似合う似合わないというのはこの際関係ない、と。

で、本人も「このクソババア!」ってなかなか言いませんからね。
井上なんかは言うらしいけど。
どうしてもそれで固定化されてしまう。
周りの人も、「知的障害者だからこれでいい」とでも思っているのか、「だっさ!」とか言わないですからね。

俺は言いますけど。
だってダサいもん。

地域で生きたい、とか、社会で受け入れてもらいたい、とか言う割に、「知的障害者だからこれでいい」というのもどっかいびつにも見えます。
ま、いや、知的障害者のママで受け入れてくれればいい、とも思いますよ。
思いますが、社会というのは、社会の目があって自分を律する部分というのも必要になってくるわけですよ。
例えば、やりたいからといってポコチンは出しちゃいけないわけです。

同じように、髪型だって、だっさ!と言われるような髪型であれば、やっぱだっさ!としてしか付き合ってはもらえないですよ。
もちろん、中身が大事ですよ。
けれども、まず最初、どうですか。
中身を知る前に友達にはなかなかなれないってこともあるように思うわけ。

というわけで、まあついこの前にも書いたけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5625.html)、ってか、この辺は何度も書いてるけど、ちょっとね、髪型、それから服装、気をつけようよ、って話。





daihoushutu_20211113163715d68.jpg

(BGM:Run-D.M.C.「The Ave.」from「Back From Hell」)
→ナニを歌っているのかはわかりませんが、とにかくラップの日本の黎明期の遊び全てがここにあるといっても過言ではないでしょう。
「あ、これ、どっかで聞いた」ってのがたくさん詰まってる。
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「他人の目」


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井上が一人暮らしを始めころだったか、もう十年以上前か。
靴を買いに行ったことがあったんですね。

ま、それまでは親と一緒に買いに行ってた、もしくは親が買ってきた、と。
でも、自分で選びたいし、というか親と行くというのは一人暮らしだからなかなかできないわけで、まあじゃあ一緒に行きましょう、と。

その時にサイズは?となりますね。
そうすると、「わかんない」と。

市丸にサイズを聞こうとして、「足いくつなの?」ときいたら、「3っつかな…」といわれたことがありますが、キミはとりあえず足は二本、サイズだよサイズ!となったら、「う~ん」と指を三~四本出されたことがありますが、井上ならわかるだろうと思ったのだけれど、ダメだったか、みたいな感じなんですが。

じゃあまあその時履いている靴のサイズは、と思って見ると、27とか履いてる。
これどうしたの?と聞けば、親と買ったとかなんとか言ったんだったと思います。
けど、脱いだ足を見るとどうにも27には見えない。
27ってのはけっこう大きいですからね。

で、その靴を履かせてかかとを詰めて指先を確認するとすげえ空いてるわけです。
結局は25.5くらいじゃないか、ということになりまして。
まあ、デカいのを履いていたんですね。

これ、市丸も確か最初そんな感じで、カイも同じだったと思います。
みんなそうなんですね。
ぴったり合った靴を履いてない。
靴はすぐに型崩れしてしまう。
だからなのか、まあ大型流通的な靴屋の店先にあるような安い靴を履いている。
まあ、すぐダメにするから、安いのでイイ、というのは当たっているし、それでいいかとは思うんだけど。

でも、大型流通的な靴屋の店頭にある靴を履いているのは、やっぱ御年九十の佐藤先生とか、そういう感じなんですよね。
おじいちゃんが履いています、みたいな。
いや、これは偏見なのでよくないですが、とにかく「かっこ悪い」んですよ。
ぺったん、いわゆるマジックテープだったり。
まあ、わかりますよ、わかる。
井上とか知的障害者だから簡単な方がいいだろう、みたいな。
ちょっとだから「ウチのおじいちゃんは老人ホームだし、簡単なのでいいんじゃないのか」みたいな感じというか。

でもまあ、井上たちはこれから人生があるわけですよ。
これまでいろいろオシャレをしてきたが、今は身体がキツくなったのでマジックテープでイイか、ではないんです。
最初からマジックテープってのはどうなんだろう、と思いまして。

そもそも、靴は人を表すとも言います。
靴がカッコイイ人は、たいがいかっこいいことになってるし、サラリーマンとかでも「営業に行った時になめられないようにイイ靴を履いています」みたいな人はけっこういる。
つまり、けっこう見られてるんですよ、靴。

しかもそれがサイズがあってないというのはどうなのか。
ということがあって、「かっこよくなりたいのなら、靴をかっこよくしろ」とはよく言うんですが。
そういうオシャレにも飽きて、もういいかな、となってからマジックテープの運動靴にしたっていいわけです。

ヨウコとかも「なんか、アキちゃんが履いてるようなかっこいいのにしたい」みたいなことを言ってくることがあって。
「おばちゃんぽいのはイヤだから」みたいな。
ま、そうですよね、オシャレに気を遣うというのはいいことだし、それに靴から、というのもいいと思う。

ただ問題は、やっぱサイズがでかければ簡単に履けるし、みたいなことなんですよね。
そうすることによって、親や周りが助けなくてイイ、というか。
つまり何が言いたいかというと、オシャレと機能性、ってのは成り立たない部分もあるワケです。

やっぱ、家に帰ってから着替えるスエットが一番楽ちんだー!とはなるわけですが、それで出かけるのはどうか、ということになりますよね。
まあ、そんなに人の目を気にしなくても、という意見もあるでしょうが、でも実際どうでしょうか?
そういうのって、「ギリギリココまでは私は許せる」みたいなライン、誰にでもあるかと思うんです。

これ、「他人の目」なんですよね。
もちろん、空気を読むのがいいことだとは思わないし、時に「自分はこう思う」で突っ走るのはいいことだと思います。
けれども、「人は見た目が9割」という言葉もあります。
彼らは特に知的障害者ってことで、いろいろ不利益を被りがちですから、できるなら「こいつは無視できない」という出で立ちであった方が不利益は少なくて済んだりする。

そして、人はそもそも親から生まれ、家族という中から社会、という中に進んでいく、逆に言えば世界を広げていく。
その中で、家族だったら許してくれることも、社会では許されない、ってコトも出てきます。
社会にこう見られたい、という欲求もそこには生まれてきます。

これは知的障害者でも同じなんですよね。

そりゃ金髪にしていたら、親は「そんなみっともない、やめなさい」となります。
けれども「うっせえよ」ということで、子は育っていく。
よくよく考えたら、その親も子どもの時親に同じことを言っていたかもしれない。

でも、彼らの場合、その「うっせえよ」が出ないことが多い。
それは欲求がないのではなくて、親には逆らわない、というスイッチが入っているからかもしれません。
カブキなんかは「親に反発してもしょうがないから言わない」と言いますし、それは恐らく言えない自分へのイイワケなんだと思いますが、そういうことに陥ってる場合もある。

だから、もし、外の目を気にして「かっこつけたい」と彼らがちょっとでも思ってるのがわかったら、それはぜひ尊重してやってほしいな、と思うわけです。





shugeiz.jpg

(BGM:Reality「少年A 」from「fromELL83」)
→この2枚組オムニバスアルバムはすごく好きだったんだけど、最近再び聞ける状態になってウレシイ。
このバンドは、直球の王道ロック。
一般的にわかる言葉で言うと爆風スランプって感じなのかしら。
怒られると思うけど。
最初の「ぶりっこが好きになったのは、実は少年Aでした」というMCがスキ。

8/26はぜひ歌舞伎町に来て!


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8/26は親をテーマにトークイベントをやります。
これ、必見なのでぜひ来てほしいんですが。


とある親御さん(母親)が、「ウチの子は喋れないし、何考えてるかもよくわからないけど、たぶん、親と離れて暮らしたら、私のこと忘れちゃうだろうな」と言っていたことがあります。
その後、実際に親から離れて彼は暮らしていますが、時々会います、時々ったって年に一度二度か。
近所の盆踊りとかで会うと、それでも彼は親のことを忘れてはいない。
喜んで親に寄っていく。

そして、ひとしきり「出会いの儀式」のようなことをして、また戻ってくる。
この「戻ってくる」という部分、これがなんかステキな話だな、と思っていて。
つまり、彼は親のことを忘れてもいないし、そして自分のいる場所のこともわかっている。

この母親、彼女は、彼の養護学校時代、あまりに彼ができないことに絶望もしていた。
「この子は一人でどっかに出かけたりすることは出来ないだろう」と。
他の子が何でもできるように見えて、とても辛かったんじゃないだろうか。
「この子がただいま、って家に帰ってくる夢をたくさん見ました」とも聞いた。
「でも、そんなことあり得ないよな」、と思っていた、とも。

そんな彼、時折にじ屋を脱走して実家に行ったりする。
近所ということもあるんで。
で、家をピンポンしてお母さんがいなかったら、戻ってきたりする(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4467.html)。

彼女はそんな話を聞いて、「夢が叶ってますね」と笑っていました。


彼女が、ほぼ喋れない、いわゆる「重度」といわれる彼を「手元から手放す」というのは、ものすごい勇気が必要だったと思います。

まあ、そのきっかけになる事件もありました。
親とこのまま一緒だったら、共倒れになる、というようなこともあった。
ちょうど市丸がストリップ事件(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4896.html)を経てけっこうこっちに泊まれるようになった頃で。
一緒に住んじゃおうか、という話もあって、タイミングもよかった。

それまで、どちらかといえば母子べったりだった二人が、そういう決断をしたのは、事件のおかげ?ではあったけれど、でも彼女の決断がすばらしかったんじゃないか、と思っています。

そうしなかったら、おそらく彼はあのままだったろうし、親も心労でどうなってるかもわからない。
けど、彼は、彼の同級生とは違って、親の夢を叶えてもいる。
恐らくそれは、親と離れたことでできたことだと思っている。
というか、その他に彼の環境の変化はない。

同時に、彼女も新しい道を歩み出している。
おそらくもう、一緒に暮らす決断はできない。

でも、2人が会った時の、なにか「通じるモノ」は今でも感じる。
彼女が言ったように「私を忘れちゃうんじゃないか」なんてことはないんだ。
親はずっと親なのである。
そして、子はずっと子なのだ。

それに加えて、彼には「にじ屋の仲間」という「新しい社会」ができた。
それまでの「母子」だけが宇宙だった時期に比べ、確実に世界は広がっている。
よく、親を否定するような、親を取るか一人暮らしを取るか、みたいな論調で言われるけど、そんなことはない。
親元から離れるというのは、世界が広がることなのである。

その決断をしたことこそ、彼女は誇るべきだし、社会はもっと注目すべきだ。
これを「親が捨てた」みたいに思うのはお門違いだ。
そして、多くの親にそういう決断を俺はしてほしい。


この初夏にやってきたアクムは、親御さんが「もう限界」と言って「なんとかしてください」ということでウチにやってきた。
それまで中学もほぼ行ってないような引きこもっていた生活をしていたらしいので、これだけ離れて暮らすのは初めてだろう。

けど、まあなんかすんなり引っ越してはきた。
引っ越し間際、家でもそんなにトラブルもなかったらしい。
その後はなんだか、溶け込むこともなく、必死に自分の殻を壊されないようにすみでじっとしてる。
今のところ、こっちも特に壊そうとはしてないから、彼は今じっと耐えている。
でも、何に耐えているのかは俺らにも、きっと本人にもわかってない。
おそらくは、ムダな「耐え」である。

そんな状況ではあるけど、このお盆、まあ始めて彼は実家に戻ることになる。
というか、これが載る頃には戻ってきてると思う。
書いているのはまだお盆休み前です。
彼がどんな顔で帰ってくるか?。
まあ、楽しみにしています。


親は一生親。
けれど、その上で、どう世界を広げるか?

まあ、別にそれって、普通の話っすけどね。




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(BGM:UPSETTER T.「ドリョクとニンタイ」from「TOKYO DISCJOCKEY'S ONLY」)
→これ好きですね~。
詞もイイが、踏ん張って、がんばって、逃げろ、とかの繰り返しがとにかく心地いい。
そういう意味ですごいポップに出来ているけど、これがまったく「売らんかなではない」というのは、絆とかガンバレとかいわないところですね。
ってか、むしろ否定してるところ。
こういう歌がメジャーで流行ったら、生きやすい世の中になる気がするわ。

だから嫌われる


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まあ、もう暑い。
みなさんもばてていると思います。
にじ屋も14水~18日はお休みしますが、まあ暑い中がんばっております。
「倒れない」というのが目標なので、売上げ云々でもないんですが、とはいえ、稼がなきゃどうしようもないので、やってるわけですが。
でもまあ、お客さんも出足も正直落ちます。
そりゃそうですわな。
どこに行っても、そもそも歩いている人が少ないですから。
そんなわけで、みなさんもちょいちょい、8月ににじ屋に来て売上げに貢献して欲しいと思うワケですが。
かき氷でも食べて行って下さい。


ま、これだけ暑いとやる気も出ません。
人ってのは正直で、カラダがきつくなれば、やっぱ粘りが出ません。
その辺はまあ、心の声に正直な方がイイかな、とか思いますので、ダメな時はみなさんねた方がイイとは思います。

で、まあ今月アタマにスーパー単独ちんどんでキッチンと歌ったりしたわけだけど、その為に新曲を作ったりして。
けっこうその作業というのがめんどくさいというか、「なんでこんなことやってんだ?」という気持ちになってくるというか。

よくよく考えたら、弾き語り何かしなきゃいいじゃん、という。
やんなくても誰も困らないよ、と。

と、考えてみれば、そりゃスーパー猛毒ちんどんだって、やんなくたっていいわけですよ。
市丸たちの毎日の中で、イベントごともいくつもあって、例えば盆踊りに行く、とか、どっか出かける、とか、そういうのも、まあやんなくたっていいわけですよ。

でもまあ、しょうがないんだなあ。
なんてムダなことをやってるんだろう、とも思ったりするけど、でも人生、ムダなことの方が大事だったりもするワケなんだよねえ。

飲み会やります、なにします、志村けん一座の公演の数席のチケットを巡って志村選手権やります、とか、いやいや、そんなのやらなくてもいいんだけど、でもまあ、なんでしょう。
もうね、しょうがないんだよね。


おそらく、多くのウチみたいな作業所なんかでは「やらなくていい」ことを、とにかくかなりやってるでしょ。
というか、そっちがメイン、ですらあるような。

おそらく、彼らの髪の毛だって、オレらが何をする必要はないし、親御さんに「床屋に連れて行ってやってください」ですむところ、やっぱ「脱色して欲しい」という連中の声にこたえてしまう。
なら髪も切ろう、と。
美容院に連れて行ったり、病院にも連れて行ったりもするけれど、そういうことって、他はやらないんでしょ?
仕事終わりや休みの日にプロレス連れて行ったりさ。

脱色して欲しいなんていうけど、ブリーチはもうめんどくさいから俺が買っていってやるんだけど、俺がブリーチ買って、まあレジで「あんたが?」みたいな顔されることもあり、ちょっとねえ…、できればその辺アレなんだけど。
ハゲだけに。

ヘンな服着てればやっぱ着替えさせるし、そのために服も大量に用意してあるし。
その洗濯だってやるわけでしょ。
まあ、洗濯はみんなでやるけれど、それもまあ余計っちゃあ余計。
他はきっと持って帰らせて親に洗濯させるんでしょ?


この「やんなくていいこと」ってのが、とにかく大量にあるわけ。
でもまあ、暑いからって、粘れないからといって、そこをカットすることも我々のアタマにはあまりないので、我々にとってはまあ「やんなくていいこと」ではもうないんだけど。

ちょっとでも親の手を借りなきゃならないとしたら、例えば洗濯一つ取っても、やっぱ彼らは幼稚園の時のママになっちゃうから。
彼らは「自分が大人である」ことに誇りを持ってるわけだから、それを「こっちのシステム」で壊しちゃいけない、とも思う。


たぶん、市丸やカブキもそうだけど、他の作業所から来た連中は、やっぱ「親が何でも知ってる」というところから抜け出すのが大変なんだ。
「どっかにいく」という話をしていても、最初の頃は彼らは上の空なんだ。
だって、その日になれば、親が「あんた今日は●●行くんでしょ」って、全部予定を知ってる。
本人より先に、本人よりしっかり。

だから、まず「君が聞いて答えなきゃ始まらない」ということをまず、思い知らせなきゃならない。
どっかに遊びに行きたいのなら、親に聞くんじゃなくて、「自分が参加する」ってコトをしていかないと、どうにもならない、ってことをわからせる。

おそらく、ウチの親御さんは、自分の子どもが今日どこに行ってるか知らない人だって多かろう。
イベントのことも知らないだろうし、ライブにも来ないでくれと言ってある。

だからまあ、彼らは「俺が何とかしなきゃ」「親に聞いてもがちでなにも知らない」ということを理解していく。
そういう状況を作り出すことが、彼らを「幼稚園」から卒業させる。


だからまあ、「やんなくていいこと」をやんなきゃだめだよな、って思う。

だからまあ、しょうがない。
そこが重要。

逆に言えば、他の作業所はそこをやってないわけだから、恐らく幼稚園から、その作業所自体が卒業できなかったりしてるんだろうな。


…とか書くから、我々は「障害者ムラ」から嫌われる。





baka.jpg

(BGM:泉アキ WITH ザ・ファントムギフト「ドゥビ・ドゥビ」from「ソリッドレコード夢のアルバム」)
→昭和ガレージサウンド爆発。
単純だけど、歪んだギター、ピアノのアドリブっぽいリフ、どれを取ってもかっこいいなあ、これ。
夢のアルバムだわ、確かに。

横糸の重要性


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専従募集



例えば、なかなか仲間に溶け込めなかったヤツがいたとします。
まあ、ウチだとそこそこみんなでうまいことやってますからね。
でもやっぱ、仲間に入れるときは入れるけど、なかなか溶け込めない、というヤツがいたとして。

まあ、そのことを親御さんとたまたま会ったときに話したりするわけですが、その親御さんが、「何でうちの子は友だちができないんだろう」みたいなことを言うことがあります。

ココまでの人生を考えれば、つまり我々と出会う前、ということですが、その時もおそらく友達はいなかったハズなんですよ。
それは事実としてあるわけです。
なぜなら、そんな話を同じ親御さんから以前に聞いたことがあるからです。
だから、我々に出会って、この仲間に入ったからと言って、すぐにその人生が変わるわけがない、というのはわかりそうなもんなんだけど、それがどうも「なんでうちの子は…」となってしまうんだろうか?というのが、ちょっと不思議だったんだけど。

同じような話はよくあって、こっちでの様子を話すと、「どうしてうちの子は…」となる親御さんがいたりする。

まあ、これ、言葉通りの額面で受け取れば、いろいろこちらの考える答えを言うことはできるんです。
例えば、「すぐにキレるからですよ」とか、「集合時間の約束を守らないからですよ」とか。

でも、おそらく、この類いの親御さんが言いたいのはそういうことじゃないんだな、と。
だって、それらを言ったところで、親御さんなりのそれに対する対策はしないんだもん。
例えば、約束の時間に家を出す、とか、そういうことは出来るはずじゃないですか。
でも、そうはしない。

つまり、どうもそもそも、我々、つまりウチでは専従と呼ばれる健体者、いわゆる一般には職員とか指導員とか、そういうことになるんでしょうが、その「働きかけがうちの子にだけ足らない」ということを言いたいんだな、ということがわかってきました。

いやいやいやいや、そんな簡単に働きかけでスイッチが入るようなものじゃないから、って思うんですが、それがどうもわかってないように見えるんですね。


仲間に溶け込む、みたいなことって、互いの歩み寄りなワケです。
「居場所」とかって、この業界?では言うけれど、居場所を作る、ってことは、集団のチカラも必要ですが、本人が「ココに居場所を作るんだ」という気持ちがあって成り立つんですよね。
それがどうも、「居場所を作ってくれないからだ」みたいな話になっちゃうんだな。

いや、別に居場所は作れるけど、それは仏像作って魂入れず、みたいなことで。
本当にその人のキャラとかが受け入れられるというか、溶け込んでいくのは、互いのベクトルが向くことで成り立つわけで。

しかも、我々健体者の職員は、井上たちから見たら「異物」でしかなくて、ある意味「先生」であって、我々がどういうこういうってのは、彼らにとってみたら邪魔、みたいなこともあるわけです。

だから、井上たちのベクトル、本人たちのベクトル、をいい感じで一方に向けていく、という作業をするのが、オレたちの仕事と言うことになります。
簡単なことで、俺らが外から「みんな仲間になりなさい」「平等に話しかけなさい」なんてことを言ったところで、仲間にはならないでしょ?

それに、よくある「職員→利用者」みたいな縦糸はオレたちはあまり重視してないというか、意味がないと思っていて、それよりは、彼ら自身の横のつながりの方が大事だろ、というか。
じゃなければ、職員のやりたい放題にもつながるわけで。

その横糸を「自ら作らせる」って作業は、大変なわけですよ。
といっても、その努力というのは、確かにします。
けど、それは簡単にいく場合もあるし、そうじゃない場合もある。
そして、主役は彼らなワケです。
我々が「こうしなさい」ということではないのね。
だから、スイングすればいいけど、そういうコトばかりじゃない。
何年もかかる場合もある。


だけど、どうもこの親たちは、こっち側の主導で彼らが動いている、とでも思っているかのようなんですね。
話を聞いていくと、「なぜうちの子を尊重するように誘導してくれないのか?」みたいなことなんだわ。
そうすれば、うちの子ももっと仲間とうまくいくんじゃないか?とか。

でもね、うちの子を尊重するように誘導したら、それこそ井上たちは本人から離れるし、俺たちがいなければ仲間として成り立たない、話もできない、んじゃ、仲間じゃなかろう、とも思うんですよね。
逆に、俺に隠れて遊びに行きたい、くらいの感じが普通、というか青春じゃないかな、とか思うんで、そういうのを目指してるわけでね。


これね、もっと彼ら、つまり自分の子のことを信じた方がイイと思うんだよね。
彼ら知的障害者には「友達などできない」みたいに思い込んでるんじゃないか?って。
つまり、彼らに友達を作るのは、「彼らのチカラ<専従のチカラ」という風に考えているのではないか?と。

そりゃ、さっき書いたように、それなりのベクトルを向ける作業はなんとなくやるし、ケンカをしたら仲裁もします。
でもまあ、ケンカするようになれば、もうそれは仲間ではあるんですけどね。

で、まあそういう風に考えているウチは、彼ら本人には友達はできないですね。
彼ら自身のチカラ、まわりの井上たちのチカラを信じてほしいんだよね。
それが、彼ら本人の居場所を作るための一歩だと思うし、親にできることなんじゃないか、と。

テレビで取り上げられたのを見た人なんかが、きっとなんかうまいことやってるのかな?とか言う場合がありますけど、そうじゃなくて、簡単な方策はないんですよ。
マニュアルはない、というか。

でも、まず彼らのチカラを信じること。
そのベクトルをいい感じで相乗効果を生むように交わらせてやる、というか。
それがとても大切なことなんじゃないかと思っています。


性急にことを考えてもうまくはいかないです。
その上、我々のチカラが重要なのだ、と思っているんだとしたら、それも間違い。
性急には我々はなにもできないです。
正直、スイングを待つしかない、というか。
長い目で、自分の子が居場所を作ることを、親御さんには見守ってもらいたいわけです。
我々もそう考えています。





反省できあがり中

(BGM:ラディカルズ「Generation !」from「the Call Up !」)
→なんとなく石坂マサヨさんを彷彿とさせるボーカル。
いや、すなわちカッコいいですよ。
それでいて、この人たち、コブラのトリビュートに参加してたと思うんだけど、音楽的なセンスがありますよね。
誰かちゃんと音楽やってた人がメンバーにいる気がする、感じの。

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