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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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パニックってなんだ? その2(ラスト)


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http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4356.htmlのつづき


さて、ちょっと話を戻して、先の回の冒頭を正解とすることに、ちょっと一つ現場的には疑問に思うコトがあるんです。
現場的には、というか、俺的には、ですね。

パニックはSOSのあらわれ、というのも、もちろん数としてはあるんだけど、後半分は「特に意味ないんじゃないか」という。

SOSのあらわれ、というのはわかります。
そういう場合もある。
何かの欲求、とかね。

「俺はこうしたいのにできなかった!」とか。
カイなんかも言葉が喋れない、というか喋らないので、そういうことはあります。
それで、俺に噛みつく、みたいな。

ただまあ、それは推測でしかありません。
カイみたいじゃなく、喋れたとしても、パニックの原因は、聞いてもわからないことが多い。

というか、アタマの中に理屈が出てこないからこそ、パニックになるのよね。
喋れるような理屈がアタマの中に構築されてれば、まあ喋ればいいんだから。
わざわざ場を凍り付かせてまでパニック行動を起こす、というのは、まあそれ以外のアウトプットが今のところ見つからない、ということであって。

だから、もっと言うと、この「パニック」。
原因はあくまでこっち側の推測でしかない、ってことなのね。


それを、「SOSだ」として、それを正解、とするこの業界は、確かに正しいんですよ。

というのは、とにかく障害者のパニック、いや、パニックだけじゃなく、「社会に適応できない」ということにして、どんどんぶん殴って矯正する、みたいなことが主流だったわけだから。
そこには、「健体者社会」の「防衛」という観点しかなく、健体者社会からはじき出された彼らの意見、思想、気持ち、存在、はそこにはない。

それを、「彼らの気持ち」からスタートさせよう、という意味で、この「パニックはSOS」とするのは、大いに正しいのだ。

「健体者社会中心」というか、「健体者社会至上主義」だったものを、こっちに引き戻そう、とした場合、やっぱ障害者の側に傾けないと、真ん中にはいかない。

振り子が右に行っていたら、それを真ん中にするためには、一回左に大きくふらなきゃならない。
ま、それが、「パニックはSOS」だと、俺は思っていて。

つまり、それは「科学的にそうかどうか」とかではなく、「政治的な答え」なのだ、と考えてイイと思う。
あ、いや、まあ、今の段階では、それでイイとは思う。


ただ、それを鵜呑みにすると、現場ではうまくいかないコトが多い。
だって、政治的な答えであって、そもそも実際に原因はどうか?については本人がしゃべれなかったりして全くわからないのだから。

つまり、パニックがあった時に、「なんのSOSなの?」と問うても、考えても、答えが出ないこともあるのである。
例として、カイが噛みついたとして、それが、その前に起こった某だ、と、因果関係がかんたんに推測できることばかりじゃないのである。

それを、「昔のことがフラッシュバックしているからだ」という意見もあろう。
でも、だとしたら、もう「パニックはSOSだ」と言ったところで、確かに原因かもしれないが、取り除けない、という意味では、意味がないとも言える。


ま、我々が感じているのは、まず薬の影響。
とくにてんかんの場合は、ミツがいきなり前後関係なくケンカモードになることもあり、あり得るような気がしている(ミツはかなりてんかんの薬を大量に服用している。つまり重いのである)。

そしてもう一つ。
コレを言ったら、もう話が進まないことこの上ないし、それこそ寝言なんだが、「意味がないんじゃないか?」という。

つまり、推理しても手がかりなし、という。


ただこれも、最近思うのは、「オレらの推理が追いついてないんじゃないか?」というのも半分あるかもな、と。
市丸が井上をぶん殴ってメガネぶっ飛ばすとかのトラブルを起こすのは、季節の変わり目というより真夏と真冬。
「ただ寒くてやなんじゃねえの?」という推理が最近浮上してんだけど。

かといって、寒いのは服に気をつけさせればいいが、暑いのはどうにもならんな、とか。


というか、まあだから我々の推理がいくら進歩したところで、それが間違ってるかも知れず、つまりもう、「原因、いるか?」みたいにも思うんだよな。

「その先入観こそが、パニックを助長しているのでは?」みたいなこともあり。

つまり、「パニックはSOSです」というのは、政治的に正しいし、そう思って毎日やっていくことが必要だけれど、実際、そんなにパニックの原因にこだわると、それはそれで足元をすくわれるのでは?という話です。







(BGM:貝柱ズ「Fuck in the Night」fromYOUTUBE)
→「オ~ルナイトでファックファックファック!あなたと一緒にファックファックファック!」って女の子たちが歌う感じは、ちょっと今だとイタイけどね。
でもまあ、ラストのメンバーの吐き捨てる台詞とか、なかなかにロックを感じさせてくれます。
嫌いじゃないかも。
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パニックってなんだ? その1


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よく、自閉症とかの人たちのパニックについて「何か嫌なことがあった時や困っている時。それを一生懸命に訴えているのがパニックです。パニックは、SOSの表れ」とか言います。
というか、この業界ではそれが「正解」ということのようですね。

でも、あらためてどうです?
これ、本当でしょうか?

実際に彼らと暮らしてる俺なんかにして見ると、それって「ヤツらをいい人視しすぎ」としか思えない。


いや、確かにね、「イヤなことがあった時」ですよ。
パニックって。

その上で、まず大きく問題となるのは、「イヤだからってパニック起こしていいのか?」という問題。
これ、まずパニックの様子にもよるんだけど、他人に危害を加えるとか、直接加えなくてもものすごく不快な思いをさせるようなことってあったりするんだけど、それってイイわけがなくて。
にもかかわらず、冒頭の正解は、そのパニックを認めちゃってる方向なのよね。

それ、まあ障害をもった人本人やその親には聞こえはイイけど、一般の人にとってみると、「なんでやねん」にはなっちゃう。

イヤなことがある、ってのは、これ、障害をもった人だけじゃなくて、世の中みんなそうなのね。
だからって、他人にイヤな思いをさせてイイか、っていうと、それは違うでしょ。

つまりですね、パニックを肯定するのは学術的にはわかるんだけど、社会的にはそれは他者に対する「脅威」として存在するモノであって、その観点ではかんたんに肯定できない。
だから、それを前提にして話を進めないと、ちょっと同意が得られにくいのでは?と思うのだ。


立ち位置をどこにするか?という問題はたしかにあって、こうした正解を正解と信じる人たちは、これを正解とすることで、自分は自閉症の人の側に立ってるんだ、って思いたいのはわかる。
わかるけど、いやいやいや、それは先に書いたように逆に同意を得られにくい状況を生んでるのでは?という気がしなくもない。

俺はやっぱり、一歩引きたい、というか、俺は市丸ではない。
市丸ではないし、障害者手帳を持っていないし、大学も出たし、勉強もそこそこできた。
その俺が、どうして、彼らと同じ側に立って語ることができる?って俺なんかは思っちゃう。

もちろん、俺だって市丸を馬鹿にするヤツがいたら、怒るね。
そりゃ怒る。
でも、それと「俺が市丸側に立つ」というのとは、やっぱ微妙に違う気がする。

つまり、俺は理解はできない。
彼らのことはわからない。
しかも、市丸は「自分のことを語れない」のだ。
なのに勝手に「パニックはSOSだ」って、言ってイイのだろうか?


もちろん、言葉が出なかったりすると、手を出す以外に、大声を出す以外に方法はなかったりする。
だから、不満を噴き出させるためのパニックだ、と考えれば、必要ではあるんだと思う。
じゃなきゃ、潰れちゃうもんね。

でも、だからといって、他者に脅威となる行動をパニックだから許してください、というのは通用しない。
いや、通用する社会であったらどんなにいいかとは思うけれど、今は社会が逆方向に進んでいる。
ちょっとしたことで、障害者に対する拒否感が増幅してしまう世の中だ。

パニックを肯定するのは、その立場をとるのは、やっぱりその拒否感を増幅させる可能性が高いのだ。


だからといって、パニックを封じることは現実的に「無理」である。
これは、一緒に暮らしていてわかる。
ゼロにはならない。

まず、だから「パニックをなくす」のを目的とするよりも、「どういうパニックをさせるか」の方が現実的なのではないか?と俺は思うのだ。
つまり、他者に脅威を与えないパニック。
ま、それはもう定義的にはパニックではないのかもしれないが、それを目指した方が現実的だし、受け入れられやすいのではないか、と。


まとめますと、パニックがSOSである、というのはわかる。
でも、SOSだからって、人を叩いていいわけじゃないし、人に脅威を与える行動をしていいわけじゃない、というのが、まあ前回の話ね。
そのSOSである、から始まるのは、「だから許してください」「わかってください」ではなくて、「どうSOSを出させるか?」だよな、って話ね。

つまりそれは他者に脅威を与えるパニックを肯定せず、新たな行動様式を彼らに求める、ということになるかな。
そんな感じ。


続きます





(BGM:NOSFERATU「Hatsukoi [初恋]」fromYOUTUBE)
→八〇年代に出されたソノシートらしいが、いや、これはいいんじゃないか。
演奏も稚拙、楽曲も稚拙、歌もよくわからないが、エモーショナルな何かは伝わってくる。

感情サーフィン その2(ラスト)


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http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4301.htmlのつづき

ま、結局、だましだまし、ではあります。
だって、ちょっと突っつけば大声で大騒ぎするのはわかってる。
この状態で、そもそも帰れ、とかになると、その辺で誰彼ともなく、彼は「ベロベロバー」をする。

ベロベロバーとは、とにかく「変な顔」、しかも「挑発する顔」で、道行く人をにらみつけるのだ。
トラブルを自ら引き寄せる行為だ。

それでも、たいがいの場合は、ぶっちゃけて言うと「あ、この人はアタマが足りない人なんだ」とわかってもらえるから何とかなるけれど、それがわからない人になると、衝突になる。
これはもうパターンとしては最悪だ。

特に市丸は外見からすれば別にどうということはない。
ダウン症とかならわかりやすいが、そうではない。
話をすれば、それはわかる。
たとえば、反社会的な行為、先の「ベロベロバー」とか、大声で歌って歩いてる、とかがあれば、まあ「そうかな?」と社会は思うので、「逆に」危機は回避できるところがあるが、まあそれもだから6、4だな。

というか、道行く人をにらみつけて挑発する、なんてのはいいわけがない。
障害があるないではない。
あかんことやがな。


だから、「ちょっとつつけばその状況になる」というのは、基本、解決になってないのではないか、という疑問は常にある。
前回偉そうに書いた俺の話がうまく行かず、歯車がずれて、俺が殴られて気絶して、外に飛び出してしまった、とか。
まあ、殴られたことは一度じゃないし。
可能性はある。
この時はたまたまうまくいった。
うまくいったからこうやってブログに書いた、というのもある。


そもそも、話の前半、始まった時点では、外のまったく知らない人に手を振ったりもしていたのだ。
騒ぎはしないが、それは「ベロベロバー」の始まりでアリ、「なにやってるんだ?!」と俺を怒らせたい、という行為だ。
そこで乗ってしまえば、倍々ゲーム。
しかも市丸は力が強いから、「おまえなんかすぐ倒せる」とは口では言ってるが、実際にヤツの逆ギレを止めるのはかなり難しい。
何かをぶん投げようとしてるところを止める、ということですら、押さえ込むのは容易じゃない。

しかも、俺はこの時足を痛めていて、ちょっとそもそも辛かったのだ。
だから、まあなるべくそれは避けたい。
手を振ったときに、まあ俺は「こらえろ」と心の中で俺に言った。
しかも、手を振った先、俺の背中側に当たるわけだが、その先も見ない、つまり、「全く無視」をした。


ま、何を言いたいかというと、総じて、つまり、彼は「反省してないのではないか?」という。

う~む。
確かに。

例えば、反省文を書かせて、泣かせて、「すいませんでした」と言わせれば、それでいいのか?というと、それは確かにハタから見たらそうかもしれないが、現場的にはそれって「本気で反省させられない」んだよな。
力不足なのかもしれないけど。

つまり、「ごめんなさい」って泣けば許してくれる、ということをパターン化しちゃうと、それをパターンでやるんですよ、市丸は。
自閉症の教科書のような人だから、ってのもあるんですけど。

結局、その「ごめんなさい」という泣き声は、こっちサイドの「溜飲を下げる」ことにしかならなくて、いや、実際にそれも必要だと思うんですよ、被害者がいる場合には当然必要だとも思うんだけど、それで終わらせちゃいけない、というか。
「彼が会得するモノ」って考えなきゃならないのではないか、と。


それは、「怒鳴らなくてすむ」「怒鳴らなくてうまくいった」という体験でしかないんじゃないか、と思うワケです。
だから、今は多少不安定なところ、例えば俺は話をしてるのに俺を見ずに後ろの人に手を振るなどのこともあると思うんだけど、それも、その体験を続けて行く中で「だんだん頻度が下がっていくのではないか」と。


それに、やっぱり、こうやって騒いでしまうと、「知的障害者は怖い」「自閉症の人は何をするかわからない」という印象をまわりの人に与えてしまう。
ま、実際、そうなんだけど、でも、それは彼だけの責任ではなく、彼をこれまで取り巻いてきた人たち、教師や関係者などの責任もある。
その一人として、やっぱり、これは止めなきゃいけない、と思う。

じゃなければ、やっぱ「殺しちゃっていいヤツらなんだよ」って話になるじゃないですか。





(BGM:三条アンナ「空気のようなあなた」fromYOUTUBE)
→う~ん、それは理想なのか、絶望なのか。
この歌詞によれば、「空気のようなあなただから、すぐに戻ってくる」とか。
もうそうなっちゃうと、存在としての空気、かと思ったら、かなりガチの空気じゃん、というか。
CO2というか、漂ってるというか。

感情サーフィン その1


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市丸がカイに噛まれた、とかで、大声で怒鳴り散らし、カイを外に放りだした。
ま、朝の一瞬の出来事。


カイは、しゃべって人に伝える、と言うのが難しいから、時折噛む、という行動に出るのか、それともてんかんの発作の前後に起きる凶暴な面なのか、その辺はよくわからないのだが、時折、そういうことがある。
ただ、外の人を噛む、と言うことはないから、ある意味で内部に向けた「思いの丈をぶつける」という部分はあるのかもしれない。

最近はけっこう噛むってのがなかったのだが、急に起きた。

もちろん褒められた行為であるはずがない。
当然、止めたりするわけだが、こうして反撃を受けてしまうこともある。

が、反撃もやり過ぎればいいはずがない。
もちろん、「噛まれた」(といっても、ちょっと歯形が付いたくらいだった)んだから、頭に来ないはずがない。
しかし、市丸の「怒鳴り散らし」は度を超えていた。

ちょっと落ち着け、ということで二人を引き離し、カイは予定通りにじ屋へ、市丸はたまたまこの日休みで朝来てただけだったので、このまま帰せばいいんだが、まだ目が三角になったまま、今にも大声を張り上げそうである。

まず座らせ、ちょっとトーンを下げて話をする。


ちょっとやり過ぎじゃないか?と聞けば、目をひん剥いて「だって!カイが!カイが!」とまだ大騒ぎを「しよう」とする。
この、「しようとする」ってのが、また市丸らしいところで、「大騒ぎすれば何とかなる」と思ってるフシがある。

これはまあ、昔から、子どもの時からのことだから、簡単にどうにもならないのだが、最近はやっと「どうにもならない」ことが分かってきたようで。

つまり、友だち同士で遊んでいて、当然市丸は一緒に遊べないから、そこから離れたい。
離れたいが、その方法がわからない。
その場合、誰かを殴ったりして、大声を上げたりすると、先生や親がすぐに引き離してくれる。
それで、市丸の目的は達する、というわけだ。

でもまあ、ウチでは、「どんなに騒いでも前後の状況を変えない」ということを徹底してやることにしていて、例えば、騒いでそのシーンから抜け出したい、と思って騒いでも、そのシーンからは抜け出させない。
するとたいがい、もっと悪い状況に陥る。

イヤなら、口で言えばいい。
「あっちに行く」と言えばいい。
まあ、市丸は「自然に輪から離れる」という感じを会得もしてはいる。


で、まあ、ゆっくり「騒いだ方がソンをするんだ」ということを繰り返しいう。
途中で、一度声を荒げたが、俺はそれに反応せず、「それをするとソンするよ?まだやる?」と、とにかく静かなトーンで繰り返す。
逆に言うと、「騒ごうとする」市丸には、まったくその隙を与えないように気をつけて。

つまり、この一回声を荒げたのは、「騒げば何とかなるパターンかな?」と試しているのだ、彼は。
もちろん、無意識に。

でも、とりつくしまがない。
だから、彼はそこで俺の話しを聞くしかなくなった。


で、「こういうことを繰り返すと謹慎だぞ」ということを何の気なしに俺が話すと、謹慎って何だということになり、「来なくてイイ、ってことだ」と。
すると、「いやだ、それはいやだ」と。
来たい、と。

来たばかりの頃の市丸なら、ここで喜んで帰るところだが、ここで「帰りたくない」と言ってくれるから、まあ話が早い。
話が入るすき間が彼の中にできた、という感じか。


そこから話が展開し、「○○に帰って3日くらい謹慎するか?」(○○には市丸の実家の場所が入る)というと、もう拒絶。

市丸は実家に帰るのがイヤ、というわけではない。
正月とかも楽しく帰る、ま、楽しくでもないけど普通に帰る。
だから、実家を拒絶とかじゃなくて、「見捨てないで」なんだな。

時ちょうど、二日後くらいに飲み会の予定があり、その翌日には大日観戦の予定もある。
もう、市丸としては、ここで実家に帰るなどそもそもあり得ない、というのもあっただろう。

そのへんから泣きが入るようになり、それでも、泣かせることはせず、いい具合で彼の感情の波をサーフィンしながら、話を進める。
ちょっと俺の声のチューニングをひねれば、大波にすることもできるが、今は凪がいい。
そのまま、とにかくプカプカと俺の作った波に浮かせる気持ちで話を続ける。

泣くのでもなく、爆発させるのでもなく、普通に話を解決させたい。

ま、そんなんで、話をして、家に帰しまして。


でもどっちにしても同じようなコトはまたやるでしょう。
こっちサイドは、これを繰り返すしかないんだよね。
めんどくさいけど、まあ、繰り返し繰り返し、ぶれずに同じことを叩き込むしかない、というか。


続きます




(BGM:橘みどり「奥様にわるいわ」fromYOUTUBE)
→ま、奥様に悪くないっていうか、残念なのはたぶん君の方なんだよね、という事実をどう伝えたらいいのだろうか。

言葉の中身だけじゃなく


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市丸が「逆ギレをしそうなとき」というのがあります。
明らかにコバやオグラを挑発し「てめえこの野郎」という目で見る。
もちろん、コバやオグラはなにもしていない。

これになると、大声を出したり、モノを壊したり、知らない人まで睨み始めたりする。
いいことはない。

気分も悪くなるし、この状態の市丸を止めるのは難しい。
声も身体もデカイし、彼は力も強い。
もちろん、チカラでは及ばない。

なんで、この状況に「ならない」ことが重要である。


逆ギレの原因はいろいろあるけれど、「ただ暑い」ということもあるし、つまり夏だがなにも起こってないが…、みたいな。
値段つけしてて急に、とか。

ツノがよく昔のことを思い出して、「○○くんなんか許さないぞ!」とか騒ぎ出すことがあるんだが、どうも小学生の時にいじめられたことを思い出したりしてるらしく。
ま、よく「フラッシュバック」なんて言ったりしますが。


まあ、理由があればイイと思うんです。
「誰かにイヤなことを言われた」のだったら、言い返せばいいし、ケンカすればいい。
その人にストレートに怒りを向ければいいのであって、関係ない人に向けなきゃイイ。

だから、そういう場合は、そう促す。
ケンカしなさい、と。

けど、市丸の逆ギレ、は、逆ギレ、というだけあって、意味がない。
それに、どうも、「同じ場面で起こす」という感じもある。
例えば、会議中、とか。

なんで、まあ、どうしたもんか、といつも思うんだけど。


で、「逆ギレモードになっている」時に、まあ声をかけるわけだけど、この声、ね。
これがけっこう重要で。
これによって、火に油を注ぐコトも可能だし、おさめることもできる。

声の高さ、言葉の早さ、大きさ、表情。

ま、どれをどんな風に、という風に調整ツマミをいじって作れるわけじゃないので、他人には説明しずらいが、大事なのは、「特に中身は関係ない」という点だ。

怒るときも同じ。
中身は関係ない。


例えば、怒らなきゃならない事態が発生した場合、「怒るトーン」で話し続けてさえいれば、中身を新聞の朗読に変えても市丸は「怒られてる状況」を続ける。
これは、実際に何度かやってみた。

俺がよくやるのは、日本語じゃなくする。
日本語じゃなくしても、何となくのところで市丸は聞いてる感じで「はい!」なんて相づちを打つ。

井上なんかだとこうはいかないが、市丸やコウヘイだとこの手のことができる。


これ、おそらく「自分がなぜ逆ギレしているか」についても言語化できないんだろうな、と。
コウヘイなんかも、わからなそうに話しを聞いてるけど、「なにがわからないか」はおそらく言語化できないんだろうな。
だって、「怒られてる」というのが「記号」だということは、おそらくアタマの中が記号でできている。


市丸の話に戻すと、つまり逆ギレそのものはもうしょうがないとして、それを「拡大させない」ためには、「理屈を言ってもしょうがない」ということになります。
そして、もっと言うと、「拡大させない」ことが重要で、それを繰り返していく中で、逆ギレを拡大させなくても平気である、ということを叩き込むしかない。
逆ギレを拡大させてしまうと、それを「経験」することで、彼はそれを「記号」にしてしまう可能性がある。
少なくとも、逆に、「逆ギレをおさめることができた」ということを「記号」にしてしまった方がイイ。

もちろん、これで100%、危険な状況を回避できるわけじゃない。
でも、こちらの「声の高さ、言葉の早さ、大きさ、表情」で、ちょっとでも低くできるのなら、「逆ギレを拡大させない日」を記号化できるなら、それらを試すべきだと思ってる。


そう考えると、こういうことになる。
よく、市丸が逆ギレを盛大にやらかしたことなどの時に、「○○と言ったら逆ギレに」とかって報告があったりするんだけど、つまり、「○○」には意味がないということだ。
その時の「声の高さ、言葉の早さ、大きさ、表情」が重要で、中身に意味がないのだから。


とか言ってると、「わからせなきゃ意味がない」って人がいて困るんだけど、そうじゃなくて、俺は行動が変わらなきゃ意味がない、って思う。
「人を傷つけてはいけない」なんて、誰でもわかってるけど、傷害事件はなくならない。
「わかってたってやる」んだ。
「わかること」が重要であるというのは、ちょっとどうなんだろうか?と。
しかも、だとしたら、現実的にカイなんかはその重要を手にすることはできない。

やめる理由はわからないが、彼らにとっては、とにかく「やめていた」ということでいいんじゃないか。
というか、それが今のところ、考えられる道じゃないかな、と。

ま、そんな気がしている。



…とまあ、この原稿を書いたのは3ヶ月以上前くらいなんだけど、つい先日、久しぶりに市丸が爆発。
押さえこんでも足を振り回すわ、モノ投げるわ、久しぶりに大車輪の大暴れの大立ち回り。
きっかけはホントに大したことなかったのだが、自分で爆発が爆発を誘発したというか、まだこういう事が起こるんだな、と改めて。

そりゃ、なにやっても、「100%」はないけれど、それにしても落ち込みました。
ま、当人もだけど、こっちも。





(BGM:矢野育子「捨てられた人形」fromYOUTUBE)
→「今では飽きられ捨てられた 見向きもされずに ララララ~」
…まあ、ラララ言ってる場合でもないんですけどね。
人形と同じように自分の幸せも捨てられちゃうんではないか、って言ってますけど、そんなことはないと思いますよ。
ガンバ!ファイトファイト!

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