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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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kaijosha.jpg


先日、浦和駅でパブリックビューイングというのをやると。
れいわ新撰組ですか。
アキが色々お手伝いしているんだけど。

で、まあちょっと見に行こうかな、と。
どういう感じでやるのか、そもそも「駅前でこういうことをやる」というコトに関しては興味があります。
中身云々じゃなくて、ウチだってそういうことを考えないわけじゃない。

いいじゃない、市丸やモトミの毎日を撮った映像を流し続ける、みたいなパブリックビューイング。
んなわけで、まあ見に行こうとは思ってはいたんですけど。


その日、昼はネットの会議で、まあいろいろありました。
いや、悪いことじゃないんです。
とてもいい話が出来たと思うし、ミツとかコウヘイが思いの丈をぶちまけられたというのは悪い話じゃないし。
最終的には、まあ橋渡しをしていた感じになった俺としても、まあギリギリうまい形で終われたかな、と。
ミツは論議を通して、最期に「安心した!」と言っていたし。


ま、蛇足ですけど、その時、まあちょっと緊迫した感じの話になったんですね。
緊張感、というか。
みんな真剣に話し合う、というか。
最初、ミツのケンカ腰から始まりましたから。
で、そういう時、きっちり話に乗れる人と、そうじゃない人、というのがいます。
話に乗れるといっても、思いの丈をぶつけられる人、うまくまとめようとしちゃう人、まあいろいろいます。

で、その「乗れない人」というのは、つまり「緊張感に耐えられない」ということなんですけど、その「緊張感に耐えられない」という表現が十人十色で面白くて。
カイはまず立ち上がって徘徊を始め、俺にチューを迫る。
ま、俺に助けを求めているのかもしれません。
オグラは寝たふり。
市丸はコバを睨んで逆切れを始める。
そして、カブキは笑っちゃう、という。

ま、たいがいはちゃんと話に乗ってるんだけど、特に他の作業所とかから来た人はたいがいこういうのに弱いですね。
「普段思ってるイヤなこと」に向き合えないのかな。
例えば「この人嫌い!」とかってのは、マイナスの感情ですから、そういうことをなかなか自分の中に存在させるのを嫌がるというか。
そんな雰囲気はまあ感じるなあ、という話なんですけど。

イヤなことこそ言えるようになって欲しいですけど。


で、話戻しまして。
で、会議終わって、その時は、そんなに疲労度はなかったし、どちらかといえば、今考えるとアドレナリン出てる感じだったのかもしれない。
最初の時間から行くというアキ一行と一緒に行こうと思ったんです。
ま、行けば行ったで面白いかも知れないし、別にもてあますようなら駅前ですから、どこか避難する場所もあろう。
というか、駅前まで行くならギター弦も買いたい。

で、車に乗り込んだんだけど、駅に着くに従って、ものすごく疲れていることを自覚。
もう、どんどん元気がなくなっていく。
正直、もう、家に帰りたい、くらいの元気メーターゼロに近づいてしまい。

やばい、と。
もうこれ、駅前行けないよ、と、アキたちと離れて車を降りて近くのデパートに入ったんですけど。
もう、力が出ないわけですよ。

で、地下のなんかパンとか売ってたりする場所に、座るところがあって。
ちょっとした机もあったりして。
よし、もうここに座ろう、と。
そこで何か買うわけでもなく、座ってたんです。
ちょうど、その日の午前中が歯医者で、文庫本を1冊もっていたので、それを読みながら。

でもまあ、座ってると、そこそこ落ち着いてきて、というか元気も多少復活してくる。
そうなると「ここにただ座ってるのもどうだろう?」という気持ちになってきて、なんかまわりの人の感じも何となく気になるようになってきた。
あの正面のパン屋さんのお嬢さんは、はて、俺をどう思っているのだろうか?と。
冷静に考えると、多少派手なズボンもはいているではないか。
赤いハットかぶってるし。
それが疲れた顔をしてここに座っている、というのは、なんかこれ「変な人」なんじゃないか?と。

そういうことが気になってきて、これはいかん、と。
というか、ご迷惑かけてもいかんな、と。

そうだ、パンを買おう、と。
何となく一応サイフを確認して、遠目にパンの値段とかをちょっと見たりして。
さて、買おうか、と俺が立ったのと同じ刹那に、そのパン屋のお嬢さん、「今から30%オフ」の札を出しました。

おいおいおいおい…。

これでは、ずっと座ってて、30%引きを狙ってたおじさんみたいになっちゃったじゃないか…。
しかも、食べたかったのは一番安い卵サンド。
いや、だって、卵サンドが一番おいしいじゃないですかパンの中で。


なんかなあ…、う~ん。
ちょっといろいろ回収されない思いを抱えて卵サンドを食べた、という話であります。





(BGM:FOOLS「Come On Boogie」from「憎まれっ子世に憚る」)
→これは1曲目なんだけど、いや、1曲目の曲。
単純だけれど、ボーカルは最高だし、これやられたらもうのるしかない。
ロックは楽曲的に難しいことはしなくていい、ってのがよくわかる。
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先日「べき」の話を書いたんですが(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4922.html)、政治家なんかが暴言を吐いても「本音でイイ」みたいな流れになってて恐ろしいなあ、と思ったんだけど。

例の「戦争するしかない」と言った議員が、また「戦争で取り返すしかない」みたいなことを言ってるとか。

この「本音でイイ」みたいなのって、前に書いたようにとても幼稚だと思うんだけれど、これは維新から始まったんでしょうかね。
暴言も大きな声で言えば通っちゃう、というのは、安倍政権の幼稚さを表してるとも思いますが。

で、まあ当然、「暴言だ!」となるわけですが、それに対してこの議員は「言論封殺だ」と言ってるというからもう幼稚を通り越して、幼児ですね。
アホなんだろうか。
そもそも言論の自由とは、国家が国民に認めるべきモノで、為政者が何を言ってもイイ、ということでもない。
先には、言論の不自由展について、関係ない神奈川の知事だかがなんか馬鹿なコト言ってましたけど、そういう「国民の表現の自由」を狭めてしまうようなことを議員が言ってはいけない、というのが「言論の自由の保障」なんだけど、それがわかってない。
逆に「それは言ってはいけない」と言えば、「言論の自由が云々」と政治家自身が言い始めるという、もう何もわかってない。
アホなんだろうか。


ま、言論の自由を持ち出すまでもなく、そもそも例えば教師が「お前みたいなバカは何を教えてもムダだ」と言ってはダメでしょう。
なぜなら、教師には児童に対して教育をする義務がある。
それを受ける権利があるのは子どもです。
そういう仕事です。
なのに、「お前みたいなのには教えてもしょうがない」と言ってしまったら、それは義務の放棄であり、なら教師を辞めればいいだけの話です。

倫理的なことは別として、一般の人になれば、それは言ってもいいかもしれない。
けどまあ、その教師は「そんなことない」とその子をかばわなきゃいけない。
そういう構図であるから、教師になったら、それは言ってはいけない。
言うべきではない。

もうちょっと違う話で、医者が患者に向かって、「あなたは治らないから病院に来ないでください」というのも言うべきではないでしょう。
「医は仁術なり」という言葉に照らせば、そういうことを言えちゃう人は医者をやめたらいいんです。
医者じゃなければ、まあ「治らないんだからいってもしょうがなくない?」というのは、倫理上はどうあれ、ありかもしれません。


仕事は様々ありますが、その仕事上、言うべきではない、という言葉はあると思います。
そう考えると、「議員として言うべきではない言葉」というのもあると思う。

例えば、近隣諸国と諍いになる様な言葉を吐くべきではない。
それは国益に反するからです。
ま、これは国益をどうとらえるか、によって違ってはきますし、それは政治の思想と密接に関わっているから、それは「何が国益か」で論議をするしかない。
それがまあ、政治だと思うし、国会でありましょう。

しかし、「戦争をするしかない」という言葉はどうでしょうか。
そもそも日本は戦争を放棄している。
放棄しているからこそ、他国は攻めにくい。
なぜなら、戦争を放棄する国に宣戦を布告すれば、その宣戦を布告した国が国際的に「絶対的な悪」になるからです。
そうまでして宣戦を布告するか?という話で、それでここまで日本はどこの国からも宣戦布告されなかったという歴史もあります。
ま、それは蛇足として、とにかく「戦争をしない」と宣言しているにもかかわらず、「戦争するしかない」という言葉は、そもそも日本の平和を考えている言葉とは思えない。

それよりなにより、議員がそれを言えば、国民が戦争を望んでいる、と誤解される。
議員というのは、国民が選んでいるのだから。
そりゃ、国民の大勢が戦争を望み、死ぬ覚悟が出来ているのならいいかもしれないが、実際にはそうじゃないでしょう。

誰だって戦争は嫌だ。
テレビゲームじゃあるまいし、んなのは何をおいても避けたい。
恋人を、息子を、娘を、死なせたいですか?


そう考えると、その議員の発言は、絶対にすべきじゃない発言なんですよね。
その発言をしたいのなら、議員を辞めればいいんじゃないかと思うんです。
なのにも関わらず、それを「言論封殺だ」とは片腹痛い。

「お前には何を教えてもムダだ」と教師に言われたら誰だって怒ると思います。
教師のくせになんだ!と。

同じですよ。
議員として言ってはいけないことがある。

だからまあ、やめたらいいと思いますよ。
考えを変えろとは言わない。
それは議員として言うべきではない、と思う。











(BGM:細野晴臣「ろっかばいまいべいびい」from「HOCHONO HOUSE」)
→元の「HOSONO HOUSE」では1曲目だったと思うんだけれど、このアルバムではラストに。
というか、これ、今気づいたけど、元アルバムの曲順を逆さにしてるんだ。
う~ん、なるほど。
それはそれでなんか面白いな。

「べき」に罪はない


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べき論というのはあまり好きではありません。
「男なんだから●●すべき」とか、そういう感じのことはなるべく言わないようにしたいモノだ、と思っています。
あとまあ「●●のくせに」という「くせに」もあまり使いたくない言葉の一つですね。
これ、まあなるべく使わないようにしたいモノだと思ってるわけですが。

で、まあそれは置いておいて。

最近、ツイッターや何やで、「障害者には議員は務まらない」とか、「女はおとなしくしてればいい」とか、いわゆる障害者や女性や、ゲイの人とか、外国人とか、そういう人たちに対しての排斥的な発言が止まりません。
まあ、もう散見されるどころか、なんかけっこう増えてるように思います。
特に政府が韓国に対して強硬に闘いを挑んでいるような感じなって、なおそうなってるように思います。

まあ、前の参院選で事実上は大幅に議席を減らした自民党も焦っているんでしょう。
怒りの矛先を他国に向けたいというのもあるでしょうし、そもそも自民党の支持者ってそういう人が多い、ってコトなんでしょう。
このまま今の自民党政権が続くのは、どうにも日本が孤立していく道になってしまうだろうな、と思わずにはおれません。

確かに歴史を見るに、自国の状況が悪くなると、つまり景気が悪かったり、格差が広がったり、そうなると、政府は他国に敵を求めます。
そうやって自らの政権に怒りの矛先を向けないようにしたいのでしょう。
しかし、それは先の大戦前のドイツと同じように、結局は悲惨な道を辿ることになります。

根拠なく、障害者や女性、ゲイの人、外国人を貶めるような発言はすべきではない、と思います。
そのことが、必ず悲惨な道へ向かうことを歴史が証明しているのだから、すべきではない。

…あ、べき論言った、俺。

日本だけじゃなく、世界もそういう方向に向かっているようで。
トランプさんが大統領になったのがさいたるもんで。


しかしまあ、人種差別はダメ、みたいなことってのは、まあ当然の話ではあるわけで。
最近よく見かける嫌韓発言だとかは、まあ見てらんない気分になります。

そんな中、アメリカの番組なのか、ドッキリ?がツイッターとかで流れてきて。
それは、色々なパターンがあるんだけど、例えばスーパーでメキシカンの人だったり、障害者の人だったりがレジを打ってる。
それに対して、仕掛け人である客が、「メキシカンのくせにレジを打ってるんじゃない」とか、「お前はレジを打つのが遅くてどうのこうの」とか難癖をつけ始めるんです。
つまりはまあ、ツイッターでよく見る嫌韓発言みたいのを現実にぶつける。
それに対して、結果として、ドッキリに引っかかる側の普通の客がどう対応するか?という。
ドッキリというより社会実験みたいな感じですかね。

で、まあその関係ない、仕掛けられる側の客が、その仕掛け人に「あなた、人種が違うからなんだって言うの?同じ人間じゃない。そんなこと言うもんじゃない」とか、「この人だってがんばってるのに、そんなこと言うのはちがうでしょう?」とか詰め寄っていく。
他の客も「そうだそうだ!」と賛同の声を上げたりもする。

で、そこでネタ晴らし。
まあ、みんな笑顔で終わるには終わるんですけど。

この、仕掛けられた側の人がきっちり正論で、しかもまあ、いわばトラブルを起こしてレジの人に因縁をつけている人に立ち向かうわけだから痛快である。
ま、とても見ていて楽しいし、スカッとする。
けっこう好きなシリーズなんですが。


で、ちょっとこれらの動画を見ていて気づいたんだけど。
これら、まあきっちりとそのレジの人に言ってる因縁に反論してる人は、よく「そういうことを言うべきじゃない」という言い方をしてるんです。
「あなたは、この障害者がレジを打つのが遅いと思うのは自由だ。けれども、彼は一生懸命なのだから、それで彼を責めるべきじゃない。応援すべきじゃないか。それは同じ国民としてすべきじゃないんじゃないか?」みたいな。

あ、「べき」言ってるな、と。

まあ、俺は英語がわからないから、字幕を見ているので正確にその人がそう言ってるのかはわからないが、でもまあ、そういう意味のことは言っているのだろう。


これね、「感情じゃなくて理性的になりましょう」と言っているように思えるんですね。
それが大人でしょ?と。
感情を爆発させるのは、子どもが「これ買ってえー!」と叫んでるのと同じじゃないの?みたいな。

翻って日本では、なんかこの「感情でモノを言う」ことが、政治家にまで広がっている感じで、しかもそれが「正直に言ってるだけじゃないか?」みたいな開き直りすらある。
先の「そんなこと言うべきじゃない」という人に対して、もうまったく子どもである。

「議員としてそういう発言はすべきじゃないんじゃないか?」みたいな、その因縁に抗議してくれる人のような壮快な意見はかき消えるほど、「本音」という名の「ただの感情」が、世の中に溢れている。
メディアにも、ネット上でも。


大人として、どう行動すべきか?
どう発言すべきか?

そういうことを考えていかなきゃいかんと思うし、同時に、「べき」も悪くないじゃないか、と思っている。
「べき」が悪いんじゃない。
使う内容、使う側の問題なのだな。









(BGM:Kovacs「ドウブツ達の空」from「The Very Best Covers Of 有頂天」)
→ナゴム系は当時は聞かなかったんだよねなんとなく。
今になって聞き直すと、なかなか面白かったりするんだけど、当時はあまり面白いと思わなかった。
なんだろう、遊びというか、そういうのの面白味があまりよくわからなかったんだと思う。
それと、真っ黒なナゴムギャルもちょっと苦手だったな。
あ、でも、「ガン」は好きだったっけな。

逃避というなかれ


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マオリッツオ・カヴァーロさんという人が書いた「超次元の扉―クラリオン星人にさらわれた私」を読みまして。

…というか、最初に言っちゃうと、まあダメだこりゃ。

ヒル夫妻に始まり、異星人による誘拐、アブダクションを体験した、と主張する人はいる。
実際に誘拐されているかというコトに関していえば、されていない、と断ずることは難しい。
なにせ、本人が誘拐された、って言ってるんだから。

が、この人の場合、何度も誘拐され、しかもその異星人にいろいろと「教示」じみたことを受けている。
クラリオン星人、とまで言ってるんだから、もう仲間的な感じである。
ま、とはいえ、この人は誘拐に関して「恐怖を感じた」とも言っている。

ふむ。
おいおいおい…、というか
どうですか。

いや、まあ冷静になりましょう。
もしアナタが誘拐されているとして、次に誘拐されるかもしれない、となった場合ですよ。
まずどうします?
恐怖を感じているし、助けても欲しい。
さて、どうします?

ま、俺ならまず「信じてもらわなきゃ話にならない」ので、ビデオをセットしますね。
もしくは、なんとか写真に撮る、少なくとも音声を録音する、くらいのことをしますね。
一度ちゃんと撮れなかったとして、でも次があるという確信があった場合、もっとうまく撮れるように工夫しますね。

とはいえ、相手は異星人だから、「ビデオセットを動かなくさせるんです」とかね、そういうこともあるでしょう。
「コッチがビデオを撮るという気持ちを察知し、妨害するんだ」みたいなこともあるでしょう。

しかし、何らかの痕跡くらいは撮れるのではないか、と思いますね。
まず、そのための努力を惜しまない。
証拠がないことには、この恐怖から救ってもらうことは難しい。

だって、信じてもらえないですよ。
異星人に連れ去られている、なんて言っても誰も信じないわ。

で、この人、誘拐される時のまともな映像とかないんだわ。
にしても、クラリオン星人の薄ぼんやりとした写真はあったりして。
これね、つまりもう信じられない。


この本、最初の方を読んでたらまあ読めるのかなあ、と思ってしまったのですが、読み進めていって、途中って言うか、けっこう早々にダメだなこれ、と。
よく読んでみると、「まあまあいけるなこれ」と思ってた部分は訳者の解説でした。
本編に入ったらもうボロボロ。

「宇宙とは砕け散った琥珀である」的な。
ちょっとうろ覚えですが、そんな感じの連続で、気分で書いてることがまるわかり。
まあよくわかんない。


アダムスキーしかり、この手の人には必ず信者がつきます。
ま、わからなくはない。

宇宙には壮大な力があって、人知に拠らないものである、と。
だからまあ、自分がうまくいってなくても、それは宇宙を支配する力のせいなのだ。
宇宙を支配する力が私に試練を与えているのだ、とか思えば、まあ気分は楽になるもの。
「私のせいじゃない」と思わせてくれることは、人を熱狂させる力を持つ。


でもなあ。
…つまりまあ、だからって彼を信じたところで、自分の問題は何も動かないんだよね。
明日解決するわけじゃない。
信じることで先延ばしすることでしかなくて。
気づけばにっちもさっちもいかない事態に陥ったりすることもあるんじゃないか。

ま、オカルトの罪ってのはこの辺なんだけど。
楽しむ分にはイイけど、あまりに荒唐無稽なものを信じてしまうのは、やっぱちょっと心が折れている時かもしれないので気をつけたい。

アダムスキーが写真を捏造している徹底的証拠が挙がってすら、それでも信じ続ける人もいるからな。
防衛本能か、自分の精神を平らに保とうという人間の力は、見えないUFOを簡単に夜空に見せてしまう。

そんなのは逃避だよ、と思うなかれ。
これは誘拐なのである。

恐ろしや。







(BGM:オジロザウルス「Conscious Party [O'brady O'brada]」from「Shock to the Future」)
→ちょっとアルバムのタイトルがちょっとビジュアル系を想像させてしまう気がするのは俺だけ、きっと。
これはラップ系のコンピ。
この曲はオブラディオブラダてことで、まあせっかくなんで原曲入れてみてもよかったのではないかと思う。

ま、人は弱いし


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抜け出せない人というのはいます。
どう考えても、ハタから見たらAを選択すべきところを、必ずA’を選択してしまう、みたいな。

先日、ずっと子育てに追われていて、しかも旦那さんもバリバリの先端サラリーマンで、それにも付き合い、というもちろん専業主婦の人が、いきなりアキ坊に「飲みに行きたい」と誘いを入れてきたそうで。
その子は小学生なんだけど、お母さんと夜離れるのはもちろん初めて。
お母さんが家を出る時は泣いていたとか。
その人は、飲み屋に行くこと自体が7年ぶりだとか何だとか。

帰ってきてアキ坊に聞いたら、飲みに誘った理由は、「自分の時間も作らなきゃダメだと思って」ということだったらしい。

すばらしいじゃない。
なんか、ステキだな、と思いました。
快く出してくれた旦那さんもステキだよな、とも思いました。
きっと、振り返って、思うところもあったかもしれません。


一歩を踏み出す、というのは中々難しくて、今の生活を変えることってやっぱ難しい。
「やっぱ、子どもが泣くから」というのを理由にして出かけないことにしたくなっちゃうんだよね、人って。

「理由」はなんでもよくて、飼ってる熱帯魚が、というのでもなんでもいい。
その「理由」があるから、私は自分を変えられないのだ、という風に思考は変換されていく。
最初は熱帯魚が好きだから飼っただけなのに、寂しいから熱帯魚を飼ったのに、熱帯魚が思考の中心になる。
そうやって、人は自分の行動を正当化して生きていく。

ま、そのこと自体は悪くないし、それで気持ちの平穏が保てるのなら、それはそれでいいようにも思う。
けれども、もしも、先の人のように「このままじゃダメだな」って心のどっかに引っかかったままそれを続けているのなら、それを見てるのは、正直見ていてつらい。

平穏どころか、自分はいなくてもイイ人間なのだ、などと言われると、余計につらくなる。


でも、やっぱ一歩は踏み出せないモノだとも思う。
だから、しょうがないんだとも思う。
いくら見てる方がつらかろうが、それは関係ないから。
コッチの事情であって、その人の人生の問題ではない。

けれども、つらければ、人は目をそらしてしまう。
出す手もついついおっくうになる。

悪循環だ。


俺自身は、おそらく順風満帆に来た人ではないし、ものすごくディスられたりもしたこともあったし、でもまあ、なにか心のバランスはなんとかとれたままここまで来ることが出来た。
育ててくれた親もいい人だったんだろうし、それにまわりにも恵まれた。
どんなに俺が誰に責められても、俺のそばにいてくれる人たちがいたから。

俺は、人に手を出させる人なんだと思う。
そもそも、何もできないんだよ、俺。
発想はいくらでもあっても、それを表現する術がない。

そういう意味で、このブログは生命線なんだけど、例えばそれを画像にしよう、映像にしよう、音楽にしよう、という場合、その「技術的なこと」が、俺には何も出来ない。
勉強が出来ない。
技術を学べない。
ので、藤井にもいろいろ俺の発想を形にしてもらってきた。
藤井は死んでしまったけど、でもまあ、基本その「他人に頼るしかない」というのは変わってない。

だからまあ、ほんとにまわりの人に恵まれてたんだよな。
それだけで。


だからね、俺はその俺の周りの人たちになりたいと思うけど、お節介もやきたいけど、まあ無理だよ、抜け出せないもんだよ、ってことはなんか心に持っていたい。

じゃないと、やっぱうっせえし。

人なんか変えられない。
変えられるのは自分だけ。
それはずっと最初に思っていたいと思う。







(BGM:David Shire「Night on Disco Mountain」from「SATURDAY NIGHT FEVER」)
→「はげ山の一夜」ですね。
こういうクラシックをディスコにするっての、好きなんだな。
なんだろう、クラシックってこうやって時代と共に作り替えちゃっていいモンだと思うのよ。

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