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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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幸せのカギは自分


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先日、とある集まりに参加して、そこはよく知らないんです。
一回行ったきりで、参加してる常連の人も数人は前にいたときにいた。
特に親しく話したわけでもないので、顔は覚えてるくらいで、でも、そもそも一年ぶりなので向こうは覚えていまい、くらいの。

そもそも、こういう場合、ウチでもそうだけど、外から来た人は大切にしたい。
次も来てほしいから。
実際に、そういう感じだったし、フレンドリーに接してくれてとても嬉しかったんだけど。
そういう場合、あまりこの「内輪のごたごた」は見せたくない、と思うのが常かな、と思うんですけど。

いきなり、ケンカが始まったんです。
というか、女性同士で、言い合いですね。
いや、言い合いというより、一人の人がまくし立ててる。

それがどうにも、こう「目を合わさないで怒りをぶつけてくる」みたいな感じの。
ま、こういう場所でそれをやるのはそもそもおかしな話で、いや、そもそももっと冷静に話をすればいい内容をまくし立ててるようにも聞こえる。
まわりは「まあまあ」となだめているんだが、とにかくその人も「捨て台詞」がとまらないタイプで、延々と続く。
言われている相手も、どっか憤慨しているところがあるようで、あまり相手にしたくない様子。

ま、外の人が来ていてこれはないよな、とは思ったんだけど、まあどう見ても、この「まくし立ててる人」がちょっと「アレだな」という。
後になって、その言われてる人が謝りに来たけれど、まあそういう感じなのか、まくし立ててる人がそういうアレなんだな、と思ったんだけど。

このタイプの人、いわゆる怒りに火がつくと収まらない人、ってのはいて。
その後、このまくし立ててる人とも話す機会があったんだけど、とにかく会話の言葉の最後が笑いなのよ。
で、目も会わないし。

ま、俺もあまり人と目を合わせて離すのは苦手なんで、それがどうこうじゃなくてですね、言いたいのは、「こういうタイプの人いる」という。
いや、まったくこの笑いのタイミングも同じだ、みたいな。


ま、でも、当人にしてみれば「違うよ」って話ですわね。

俺なんかも、まあ外見とかもあるんだろうけど、けっこう話したことがない人、というか、あまり仲よくない人には「違う人」に分類されてることが多い気がするから、その「違うよ」はよくわかる。
でもま、違うよとは言わないし、まあ勝手に思ってくださいって思うから、どうでもいいか、とは思うけど。
そもそも、そんなに仲よくない人にどう思われようとそんなに人生に関係ないし。


ま、で、なんの話をしようと思ったかというと、例の芸能人のYOUTUBEの話でね。
もうお年なんでしょ。
離婚したいとか言いながら、なんかすごく怨みがこもっていて、言ってることとやってることがかなり食い違ってる感じで。

あまり気にしてなかったし、どうでもいいかと思ったんだけど、先日広島に行ったときに朝出かける前にいろいろあって俺に時間があって、なにげなくテレビをつけてベットにごろんとしてたら、もうやるやる。
ずっとこの話題。

おいおいお~い、と。

おそらくこの人は、人にわかってほしい、とおもってやってるから、まあこういう状況を作ってしまうのは自己実現にはつながってしまうだろう。
これが一般人だったらこうはいかない。
誰も聞いてくれない。
でも、彼女の場合は、言ってもいない居場所までテレビは探ろうとしてて笑う。
「どこまで彼女に優しいのだ」というか。


まあね、人というのは、とにかく「うまくいかないこと」があった時に、まず「いいわけ」をし、「自分の何かが足らない」とは考えずに、「敵を作る」ことで、その「うまくいかないこと」を乗り越えようとする傾向があるよな、という。

「人生うまくいかない」と思ったときに、「あいつのせいだ」「この状況のせいだ」とかっていってるウチは、まあ変わらんだろうな。
だって、あいつは自分の思うように変わってくれないし、自分を変えない限り状況も変わらない。

だから、逆に言えばブラック企業にいれば、大いに「この状況のせいだ」と胸を張れる、みたいな、逆張りが生まれちゃうんだよな。
結局、周りのせいにする人ってのは、多少、いい環境になっても、自分で落ちていっちゃうんだよね。
そんな人、たくさん見てきた。

つまり、自分をしっかり見れないんだ。
「ダメな自分」を認められない、というか。


俺なんか、もうダメでいいじゃん、って思うんで、見てて歯がゆいんだが、そういう人は、それ自体が理解できないから。

幸せになれないのは自分のせいだし、幸せになるのは自分のチカラ。
もちろん、それにはいろいろな状況の制約はあるが、それは自分の人生の真ん中にいる自分が前を向いていない限り、多くの人を巻き込めない。
から、変わらない、と言う結果になり、結局、悪循環。


人に当たるのもイイとは思います。
怒りが抑えられないのも、自己防衛だろうからいいんだけど。

でも、それ繰り返してても、そこからは出られない。
イイ事ないと思うよ。

周りが悪い!
わかったよ。
周りが悪い、そうだよね。
でも、一つだけ、ちょっとだけ、自分も変えよう。
(きっとそうすれば、周りも変わるから。)




(BGM:E-Zee Band「Love on My Wings」from「Swingin'」)
→和製AOR?なのか。
ちょっとついていけないところがあります。
いい曲だし、口ずさんじゃうんだけどね。
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よく野球を知らないのに、勝手に推測してみた


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ま、俺は野球ってのはあまり好きじゃないというか、けっこうもう一般ウケしてるものに対しては、あまり好きじゃないタイプだから。
マイナーなものが好き、というか。

もうみんなに人気があると、「ケッ!」って気持ちになるという、そういうね。
そういう人いるじゃないですか。
そのタイプですね。

でもまあ、アキの影響で最近見に行くようになって、なかなかね、緊張感がすげえな、って思ってて。
きけば、カープの黒田選手なんかは、昨年引退しましたけど、すごい自己管理というかがすごかったっていうじゃないですか。
ちょっとのケガもできない、みたいな。
万全で臨む!みたいな。

まあ、そりゃそうなんだよね。
全国から「野球バカ」が集まって、まあ県内一二を争うような人たちが集まって各チームに分かれて対戦してる、と。
それだけではなく、外国からも呼んできちゃってる、と。
そうなると、もうレベルってのは同じような感じなのかもしれない。
あとは、気力というか。
精神力、ちょっとしたなんか気のゆるみとかで勝敗が決する、みたいなね。

やっぱ、毎日トレーニングしてるからこそ、「俺は負けるはずがない」と思えるわけでしょ。
一日さぼったりするだけで、「俺は負けるかもしれん…」ってなっちゃうというか。
おそらく、一日やらなかったところで、フィジカルには負ける要因にはならないんだろうけど、メンタルが追い付かない、という感じなんだろうな、と。
そうなると、相手に飲まれちゃう感じになって、思った投球ができない、とかね。

恐ろしいですよね。

スポーツの世界ってのは、プロになれば頂点での闘いで、結局はそういう精神力の闘いだし、身体も万全にしなければ、みたいになるんだろう。
食べ物だって、おそらく気を使ってるんだと思いますよ。

ちょっと我々みたいに「昨日は飲みすぎちゃったから、まあ今日はゆるく仕事するか」みたいなことは許されないというか、それをやってしまったら、動けなくなっちゃう、とか思っちゃうんじゃないかなあ…。

幼馴染で、最近はあってないんだけどピアノをやってる人がいて、その人が言うには、とにかく一日外に出て飲んだとしても、とにかく一日に一時間はピアノの前に座らないと安心できないんだって。
その「一日やらない」ことが、「恐ろしくてしょうがない」そうで。
「弾けなくなっちゃうんじゃないか」って思っちゃうらしい。

ま、だからスポーツのみならず、そうした「人前に出て活躍する人たち」ってのは、そもそもそういう「自分を律する」ってことができるかどうかなんだろうな、と思うわけですが。


俺も子どものころは野球をやってました。
やってました、というか、近所の子たちとやったり、クラスでチームを作って隣のクラスと対戦したり。

ままごとですよ。
遊びですけど、やってました。
もう全部フォアボール、みたいな。

なんで、そのうちキックベースに変わったりして。

でもまあ、だから、野球もルールはそこそこわかりますよ、みたいな感じですけどね。


これが小さいころから野球のチーム、リトルリーグとかいうのに入っていたりしたら違うのかもしれないけど、まあ最初はきっと「野球が楽しい!」から始まってるんだと思うんですけど。
それがきっと、「野球を愛している」みたいになって、「俺の野球を完璧に目指す!」みたいな感じになっていくんだろうな。

だから、いろいろな自制も受け入れられるんじゃないか、と思ったりするわけですが。
「そんな自制してまで野球やらんでも…」というのは、やっぱ素人の意見で、自制することがきっと彼らの野球への愛情を満たす一つの条件なんだと推測したりしますが、素人の自分にはよくわかりません。


で、先日、オールスター戦を工藤さんの家でテレビで見てて。
イチマルが見たい、って言い始めて、まあやっぱね、誰か野球がわかる人と一緒に見たほうが楽しいんですよ、やっぱ。

一人でテレビ、ってのもオツなんだろうけど、一緒にああでもないこうでもない言うのが楽しいというか。
人に寄るんでしょうが、俺はそうですね。

で、見てたんだけど、とにかくなんかあの普通の試合の「ピリピリ感」がないのね。
やっぱ「お祭り」なんだな、って思って。
なんか楽しそうで。

子どものころに野球をやってただ楽しかった、みたいな感じなのかな、とか素人の俺が推測した、って話なんですけど。


昔はさ、俺が小学生の頃は、もうフライが上がっちゃって外野が構えたとしたら、もう走らなかったりしたじゃないさ。
でも、今はけっこう全力で走るでしょ。
で、ピッチャーとかもけっこうちゃんちゃん交代するし、代打専門じゃないけど、そういう感じの人もいたり、なんか、すげえ緊張感なわけ。
これはね、なんか野球人気が復活した一因だと思ったり。

ただまあ、なんかデータ主義に陥ってるというか、その辺はまたこう「人間味がない」みたいな、「巨人の星感がない」みたいな、そんな感じにもなるんで、そこ、行き過ぎると面白くないんだけど。


ま、んなわけで。

このオールスター戦、ミツも一緒に見てたんだけど、ミツは野球を知らない。
でも、まあその日の昼にメールがあって、「佐藤さん今晩は飲もう!」みたいな。
「飲もう!」ったってなあ…、じゃあ、一緒に来るか?と言ったら、「佐藤さんたちと遊びたかったわけだから、なんでもいいんだよ!」と言ってついて来た。

イチマルのテキトウな解説に一緒に笑いながらビールを飲んだりして。
ま、野球がわからなくても、それはそれでそこそこ面白かったみたいです。

やっぱね、友人、友だち、ってのは、自分の趣味とか、自分の興味とかを広げてくれる可能性があるよな、とあらためて思った次第。
一人で見に行くのも楽しかろうけど、「そんなに興味はないけど」って付き合ったモノがけっこう面白かったりする場合もあるからさ。





(BGM:Ennio Morricone「La Pioggia Va in S」from「40th Commemoration: Ultimate Italian Pops Collection 1」)
→イタリアンポップスか。
ミュージカルの一幕を見てるようだな。

想像力


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先日、親戚の集まりで仙台に行ってきたんだけど。

どうなんですかね。
もうみんな年寄りになってますから、けっこうタイヘンで。
でも、みんな仲良しでいいなあ、と思うんですけど。

自分はあまり親戚づきあいとかしてこなかったタイプだし、兄弟もいないので、よくわからんのですが、年とっても子どもの頃の兄弟同士みたいな感じで、なんていうんだろう、お互いに気を使わない言葉を繰り出してたりして、まあ楽しそう。

特にまあ、戦争の時から苦労してきた一族らしいので、その結束も堅く、というのもあるのかもしれない。
オフクロなんかは、貧乏でいじめられたりしてきたけど、兄弟がいたから別に学校でいじめられても平気だったなあ、と言ってました。
家に帰れば、それはそれで毎日兄弟みんなで遊んでた、みたいな。
兄弟も多かったのね。


ま、そんなこんなで。

で、二日目に時間がちょっとできたので、「どっかある?」と聞いたら、水族館がある、と。
親戚づきあいがない俺でも、仲よかった従兄弟はいて、その子が仙台なのでいろいろ聞いたところ、連れてってくれる、と。
そこの旦那と子どもと一緒に水族館に行ってきたんだけど。

いや、なかなか面白くて、イルカショーとかもいろいろ考えられてて、ただ芸を見せる、だけじゃない、なんかコラボ芸みたいなこともやってて、けっこう楽しかったんです。
イワシのショーとかもあったり。

多少、小ぶりかな?という感じはあったモノの、海外のカエルだとか鮮やかな色のなんとかフィッシュだとか、まあ充実してたというか、大人も楽しめた。

でね、そこがキレイなんだわ。
イルカショーの場所から外が見えたんだけど、駐車場も広いけど、その隣がもうず~っと空き地~~~、なの。
仙台港近くの場所で。

聞けばね、「ココくらいまでもう津波来たからね」とのこと。
それで、もう何もなくなっちゃったんだって。

で、新しくこの水族館を建てた。
だから、まあキレイなわけだ。
最近だもの。
聞けば、松島の方の水族館はダメになっちゃったんだって。

その水族館。
もうね、たくさんの人が来てて。
お父さんとかは、もう疲れて入り口で座ってたり。
こういう施設ではよく見る光景ですね。

一年使えるフリーパスみたいなのも、けっこうみんな子どもは持ってるんだよね、みたいな話もしてて、実際一緒に行った甥っ子も持ってた、と。
この前期限キレちゃったんだけどねー、なんて言ってた。

地元に根付いているというか。


仙台城趾にもちょっと行ったんだけど、山道で。
「この道路も最近じゃなかったっけ?全部開通したの」とかその従兄弟が言ってて。

いや、震災のことって、ホントアレだけど、オレなんかは普段忘れちゃってるけど、まだ終わってないというか。
話の端々に、なんかそれを感じるの。

リアルだな、と思って。


その従兄弟が、ちょっと足の悪い従兄弟のことで、「この距離歩ける?」なんていう話の流れで、「いや、やっぱわたしは足が悪くないから、足が悪い人の気持ちわからないし、見えない人の気持ちもわからないもんだよね」なんて言ってて。

ま、そりゃそうだよな、と思ったけど、そもそも俺もそも「大震災の被害に遭った人たちの気持ちがよくわからない」な、とか思って。

その時、やっぱりいつまでもガスは通らなかったから風呂には入れなくてさ、とか、もう何日かは食事も…みたいな話が、ある意味「思い出話」的に出てくる、その感じが、復興を感じさせてくれもするけど、どっか仙台にすむ人たちの心に「深く傷を残してる」感じもして。


実際に、仙台、というか宮城にたくさん親戚がいるモンで、その辺の話はけっこう聞けて勉強になるというか、いや、聞かなきゃいけないよな、と思ったりして。

人の思い、というか、そういうのね、やっぱ想像できる人になりたいな、と思いました。





(BGM:THE BOOGIE JACK「片隅の唄」from「STREET ROCK FILE VOL.6」)
→ま、いいんですよね。
パンクの歌謡曲化、というか、まあメロディもキレイだし、これはこれできっといいんだと思う。
これが必要な年代もないわけじゃないような気がしなくもない。
俺にはちょっとアレだけど。

「クレジットカード必須」の憂鬱


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仙台に行くコトになって。
母親の田舎ですね。
ま、新幹線。

俺が子どもの頃は東北線みたいなことで、けっこう時間もかかりました。
東京の従兄弟も一緒に行く、みたいなことだったので、俺とアキとその従兄弟と新幹線の切符を買っておこうと思い、値段とか調べようと思ってネットを見たんだけど。

そしたら、どうもネットで買う方が断然安い、という。

アナログ感で生きている俺としては「みどりの窓口」とかで買おうと思っていたのに、それだと、わざわざ駅まで行って、駐車場かなんかに車入れて、で、買わなきゃならん。
しかも、高い、と。

毎日通勤通学で駅を使っているのならまだしも、そうじゃない俺のような者にとって、実際に駅というのは便が悪い。
近い、という感覚がない。
わざわざである。

そうなると、まあネットで買わねばならない、ということになるんだけれど、場合によっては3割安いって言うのよ。
ま、結果的にはそれは数量限定だとかで買えなかったんだけど、1割くらいは安かったかな。

これ、まあつまりは「駅員の手を煩わせない分、安くする」ってことなんだろうな。
手数料分、引きます、みたいな。

ただ、クレジットカードを持ってないとダメ。
駅で、乗る時にクレジットカードを発券機に通す、みたいなことで。
だから、クレジットカードが必須。

これね、こうなると、クレジットカード持ってない人の場合、この恩恵にあずかれない、ということになります。

ネットを見れない環境にいたらなおさらです。
とはいえ、今はスマホとかがあるから、その辺はけっこうカバーされてるのかもしれません。
パソコン自体も安くなったし。

ということで、問題はクレジットカードなんですけどね。
俺はクレジットカードを申請したことも持ってもいないのでよくわからないのだけれど、審査とかもあるわけでしょ。
それに受からないと、という。

たまたま俺の場合は、相棒が持っているので、それで払ってもらう、みたいなことになります。
なんで、クレジットカードを申請しないですんでいますが、まあ市丸とかはクレジットカード持てるんだろうか?。
いや、審査に通るとかの前に、危なすぎて持たせられん。

というか、新幹線の場合、市丸だったら、そもそも障害者割引、みたいなのがあるか。
といっても、障害者割引のチケットは窓口じゃないと売ってないらしい。
ま、でもそこは多少無理して駅に行くしかないのか。
対面販売じゃなきゃ、そりゃやっぱ悪いことを考えるヤツが多い世の中ですから、不正を防止できない、という気はする…残念なことだけど。


さて、クレジットカード。
クレジットカードとかって、なんか買うと割引だったり、ポイントで何かをもらえたりしますね。
同じ金額を負担したとしても、そういう付加価値がつく。
つまり、なんかカード会社に恩恵がある、ということですね。
現金で買うより、カードを経由した方が、カード会社に恩恵がある、と。
そういうことなんでしょう。

じゃなきゃ、そんなサービスは必要ない。

よく「不況をお得に乗り切る!」みたいな文脈でクレジットカードを上手に使いこなす、みたいな話があるけど、それはそれで確かにお得かもしれないが、カード会社にとっては「顧客が増えた」って話でしかなくて、つまりは「お得」ではあるけど、それ以上の「某か」を、我々はカード会社に渡してしまっている、ということになります。
おそらくそれは、よくわかりませんが「ビックデータ」とかいうことなのかしら。

つまり、なんか騙されてる気がする(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-3155.html)んだけど、一方で、イチマルたちは、その「お得に乗り切る!」ことってのができないんだよね、という前提を、まあ確認しておきたい、というか。


「ええ~!ネットで買うとお得なんだ!やった!」ってのはね、消費者としてはわかるし、俺もそうは思いますけど、それって、「ネットで買い物ができない」「クレジットカードが持てない」人たちにとってはマッタク関係のない世界の話、ってことになってる、というのも忘れちゃいかんよね。

そうやって、実は今、日本の社会(だけじゃないのかもしれないが、)は、大きく二分してるんじゃないか、って。
不況でもお得に乗り切る!ことができる、つまり、社会の仕組みを最大限利用できる(能力的にも経済的にも)層と、できない層、と。

「不況を乗り切るお得術」とかのまやかしじゃなく、本当の貧困、というのは、果たしてなんだろう?、とか。
不況が直撃しているのは、どこの層なんだろう?、とか、そういうことをやっぱちゃんと考えたいよな、という話でした。




(BGM:林原めぐみ「ブースカ ! ブースカ !」from「STARCHILDSELECTION II DISC01」)
→1999年にブースカをやっていたとは知らなかった。
その時のテーマ曲だそうで。
俺としては、白黒の元祖バージョンで育った感があるけど、この時のも見てみたいな。

「応援ソング」だいっキライ


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ちょっと前に、なんか「イイ言葉」が浮かばない、と言うのを書きました(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-3973.html)。

で、なんとなく古本屋に行くコトがあったので、まあ怪談の本を探してる最中に、「希望の言葉」という文庫を見つけまして。
100円コーナーだし、いいかな、と思って買ってみたんです。

見開きの片方にその言葉、片方にその背景、が書いてある、という構成。
ちょうどそれが東日本大震災のあとに出された本だったらしく。
その中でいろいろあった言葉やなにやらが収録されてました。

「なるほど」とか「涙が出るような言葉」(特に震災時に於ける利他行動的なこと)というのはありましたが、感銘を受けるとか、「イイ言葉だな」と思ったのはなんか一つもなかった…。

で、思ったんです。
オレね、この震災からこっちの「絆」的な感じが、すげえきらいなんだ。
絆でがんばろう、とか。

いやいやいやいやいや、絆ってのは前からあってさ、それがズタズタになったのがあの震災だったわけなんじゃないの?というか。
確かに、その後もそうした絆でもって復興は進んできてるのかもしれない。
でも、それって、行政のすべきことを「絆」っていう言葉で我々に押しつけてるようにしか思えないところもある。


絆って言われれば、もうなんか誰も「断れません」よ。
「絆」って言葉は、なんか「非国民」をあぶり出す装置のような気もしてしまう。

今問題になってる「原発避難いじめ」もね、結局、「みんなが福島に戻ってるのに!」みたいな、そういうのも根底にあるような気がする。
「みんなが福島に戻る」→なんとなく問題が解決したような感じがする→賠償などをしなくて済む。というね、そういう流れでしょ。
そうやって、五輪もやろうって話でしょ。

それって、誰のためかと考えれば、当然原子力ムラだったり、避難援助しなくて済む行政だったり。
俺らのためでは一つもない。

「みんなが戻ってがんばろうとしてるのに、なんでおまえらはもどらんのだ!避難したママなんだ!」というのは、「絆に反する」みたいに断罪されているんだ、今。


絆が大切、それ自身が持つ意味にはなにも異論はないが、今の「絆」は、とにかくうさんくさい。
いや、こうした「絆」とかって言葉は、行政や他の力から「押しつけられるモノ」じゃないわけだよね。
例えば「愛国心」とか「地元愛」とかって言葉も同じですね。


なんかね、最近のロック、特にJ-POP的な文脈で出てくるたくさんのインスタントな音楽を聴いてると、「がんばろう」とかね、「応援」だとか、もううっとおしい。
いやいや、それに勇気づけられる人もいるんだとは思うけど、いやいやいやいや、今のブラック企業の中で、いくらがんばったって死ぬだけだって。

なんか結局「ブラック企業としてはありがたい歌だよね」とか思っちゃう。
いわゆるB層、とかって人たちは、それを逆にありがたい、と思って聞いてるわけでしょ。
明日も残業がんばるぞ!なんて。
…こまったよなあ。

そこ、ちゃんと誤魔化さないで、「クソ企業の歌(実名入り)」とかって歌が片方で流行ってればいいですけど、そういうこともなく、テレビは政権の言いたいコトを垂れ流してるような状況、もうね、これじゃ「一億総白痴化装置」どころか、「一億総奴隷化装置」ですね。


んなワケでデスね、つまり、オレはきっとこういう「希望の言葉」みたいな、「イイ言葉」みたいなモノに、オレはすごく「辟易してる」んではないか?と。
「考えられなくなった」「浮かばなくなった」のではなく、なんか「考えたくない」というかんじなのではないか?、と。

エグザイルバンザイとか、夜中にドンキにたむろする人たちにとって、なんかこの「絆」とか「耳触りのいい応援歌」「がんばれって言葉」って、すげえ、入っちゃう気がする。
というか、そこターゲットにこの本も作られてるんだろう。
というか、その部分が日本の半分以上を占めてるわけで。

なんか、もうこの「イイ言葉ラッシュ」「絆ラッシュ」みたいなもののバックに「電通」って言葉も浮かんじゃったりして、なんかもう、ああ!いやだいやだ!と。


イイ言葉、反対!みたいな。
そういう気分である、ということが、この本を読んでわかりました、はい。








(BGM:Resurrection「バーバリアン」from YOUTUBE)
→もうね、録音としてはメチャクチャだと思うんですよ。
でも、ここまで頭に残っちゃってるんで、しょうがないです。

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