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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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二人で思いっきりどうぞ


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17の方は予約でいっぱい、とも聞きました。
詳細は、ツイッターではなままさん( @hanamama58 )まで!急げば間に合う?かな?


てなわけで。

人前ではやらなかったとしても、例えば風呂とかに浸かってるときに、「ふ~じこちゃ~ん」とルパンのマネをしてみたり、「そうです、わたすが変なオジサンです」を言ってみたり、だっふんだ、をやったり、あなたはしていませんか?

え?一度もしてない?
…信じられない…。

俺はまあ、よくやってるし、もう昔からよくやってた。

特に俺は一人っ子ということもあって、基本こうしたことはやり放題というか。
部屋もあったしね。
俺の机は朝方オヤジが仕事に使っていたりしていたけど、それも朝だけだし、基本、もう部屋に入ればやり放題。

あ、物まねね、物まね。

小学校も高学年、中学生くらいになると、ラジオやカセットテープに録音した某かを聞きながら勉強したり、まあ勉強ってほどのアレでもないんだろうけど、そういう時ってのも、基本、マネしちゃうでしょ?

あれ?しない?

例えば、サザン。
巻くっしょ舌。
オフコースなら、なんか出ないのに高音的な。

でも、もう人に聞かせられるアレじゃないんだよね。

俺なんかは、小学校時代、けっこうビクターの音楽スタジオでドラムなんかを自由に叩かせてもらったりしてたくらいの特待生だったから、ドラムはウチにはないけど、スティックを借りてきて、そのドラムを模してウチの机に本とかおいて、高さを調整しまして、音楽に合わせて叩いたりしてました。
まあ、本を叩いてるんで音なんか出ないんだけど、でも、なんかリズムをとるのが楽しかったんでしょうね、もうずっとやってた記憶があるけど。

ギターとかも弾いてたな。
結局、Fで挫折しぎみで今日に至るけど、なんかもう、「真似」ということに関してはいろいろやってて。
ギターを背中に持っていって弾く的なこととか。
片足をあげてポンポンポン、とロックンロール気味で、とか。

誰かに見られたらもう赤面というか、穴があったら入りたいというか、もうそんなことはあってはならない感じでやってましたけど、まあ一人っ子だし、両親共働きでしたから、けっこう一人でずっと。

ま、そんなわけで、みなさんはどうなんでしょうか。
もっと若い世代だと、とりあえず「ラブマシーン」とか言ったりしませんでした?
ウィスパー気味に。

これ、結婚したらどうなるか?ということなんですけど、基本、まあ大人になってますから。
子どもの頃に比べ、時間もない。
恥も多少知った歳になりますと、まああまりやらなくはなりますが、ウチなんかはよくやる方かと思います。

相棒のアキなんかはよくやってますね。
矢野顕子さんとか急に始まる。

でもまあ、なかなか一人に比べると、多少クオリティが要求されるというか、独りぼっちの子どもの頃の「誰にも聞かせられない!」という感じは薄れていくというか、そこまでの「思い切った物まね」はなかなか難しいとも言えます。

そういう意味で、結婚より独身がイイ、という人が多くなってきたのかもしれません。


が、ですね、この前発見しまして。
先日、志村王国に行ってきて(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4157.html)変なオジサンを実際にホンモノを見まして。
ホンモノ?っていうか、なんていうか、まあ見まして。
改めて感動、というか。

いろいろもうサイコウなんですけど、あれって、群衆の中の一人が、「このオジサンヘンなんです」と言って、群衆Bが「何だキミは?」と聞いて、変なオジサンは、なんだかヘンテコにちょっとだけ肩をいからせたり、群衆の方面に「ちょっと」手を差し出したりする。
すると、群衆は、「おおおお~」ってよける。
届きっこないのに、よける。
そういう一連の動きがあって、やっと、変なオジサンは「何だチミはってか?!」といって「変なオジサン」と踊るわけです。
踊りの最中にも、その「届きっこない攻撃」が入ったりして、そして、だっふんだ、と。

で、この変なオジサンをマネしようとしたとき、やっぱ一人じゃできないんですよ。
相棒に、「何だキミは」と言って欲しい。
それを受けて、届かない攻撃を経て、「何だチミはってか!」と言いたい。

正直ね、これ、一人でやると、面白味が25%くらいになっちゃうんですよ。


いや、まあ、そんなわけで。

…何が言いたいかというと、相棒がいる方、気のおけない友だちがいる方は、ぜひね、二人で変なオジサンの物まねを、「思いっきり」やっていただきたい。
本当に、楽しいから。






(BGM:小柳ルミ子「ヒーロー」fromYOUTUBE)
→これはやっぱスクールウォーズの方のバージョンが身近ですが、この小柳ルミ子さんバージョンは歌詞も違うのね。
しかも、なんかその歌詞が「すてきな男を捕まえるわ!」みたいな感じで、そういうキャラで行きたいのはわかるが、ちょっと見てらんない。
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仮説としてはアリ、くらいの


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大阪、そうそう行けないので、みなさん来てね!


てなことで。
ちょっと考えたんですけど。

夕飯として、一人でコンビニ弁当を食べる、ってのは、多少淋しい感じがします。
ま、そうせざるを得ない時もあるかとは思いますが、できれば避けたい。
いや、「毎日そうですけど」って怒られるかもしれない…。

実際はそうでもないのかしら。
テレビを前にして、ボソボソと一人で食べるという感じ。
まあ、気楽でイイのかな、とも思うけど、ハンバーグとかご飯とか、多少の漬け物とか食ったら終わりだし。
そんなに時間もかからんだろうしさ…。
そう考えると、やっぱ、なんか淋しい感じが。

このまあ淋しさが何なのか?と考えた時に、コンビニだからか?と。
ホカ弁屋さんの弁当だったらどうか。
いや、まあ、それも淋しいわな。

逆にどっか淋しさが増す気もしたりするからおかしなもんである。
ホカ弁。
まあ、もう今は言わんのかもしれんなホカ弁。
売ってるおばちゃんとちょっと仲よくなったりして。
「いつものね」なんて。
「ちょっと大盛りにしといたわよ~」とか。

でもまあ、なんか家に帰って食べる時にはもう一人ですから。
逆になんかその落差ね、落差。


ま、これらが二人で食べる、だったら?
多少淋しさは紛れますし、むしろ二人の結束は硬くなる気がします。
「何年か後に、今日の二人で食べたホカ弁をきっと思い出すよね」みたいな。
三人になると、もうわいわい?
四人だと、ちょっとビールも必要になる感じもしてきます。


さて、まあ話を戻しまして。
一人だとして。
じゃあ買ってこなきゃどうか?と。

家にあるモンで簡単に、お茶漬け!はどうか。
とりあえずお湯を沸かして、お茶づけ海苔をかけてさらさらっと。

ま、淋しいというよりこれは量がね。
飲んだ後とかならまだしも、夕飯にはならないか。

でも、例えばコレを納豆や卵かけご飯にしたとして、淋しいと言えば淋しい感じはする。
というか、貧しい感じすらしてしまうな…。
ジャンルが変わってきた…。

っていうか、「スゲエイイ卵」ってのも最近はあります。
「下手になにかおかずはいらない」みたいな。
そういうのだったらば、貧しい、ってのとは違うけど、でもまあ淋しい感じはするか…。
というか、マニアックな空気感だな。


ま、どっちにしろ、量がたらんわね。

じゃ、やっぱ納豆ご飯だけじゃ量がアレだから、これに味噌汁をつけたらどうか?と。
想像してみましょう。

お!よくなってきた?。

お新香の小皿を。
鮭を焼いてお皿に乗せてみましょう。
昨日の夕飯で残っていた大根の煮付けもあっためて小鉢に入れてみたりして。

あらあら。
なんか、ちょっと「さみしい」からは遠くなってきた気がしませんか?

おそらく、箸の動きも多くなるからですかね。
お新香を食べたり、ご飯食べたり、鮭を食べたりって。


いや、ここまで考えてデスね、お皿の数=一緒に食べる人の数みたいな感じがしてきませんか?
…ってしねえか。
でも、まあ仮説としてはアリ、くらいの感じでどうでしょうか。

まあ、人に比べて、お皿の効力は小さいですか。
人一人分が、お皿4つくらいか。


だからまあ、やっぱ「みんなでいろいろな皿をテーブルの上に並べて食べる」が、まあ、最強というね。

ごく当たり前の簡単な結論にたどり着いております。






(BGM:gabell「レイプ」from YOUTUBE)
→ADKのNEOパンクディスオーダリーというコンピは、とにかく1作目も2作目も「ジャンクが詰め込まれてる」感が、すげえよかった。
録音のアレも相まって、なんかパンク感がハンパない。
あのパッケージで再発とかしてほしい。

誕生会をやる仲間とやらない仲間


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先日、サンゲン会ってのをね、やったわけですが。
通常の飲み会、というか、何のてらいもない飲み会。
こんな純粋な飲み会、なかなかないよね、みたいな。
打ち上げでもなく、同じ職場でもなく、なにかを論議するわけでもなく。

ま、なかなか楽しいわけですが。

で、始まる前に、アキと加納さんがたくらんでいたようで、いや、たくらんでいたというと悪い感じですが、ケーキをね。
参加する人の中に「誕生日が近い人がいるから」という。
先行して現地に行ってた加納さんが準備して、店にあずかっててもらって、ケーキ登場の歳には店の方に電気まで消していただいて、みたいな。

サプライズですね。
サプライズケーキ登場。

ま、どうですかね。
けっこうもう暗くなった時点で、最近は「誰?誰?」みたいな感じにもなってきましたけど。


この感じ、あまり昔は俺は嫌ってたかもしれない。
でもまあ、最近はアキや加納さんがノリノリなのもあって、いろんな場面でやってて。
誕生日もいいなあ、と思うようになりました。

けっこうさ、こういうのを「仕込む」のって、手間がかかるでしょ。
にもかかわらず、この二人は、嬉々としてやる。
「他にやることあるだろ…」というか、まあやることをそっちのけでやってたりするので、なんかもう、その準備を見ているだけでなんか楽しくなる。


アキに言わせると「誕生日おめでとう」って言われて、イヤな人もいないんじゃないの?ということになる。


俺は一人っ子なので、誕生日を祝うっていっても、そんなにね、家で盛り上がるということもなく。
下に兄弟とかがいたりすると、けっこう高校とか大学になっても家で誕生会をやる、みたいな話しを聞きますが、一人っ子だとそういう「家のイベント」が、結構短い期間で終わっちゃうのよね。
そんなこともあって、なんかそもそも「誕生会」みたいなのってのが、こそばゆい、ところがあって。

でもまあ、実際にやってみると、けっこう楽しくなってきて。
素直に喜べばいいんだな、ということがわかってきまして。

昔の俺を知ってる人は、きっと俺はすごく変わったな、という話でしょうけど、でもまあ、今の方が楽しいので、いいんです、それで。


アキはプレゼントなんかもけっこうする人で。
どっかに行ったらお土産買ったり。
誰にも彼にも、ではないけど、「あの人にあげたいんだよね」というようなことをよく言う。

俺はなんかそういうプレゼントとかもまったくしたことがなくて。
親にもなにか贈ったことはなかったし、兄弟もいないから、そういうのもなくて。
大人になってからも、誰かが誕生日だから、とか、この前、これ欲しがってたから、とかいうことで人になにかあげたことがほぼない。

だから、当然もらわない。

でもまあ、そうやってアキに引っぱられてる形でプレゼントとかをあげるようになったら、自分ももらうようになったりして、最近はなんか、そういうモノが家の中に増えてきた。


誕生日をやらなかったときは、誕生日をやってもらうこともなかった。
プレゼントをあげなかったときは、プレゼントをもらうこともなかった。

つまりまあ、世の中には誕生日をやる集団と、やらない集団、がいて。
今は俺や俺の周りは、やる集団、なんだな。

やったからいい、とか、やらなきゃいかん、とか、そういうことじゃないんです。
やらなくても、ステキな集団はあるだろうし、誕生日をやるやらないで、その仲間の質がどうこう、ってわけじゃない。

ただ一つわかることは、やる人にはやる人が集まってくるし、やる人が中心になっていけば、周りもやる人に変わっていく、というか。

俺はまあ、こっち側になってなんか楽しいので、よかったな、と思ってますね、はい。


sange1.jpg

sange2.jpg

sange3.jpg




(BGM:鹿取洋子「Going Back To China」fromYOUTUBE)
→これはどこを狙ったんだろうか。
いや、楽曲はすげえ面白いし、いいと思うんだけど。
誰かカバーしたりしてないのかな。

距離感がよ…


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…とか言われてもなかなか来にくいよね!
でも、きっと大丈夫!。
市丸たち抜きのウチの連中とか、教育委員会とか、教師とか、まあ、普通の会社の人とか、本の編集の人とか、時にジャッジする人とか、マジシャンとか、まあいろいろで、飲む。
特に理由なく、飲む。
という、純粋なヤツであります。


てなことで。

夏休みと言えば自由研究。
ま、「なんなんだよ自由研究って」、みたいな悪態の一つもつきたくなる感じもありますけど。
っていうか、なんか、オレのころはなかった気もしてきた。
工作でなにか作ってこい、みたいなことだったらあったような。
いや、もうしっかりとはよく覚えてない。

この前、「すごい自由研究をした」って子どもたちが出てくる感じのテレビをやってまして。
とにかくすぐに科学実験みたいのが始まっちゃうウチの子の自由研究だとか。
忍耐力を必要とされることを毎日続けたとか。
見ていてまあ、「すげえなあ」という感想しか浮かばないわけですけど。

まあ、昨年とかの過去の自由研究を取り上げていて、「その時どうだった」「どうやってこの課題に気づいたのか」とか、「どうやったのか」とかを、実際にその子の家に行って映像にまとめ、それをまあスタジオで見ながらああでもないこうでもない、ということを言う、というスタイルの番組で。
まあ、スタジオでも「すごいね」って感想くらいしか出ないんですけど。


まあ、総じて言えるのは、この手の番組に出てくる子の家は一軒屋。
そして、まあとにかく「親が付き合ってる」。
つまりは親が付き合える、というそれなりの金銭的な部分、がしっかりしている、というのが見て取れる。

まあ、あたりまえなんだよな。
親がしっかりした考えを持ってないと、なかなか子どもに「自由に研究しろ」って言っても無理なのはハッキリしてて。

大人は簡単に「おまえの疑問に思うコトを調べればいいんだから」って思うかもしれないけど、子どもにとってこれは「学校の課題」であって、「学校の課題にあう疑問」というものをまず探さなければならないことから始まるわけで。
それが例えば「エコ」だったり、「金がかからない」だったり。
少なくとも、「ゲームの攻略」というのは、学校の課題としては似合わない。
いや、俺はイイと思うけど、自由なんだから。
でも、まあ「それは違うよな」って、まず子どもとしては排除する中身だわね。

例えば科学実験みたいなモノに気づく子ってのは、まずこの「探求心」とか「疑問に思う気持ち」ってのが、「育ってる」んだよね。
それって、やっぱ周りにいる大人、まあ親の姿勢が大きいのは当然で。

だって、「学校なんか行って勉強したって、結局足し算くらいしか役に立たねえよ」なんてマジメに言ってる親の元で育ったら、やっぱそういう「探求心」とか、社会に対して疑問に思う、って気持ちは育たない。
もう、目の前の「生きる」っていうことにしか人生が消費されないことになる。

「塾に行きなさい」とか「体育は受験に関係ないから見学しなさい」とか、まあそんなコト言ってる親の元でも育たないだろうなあ、その辺の子どもの疑問、とかって。
学校をバカにしたり、教師をバカにしたり、そういう親の元にいる子もだめかもしれない。


だからまあ、なんだかんだ、親の姿勢なんだよね。
大人の中で、身近にいるのは親なんだから。
親が社会を、どういう風に子どもに理解してほしいか、を考えて接してるか?というか。


ま、この自由研究、けっこう「親との共同作業」なんてまとめてる感じもあったりして、つまりは親のそうした「姿勢」を「ただす」ためにあるような気もしてきたんだけど。
でもまあ、多くの親はそこまで考える事もなく、夏休みだろうが毎日の自分のパートでタイヘンな思いをしてる、って感じじゃないかと推測するけれど。
そういうのは、まあ教育改革とか言ってるセンセー方とか、学校の先生にはわからないところかもしれません。
一緒にやってやりたくても、やる余裕がないんだって。
余裕がない、ってのが、その方達が考える「余裕がない」、じゃなくて、ガチなんだって。

結果として、まあ格差がね、どんどん開いていっちゃうわけですけど。


ま、それはそれとして。
この番組を見て、ものすごくオレが「怖かった」のはもう一つあって。

というのは、この番組、去年の自由研究だとか、過去のことをアレしてるから、出てくるのが中学生だったりするわけ。
「小学校の時、こんなことやった」って話になるから。

で、その子たちが、もうものすごくいい子で。
親との距離感がものすごく近い!

…ゴメン、ちょっと気持ち悪い…。


この親との距離感、実際、今はもう成人したけど、ウチの子とかも、なんか近かったというか、あまりリジェクトされた感じがない。
いや、まったくないわけじゃないけど、自分が子どもだったころの体感から比べると、かなりゼロに近いと言ってもいいんじゃないか。

これ、もう他の親子も同じで、まあよく親と一緒にサッカーやってたり、習い事やってたり、まあ普通になんかやってる、というか。
それがもう普通の風景じゃないですか。
その辺のグランドとかでよく見ますよ、そもそも。
サッカーの休憩時間に親のところに駆け寄って水飲んでたり。
ま、そういう「感じ」なんだろうな、子どもたちの社会が。


オレの小学校の時なんかは、もうなんか親と一緒だと恥ずかしかったし、親が子どもの集団に入ってくることに対しての警戒感がものすごくあったんだけど。
親とどっか行く、という経験が小学校のはじめくらいであとはないよな、とか思い出すんですけど。
両親とも働いていたし。

聞けば、今や大学に保護者用の窓口があるとか、いや、その保護者用の窓口があるかどうか、が入学生の数に影響するっていうんだから、驚く。
つまりは、なんか大学ですらオレの時代とはマッタク違うモノになってるというか。
大学ってのは、大人への入り口で、親から離れる儀式のようなモノだったなあ、と思うんだけど。
今やそういう感じではないのかもしれない。

ま、それもこれも、いろいろな社会情勢や、そうしたウブな学生につけ込むビジネスなんかが隆盛ですからね。
どうしても親が世話しなきゃ、になるのかもしれない。
大学側も「親がめんどう見てください」といいたいのかもしれない。


ま、実際のところはわからないんで、もう推測でしかないけど、なんかでも全体的に「幼稚」になってる感じはして。
それはオレが大人になったから、なのかもしれないけど、それをさっ引いても、なんか「親がめんどうみすぎじゃないだろうか」という。
あ、いや、間違った。
「めんどうみられすぎじゃない?君たち」って。




(BGM:佐藤奈々子「サブタレニアン二人ぼっち」fromYOUTUBE)
→いや、この吐息系?脱力系?がすげえのよ、歌い捨てていく感がすげえ。
曲もけっこう難解、というか、なんだこの展開。

カッコイイ大人に! まず墓参り。


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先日、まあお盆ですから。
アキの実家に行って、お墓参りをしました。

俺はそもそも親の実家が遠いということもあり、小学生とか小さかったころは田舎にもいきましたが、その時にきっとお墓参りはしていたと思うんです。
でも、中学くらいからは行きませんからね。
あまり記憶にはありません。
同時に、家族が誰も死んでいないので、お墓が身近ではありません。

祖母とか祖父とかの墓は、とにかくまあ東北新幹線に乗って、降りてまたバスで小一時間、しかも数時間に一本しかない、という形でありまして。

とはいえ、アキと再婚してから、おふくろやオヤジの田舎にも一緒に行くようになったりして、そこで墓参り、みたいなことはここ二三年やってますね。

どうでしょうかね。
「お墓参り」が近いというか、そういう人もいるかと思うんですけど、ってか、そっちの方が多数か。

しかし、俺にとって、お墓参りって、あまり経験がない、という話なんですが。

子どものころ、まあ同居していたお婆ちゃんが亡くなって、お墓も近くにあって、という方なんかは、お墓参りに近い、というか、そういう人生だと思うんだけど、俺にとってお墓参り、が遠いわけです。
ある意味幸せ、なのかもしれないけど。


そういえば、法事なんかに行って、「あ、これはずっと正座してなきゃいけないのかな?」と思った若いころ。
でも、田舎の本家のみなさんとかが座を崩しているのを見て、「あ、これはあぐらでいいのだな」と理解し、ほっとする、みたいな。

そもそも、寺とかも縁遠いんですよ。

俺は千葉の埋め立て地の巨大団地に住んでいて、檀家とかそういうアレもマッタクないわけで、お祭も神事というよりは、団地の自治会の「催し」で。
なんだろう、そういう寺とか神社とかの区別もよくつかないというか、その文化がないんだよね。

おおよそ日本的ではない、というか。
日本が大好きな外人が聞いたら「オー、アナタホントニニホンジンデスカ?」みたいな。
どっちかというと、なんかすげえバチアタリな感じがします。


で、なんで、俺なんかは、墓参りのスタイル、というか「流儀」がよくわからない。
水かけたりするじゃないですか。
花をあげたり、お線香も。

その辺、まあ、今になって思えば「気持ちの問題だよ」という気がするんだけど、神事にまつわる「流儀」みたいなのに精通してる感じで、「さっ」とそういうのがデキる人ってかっこいいな、って思うワケです。

俺はなんかどっか、こう他人がやってるのを見て、こう「おそるおそる」感が出ちゃうわけですよ。
それをさっとやってのける「お墓参りに慣れた人」に、俺はなりたいわけです。


そもそも、お墓とかお寺とか、なんか「おどおどさせるモノ」がありますよね。
心霊的なこととか、果てまた呪い、みたいなことも考えますし。
って、「んなことはないんだろうな」とは思いつつ、しかも、お墓参りなんて元は親類ですからね。
親類にひどい仕打ちをしたってことならアレですが、そもそも俺はそんなに付き合いないし、怨まれる筋合いもない、というか。

でも、だからこそ、このお墓参りが「無礼」であった場合、お墓に眠ってるサイドとしては「おい!おまえ!いいかげんな墓参りしやがって!」みたいなことにならないか?と思ったり。


でもまあ、つまりは「気持ちの問題」なんだよね。
お墓にしても、法事にしても、やっぱ「生きてる人のためのこと」のような気がするし。
生きてる人が納得するためのもの、というか、忘れていくためのもの。
悲しい気持ちを、だんだん丸くしていく、というか。
法事なんか、その最たるもんって気がするから。
だから、そう考えれば、まあ気持ちの問題で、流儀とかの形の問題じゃないんだろうな、とは思う。

けど、そういうこととは全く別に、こうした墓参りがスカッ!とデキる人になりたい、と。
やっぱ、生きてるサイドから見て、その方が、カッコイイもん。
少なくとも、もう墓参りでおどおどしたくない。
そんな年頃だよな、50なワケだし、うん。







(BGM:ソウルフラワーBiS階段「こたつ内紛争@ボロフェスタ2013」fromYOUTUBE)
→BiSて、結構出てくるなあ。
階段言う非常階段のアレですが、これはソウルフラワーだわ。

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