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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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「全くそんなつもりじゃないのに」


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同じ言葉を使っても、伝わる中身が違ってくることがあります。
なんなら真逆に取られてしまうことも。
「全くそんなつもりじゃないのに」という事態になることも。

ってか、その真逆に取られた中身はたいがい思いもよらないことだったりする。
「え?」という。

例えば食事をおごるとします。
会計の時に、「今日は俺が誘ったからいいよ」と俺が出すコトってあります。
特に若い子を誘ったときとかはそうなりますね。
でも、なんか後になって、「おごられると好きなものが食べられない」とか言い出す人もいるんですよね。
もうまったくそんなつもりなかったし、会計で言ってるし…、と思うんだけど、まあそういうこともなくもない。

そういうのがけっこうコワい。
俺は初見の人とあまり話が出来るタイプではないのだが、その原因はこれもある。

で、ツイッターで、「無意識のうちに「相手が自分と(同じ)価値観で動く」と考えてしまうことを「ミラー・イメージング」といいます」というのが流れてきて、あ、それか、と。
自分が思いもしないことは、そもそも想定できないのだ。

なんかの事柄を見て、「あいつはズルい」と言うのは、そもそも「ズルいことして儲けたい」とか思ってるから、というのがあるからだ、ということですね。
そもそも「ズルいコトをする」という発想がなかったら、「それズルいよ」と思い至ることはなかなか難しい、と。
ま、熟慮したら思い至るかもしれないが、まずそれが最初には浮かばない。
なんかそれはわかるような気がする。

ま、これ、否定的なコトに多いような気がしますね。
「バカにすんなよ」というのも、「バカにしたい」という気持ちの裏返しなのかもしれない。
人より優位に立ちたい、と思っているから、他人の成功を妬んだりする。
他人のよいところが認められなかったりする。

結局、他人への評価は自分の内面である、みたいな。

俺はあんまり愚痴を聞くのが得意じゃないんですが、あれって、他人の悪いところを言ってるようで、自分の内面を喋ってる気がするからなのかもしれない。
それはなんか自分の欲望が吹き出してるような感じ、というか。

ま、他人のことをどうこう言っても、結局他人は変えられない。
直言したところで、変わらないことが多い。
そもそも、他人を変えようということ自体がおこがましいわけだけれど。

だから、結局他人のことをどうこう言ってもあまり意味がないと思ってて。
ただまあ、とはいえ、他人によかれと思うことはしますけど。
って、それも俺の物差しでの「よかれ」ですね。
そこにはあまり意味はないんだけど。
でも、それもヘンな風に取られてしまうこともあるけれど、あまり気にしないようにしようと思って。
お節介でもいいかなって。
別にそれだけのことで、他意があるわけじゃなく。
って、それも俺の物差しですね。

最近は、なんか「俺は誰かよりソンしてる」という感じが蔓延してると思って。
「ソンしたくない」という。
「なんで俺の時に大盛りじゃないんだ」みたいな。
「なんで俺の時にポイントカードのことを言わなかったんだ」みたいな。
CMでも、「知らなかったの?」とかって言って、「○○カードなら千円ポイント還元!」とか。
「あなたソンしてませんか?」という感じで問われてる感じで。

ま、どうですかね?
「俺はソンしたくない」「俺は誰かよりうまく儲けたい」みたいな感じに聞こえちゃって俺はあまり好きじゃなくて。
好きじゃないを通り越してけっこう不快というか、あまり好きじゃないですね、この手の「あなたソンしてませんか?」って問いかけ。

てなことで、それもまあ俺の物差しですね。

では特に結論もなく、これにて今回はチャオ!





(BGM:桂銀淑「冬のたずね人」from「桂銀淑」)
→北へ帰る夜汽車に乗るよね、やっぱ。
演歌はそうでなきゃいけない。
名もない何処かの岬に着くし。
でも、探さないでね、と。
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校則でまもれらる大学生になんかなるな


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これを書いているのは三月終わりなんですが。

どっかの大学の学生が旅館でやりたい放題しています、みたいなニュースが流れてきて。
どうも、「とあるサークル」ということらしい。
ま、その後このニュースを追ってないのでどうなったかはわかりませんが、まあそもそも大学にまで行って何やってんだガキが…という話ではありますが。

で、これについて、俺は大学が謝ったりしたらダメなんじゃないかと思っておりまして。
なぜなら、どうもそもそも非公認サークルだったという話もあり、完全にもう大学の管理下の話じゃないと思うからです。
逆にこれを大学が謝ってしまったら、単純に当局は学生の日常を管理しようとしてくるのではないか?

俺は大学には自治が重要だと思っていて。
俺が大学に通っていた35年くらい前は大学等局の様々な締め付けに、学生は反対をしていました。
大学内の自販機にコカコーラがないな、と思っていたら、入れるのを阻止している人たちもいて、それはコカコーラ社の姿勢や歴史的背景だというような話だった。
ま、それは俺はなんかすごくいい話だな、と思って聞いていました。
やっぱ、学生が自分で大学のことが決められる、というのはすごく新鮮だったし嬉しかったのを覚えている。

高校までは、やっぱ校則があったりして、そもそも服だって髪型だって「規制」されていた。
でも、大学というのはそうじゃないのだ、と。
逆にそれは大人としての自覚も求められるわけだが、でも、それがむしろ大学なのだ、と。
大人になっていくことを誇らしくも思ったところもあったり。

俺が出た大学は俺の息子も通った。
そしてそれは今の事務所の目の前にあるワケだが、どうもいろいろ規制が激しくなっているのは正門から見てるだけでもわかる。
まず、大学内には自転車や車、バイクでは入れなくなっている。
昔は入れた。
それでどうこうもなかったと思うが、それでも大学はそれを「校則」にした。
聞けば、飲酒もダメだそうで。
いやいや、別に二十歳の大人が酒を飲んで悪いことはなかろうも…、と思うが。

当時は先輩や先生も交えて、深夜まで学生準備室や教授の部屋で飲んだものだ。
そこで喧々諤々、まあ学生だから大したことは言えないが、それでも夢はあったから、いろいろなことを話したし、ケンカにもなったりして。
今思えば、そのくらい熱く未来を語っていたように思う。
まあ、ちょっと気恥ずかしいが。

でも、そういうことはダメらしい。

確かに、大学は勉学の場所だ、というのはわからなくはない。
けれども、勉学とは何か、を考えたら、それは「生活」ではないのか。
生活そのものが勉学であって、出会うこと、出会う人、そういう人とどうやって世の中を進めていくか、というのが勉学の意味だろう。
そこには酒もあるかもしれないし、食もあるかもしれない。

そして何より、今大学にはコンビニが入っている。
あれだけ俺がいた当時、自治会なんかが反対していたコンビニが、である。
恐らくは自治会が負けたのだろう。
確かに俺の頃から自治意識は下落し始めていた。
でもまだ、グローバル的な企業を学内に入れることはまかりならん、という雰囲気があった。

そういえば大学が独立行政法人になることを、俺の卒論の担当教授はうれいていた。
絶対に阻止しなければ大変なことになる、と言っていた。
でも、それは俺が卒業して16年後に実現してしまう。

支配層は、大学から自治を奪おうとしていたんだ。
当たり前だけど。
俺らがいた頃からそうだった。

確かに一つ一つは「大したことない」と言ってしまうことはできなくはない。
自転車置き場が出来た、とか。
コンビニも便利でいいじゃないか、とか。
酒は外で飲めばいいじゃないか、とか。
非公認サークルだからといって、でもなんやかんやその学校の学生なのだから学校は謝ってもおかしくないじゃないか、とか。

でも、その一つ一つがいつかトラップのように束になって自治は奪われていくのだ、ということなんだよね。
コカコーラ一つ、自転車一つ。

今回のことは、あくまで彼ら大人が(そういえば成人年齢は18歳になっている)、学校のコトとは関係ないところで、いわばプライベートで起こした問題である。
だから、そこで当局が謝ることが彼らのプライベートの管理につながるのではないかということがコワい。
大学内でのことだけならまだしも、プライベートまで当局が管理するコトになったとしたら、その先にあるのは独裁じゃないか…。
北のあの国と何も変わらない…。

まあ、確かに大学に道義的に問題がない、とはならないかもしれない。
だから、まあ謝るな、ということも言いにくい。
でもそれでも謝るとするならば、これはプライベートなことであることをキッチリ明言し、本人に責任を取らせる道を塞ぐようなことがあってはならないと思う。







(BGM:ラフベリーディッティーズ「応援歌」from「イカサマフェスティバル - EP」)
→あ、やばい応援歌…。
俺、「みんながんばってるよ!」「きみだけじゃないさ」みたいな応援歌すげえ嫌いなのよ…。
と思ったんですが、全然違った。
自分たちのバンドの応援歌。
これならぜんぜんいいわ。

修繕費って必ずかかるでしょ?


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これを書いているのは、4月の半ばなんですけど。

さいたま市が、高齢者介護などを行う公設民営の複合施設「グリーンヒルうらわ」(緑区)を廃止する方針を決めた。同施設内のケアハウス(軽費老人ホーム)では約70人の入所者が生活を送っており、市から突然転居を求められたことで動揺が広がっている

てなニュースが流れてきました。
これね、まあ結局は大規模修繕に22億円かかる、というのが理由らしいんだけど。

この手のニュースが流れるたびに思うんですよ。
この手のニュースってのは、例えば首都高速。
首都高はそもそも無料化する、という話であったはずだが、無料化されない。
なんと2115年に無料化する、との話だが、これも無理だろう。
ってか、なんだよ2115年て…。
だってその理由が、ニュースによれば「高度成長期に急ごしらえで整備された全国の高速道路は老朽化が進み、数兆円規模の追加補修費が必要と見られている」っていうんだから。

バカなのか?と。

だってそうじゃないか。
自分で家を建てたとする。
もちろん、購入費用というのはかかる。
土地も買うし、建物も買う。
でもそれで終わりじゃないじゃん。
修繕費用だってかかっていくわけでしょう?
それを見越して、じゃあ賃貸がいいか、持ち家がいいか、なんて論議もあるワケで。

つまりですね、上記の老人ホームの件も、老朽化わかってましたよね?って話なんですよ。
わかってない、想定していない、というのなら、もうバカだそれ。
首都高も同じでしょう?

なんでそれ込みで試算しないの?
意味わかんないんですけど。

とりあえず「建てりゃいいや」、で、運営してる民間も「その間やれればいいや」みたいなことなんですか?
なにそれ?
建物は老朽化するでしょうに。
ウチだって数年前に屋根直してもらいましたよ?
それ込みで持ち家を選んだわけでしょう?

こういうことを言うと、個人と国(行政)は違う、とか言い出す人がいますが、じゃあ違ってもいい。
だとしても、この老朽化について考慮に入れない、という理由にはならない気がするんだよな。
どのみち、修繕は必要になる。
で、そのお金は急には確かに出てこないかもしれないけど、積み立てるとかいろいろあるでしょうに。

福祉関係でいろいろ建物建ててるところも多いと思うけど、それだって自前で修繕してると思いますよ?
そりゃ耐震のことなんかとか、一部補助とかがあったとしても。
にもかかわらず、公設とかいうと、一気にその分は免除されるわけなのか。

例えば老人ホームとかって、福祉避難所とかの機能だって考えられるというか、そういう公共の財産でもあるワケでしょう?
道路は言うに及ばず。
それに対しての試算が甘すぎないですか?と思うワケですよ。
そもそも公設というのは、税金で建ててるわけでしょう?
だとしたら、それを修繕費がかかるから壊します、って何?と。

橋を作るにしても、なんにしても、老朽化は避けられない。
その部分を未来への負債として残して、とりあえず建てればいいや、ってやり方、やっぱどうにもならんのではないか?
というか、日本はあっという間に貧乏にもなってるわけだ。
あまりにも過酷な負債なのではないか?

今、マンションとかでも修繕の話が出ていて、色々もめているともいいますよ。
そりゃいきなり200万出してください、って無理だと思う。
だからどうしたらいいか、ってのを考えないと。
マンション自体も不良債権化しちゃうじゃん。

つまりね、修繕費セットでやっぱ考えましょうよ、って話。
例えば老人ホームなら30年後には壊しますってのならわかる。
首都高も、無料なんて聞こえのいいこと言わなきゃよかったんじゃないですか?
ウソじゃないですか結果的に。
老人ホームは終の棲家としてみんな考えているから、確かに30年後に壊します、で人が入るかどうかは知らない。
けど、結果としてこういうことになったらどうしようもないじゃん。

まあ、確かにそんなこと言ってたら道路も橋も作れないよ、ということもあるのかもしれない。
だとしても、建てちゃってあとは未来に、ってのはやっぱちょっと無責任じゃないか?
その時代には新たなモノも建てなきゃならない上に、過去の修繕費もかかっていくわけでしょう?
過酷だよ。
…とオレは思うのだけれど。








(BGM:タイガー・ジェット・シン、ゴージャス松野、浅野起州「「妖怪人間ベム」のテーマ」from「BEST HIT I.W.A.」)
→もうサイコウの一枚である。
こちら関係者からいただいたんだけど、浅野社長の挨拶から始まり、各選手の入場テーマの合間にこんな感じのトラックが続く。
いや、タイガージェットシンさんて、シャレのわかるいい人なんでは??

イモイモイモ…


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農林水産省が出している「いちばん身近な「食べもの」の話」というパンフレットがすごい。
ネットでも見れると思うので検索してみてください。

ま、基本、いいことを書いています。
食べ物は地産地消しよう、とか。
食糧自給率を上げよう、とか。

賛成ですね。
そういうこと、進めてもらいたいと思います。

実際には、日本の食料の多くは輸入されてまして。
んなことはみなさんもご存じの通りかと思います。

このパンフレットには、「輸入は止まることがあります」と、いくつかの例が出てきます。
確かにその通りで。
そうなったら、国は段階的に配給とかを実施する、とかとも書いてあって。

なんだか、一気に戦前の様相。

まあ、そうならないだろう、というのは楽観的希望論で、この先何が起こるかわからない。
国は一応、そういう対応を考えている、という話なんだけど。

で、このパンフレットでびっくりしたのが「国内生産のみでも国民が最低限度必要とする食糧が供給可能です」という部分。
もし、国内生産のみで2020キロカロリーを供給するとすると、ということで書かれているんですが。
あ、カロリーベースですね。

朝食は、茶碗一杯のご飯、ふかしイモ二つ、ぬかづけ。
昼食は、焼き芋2本、ふかしイモ一個、果物(リンゴ1/4)。
夕食は、茶碗一杯のご飯、焼き芋1本、焼き魚一切れ。
これに、うどんは二日に一杯、味噌汁は二日に一杯、納豆は3日に2パック、牛乳は6日にコップ一杯、卵は七日に一個、食肉は9日に一食、という。

う~む…。
イモすごい…。

まあ、2020キロカロリーなので、昭和20年代後半くらいの食生活ってことらしいが、それにしたって…という。

けっこうこれ、恐ろしくないですか?

確かに、カロリーベースですから、イモイモ出てくるんだと思いますが、恐らくは農地の広さ的にもイモなんだろうことは明らかです。
つまり、他の作物を作るよりも、農地をイモに変えて、とにかくイモはカロリーが高いから、という。

このパンフレットによれば、日本に輸入される作物を作るために、日本の全農地の2.7倍もの海外の農地が使われているという。

つまり、まあ農地が足らない、と。
そもそも国土が狭いというのもあるのかもしれない。
それにこれは俺の推測だけれど、農家の後継者不足なんてのもあって、これから農地は減っていくような予感がする。

困った。
このままではイモイモになってしまう…。
そもそもイモがそんなに好きではない俺としては困った事態である。
ポテトサラダすら俺はあまり好んで食べないのだ…。

というか、肉は9日に一食である。
しかも、120グラムほどである。
120グラムを9日に一回。
なかなかどうして、ファミレスのハンバークビックサイズ400グラム、なんてのは、もう一ヶ月に一回である。

う~む…。

もうこれは、輸入が途切れないように、輸出してくれる国と仲良くしていくしかないな…。
もちろん、その国での不作やいろいろはあろうかとは思うが、少なくともそういう事態意外については輸出してくれる状況は作っておかねばなるまい。

それと同時に、やっぱ農家の支援だろうな…。
後継者不足ってのも、働きに見合わない、ってことも大きいだろうから。

てなことで、おしまい。
チャオ!








(BGM:Cesária Évora「Esperança Irisada」from「São Vicente Di Longe」)
→カーボベルデ共和国出身の歌手の方なんですね。
モルナ、という音楽ジャンルの第一人者ということで。
どっかラテンのカラッとした感じにウエットを足したような感じですかね。
バックの楽器はラテンなんだけれど、けっこう哀しい感じもあったりなかったり。
このトラックは特にアコーディオンがフューチャーされていて、その辺かなあ。

科学的な根拠とは何か


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反ワクみたいな人達ってのがいますけど。
「そもそもコロナなどない」などという驚くべき論理殺法を繰り出してくる人達すらいる。
そう思ってしまう根拠がよくわからないけど、まあ皆さんそれぞれに根拠がある。
…と思っている。

ま、コロナがあるかどうか、ということになると、これは科学、医学で証明されなければならないわけだ。
で、じゃあ科学的根拠とは何か、ということになる。

彼らがよく言うのは、まあ海外の報道にあった、とか。
そういうのが出てくる。
でも、報道は科学的根拠があるとは言えない。
報道で「大日本軍は連戦勝利を収めています」というのが数十年前の日本にあったわけだけれど、それは嘘であった。
ま、つまりは報道は少なくとも「科学的」根拠とはならない。
科学者がどういったこう言った、というのだったら根拠になるだろう、と思うかもしれないが、それはあくまで一科学者の意見であって、科学者の総意というか、科学者一般が認める見解とは限らない。
なので、報道をそのまま科学的根拠というのはそもそも無理がある。
そもそも報道とは、その時々で大衆が必要としてる情報を出しているわけで、科学的に正しいことだけを報道するわけじゃない。
「こんな説もあります」ということだって報道する。

では、裁判所が判決で認めた、というのはどうだろう。
ま、これなら真実に近い気はするが、裁判は人と人のいろいろを調停するところであって、科学的に判断する場ではない。
人と人の諍いをジャッヂする根拠はなにも科学的な根拠ばかりではない。
ま、国家を相手取った裁判であれば、その判決は国の方向性を一つ表すものだとは思うが、それは科学的な根拠に拠るわけではない。
為政者が持っていきたい方向に判決は下されているってことも考えなければならない(本来そうあっては欲しくないが)。
そうなれば、支配層が入れ替わればそれはまた変わるかもしれない。
そういうモノを科学的とは言わない。

政権がこうします、ってのも科学的根拠にはならない。
というか、科学的根拠に則ってコロナ政策を立てて欲しいとは思うが、今回の第五種にするという判断も、どっか医学界からは異論も噴出している。
なんで、医学的には根拠がないのだろう。
政治が言うことは「そういう社会にする」「したい」、ということであって、科学的な根拠にはならないよね。

ま、やっぱキチンとした学会で発表され、多くの医者が論議をし、多くが納得するモノが科学的根拠ということになるわけだけれど、そもそもまあこの科学的なこと、ってのも時代が過ぎればまた変わったりはしますわ。
だから、「絶対」ということではない。
けどまあ、今の時点での「絶対」ということではありますね。

コロナがあるない、というようなことはまあ暴論だけれど、だとして、そのうち「コロナはなかった」というコトになる可能性は無くはない。
でも「無くはない」だけであって、これに関してはたぶんないけど。

マスクにしても、マスクをしてたらコロナが増殖する、というのも謎論理で。
少なくともマスクにウイルスがついたというならコロナを防げてるでしょうに、とも思うのだけれど。
多くのまっとうな医者はやっぱりマスクを推奨しているように見えますが、俺には。

ま、医者の中にも「コロナはない」とかいう人はいます。
何度も書いているけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5884.htmlhttp://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5607.html など)、彼らの多くが「波動」に飛躍しているコトが多い。
「物質などない。全ては波動だ」というような。
そしてテスラ缶(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5727.html)などを売って儲けているように俺には見える。
つまり、科学的な根拠というより、商売を成り立たせるために彼らは「コロナはない」「物質はなく波動である」と言ってるように見えるのだ。

つまり、彼らが言う「コロナはない」が何を根拠にしているか、をしっかり見極めた方がいい、ということなんです。
ある医者が言ってるから、ということだけで信用してしまうのは、そもそも医学を信用しすぎですよ。
コロナがない、というのは、多くは西洋医学の否定、医学を疑う、から始まってると思うのだけれど、大多数が認める医学を否定、疑いたいための行動が医学を信用する結果になるとは皮肉です。

がん治療でも近藤論理を信じちゃってる人もいるんだけど、確かにあれは現状の医学界を疑いたい人達には大歓迎されるだろう。
けど、だからといってがんを治療しない方がいい、などというのはおかしな話だ。
治療しなければ治らないではないかそもそも。

知り合いの薬会社に勤めている人に聞いたが、今やガンは治らない病気じゃない、と。
って場所にはよるけどね、とは言っていたが。
とはいえ、例えば前立腺がんとかってのは比較的完治しやすいものになってる、と言っていた。
医学も進んでいるのである。

というようなわけでね。
何が言いたいかというと、第一次資料に当たりましょう、という。
その人が何を根拠に言ってるかをきちんと見た方がいいよね、という話でした。






(BGM:Carole King「You've Got A Friend [Live]」from「In Concert [Live]」)
→名曲。
ピアノバックに歌い上げる感じもまたバツグンにいい。
客の合唱がまたライブの醍醐味。

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