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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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耐えられない宙ぶらりん


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まあ、どうですかね。
先日飲んでまして、といっても、まあウチのパソコンやら動画をお願いしてるアオテツとアキと、というまあ、本気の内輪ですけど。
ま、アオテツが本業が休みの時に、パソコンの仕事とかで来てもらってるんで、その時はたいがいそのまま飲んで帰る?みたいなことになります。
といっても、「飲むにしても近所、駅までは出ない」と井上たちと約束もしているので、俺たちもまあ、事務所のあたりの店か事務所で飲むか、って感じで。

話してたんだけど、どうもまあ、やっぱ鬱々とするわな、って話になって。

そもそもよく考えたら、飲むって言うと外の人と飲むことが多いんだな、俺。
ウチの専従とか、ましてや井上たちとはあまり飲みに行ったりしない。
ま、井上たちはまあみんな誘い誘われ行ってますしね。
俺が行くというと、なんかまあ、「先生と行く」みたいになっちゃうじゃないですか。
そんな気はもちろんないんだけど、でもまあ、そうなっちゃうというか。
そういう雰囲気というのもあるというか。

まあ、ちょこちょこは飲んではいるんです。
こっちまで来てもらって、という形で。
写真家マツザワと、写真集の打ち合わせという名目で飲んだりはしてて。
娘たちから声がかかれば、まあこっちに来てくれるんだったら飲むよ、みたいな感じで。

でもまあ、そのくらいか。
これがね、もうやっぱ窮屈!

誘いたい人はたくさんいるのに、なんかこう、互いに気を遣っちゃうというか。
特にまあこっちは、呼吸器系の疾患の人とかもいるから、罹患しちゃいけない、ってしばりもあるから、みなさんの方が気を遣ってしまうでしょやっぱり。
まあ、大丈夫なんだとは思うけれど、でも「一応、やっぱ…」と互いに歯切れが悪くなってしまう…。

なんだかんだ、普段人と付き合う仕事をしている方とか、でも、仕事だからそれは仕方ない、って覚悟してやってるんだと思う。
けど、まあ「自分がうつしちゃうかも」というのは、やっぱり躊躇するところもあるかと思います。
そういう気持ちもくみ取って、やっぱこっちも気にしちゃう。

なんかこう、窮屈ですよね。
前だったら、もう「飲みに行きませんか?」で、「あ、その日は都合が悪いんで、またの機会によろしく!」で済んだモノが、なんかそればっかりじゃなくなってしまった。


「コロナは、人と人との関係のあり方を提示してくれました。新しい生活様式で云々」とか、なんか宗教じみたことを言う人も多くなってきた。
そんなね、人と人との関係を変えられるほど、余裕なんかないって。

みんな戦々恐々として仕事して、大丈夫かな、とか思いながら、それが日常になってるだけで。
変わりなんかしてないし、みんな「なんとなく日常になっちゃってる」だけでしょ。

そこに、まあ具体的に恐怖を感じちゃったり、コロナのことを真剣に追求しちゃったら、もう仕事さえ成り立たない。
だから仕方なく、「大丈夫だろう」「仕事だから」って、その日常に慣れてるだけで。

つまりね、
イヤイヤやってんだよ!
何が新しい生活様式だ!
ふざけんな!

ということで。

ま、だからといって、アタマまでおかしくなっちゃって、「コロナなんか大したことない」とかマスク外して大絶叫パーティーやろうとは思いませんよ。
でもまあ、彼らの気持ちもわからなくはない。
尊大な自意識を、無教養なところに落とし込んだら、そりゃそうもなるわな。
コロナ前も大したことはできてないんだろうが、ま、結局はコロナの問題と言うよりは肥大化した空虚な自意識の問題なのだろう。
そんなもので命を落としたくはない。

かといって、新しい生活様式とやらを受け入れて、距離を保ったライブ鑑賞、なんてのもどうかとも思ってしまう。
受け入れるのも、拒否するのもどっちも極端すぎて付き合ってられない、という感じか。

結局、とにかく今は、特効薬ができるのを待つしかないんだけど。
受け入れもせず、拒絶もせず、とにかくそれを待ってる、って感じで。
ま、だから宙ぶらりん。
そして、宙ぶらりんというのは、なかなかにこれはまた時間が長くなればなるほど受け入れがたく、これもまた拒否したくなる。

この「耐えられない」中途半端な状況よ。
まったく参ってしまう。

ウイルスの前に、こういうのに我々は神経をやられているのだな。

そして、学術会議云々、科学を軽視する政権の元で、果たしてコロナの特効薬なんかできるんだろうか、って思いもある。

今、さんざん俺たちは「耐えられない壁」に囲われているのである。









(BGM:水森かおり「輪島朝市 (半音下げカラオケ)」from「輪島朝市」)
→いや、もうこの曲がどうか、とかはいいんですけど、この「半音下げカラオケ」って部分ですよね。
他にも「半音下げカラオケ・ガイドメロ入り」とかも収録!
カラオケファンをターゲットにしてるんだなあ、いや、すごい。
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上京


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オレは東京生まれヒップポップ育ちなワケだけれど、って、ヒップポップ育ちではなく千葉育ちであった。
その後、大学が埼玉大学になったので、こっちにきてそのまま。
ま、関東圏にいますね。
しかも東京に近い埼玉ですし。
新宿までなら電車に乗っちゃえば三十分もあればついてしまう。

まあ、東京に近い。

で、ずいぶん前になりますか、アキ坊と話していて、東京03の人が東京新聞で連載をしていて、そこに出てきた「上京」ってどういう感じなんだろうね、と言う話になりまして。
まあ、上京ってのは、東京03の人だけじゃなくて、けっこうな人が上京してますわ。
けども、アキ坊も生まれてこの方埼玉県内だし、ちょっとね、この「上京」がよくわからないな、という話になって。

わからないというか、まあそう、文字通り「どういう感じなんだろう」と。

まあ、いろいろ地方の方に行くと、確かにちょっとさみしい。
人がいない。
店も少ない。
まあ、新宿ほどある場所もそうそうないけれど、浦和駅くらい何かあってもいいよな、と思うけど、何も無かったりする。

確かにそれって、人がいない→店をやっててもお客さんがいない→お店がなくなる→また人がいなくなる、という悪循環なんだろな、と思う。
まあ、過疎化ということなんでしょうか。
そもそも子どもも少なくなっているし、その上若い人が上京してしまったらどんどん過疎化してしまう…。

もちろん、自分が生まれた場所がさみしくなっていってしまうことをヨシとする人は少なかろうと思う。
けれども、まあ仕事がない、みたいなことになっちゃうと、どうしようもないよな…。
誰もが「花の都東京」への憧れだけで上京してるわけじゃないと思う。


というか、まあその「上京」の気持ちがちょっとよくわからないな、という。
あ、否定的にわからない、とかじゃなくて、そもそもわからない感じ。

流行歌でも、上京をネタにしたモノは多い。
多くの人の共感を得られるからだと思う。

これはまあ、一人暮らしをしたことがないからかもしれません。
ま、正確に言うと、したことがないわけでもないんです。
家がなかった一年、というのはありましたから。
でもまあ、それは一人暮らしとは言えませんね。
人の家だとか事務所で寝てた、というだけで。

だからまあ、なんか憧れもあるんですよ。

まず上京した人は、「東京は人が多くてびっくり」とか言うじゃないですか。
あれを基本味わったことがないし、なんか「自分の力でこの街でやっていく」みたいな思いみたいなモノも味わったことがない。
もう、辛くなったらすぐに実家帰れちゃいますから。
それがまあありがたいのかどうなのか、それはよくわからないけれど。


ま、どういうことかというと、どこか上京、憧れますね。
よくわからないけど、憧れる。

ま、そんなに気楽なもんじゃないよ!ということもあるのかもしれません。
そう怒られても仕方が無い。
そもそも、「出稼ぎ」なんてこともあるわけですから。
そこでは仕事がないんだよ、みたいな。
だから、したくてしたんじゃなくて、しょうがなかったんだ、みたいな。

まあ、ここまで東京一極集中がひどくなると、集中度の格差はどんどん開いていってしまう。
どっかで止められればよかったんでしょうが、もう手が付けられないところまで来てるような気がします。
この中で、上京したくないけど、せざるを得ない、ってのもたくさんあるんだろうな…。

ま、だから気楽に「憧れる」なんて言ってはいけないのかもしれません。

どこでも生きていけるというのもある意味事実なのかもしれないけど、人とのつながりの中でやっぱ人は生きてますから、実家から遠く離れたところが自分の場所になったりもするかもしれないし、人とのつながりの中で「逃げる」という判断も一つあるんだと思います。

いろいろな理由はあるんでしょう。
でも、やっぱ生まれた場所から離れるってのは、まあ、思い出したくない、って人もいるだろうけど、話してもいいよ、って人がいたら、今度飲みに行ったらぜひ聞かせてください。







(BGM:平井堅「Love Love Love」from「THE CHANGING SAME」)
→ゴスペルっぽく仕上げた一曲。
売れなかったということらしいけど、オレは好きだなあ。
調べてみると、バラエティ番組のテーマでもあったらしく、だからこそというか、ゴスペルをやりたくて無理矢理、とかじゃなくて、ちゃんと歌謡曲?に仕上がってるし。

言葉が軽すぎる政治家


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東京の病院で、「PCR検査は感度が30%~70%と変動が大きく、迅速抗原検査の感度は60%、程度であり、陽性者を正しく判断できない可能性があります。そのため、当院では緊急治療や迅速対応が必要な場合を除きPCR検査及び迅速抗原検査は実施しておりません。ご理解とご協力をお願いいたします」というような方針でやっていたところがクラスターになってしまったということらしい。

実はこの病院に叔父が通っていて、主治医というか。
歩けないので車を出さなきゃならないんだけど、う~ん、どうかな。
困ったなあ、と。

まあ、感度がどうであろうか検査をして「陽性か陰性か」というのをハッキリさせなければ医療が始まらない。
PCR検査が実際に有効かどうか?という論議はこれまでも確かにあったんだけど、だったら、他の検査方法をなぜ提示しないのか?ということもあるわけです。

簡単に言えば、検査否定派の人ってのは、とにかくコロナが拡大しているように見せたくない人たち、なんだよね。
「たいしたことないよ」と言いたい。
だから、検査も否定する。
否定して、検査をしなければ、そもそも陽性の人も少なくなる、という。

いや、でもそれだと自分が罹患しているとは知らずにコロナを広げちゃうじゃん、と思うけど、そういうまずい話には一切触れない。

風邪と一緒だ、というのもどうなんだろう(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5296.html)。
今の状況ではまったく風邪と一緒じゃないんだけど。
風邪なら寝てりゃ治るかもしれないけど、治療法も確立しているわけではない。
死亡率が、とか言うけど、だったら、インフルエンザの死亡率を下げるための新薬も開発すべきだろうし。

世界警察の大統領がコロナに罹患したとかで、すぐに戻ってきて「コロナはたいしたことないアピール」に余念がないけど、だとしたら、なんでアメリカであんなに人が死んでいるのか。
たいしたことない、というのは、死亡率で計れるものではなかろうに。
死んだ人にとっては、100%死んだんだから。

最高の医療でやっと復活したトランプさんが、偉そうに「コロナはたいしたことない」って、それ、完全に命の値段をつけてるからな。
より一層こいつはどうしようもない、と思ったけど。
コロナで復活できるのは、金があって、名誉を持ってて、最高の医療チームを付けられる人だけじゃねえか、ってのを明らかにしただけなんだから。

そもそもさ、ホワイトハウスでクラスターって、それだけでももうアメリカの大統領でいる資格がないだろ。
コカコーラ社の社長と副社長は同じ飛行機に乗らない、とかっていう都市伝説があるけど、みんなコロナにかかっちゃってどうするわけ?って感じ。
少なくとも、コロナに対する危機感が薄いわけで。
同時に、「こんなのたいしたウイルスじゃない」というのなら、なぜ、検査を受けて病院などに行ったのか?
行動が矛盾してるんだよね。

日本でも、2万%の元政治家がPCR検査は無駄だ、とか言いながら、自分が具合悪くなったらすぐ検査受けちゃうし。
タレントにもいましたね。

なんなんだろう。
「たいしたことない」「PCR検査など必要ない」というのなら、なんで受けるんだろう。
みっともないったらありゃしない、と思うけど。

結局、自分に災いが降りかかれば検査は受けるわけだ、この人たち。

つまり、「たいしたことない」「PCR検査など無意味」というのは、本気でそう思ってるわけじゃなくて、そう「言いたい」だけなんだよね、この人たち。
自分は受けるけど、他のみなさんは受けるなよ、無意味だから、ということでしょ。

馬鹿馬鹿しくて、この人たちの言葉なんかもう入ってきませんけど。

にもかかわらず、大統領選挙だとかでトランプさんの発言は広く報道されるし、橋下さんもテレビで重宝されている。
意味がわかんないですね。
トランプさんはそれでも大統領になろうとしているんでしょうか。
橋下さんは自分に近い菅さんが首相になって、政界に再び色気を出してるんでしょうか。
それを支持するような人の気持ちがまったくわからない。

「検査は無意味」ということで死んだのだったら、まだ理解はできる。
闇米を拒否して餓死した裁判官のように、もっと自分の言葉には責任を持ってもらいたい。

少なくとも、政治家であるからには。

にもかかわらず、なんだこの「言葉の軽さ」は。
検査は無意味だ、というのなら、徹底的に拒否してもらいたい。

もう、みっともないったらありゃしないし、政治家として言葉が軽すぎる。






(BGM:橋幸夫 & 吉永小百合「いつでも夢を」from「想い出のメロディー」)
→どんなに泣いていても、あの子の歌はその涙を夢に変える、みたいな。
昭和歌謡の原点のようなテイストの歌詞と言えるかと思います。
特にこんな経験はないのに、なんかオレが子どもの頃、それよりちょっと前の風景が見えてくるような感じ。
歌は世につれ世は歌につれというか。
歌が時代を作るというか。

学術会議の件


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大学の独立法人化ってのがあって。
2004年から始まったらしい。
遡ること1996年の橋本内閣の行政改革会議ですでに論議はされていたという。
これは国公立大学の統廃合を目論んでいるとされている。
公務員人員削減、ということだ。

大学の自由度が上がり、いいこともあるんじゃないか、という気もするが、とにかくこの独立法人化の問題は、「第三者による外部評価を行い、それによって資金を重点配分し、競争を促す」というところにある。
そして、大学は教授会が横並びであったことで自治が守られてきた面があるが、学長を頂点とするトップダウンでの運営、というより「経営」に変わった。

自由度が上がろうがどうしようが、この部分だけで、もう全てが吹っ飛ぶダメさ加減なのではないか、と思っている。

これは一見、公務員削減の流れ、少子化の流れの中に位置するように見えるけど、どっちかというと「学問の自由」の破壊だと思っている。
第三者、というあたりに姑息な感じがあるが、結局は第三者であろうがなんだろうが、経営的に回っているところ、一方からの「評価」によって、大学への補助金の額が決まるということだ。
つまり、「評価されるモノ」、そして、経営、という、おおよそ学問とは縁遠い「決まり」が作られたということである。

そして、世の中は「世の中に役に立つモノ」を評価することは自明で、それが時流の中で軍事研究もしれない、ということになる。
「役に立たない」と、蝶の研究は切り捨てられる可能性が高い。

しかし、学問とは、今、すぐに役に立つかどうかということとは無縁の存在でなければならないだろう。
特に俺なんかは障害者の云々をやってるから思うけど、障害者云々なんて研究は、真っ先に「今はいらない」と言われそうだ。
なにせ、「生産性がない」という声が、おおっぴらにも聞こえてくるような世の中である。

学問、研究の対象や内容について、どこかが一方的に「評価する」ってことがまず問題で、しかもそれに「資金の差を付ける」とまで言ってるのだから、これは大問題である。


俺が学生だったのはもう30年以上前である。
う~ん、卒業が、調べてみると1989年。
その時の俺の卒論の担当教授(障害児教育学の先生)が、当時、盛んにこの問題を言っていた。
だから、1996年の橋本内閣云々という通説よりも、ずっと前からこの問題は浮かんでは消えていたということだろう。

「こんなことがまかり通ったら、障害児教育なんて学問はなくなる」
「学問に差を付けるなどと言うことはあってはならない」

先生は、よくそう言っていた。
が、その時の俺は、「そんなひどいことにはならないだろう」と楽観していたし、そもそもまだその話題は世の中には上がってない。
「心配性だな」くらいにしか思ってなかった。

そもそも、俺は研究職を続けようとは思ってなかったし、どっちかというと現場に行く流れだったから、研究職に対する「敵対心」みたいなモノもあった。
今考えれば、若気の至りなんだけど。

で、その先生の言葉に積極的に反応することはなかった。
まあ、俺はいつでもこの調子だ。
誰かが「危険だ」と言ってくれても「まだ先じゃん」とスルーしてしまう(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5257.html)。
今であれば、ちょっとは考える「キャパ」というか、「これからの未来の世代に何を残せるか」を考える歳にもなったというか、そういうところもあるけれど、若いときはまあ、いわゆる「とんがっていた」感じもあって、なかなか素直に聞けなかった。


で、今回の学術会議の問題である。
つまり、奴らが、徐々にまあ学問の自由を奪いに来てることがよくわかったよ。
「研究は続けられるんだから、選ばれなくても学問の自由の侵害じゃない」とか言ってる2万%の元政治家もいるけれど、そういう問題じゃないのはちょっと考えればわかる。

虐殺されても、弾圧されても研究はできるんだから、学問の自由の侵害じゃない、とか言うのは愚かでしょ。

少なくとも、大学の独立法人化によって、研究の資金は絞られている。
弾圧とまでは言えなくても、これは妨害だ。
これまでやってきたことを「しない」と言うんだから。
そして、これを放置していけば、弾圧につながり、虐殺につながるんだろう。

だって、奴らはコツコツと準備してきてたんだから。
俺の在学中から、その危険性を指摘していた先生もいたくらい、長いことかけて、ちょっとづつ準備してきたんだ。

今回のことを、独立法人化の時のように看過してしまえば、もっとひどいことになるだろう。

学問が弾圧されたとき、俺たちの生活も、思想も、科学も危機にさらされるのだ。


そういえば、俺の好きな言葉に「物事を止まった状態で捉えてはいけない」「物事を止まった状態で考えてはいけない」というのがある。

つねに状況は動いていく。
「このことが何を未来にもたらすか」ということを、我々は積極的に考えなきゃいけないと思う。


これを書いているのは10月4日なんだけど、これが載る頃には、世論が政権のたくらみを打ち砕いていることを望んでいます。
そして、そのために自分に何かできることはないだろうか、と今考えている。






(BGM:Marvin Gaye「What's Going On」from「The Best Hits 100 Super 70's [Disc 5]」)
→オフコースがまだ二人だった頃のライブ盤の冒頭だったか、このカバーをやっていた。
けっこう完コピに近い感じ。
オフコースとマービンゲイ、今考えるとちょっと路線は違う気もするが、すごく合っていた。

魔の時


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車に乗っていて、「急にあの壁に突っ込んだらどうなるんだろう…」とか思ったことはありませんか。
というか、むしろ「突っ込んでみたい!」みたいな。

いや、もう突っ込んだら死んじゃうんでやらないですけど、この感じ、どうなんだろう。
オレだけなんだろうか。

破滅願望、というか。
違うか。
でもまあ、そうか。
願望、だからな。
とはいえ、ま、それにとらわれるようなことはないけど。

あ、この怖そうな風俗の店の看板を蹴っ飛ばしたらどうなるんだろう、とか。
とりあえず全速力で逃げる。
捕まりそうになったら、次の看板でぶん殴る、とか考えますか?
あれ?みなさんは考えない?。

ま、一瞬でそういうことをそこまで考える、みたいな感じですかね。
なんか、自分がかなり危険人物なのではないかという気がしてきた。

まあ、そもそも想像するのは好きなんですが。
アン・シャーリー並に、赤毛のアン。

だからまあ、この想像する、ってことがもし無くなってしまったら、逆にやっちゃうんじゃないか、という気もしますよね。
やらないで想像で済んでるわけだから。
ま、この衝動自体が想像かもしれないのでその辺はグレーではありますが。


オレは子育てとかに向かないタイプだと自分で思ってるんだけど、やっぱでも子育て時代はキレちゃうこととかもあった。
いっぱいいっぱいになっちゃうと、そういう破滅願望が表に出ちゃう、というか。
だから、おそらく虐待とか、心中とか、自殺とか、そういうことにつながっていくことなのかもしれないな、と思ったりしたな。

なんであんなにこだわっていたんだろう、とか思う。
今になって思えば、なんであの頃あんなにカリカリしてたんだろう、とか。
たまった願望が風船のように膨らんで、あとちょっと空気が入っただけで破裂する、みたいな感じ。
まあ、大爆発することなく今日に至っている感じがするので、まあヨシとしますが、けっこうきつい時もあったなあ、という。


通り魔事件とか、家族を惨殺とか、そういう事件なんかが起こって、いろいろ報道がなされるわけだけれど、その後にルポが出たり。
もちろん、犯人は重罪だと思うし、やらかした罪は消えない。
でもまあ、なんかあのカリカリしていた時代を思い出すと、あの状態が二重にも三重にもオレを取り囲んでいたと考えたら、なんか怖い。

もちろん、そうした犯罪をしてはならないし、許すとかそういう話では全くなく、でも誰しもがもしかしたらそういう状況に置かれたらそうなっちゃう可能性、ってのは捨てきれない気がするんだよね。
誰しも、って書いちゃったけど、少なくともオレについては。


だから、その「置かれた状況」というものの中から、もちろんプライベートなことはあると思うが、そうじゃない部分、についてはきちんと対処していかないと、同じようなことがまた起こる気がするんだわ。
プライベートも、まあ社会の上にあるわけなんで、こういう事件ってのはやっぱきちんと調べて、こういうことが起きないようにしなければならないよな、と思う。

オレは結構なんか事件のルポなんかを読むのが好きなんだけど、教育格差だったり、親の貧困、みたいなことが遠因としてその犯罪に結びついたりすることも多いような気がする。
もちろん、それだけじゃないでしょうね。
けれども、まずその部分は社会から取り除いていかないと、また同じようなことが起こる。
可能性はある。
ような気がする。

全部はどうにもならなくても、この事件から学べること、みたいなことを社会が認識しないとやっぱどうしようもないと思うわけね。
やらかしちゃった人をいくら社会からつまみ出したとしても、次の人が控えてる感じがする。
それを次の人にしないために、例えば先に書いたような親の貧困問題とかに取り組んだ方がずっといいような気がするんだよな。

被害者にはなりたくないし、それよりも加害者にもなりたくない。
そのために、遠因も潰さなきゃダメなんじゃないか、というか。


ま、わかんない。
そもそも「車であの壁に衝突したら」って、思わないで数十年も生きてきた人もいるのかもしれない。

けど、そう思っちゃう、やっちゃう「魔の時」が、近いが近くないか、って差のような気がするんだわ。








(BGM:Phil Collins「One More Night」from「Serious Hits... Live!」)
→まあ、超名曲なわけです。
ライブって、どっか「リアル」を考えちゃうけど、こういう超メジャーな人たちのライブって計算の上にあるなあ、ということを痛感する。

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