プロフィール

スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

@SMChingDongSATO twitter

Calendar 1.1

<
>
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 78
9 10 11 12 13 1415
16 17 18 19 20 2122
23 24 25 26 27 2829
30 - - - - - -

全記事

Designed by 石津 花

カテゴリ

最新記事

最新コメント

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

最新トラックバック

QRコード

QR

ドリフ呪縛


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


専従募集


俺は小学生の頃、「がきデカ」が大好きで。
少年チャンピオン。
読んでたな~。

そこで、交通事故多発地帯、という言葉が出てきて、それをこまわり君が聞き間違えちゃう?のね。
で、交通事故多発地帯、を「チンチンタタセルチタイ」って言うの。
「チンチンタタセルチタイ、お~コワ!」とか言って。

もうね、なんかもう面白くて面白くて、その後も何かあるたびに「チンチンタタセルチタイかよ」って口を突いて出ちゃうんだけど、まあ中学でも言ってたし、でも周りは知らんけど。
でも、なんか言っちゃう。


こういう言葉ってのには時々出会います。

例えば「オッペンハイマー」。
…誰?。
たぶん、人だと思います。


今、この改行の間に調べたところ、原爆の父でした。


ミラジョボビッチ。
言いたい。
ダコタ・ファニング。
言いたい言いたい。

クロエ・グレース・モレッツ。
彼女のことは、彼女自身もけっこう好きなので、「語感で言いたい」と言うのとはちょっと違いますが、でも言いたい方ですね。

スカーレット・ヨハンソン。
デンゼルワシントン。

…まあ、だから外国人俳優が多いですね。
言いたい名前が多い。

こういうのって、みなさんないんでしょうか?
俺はけっこうあって、風呂とかでポツリとつぶやいたりすることがあります。


先日、アキが急に、大学時代に学んだという「バビンスキー反射」というのを思い出した、と。
赤ちゃんの足の裏を触るとどうだこうだ、みたいな反射があります、というような感じの。

「へえ~そんなのあるんだ」とか思いましたが、そもそも言いたいのよね。
バビンスキー。
見事に言いたい語感。

で、アキがうろ覚えだったこともあって、すぐにスマホで調べ始めまして。
「あ、親指が~とか、そうだそうだ」みたいな。
「赤ちゃんの時だけで、幼児期には消える反射か~」みたいな。
…なかなか勉強家だな、って話ですけど。

ま、俺としてはどうでもいい話だったんで、「へー」とか「ふー」とか言ってたんですが、一つだけ、聞き捨てならないことがありまして。

「本来はこの反射を発見したババンスキーの名を取ってババンスキー反射と言われるが、日本ではバビンスキー反射と言われることが多い」

え?、と。

これ、どう考えても、「ババンスキー」となると、ドリフのババンババンバンバンが好き、の略で「ババンスキーなんじゃねえの?」と誤解されてしまうからではないか?という論理が急にアタマにひらめきまして。

誰かわからないが、ババン関係なのか、そういう人たちが集まって「いや、ババンはまずい。ドリフを思い出して誰しもが笑ってしまう。権威失墜だよ!そこでですね、みなさん、バビンにしましょう」なんて話になって、「わかりました。でも、私がここにいたことは内密に」とか、そういう会議があったんじゃないか、みたいな。

あるわけないんですけど。
でもまあ、そういう妄想が広がる「ババンからのバビン変化」だなあ、と思うわけです。


前に「アイン薬局」について書いたんですが(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4172.html)。
我々は志村けんさんの呪縛からは逃れられないのだ、という趣旨の話だったかと思うんですが(違うか)。

バビンスキー反射も、まあそれ自体も重要な発見なんでしょうが、その日本に於けるネーミングにまつわる某は、どっかドリフを認めざるを得ない、というか(違うか)。






(BGM:息っ子クラブ「彼女はガールフレンド」fromYOUTUBE)
→息子って…。
秋元さんて、やっぱまあ外れも多いってことなんだよね。
スポンサーサイト

数は「正義」だから


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


専従募集


最近は、文春ががんばってる、とか言われてまして。

新聞が売れなくなってる昨今、雑誌に期待したいところですが、そもそも雑誌も売れないという。
そうなると、B層といわれる人たちにスクープを届けるにはテレビしかないわけですが、テレビはもうNHKをはじめ政権の御用放送に成り下がってる感があります。

「証人喚問でなにがわかるか」みたいなことで、「野党がポーズでやりたいだけだ」とか「なにもはっきりしないだろう」なんて言ってたりしました。
どっちの味方なんだ、というね。
もうまるっきり政府自民党の味方です!という旗印を隠しもしない。

新聞もそうですが、雑誌には、やっぱりねちっこい取材の末につかんだスクープを期待したい。


とはいえ、どうも今の日本のメディアはどうにも腰が引けている。
これね、きっと、怖いんだ。
訴訟も怖い。
訴えるのは自由ですしね。
で、その分、お金もかかるし、人も裂かれる。
そうなると、もう余裕がなければ訴えられない記事を書くしかない。

そもそも雑誌は売れないのである。
そんな余裕がないのはなんとなくわかる。


でもまあ、きっと各々の記者さんやテレビマンの方は、それなりに矜恃をもってその仕事を始めたんだと思うんだな。
でもまあ、しょうがない、と。

これをウチがやらなくても、まあ「他がやるだろう」というね、きっとそんなことだと思うんだけど。

そう考えると、もうやっぱ雑誌とかも買って応援しなきゃダメなんだよな、と思ったりするわけですが。


しかしね、こうなってくると、もう自力でニュースを得ていくしかないのかな、とも。
今やインターネットという、雑誌にもテレビにも引けを取らないものがあるわけでして。

ただ、前にも書いたけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4305.html)、ネットのニュースって、勝手に取捨選択してくれちゃって、例えば「安倍さんバンザイ」って記事を見れば、もうそういうニュースばっかり上位に表示されちゃうという傾向があって。
そもそもの世の中の仕組み、とか、支配と被支配のことだとか、階級構造だったり、体制構造だったり、そういうのがわからないと、バランスよくはニュースを読めない。

ニュースを取捨選択するにも能力が必要、という。

それを逆手にとって、現政権はネット対応をやってます、みたいなのもあるみたいで。
とにかく、例えば今のモリカケの問題も、「さっさと終わらせろ」「もういいじゃないか」というのを物量で投入していく、と。
そうなれば、当然そういうのが多くなって、検索の上位に表示される、と。

一般の俺たちは、別にネットの物量、なんてのは考えませんから、「それが大勢の意見なのか」なんて勘違いしてしまう。

しかも、政治においては、なかなか隣の人としゃべりにくい状況になっているのが日本。
社会が未成熟なんだよね。
だから、誰しもが、「あの証人喚問はデキレースだろう」なんて思っても、なかなかそれが直接ネットに反映されない。

普段、あまりしゃべる人がいなければ、当然ネットの意見を大勢と思っちゃうから、まあ思う壺、みたいなね。

いや、何が言いたいかって、もっと学校で社会の仕組みを教えるべきだし、もっと普段から政治のことでもなんでも話したらいいと思うけどね。


ま、やっぱ政治に興味がない、とか言う人もテレビは見てるわけだと思うけど、テレビは吉本芸人みたいなのが幅をきかせていて。
昭恵さんの証人喚問は魔女狩りだ、とかね。
いやいやいや、だとしたら、そんなの籠池さんのときに言えよ、って話なんだけど。

もうね、この吉本って会社は、とにかく権力にすり寄ることで生きながらえてきた会社だからな。
ま、そこに権力を揶揄する笑いなんてのを求めちゃってもそもそもしょうがないんだけど、政治的な発言を卑下し、わかったような「魔女狩りだ」なんて言葉で、「政治に興味がない層」を煽動してる。
この発言が政治的じゃなくて、何が政治的だよ、と思うんだけど、世の中はまあそういうのわからない人もいますからね。

実際、いろいろなところで吉本は政府に取り込まれてて、いろいろな政府の事業みたいなモノをやっていたりします。
国土交通省が吉本興業と組んでイメージアップに乗り出してたり、ガキ使のミンストレル・ショー的なモノもなんの謝罪もせず、ボスであるダウンタウンのワイドショーでも排外主義を垂れ流す女性教授の発言を訂正もせず、まあ、政府にとってひじょうに使いやすい人たちなんでしょうね。
沖縄映画祭なんてのも、結局は補助金が入っていて、吉本の芸人を大挙参加させる、みたいなものなんでしょ?

そうした幇間が幅をきかせるテレビ界。

そうじゃないメディアを我々は手に入れなきゃならないと思いますが、雑誌も新聞も、どこか「ウチがやらなくても他がやるだろうし…」みたいなコトを理由に、「めんどくさいことには手を出さない」って感じがプンプンする。

先の国会では、NHKでも、そうした上からの指示があったとかが問題になりました。
内部告発があっただけ、NHKはまだましかもしれません。


「俺がやらなくても誰かがやるだろう」ってのは、やっぱ「誰もやらない」んだよな。
雑誌もそうだし、テレビもそう。
きっとデモなんかも、「誰かが行ってくれるだろう」ってのはダメなんだろう。
自分がやるから人がやる。

つまり、やっぱ数は正義なんだよな。
いや、もう正義なんてのは、悪党が使う言葉だけれど、でもまあ、正義ってのは数。
だからこそ、まあ正義って言葉は敬遠されはじめてるわけだけど。

でも、数は正義。
自分の生活の中で、やっぱ「頭数」にならなきゃダメだよな、と。






(BGM:渥美清「DISCO・翔んでる寅さん」from「渥美 清 全曲集 男はつらいよ|泣いてたまるか」)
→ま、翔んじゃダメなんだよね、寅さん。
ってか、翔んではいるんだよ、昔っから。
でも、翔んでる、の言葉が後にできちゃってるから。
なんか、違うの。

「いいね」をたくさんもらいたい


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


専従募集


よく、「人のタメになにかする」ってことと、「自分のやりたいコト」を両極において語る向きがあります。
ちょっといろいろ装飾を省いて言いますけど、メンタルな病気を治すため、みたいな文脈で「人のことを考えるより、自分のやりたいコトを考えろ」みたいなことをよく言われたりする。
「自分のやりたいコトを見つけなさい」みたいな。

俺は、人は他人の評価でもって、自分の評価をしている、と思っている。
いや、それが全てではない。
自分でやりきった、という自信や思いは確かにある。
けれど、それを誰も認めてくれなかったら、やっぱりそれはどっか空虚な感じがする。

俺のコトで言うと、自分のやりたいコト、自分が認めること、ってのは、たいがいが妥協の産物なんじゃないか?と。
いや、自分は自分のことが一番よくわからないというか、自分がやりたいコトなんて、よくわからない。

いろいろな人の話を聞くと、一生懸命やったけど、なかなか学校で認められない、職場で認められない。
「そんなんじゃ努力が足らない」とか言われて、だんだん、人はやる気をなくしてしまっていくのではないか?って気がする。


人にはそれぞれのペースや力量があるから、「がんばった」というのを一つの定規の上で比べるのは難しい。
というか、できない。
でも、それが、学校で言えば「単位を取る」とか、仕事なら「契約○件獲得」とか、そういうことになってしまい、「ソレが出来てないから、お前はがんばってない」ということになってしまう。
それが社会についていけない、みたいなことになって、「俺は社会に無用な人間じゃないか」みたいな。

そうなると、いくらがんばっても虚無感しか生まれないよな、って。

でもまあ、人はどうしても「人ってのはサボりたがるモノである」みたいな思い込みがあって、「ここまでできてないからサボってた」という風に決めつけたい。
それは逆に「自分はがんばってるからここまでできたんだ」という思いがあるからなのかもしれない。
つまり、その人自身が、自分のがんばりをちゃんと認めてもらってないのかもしれない。
か、もしくは、人が「できない」のを見て、「自分はがんばった」と認識するしか、自分のがんばりを評価できないのかもしれない。

それはわかる気がする。
つまりはまあ、やっぱり「人と比べないと人は自分を評価できない」ってことなのかもしれない。


近しい人が、そうした「数字」とかじゃなくて、自分のがんばりを認めてくれなかったら、やっぱりちょっと、つらい。
近しい人ってのは、家族だったり、仕事の仲間だったり、パートナーだったり、ですね。
やっぱり、俺はがんばることも大事だが、その先の「他人が認めてくれる」ってことが大切なんじゃないか?って気がするのだ。

SNSの「いいね」がほしい、ってのもそういうことじゃないか、と。

自分のやっていること、自分のしてきたことを、「そんなのやめちまえ」「そんなの違う」「努力がまだまだ足らない」とか毎日言われていたら、やっぱり、人は腐っちゃうよ。


だから、俺は、「いいね」をちゃんとしてくれる人のまわりにいるべきだと思う。
「自分のやりたいコトを見つけなさい」というのは、わからなくはないし、そういうものがあればいいけど、そもそも、やりたいことってのは、人が認めてくれることなんじゃないかな、と。

そこに他人が存在する、ってコトが重要というか。

他人が存在しなくなっちゃって、どうでもよくなって、セルフネグレクトに至ってしまったり、みたいなことってあるじゃないですか。
もちろん、それだけじゃないんだろうけど。


人のために一生懸命になることが、自分の身を削るような錯覚に陥ってしまう。
そんな時は誰にでもあるけれど、基本は、自分の一生懸命が人の一生懸命を支えているのだ、ということを、やっぱり忘れないでほしい。
一生懸命やれることを互いに支え合えるような。

いや、自分からそれに背を向けてしまう人もいる。
そうした関係が居心地が悪い、という人もいる。
ま、それならそれで仕方ない。


自分で完結することも大事だと思うし、そういうことで生きていける人は尊敬する。
でも、俺にはそれはちょっと無理っぽい。
俺はやっぱり、みんなに認められて、やっとなんか落ち着ける。
やっとなんか、自分が必要とされているな、って思える。
生きていていいんだな、がんばっていていいんだな、と思える。

人に一生懸命を「いいね」してもらえて、やっと俺は立ってられる。
それじゃ、ダメなんだろうか?
他人の「いいね」をもらえなくても、自分が納得できるような生き方をしなければならないのだろうか?

「他人のタメじゃなくて、自分のために生きて下さい云々」って、まあ簡単にいうけど、それって逆に俺には難しい。


俺だけなのかもしれない。
でも、俺は数字じゃなくて、俺のまわりの、近しい人の一生懸命を「いいね」しようと思う。
俺が、そうしてほしいから。
そして、そういう仲間を作ることが、俺には「自分のしたいこと云々」よりもなんかとても重要な気がする。





(BGM:あのねのね「大きな栗とリスの唄」from「ギョ!あのねのね ベスト・コレクション」)
→こういうのがウケた時代っての、あったなあ。
今はもう聞いてられない恥ずかしくて。

政治とは、この「560円」のこと


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


専従募集


この前、マラソンコースに粗大ゴミが置いてあって、そこに市が領収したという560円とかってシールが貼ってありました。
ま、今、粗大ゴミってのは、こうやってお金を出してそのシールを買って、それを貼って出す、ということになっていますさいたま市。

もう見慣れた風景になりました。
貼ってないものは、「これは回収できません」というシールが貼られ、ゴミ置き場にそのまま置いてあったりします。

これ、どうですか?
ま、しょうがないですか?

折りたたみのベット一台560円が高いか安いか?という問題もありますが、その前に、なんで家庭ゴミを出すのにお金を取られなきゃならんのか?という気はしませんか?

俺はちょっと疑問に思いました。

ウチではまだベットとか粗大ゴミを出す機会がないので、やったことがありませんでしたが、これ、どうなんだろうか?と。


ゴミってのはもう文明の負の部分というか、もう必ず出るわけです。
東京なんかだと、ゴミ収集の人たちが数日ストしただけで機能がマヒするんじゃないか?という人もいます。
それだけに、ゴミを収集してもらって、1カ所で処理する、という流れは、今の世の中に必要不可欠なものである、ということができると思います。

というか、これは各戸でやれる範囲ではなく、自治体単位だったりでゴミの処理についてきちんとシステムを作ってやらなきゃならないことでありまして。
道路を作る、橋を作る、と同じようなコトなハズだと思うワケです。
じゃなきゃ、まず衛生上よろしくない。
これは重要で、社会生活上、支障を来す。

だからこそ、こういった部分は税金でやってもらわなきゃしょうがない、と俺は思うんです。
というか、そのために税金を払っている。

にもかかわらず、なぜ、個人でそれプラスでお金を払わなきゃならないのか?と。
リサイクル法があって、とかいろいろそりゃあるわけですが、根本的に、家庭ゴミを収集して1カ所で処理することは、俺は税金の範囲じゃないか?と思うんです。

そりゃ、事業ゴミはまた別の話ですよ。
それによって利益を得ているわけだから、それを税金でやれ、というのはおかしな話で。


今、モリカケ問題とかがあります。
聞けば、国有地を格安で売り払ってしまった、とか。

そこに首相夫人の鶴の一声があったかどうか?とかって問題になってるわけですけど、まあ、あったんでしょう。
じゃなきゃ、話のつじつまが合わない。
そこには、内閣人事局という存在もあったでしょう。

この問題は、結局、税金の使い道の問題でもあるわけです。
内閣官房機密費なんてのが、なにに使われてるのかわかったもんじゃない。
もちろん、国家の安全保障上のアレはあるでしょうが、どうもそれだけじゃないんじゃないか?と言われはじめて、やっと開示されはじめています。

簡単に言うと、そうした「政権を握るもの」が、一部で税金を好き勝手使って、我々が560円を負担している、という図式が見えては来ないでしょうか?
もちろん、これは簡略化しすぎているのかもしれませんが、しかし、大枠ではそういうことに間違いはないと思うんですね。


モリカケ問題がよくわからない、とか、政治のことはよくわからない、とかっていう人がいますけど、この560円の問題だってば!って俺は思うわけです。

税金というのは、我々が個別でできないことを、社会がまとめてやる、というか、そのための金集め、ということが一つの意味合いになるかと思います。
他にも、所得の再分配、という意味もあります。
そっちはそっちで今問題だと思いますが、それは又の機会にするとして、その前に、こうした、道路や上下水道、ゴミのことなど、「市民にとって有益なサービスを自治体が代わりに行う」ということが税金の役目でしょう。

それを、首相が、首相のお友だちは有益なサービスを受けていて、我々が560円払うってのはおかしくないですか?ということを俺は思うわけです。


政治の問題というのは、この560円の問題であって、我々の生活に無関係ではない、というか、もっともっと我々は市民サービスに使うための金、税金を払ってるハズなんです。
ムダをもっと省くべきだし、モリカケ問題なんてもっての他。

もっと我々は主張していいんだと思います。
たかが560円だと見過ごしていると、ヤツらはもっとナメてきます。
法律作って、もっと出させる方法を考えようとします。


我々は税金を払っている主権者ですから。
クライアントはこちら。
議員や政権を握ってる連中は我々の依頼通りに動かなければならない存在でしかない。
会社に於ける、普段の人間関係に於ける、リーダーとその他の人、という関係とは、また違うんですよ。
彼らが不正をするなら、彼らが私腹を肥やすなら、そのことをもって、彼らをもっと断罪しなければならない、というか、それが間接民主主義ということだと俺は思います。






(BGM:山下達郎「クリスマス・イブ(イングリッシュ・ヴァージョン)」from「シーズンズ・グリーティングス」)
→こういうのって、日本語の歌詞用に書いてるわけだと思うんだけど、英訳するってのに抵抗はないんだろうか。
ってか、もうこの曲とかになったら、達郎さん自身も達郎さんの曲って感じじゃないのかもしらんな。

地下ったって、地下すぎる…


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


専従募集


先日、上尾のショッピングモールで、宍戸一賀さんという方が唄うというので見に行ってきたんだけど。
ずっと気になってて、上尾でライブとかもやる居酒屋やってるらしく。
この日のライブではドンとか言われてた。

ま、モールでやるライブだからと言うことで、カバーとかもやっていたんだと思うけど、オリジナルが素晴らしかったので、今度ちゃんと見に行きたいと思った。
情念の歌というか、歌が突き刺さってきますね。
ネイクドな歌、ってのを久しぶりに聞いた気がする。
こういうのはテレビではもうウケないのか、最近こういう「歌らしい歌」っての、あまり世の中に流れてないよな。


ま、そんなこんなで。

この日は他にもアイドルとか出てて。
フリーマーケットとかもやってましたけど、まあとにかくですね、これが寂しい。
区画がいっぱいあるのに、三割くらいしか埋まってないのではないか?という。
聞けば、まあこの翌日もやってるようなので、翌日は出店するけど、この日は出店しない、って人も多かったのかな。
…と思いたい。

で、アイドルがもうこれ、きつかった。
まず、かわいくないじゃないか…。
いや、かわいいかどうかは主観なのでよしとしよう。
けどなんだ、プロ意識が薄いというか、間合いのMCとかが聞いてらんない…。

ま、ラストの方に出てきた子たちがそこそこよかったので救われましたけど…。


そういえば、ついこのライブの前日くらいに、「TOKYO IDOLS」という地下アイドルとそのファンのみなさんを追ったドキュメントを見てまして。

ま、まず「アイドル」って言葉の定義がもうわかりません。

「がんばってる女の子」なんて、いやいや、そんなのは別に山ほどいる。
表に出ないけど、必死に働いて弟妹食わせてる子もいるでしょうに。
アイドルってのは、やっぱ俺の世代、山口百恵世代としては虚像だから。
「がんばってます」ってのは、やっぱちょっと見ててキツイ。
かといって、まあ正直かわいいわけでもないし、ダンスもかなり未熟に見える。

それに対して、貯蓄もできないほどにつぎ込む中年、中年以上男性。
握手、というフィルター、会って話せて、という「中途半端な接触プレイ」を悦楽にしているように「見える」ファンのみなさん。

「あの子、かわいい」と思ったって、現実の社会ではそうそう話ができるわけではない。
それはイケてたって、そうじゃなくても同じだ。
けれど、相手が「地下アイドル」となると、グッヅを買えばいくらでも話ができるし、握手もできる。
「これは恋愛ではない」とかいくら言ったところで、つまりはまあ、これは恋愛だ。
異性へのナンパであり、異性との出会いである。
本来は、手を握ってもらいたいならその努力をしなければならないが、ここでは金を使えばそれがかなう。
それってよく考えれば、テイのイイ風俗、テイのイイキャバクラなんだけれど、それを「がんばってる女の子」というオブラートで、その後ろめたさをぶっ飛ばしてしまう。

このことに、アイドルの方も「私も異性にこんなコト言われたの初めてで、どうしていいか…」みたいなことだったりして、その「異性に対する出会い」という意味ではそこはイコールだったりする。
けど、まあ違うのは、アイドルって言われる子は中学生だったりすることだ。

そしてこの中には、小学生の子たちのグループも出てくるんだけど、いや、なんかちょっとつらいですね。
こんなに「金で媚びを売る」ことを、小学生のウチから覚えていいんだろうか…。
いいのか…?。
う~ん…?。
いや、まあ、本人は金だとは思ってないのか…。
思ってないとしたら、それはそれでなんか、この将来、そのカラクリが見えたときにどうだろうか?
男性のファンタジーをこういう形で維持してイイのだろうか?

「金払ってるんだからいいじゃないか」
「アイドルの女の子もこれを目指しているんだからいいじゃないか」という免罪符は、その異様な世界を徐々に肯定させ、世の中に定着しつつある。

これはまあ、そもそもヲタクって存在が、メインストリームの男子がやるスキーや車、恋愛における消費じゃない部分をどうマーケットに放流させるか?でしかないってことなんだよね。
ヲタクが出す金はもう、日本のマーケットに必要不可欠になっているのである。
だからまあ、もうこの異様な世界を認めざるを得ない。

なんか、まあ要は金、なんだな。
恐ろしいわ。


この日も、この映画に出ていたようなファン、という感じのおじさんたちがたくさん、といっても、数人来てました。
カメラを何台も構えてました。
ま、こうなると、一般の我々とか、ちょっとそのモールに来た親子連れとかは入り込めませんね。

アイドルイベント、というのが、もうアイドルとこのヲタクのみなさん、というセットになっちゃってて、そこの空間には、アイドルかヲタクしかはいれない、というか。





(BGM:谷啓「ヘンチョコリンなヘンテコリンな娘」from「谷啓/谷だァー★ガチョ~ン!!」)
→なんか、「コミックソング風に作ろう」という感じが鼻につく。
こういう曲ばかりなんだよな。
これは飽きる。

| ホーム |


 BLOG TOP  » NEXT PAGE