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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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「かまってくれるな」 その2(ラスト)


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kaijosha.jpg



http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5224.htmlのつづき


ま、今でも着替えない、ってことはあります。
特に夏から冬とか、冬から夏、という流れの中で、ジャンバーをいつ着なくするのか、という。

ま、そもそも我々でも朝はまだ寒かったりもするし、確かに難しいところはあります。
「いつジャンバーしまおうかしら」みたいな。
けども、もう確実に暑いのに、昨日来てたジャンバーは手放せない、みたいなことですね。
「昨日来ていたから今日も着る」という感じで着てくる。

これはもう毎シーズンけっこうそうなりますね。


こういう時、まあ親御さんから離れて暮らしてる場合は簡単なんです。
ジャンバーを強制的にしまっちゃえばいい。
で、また次のシーズンでなんか「出てくる」と。

これね、まあ「本人は判断してないじゃないか」という意見もあろうとは思うんですが、なかなかそれは難しくて、けっこう彼ら、状況に適応しちゃうんで、暑くてもジャンバー着たまま汗だくだったりする。
それは違うでしょ、となるんで、それまでまあ待ったっていいんだけど、それじゃ熱中症になっちゃいますよね、このご時世。

だから、まあなんとか脱がしたい。
先に書いた、「手がかからない方がいい」ということなんですけど、この「脱がす脱がさない」で、あまり手をかけたくないんですよね。
スッといっちゃった方が、けっこうすんなり受け入れてくれる、ということを我々は知ってますから。

なければないで、まあ納得して、出してやったちょっとした薄手のパーカーとかに着替えてくれる。
ま、本人としても暑かったんだろうなあ、ということなんだけど。


ただこれ、実家から通ってくる場合、家で買ったジャンバーとかだとなかなかうまくいかない、というか、「気を遣っちゃう」でしょ。
勝手にしまっちゃうわけだから。

暑くなるとTシャツとかも一日何枚も着替えるんだけど、(汗をかいたままは衛生面もあるけど、やっぱ熱を放射しにくくなるので熱中症の危険もある)それも家から持ってさせたりすると、脱いだのをどっか入れて、とか、もうめんどくさいでしょ。
先の「手がかからないように」って考えるとね、そこは「家で買ったもの」が含まれてない方がいいわけです。

ウチの場合、まあ古着を取り扱ってることもあって、いわゆる「売れないけど着れる」という服は大量にあるんです。
毎週トラック一台分くらいある。
その分はキロいくらで業者に引き取ってもらうわけですが。
ので、そこから「着れる」ものをチョイスできるので、まあそういう服は大量にあります。
そして、まあ言っちゃなんだけど、親が買うよりもずっとおしゃれなモノが大量にあります。

なんで助かってるわけです。
なんとなく、「これは市丸の」となって、市丸の家のタンスに入るモノもあるでしょうし、実家がよいの連中も同じですね、そういう感じになっていく。

こうなると、まあこの「着替える」とかはやりやすくなります。
同時に、「その服はかっこ悪い、なぜなら…」という、いわゆるなんだろう、「服の着方」というか、「自分に似合うモノ」というようなことも伝えていけるようになるというか。
これもまあ、親御さんが買ったものだったりすると、ちょっと言いにくくなってしまうところがあります。


前回の最後の方に、「着替えたくなかったわけじゃないのではないか」ということを書いたけれど、そこにやっぱこっち側が「手がかかってしまう」というのは、やっぱその着替えさせるという流れが「もたつく」んですよね。
そうなると、スッといかない、という状況が生まれてしまう。
これはたいがいうまくいかない。


さて、最初に戻りますが、「親ができないことはできない」んですが、そういう親御さんが苦労してることができる可能性があるとすると、それは、完全に「親御さんのいない状況を作る」というのが現実的かな、という話ですね。
服にしても、そもそもその場所にしても、親御さんの影響がない場所を作る、という。

そのことで、「スッとできる」ことは増えるし、そもそもの「反抗したかっただけ」から逃れられる可能性がある。

そもそも彼らは語彙が少ないから、自分の思いを、例えば「くそばばあ!」は、なかなか出てこない。
井上とかは言うらしいけど。
出てこないから、親はいつまでも「かまおう」とする。
かまうことが、それを変えることだと信じてるから、というか、それ以外できないし。
ほっとく、というのは彼らの場合難しい。


アクムの親御さんが、アクムがお盆とかに帰ったときに、「一緒にご飯も食べられるようになったし、他にも云々、距離が空いたことでよかった」とメールをくれたけど、ま、そうだろうな、とは思います。
それは単純に親の影響がない場所にいるからそうなっただけで、でもまあ俺らは何もしてないと言えばしてない。
いや、考えはしているが、なかなか「俺らが考えるところ」までは、アクムは何もたどり着けていない。
未だにやっぱ気に入らなきゃパンチしてくるし。


「家ではご飯を食べなくて心配している」とかって話しもあるけれど、もうこっちではもりもりだし、「元気がないようです」、っていうけど、こっちでは元気だし、拒否するところは決定的に拒否するけれど、それもきちんと意思のある拒否、って感じだし、そもそもその「家にいる状況」が、まったく想起できない、という場合もあります。

もしかしたら、それ、反抗期かもしれない、と思ってみるのも一つの解決策かとおもったりします。
語彙がないだけで、彼らも確実にやっぱ成長はしているんで。
それを言えないだけなんで、どうしてもね、親は幼児の時と同じように「かまおうとする」という悪循環が起こってるんではないか?という話でした。







(BGM:Michael Franti, Spearhead & Gift Of Gab「What I Got」from「Look At All The Love We Found: A Tribute To Sublime [Bonus Track]」)
→えええええええー!
これはレディマドンナじゃん…。
でもこういうの好きなんだなあオレ…。
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「かまってくれるな」 その1


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まあ、市丸たちといろいろやってたりして思うんですけど。
よく、「親が一生懸命やっていたことが、なかなかできなかったけど、ウチに来てできるようになった」みたいなことを聞くんです。

ま、これは作業とか、計算ができるようになったとか、そういうことじゃなくて。

例えば、着る服について気にするようになった、とか。
偏食がひどかったのが、かなり緩和した、みたいなこととか。
あとはまあ、具体的なことで言うと「家を出るときは必ずとあるCDを一枚聞ききらないと出なかったのに、今は関係なく仕事に(ウチに)行くようになった」とか。

親としてもいろいろ苦労してきたんだと思います。
ま、そりゃ家出るのにCD一枚聞くんじゃ、もう親としてももう「いい加減にしろ!」となりますよね…。


でもまあ、基本的にはオレは「親ができないことはできない」と思っていますし、そう言うことにしています。
上記のようなことは、「うまくいっただけ」であって、ラッキーなんであって、そうそうはうまくいかないし。
というか、「ご飯の時に、いただきますを言えるようになった」と言われても、う~ん、それはそもそもかなりハードルが低いな…、とは思いますけど。


オレは「手がかからないようにする」というのは重要だと思っています。
手がかからないようにする、って言い方はどっか彼らの主体性を無視した言葉のようで、幼児に言う言葉のようであまりフィットはしませんが、他に言葉がなかなか見つからないので、まあそう言いますけど。

「この子はこのCDを聞くのが好きだから」と、納得をしたとして、しかしそれに「付き合えるか?」という問題があると思うんだよな。
親にだって仕事があったりするだろうし、親には親の人生があるわけで、それを捨ててそこに付き合うのは難しい。
そうなると怒ったりもしなきゃならなくなるし、力づく、ということにもなったりするかもしれない。
イライラも鬱積する。

逆に、「付き合おう」と決めたとしたら、それはどっかもうその「同じCD」から、親子そろって抜け出せなくなってしまうという現象も起こしてしまう。
子が「本当は聞きたくなかった」ということを言い出したとして(そういう行動をしたとして)、それが認められなくなっちゃったりする。
だって、そこまで十年もそれに親は付き合ってきたわけだから、それを一気に「付き合ってたのは悪かったこと」っていう風にされるのは、やっぱいろいろな面で支障を来す気がする。

つまりはまあ、親御さんと本人というのはかなり閉鎖性のある場所にいるワケなので、そこで両者が互いに受けるダメージとかってのは計り知れない。
だから、「着替えない」「毎日同じ服を着てしまう」という場合は、やっぱ「すんなり着替えるように」なった方がいい。
それも、強制とか、力づくとかじゃなくて、「なんとなくそうなちゃう」という感じになるのがベスト。
やっぱ、着替えないのは衛生的によくないし、そもそも「仲間ができにくい」んですよね。
これは小学校の時とかのことを思い出してください。


でもまあ、親御さんはそういうところで、ずいぶん苦労をしてきているようで、「着替えないんです」という話になる。
そうですかあ、でもまあ、親御さんができないことはできないですよ、とは言いますが、まあ、正直な話、たいがいそういう場合、こっちに来るとパッと着替えたりするので、う~ん、という。
あれ?一気にできちゃってるけど…、というか。

カイなんかも高校時代に体操服に着替えなかったので体育はずっと見学だったとか聞きましたが、すっと最初から着替えたし、う~ん。
「唐揚げしか食べない」とかの偏食だったとしても、まあけっこうすぐに食うようになるし、あまり気にしたことはない。

だからまあ、「できない」というより、「なにもしてない」。
する間もなく、たいがい着替えちゃう、みたいなことですね。
もしかして、なにかしようとしたら、着替えさせようとしたら、もしかしたらできなかった可能性があります。
親や教師は着替えさせようとして失敗してきたわけだから。


これ、なかなか難しいんですけど、結果論だから。
でも、一つ言えるのは、「かまわない」ってことなのかもしれない、って思ったりしています。
つまり、カイなんかは「かまわれたくないんじゃないか?」という。
かまえばかまうほど、意固地になる、みたいな流れ。

なんかそれはわからなくはない。

もしかしたら、親御さんや教師への反抗だったのかもしれない、というか。
いろいろ「かまわれる」ことから、「お世話焼かれる」ことから抜け出したい、ってのがいわゆる反抗期だったりするのかもしれないな、と。
彼らなりの。


ただまあ、じゃあかまわれないとして、なにをしたらいいか?ってのはまた難しい問題で、自由とはそう簡単に行動できない、という面があります。
そうなるとまあ、みんなが着替えてるから着替えるか、みたいなことになるのかな、というか。

決して着替えたくなかったんじゃなくて、「かまわれることへの抵抗」だったのかもしれないな、と思うことが、まあ経験則ですがよくある、という話です。


続きます






(BGM:妄走族「Toy The Life」from「9-Nine」)
→ラップに出会ったのはイトウセイコウさんとか、ECDさんとか、高木完さんだったり近田春夫さん、ビブラだったり、という世代になるわけだけど、その後なんだかJ-RAPとかになってほぼ聞いてない感じになっちゃった。
最近またYOUTUBEとかでいろいろ聞いてるけど、一時ちょっと聞かなかった。
なんなんだろうな、「悪ぶってる」のがラップじゃないと思うのよねオレとしては。

距離感とお盆休みと距離感


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kaijosha.jpg




お盆休みということで。
まあ、休みですから寝てりゃいいんですけど。

実家に帰った連中もいますが、そうじゃない連中は各々色々誘い合って出かけてたようで。
まあ、実家の予定もわかりませんし、実家に帰って親と一緒の生活を過ごすのも普段はできないのでイイと思いますんで、あまり誘われたりはしないようですが、そうじゃない連中はけっこうあちこち行ってたらしい。
休み明けて聞いてみたら、ノブやしのさんやケイコは浅草に飲みに行ったとか、ギンザに行ったとか、鬼太郎見に行ってきたとか、アクロバットを見てきたとか、プロレス行ったとか、いろいろ言ってました。

休みにまあこうやって誘い合う、ってのは正直彼らにとっては難しいんですけど、まあそのへんはやっぱ歯車はかけてはやります。
結局は、「休みだけど一緒に遊びに行けた」という成功体験が重要なわけで、経過よりも先にそっちかな、とか思ったり。

んなわけで、俺はあまりみんなとどっかに行ったりはしなかったんですが、まあ俺が行くとなんとなく「先生と行く」みたいな感じになりますし。
でもオグラとは一緒に行ったりして。

というのも、オグラはこういう時にやっぱ「誘われにくい存在」でありまして。
それもそのはず、まあ最初施設からこっちに来た時に、かなり荒れてました。
漏らしたりもしてて。
最近はそんなことはないんだけど。

そもそもは高等部時代には生徒会長も務め、マラソンも上位、文化祭でも中心、学校中の中心だったという彼は施設に行って歩けなくなってこっちに来たんだけど。
最初は廃人だったな、うん。
でもまあ、最近は会話も通じるようになったし、そもそも能力はすごく高いから、話し始めると井上何かよりもずっと会話が通じる。

やっと人間らしくなったなあ、とか思ってて。

でもまあ、やっぱ最初のアレがありますから、なかなか誘われにくいし、実家にも帰っていたので、なかなかね、「実家から出てこい」というのは難しい。
という状況の中、でも実家は実家でお母さんが今年亡くなったり、お姉ちゃんの調子もちょっとよくない。
でもまあ、お姉ちゃんが一緒に住んでる相手は俺の仲間でもあったりして、「一緒に遊びに行こうか」みたいのが成り立ちやすく。
浅草で演芸とかを見てきたんだけど、演芸がわかるんだよねオグラは。
人情話とかに泣いちゃう感じの。

まあ、楽しかったですね。

やっぱ演芸場とかに行くのはイイですね。
テレビってのがどれだけつまんないかがよくわかる。

ああ、林家ペーさんってこんなにブラックなんだ、みたいな。
テレビに出る時はテレビ用にきちんとやってんだね、あの人は。
というか、テレビに出る人はみんなそうか。
そうやってキャラ付けをされて、その中でテレビで演じてる。
アタマがイイ。
でもまあ、本当の芸はそこにはないんだなあ、と。
そして、舞台の芸の方が格段に面白い、という。

俺もとても堪能して帰ってきたわけですけど。

そういえば、初日にもオグラとはプロレスに行ってて。
これがまあ、イケメン選手が出てて、もう入場だけで面白いですから。
何が面白いってわけでもないんだけど、なんだろう、とにかく笑っちゃう。
こればっかりは見に行ってもらった方がイイと思うので、ぜひプロレス未見の方は一緒に行きましょう。


ま、んで、お盆明け、どういう顔でみんな帰ってくるかと思ったけど、イイ顔して帰ってきていたので(1人のぞく、その件はまた後で書こうhttp://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4908.html)、まあよかったな、と。

これだけ休みが続くというのはなかなかないし、みんなが休みだからこそ「一緒に行こう」みたいな話も出やすいわけだしね。
いつもだったらバラバラに休みだから、なかなかこういう感じにはなりにくいかったり。

それに、実家に帰った組も、親御さんは正直きつかったという人もいるでしょうが、まあ時にはいいんじゃないですかね。
それがまあ前は毎日だったわけだからね。
お疲れさまだよ、ホント。
今、ウチに来てない、井上達の同級生達はどういう暮らししてるんだろう、と思うと、なんかもう辛くなりますね。
親御さんも辛かろうし、本人にとっても広がる世界がないから出口がない感じだろうし。

コバなんかは、家出をしてきたから実家がない、ということではあるけど、その後連絡が取れなかったお母さんとは連絡が取れたんで、帰れなくはないんですが、彼は帰る選択をしてない。
それはまあ、いろいろと事情はあるんだろうけど、それが彼の平穏な感じを維持してるようにも思います。
そのコバもまあみんなに誘われてなんだかんだほとんどの日を誰かと一緒に過ごしていたようです。

オグラも義理の兄ちゃんと過ごすといってもまあ限界もありますよ。
でもまあ、休みの最中でも時に一緒に出かけられる環境にはあって。

なんだろうなあ。
まあ、幸せな距離感、なんだと思います。
親からも、俺たちからも、イイ距離感を作ってやんないと、やっぱ苦しくなっちゃうじゃん。
お互いに。

休み中に市丸たちと出かけるコトについて、「休みなのに云々」とかいう人がいるけれど、いや、やっぱ遊びに行ってるだけなんだよね。
それも別に強制でもなく、行ける日と興味さえ一致すれば、そりゃ市丸がいた方が楽しいですよ。

というか、まずウチの連中の多くは「誰かと一緒にどっか行きたい!」が勝ってるからね。
そこがまず一つ段階を越えてるんでラクですね。
これが「連れて行く」、「めんどうみる」となると、もう辛いわな。


ま、一生懸命になりすぎれば距離感近くなっちゃうし、それだとやっぱ息苦しいし、一生懸命だけれども距離感を空けて、みたいな関係を今年のあと半分がんばろうかな、と思います。

無理しない。
俺らも親も家族も。
無理すればかならずどっか破綻していく。











baka.jpg

(BGM:Towner Williams「STAR WARS」from「tomorrow」)
→「明日」と題されたコンピだけど、まあテキトウに作ってるのかどうなのか。
「この素晴らしき世界」はいい、「雨に濡れても」もまあいいとしよう。
「明日に架ける橋」に至ってはそのまんまだし、最後のナンバーは「あしたのジョー」。
…ぎゃははははは。
そしてまあ、この曲はなんで明日かがよくわからない。

ケンカして、相手を置いて帰れるシステムが必要


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専従募集


ま、よくあるんですよね。

障害をもった人がなんかを成し遂げた、みたいな。
そういう記事とかが新聞に載ってたり。

なかなか、ステキなコトですよね。
そういうのを見て、ウチの市丸やツノになんかできないものか?とか考えたりもします。

でもまあ、なんか思いつかない毎日でありまして、正直、もう日銭を稼ぐので精一杯。
コバにしてみたらメシと家賃の問題の方がでかくて、なかなかにそこまでピアノだとか、マラソンだとか、習字だとか、絵だとか、に没頭する時間、というものがそもそもありません。

バンドで精一杯ですね。
バンドだけはね、正直、ココだけの話、いや、あんまりこういうコト言っちゃあアレですけど、そんなに努力いらないんで…。
練習して、歌詞覚えて、ってまあ彼らにとってはタイヘンだけど、けっこうバンドのためなら歌詞覚えるのは彼らはそんなに苦にならないようで。


話戻しまして、まあそういう記事を読んでいると、必ずまあ「母親と二人三脚」みたいな結末だったりします。
これ、まあほぼ9割方そうですね。

そこ、触れなくても記事になるだろうと思うんだけど、親の苦労も触れなきゃならない、ということだから、つまりはそこの比重がでかい、ってことだろうな、と思うんですけど。


ま、正直言って、どの親だって、障害をもった子を産めば、長い間、子が大人になっても二人三脚ですよ。
ウチの市丸だって、そりゃ普段もう実家のこと忘れてる感じだけど、やっぱそうやって思い切って「放流」してくれてる親御さんの力ってのは確かにあるわけです。
それがなければ、市丸はこんなに毎日バカやれてない。

そういう意味で、まあ親御さんの思いというか、そういうのは確実にあると思うんだ。

でも、まあ、「一緒に何かやる」ってことは普段まったくないから(ウチは親に運営にも関わってもらってない)、ちょっとその「素晴らしい絵を親子二人三脚で成し遂げました」って話とはちょっと違う。
市丸がこの先何かを成し遂げるとしたら(あくまで仮定)、それはまあ仲間と二人三脚、とかになるんだろうか。


確かに、導いてくれる人ってのは必要で、それはね、特に彼らの場合は。
知的障害とかじゃなくたって、まあ何をかしようとすれば、師と仰ぐ人に弟子入りしたり、指南お願いしたりしますよ。
彼らの場合、まあそういうことをやっぱ突っ込んでやらないとなかなか難しいのはよくわかりますし、その通りだと思います。

ま、それが親とか兄弟姉妹だった、というね。
そういうこともままありますし、それを否定する、ということじゃないんですよ。
家族の影響というのは誰にとっても誠にデカイ。


で、じゃあなんでこれを題材に書くかというと、二つあります。

一つは、それに親が付き合うことができる、というのは、それなりに余裕がある、ってことだよな、という話。
つまり、そう考えると、障害云々よりも、親の資産、収入が重要なんじゃないか?って(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4435.html)思うワケです。

付き合ってやりたいのに付き合えない親だっているでしょ。
食うに必死だって、んなのやってる時間ない!って家庭もある。

だからまあ、このことをもって「障害をもった子の親はそうやって必死に自分の時間を費やすのがあたりまえ」とか、「そうやならなきゃその子は幸せになれない」みたいな感じの「雰囲気」は、ちょっとゴメンだな、と思うわけです。

親のことを記事にするのはイイですが、一方で、「できない親」を責めるシステムになってしまうのはよくない。
あたりまえですけどね。

これはまあ、障害児だけの問題じゃないですけど。


もう一つはですね、先日、お姉さんが付き合って二人三脚で成し遂げてる、みたいな話があって、その人にも会ったんだけど、いや、どうなんだろう?って。
まりはまあ、お姉さんは、もう全ての時間を捧げちゃってる感じになっちゃってますから、その人生、どうなんだろう?って。

そもそも、旅行だってなんだって、二人で行けば二三日はイイですけど、一週間もすればケンカになりますよ。
他人でもそう。
オレも最初の頃、24時間介助してましたけど、もう険悪になりましたよ、5日くらいで。

ま、彼らに言わせれば、「親子げんかはしますよ」とかって話でしょうけど、ケンカして旅行先から一人で帰れちゃえばいいですよ。
でも、実際、介助が必要な人をおいて帰れないでしょ?

つまりは、「ケンカしますよ」ってのは、確かに一見平等に見えるけど、現場的にはそうじゃない。
それは「置いて帰れないケンカ」である以上、ケンカにはなってないんですよね。


それをまあ、選んだんだ、というのもあるでしょう。
そういう人生をその親が、姉が選んだんだから、と。

ま、人それぞれなんで、いいんですけどね。


でも、やっぱオレは、ケンカで「一人で帰れるシステム」にしなきゃダメなんじゃないかな、とか思うんですね。
しかもそれが肉親だった場合、そもそもが「帰れないシステムなんだ」ってこと。
手を必要とする子をおいて一人で帰った、なんて、極悪非道だと罵られてもしょうがない世の中ですからね。

これらの素晴らしい記事たちが、そこをしっかり作って行くことの妨げにならなきゃイイなあ、と俺は思うわけです。










(BGM:イヤイヤ娘「イヤイヤ気分をふっとばせ!」fromYOUTUBE)
→「硬い男はイヤイヤ」
「満員電車はイヤイヤ」
「枝毛も切れ毛もイヤイヤ」
「めんどくさいのイヤイヤ」
…もう勝手になさいな…。
ってか、キスミントの宣伝なのね、これ。

自分の子さえいなきゃイイ

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みんな来てね~。


てなことで。
まあ、よくあります。
親御さんが自分の子の作業所の運営に関わっている、ともすれば指導員という形で入っている、というようなこと。

親御さんにしてみたら、作業所の職員が信じられない、ということなんでしょうかね。
障害のある我が子が、きっと「自分の意見を言えないだろう」みたいに思って、まあ「自分が代わりに口を出さなきゃ」という感じというか。

ま、親が思う子の意見、というのが正しいかどうかの論議はまずあるんですが、そういう「不利な状況に置かれた」という経験が多いのでしょう。
そうなると、そうなっちゃうのも致し方ないのかもしれません。

一方で、職員の方も、なにか意見を持って毎日の活動にあたるより、「親御さんの言うとおり」にやっていた方が楽だ、ということもあるのでしょう。

これもそれも、とりあえず今の風潮は「クレーム」です。
モンスターペアレントにしても、要は「クレーム」。

そして、この「クレーム」と言うモノ、とてもめんどくさいんですね。

論議がきちんとできればイイですが、論議ができない場合の方が多いんです。
なので、多くの学校や作業所なんかでも、「論議を成り立たせるためにどうするか?」ということに心を砕かなければならない。

つまり、中身の論議の前に、です。
こうなっちゃうと、この部分は、実際の問題解決には余計な部分となります。

この時間を裂くのは、実際にはとてもツライものがあります。

こういうことを書けば、「真摯に受け止めないのか!」というクレームが来そうですが、まあ、実際はそうです。
真摯に受け止めて論議したいからこそ、そこを考えなきゃいけなくなる。
始めから、論議をキチンとしようとしてくれれば、そもそも「クレーム」という形にはなりませんから、「クレーム」と言った場合は、その前に一段階必要になってしまうんです。

これはイイとか悪いとかじゃなくて、現実、そうなる。

なんで、もう「最初からこっちがポリシーなんか持たない方が楽だわ」と思ってもしょうがないんだな。

もちろん、「クレームのつもりじゃない」ということもあるでしょうが、そこはこちらもプロですから、どういうことで意見をしてるか、というのはわかります。
それをオレが判断するのは、受けた側の問題としてであって、発信側ではありません。
発信側、受け取る側があってのことなので、片側の意見だけで「クレームじゃない」というのは成り立ちません、ということは書いておきます。


ま、あまりウチはそういうことはありません。
そもそも、親御さんが参加していない、ということに尽きるのかもしれません。
意見も聞きます。
そういう場面も作ってないわけじゃない。
けど、最終的にはこちらがどう考えるか、と言うことを最優先することは、常に話しています。

その上で、意見は聞きます。
そして、参考にはします。
という立ち位置ですね。

親に要求するモノがなければ、親に要求されることもない、ということもオレとしては考えます。
金も含め、です。
金を出させれば、口が必ず出てくるからです。


親御さんが参加することで、イイ面がある、というのが、今のいろいろな作業所などを見ていると、正直オレには思いつきません。
そもそも、親御さんが集団になると、その同調圧力はもの凄いことになります。
これは、どこの団体でもそうだと見受けます。
親御さんの中で、声の大きい人がいれば、その人に楯突く意見など、そうそう言えないのが現実です。
その不満も、こちらに噴出してくるのだから、職員もまあ、やってられないのかもしれません。


しかし、親としては、参加したい。
まあ、単に子離れできてないんじゃないか?という例も散見するんですが、どっちにしろそういう感じなんだよね。

だからですね、オレ、思うんだけど、自分の子が通わない作業所に関わったらどうだろうか?と。
それならただの「ボランティア」で済むじゃない。

今、この通う作業所に関わってる、全部の親御さんが、違う作業所に関わる。
そうすれば、なんかいいように思うんだけど。

自分の子さえいなきゃいいんだと思うんですよ。


そうなれば、同調圧力ってのもなくなるでしょ。
「ウチは手伝いに週2回来てるのに、あの親は1回しか来てない!」とかいう意見もなくなろうかと。

ってか、だったらもう完全に作業所から手を引いたらいいとは思うんですが。




(BGM:Resurrection「裏切り者」fromYOUTUBE)
→ADKの最終章だよね、これ。
この辺になると、なんだか知らないバンドが出たりして、まあ、でもTAMさんの意向としては、こういう「日の当たらないバンドに活躍の場所」みたいなことがADKにあったわけでね。
このワウがかかった感じのサウンドは狙ったのか、そうなっちゃたのかわからないけど、カセット感溢れる音質を塩ビ盤にするという、なんか当時だよねえ。
これ、当時持ってたけど、「裏切り者よ」という部分が頭に残っちゃう。

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