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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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都市伝説万歳


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サヴァン症候群というのがありまして。
いわゆるなんかよくわからないけど、曜日が全部わかっちゃう、みたいな。
例えば、「1973年の2月8日は何曜日?」と聞けばすぐに答えちゃう、みたいな。

ま、実はそのくらいしかサヴァンについてはよくわからないのですけど、というのは、最近は来ないけど、ウチの連中の養護学校時代の同級生が時々にじ屋に来てて、彼女がこれだったんです。
曜日がすぐにわかる。

といって、まあそれを発揮できる職場に勤めてるわけでもないんだけど、一応、一般就労はしてて。
でもまあ、ヒマそうですね。
すぐに「今日は帰ってイイ」って言われちゃうらしく。
職場に友達がいるわけでも、一緒に飲みに行くわけでもなく、毎日孤独に過ごしているようです。
正直、ちょっと、ってかかなりかわいそうだな、と思っています。

まあ、曜日がわかったところでそんなに役に立たないというか、そういうところもあります。
今やインターネットというのがあって、すぐにまあわかりますし。
ネットがない時代なら新聞社とかに勤めたら力を発揮したのではないかと思われますが、それもどうだろう。
他のことがちょっとできるわけでもないからなあ…。

まあ、彼女はよく手紙をくれて、ウチの専従宛てとか、市丸宛とか。
「もうこの手紙は●月でやめます」とか言いながら、ずっと続いています。
大仁田選手くらい当てにならない引退宣言というか。

でもまあ、家の事情もあるようで、出ては来れない。
きっとまあ会いたいんだろうな、こっちに来たいんだろうな、とは思うんですが…。
なかなかいい手がない、というまま幾年も過ぎてしまっています。

ま、それは置いておいて。

もし、彼女がまた来たら聞きたい、と思ってることがあって。
それは、「20●●年、●月●日は何曜日?」という問いなんですが。
●には実際には数字が入ります。
いや、まあスッとね、彼女だったら答えられる質問の「はず」なんですが…。

というのはですね、都市伝説でこういうのがありまして。

そうしたサヴァンの子何人かに聞いたと。
ちょっと面白がってのところもあり、「2025年の●月●日は?」みたいな感じで。
「2030年の●月●日は?」と、未来にどんどん進んでいった。

そしたら、とある未来「●年●月●日は?」(ここでは日付は伏せておきます)と聞くと、全ての子が「わからない」と。
え?なんで?と聞くと、その子たちは口をそろえて言うそうです。

「だって、その時、世界はないじゃない」と。

ぎゃああああああああああああ…。

…いや、ま、実際どうでしょう。
サヴァンの子はカレンダーを頭に思い浮かべているわけですから、世界が滅亡しているかどうかを見ているわけじゃない。
予言ではない。
だからまあ、これは都市伝説。

でもまあ、聞いてみたいんだよなあ。
いつになったら彼女に会えたもんだろうな。

まあ誰しもが「世界の終わりはいつなのか」について興味はあるでしょ?
ない?
あら珍しい。

まあ、興味があるというコトで話を進めますと、そうなると、「そもそもなぜ地球は生まれたのか」「生物は生まれたのか」、いや、そもそも人類の進化とは本気でミジンコから始まったのか?というコトまで気になっていく。
ミッシングリンク、いわゆる「進化の過程でのつながらない部分」というのもあるといいます。
本当に進化論は正しいのだろうか…。
終わりを考えると言うことは、始まりを考えるということでもあります。

だから人を引きつけてやまないのかもしれない。

今のコロナも、もしかして終焉の始まりなのではないか。
1999年に恐怖の大王がやってくるという話だったけど、やってこなかった。
いや、やってこなかったように見えただけかもしれない。
実際は、コロナウイルスの種火のようなモノがやってきていたのかもしれない。

いや、もしかすると、地球温暖化において、南極の氷が溶けて、今の我々地球人以前の地球人を滅亡に追い込んだ未知のウイルスが復活したのかもしれない。
アトランティス、ムー帝国、それらの伝説は我々以前の人間の記憶なのかもしれない。
そして、そのウイルス復活の始まりが実は1999年だったのかもしれない。

と考えると、とんでもなく面白いので、その辺、飲み会でわいわいやりますか。
コロナが終わったら、ですかね。

ま、その時に生き残った人間が、私とあなただけだった、としても。
そして我々が、次の地球の住人のアダムとイブになったとしても。





honnmori.jpg

(BGM:鬼束ちひろ「Cage」from「インソムニア」)
→強弱というか。
サビ、盛り上がって急にバックの音を少なくする感じとか、こういうの、いいよなあ。
やっぱ音楽って結局は強弱なんだよな。
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妖怪現る


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まあ、温泉とかあるじゃないですか。
デカい風呂ですね。
脱衣所とかあって。
旅館なんかに泊まりますとそういうことになりますね。

まあ「もう温泉大好き!」って人もたくさんいますよね。
旅行の場所を決めるんでも、「何だったら、俺はもう温泉あればいいし」みたいな。
旅行じゃなくても、「時間あったらスーパー銭湯に行きますね」みたいな人もいますわ。
スーパー銭湯が温泉の効能とかがあるのかどうかはわかりませんが、とりあえずとにかくアレは「でっかい風呂に入りたい」ってコトなんでしょうか。

というわけで、俺はそうですね、あまり好きじゃないんですよ。

そもそも、デカい風呂って落ち着かない。
それになんか、ウチで洗うよりしっかり洗えない気もするし、とか言うと「いやいや、なにも洗いに行ってるわけじゃないし」みたいなことを言われそうです。
いや、だとしたら、風呂に入ってなにすんの?みたいに思っちゃうんですよね。

あそこに浸かって、ポチャンとね、まあわかりますよ。
ああ、足が伸ばせていいなあ、とかそういうのもわかります。
でも、なんか俺としてはそんなに入ってらんないんですよ。
すぐ出たくなっちゃう。

だって熱いじゃん!
しかも他にやることないじゃん!

浸かるだけ。

「いや、それがいいんじゃん」とか言うんでしょうねみなさん。
「浸かってさ、もう何も考えないで、浸かっちゃうわけ」とかなんとか。

まあ、わからなくはないけど、…いや、やっぱわかんねえな。
だって熱いじゃん!
しかも他にやることないじゃん!

というわけで。

まあ他に一緒に行ってる人とかがいればね、それなりに面白いかもしれないし、話もできますよ。
裸の付き合いって言葉もあります。
だからって、まあ現実裸になる必要があるかどうかは別として、でもまあ、他にやることがないんだから話しますよね。
それは確かにわからなくはない。

でもまあ、どっか「風呂出たあとのビールは最高だな!」とか言ってそうで、そうなると「ビール>風呂」ということになるのではなかろうか。
ビールをおいしく飲むために風呂に入っているとしたら、そういうことじゃない?。
でもまあ、「どっちもだよ!」ということでしょうね。
「ビール=風呂だ!」と。

ふむ…。
まあ、うん、いいですけどね。
付き合いますよ、俺も。
多少はね。
わざわざ「スーパー銭湯行こうぜ」って言われたら、多少抵抗する感じは残しつつ、まあ付き合いますけど。

「ものすごくいや!」、とか「ものすごく嫌い!」ってワケでもないんだけど、世の中の全ての人が「温泉大好き!」ではない、ってことはお伝えしておきたい。


というわけで、風呂の話ですけど。

先日腰をやらかしまして。
いや、まあ軽くやらかしまして、経験則としてこういう時は風呂に浸かるのはアウト。
軽くシャワーあたりでおさえておきたい。
まあ、何度か腰はやらかしてますから。

で、まあ風呂のフタは閉めたまま二三日。
アキもシャワーで。
暑かったのもありました。

んで、まあそろそろイイかと風呂のフタを開けたらですね。
なんと満杯の水。

…。

つまりですね、もう風呂に関しては追い炊きとかそう言うのもしてないわけです。
で、シャワーばっかり使ってた。

なのに、風呂の水位は7分目くらいだったはずなんですよ。
だって、満杯に入れたらそもそも入った時に溢れちゃうじゃないですか。
だから、いつだってそのくらい。
そういう設定にもしている。

なのに、もう溢れんばかりの満杯。
これね、もう仰天ですよ。

いや、ちょっと聞いたことはあります。
なぜか風呂の水がいつも減っている、というね。
逆なんですけど。
で、夜中に風呂で音がすることに気づき、そっとのぞいてみると、風呂に顔を突っ込んで飲んでいる女がいた!!!!

きゃーーーー!
驚いた瞬間にその女は消えたと言いますよ。

つまりこれは「風呂の水を飲む妖怪」が住み着いていたのではないか、って話なんですけどね。

これ、まあ減ってるからこそ成り立ちますが、増えているとはどういうことか?
しかも、いや、冷静に考えてみると、これを一週間くらい続けていたら、溢れていたのか?という問題もあります。
二三日で満杯て、そのくらいの勢いで増えていたと言えますから。

つまり、夜中に妖怪女が水を吐いていた、と…。

ぎゃあああああああああああああ!
そう考えたらもう入れん…。

いや、待て待て。
もしかすると、どっかの家で飲んだ水をここで吐いているのかもしれない。
風呂水の移動である。
ポンプ妖怪と言ってもいい。

だとすると、その目的は何か。
ウチの水道代を気にしてくれているのだろうか。
かといって、他所の水道代はどうなる…。

う~ん、いや、まあ、たぶん妖怪に目的はないかな…。
「生まれた時からこうするでやんす!」とかいいそうだな。






shugeiz.jpg

(BGM:sanagi「三重苦少年のうた」from「東京レゲエ・シーン・ショーケース レゲエ クラッシュ」)
→1983年のオムニバスなので、その頃はまだ俺の中ではレゲエってのが定着してなくて。
でもまあ、レゲエって何だ?みたいな感じで当時手に入れたんだと思う。
そのままそのレコードもなくなって、最近になってカセットから起こした。
なかなか面白い歌詞で、キメが強拍打ちなので、ちょっとずっと引っかかってた一曲。

無人の街


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ハビエルという人?がいるらしいんですよ。
これがどうしたことか、2027年にいるという。
え?
おかしくない?と思った方、そうですよね。
そうなんです。
今は2021年だもんねえ…。

これまでも「未来から来た」みたいなことでツイッターとかそういうのをしてる人とかはいたんだけど、それまでは「○○年に○○が来ます」みたいなテキストなわけです。
ま、それが当たればそれはそれですごいと思うけど、ある意味ネットの中でのいろいろな機能を使って、過去を装うみたいなことが可能ではある感じもあるわけです。
本当は2021年にいながら、2019年に投稿したように見せかける、みたいな。
それはなんか可能なような気もしなくもないような気もしなくもない。
よくわかんないけど。

ま、そういう時間の操作が難しいとしても、手動でやれなくもない、ということもあって、一つの予言だったらまあできるよなあ、という気がしなくもない。
けど、未来人だと言い張るにはいくつも当てなきゃいけないから、簡単ではないだろうけど、それで一儲けしようとかってやるんなら頑張れるのかもしれない。

ま、これは「予言者」とかを標榜する人も同じ仕組みなんですが、この「未来から来た」と「予言者」には決定的な違いがあって、「だったら、なんか証拠を見せろ」ってことになるんですよ。
つまり「これからのことを当てる」のは、未来人にしてみたら「知ってること」であって、予言者は「それが見えた」って違いがある。
そうなると、「お前本当に未来人なのか?証拠を見せろ」となるわけです。

例えば、「お前が未来から持ってきたモノはないのか?」「写真とかはないのか?」ということですね。
「未来には空飛ぶ車とかがある」と文章で言うより、その写真を見せてくれれば一発じゃん、という。

だから、大枠として、「未来人だというのなら、写真を見せろ」って話なんだよね。

で、今回のこのハビエルさん。
実は未来人というわけじゃなく、どうも病院にいたら、急に2027年に飛んだ、ってことらしい。
つまり現代人が未来に行っちゃった、ということらしい。

で、この人がすごいのは「俺は未来に行っちゃった」とかテキストでいうだけじゃなく、動画を上げてるんです。

それが恐ろしいことに無人。
誰もいない。
例えば街中、街頭の時計は夕方とかの人が多そうな時間を示しているのだけれど、無人。
誰もいない。
駅に行こうがマックに行こうが、警察に行こうが、どっかのスタジアムに行こうがとにかく誰もいない。
スタジアムでもどんどん中に入って選手のロッカールームみたいなのにもセキュリティとかそういうのも誰もいないからずんずん入ってしまう。
美術館みたいのもずんずん入っちゃうし…。
スーパーでも誰もいないから勝手に棚からジュース取って飲んじゃう。

つまり、2027年には人類は滅亡しているのか??という。

けどね、まあ電気はついてるんだよ。
なんならエレベーターとかも動いてる。
とにかく「人がいない」ってだけで、他は通常なの。

これはまあ誰でも見れるので、検索して見てください。

と、ここで「ん?」と。
2027年なら、動画をアップしても2027年にアップされるのではないか?と。
そこなんですよ。
そこがちょっと今ひとつわからない。
というか、かなりこれ、「怪しい」。

単純にもしかしてCGなのか?ってこともあるんですよ。
画面から人を消した、という。
けど、それはそれでできるかもしれないが、堂々とセキュリティを突破してるのが不可思議。
そこがわからない。
だから、セキュリティを突破できるだけの人が、CGでコレを作った、というのは成り立ちますが、それって誰?って話になります。

もう一つちょっとアレなのが、一本一本の動画は短いんですよ。
CGをやるとしたら、まあ長くは作れまい、という。
それもちょっと「怪しい」。

だからもうよくわからないんだけど、一つネットなんかでいわれているのが「観光のためのアレなんじゃないか」という。
つまり、市をあげて、例えば市長とかそういう人とかのチームで、例えば「一回店から出てください」とか言って店から人を出して撮影をする、という。
けど、それはかなり漏れますね。
セキュリティを突破できたのもそういうことなら説明がつく。
そうなると、高度なCGグループ+観光行政がタッグを組めば可能ではある。

そもそもネックなのが2027年にいて動画を投稿したモノが、2021年に見れている、という部分ですね。
コレを書いているのは8月終わりなんだけど、もしかしたらこれが載るころには種明かしがされているのかもしれませんが、いや、でもなんかこれが仕掛けなら壮大だし、そうじゃんなかったらそうじゃないで大変だし…。

わからないが、この「無人の街」ってのを思う存分味わえるので、単純にこの動画は面白いので見てみてください。





shugeiz.jpg

(BGM:安倍なつみ「夕焼け空」from「22歳の私」)
→まあ、シングルのB面、今はカップリングか、なのでそんなにアレじゃないんだろうけど、このAメロのボーカルをひずませる感じ、好きだなあ。
これ、サビも自然に入ってくるし、なかなか名曲じゃなかろうか。

しにくくありません…?


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モチを詰まらせる、という不幸な事件が起こったりします世の中。
これなにも老人だけのことじゃなくて、若い人もないわけじゃない。
でも、たいがいの場合、若者は自分で吐き出せる、という仕組みですね。

しかし若者とは言え、簡単には出ない。
やっぱ身体の向き変えたり、いろいろやってやっと取れる、みたいな。
ま、人がいればイイですけどね。
背中叩いてもらったり。
なんかマジで掃除機をツッコんだらいい、というのもどっかで読みました。
ま、人がいればなんとかしてくれるというか、サイアクの場合、救急車も呼んでもらえる、みたいな安心感はあります。

しかし、一人だった場合。
もうこれはたぶん焦りますね。
こんなところで死んでなるモノか、という気持ちもありますよ。
しかも、「モチを詰まらせて死んじゃった」というのでは、一人暮らしをするって親に散々文句言われて東京に出てきたのに、親に顔向けできない、という人もいようかと思います。
それに、だんだん苦しくなってきますから。

これ、急に苦しくなったんだったら踏ん切りもつきますが、だんだん、ってところがミソで。
どこで救急車を呼んだらいいかわからなくなっちゃうんですよね。

歯医者で、「痛い時は手を上げてくださいね」とか言われるけど、なかなかどうして、「このくらいなのか?」「このくらいで音を上げていいのか?」みたいな。
「お、ちょっと楽になったぞ」みたいな、そういうことすら思うでしょ?(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-40.html)
あ、思いません?
俺だけか。

あ、話がそれましたけど、とにかく、まあ例えばね、餅が喉に詰まったとします。
そして一人。
だんだん苦しくなってきて、まあパニックですね。

そんな時、「立つんだ!と、おじいちゃんの声が聞こえたんです」という人がたまにいるんですよ。
そして、立った途端に体制が変わってなんとか餅が取れる、と。

いや、まあこれ「そういう人がたまにいる」というか、そういう人を本で読みまして。
ま、怪談の中で「いい話」というカテゴリーで。

霊現象ではありますからね。
なにせ、そこにはおじいちゃんはいないんです。
いや、いないといっても、隣に住んでてものすごい声のデカいおじいちゃん、とかじゃない。
ちょうど孫がハイハイから立とうとした瞬間だった、とかじゃない。
なんなら田舎の実家にいます。
いや、怪談にするのなら、死んじゃってたら死者の霊だし、死んでなかったら生き霊的な。
あ、まあ、隣に住んでて声がすげえデカくて、孫がハイハイから立とうとしたところでちょうど!というのもまあ怪談ではあるけれど。

そう考えると、怪談って何でもありだなあ…。
ふむ…。
あ、いや、ま、んなことは後で考えよう。

で、まあこの「死んだおじいちゃん(お婆ちゃんなどの身内)が助けてくれた」みたいなパターンというのは餅以外にもけっこうあって。
交通事故に遭いそうだったときに引っ張って歩道に戻してくれたのが死んだお父さんだった、みたいな。
まあ、その「お父さんだと思っていたのが実は死に神で…」みたいになっていくとそれはそれでちょっと創作っぽくなっていくのでアレですが、でもまあ、けっこうこの構成の話ってのはないわけじゃないってことなんです。

ただね、この手の話が多いってのは、ちょっと気にはなりますよね。
ってのは、「おじいちゃんはいつも見ているのか?」って問題ですね。
だって、見てなきゃ「餅が詰まったな!」って気づかないじゃないですか。
だいたい、霊だってそれなりにいろいろ生活しているわけでしょ?
いや、知らんけど。
なんなら天国とか。
地獄かも知らんけど、そういうところで、まあ呑気に(地獄の場合はかなりハードに)生きてる、いや死んでるはずかとは思うんですけど、つまり、いちいち孫をそんなに見ているモノだろうか?という疑問ね。
ってか、孫だって数人いたりするでしょう?

この手の話を読むたびに、すごくその辺気になるんですよね。
もしかして、巨大ビルの警備室みたいに、数人の孫をいつも同時に映像で見ているんだろうか?
いやあ、でも、時には休むっしょ。
そんなに人って働けませんよ、いや、もう人じゃないか。

でも、そうなると、ってかまあこんなことを考えたことがなかったとしても、一回おじいちゃんの声で助けられたとしたら、それ以降、すごく気になっちゃわないですかね。
「ありがとうおじいちゃん」とはその時は思うと思いますが、その後どうでしょう。

例えば、まあ、ぶっちゃけもう、オナニーとかね。
しにくくなりませんかね。

ま、それが言いたかっただけで、ものすごい文章伸ばしちゃいました。





(BGM:headache「viva la headach」fromソノシート)
→確か地方のバンドで、聞いたことなかったけど、当時ソノシートを買って、けっこうこの曲が気に入ってた。
他は基本ハードコアで押すんだけど、この曲だけ急に70年代パンクで。
わかりやすいさび、まあシンガロング系って感じか。

声には出さない


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実話系怪談を読むのが好き、というのはもう散々書いているんだけど。
もうずっと読んでるくらいですね。
ヒマな時は携帯でもその方向のサイトを見てます。

まあなんか不思議な世界が好きなんだろうな。
というか、霊の世界がある、と思っていた方がなんか落ち着くんだな。
自分以上の存在を社会に置くことで、どっか失敗しても「しょうがねえか」とか、うまくいけば「守られてるな」とか、そういう風に思いたいんだろうな俺は。

とはいえ、まあ霊の存在をそんなに信じてるわけでもないんだけど。
でもまあ、読むのは好きですね。
何だって言っても、パラレルワールド方向とか、すごく好きなんだな。
この世界だけじゃない、と思うだけでたぶん閉塞感が吹っ飛ぶからだと思う。

「時空のおっさん」とかね。
まあ、いないとは思っていても、本の中では活躍したらいいじゃない。
その中でつかの間、そういう世界に羽ばたいてみてもいいじゃない。
そう思えば、なんか自分が小さい存在だってすごく思えるし。

同時に、けっこう「血」にまつわる大作とかも時にあって。
それがね、なんか「当たってるような」気もする時があって。
この辺はかなりシビアなんでブログとかでは書けないけど、アオテツなんかと話していると「実際そうかもなあ」「末代まで呪ってやるってそういう意味か…」みたいなこともなくはない。

もちろん信じてるわけでもないし、幽霊を見たことはないので、なんともその辺はアレだけれど。
あ、でもまあ見たことないわけじゃないんだよな(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-233.html)。
あまり怖くはなかったけど。

で、先日、とあるサイトで読んだ話が怖くて。
というのは、怪談を話す人ってのがいるんですよね。
いわゆる稲川淳二さんから始まる、「怪談語り部」みたいな人たち。
まあ、上手な人もいればそうじゃない人もいますが、そういう選手権みたいな、いわゆる漫才でいうM1みたいのもあったりします。
中山功太さんという芸人さんの話がまあとにかく怖かったりして、俺はすごく好きなんだけど。
時々YOUTUBEとかで聞いたりしています。
でもまあ、頭使う作業しながらだと難しいんで、ホントに頭空っぽにできる作業の時に流したりしてますが。
ぜひ、好きな人は中山功太さん、聞いてみて欲しい。

でね、まあ実話系怪談好きな人はたくさんいるわけですけど、なにせ文庫本とかだけでも月に60冊くらい出てるとか出てないとか。
俺なんかもその中の一人ですが、そうなってくると、やっぱ「語りたく」なっちゃう人ってのがいるらしく。
例えば作家さんの知り合いとか、そういう人とかの中にも出てくる。
で、「じゃあ配信とかをしてみたらどうか?」って勧めた作家さんがいて。

もともとちょっと世の中になかなか適応できなかったりする部分がある人だったらしいんだけど、そういうことからでも社会につながったらいいんじゃないか、ってことで。
やっぱ、好きなことだったら続くだろうし、そこから世界が広がるかもしれない。
そんなことで勧めたと。

で、最初はかれものっていて、生活にもハリが出てきた!みたいな。
よかったなあ、って話なんだけど、そのうち「視界に何かが入ってくるようになった」「どうも、人の腕のように見える」みたいなことを言い出し。
それが怪談を話している時だけだったのが、実生活でも現れるようになって。

最終的には、何の前触れもなく自ら命を絶ってしまったという。

いや、後味が悪すぎますけど、そういうのがあって。
最後に残された、読むための怪談が、腕をなくした霊の話だったとか、話じゃなかったとか…。

いや、これね、何を言いたいかというと、けっこう怪談の本ばかりを読んでいると、「霊が来ちゃうんじゃないか」みたいなことを言うじゃないですか。
でも、俺にはそういうことはなくて。
だけれど、けっこう修学旅行の夜にみんなで怪談を話していると霊が来てみんなパニックになった…、とか、そもそも百物語とかってのもあるじゃないですか。
最後のろうそくを消すと何かが起こる、みたいな。

そして、この人も「話した」コトによって、何かにつきまとわれたんじゃないか?というコトも考えられるわけです。

つまりですね、「話す」ってのはかなりヤバいんじゃないか、と。
話さなきゃ大丈夫なんじゃないか、と思ってるんですけど。

俺はこんなに怪談が好きなのに、心霊スポットというようなモノに行こうとはまったく思いません。
むしろ行きません!

確かに先に書いたように霊は信じていない。
信じていないが、もしもだよ、俺が信じてないだけで、本当はいるかもしれん。
霊の世界があるかもしれない、と思うと、むしろそんなところに突っ込んで行く勇気はないんです。

そりゃ、静かに暮らしているところに急に知らん人が土足で入ってきたら怒りますよ誰だって。
霊だってそうだと思います。

なんで、決して行きません。

で、基本、その「話すとヤバい」というのもあるような気がするので、話さないようにしてはいます。
怪談本を読んで、どうしてもコレを人に伝えたい!という場合、読んで欲しい!という場合は、俺は本を貸します。

ま、かなり小心者だということができますが、怪談を読んで思うのは、とにかく「敬意を払うこと」なんですよね。
俺は信じてはいないけど、でも霊がいるかもしれない。
そう考えると、やっぱ一応ね、敬意は払おう、と。

まあ、それに、やっぱあまり後味が悪い話ってのは、聞いた方も嫌な気持ちになるわけじゃないですか。
霊の話は、まあいい話もたくさんあるけど、そうじゃないはなしも多い。
死とかに近いと言える。
だから、それを聞かせる、ってのは、霊のイヤな感じを拡散していることにはなるんですよね。
確かに、自分が何か体験したとして、それを自分一人で抱えているのは重い。
だから言っちゃってスッキリしたい。
人の意見を聞いて安心したい、とか。
でも、今度はそれを聞いた人がそれと同じ状態に陥ってしまう。
つまりイヤな話ほど拡散してしまう。
拡散するというのは、ある意味霊の思うつぼってところもあるような気がするんだよな。
彼らはやっぱ自分の存在をアピールしたいわけだから。

だからね、面白半分で語るのはよくないと思いますよやっぱ。
信じてない俺でもそう思います。





(BGM:rogue「ゴミ箱を燃やせ」from「Another Side」)
→これはすごくスキだった一枚。
付録で付いてきたソノシートも最高によかった。
この辺のCD再発を楽しみにしてるんだけどな。

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