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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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一回回って敵になる可能性


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てなわけで。

まあ、バリバラには結果仲良くなったスタッフの方もいる。
ので、まあ、文句を書くのはなかなか難しいのだが云々、な~んてことは全く思ってない。

風呂から上がったら、相棒から「今バリバラ見てたんだけどさ!云々」と言われた、その云々の部分に、俺の思ってることを足して書こうかな、と思う。


障害者雇用何とかで、障害者を雇用しなきゃならないし、そこに精神障害も入りますとか、まあそんな世の中になっているらしい。
それは法律、ということになる。
守らないと、罰金を取られたりする。

そうなると、もちろん、今の企業は、今の社会は障害者と「付き合ったことなどない」から、「どうしたらいいんですか?」となる。
なにせ、罰金もあるし、いやいや、それよりも、企業イメージが悪い。

ってかですね、この前段の「もちろん」とか、「付き合ったことなどないから」というあたりから最後の「企業イメージ」まで、もう俺としては皮肉なわけです。


そもそもね、資本主義社会、今やもうグローバルで新自由主義みたいなことになってる中で、もう障害者とかは「生産性なし」みたいなことで、排除されてきたわけですよ。
いや、障害者だけじゃない。
老人も、ケガした人も、妊婦さんも、まあ排除されてきたんだけどさ。

そのことをね、まず反省しなきゃいけない。
ごめんなさい、と。

つまり、この新自由主義、生産性第一主義みたいなことを世の中や大企業が捨てない限り、話始まりませんよ。
ってか、もうそれは世界規模の話なんだろうけど。

でも、原理としてはそういう話。

それを、やっぱ「とりあえず何人か雇います」「こういうマニュアルでどうでしょう」ってのは、都合がよすぎるんだよな。


いや、でもね、ここで「ここからが始まりじゃないですか」「何か始めなきゃ始まらないんだから」ということをね、言うでしょ、みなさん。
「少なくとも、この法律がなかったら、障碍者の雇用など進みませんよ」と。

その通りかもしれん。

だが、だからといって「わかりやすくマニュアルを提示する」というのはどうだろう。
「障害者にはこう接しましょう」みたいなマニュアル。

そりゃ、企業はマニュアルがほしい。
だって、もちろん、障害者と付き合ったことがないから。
それになにより、なるべく簡単にこの問題に対処したい。

つまりね、総じて「ここ、入り口じゃないですか」という論。
「しょうがないでしょう。誰も分からないんだから。まず、マニュアル、入り口としてはいいじゃないですか」みたいな。

う~ん、でもね、入り口間違うと、絶対同じ出口にはならないと思いませんか?。


それでも、まあ頑張ってる人たちもいるんだろうから、一概にこうしたことを排除すべきじゃないとは思うけど、そもそもの「生産性第一主義」みたいなことを、どう企業は総括するのか?ということを避けていいんだろうか?

それを避けるってことは、結局、雇用促進法ってのは、障害者個人個人の頑張りや、企業の「担当者の頑張り」にしか期待してないんじゃないだろうか。
それ、差別禁止法のすることだろうか?
差別って、当人が頑張ることじゃなくて、構造じゃないだろうか。


ま、そういう堅いこと言うなよ、という声が聞こえてくるけど、でも、堅いこと言うよ。
ほんの数十年前まで、障害者は座敷牢、なんてのは、ニュースにもならない、当たり前の光景だったんだ。
そういう歴史、そういう差別の根深さを考えたとき、「堅いこと言うなよ」が、どれだけ問題から目を背けさせてきたか。


ま、そもそも、バリバラは「敵を作らない番組」なんだよね。
たぶん、「企業を敵にしたくない」。
だって、「頑張ってる企業もあるから」。

で、こういう「対障害者マニュアル」やって、障害者が多少傷ついても、ま、そりゃもともと障害者なんかは傷ついてるからね、ずっと。
逆にまあ、「そこを入り口にする人たちの敵にはなりたくない」という感じ。


とはいえ、まあここからいろいろ勉強する人もいるだろうから、すべてを否定するわけじゃないんだけど。

でも、けっこうライトに絆とか言ったり、いやいや、福祉って権利だからさあ…みたいな感じになっていくのはごめん。
つまり、脱24時間TV式感動ポルノ。


入り口を間違うのは、やっぱ危険。
一回回って、敵になる可能性も大きいな、って経験的に思う。






(BGM:三木聖子「まちぶせ」fromYOUTUBE)
→石川ひとみさんが歌っていたけれど、こっちを推す人もいるのね。
ま、目隠しして聞いてたらどっちも同じかもしれんけども…。
といったら、ちょっと怒られるかもしれんが。
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「わかりあいましょう」の前に


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みんな来てね~。


てなことで。

う~ん。

まあ、世の中ってのは、障害者に対して、「歩き方が変」とか、「独り言言っててキモイ」とか、まあそういうことを言う、って流れになってます。
つまり、健体者→障害者、という流れ。
それを逆手にとって、障害者→健体者という流れの番組を作ろう、というのは、面白い試みだとは思う。

この前、井上達もその番組に参加した(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4145.html)。
障害者を100人集めて、という中に、ウチの連中も混じっていた。
ハトミa.k.a.漆黒なんかは、ずいぶんフューチャーされていた。
井上は、「俺も喋ったのに、カットされてる」と言っていた。

ま、それはいい。
編集というのはそういうモノだ。


しかしこの番組、とにかく始まってから据わりが悪くてしょうがない。
なんだろう、この感覚。
違和感がずっと去らないまま、番組は終わった。


「障害者には優しくしましょう」というのは、確かにずっと小学生、イヤ、もっと前から言われてきた。
それは強固な社会の一つの価値観で、意味もなく障害者を蹴っ飛ばしたりするのは、健体者を蹴っ飛ばすよりも「卑怯者」と言われる。

まあ、そりゃそうだ。
逃げようにも逃げられない足の不自由な人を蹴るなんてのは、「逃げようと思えば逃げられる」人を蹴るよりも、容易い、という風に考える事ができるからだ。
とはいえ、まあこの「逃げようと思っても逃げられない」という心理的なことだってあるから、「より卑怯」も、安易に「絶対」ではない。

が、まあ「そういうことになっている」。


逆に、障害者が頑張れば大いに賞賛が与えられ、そうでない場合は、「あたりまえ」と切り捨てられる。
いわゆる24時間テレビ的な「感動ポルノ」といわれる考え方。

ヤンキーが頑張って勉強して大学に入れば映画になるが、一般の人が頑張って大学に入っても普通である。
ま、そういうの、わからなくはない。
が、まあ、ヤンキーは選んで「なった」という面も否定できないが(といって、環境的に逃げられない状況だってあるけど)、障害者は選んでなったわけじゃないんだけど。

が、まあ「そういうことになっている」。


これらの「価値観」を壊そうとしたのがこの番組である、というのはわかる。

が、この番組の中で語られるのは、「障害者に生まれてよかった」とか「健体者になろうとは思わない」みたいな「かわいそうな障害者」を飛び越えた「ポジティブな障害者」で、結局ですね、これ、「新しい障害者像」を作る作業に他ならないじゃん、と。
「新しい感動ポルノ」を作ろうとしてるんじゃん、という。

正直、障害者が健体者に何をか言う、ってのは、吊し上げになるんです。
今の世の中の中で、障害者がもの申す、というのは、「反乱」なの。
けど、もちろんこの番組はテレビだから、そうした「吊し上げ」をよしとしない。
だから、「反乱」を許さない。

反乱を経ることなく、「融和」を強調するから、「言いたいコトを言う」という「最初の一歩」が、ここでは表現されない。


こうした姿勢が、結局、「融和するための新しい障害者像、健体者像(番組の中では健常者、と呼ばれていた)」を提示してしまっている。

これは、出てる人にとってみたら「答えのある」なんでも言ってイイですよ、でしかなくて。
こうなると、「わいわいと好き勝手なことを喋る」ってことが難しくなる。
出た連中に聞けば、部分部分では盛り上がったところもあったが、全体的に「シーンとしてたんだよね」とのことで、そりゃそうだろうな、と思う。
つまり、「何を言ってもイイ」ということが、「一つの新しい障害者像、という答えに収斂している」のだから、それは「何を言ってもいいわけではない」のだ。


まあ、だから、おそらくテレビのバラエティとしてこれをやろうとした熱意はわかる。
けど、そこに至るまでに、一つ段階が抜けてるんだと思う。

それは、ケンカ、なんじゃないか。
キレイにまとめるんじゃなくて、ケンカ中継みたいなヤツ。






(BGM:THE MODS「urusai」fromYOUTUBE)
→当時、すごく高嶺で取引されてたソノシート。
今はもうこうやってみんなで聞けるんで、まあよかったというか、バンドサイドとしてはあれか、よくない面もあるのか。
ってか、高値取引してるの、バンド当事者じゃないからな…。

立場が違えば


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先日、とあるテレビの番組に参加したウチの連中に話しを聞いたら、その中で「障害者が優遇されてるといわれる場面があるがどう思うか?」みたいな質問があったらしく。

いわゆるネズミー王国問題ですか。

昔、ネズミー王国は車イスの人が並ぼうとすると、先に行かせてくれたりしてたんだよね。
でも、それは不公平、っていうんで、まあ今は時間的には同じようになってるみたいで。
つまり、この質問の意図は「障害者を先に行かせるのは不公平」という意見があった、ということなんだけど、ま、その周辺の話しを聞いてるんだろうことはわかる。


これね、馬鹿馬鹿しいと思いませんか?
っていうか、これをテレビが取り上げると、この問題、顕在化しますよね。
それ、どうなんだろう、って常々思うんだけど。

ってか、まあ論議になった方がイイ、っていう考え方もなくはないんだけれど、オレとしては「論議すべきはそこなんだろうか?」としか思えず、論議の意味があるとも思えないという。


オレとしては、別にイイと思うんですよ、ネズミーランドのアトラクションに車イスの人が先に乗る、…う~ん、別にイイじゃん…。

っていうか、そもそも障害者ってのは、普段の社会の中で虐げられてるわけでしょ。
とか言うと、なんかもう「障害者を馬鹿にするな」とか言ってくる人がいるかもしれんが、いやいやいや、よく考えてみましょうよ、と。

今、高校生でバイトしてる子なんてたくさんいますわね。
じゃ、車イスの高校生集めて聞いてみてよ、どのくらいバイトしてるか。
同じ比率だとでも思う?

つまりさ、高校でバイトとか言って、ちょっと年上の異性に出会ってキュンとしたり、手が触れあってドキドキしたり、そういう経験が、その比率の分、車イスの人には少ないんだよ。

ま、もっと簡単に、出かけるだけでもタイヘンだ。
そりゃ、昔に比べたらエレベーターもできた。
けど、駅の端っこにあったりして、時間はかかるし、「走って電車に飛び乗る」なんてことはないのよ。
ってか、まあ走って飛び乗ってイイかどうかの問題は別ね。

つまりね、この「機会」の「格差」ってのは、もうすげえでかいわけ。
これは、現実なんだわ。


なのにね、なんか、こういう時ばかり「不公平だ!」とか言い出す「健体者」ってなんなのよ?って思うワケ。
いや、障害者自身が「不公平だから、私はみなさんと一緒に並びます」って言うんだったら、それはそれでいいの、ってか、そりゃそうしろよ、って話じゃん。

ってかね、たぶん、ネズミーランドだって、車イスに並ばれたら、通路の幅とるとか、いろいろそういう事情があったんだよ、たぶん。
で、サービスみたいにして先入れちゃえばいいじゃん、みたいな。
推測だけど。

それをね、健体者が「不公平だ!」っていうんだったらさ、普段のその駅問題とかさ、バイト問題とかさ、そういうの、不公平じゃない?あんたら、すげえバイトしてるじゃん、みたいな話って、どこでいつ聞いてくれるわけ?
ってか「聞いてくれたわけ?」。
それ、聞きもしないで、なんでネズミーランドのことばかり「不公平だ」って騒ぐわけ?って思う。


つまりね、立場の違いってのがあって。
正しいか間違ってるか、じゃなくて、「あんたが言ったら間違い」ってことってあるでしょう?

たとえば、いろいろあって、情状酌量の余地があったとして、殺人を犯した犯人の親が「うちの子が悪かったんじゃなくて社会が悪かったんだ」とか言ったってダメでしょう。
それを被害者側の方が言うならわかるけど、立場ってもんがあるだろ?ってなるでしょう。
そんなコト言ってたら、話進まないし、その「社会が悪かった」の論議にすらならない。


とまあ、そういうことなんだけど、だから、この問題を健体者社会側から車イスの人が投げかけられたとすると、答えとしては、「まあ、時と場合によるけど、ありがたい時はあります」って答えるしかない、ってのは想像に易い。
というか、それ以外の答えとしたら、「私は断固拒否します」しかないわね。

ってか、テレビってそういう装置だからね。
まあ、そう答えるしかないくらい、わからないんだろうか。
それほど、テレビの人ってのは、「自分の立場」をわきまえてないんだろうか?って疑問がわくわね。


ってか、まあこういうのを放送されると、「そうだよな、不公平だよな」とかってなっちゃう世の中になってきてるからね。
ってのも、もうみんな底辺っていうか、格差社会がここまで広がると、もうたかがネズミーランドの順番くらいで騒いじゃうんだよな。

問題はネズミーランドの順番じゃなくて、ここまで開いた格差なのに、そこには文句を言わない国民をせっせと量産してるんだから、テレビってのは。

その連中がこの問題について「どうですか」って、車イスの人によく聞けるな、って思うが、オレは。


ま、実際、これを書いてる時点(7/31)ではこの番組はまだ放送されてないから、放送を見ないとなんとも言えないけど、まあそんなことで。




(BGM:CarpLovers+「2文字応援歌(シミ)」from「カープソース~ジャズピ味~」)
→広島に行った際に立ち寄ったかき氷屋さんでかかっていたCD。
ジャズでカープ応援歌やっちゃおう、という。
しかも、かなりがちなんで、けっこう面白いし、かっこいいし、ある意味もう笑っちゃう。

よく野球を知らないのに、勝手に推測してみた


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ま、俺は野球ってのはあまり好きじゃないというか、けっこうもう一般ウケしてるものに対しては、あまり好きじゃないタイプだから。
マイナーなものが好き、というか。

もうみんなに人気があると、「ケッ!」って気持ちになるという、そういうね。
そういう人いるじゃないですか。
そのタイプですね。

でもまあ、アキの影響で最近見に行くようになって、なかなかね、緊張感がすげえな、って思ってて。
きけば、カープの黒田選手なんかは、昨年引退しましたけど、すごい自己管理というかがすごかったっていうじゃないですか。
ちょっとのケガもできない、みたいな。
万全で臨む!みたいな。

まあ、そりゃそうなんだよね。
全国から「野球バカ」が集まって、まあ県内一二を争うような人たちが集まって各チームに分かれて対戦してる、と。
それだけではなく、外国からも呼んできちゃってる、と。
そうなると、もうレベルってのは同じような感じなのかもしれない。
あとは、気力というか。
精神力、ちょっとしたなんか気のゆるみとかで勝敗が決する、みたいなね。

やっぱ、毎日トレーニングしてるからこそ、「俺は負けるはずがない」と思えるわけでしょ。
一日さぼったりするだけで、「俺は負けるかもしれん…」ってなっちゃうというか。
おそらく、一日やらなかったところで、フィジカルには負ける要因にはならないんだろうけど、メンタルが追い付かない、という感じなんだろうな、と。
そうなると、相手に飲まれちゃう感じになって、思った投球ができない、とかね。

恐ろしいですよね。

スポーツの世界ってのは、プロになれば頂点での闘いで、結局はそういう精神力の闘いだし、身体も万全にしなければ、みたいになるんだろう。
食べ物だって、おそらく気を使ってるんだと思いますよ。

ちょっと我々みたいに「昨日は飲みすぎちゃったから、まあ今日はゆるく仕事するか」みたいなことは許されないというか、それをやってしまったら、動けなくなっちゃう、とか思っちゃうんじゃないかなあ…。

幼馴染で、最近はあってないんだけどピアノをやってる人がいて、その人が言うには、とにかく一日外に出て飲んだとしても、とにかく一日に一時間はピアノの前に座らないと安心できないんだって。
その「一日やらない」ことが、「恐ろしくてしょうがない」そうで。
「弾けなくなっちゃうんじゃないか」って思っちゃうらしい。

ま、だからスポーツのみならず、そうした「人前に出て活躍する人たち」ってのは、そもそもそういう「自分を律する」ってことができるかどうかなんだろうな、と思うわけですが。


俺も子どものころは野球をやってました。
やってました、というか、近所の子たちとやったり、クラスでチームを作って隣のクラスと対戦したり。

ままごとですよ。
遊びですけど、やってました。
もう全部フォアボール、みたいな。

なんで、そのうちキックベースに変わったりして。

でもまあ、だから、野球もルールはそこそこわかりますよ、みたいな感じですけどね。


これが小さいころから野球のチーム、リトルリーグとかいうのに入っていたりしたら違うのかもしれないけど、まあ最初はきっと「野球が楽しい!」から始まってるんだと思うんですけど。
それがきっと、「野球を愛している」みたいになって、「俺の野球を完璧に目指す!」みたいな感じになっていくんだろうな。

だから、いろいろな自制も受け入れられるんじゃないか、と思ったりするわけですが。
「そんな自制してまで野球やらんでも…」というのは、やっぱ素人の意見で、自制することがきっと彼らの野球への愛情を満たす一つの条件なんだと推測したりしますが、素人の自分にはよくわかりません。


で、先日、オールスター戦を工藤さんの家でテレビで見てて。
イチマルが見たい、って言い始めて、まあやっぱね、誰か野球がわかる人と一緒に見たほうが楽しいんですよ、やっぱ。

一人でテレビ、ってのもオツなんだろうけど、一緒にああでもないこうでもない言うのが楽しいというか。
人に寄るんでしょうが、俺はそうですね。

で、見てたんだけど、とにかくなんかあの普通の試合の「ピリピリ感」がないのね。
やっぱ「お祭り」なんだな、って思って。
なんか楽しそうで。

子どものころに野球をやってただ楽しかった、みたいな感じなのかな、とか素人の俺が推測した、って話なんですけど。


昔はさ、俺が小学生の頃は、もうフライが上がっちゃって外野が構えたとしたら、もう走らなかったりしたじゃないさ。
でも、今はけっこう全力で走るでしょ。
で、ピッチャーとかもけっこうちゃんちゃん交代するし、代打専門じゃないけど、そういう感じの人もいたり、なんか、すげえ緊張感なわけ。
これはね、なんか野球人気が復活した一因だと思ったり。

ただまあ、なんかデータ主義に陥ってるというか、その辺はまたこう「人間味がない」みたいな、「巨人の星感がない」みたいな、そんな感じにもなるんで、そこ、行き過ぎると面白くないんだけど。


ま、んなわけで。

このオールスター戦、ミツも一緒に見てたんだけど、ミツは野球を知らない。
でも、まあその日の昼にメールがあって、「佐藤さん今晩は飲もう!」みたいな。
「飲もう!」ったってなあ…、じゃあ、一緒に来るか?と言ったら、「佐藤さんたちと遊びたかったわけだから、なんでもいいんだよ!」と言ってついて来た。

イチマルのテキトウな解説に一緒に笑いながらビールを飲んだりして。
ま、野球がわからなくても、それはそれでそこそこ面白かったみたいです。

やっぱね、友人、友だち、ってのは、自分の趣味とか、自分の興味とかを広げてくれる可能性があるよな、とあらためて思った次第。
一人で見に行くのも楽しかろうけど、「そんなに興味はないけど」って付き合ったモノがけっこう面白かったりする場合もあるからさ。





(BGM:Ennio Morricone「La Pioggia Va in S」from「40th Commemoration: Ultimate Italian Pops Collection 1」)
→イタリアンポップスか。
ミュージカルの一幕を見てるようだな。

プロレス見にいった方がイイよ、みんな


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アキが録画していた「あなたにドロップキックを」というドラマを見たんだが。
脚本賞、みたいのを獲ったとかいう。
つまり、おそらく素人の方の脚本、ということなんだろうか。
セミプロとかなのかな。
いや、プロの大会なんだろうか?
よくわかんないけど。

でもま、とにかくそういう肩書き的なコトはもうどうでもよくて、これ、なかなかによかったんです。

ドロップキック、というからには、プロレスの話です。
しかも、「ドロップキック」という場合、たいがい「女子プロレス」だ、と思ってしまうのはオレだけなのか。

男子のプロレスにドロップキックがないわけじゃないですし、プロレスの技の中で華のある、攻撃のターニングポイントになる、見てても気持ちいい技の一つ。
でも、まあ、女子プロレスのそれはなんか男子プロレスのソレを超えているという感じがオレの中ではあります。

男子の場合は、もっと「チカラ技」みたいなモノがフューチャーされがちだからなのかな。
女子のドロップキックは、そのフォームが美しい人は、とにかく女神のように見える時があります。

アイスリボンのつくし選手なんかはその一人だと思うんですけど。
もう見てて、相手に当たった瞬間に、「よし!」って心の中で言っちゃう感じ、というか。
なにが「よし!」なのかは釈然としないのだが、でもなんか「よし!」と。


このドラマは、このドロップキックを見て「これだ!」と思ってしまった、フツーのアラサー?女子のお話。

ま、彼にふられたとか、その彼がまたなんかすげえ「勘違い男」で、そんないろいろがたまってた彼女、たまたまプロレス団体の道場で見たドロップキックに心奪われる。
で、プロレスラーになるわけじゃないんだけど、道場で「プロレスをやりながらのエクササイズ」じゃないけど、そういう、なんか運動みたいなのに参加するようになって。

そこではレスラーが教えてくれるんだけど、その中の一人、ヒールレスラーであり、トップレスラーの人と仲よくなっていくんだが…。
という。


いや、オレね、けっこうこの最初のドロップキックの場面で泣いてしまい。
ラストの方の、主人公がヒールレスラーの試合を見てる場面なんかはもう号泣ね。

つまりですね、プロレスドラマとして、これよくできてるんですよね。


プロレスを題材にした、っていうと、すぐに「プロレスラー」を主役にしたがるでしょ。
プロレスラー目指しちゃったり。

いやいやいや、と。

そもそも、レスラーじゃない女優さんがレスラーのまねごとしたってですね、こちとらプロレスファンですから、そういうの、見破っちゃうというか、浅いというか、見てらんないことが多い。

だとしたら、じゃあプロレスラーを主役として使ったらどうか?という話にもなりますが、そうなると、演技が…、ということになります。

そこを両立したのがロック様、というわけじゃないですが、やっぱ演技というのは簡単にできるもんじゃない。
でも、同じように、プロレスも簡単にできるもんじゃない。


だからですね、これでいいんですよね。
主役は、とにかくプロレスを見て、自分の人生をそこに投影して、自分の人生の新しい扉を探し、歩み始める、みたいなね。

いや、これ、プロレスファンである自分そのものなんですけど、と。


オレはぎっくり腰の最中で見に行けなかったんだけど、我闘雲舞というプロレス団体をみんなで見に行って、帰ってくるなり、「感動したわ」と。
「基本を見たわ」と。
なにかと思えば、「プロレスとは、負けて負けて、そこから選手が歯を食いしばって這い上がる物語」であって、それを見て我々は感動してきたんだ、と。
改めてアキなんかが言ってて。

よくよく考えたら、アキとカズミが、このドラマのように「プロレスで運動する」みたいな、そんな感じでプロレス教室、に通い始めた時の長が今の我闘雲舞の代表、さくら選手だったんだよね。

とにかく彼女たちにしてみたら、リングで、しかもレスラーが一緒に指導してくれる、ってのが楽しくてしょうがなかったみたいで。
そこからま、彼女たちはデビューしちゃった、というか、させていただいたわけなんだけど。

いや、だからね、それもなんかスゲエ話で。
三十過ぎて、ちゃんと金を貰える仕事してて、しかもかなりハードな仕事なのに、それでも試合をする意味、ってのが、彼女たちにはあったわけで。
それってきっと、「年とってるし、そんなにかわいいわけじゃないし、そんなできの悪い自分たちの這い上がる物語」だったような気もして。


プロレスってのは、人の心を動かすんだよね。
なんかね、そういうエンターテイメントだと、オレは思う。
オレたちファンは、その魔法にかかっていて、いや、もしかしたら、やってる人も、その魔法にかかってるのかもしれないな、とこのドラマを見て改めて思ったりしました。






(BGM:Grapevine「覚醒」from「覚醒」)
→ルーズでカッコイイロックなんだけど、サビがちゃんとしてて、その辺すげえなんていうかメジャー感があって、しかもまあ一緒に歌っちゃうんだよね。

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