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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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来年は大日本プロレス・イン・にじ屋!開催。たくさんの人に来てほしい!


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専従募集


またぎっくり腰になってしまい、まあそれでもやらなきゃならんこともあったりしたんだけど、中何日かはもう地獄のようで、家にいたんだけど。

家にいるとですね、まあ寝てたんだけど、本とか読みながら。
でも、まあ寝ちゃうわけですよ。
うつらうつら。

そんなことしてる間にも、にじ屋ではイベントがあったりして、ああ、行きたかったな、とか思ったり、みんなすげえなあ、と思ったり。
一方で、まあ、イベントなんてのは面倒なわけですから、ホッとする気持ちもあるんだけど、それでもやっぱ行けなかったとあると、行きたかったな、と思うのですね。

やっぱ、人生、無駄なこと、ちょっと自分を越えて頑張ることが楽しい、後に思い出に残ることなんだから。

な~んてことを考えたり、とにかく無駄に考える時間があるから。
一人で寝てるだけだから。

そうすると、なんか、もう時間が飛ぶように過ぎるというか。

な~んもやってないからね。
そりゃそうか。
自分に蓄積するものがないから、当然なのかもしれない。

年末に向けてしなければならないことへの焦りも手伝って、なんか「無駄に過ごしたよな」とか、まあぎっくり腰はしょうがないんだけど、自分へのなんか怒りもあったりして。
なんでぎっくり腰なんて!みたいな。


ウチには、まあ引きこもり気味だった、という職員が何人かいますけど、いやいやいや、これ、辛いな。
もう一日半くらいで俺はギブアップしそうな。

入院したこともあったけど、入院はやることがあるんだよね。
検査とか、なんだとか。
でも、もうやることない、ってなったら、もうこれね、どうにもこうにも。

それにまあ、たいがい俺なんかは人となんかしてたり、飯も普段一人で食うことないから。
そうなると、もう一気になんかどうにもならない気持ちになっていく。
というか、こんなに自分に向き合っちゃうというか、いろいろ考えちゃうなんて、まあごめんですね。
自分のこととか、人生のことなんか考えない方がいいんですよ。
周りのためにだけ、生きてれば、なんとかなるんです。

なんてことを考えながら。
人と話さない、なんてのは、やっぱ社会的動物である人間としてはどっかゆがむわ。
俺は今、腰の骨がゆがんでいるわけだが、とか余計なことも考えたり。


そんな中、「劣等感」という関本大介選手の本を読みまして。
年末にかけて読まなければならない本がいくつかあるんだけど、その中の一つ。

これはまあ、大日本プロレスの関本選手の自伝的な体裁をとりながら、大日本の一時代を中の人が語ってくれる、という。
その当時を知るファンとしては、実になんか感慨深い本でした。

横浜アリーナ大会、あったあった。
ザンディグ、CZW、あったあった。
そういえば、このCZWとのことも、なんかすげ盛り上がったけれど、なんか一方で、CZW撤退の時期に近づくにつれ、不穏な感じがマットからもしてたよな、とか思い出して。

プロレスってのは、敵同士になって戦ってはいるけれど、一緒に団体を盛り上げる仲間なわけで、そこに信頼感がないと、「試合にならない」んですよね。

こんなこというとアレだけど、だから本気で憎み合っていたら、試合は成立しない。

これ、後期のFMWで、邪道外道さんだったかの試合で似たようなのがあって。
コンプリートプレイヤーズだったか。
もう、お客さんが一切わかない試合、という。
後楽園で、まあ、試合としては普通に進んでるんだけど、な~んも伝わってこない試合、という。
アレは、その後のFMWを象徴してた試合だと思うんだけど。

つまりまあ、この本は、あの時の不穏、の一端がわかって楽しい。


もう、ね、秋葉原の黒煙の試合も、横浜アリーナも、そもそも伊東選手が初戴冠する文体も、ここに出てくるたいがいのターニングポイントとなる試合を俺は現場で見ていた。
そういえば、あの時、伊東選手が金網でとったよな、でも、ボロボロだったよな、とか、まあ思い出した。

ファンとしてみていた試合を、逆にこうやってまとめてもらえて、なんかうれしい一冊。

もちろん、最近のファンの人も面白いんじゃないかな。
大日の家族感と言うか、それもよく出てて。


というわけで、来年1月にはにじ屋大日本プロレス!また開催!
ぜひたくさんの人に来てほしい、って思ってます。

ぎっくりには気を付けて俺も必ず参加します。









(BGM:川崎幸子・敏子「どこへいくの」fromYOUTUBE)
→姉妹なんでしょうかね。
「シュポポポポポポ!」がなんかサンプリングというか、リバースみたいに響いてきて頭に残ってしょうがない。
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なにがパーフェクト、なんだろうか…この先が気になる…


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専従募集


ま、本を読みたい。
本を読むというのは、ネットでなんか検索して読むとか、スマホでなんか読むとか、そういうことを超えるなにかの「文化的匂い」がするから好きだ。

古くさい。
紙のムダ。
内容は同じじゃないか、というのは至極ごもっともで、そのことを否定するつもりもないし、スマホの本とか、そういうのを否定するわけじゃない。
イイと思う。
ソレが好きな人はソレでイイと思う。

でも、俺は紙の本が好きだ。

とはいえ、なかなか読む時間がない、という現実。
読みたい本が部屋に積み重なっている、という現実があります。
でも、時折読む。

そうすると、なにか、豊かな気持ちになるから不思議である。

思えば、昔から好きだった。
小学生の高学年の頃から、文庫版の星新一ショートショートとか読んでた。
とにかく短編が好きで、結末を想像させるお話とか、摩訶不思議な噺とか、その先の話を作りたくなるような話とかが好きだった。

同時に、マンガもすごく好きだった。
中学の時に本屋で見かけたガロにはまった。
いわゆる商業誌も読んでいたけど。
永井豪さんのおもらいくんとか好きだったし、聖マッスルとかね。
小学校の頃からがきデカはバイブルだったけど。
あと、今、単行本が絶版らしい、チャンピオン連載だったカリュウドとかね。

最近はもっぱらマンガは読まず、実話系怪談だわね。
元オカルト系を仕事にしていたアオテツ(@aotetsu)に、「これはいい」とか、薦めたりして。
「追跡調査すべきだ」みたいな。

ま、そのやりとりで改めて思ったことは、実話系怪談。
つまり、実話である、ということが重要なんですけど、「誰かから聞いた話」というのを作家さんが書いているわけですね。
でも、意地悪く言えば、作家さんが作ってしまえばいい、という話でもあるわけです。
だって、それが実話かどうか、誰から聞いたか、そこには書かれないわけですから。
っていうか、書いたところで、別にこっちは追跡できるわけじゃない。

でも、俺は実話系怪談が好きで。
それはなぜかというと、「こんな話作れない」という話がけっこうあるからなんですね。

つまり、「これ、作りやってるな?」という本はわかるんです。
「作り得る話」というのと、「作れない話」というのがやっぱりあるんですよ。

あまりの突飛な展開。
AからB、まではわかっても、そっからなぜCに展開せずにXに行くの?または、「あ」になっちゃうみたいな話。
ローマ字から平仮名に変換されちゃうような展開、というか。

こうなると、もう常人が考えたとは思えない。
ま、作家が常人であるかどうかはまた別の話ですが、どう考えても「実際にあったんだろうな」としか思えない。

事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったモンで。

ぜひね、みなさんも「作りか作りじゃないか」みたいなことを分けながら読んでみるのも面白いかと思います。


ま、そんなわけで、そういう話とは全く別に、先日、ウチのドラマーのきっちんがマンガを貸してくれて。
ま、連載中なのかな、途中までなんですけど。
「パーフェクトワールド」という有賀リエさん、という方が書いたマンガ。

少女マンガなのかしら。
少女漫画的絵がら。

簡単に言うと、車いす、中途障害の男の人とその高校の時、車椅子になる前の彼と同級生だった女の子の恋愛ドラマですね。
その二人が、再び仕事で再開して、みたいなことで、恋が始まる。

いや、泣いたわ。
何度か書いた、この話↓。
ま、亡くなった前会長の話なんだけどさ。

重なる重なる。
そして、もうなんか泣けて泣けて仕方がない。

これ、もし、機会があったら、読んでみてくださいぜひ。





(BGM:金髪のジョージ「ボーイッシュ・ベイビー」fromYOUTUBE)
→このAメロの寸足らず感、なんだろう、と思ったら、4拍子3小節が一つの塊だからだな。
普通は偶数にするからね。
ま、なんという冒険だろうジョージ、金髪の。

「応援ソング」だいっキライ


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ちょっと前に、なんか「イイ言葉」が浮かばない、と言うのを書きました(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-3973.html)。

で、なんとなく古本屋に行くコトがあったので、まあ怪談の本を探してる最中に、「希望の言葉」という文庫を見つけまして。
100円コーナーだし、いいかな、と思って買ってみたんです。

見開きの片方にその言葉、片方にその背景、が書いてある、という構成。
ちょうどそれが東日本大震災のあとに出された本だったらしく。
その中でいろいろあった言葉やなにやらが収録されてました。

「なるほど」とか「涙が出るような言葉」(特に震災時に於ける利他行動的なこと)というのはありましたが、感銘を受けるとか、「イイ言葉だな」と思ったのはなんか一つもなかった…。

で、思ったんです。
オレね、この震災からこっちの「絆」的な感じが、すげえきらいなんだ。
絆でがんばろう、とか。

いやいやいやいやいや、絆ってのは前からあってさ、それがズタズタになったのがあの震災だったわけなんじゃないの?というか。
確かに、その後もそうした絆でもって復興は進んできてるのかもしれない。
でも、それって、行政のすべきことを「絆」っていう言葉で我々に押しつけてるようにしか思えないところもある。


絆って言われれば、もうなんか誰も「断れません」よ。
「絆」って言葉は、なんか「非国民」をあぶり出す装置のような気もしてしまう。

今問題になってる「原発避難いじめ」もね、結局、「みんなが福島に戻ってるのに!」みたいな、そういうのも根底にあるような気がする。
「みんなが福島に戻る」→なんとなく問題が解決したような感じがする→賠償などをしなくて済む。というね、そういう流れでしょ。
そうやって、五輪もやろうって話でしょ。

それって、誰のためかと考えれば、当然原子力ムラだったり、避難援助しなくて済む行政だったり。
俺らのためでは一つもない。

「みんなが戻ってがんばろうとしてるのに、なんでおまえらはもどらんのだ!避難したママなんだ!」というのは、「絆に反する」みたいに断罪されているんだ、今。


絆が大切、それ自身が持つ意味にはなにも異論はないが、今の「絆」は、とにかくうさんくさい。
いや、こうした「絆」とかって言葉は、行政や他の力から「押しつけられるモノ」じゃないわけだよね。
例えば「愛国心」とか「地元愛」とかって言葉も同じですね。


なんかね、最近のロック、特にJ-POP的な文脈で出てくるたくさんのインスタントな音楽を聴いてると、「がんばろう」とかね、「応援」だとか、もううっとおしい。
いやいや、それに勇気づけられる人もいるんだとは思うけど、いやいやいやいや、今のブラック企業の中で、いくらがんばったって死ぬだけだって。

なんか結局「ブラック企業としてはありがたい歌だよね」とか思っちゃう。
いわゆるB層、とかって人たちは、それを逆にありがたい、と思って聞いてるわけでしょ。
明日も残業がんばるぞ!なんて。
…こまったよなあ。

そこ、ちゃんと誤魔化さないで、「クソ企業の歌(実名入り)」とかって歌が片方で流行ってればいいですけど、そういうこともなく、テレビは政権の言いたいコトを垂れ流してるような状況、もうね、これじゃ「一億総白痴化装置」どころか、「一億総奴隷化装置」ですね。


んなワケでデスね、つまり、オレはきっとこういう「希望の言葉」みたいな、「イイ言葉」みたいなモノに、オレはすごく「辟易してる」んではないか?と。
「考えられなくなった」「浮かばなくなった」のではなく、なんか「考えたくない」というかんじなのではないか?、と。

エグザイルバンザイとか、夜中にドンキにたむろする人たちにとって、なんかこの「絆」とか「耳触りのいい応援歌」「がんばれって言葉」って、すげえ、入っちゃう気がする。
というか、そこターゲットにこの本も作られてるんだろう。
というか、その部分が日本の半分以上を占めてるわけで。

なんか、もうこの「イイ言葉ラッシュ」「絆ラッシュ」みたいなもののバックに「電通」って言葉も浮かんじゃったりして、なんかもう、ああ!いやだいやだ!と。


イイ言葉、反対!みたいな。
そういう気分である、ということが、この本を読んでわかりました、はい。








(BGM:Resurrection「バーバリアン」from YOUTUBE)
→もうね、録音としてはメチャクチャだと思うんですよ。
でも、ここまで頭に残っちゃってるんで、しょうがないです。

意味不明な手帳が遺品からでてきたら…


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久々にご本人がわくわくする企画~。


てなことで。
「罪の声」という塩田武士さんが書いた本を読んだわけだけど。

もう、厚い本で。
しかもあまり読まない小説。
アオテツ(@aotetsu)が貸してくれたんだけど、というかくれたんだけど。
面白いから読んでみて、って。

アオテツというのはおかしな男で、とにかく読んだ本とか見たDVDとかを、よくくれちゃうんだよ。
というのも、なんか「何も持っていたくない」というタイプの人のようで。
どんどん「身軽にする」という男で。

俺なんかは捨てられない方なので、なんともまあ気分はよくわからないんですけど…。


それはまあそれとして、そのくれるもの、ってのがことごとく「当たり」なんだよね。
まず趣味が合う、ってのがあるんだけど。
「これ、たぶん、あなた好きだと思うよ」みたいなね。
編集を仕事にしてるだけあって、その辺の嗅覚というのは広く効くというのもあって、信頼してるんだが、いや、これがまた面白かった。


グリコ森永事件を題材にしたフィクション。
アオテツ曰く「売れた小説だよ」とのことで、確かにもう引き込まれるというか、うまくできている。
あからさまに「グリコ森永事件」を題材にしていて、それを隠しもしない。
名前がちょっと違うだけだ。

事件の解明されている部分をそのまま使い、真犯人に迫る。
しかも、あの「子どもの声での電話」を軸に、真犯人に迫るのである。
なかなか面白い設定というか、目の付け所がマニアックというか、いいとこをついてくる。


これ、主人公の一人が父の遺品を整理しているとテープが出てきて、それがどうも自分の声なんだけど、あの事件で使われたテープである、ということが発覚。
同時に出てきた手帳には、それらしい記述が…。

という流れで、「俺は子どもで分からなかったが犯罪に加担していたのか?」「いや、父親が?」という…。
そんなことでまあ、それを追っていく。
同時に、未解決事件を追う、ということで、雑誌記者が動く。

その二人は最後の最後、出会うんだけど…。
もう一人、電話の声をした子がいて…。


まあ、そんな話で。
スリリングでなかなか面白い。
後半、多少チカラ技を感じなくもないが、スピード感もなかなかよろしい。

完全にまあ、映画化したほうがいいですよね、これ。
実際の事件を扱ってるから、その辺どうか、ってのはなくはないけど。
父親を疑う一人の主人公は吉岡秀隆さん、雑誌記者の方は小出恵介さんでどうでしょうか。

ただなあ、これ、ヒロイン的な人が出てこないんだよね。
映画化にあたっては、広瀬すずちゃんを吉岡さんの妹さんとしてキャスティングしたらどうでしょうか。
原作には出てきませんが、映画化にあたってはしょうがない。
途中出てくる板長さんは、笹野高志さんで決まりでしょう。


しかしねえ、この「持ってた」「残ってた」という。
そのテープや手帳をなぜ「残していたか」ということに関しては、もうわからないわけだけど、だって、すぐ捨てればよかったじゃん、という。
アオテツみたいにすぐになんでも「持ってられない」って人だった場合は、こんなドラマは生まれません。

このお父さんが「なぜ捨てられなかったか」というのはちょっとわからないけど、でもこういう「捨てられない」ものもありますよね。
なんか「前の彼女のもの」とかっていうのであれば、新しい彼女ができたときに捨てられるタイミングがあったりするけれど、タイミングがないものってのもある。

子どものころにコミックの間に挟まってたカタログみたいなやつ、とか。
それがなんか面白くて、よく見てて、なんか捨てるに捨てられないなあ、とか。
二度と同じものは出てこないだろうな、とか思ったり。

特におまけはそうですよね。
小学生の時にビートルズのレコードを買ったらもらったディスコグラフィーとか。
なんかね、きっとまだ実家のどこかとかにあると思うんですけど。

俺はフィギュアとかはあまり興味はないんだけど、こういう「紙」に弱い。
ま、重ねられるし、なんかの本に挟んでとっとけばいいし、楽は楽ですが、たまるはたまりますね。

きっと、俺が死んでしまったらもうどうにもならないゴミでしょうけどね。
動物の中では人間だけが「モノに価値を付ける」とかっていいますが、ま、だからそれを「とっとく」というのは、人間らしいと理解して、まあこんな事件のようなことはないことを祈りますが、ま、いいとしましょう。
ゴミ屋敷とかってなるとそれはそれでまあまわりは困るけど…。







(BGM:北乃きい「浮間舟渡」from「心」)
→これ、ウチの近所の駅の名前なんだけどさ。
なんか噂ではけっこう駅前の風景はきちんと考証されているらしい。
この子と浮間舟渡、なんのゆかりがあるんだろうか?

性は生


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内田春菊さんが書いた「マンガ日本・性教育トーク」っていう文庫本を読みましたら、なんかちょっと気になる言葉、というかいい感じの言葉っていうか、いくつかありまして。

「女性にはっきりした意思があると気づいたとたん勃起しなくなる男っていっぱいいるようなのです」

とか。

「まあ、社会は男に傷つかないようにできてますよ」

とか。

前段の言葉は、CMに出てくる女性や電話の「少々お待ちください」の声が、どっか「なににも染まってませんという女=あなたの色に染まります」を表すような声や仕草、表情にあふれてはいないか?ということからの流れででてきた言葉。

後段は、生理が始まった時にはお祝いをするが、精通の時にお祝いする、という話はあまり聞かない、と。
それはなぜか?と春菊さんが考えた結果、女性は初潮が「売り物になったよ」というサインであり、男の場合は、「恥をかかないように、女郎屋さんなどで…」という差があるんじゃないか、と。
その後に書かれていた言葉。


彼女は、男女の問題について、非常に鋭い言葉を発してくれるのでなんか読んでいて気持ちがいい。
もちろん、彼女の生きてきた壮絶な人生を考えれば、それは当然なのかもしれないけど。

この本は、子どもに対して、どう性を話していくか?みたいな話なんだけど、ま、ここに書かれている言葉は、彼女だから成り立つという感じもしますね。
いや、それは嫌な意味じゃなくて、彼女の「生き方」ってのを見てる子ども、だからこそ成り立つ、という。

結局、性って生だから、生き方なんだよな…。

それをこう、その枠から外れて無理に「いいこと」言おうとしても、それってかえって子どもにはマイナス、という。


だから、まあ自分の人生にあまり嫌な感じじゃダメで、きちんと向き合ってなきゃだめだよね、って話で。
それができてれば、まあ多少「何を言っても大丈夫」ということなのかもしれない、と思う。

おそらく、春菊さんはそういうのがはっきりしてるから、しかも過去の失敗も「失敗」としてちゃんと表現してて、だからまあ、こういう「性教育」が成り立つんだろうな。


ある子にブラジャーを買っているのか?と聞いてみたら(俺がきいたわけじゃないが)、買ったわけじゃなくて、「なんか家にあったから」という子がいたりするんだけど、こうなると、正直サイズもあってないし、いや、そういう問題じゃなくて、お母さんがいるにもかかわらず、ブラジャーの話ができていないんだな、と。
それってなんかちょっとなあ…と思ったことなんかがあります。
そういう親子関係の場合、その後、ブラジャー以外のことでも結局うまくいく感じはありません。
いろいろと問題が出てきてしまう。

つまりまあ、性の問題ってのは、生だな、というね。


なにも、友達のような関係がいい、なんて風には思わないんですが、性のことは話せた方がなんかいい気がする。
特に、女の子の場合、特に。
やっぱ、自分の性に自信が持てなくなる、というのは、その後の人生にもなんかいい影響は少ない気がする。


この春菊さんの本を読んでいると、まあホントに「女の子」例えば高校生くらいまでを含めて、痴漢だったり、そういう犯罪に出会う可能性って高いんだな、と思ったりするんです。
いや、そんなに「大事」じゃないかもしれない。
「手を握られたり」だけかもしれないけど、でもそれは「なんでなんだろう」という思いをその子の中に残す。
ちょっとした「卑猥な言葉を投げられた」とかね。
そりゃ、大事にしなければ、というか、しなくても済む、というか、しないかもしれない、くらいの。

でも、それって積み重なれば「自分が悪いんだろうか」になってしまうし、性を覆い隠すような言動を繰り返す親の元だったら、それを言えないだろうし、言ったら「あんたがしっかりしてないから!」と、見当はずれなことを言われてしまうかもしれないし。

なんかね、だから、性をしっかり伝えることは大切だと思うんだけど、それって、結局親や教師だったりの「生」そのものなんだよな、と思うわけ。
一朝一夕にはどうにもならないというか。


ま、そんなことを思いましたけど、でもとにかくもう一つね、教育っていうんじゃないけど、痴漢にあった、レイプされた、みたいな話の中で、「被害者の方にも問題があった」みたいな言い方とか考え方はね、絶対だめだと思いますね。
「短いスカートをはいていたからだろ!」とか。
もうね、そういう問題じゃないです。
そういうことで、「男が傷つかないようにする」ってのは、もう辞めなきゃだめですよ日本社会。




(BGM:木村カエラ「Happiness !!」from「5years 1」)
→売れている人だというのはわかってるが、よく知らん。
確かに、すげえ売れそうな曲。
こういうの作りたいねえ…。

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