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スーパーちんどん・さとう

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「総長聞いて」


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暴走族というのは、まあどうですか?
身近な存在だった、という方はそんなに多くないと思うのですが。
俺はまあ、千葉の湾岸の方に住んでいたので、けっこういましたよね。
って、まったく暴走してませんけど、原チャリには高校の時から乗ってましたけど、まあああいう縦社会的なところには全く所属したくなかったし、けっこうもう俺の時代から暴走族は「遺物」になりつつあったと思いますね。
実際に出会うと確かに怖いけど、でもどっかで「だせえ」と思っていたハードコアパンクスだった高校時代。

ま、ケンカやって勝てる気はしませんでしたよねいくらなんでも。
すげえ数多そうだし、武器持ってそうだし、なんならそこで勝っても後が怖いし。
ってか、勝てないって。

てなことで。
「特攻服少女と1825日」という、比嘉健二さんが書いた本を読みましてね。
比嘉健二さんと言えば「GON!」ですね俺としては。
きっちり買ってましたよGON!は。

で、彼はその前に「ティーンズロード」という、暴走族の女子版というか、そういう雑誌をやっていたんですね。
ま、ティーンズロードというのはもう符丁になってるというか、「それ、ティーンズロードじゃん」みたいな。
そのくらいの感じがあった。
ヤンキー風女子には、「お前ティーンズロードかよ!」とツッコんで正解、みたいな。

それくらい勢いがあった印象だったし、世の中にもそれなりに名前が浸透していたともいえる。
エンタメ雑誌としてはもうすごいことだと思う。
「ティーンズロードだろ、知ってるよ」という人も多いでしょう。

とはいえ、その中身は実はよく知らない、という人が大多数ではなかろうか。
ましてや、そこに登場する女の子達に至っては、もう知らんがな、と。

これを呼んで俺も初めて知ったのだけれど、全国のいろいろなレディースチーム(暴走族の女子版のことをこう呼ぶ)を取材し、彼女たちがきっちりと顔を出し、きっちりと語っているのであった。
その中ではこの雑誌に出たことで人気が出た総長とかもいたりしたらしい。
この本の中では、そうした人気者だった女の子だった彼女たちのその後も描かれている。

面白かったのが、人気のあった別々のチームの総長的な子を三人集めて写真撮影をしようとした企画の話。
ってか、もう写真撮影までしちゃうわけ。
そのくらい彼女たちのタレント性がすごかったんだと思うんだけど、まあそりゃそうか。
十代の女の子達数十人、いや、百人とかを束ねるわけだからね。
そりゃすごい魅力のある人だったんでしょう。
それが紙面からも伝わった、と。

で、その撮影、やっぱ別々のチームを集めた、というのがもうダメじゃん冷静に考えれば。
だって、それって一触即発なわけで。
「とにかく衝突しないように」と大人たちが気を遣って彼女たちに接しながらも何とかかんとか撮影を終えた、という話がなかなかね、面白い。
だって、そもそもそんな企画出しますか?ってことでさ…。
危なすぎるという。

ま、こういう本はどっか彼女たちを讃えて、雑誌のことも讃える感じになるかと思うんだが、やっぱ功罪というか、バッドな面もあるわけよね。
というのは、雑誌で紹介されたら、隣町のチームに潰された、という話とかもあって。
なんならもうレディースの人たちの購読率が100%なわけですよ。
だからそういうことも起きる。
なんなら、ちょっとこの雑誌に取り上げられることがステータスになってしまうからね。
で、「こいつら生意気だ」って抗争のタネになる、という。
その辺のこともつまびらかに書いてあって、なかなかよかったな。

まあ、この世界を一度通って、その後みなさん色々な人生を歩んでいるわけだけれど、確かにたくましい。
とはいえ、別にそれはレディースにいたからというよりも、そもそもその前から素質があったようにも思える。
というのも、レディースの鉄の掟みたいなモノをしっかり守り、それを「モノにしている」のである。
そりゃ、どこの世界でも通用するであろうし、そもそもそれをしっかり守りモノにした時点で一歩抜きん出てる感じがある。

暴走族がいいか悪いか、というのは何とも言えない。
言えないが、比嘉さんが書いているように、好き嫌いで言えば、暴走族がいる世界の方が俺は好きだ。
世の中とうまくやっていけない子たちのある意味「受け皿の一つ」になっていると思うから。
そうじゃなければ、彼女たちはどっかで爆発していたかもしれない。
無敵の人になってしまったかもしれない、と思う。

漂白された世の中は生きづらい。
やっぱりはみ出した部分、汚い部分、というのはあった方がいい。
いや、なかったら、世の中がどんどん窮屈になる。

この雑誌、多くのレディースじゃない女の子達の悩みの受け皿にもなっていたという。
その悩みに総長が答える、なんてコーナーもあったという。
つまり、暴走族にはなれないが、どこか憧れている子、生きづらかった子はたくさんいたということである。
「総長、聞いて」、「総長のように、踏み出したい」という。

それはまさに世の中への子どもたちなりの答なんじゃないか。
窮屈で生きにくい、と彼女たちは言っていたのではないか。

ま、レディースに入ったらはいったで、正直規律はあるし厳しい。
でも、「私の話は聞いてくれる」。
プラス、はみ出した者たちの「連帯」とでも言うようなこともあるんだろうと思う。

というようなわけで、ティーンの女の子を取り巻く状況は果たして今、どうなっているだろう。
「大人が悪いことをさせるように仕向ける仕組み」がどんどんできあがってはいないだろうか。
彼女たちは、自身のチカラで、ま、いわば自治みたいな形で自分の居場所を作っていた。
今はどうか。
暴走族を取り締まり、漂白された社会を作って、結局彼女たちは「それを利用する大人の手によって」悪い方向に駆り立てられてるのではないか、と思う。
確かに暴走というのは褒められたモノではないかもしれないが、彼女たちから連帯と自治を奪ったという意味で、やっぱり今の世の中は罪深い。







(BGM:Modaji「Into Something」from「Modaji」)
→西ロンドン発、ということで。
ま、その辺はよくわからないのだけど、いわゆるフュージョン、ソウル寄りかな。
ハービーハンコックのフィーツあたりの雰囲気と言ったら怒られるのか。
こちらボーカルがフューチャーされた一曲。
kanukibochu.jpg
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妄想の暴走 ★ 「ない本、あります。」


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能登崇さんという方が書いた「ない本、あります。」という本を読んだんです。
こちら、ツイッターでやってたんです。
フォロワーから投稿された写真を表紙の装丁にし、タイトルと著者、あらすじを作る、という。
本はない、本文は全くないのに、一枚の写真から想像たくましくして、まるでそんな本が実際にあるかのように虚構を作り上げる。
ま、もうこれは妄想なんだけど、面白いな、と思って。

ここには架空の著者のプロフィールまである。
架空の「多くのSF作家を輩出した○○会の四代目代表」とか、もうなんか妄想が広がる広がる…。
ま、俺も妄想は好きで(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-6257.html)このツイートには注目していました。
本が出たというコトを知り買ったというわけです。
ま、妄想の本が本当の本になる、というのもなんだかロマンがある。

話変わりますが、先日、アキと食べ放題に行ったんです。
昼だったんですが。
ふと見ると、お母さんと小さなお子さん、というテーブルがありました。
けどあれですよ、やっぱ小さい子はむずがっちゃうというか。
喜んじゃうというか。
とにかくお母さんの思うとおりには動いてくれない。
しかもまあ、食べ物を取りに行かなければならない。
けどまあ、子どもの相手をしながら、そして皿を持ちながら料理も皿に盛っていかなければならない。
これはなかなかに難事業である。

でもまあ、それを乗り越えてでもお母さんはこの食べ放題に来たかったのである。
そうじゃなければまず断念する。
なにせ難事業である。
もしかしたら、シングルマザーで、この日しか休みが無かったのかもしれない。
いつもなら保育園に預けているところ、今日は一緒に過ごす。
けど、どうしても食べ放題には行きたい。
これを逃すとまた毎日は忙しく過ぎていく。
夜に来るのは仕事の関係で難しい。
そして何より、同じ内容なのに夜の方が値段が高いのである。
どうしてもこの昼を逃したくなかった。
難事業もやり遂げよう、という。
そういう決意があって彼女はここに来ている。

しかし、どうしても子どもが浮かれてしまう。
そもそも久しぶりのお母さんとの外食。
そりゃ嬉しくなってしまう。

と、ふと見ると隣の席は男の人が一人で来ている。
お母さんは迷惑にならないように、子どもが騒ぐのをなだめている。
実はこの男性、独り身である。
彼女と同じように、仕事の関係で今日の昼にしか来れなかったのだ。

と、ちょっと食事に飽きた子どもが男性を見る。
ニコリと返す男性。
お母さんが飲み物を取りに行った時、「ねえ、おじちゃんは何食べてるの?」と子どもが聞く。
男性は戸惑いながらも「えっと…ハンバーグだよ」と。
「私もハンバーグ大好き!」
いつの間にか子どもは男性の席に移っている。
「一緒に食べよ」と子どもは男性に懐いてしまった。

そこに帰ってきたお母さん。
「ほら、迷惑でしょ。すいません、もう…」
「あ、いや、大丈夫ですよ」と男性。
「よかったら、僕、見てますから、料理取りに行ってください」
男性も、彼女が子どもに手を焼いているのを感じていたのである。
そして男性の誠実さを瞬間に見て取ったお母さんは、「ありがとうございます」と。

そしていつしかテーブルを囲むのは三人になっていた。

「仕事が休みの日にココに来るのが楽しみなんです」と男性。
「私も…です」とお母さん。
その二人の会話をニコニコと見ている子ども。

意を決して男性が聞く。
「次の休みはいつですか?」
「えっと、来月の第三木曜です。今日と同じ…」
「あ、僕もです…」

そして、翌月の第三木曜には、この母子と男性の三人がテーブルについていましたとさ。

…とかなんとか。
ま、母子と単独男性が隣同士の席に座っていたところまでは事実ですが、それ以降はアキと俺が食事をしながら二人で妄想していた内容でした。






(BGM:アマリリス「プログレッシブ」from「LIVE IN JAPAN」)
→最強ですよアリスセーラーさん。
なんかライブの前説のような一節。
彼女の語りなのだけれど、声に力があるっていうか、役者だなあ、と思う。
時にバックの楽器が入ったりして、もうコント風なんだが、これは楽しいわな。
メンバー紹介とかやってる。

kanukibochu.jpg

ちぇすとー!


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「チェストー!」
と言えば、もう空手バカ一代ですね。
アニメの方(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5756.html)は飛鳥拳という主人公が空手バカとして生きていく半生を描いています。
が、もちろん皆さんご存じの通り、この主人公は大山倍達の生涯を描いたものである。

で、この漫画を入手したので読んでいるわけです(これを書いているのは9月下旬)。

もうね、とにかく空手がしたくなってくるわけです。
チェストー!と言いたい。
ヒマなときにオグラと型をやったりしますが、まあとにかく型にもなってないんだけど。

いや、もう牛を倒したとか。
スペインの闘牛が倍達先生の眼力に恐れをなして戻っちゃったとか。
次はクマだとか。
人間相手なら、十人くらいなら別に平気、とか。
ナイフもそんなに怖くない、とか。
中国拳法以外にはたいがい勝っちゃう、とか。
温泉につかっているときに太極拳の使い手が何人かやってきても勝っちゃう、とか。

というか、そもそも自然石なんか手刀で割っちゃう、みたいな。
レンガ割りや瓦割りなんかは朝飯前。
ビール瓶も手刀で割っちゃうでしょ。

というか、地下プロレスって?とか。
金持ちが金に任せて殺し合いをやらせる、みたいな。

…ホントなんですかね…。

いや、倍達先生を疑うわけではない。
彼が最強であるというのはこの漫画に痛いほど書いてある。
だから最強なのだと思うが、このエピソード一つ一つはホントなのか…という疑問が、ほんの少しだけ生まれましてね。

つまりはまあ、漫画ですからね。
多少の誇張はあるのではなかろうか、と。

いや、なんかちょっと命の危険も感じるのであまり大きな声では言えないのだが、子牛だったのではないか?とか。
人間だったら5人までだったのではないか?とか。
ビール瓶も中瓶だったのではないか?とか。

…いや、例え子牛だとして、人間5人だったとしてすごい。
もう常人ではない。
むしろ大瓶より中瓶の方が難しいかもしれないというところもある。
人類最強ということは揺るがないのだと思われる。

というわけで、そんな疑問があって調べてましたら空手バカ一代の研究本なんかも出てるんですね。
絶版のようで手に入れるのも容易じゃない感じでしたが。
ま、ちょっとちょっとみんな多少の疑問を持ちつつ読んでいるという感じなのか、とちょっとホッとしたわけですが。

これ、原作は梶原一騎大先生ですね。
もう昭和世代の俺にとっては「人生の大切なことは梶原一騎先生から学んだ」といってもいいくらいの存在ですね。

で、漫画の方が、途中でつのだじろう先生から影丸譲也先生に代わってまして。
確かにつのだじろう先生も厳つい。
梶原先生ももちろん厳つい。
二人が歩いているとしたら、もう道を譲る以外の選択肢はない。
圧倒的な人間力で我々はその姿を見ただけで凍り付いてしまうだろう。

…なんかケンカでもしたんか…。

とか思ったのだけれど、ザッと調べたところ、つのだ先生によれば「原稿が来るのが遅すぎてイヤになった」ということらしい。
というか、そのチェンジした頃から恐怖新聞とか百太郎の連載が始まりますから、単純に彼自身の転機だったのかもしれませんね。
その後、心霊世界の大家になっていくわけで、それは否定するモノではなかろう。
空手バカ一代の熱量と同時並行で鬼形礼を描くのは無理だろう、そりゃ。

てなわけでね。
でも正直、影丸先生になってからの部分は、失礼ながら、あまり面白くないんですね。
極真会館の設立、みたいなことになって、弟子の芦原英幸さんの話になったりして。
それがどうも倍達先生の焼き直しみたいになっちゃうのはそりゃ仕方ない。
でもまあ、パワーダウンした感は否めない。

とはいえ、この「経営的側面」というのが極真を大きくしたのかと思うとそれはそれで重要な点なのかもしれない。
いわゆる、空手そのものも、経営そのものもしっかりやる!押忍!みたいな。
…でもそれは果たして「空手バカ」なのか?と言われるとちょっと違う気もするが、しかしそんなことはどうでもいいのである。

とにかく梶原先生がバカ一代言ってるんだから、バカ一代でいいのである。

これはつまり経典である。







(BGM:Robert Randolph & The Family Band「Nobody」from「Unclassified」)
→なんだこの骨太ロックは。
それでいて複雑な構成。
どっかザッパをも彷彿とさせる。
これはもう一緒に歌うしかない。

kanukibochu.jpg

呪いの拡散 ★ 「近畿地方のある場所について」


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アオテツに勧められ、ネットに上がっていた時にちょいちょい読んでいた。
それからも気になっていたんだが、ついに本になっていた。
本になっていてもなんとなくなかなか手が出なかったのだが、ついに買った。
もうすぐ読了した。
サイコウに面白い。

それが背筋さんという方が書いた「近畿地方のある場所について」という本である。
これは近畿地方のある場所ある「因縁」を明らかにしようとする記者とその友人である作者のレポートである。

この手の本は、読み進めるたびに一つ一つ謎が解けていって因縁に迫る、というパターンになりがちなわけだ。
というか、そうなるのは当然だ。
因縁を明らかにするのが目的なのだから、そうなる。
リングもそうですね。
謎を解いていく物語。

が、その手法の欠点として「ある程度読んでいくと因縁に予想がつく」というのがあります。
逆に、もう因縁を明らかにしちゃった上でそれに振り回される人たちを描く、という手法もあるか。
でも、まあそれも振り回され方は因縁の範疇であって、なかなかにいくらかホラーファンになると想像がついてしまったりする。

怖さというのは、想像の上にあるモノで、想像できないからこそ怖い。

幽霊が出ました、という話で、「そこでは前に事故で死んだ人がいました」というラストになってしまうとこれ、もう怖くない。
なぜなら、事故で死んだ、無念、だから幽霊になった、というあまりにも「想像される結末過ぎる」からである。
むしろ、何の因縁もないところで幽霊に出会った方が怖い。
「なぜかわからない」
となると、自分の家のリビングすら恐ろしい場所になる。

そもそも、呪いや幽霊というのは、我々の想像の通り動くモノなのだろうか。
彼らには彼らの理屈があって、それが我々の想像を超えるからこそ恐ろしい。
どこで呪いがふってくるかわからないから怖いのだ。

てなことで、この本。
近畿地方のある場所について、バラバラなレポートが次々に出てくる、という手法。
ネットのコメント欄。
ネットの掲示板。
過去のニュース。
昔話。
読者からの手紙。
そして、昔記者が追ったがボツになった原稿、などなど。
それらが次々に時系列関係なく出てくる。
これ、最後が予想できなさすぎて怖い。

そこに散りばめられる宗教施設の謎、金持ちになるためのセミナー、そして心霊スポットとしてのトンネル、柿、などのキーワード。
そして、呪いの正体となるっぽい、石。
そして「まっしろさん」という子どもの遊び。
街のあちこちに貼られたシール。

まるで、エクセルの表なんだよね。
縦軸と横軸には意味があっても、そこに示される事実はどこにも向かわない、というか。
表はどんどん埋まっていくのに、それらは「分析」を拒否するというか。
とにかく全てが拡散していくばかりで、呪いの正体になかなか想像が及ばない。
結末に向けて集約していくのではなく、拡散。
そしてチカラ技で呪いの恐怖を炙り出す。

が、結局呪いの正体はわからない。
けれども、この筆者がこれを読ませることで、自らを呪いから解放し、読者に呪いを転嫁しようとしているのはわかる。
わかるのだが、我々には呪いの正体がわからないのだから、もう読んでしまった以上、逃げられない…。
「見つけてくださってありがとうございます」と呪いは言う。

これね、まあ場所にはあまり意味がないんです。
どこだっていい。
東北地方の、でもいい。
つまり、全くのフィクションではあります。
けど、この手法だと、一部はノンフィクション、というのも成り立つわけ。
一カ所でも事実が存在すれば、そこから紡がれる物語には果てが無い。
恐らく、その一カ所が近畿地方に所以があったのだとしたら、この物語はホンモノかもしれない、と思わせる迫力を持つ。
そして、そこから新しい物語が再び作られていくだろう。
この拡散していく呪いの世界はもう止まらない…。
そしてそれは我々の想像の上を行く。

この本はそこがすごい。
面白いので、ぜひ読んでみて下さい。






(BGM:青山しおり「終わりなき旅」from「バーで流れるジャズ風ニューミュージック」)
→う~む。
ミスチルはニューミュージックなのか。
アリスの時代までなのかと思ってた。
今はJ-POPだよね、たぶん。

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ホラーよりもホラー ★ 「日本の冤罪」


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大阪にいくたびにお世話になっているのが、釜ヶ崎ので居酒屋、「集い処はな」をやってる、通称はなママさん。
釜ヶ崎の話をしてくれて、色々な場所に案内してもらったり、いやいや、スーパー猛毒ちんどんを大阪に再び呼んでくれた中心人物という紹介が正しいか。
イチマルも集い処はなではカラオケを絶唱したりもして、なんだかいつもよくしてもらってる。

そのはなママさんが、本を出した。
「日本の冤罪」という。
尾崎美代子という本名(たぶん)の著作。

そもそも彼女はとても正義感にあふれ、理不尽が許せない、そんな人で、そして実際に釜ヶ崎のおっちゃんたち(彼女はこう呼ぶ)とも実際に近い。
活動家であり、本作によって作家さんでもある。

その行動力には敬服するしかないし、学ぶところが多い。
いろいろと勉強になることをスラッと事もなげに話してくれる。
気さくな方である。
俺はそもそもあまり初対面の人と話すのが苦手なのだけれど、「最初は何かムスッとしてどういう人かと思ったわ」とよく言われた。
いや、他意は全くなかったのだが…。
それでも見捨てず仲良くしてもらってありがたい限りである。

てなことで。
この本を読むと、とにかく世の中が怖くなる。
いっぱしのホラーよりもずっとホラーだ。

そもそも我々は警察や検察、裁判所というのは我々の味方であると思っている。
常に正しいことをし、なんなら悪を倒してくれる、と思っている。
ましてや無罪の庶民を「犯人に仕立てる」なんてことをやるはずがない、とも。

が、それが幻想に過ぎないことをこの本は教えてくれる。

これね、ざっと中身を思い出しながら書いているが、もう「怪しい」という部分が一つもない、といってもいいのではないか。
ムリクリなのである。
アリバイがある。
動機がない。
にもかかわらず、犯人に仕立て上げていく。
それも、ムリクリに、だ。

ま、例えば警察がそういうストーリーをムリクリ作っても、検察がそれを糾してくれる、と我々は思ってる。
ましてや、裁判所でそんなことは通用しないだろう、とも。

しかしそれが通用してしまうのである。
というか、通用したのがここに載っている冤罪事件たちだ。

証拠を集めたのはいいが、警察のストーリーにそぐわないモノは破棄する、提出しない。
顔が映っていた防犯ビデオの、顔が映ってるところにノイズを入れる。
あり得ないようなことを彼らはやってのけている。

読んでいてわかるのは、そもそも「自白」というのがある。
警察に追い詰められて、激しい取り調べの果てに「自分がやりました」と言ってしまう。
これ、「そんなことあるか?」と思うかもしれない。
いくら激しい取り調べだっていっても、やってないものを「やった」というだろうか?と。

いや、これがね、すごいんだわ。
ただ机を叩かれる、とかそういうんじゃないの。
弱みをキッチリ握って、例えば家族のことを持ち出す、「娘の結婚式をダメにしたくないだろ?」とかなんとか。
愛人のこととか。
あとね、供述弱者、例えば知的障害があるとされる人には「話を聞いてくれる人」「怖い人」というような役割を作って、なんなら「恋愛感情」すら抱かせて自白させるのである。

そして、冤罪の餌食になるのは、どこかそうした「弱者」であることも特徴的だ。
この辺りも周到である。

凶悪事件ほど冤罪が多いのは、警察のメンツがかかっているからだとも言われている。
しかしメンツのために彼らはありもしないストーリーをでっち上げて、証拠までねつ造するだろうか。
いや、するのである。

メンツそのものがもう俺にはよくわからないが、そのメンツのために自分の手を汚すまでのことなのか。
メンツってそんなに大事なのか…。
まったくわからない。

まあ、冤罪事件には真犯人がいる。
それが捕まらないのはくやしい。
しかし、冤罪事件には警察、検察、裁判所のメンツという犯人がいる。







(BGM:Ray Charles「At The Club」from「Best Of Ray Charles」)
→かっこいいんだよな。
時折入る女性の声がまたよくできているというか、クラブである。
ホーン隊もどことなくけだるく、夜が更けたクラブを表してるよう。

kabukiboshuuu.jpg

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