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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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霊が実在するという前提、なのか?


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専従募集


菅野久美子さんの書いた「事故物件めぐりをしてきました」、森史之助さんという人が書いた「事故物件に住んでみた」を読んでみたわけですが。

事故物件、というのは、まあ平たく言って、事件とか自殺とか、そんなことで人が死んだ部屋、みたいなことですか。

まあ、どうなんでしょうね。
不気味ではあります。

霊というモノが存在するとするならば、確かにそこには、この世に未練を残した霊が存在してそうだし、後から住んだ人を自殺に追い込みかねない、という気もしてきます。
そうとうな恨みを持ったまま死んだかもしれない。
そう考えると、ちょっと恐ろしいモノがあります。

今は、大島てる、とかいうサイトがあって、事故物件を明確に地図にしている。
というのも、事故物件は隠されがちである、ということなのだろうと思われる。

事故物件というのは、専門用語?で「瑕疵物件」というらしいけど、一つ次の入居者まではその告知の義務はあるモノの、その後はないらしい。
だから、事故があったらとりあえず担当する不動産やの社員なんかを形式上住まわせて、数ヶ月したら入居者を募集する、ということもあるらしい。
つまり、霊ロンダリング、みたいなことだろうか。

それでこの世に自殺するほどの恨みを持った霊がいなくなるとは思えないが、そうやってまあ、「告知義務」だけは免除される、という仕組みである。

それをまあ「悪徳」というか、どうか?

そもそも、世の中は「霊などいない」という建前で回っているから、そもそもこの「間に入居者一人入れればいい」というのも悪徳と言うより、「霊がいるかもしれませんし」という「親切な人」という気もしなくもない。

ただまあ、この告知義務も、そもそも霊の存在を認めてそうしてるわけじゃなく、「気分悪いでしょ?」ということなのだから、まあなんだか回り回って何が何だかもうわからない。
でも、よくよく考えれば、それもそもそもは「霊が残ってるかもしれないし」みたいなこと、って気がしなくもナイ。
ま、よくよく考えれば、物件に限らず言えば、長い歴史の中、人が死んでない土地などなかろう、って気もする。

まあつまり問題は「霊がいるかどうか」と、「霊はその部屋に残るのか?」という部分なんだけれど、その部分がもうなんにしてもなにもわからないので、まあ、周りでみんなでうろうろしてる感じがします。

本当に霊がいるとしたら、もうこの世は霊でいっぱいであろう。
霊も、いい具合に、例えば50年で消える、とかいう寿命があれば別だが。
でも、よく落ち武者の霊は目撃されるが、縄文人的な人の霊、というのは聞いたことがナイので、霊にも寿命があるのかもしれない。

どっちにせよ、まあ部屋どうであろうと、その土地では必ず誰かが死んでる、といって過言ではないはずで…。


さて、そんなわけで、みなさんはどうでしょう?
例えば、瑕疵物件、UR言うところの特別募集物件、というヤツですか。
10万円の家賃のところ、5万円でいいですよ、となったら?

実際、この人たちはその物件に接してるわけだけれど、特に取り憑かれて自殺をしているわけじゃない。
でも、不幸が連鎖する物件も確かにあるにはあるというのがこの本からわかる。
下の階の人から「ずるずるとものを引きずる音がうるさい」などと、全く身に覚えのないことを言われたりはするようだ。

ふむ…。
こうなると、なかなかに難しい選択である。
ギャンブルである。
不幸が連鎖するといっても、本人が死ぬんじゃなくて、友達が泊まりに来たら死んでた、とかいうこともあったりするらしいし、その部屋ではないが、隣の部屋で入居者本人じゃなく、訪ねてきた人同士で事件を起こした、ということもあったり。

つまり、自分の内なるチカラと事故物件の闘いであるのかもしれない。
そうなると、自分の内なるチカラがどの程度かわからないし、中にはもう入居しなくてももらい事故のように、その部屋に訪ねていっただけで事故に遭わないともいえないのである。

というのも、それもこれも「霊がいる」という前提ではあるんだけど。
霊はいなくても、「霊がいる」と信じる人の心がそれを起こしているのかもしれないけど。

さて、そんなことも含めて考えた場合、どうしますか?
住みます?
安いですよ?

ということなんですが、まあわざわざそんなギャンブルをしたくはないよな。
霊がいようがいなかろうが、それを信じようが、なんかちょっと信じちゃうかもしれない気持ちがある限り、やっぱ避けますね。

中には、もしかしたら例えば多少、床が斜めになってる、みたいなことで、精神が不安的になる、んで自殺に追い込まれちゃう…、みたいな物件もあるのかもしれないな、とか思いますし…。









(BGM:夜叉「One More Chance~孤独の賭け~」fromYOUTUBE)
→「ワンモアチャ~ンス!」っていう、「チャ~ンス」の部分のシャウト&エコーが哀しい感じをすげえ出してます。
歌謡曲とロックの間、歌謡ロックみたいな。
この路線、キライじゃないですけどね。
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テレビは信用ならないのか?信用できるのか?


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専従募集


実話系怪談というジャンルがあって、ものすごく好きで、ブックオフとかで時折買い込みます。
で、けっこうそればっかり読んでるんですけど、先日は「芸能界の怖い話」みたいなのを読みまして。
これね、もう書き尽くされたような都市伝説的なことも入っているので、どこまでが「実話」なのか、よくわかりません。

でもまあ、その辺はまあよしとしましょう。

オレがひっかかったのは、「これはもちろんテレビでは放映できなかったのですが」ということから始まる話が多いってことで。

例えば、芸能人に昔のことを聞いたら、こんな話があった、と。
体操服を違うクラスの友だちに貸した。
そしたら、その子が殺されてしまった。
どうも、体操服に書いてあった名前を見て殺したらしい、と。
本当は、その芸能人が狙われていたのであった、みたいな…。

…本当かどうかわかりませんが、確かにこれは凄惨な話です。
親が恨みを買っていて、ということらしいんですが、確かに後味が悪すぎる。

とある芸能人が、恋人同士で一周すると幸せになれるという小さな無人島で、いたずら心で逆回りしたら彼が死んでしまった、とか。

いや、本当かどうかはわからないし、鵜呑みにするわけじゃないんですが、確かなことは、「テレビではやれないんです」という話が「ある」ということですね。


確かに、「これはテレビではやれない」みたいなことをキャッチコピーにする映画もありますし(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4477.html)、世の中には、この「テレビではやれない」というのが、認識として「ある」、ということがわかります。

テレビでやれない、とはどういうことかというと、例えば「道徳的でない」とか、「過激である」とか、「凄惨すぎる」とか、「死体が映ってる」とか、人が死んでいる、とかでしょうか。

そういうものは、テレビではやれない、というカテゴライズになる、という認識が、広くある、ということですね。


そして、そういうモノを「映さないテレビ」に飽き飽きしている人たちがいる、というのも事実なんでしょう。
じゃなければ、こういう本が出るわけがない。
映画のキャッチコピーになるわけがない。

視聴者の関心は、例えば芸能人のゴシップにしても、「テレビではああ言ってるけど,ホントは○○なんじゃねえの?」みたいなことで、週刊誌やネットなんかに向かっているのかもしれません。


テレビだけを情報源とする人を情弱、情報弱者、なんてことを言ったりもしてますよね。

つまりはまあ、テレビは「全てを映すモノではない」という。
これは、きっと広く認識されていることではないかと思います。

でも、でも、どっかに「テレビでやってるからホンモノだ」と思ってしまう自分がいる事も確かなのではないか?と思うのです。

もちろん、世代もあるでしょう。
オレの世代、1960年代生まれくらいまでは、けっこうその毛があるんじゃないでしょうか?


これはけっこう怖いことで、じゃあテレビをジャックしてしまえば、都合のいいことだけ流せばイイや、ってことになります。
ネットでも、とにかく大量の偽情報を流してしまえば、それが偽情報であっても検索の上位に来る、という仕組みもあります。

大事なことは、やっぱり、テレビにしても、ネットにしても鵜呑みにしないってコトかとは思うんだけど、でもやっぱ、「テレビでやってたじゃん」という人はきっと多いと思う。

「テレビでやれない話がある」というのは、「テレビは全てを映さない」ということと同義なのに、「テレビでやってたじゃん」と思ってしまう思考は、やっぱちょっと恐ろしい。
「テレビは全てを映さない」ということまでは、多くの人が認識しているのに、テレビでやっているから、というのを旗印に「あの店人気なんだって!」とか思ってしまったりする。

よく、店なんかでも「テレビで取り上げられました」ってのを入り口に掲げているところがありますが、それだけでオレはもう入る気がなくなるんだけど、けっこう多いですよね。

テレビをありがたがるのは、やっぱちょっとどうかな、とオレは思います。
だって、落ち着いて考えれば、「テレビは全てを伝えてくれてるわけじゃない」んですから。






(BGM:トリオif「倖せCHU・CHU・CHU」fromYOUTUBE)
→あらあら、演歌ね。
と思ったら、急にラップだったりして。
つまりはまあ、演歌歌手とラップできる子と三人集めて売っちゃうか、みたいなことなんだろうけど、そりゃ売れないわな…。
っていうか、にしても、楽曲があまりにバランバランで、こりゃダメだよ。

未来がない… ★ 貧困クライシス


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藤田孝典さんの「貧困クライシス~国民「最底辺」社会」を読みましたけど。

よく「スマホ持ってるのに貧困じゃねえだろ」とか、「コンビニで飯買ってて貧困じゃねえだろ」みたいなことを言う人とかがいるんだけれど。

しかし、今や携帯なくしては仕事の応募もままならない。
炊飯器がなければコンビニでおにぎりでも買わなければ喰うこともできない。

いわゆる、「緩やかな貧困」である。

そういう人たちに、「がんばれよ」とか言ったって、今の時代、頑張ったところで非正規のままでは年収が200万切るやもしれないだのということらしいし、それも何時切られるかわからない状態で、昇級もしないのである。
しかも非正規雇用の人たちが4割いる、という統計もあったりする。

頑張ってればほとんどのサラリーマンが結婚してマイホームを持てた時代ではないのである。
今世の中は高度経済成長の時代とは全く違う、ということをまず理解しないと始まらない。

にもかかわらず、いまだにその頃の幻影を引きずって「本人が頑張ってないのが悪い」みたいな言説が垂れ流されていて、まあどうにも社会が見えてない人がいるな、って話なんだけれど。

結局、この状況は経済を回さない。
若者の車離れとか言うけど、違うでしょ。
金が若者から離れていて、若者は車を買えないだけなんじゃないか?
マイホームしかりで、つまりは経済が回らない。
不況になる。
安くなければ物が売れない。
そうなれば、結局自分が安く使われる、という悪循環。

単純にもっと市場に金が回るシステムを作らなければならないのに、生活保護を切ったりする。
元は税金である生活保護は、簡単に言えばそのほとんどが市場に出て行く金だから、生活保護を1億円切る、というのは、市場への一億円を切るのと同じことなんだけど。
それを法人税減税なんかで内部留保になってしまうのでは、いつまでたってもこの悪循環は断ち切れない。


この本で衝撃的なのは、高齢者の貯蓄額と寿命が比例する、みたいな話。
同時に、貧困に陥ると炭水化物中心の食事になってしまい、どうしても健康状態が悪くなる、と。
しかも、どうしても健康のことを考えるまでに至らなくなってしまう、みたいな話

先日、貧困に陥った41歳アルバイト男性の一週間の食事、という記事では、その男性はやっぱり炭水化物中心、というかそればっかりになっちゃってるんだけど、それについて、「今の食生活が原因で倒れたり、最悪そのまま死んでもそれは仕方ないかなと思うんです。こんな惨めな貧乏暮らしでクソみたいな食事を今後何十年も続けることを考えたらうんざりしちゃいますよ」と語っていた。

そもそも、会社で使い捨てされ、社会がそれを認めている以上、社会からのネグレクト状態に置かれているわけで、そりゃ自暴自棄にもなるよな…というか。

こういう状態を変えようと、例えば「食事は野菜から食べましょう」みたいなパンフレットを行政が作ったとする。
でも、おそらく、それを手に取るのは、「食事は野菜からなんて当たり前だけど、なんか他のこともかいてあるなら参考にしようかしら」という層だ。
本当にこの41歳アルバイトにこれが届くかというと疑問である。

つまりそうやって、貧困は健康格差も生んでいく。


手っ取り早く、安く腹を満たすためには、米だ、パスタだ。
行く金があれば牛丼だ。
コーラを飲んだ方が腹もふくれる。

目の前の自分の必要とするものを体内に入れることで精一杯。
もう、今の自分の生活が臨界点に達しているのだから、一ヶ月先、一年先の自分が病気になってるかどうかなど気にかけてなどいられない。

建康に気を遣う、というのは、そもそも未来への投資みたいな部分があって、しかもそれはマラソンとかの能動的な部分もあるが、体内に摂取するモノが左右する部分が大きい。
それが未来の身体を作っていくのだから。

でも、その未来を想像できなくなったら。
非正規で期限延長されるかどうかもわからない中、上司からの理不尽な仕打ちに耐え、耐えたところで貯蓄もできず、炭水化物で腹を満たす日々。
そんな風に、未来を「放棄しろ」って、遠回しに社会に言われ続けたら。

やっぱり人は「なにもなくなっちゃう」んじゃないか。


こうした層が、年々増え続けている。
決起するしか道はないように思うけど、でも、その道も生活保護を叩くことに快感を見いだしてる連中(おそらくコレも根っこは同じで、未来へのネグレクトが要因のような気もするが)が跋扈し、それを政権が支持するような動きを見せている中、なかなかに遠いような気がする。

政治的な見方をすれば、「全てなくなっちゃえばいい」「戦争、いいじゃないですか」って層がどんどん量産されている。
ま、それも今の政権の目論見なんだろうが、どこまで目先の支配欲におぼれているのか。

ナチス前夜の状況に、あまりに今の日本は近い。








(BGM:ビロージュ「お前の目を見るだけで」fromYOUTUBE)
→ビロージュ。
どういう由来なんでしょうビロージュ。
曲はね、なんでしょう、GSでもなければ、フォークでもない、どっちつかず感もありますが、ハーモニーもはっきり前面に出ていて、どっかところどころ外国風の作り。
当時はかなり新しかったんじゃないだろうか。

来年は大日本プロレス・イン・にじ屋!開催。たくさんの人に来てほしい!


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またぎっくり腰になってしまい、まあそれでもやらなきゃならんこともあったりしたんだけど、中何日かはもう地獄のようで、家にいたんだけど。

家にいるとですね、まあ寝てたんだけど、本とか読みながら。
でも、まあ寝ちゃうわけですよ。
うつらうつら。

そんなことしてる間にも、にじ屋ではイベントがあったりして、ああ、行きたかったな、とか思ったり、みんなすげえなあ、と思ったり。
一方で、まあ、イベントなんてのは面倒なわけですから、ホッとする気持ちもあるんだけど、それでもやっぱ行けなかったとあると、行きたかったな、と思うのですね。

やっぱ、人生、無駄なこと、ちょっと自分を越えて頑張ることが楽しい、後に思い出に残ることなんだから。

な~んてことを考えたり、とにかく無駄に考える時間があるから。
一人で寝てるだけだから。

そうすると、なんか、もう時間が飛ぶように過ぎるというか。

な~んもやってないからね。
そりゃそうか。
自分に蓄積するものがないから、当然なのかもしれない。

年末に向けてしなければならないことへの焦りも手伝って、なんか「無駄に過ごしたよな」とか、まあぎっくり腰はしょうがないんだけど、自分へのなんか怒りもあったりして。
なんでぎっくり腰なんて!みたいな。


ウチには、まあ引きこもり気味だった、という職員が何人かいますけど、いやいやいや、これ、辛いな。
もう一日半くらいで俺はギブアップしそうな。

入院したこともあったけど、入院はやることがあるんだよね。
検査とか、なんだとか。
でも、もうやることない、ってなったら、もうこれね、どうにもこうにも。

それにまあ、たいがい俺なんかは人となんかしてたり、飯も普段一人で食うことないから。
そうなると、もう一気になんかどうにもならない気持ちになっていく。
というか、こんなに自分に向き合っちゃうというか、いろいろ考えちゃうなんて、まあごめんですね。
自分のこととか、人生のことなんか考えない方がいいんですよ。
周りのためにだけ、生きてれば、なんとかなるんです。

なんてことを考えながら。
人と話さない、なんてのは、やっぱ社会的動物である人間としてはどっかゆがむわ。
俺は今、腰の骨がゆがんでいるわけだが、とか余計なことも考えたり。


そんな中、「劣等感」という関本大介選手の本を読みまして。
年末にかけて読まなければならない本がいくつかあるんだけど、その中の一つ。

これはまあ、大日本プロレスの関本選手の自伝的な体裁をとりながら、大日本の一時代を中の人が語ってくれる、という。
その当時を知るファンとしては、実になんか感慨深い本でした。

横浜アリーナ大会、あったあった。
ザンディグ、CZW、あったあった。
そういえば、このCZWとのことも、なんかすげ盛り上がったけれど、なんか一方で、CZW撤退の時期に近づくにつれ、不穏な感じがマットからもしてたよな、とか思い出して。

プロレスってのは、敵同士になって戦ってはいるけれど、一緒に団体を盛り上げる仲間なわけで、そこに信頼感がないと、「試合にならない」んですよね。

こんなこというとアレだけど、だから本気で憎み合っていたら、試合は成立しない。

これ、後期のFMWで、邪道外道さんだったかの試合で似たようなのがあって。
コンプリートプレイヤーズだったか。
もう、お客さんが一切わかない試合、という。
後楽園で、まあ、試合としては普通に進んでるんだけど、な~んも伝わってこない試合、という。
アレは、その後のFMWを象徴してた試合だと思うんだけど。

つまりまあ、この本は、あの時の不穏、の一端がわかって楽しい。


もう、ね、秋葉原の黒煙の試合も、横浜アリーナも、そもそも伊東選手が初戴冠する文体も、ここに出てくるたいがいのターニングポイントとなる試合を俺は現場で見ていた。
そういえば、あの時、伊東選手が金網でとったよな、でも、ボロボロだったよな、とか、まあ思い出した。

ファンとしてみていた試合を、逆にこうやってまとめてもらえて、なんかうれしい一冊。

もちろん、最近のファンの人も面白いんじゃないかな。
大日の家族感と言うか、それもよく出てて。


というわけで、来年1月にはにじ屋大日本プロレス!また開催!
ぜひたくさんの人に来てほしい、って思ってます。

ぎっくりには気を付けて俺も必ず参加します。









(BGM:川崎幸子・敏子「どこへいくの」fromYOUTUBE)
→姉妹なんでしょうかね。
「シュポポポポポポ!」がなんかサンプリングというか、リバースみたいに響いてきて頭に残ってしょうがない。

なにがパーフェクト、なんだろうか…この先が気になる…


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ま、本を読みたい。
本を読むというのは、ネットでなんか検索して読むとか、スマホでなんか読むとか、そういうことを超えるなにかの「文化的匂い」がするから好きだ。

古くさい。
紙のムダ。
内容は同じじゃないか、というのは至極ごもっともで、そのことを否定するつもりもないし、スマホの本とか、そういうのを否定するわけじゃない。
イイと思う。
ソレが好きな人はソレでイイと思う。

でも、俺は紙の本が好きだ。

とはいえ、なかなか読む時間がない、という現実。
読みたい本が部屋に積み重なっている、という現実があります。
でも、時折読む。

そうすると、なにか、豊かな気持ちになるから不思議である。

思えば、昔から好きだった。
小学生の高学年の頃から、文庫版の星新一ショートショートとか読んでた。
とにかく短編が好きで、結末を想像させるお話とか、摩訶不思議な噺とか、その先の話を作りたくなるような話とかが好きだった。

同時に、マンガもすごく好きだった。
中学の時に本屋で見かけたガロにはまった。
いわゆる商業誌も読んでいたけど。
永井豪さんのおもらいくんとか好きだったし、聖マッスルとかね。
小学校の頃からがきデカはバイブルだったけど。
あと、今、単行本が絶版らしい、チャンピオン連載だったカリュウドとかね。

最近はもっぱらマンガは読まず、実話系怪談だわね。
元オカルト系を仕事にしていたアオテツ(@aotetsu)に、「これはいい」とか、薦めたりして。
「追跡調査すべきだ」みたいな。

ま、そのやりとりで改めて思ったことは、実話系怪談。
つまり、実話である、ということが重要なんですけど、「誰かから聞いた話」というのを作家さんが書いているわけですね。
でも、意地悪く言えば、作家さんが作ってしまえばいい、という話でもあるわけです。
だって、それが実話かどうか、誰から聞いたか、そこには書かれないわけですから。
っていうか、書いたところで、別にこっちは追跡できるわけじゃない。

でも、俺は実話系怪談が好きで。
それはなぜかというと、「こんな話作れない」という話がけっこうあるからなんですね。

つまり、「これ、作りやってるな?」という本はわかるんです。
「作り得る話」というのと、「作れない話」というのがやっぱりあるんですよ。

あまりの突飛な展開。
AからB、まではわかっても、そっからなぜCに展開せずにXに行くの?または、「あ」になっちゃうみたいな話。
ローマ字から平仮名に変換されちゃうような展開、というか。

こうなると、もう常人が考えたとは思えない。
ま、作家が常人であるかどうかはまた別の話ですが、どう考えても「実際にあったんだろうな」としか思えない。

事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったモンで。

ぜひね、みなさんも「作りか作りじゃないか」みたいなことを分けながら読んでみるのも面白いかと思います。


ま、そんなわけで、そういう話とは全く別に、先日、ウチのドラマーのきっちんがマンガを貸してくれて。
ま、連載中なのかな、途中までなんですけど。
「パーフェクトワールド」という有賀リエさん、という方が書いたマンガ。

少女マンガなのかしら。
少女漫画的絵がら。

簡単に言うと、車いす、中途障害の男の人とその高校の時、車椅子になる前の彼と同級生だった女の子の恋愛ドラマですね。
その二人が、再び仕事で再開して、みたいなことで、恋が始まる。

いや、泣いたわ。
何度か書いた、この話↓。
ま、亡くなった前会長の話なんだけどさ。

重なる重なる。
そして、もうなんか泣けて泣けて仕方がない。

これ、もし、機会があったら、読んでみてくださいぜひ。





(BGM:金髪のジョージ「ボーイッシュ・ベイビー」fromYOUTUBE)
→このAメロの寸足らず感、なんだろう、と思ったら、4拍子3小節が一つの塊だからだな。
普通は偶数にするからね。
ま、なんという冒険だろうジョージ、金髪の。

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