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スーパーちんどん・さとう

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プロレスは裏切りと想定内の繰り返し


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kaijosha.jpg


黒木あるじさんと言えば、実話系怪談の世界でも第一人者と言ってイイと思う。
実話系怪談ばっかり読んでる俺としては、ビックネームというか、よく読ませてもらっている。

で、まあソレとはまったく関係なく、ツイッターで、「面白いプロレス小説がある」と流れてきたのが「掃除屋~プロレス始末伝」であった。
本屋にたまたま寄った時にそれを思いだし、探してみたらあったので、「これ買おうかな」、とアキに言うと、「あ、これ、よく読んでる人じゃない?」と言われて気づいた。
その黒木あるじさんの作であった。

これはもう読まねばならない新刊だとしても買わねばならない。
幸い文庫版である。
安いし、持ち運びやすいし、読みやすい。


この物語、ベテランのレスラーが主人公。
プロレスはうまい。
うますぎる故、掃除屋、つまり相手レスラーを「壊す」という裏家業もしている。
負けながらにして、相手を欠場に追い込むような怪我をさせる、みたいなことを自然にやってしまう、という。

まあ、実際こういうことがあるのかどうかは分からないが、風香選手が文子選手とのシングル対戦後に泣きながら記者の質問に答えていたのを思い出しますと、ないわけではないのかもしれない。
プロレスだからこそ、あるのかもしれない。
気にくわない相手を徹底的に、叩く。
文子選手の場合は、恐らく精神的にかなり追い詰めたのだろうことがよくわかった試合だったと記憶している。

俺はまあその時文子選手あっぱれというか、すごくまた好きになったけど。
そもアイドルレスラー嫌いだから、俺。


ま、それはいいとして、とにかくまあ、そういう設定で。
それも、試合中に植物人間にしてしまったライバルへの懺悔というか、それにこだわって、なかなかそこから抜け出せない人物としても主人公を描いていて。
そんなことから闇家業に手を出した、みたいな。

んでもって、中盤はこの物語、その試合のエピソードが続きまして、確かにそれぞれ面白いんだけど、多少、中だれする。
とはいえ、「若手にバトンを渡す」の回とかも泣かされましたけど。
けど、まあ最後の最後、泣かされました。
号泣。

とはいえ、これね、まあ「そうなるだろうな」という感じラストではあるんですよ。
思った通りのラストなんだけど、筆力なんだろうか、泣かされてしまった。

これね、もうプロレスの試合のようだなあ、と思ったんですけど。
つまり、設定があって、第一試合、第二試合が、第一章、第二章、みたいに進んでいって、最期のメインイベントで泣かされる、という。


もちろん、プロレスではなにが起こるかわからないから、最期が思ったとおりにならないコトもある。
「ここでまたヒールが勝っちゃうのか…ちくしょう」みたいな。
「ここでベビーが勝てばもう万々歳なのに!」みたいな。

でも、逆にですね、この「想像できるラスト」でも泣いちゃうのがプロレスだな、って思って。
というか、俺は少なくともそうだな、と思って。
いや、プロレスの醍醐味ってそこじゃね?くらいの。


というのも、先日見に行ったドラゴンゲートの大会で、元々の団体創設者のウルティモドラゴン選手が、団体を離れていたんだけど戻ってくる、という流れがあって。
そこに、悪役が乱入してきてデスね。
ウルティモ選手にくってかかるわけです。
ま、悪役はそうじゃなきゃいけません。
当然、昔からいたメンバーはそれに反発。
ウルティモ選手側につく。
ここまでは想定内だし、普通ですね。

で、次回大会で、悪役と昔からいたメンバー+ウルティモ選手で4対4で闘おうじゃないか、ということになったんですね。
リングで決着つけよう、って話ですね。
プロレスはそういうスポーツですから、まあそうなります。

しかしですね、その悪役の中には、今は悪役だけど昔からいたメンバーもいるわけです。
しかも、その選手が、次回、そのウルティモ選手を征伐する側のメンバーに入っていたんですね。

いや、これ、その昔からいた選手は悪役を裏切るだろ、と。
試合中に、何かやらかすだろう、と。
つまりまあ、結果だけ見れば、その選手が裏切りました、悪役から追放されました、ってコトだけになっちゃうけどさ、その「裏切る過程」も見たいなあ、と。

もう、次の大会行きたくなっちゃってるわけですよ。

こういうことってよくあって、仲がいい二人だったのに、なんか最近不協和音が響いてる、とかね。
プロレスではよくあります。
で、直接対決になる、とか、直接じゃなくても、なにか起こりそうな不穏な記者会見があった、とか。
そうなると、もう「そりゃ仲違いでしょ」ってわかるんだけど、わかってるんだけど、「見に行きたい」、という。

結果がわかってたって、見に行きたい。
そして、思った通りの結末だったとして、なにもガッカリしない。
むしろ、泣いたり、逆に「うおー!」とか喜んで声出しちゃうかもしれない。

ま、でも、これ言っちゃお終いなんですけど、もし、先のドラゲーの話に戻せば、その昔からいた選手が悪役を裏切らないとしたら、どう裏切らないのか?というね。
それに我々が裏切られる、という。
そしてまた、次の大会にもう「行かなきゃ!」って気持ちになっちゃう、というね。
どっちにしてもまあ、面白いわけですけど。

わかってる裏切りも見たいし、そしてどこかでそんな自分も裏切られたい!という。
ま、「どっちでもいいんかい!」と言われるかもしれないけど、それがプロレスなのよね。
わかってようが、それが裏切られようが、でも、見たい、んだよ。


そんなことを考えますと、この本は、冒頭でなんとなくラストの見当がついちゃったとしても、絶対に泣ける。
アタマにぼんやり浮かんだ見当以上のメインイベントが待っています。
第一章、第二章が、そこに向けての全ての伏線だったと、いい大会を見た、という風に思ってもらえるハズだと思います。
そういうことで言えば、コアなプロレスファンも楽しめるプロレス小説になっていると思います。








(BGM:Oi-SKALL MATES「言葉につまる」from「WALK TOWARDS THE FUTURE」)
→いや、これ、元曲はほぼ残ってないけどいい。
こういうカバー好き。
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逃避というなかれ


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マオリッツオ・カヴァーロさんという人が書いた「超次元の扉―クラリオン星人にさらわれた私」を読みまして。

…というか、最初に言っちゃうと、まあダメだこりゃ。

ヒル夫妻に始まり、異星人による誘拐、アブダクションを体験した、と主張する人はいる。
実際に誘拐されているかというコトに関していえば、されていない、と断ずることは難しい。
なにせ、本人が誘拐された、って言ってるんだから。

が、この人の場合、何度も誘拐され、しかもその異星人にいろいろと「教示」じみたことを受けている。
クラリオン星人、とまで言ってるんだから、もう仲間的な感じである。
ま、とはいえ、この人は誘拐に関して「恐怖を感じた」とも言っている。

ふむ。
おいおいおい…、というか
どうですか。

いや、まあ冷静になりましょう。
もしアナタが誘拐されているとして、次に誘拐されるかもしれない、となった場合ですよ。
まずどうします?
恐怖を感じているし、助けても欲しい。
さて、どうします?

ま、俺ならまず「信じてもらわなきゃ話にならない」ので、ビデオをセットしますね。
もしくは、なんとか写真に撮る、少なくとも音声を録音する、くらいのことをしますね。
一度ちゃんと撮れなかったとして、でも次があるという確信があった場合、もっとうまく撮れるように工夫しますね。

とはいえ、相手は異星人だから、「ビデオセットを動かなくさせるんです」とかね、そういうこともあるでしょう。
「コッチがビデオを撮るという気持ちを察知し、妨害するんだ」みたいなこともあるでしょう。

しかし、何らかの痕跡くらいは撮れるのではないか、と思いますね。
まず、そのための努力を惜しまない。
証拠がないことには、この恐怖から救ってもらうことは難しい。

だって、信じてもらえないですよ。
異星人に連れ去られている、なんて言っても誰も信じないわ。

で、この人、誘拐される時のまともな映像とかないんだわ。
にしても、クラリオン星人の薄ぼんやりとした写真はあったりして。
これね、つまりもう信じられない。


この本、最初の方を読んでたらまあ読めるのかなあ、と思ってしまったのですが、読み進めていって、途中って言うか、けっこう早々にダメだなこれ、と。
よく読んでみると、「まあまあいけるなこれ」と思ってた部分は訳者の解説でした。
本編に入ったらもうボロボロ。

「宇宙とは砕け散った琥珀である」的な。
ちょっとうろ覚えですが、そんな感じの連続で、気分で書いてることがまるわかり。
まあよくわかんない。


アダムスキーしかり、この手の人には必ず信者がつきます。
ま、わからなくはない。

宇宙には壮大な力があって、人知に拠らないものである、と。
だからまあ、自分がうまくいってなくても、それは宇宙を支配する力のせいなのだ。
宇宙を支配する力が私に試練を与えているのだ、とか思えば、まあ気分は楽になるもの。
「私のせいじゃない」と思わせてくれることは、人を熱狂させる力を持つ。


でもなあ。
…つまりまあ、だからって彼を信じたところで、自分の問題は何も動かないんだよね。
明日解決するわけじゃない。
信じることで先延ばしすることでしかなくて。
気づけばにっちもさっちもいかない事態に陥ったりすることもあるんじゃないか。

ま、オカルトの罪ってのはこの辺なんだけど。
楽しむ分にはイイけど、あまりに荒唐無稽なものを信じてしまうのは、やっぱちょっと心が折れている時かもしれないので気をつけたい。

アダムスキーが写真を捏造している徹底的証拠が挙がってすら、それでも信じ続ける人もいるからな。
防衛本能か、自分の精神を平らに保とうという人間の力は、見えないUFOを簡単に夜空に見せてしまう。

そんなのは逃避だよ、と思うなかれ。
これは誘拐なのである。

恐ろしや。







(BGM:オジロザウルス「Conscious Party [O'brady O'brada]」from「Shock to the Future」)
→ちょっとアルバムのタイトルがちょっとビジュアル系を想像させてしまう気がするのは俺だけ、きっと。
これはラップ系のコンピ。
この曲はオブラディオブラダてことで、まあせっかくなんで原曲入れてみてもよかったのではないかと思う。

オカルトの引力


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松閣オルタさんという人が書いた「オカルトクロニクル」という本を買いまして、他にも以前に買って読み切ってない本がたくさんあるにもかかわらず先に読破してしまいました。
ウサギとカメいうところのカメ現象。

ま、俺はオカルトがすごく好きで、なんでしょう、オカルト少年、いや中年、いや壮年。
けっこういろいろなオカルトスタンダートは押さえてはいるつもりでいましたけど、この本には知らない事件とかもけっこうあった。

で、まあ「オカルトクロニクル」は、そもそもネットのページでありまして、本を読んでからそちらを見ましたら、もう面白くて面白くて止まらない。
特に海外の事件なんかは知らないモノが多く、興味深く読みました。
これね、ぜひみなさんも読んでみてくださいな面白いんで。


オカルトってのは、まあ解決させようと思ったら解決できちゃう、というところがあります。
集団ヒステリーとか言っちゃえば、たいがい解決します。
もしくは誤認。
たいがいはこれでもう全部解決、なんですが。

あとは、北朝鮮に連れ去られた。
…ま、これはちょっと深刻ですが、でもけっこうそう考えるとまったくもって丸く収まる、という事例もあったりします。
が、まあこれはそれ自体が闇のベールに包まれているので、オカルトと言っていいようなよくないような。
まあ、そんな連れ去る、いわゆる拉致ですけど、そういうことを国家が率先してしてるってのがもうどうしようもない話ですけどね。
まあ、これは拉致の状況がハッキリしない以上、解決はしていないわけですが。


でもどうですかね。
死体が実際にあると、もうこれは誤認でも何でもなくなってしまうわけで。

七人が連続して自殺した事件とかね。
どうしてそうなってしまったのか、それぞれに関わりがある人もいるし、そうじゃない人もいるんだけど、前に自殺した仲間の葬式で「俺たちはコイツの分まで生きていこう」なんて熱く語ってた人がそう簡単に自殺するだろうか。
これはまあ集団ヒステリーで説明できないことはないんだけれど…。


井の頭公園のバラバラ事件だって、死体はあるわけですよね。
でも、誰が何の目的で、いや、そもそもどうやって死体を切り刻んだのかもよくわかっていない。

特に後者は、絶対に「やった人」がいるわけですよ。
自然にそうはならないし、そもそも誤認でも何でもない。
実際に死体はあるんだから。

そう考えると、「誰なんだ?」というのは、誰でも思います。
世田谷一家殺人事件も同様で。
こんだけ盛大にやっておいて、なぜ犯人が捕まらないのか、と。

いやあ、もう不可思議というか、「なんのため?」がわからないから怖い。
「なんのため?」がわかれば、ある程度の防衛策もとれるけど、それがわからないとなると、いつ何時それが自分たちにふりかかるかわからない。


ま、世の中の全ては理知的に解決されているわけじゃないってことですよね。
ディアトロフ峠事件だって、ずいぶん前の事件だけれど、まあ逆にずいぶん前だからかもしれないけど、解決はしてない。
山で9人の大学生(一人ちょっと正体不明の人が混ざってる)が死んだ事件。
衣服に放射能が残っていたというのも不可思議。
ってか、読めば読むほど意味がわからない。

ただ、どこかで事実誤認があって、それが合成の誤謬よろしく積み重なってしまったのかもしれない、とも思う。
なんかどこか「マジメに捜査してんの?」とかとも思ったりもする。
「もうわかんないから、なんかあって、みんなテントの外に出て凍死した、ってことでどう?」みたいな感じで決めウチしちゃってるのではないか的な感じもプンプン。
そうなると、どっかこれは「軍の秘密兵器の実験だったんじゃないか?」的な陰謀論に発展します。

つまり、まあどう決着をつけても、つけようとしても「終わらない」のがオカルトのイイところでありまして。
人の想像力には果てがない、というか。


そういえば、ウチの近所で十年くらい前に火事があったんですけど、その火事がどうも世田谷の事件に酷似してるんじゃないか、という噂が立ったことがあります。
ネットでもけっこうそれは記事になっていて。
その火事も結局はどうして起きたのかよくわからないまま今に至っているとか。

そうやって未解決事件は拡散し、オカルト化し、果ては陰謀論にまで発展し、人々の興味という生き血を吸って増殖し続けていく。
人は理解できないことを、なんとか理解しようとしますから。

ま、その人間の所行そのものがオカルトを産んでるんでしょう。
オカルトとは、まあ人の想像力と防衛本能のたまもの、というか。






tanndokuchuu.jpg

baka.jpg

(BGM:THE CRAZY TEDS「GRANDFATHER'S CLOCK」from「ROUGH HOUSE R & R vol.2」)
→なんすかこのゴキゲンなサウンド。

オカルトを楽しもう


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「21世紀オカルト・エンターテイメント戦記」という、「緊急検証ザ・ムービー」の公式読本(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4706.html)をアオテツに借りて読んでみましたけれども。
ま、映画の中で語られていたインタビューとかもこの中から抜いたモノなのかな。

森達也さんがインタビューに答えているんですけど、これがなかなか興味深い。
映画の中ではごく一部だったんだけども。

森達也さんと言えば、Aですね(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-2720.html)。
オウムに密着した人だからこそのオカルトの風景が読めるかと思ったんですが、いや、けっこうこれが普通の感じの話だったのが、なんかすごく興味深かったんですね。


オウムと言えばオカルト天国。
オカルトが産んだ、とまで言われていた。
だからテレビは一斉にオカルトを駆逐したわけですが。

でもまあ、それ、やっぱ虚像なんだよね。

世の中って、どっか原因を見つけ出して、わかったような気になっちゃう。
で、その原因ってのは、けっこう何でもよくて。
「なんで中の人になったのか?」という原因は、外の人にはおそらくわからない。
けれども、外の人は「なんで中の人になったのか?」という原因を外の人で共有したい。
それが中の人と共有出来ないものだったとして、でも、それを見つけ、外の人と共有することで、物語を決着させる。

けっこう、外の人にとっては「中の人になった原因」は凡庸で、「それじゃ面白くない」ってドキュメンタリーを書き換える。
そんなことって、けっこう多いと思いませんか。

なぜ、あなたはサラリーマンなんですか?なんて、たいした答えはきっとないでしょ。
でも、同じように人間国宝に弟子入りするんだって、大した答えはないんですよ、きっと。
人と違うことをしてると、「何かあるんじゃないか」って思われがちなんだけど、それってけっこう「外の人の幻想」で、あまり面白い話にならないことの方が多いような気がする。
「いや、それしかなかったし」とか、「たまたま出会ったんで」とか、「好きだったんで」「他になかったし」くらいのことで、けっこう収まっちゃうというか。

外の人が感嘆するような「なぜ中の人になったのか」を語る人がもしもいたとしたら、まあ、そういうドラマチックな人もいるにはいるでしょうが、たいがいはそれは教祖か、それで一儲けしようとしてる人だと思います。

そう仮定しますと、オウムの信者のみなさんの「なぜ中の人になったのか」という理由は大したことではなく、それは教訓にもならないし、役に立たないんだよな…。


森さんによれば、信者の方と食事をしていて、「たくさんの非常食がありますね」と尋ねると、1999年の地球滅亡、つまりノストラダムスの大予言のために非常食を用意したが、滅亡しなかったので、「まあ必要なくなっちゃったんですよね、だからまあ食べちゃいましょう」みたいな感じで、実にさばさばしていたとか。

本気でオカルトに傾倒していたとしたら、滅亡しなかったわけだから、もうちょっと違う反応を期待したいところですが、まあ我々とそう変わらない。
まあ、非常食を用意していた、というのは我々とは違うけど、実際に来なかった、となった時の反応は、そこそこ正常に見える。

ま、つまり彼らはオカルトを利用はしていただろうが、実際中の人は信じてはいなかったのではないか?みたいなことも成り立つ。
「オカルトの悪用」である。

となると、オカルトを信じやすい、のは外の人こそ、という気がします。
つまりは「外の人がオカルトを信じやすい」ことが、中の人を作った、ということも言えるわけで、それは中の人に理由があるのではなく、外の人にこそ理由があった、ということになる。
外の人が「中の人になった原因」を中の人に求めていること自体が滑稽な話で、あんたたち自身だよ、という。

で、その外の人は「オカルトがオウムを作った」ということを信じてしまう、という。
何でも信じちゃうのかよ、という感じすらしてきますね。


ま、オウムの中の人たちがけっこう普通、ということを盾に、彼らに罪はない、とか言う気はないんですよ。
逆に、犯罪者だって我々とそう変わらない、一歩だけ道を踏み外すか外さないか、という違い、というか。
そういうことだと思うんです。
その一歩、を突き詰めていくことはすごく大事なことという気がしますが、それは恐らくかなりパーソナルな原因で、普遍化するのは難しいのかもしれないよな、とか。

それをオカルトをテレビで禁止して対策の一つ、みたいにしている状況は、ちょっとおかしな感じですわ。
悪用されるから禁止、っていうんだったら、もっと禁止しなきゃいけないモノはたくさんありますわ。


ま、そんなわけで、それはそうとして、この本が訴えてくるのは「オカルトを楽しもう」という思いだ。

そうだよね、オカルトがない世の中、オカルトが禁じられる世の中、オカルトが禁忌される世の中は、ちょっと不自由だ。
だって、それって「ハミ出し者を認めない社会」みたいな感じじゃないか。
オカルトを信じる人たちを馬鹿にし、追い出すような。

まるで破防法まで作ってオウムを追い出すような。


宇宙人はいる、いない、幽霊はいるいない、その辺って結局は我々人間の生き方に大きく影響しますからね。
人間とは何か、を根本から書き変える可能性がある。

だからこそ人を惹きつけるし、夢がある。
そういうモノを社会から除外するような動きってのは、社会をどんどん窮屈にしますわ。
そういうオカルトを適度に楽しもう、というのはなんか余裕がある社会、って気がします。

ま、正直やっぱ宇宙人は日本には来てないんですよ。
だけど、「もし来てたら」と考えることって、とても魅力的で、なにか閉塞したくさくさした自分の気持ちすらもしかしたら軽くするものになるかもしれない。

そう考えると、オカルトを禁止するような世の中より、オカルトを楽しもう、という方が健全じゃないか、と。


というわけで、まあとりとめのない話になってしまいましたが、徹底検証シリーズを見るためにファミ劇が見れる環境を整えようかと思う今日この頃です。
オカルトエンターテイメント、いいじゃないですか。
俺はこの方向好きです。








sennkyoshou.jpg

(BGM:The Metroschifter「L 182 / Persona」from「Doghouse Sixty [Doghouse]」)
→これ、アタマにクラシック、前奏から曲に入るところもドラマチック、途中、雰囲気がガラガラ変わるし、なんだかすげえカッコいい。
こういう構成を考えられるというのはセンスしか感じない。
すげえ人たちってのは数限りなくいるものであります。

産地直送VS資本主義


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いつ手に入れた本だったか、もう記憶にないんだけど、「ストリートキングダム」という地引雄一さんが書いた本がありまして。
ミュージックマガジン増刊。
インディーロックシーンで写真を撮り続けてきた地引さんによる70年代から80年代くらいまでの東京のインディーロックの記録。
それをまあ、ちょっと読んだんだけど。

いや、もう懐かしいというかなんというか。

俺がインディーのレコードをはじめて買ったのはなんだったか、オートモッドだった気もするが、なんだったっけ。
ライブはなんだったっけな。
当時は千葉にダンシングマザースというライブハウスがあって、よく行った。
名前を知ってるバンドだったら、必ず行った。
スタークラブ、カムズ、アレルギー、などなど、まあけっこう千葉にも来てくれていたんだよね。

東京にも見に行ったりしたし、そもそも自主製作のレコードは東京に行かないと手に入らなかったので、買って、見て、みたいな。
でも、千葉のヘンな洋服屋さんで水玉消防団のLPが急に売ってたりしてたな。
当時は高校生だったし、まあ学校も楽しいタイプ、学校ライフをエンジョイしてるタイプの髪を立てた生徒だったので、パンクの世界が好きになっても人生の道を外れることはなかったなあ、と思うワケですが。

そういう意味では、本当に道を外れちゃった人たちへの憧れはあったけど、なんでしょう、ファンだね、ファン。
自分もバンドをやっていたりもしたけど、それもまあ、お遊びだったなあ、と思います。


ま、そんなわけで、自主製作のレコードについてですけどね。
やっぱ手に入るかどうか、というのは流通の問題ですよね。
全国のレコード店で手に入るかどうか?という。
だからまあ、販路を広げよう、みたいなコトも一方でありまして。

でもまあ、そういう「流通」みたいなことって、結局資本主義の核になる部分であって、それを否定したのがインディー、自主製作の世界だから、正直相容れないんだよね。
ディスクユニオンで扱ったりし始めて、それもなんか違うよなあ、みたいな気持ちもしたりしてた。
その辺の話はこの本にも出てきて、ああ、いろいろな目論見や苦労があったんだなあ、というのがわかりましたけど。

結局、通販、というのも結局多かった気がする。
東京まで出れば買えたんだろうけど、なかなか千葉からは出て行けなかった、というのもある。

今だったら、逆に通販、というのは身近かもしれないけど、当時は本だってレコードだって店で買うものだったから。
通販、というのは、そもそもあまりなかったような気がするけど、俺にとってはだから身近でした。
「定額小為替」みたいなのも、なんかその時知った。


まあ、通販専門のところもあったけど、だいたいは、作ったバンドに直接注文する、みたいなスタイルで。
考えてみれば、ものすごい「DO IT YOURSELF」。
究極の産地直送。
なにせ、全国のレコード店に届けられないんだからしょうがない。
選んで産地直送、ではなくて、最終手段としての産地直送、みたいな。

今考えると、ものすごくイイシステムだった気がしますね。
直接演者とやりとりできるし。
まあ、それも数百枚まででしょうけども。


音楽は多くの人に聴いてもらいたい、と、演ってる人はたいがい思います。
けど、まあ大きくなっていくことで、その辺の産地直送もできなくなっていく。
多くの人の手が介在することになって、その分のコストもかかる。
同時に、自分の自由にならない部分も出てくる。
「串刺しカセット」なんて商品はなかなか流通されまい。

逆に、資本の論理は「売れる音楽」を分析し、作らせたりもする。
じゃないと、コストがかかる「売れる」は生き延びられない。
売れなきゃ「音楽業界」は成り立たない。
それに対する拒否感はものすごくある。
売れる音楽ではなく、演りたい音楽を演りたい。
歌いたいことを歌いたい。

でも結局、大きくなればなったで、資本の論理に取り込まれなきゃならないってことなんだよね。
これは避けようがない。
じゃないと、「大きくなった音楽」は維持出来ない。

でもまあ、「たくさんの人に聞いて欲しい」。
ま、インディーって、この部分の矛盾との背中合わせ。


…とまあ、思うかもしれませんが、それもまあ一つですが、もう一つのインディーの存在意義って、「インディーじゃないと出来ない音楽」ってのが確実にあるんだよね。
資本と徹底的に対抗する音楽、演者。

俺はきっと、それが好きだったんだな。
インディーが資本に取り込まれていく様は、宝島のキャプテンでイヤというほど見た。
そりゃ簡単に音源が手に入るようになって便利だったけど、醜悪だった。

それに対抗した音楽を聴きたかった。
そもそも資本に取り込まれちゃうなら、インディーなど経由するな。
インディーを踏み台にするな。

それはまあ、つまりは資本に取り込まれるかどうか?ということで。
だから俺は「なかなか手に入らない」でいいじゃない、と思ってて。
この「産直システム」が好きだったのも、そういうことかもしれないな。


資本主義はすぐにお手軽に流行の音源を大衆にお届けするが、そういうモノにのらない音楽。
「お手軽に手に入らない音楽」の中にも、たくさんの輝くモノがあるので、みなさんもぜひそういう音楽を探して手に入れてみて欲しいな、と思う。

誰も知らない自分だけの極上の音楽、ってのがいくつもあるのって、すごくステキなことだと思いませんか?





反省できあがり中

(BGM:小泉今日子「サヨナラColor」from「Discover the Songs 1」)
→SUPER BUTTER DOGという人たちの歌なのか。
よく知りませんけど。
超バター犬。
まあまあ、ネーミングは悪くない。
しかし、この曲は名曲である。
小泉さんの鼻にかかった独特の歌声もすごくあってる気がする。

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