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スーパーちんどん・さとう

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住めば都


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そういえば中学時代、高校入試の前に受ける高校を見に行きなさい、と言われた。
けども、オレは見に行かなかったんだよな。
入試の時に初めて行った、という。
あの時の気持ちがどういう感じだったのかはよく覚えてないけど、「住めば都」って思ってた気がする。
だから、どういう場所でもあまり先入観を持ちたくなかったのかどうなのか。

当時は、まあ今でもだろうけど、偏差値的なことで、たいがい行ける学校というのは決まってしまうところがあったり。
逆に言えば、そんなに「高校に落ちる」ということも考えてなかった気もする。
いい中学に行ってたから、まあほぼウチの生徒は県内一の千葉高校に行くところ、オレはそこを受けるだけの頭がなかったし、というか、まあよく覚えてないが、ギリギリだったんだろう。
だから最初から受ける気がなかったので、まあ受かる高校を受けた、という感じもあった。

けども、行く高校を見に行っても罰は当たらんだろうとも思うが、なんで行かなかったんだろうな。
行かなかった、ということは覚えているから、ほとんどの生徒は行ったのに(もしかしたら俺以外はみんな)、俺だけが行かない感じだったのかもしれない。

自分の人生をなんか放棄してる感じもなくもない。
「入れる高校に入るんだよ」みたいなやけっぱちな感じすらあるといっても過言ではない。
ま、結果としてはいい高校生活を送ったと思うので(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-774.html)、それはいいんですけど。

まあ、最初の人生の関門ですよね高校入試。
人によっては小学生とか言う人もいるだろうけど、あ、オレもそうだ。
でもまあ、それは勉強したりそれに向けて何か準備したわけじゃないから、関門という印象はないな。
初めてこう、自分で勉強しないと受からない、みたいな。
それが高校入試だから、その「目指す学校を見てきなさい」という先生の話はその通りだなあ、と思う。
先生としては「勉強頑張りなさい」ということだったんだろうな。

オレはけっこうノウノウと生きてきたな、と思うのはこの辺で、大きな壁を自分から避けてきた感じ、というか。
無理な高校に行こうとは思わなかったし、別にそんなに偏差値でどうこう変わるモンでもないだろ、とも思ってた。
まあ、実際は出た大学とかで人生変わるのかもしれないけど、オレはあまりそういう考えに興味がなかったし、だとしても知らんがな、という気持ちはずっとあった。

ま、生きてりゃいいじゃん。
なんとかなるんじゃねの?とか。

世の中をなめていたと言えばなめていたのかもしれない。
若いウチは世の中をなめるもんであるから、それはそれでいいという気がしなくもないけど。

深刻に考えれば考えるほど、どんどん追い詰まっていって、もっと勉強しなきゃ、もっといい学校、つまりは偏差値の高い学校に行かなきゃ、とか思ってしまう。
けっこうオレはネガティブシンキングなので、すぐに悪い方、悪い方にものごとを考えてしまう。
だから、とにかく追いつまらないぞ!と思ってないとキツい。

そしてなにより、オレは「追い詰まってない人」になりたいのだ。
何があっても「なんとかなるわな」とか言って笑ってられる人でいたいのだ。
だから、ウソでも「そういう人をやろう」と思っているところがあって。

人生なんて結果だから、どういう心持ちであろうが、結果としていい方がいい。
何を思ってようが、どんな信念があろうが、追い詰まってしまってはなんか辛いだけじゃん、とか思ってしまう。
だから、追いつまらないようにしよう、いや、追い詰まってない人をやろう、と思ってて。
とはいえ、いろいろなことを捨ててしまうのは違うわけで、笑ってりゃなんとかなるか、みたいな気持ちね。
そういう気持ちでいたい。

虹の会という組織が小さかった頃はどうでもよくて、そもそもが小さいしどうでもないモノだったから、おいつまりはしなかったけど、今は組織が大きくなって、人が増えてきて、やっぱ怖い部分はある。
だから、こういう時こそ笑ってないとな、とか思ったり。
じゃないと、自分が追い詰まってしまう。

「住めば都」っていい言葉だと思ってて。
すごく「なんとかなるさ」に近い感じ。
どういう状況におかれても、なんとかなる、って気がする言葉。

というか、住めば都以外のコトってないんだよな。
都を自分で作ってるのなら別だけど、平安京かよ!って話だし。
そんな人はいない。
だから、どこに住もうが、どこに所属しようが、そもそも他の人たちの都に足を踏み入れてるわけでね。
と考えると、まあ「どこでも大丈夫!」って話だよな。







ブログ用

(BGM:山崎ハコ「飛びます」from「飛・び・ま・す」)
→「歌っていきます」という決意の歌なのかなこれは。
みごとに第一線の、というか、カルト的な人気も博しながらここまできたのだから、よかったね、と思いますね。
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孤独からの逃走


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正直、まあ機関紙の編集がやりたくなくなっちゃっう時ってのがあります。
機関紙は多くの人が読んでくれてて、この前の事件のコトとかはいろいろお手紙とかももらって、ああ、たくさんの人が読んでるんだな、と改めて思いを新たにしたんですが。
いや、だから、すごくやりがいのある作業だとは思うんですけどね。
そもそも好き勝手やれるわけだから、嫌いじゃないんですけどね。

ただまあ、毎回80ページ越えの分量になってて、半分はたいがいオレが編集しているので、正直、もう飽きるというか疲れちゃうんですよ。
毎回毎回、会議では「今回は機関紙を薄くしよう」といっているんだけど、書く人が書いて出てきたモノを編集してると、やっぱ分量は多くなっちゃうという。

困ったもんで。
でもまあ、書きたい、伝えたいという気持ちは大事にしたいから、無碍に「短くしろ」とも言うべきじゃないし、というか、それはちょっと違うし。

ま、色々考えると、結局編集って個人プレーなんですよね。
相談しながらやるわけじゃない。
ま、あそういうページもあるけれど、基本個人プレーになっちゃう。
そりゃそうですね。
PCに向かって延々と作業する、みたいな。
だからまあ、なんか「孤独感」がすごくある。
みんなの原稿だから、一緒に作業している、と思えば思えなくもないけど、二日徹夜とかになってくると、やっぱ疲れてはくるわけです。

俺はアキと暮らしていて、とにかく家に帰って二人の時間も楽しい。
「同じ職場でイヤになりませんか?」とか言われるけど、いや、ぜんぜん。
むしろ、いい。
例えば懸案事項があって追い詰まっていたとしても、まあ、家でも話せるわけです。
そうすると、どうでもいい話に混じって、なんかピンとくることがひらめいたりする。
ま、これがオレの場合とても多い。
このブログのテーマも、アキと話をしていて思いつくということがよくある。
アキが原作を書いているんじゃないかと思うくらい。

で、虹の会(介助以外)ロックダウンの中、まあロックダウン解除をどうするか、って話をしなきゃならなくなって。
というか、まあそりゃそうですね。
ロックダウンは簡単だが、解除が難しいわけで。

で、オレとカズミが感染者との接触が同じ状況(感染した人とは直接接触してないが、直接接触した人と多少話した)なので、まあ会って話をしようか、となったわけです。
ま、このコロナの問題、けっこうカズミが情報収集など主導してやってるところがあって、それでまあ、そうしましょうか、となったんだけど。

けどまあ、間際にそれどうなんだ?となりまして。
ここまでみんな離れてロックダウンしていたわけだから、もしもオレかカズミのどちらかが感染していた場合、うつす可能性もあろう、と。
PCRは、接触から数日たってやった方がいい、ということなので結果が出るのにまだ数日かかる。
つまりまあ、接触してから隔離状態なワケで、その結果が陰性だったら、まあ完璧じゃなかろうが、安心ではあるから、その後だったらまあいいけど、そうじゃないなら会わない方がいいのではないか?と。

う~む、と。
感染状況を考えると、確かにそう。
だけど、やっぱ会って話すのとは違う。
会って話せば、いろいろ気力がわく、みたいな話になって。

つまり、感染と天秤にかけるほど、「会って話す」ってのは重要なんだな、と改めて思ったって話ね。
最終的には、まあ会わないで、カズミの原案を電話会談してみんなに提案するひな壇を作る作業を二人でしたんだけど。

ま、何を言いたいかというと、何にしても孤独になったらよくないんです。
俺らみたいな仕事だと、どんなに重要なことでも、やりがいがあることでも、意義のあることでも、孤独に続けていたら、やっぱダメなんだよね。
気力がなくなる。
疲れちゃう。

思えば、最初の頃はもっと小さかったから、俺一人でやるコトってのがすごく多かった。
なんだといえば、介助だって24時間やってたし、夜中にバザーの値段付けなんて普通だった。
でもね、折れるんですよ。
だから、オレは多くの外の人に助けを求めてやってきて、まあそれは今も変わらないし、その時の仲間と今でもずっと飲んでるし、虹の会のことを一緒に考えてもらってるわけですけど。
その中で専従になった人もいるし、そうやってまあ広がってきて。
結果、まあ今はとても当時に比べたら楽ちんで、というか、もう一人でやんなきゃならなかった頃には戻りたくない。

そう考えて見るとですね、結局常にオレは「孤独にならないため」になんかしてきたんだよな。
仕事をどうこなすか、考えなきゃならないことを勉強するとか、そういうことを一切考えないで、オレはとにかく他の人、外の人に全てを頼り、「孤独からの解放」だけを考えてきたんだと思う。

それはきっと、自分を守るためだったんだろう。
折れたくなかったんだろう。
まあ、その時はそんなこと思いもしてなかったけど、今考えると、孤独が嫌だったんだな。

で、まあ結果からいうと、そのおかげで今はコロナでアレだけど、飲みに誘える人がたぶんオレは多いんだ。
だから、オレはとても今幸せなんだと思う。
なんでもオレは話しちゃうし、まあブログでは書けなくても、話したい感情がわき上がるようなことはたくさんあって、それを喋ることによって楽にもなるし、もっと近しい人にもなれる。
まあ、ありがたい話ですよ。

だから、幸せって孤独の反対語なのかもしれない、という話でした。
ま、時には一人もイイですけどね。







(BGM:Schola der Benediktinerabtei St. Hildegard Rudelsheim-Ebingen,M. Immaculata Rizscher OSB「O pastor animarum」from「CD 1 - 1000 Years of Sacred Music - Hildegard von Bingen」)
→宗教合唱てきなことなのかしら。
心が洗われるような気がしなくもない。

逆転したイケメン


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福山雅治さんという人がいまして。
いましててあんた…いや、もう誰もが知ってますわな。
ナイツの漫才みたいな冒頭になってしまいましたけど。
ヤホーで調べたんですけど、みたいな。

いや、俺も知ってますよ。
ま、いい男ってことですよね。
大好きなプロレスラーの一人、イケメン選手の入場曲も福山さんの曲だったし。
イケメン選手、そのままアメリカWWEに行ったようなので頑張って欲しいと思うところですけど。

そもそも俳優さんなのかと思いきや、なんか歌も歌ってます、と。
へ~そうなんだ、と。
そしたら、浅草キッドとか歌ってて。
おいおい、と。
そりゃダメだろ、と思いました。
あれはイケメンが歌ったらあかん曲ナンバー1といってもいい。

SIONさんの歌もよく歌っててね。
でもまあ、なんだろうなあ、「福山さん=モテる=売れてる=いい生活してる」、みたいなイメージがもう強すぎるんですよ。
SIONさんの歌がまず似合わない。
ちょっとね、引いてたところがあります。

イケメンでちょっと歌でも歌えれば、もうそりゃいいでしょうよ!みたいな。
ひがみ根性ですね。
正直、そういうとこですよ。
けっこうそう思ってる人も多かろう、と思います。

もちろん、売れてるわけですから。
ファンの人もいますわ。

ウチで言うと加納さんとか好きだったらしい。
で、アキの友達が福山雅治コンサートのチケット一枚余った?だったか、くれたんだったか。
そのアキの友達も福山ファンで。
2枚だったんだけど、そのファン同士で一緒にコンサートを見に行った、ということもあったりしたらしく。

いや、もう介助とかそういうのもすっ飛ばして福山ラブですよ。
その時初めて会う二人。
福山ファンと言うだけでつながったキズナ。
その辺、まあすごいファンなんだな、と思うと同時に、いいなあ、と思うわけですが。
ま、そのくらい好きだったと。

その後、まあ福山抜きにして二人で連絡取り合ったりしたりしてたらしい。
いや、福山が取り持つ縁ですわな。
いい話です。

でもまあ、俺なんかにしてみたら、ちょっとわからないですよね。
「福山だろ?」「あのイケメンの」みたいな。
ちょっとそのあとに「ケッ!」って入る感じもあるわけですよ。
でもまあ、好きなもんは好きなんだろうから、そこは「ケッ!」とか言わず、「見に行けてよかったね」みたいな大人の対応でですね、それでやっていたわけです。

ところが、最近になって、福山さんのラジオがなかなか面白い、みたいな話を聞きまして。
どっか下ネタもバンバンぶっ込んでくる、と。

ふむ…。
いや、もしかしたらこの人、自分のイケメンを恨んでる方なんじゃないか?ということに気づいてきまして。
浅草キッドにしても、SIONさんの曲にしても、いや、よくよく考えれば、彼がイケメンでなかったら成り立つわけですよ。
つまり、なんか「イイ兄貴」でいたい人だったんじゃなかろうか?と。

そう考えると、それでも俺のような人間から長い間「ひがみ根性」をぶつけられ、それでも「本当の俺はそうじゃないんだ」と彼は心の中で叫んでいたのかもしれない。
そう考えると、媚びない感じとかは確かに昔から彼にはあるように感じてたんだよね。
モテようとかはしてない感じというか。
テレビとかでも、そんなに媚びてる感はなかったなあ、と。
まあ、そういう人は元から好きです、確かに。
となると、けっこうなんか親近感がわいてくる感じもありまして。

あれ?けっこうもしかして「逆にいい男?」みたいな。
360度、いや、失敬、180度回って、いい男?みたいに、評価が逆転しちゃいまして。
ま、俺も単純が過ぎますが、まあそんなことを思いまして。

で、先日、加納さんに、「福山っていい男みたいだね」って話したら、「いやあ、もう福山いいわ。なんでファンだったのかな、って思っちゃうくらい」と。

…ぎゃははははっはっははははは。
オレと加納さんで逆転しとる…。

聞けば、その後連絡を取り合ってるという福山のキズナで結ばれた件の友人も、「なんで福山好きだったんだろう」と言ってるとか。

…ぎゃはははっははっははははは。

いや、まあ確かに吹石一恵さんと結婚してるという時点で、ちょっとまあ、「なんだよ感」はありますけどね。







(BGM:James Blunt「Goodbye My Lover」from「Back To Bedlam [Bonus Tracks]」)
→ピアノをバックにしたバラードであります。
こういうのをライブの最後の方に持ってきたら盛り上がるだろうな。
よく知らんけど、ブラント、というのは、無愛想、という意味らしい。

林間学校でジンギスカン


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先日、アキの従兄弟の母子がウチに来まして。
小学生の男の子ですね。

彼がちょっと変わってるというか、なかなかに面白い。
まあ、最近の子どもってどうなんですかね。
よくわかりませんけど。
ま、子どもに最近も何もないか。

小5くらいになると、いろいろと友達にもまれたりして、そこでへこんじゃう子もいるだろうし、クラスの中心、という感じの子もいるだろう。
まあ、同じように小学校に入ってくるけれど、けっこうグラデーションが分かれてくるというか。

彼はどっか大人びてもいるし、同時に子どもらしいし、恐らくはクラスの中心という感じではないだろうなあ…。
きっと、本とかすごく読むタイプとみた!みたいな感じがあって。

前にも一緒にお祭りに行ってみたり、そういうことはしていたのだけれど、「佐藤さんとアキちゃんに会いたい」とか言ってくれているようなので、まあありがたいというか、じゃあ、ちょっと外では会えないから、ウチに来てよ、となりまして。

前には誕生日だったか、バレンタインだったかに本をおくったこととかもあったっけな。
それも妖怪の本とかをおくった気がする。
ま、「ヘンな本をおくるおじさんおばさん」ということで今後もやっていこうと思ってるわけですけど。

でもなんでしょうね。
人間を越える存在がいる!かどうかはわからないけど、妖怪とかがいる、とか死後の世界には天国と地獄がありまして、みたいなことって、やっぱ大事かな、とか思って。
そういうのが子どもの頃に頭の片隅にでもあってくれたらいいなあ、と。
まあ、聞けばけっこう怖がって読んでくれて、というか見てくれたらしく、なんかよかったなあ、と思っていたんです。

ま、彼の家は「いい家」と言っていいと思います。
両親揃っているし、そもそもお父さんが高給取りっぽい。
都内の一等地といってもいいところに住んでいるし、まあ俺らなんかとはちょっと住む世界が違うというか。
「ウナギはおいしいのがいいですね」みたいなことを言い出すというか。
もしかしたら、キャビアとか食ってるかもしれない。
ステーキも分厚いのかもしれない。
外食に行くと言って、もしかして高級フレンチかもしれない、みたいな感じすらある。

なので、もうウチに来たらモツの焼き肉しよう!となって。
たぶん、あんまり食ったことねえだろ、みたいな感じで。
買ってたんですけどね。

これがね、出す機会を失ってしまいまして。
前菜的なことで事足りちゃったというか。
というのは、もう食わない!
というのは、もうずっと喋ってるの!
おしゃべりが楽しくて、もう食うのを忘れてるわけ。

ま、こちらサイドは俺とアキとアオテツという布陣でありまして。
やっぱ本好きの少年が来るとなったら編集者アオテツの出番でしょう。
本好きの少年の未来をゆがめて、失敬、正統な本好きに育てたい、ということですね。
たくさんの本を持ってきてくれて。
彼ももらって帰ってくれたわけですが。

で、どうも彼は最近、メダカに凝っているようで。
「メダカを飼っているんです」と。
「ユーチューブとかも見てるんですよ」と。
「○○って種類があって、それが高いんです」とか。
へえ、じゃあ将来はメダカ屋になりたいの?と聞いたら、「なれたらなりたいですけど」と。

「でも、この前、死んじゃったんですよ」と。
「2000円分くらい死んじゃって」と。

ぎゃははははははっはははははは。
値段?そこ、値段?と。

ま、聞けば、お金はある程度自由になる家だけれど、それはよくないってことで、けっこうお小遣いとかをしっかりさせて、子どもにはあまり贅沢をさせていないらしい。

「○○ってメダカを育てると、100万円くらいになるんです!」
…ぎゃはははははは、そこも値段か!
「メルカリとか、そういうのにメダカも出てるんです!」
「でも、ウソのメダカだったりして、よくないってこともあるんです」と。
ぎゃはははははは。
サギ問題にも触れている少年。

ま、彼としては、いろいろメダカを育てればそれでお金が入ってくるから、そうなったらまた新しいメダカを買いたい、と。
そういうことらしい。

まあ、そうだよなあ。
買ってくるしかないのかあ。
メダカとかって、その辺で捕まえられないの?と聞けば、「ウチの辺じゃいそうな池とかがない」とか、「生息地ってのがあって、こっちではいないんです」とか言ってた。

聞けば、カエルもあまりちゃんと見たことがないという。
ええ!?ウチの玄関によく来てるよ!というと、「え!カエルって本当にいるんですね!」とワケのわからないことを言われてしまった。
ま、ウチの近所は田んぼ多いしな。
彼の家の周りには田んぼはなさそう。

で、まあその時は昼間ってこともあったのか(カエルは夜の方が行動的って感じ)カエルはおらず、彼が帰ってその晩、ウチにみんな来たんだけど、その時にはもう玄関にカエルがずいぶんいて。
外口さんが帰ろうとしたら、「玄関にカエルいますよ!」なんて言ってて、なんと玄関内にも入ってたりして。
ああ!もう!彼がいるときに出てきてよ!という。

なんでもうしょうがないので、夜、ウチの玄関前で育てている蓮の葉の上でカエルが全身を膨らまして鳴いている様を動画にとって彼に送りました。

帰ってすぐにアキのところに電話が来て、「またアキちゃんち行きたい!今度の土曜日どうですか?」とか言ってきたらしい。
いや、うれしいことで。
まあその日は彼は林間学校みたいなことだったらしく、お母さんに「林間学校でしょう」とかツッコまれてたらしい。

そういえば、「林間学校あまり行きたくないんです、だって林間学校でジンギスカンを踊るんですけど、それがイヤなんです」と言っていた。
「だって、林間学校でジンギスカンって意味わからないじゃないですか!」

…ま、いや、そりゃまあそうだよねえ…。







(BGM:EGO-WRAPPIN'「くちばしにチェリー」from「Night Food」)
→戦後の昭和モダンサウンドをうまい具合にイントロに持ってきてて、いい感じ。
ビックバンドの使い方もうまい。
つまりはまあ、もうこのアレンジありきでこの曲を作ってるんだろうな。
メジャーってすごい。

肝試し、て…?


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なぜ肝試しをやるのか。
改めて考えてみるとちょっと不思議じゃないですか?

ま、学校とかでもやるじゃないですか。
修学旅行とかで。
俺も小学校の修学旅行だったかなんだかでやりましたね。
先生がいろいろおどかし役で控えていて。
白いシーツみたいの投げてきたり。
すげえベタにこんにゃく吊してたりもしてたっけ45年前。
確か二人組とかで歩いて行った覚えがありますが、一番怖かったのが最後の坂を上がる場面で。
そこはまあお墓とかもないんです。
ゴールは広い場所がよかろう、ということで、ちょっと歩かせる、みたいなことだったんだと思うんですよ。
そこで、なんとウチの担任が(と後で気づく)、バカボンのパパの格好で、一升瓶をぶら下げて千鳥足で降りて来るという。
完全に酔っ払いの演技。
これが怖かったですね、一番。
やっぱもう、大人が酔っ払ってるのが子どもにとっては一番怖いですから。

いわゆる「ヒトコワ」ってヤツですね。
霊より何より、生きてる人が怖い、という。
どっかまあ、肝試しという観点においては反則のような気がしますが、「最後の○○先生が怖かったね」と、ゴールしたみんなで話したことを覚えています。


とまあ、話を戻しまして。
なんでそもそも肝試しを学校行事でやるのか?ですよ。

ウィキにはそもそもの肝試しについて、こうあります。
「日本の習俗の一つで、遊びとしての度胸試しの一種。人間が潜在的恐怖心を抱くような場所、すなわち夜の森など心情的恐怖の対象となり得る場所を巡ることによって、持てる勇気のほどを確かめながら、そこで起こる事象を楽しむ行事である」

ふむ。
で、なぜ学校でそれをやるかというと、それに加えて「仲間と暗い散策路を進み、絆を深める。」とか、「勇気をもつことや、思いやりをもって行動することの大切さを学ぶ。」みたいな教育目標があるようですね。

ま、どうですかね。
吊り橋論理みたいなこともありますから、肝試しによって仲間のキズナが深まったように誤解するということはあるように思いますね。
つまりは、何かの困難に仲間と立ち向かう、ってことなんでしょうか。
これは文化祭でなんかをみんなで協力して作る、とかってことと同じような感覚で肝試しを考えていると言うことでしょうかね。
ちょっとその辺の仲間感をお手軽にやれるんじゃないか、みたいな感じもしなくもないが、まあそういう。

しかしまあ、そもそも今の時代は暗闇、ってのがあまりないですからね。
暗闇を歩く、ということ自体が、「自然を全身で感じる」みたいなことなのかもしれないな、とか思いますね。
自然に対して畏敬の念を持つというか。
圧倒的な自然の力、暗闇のチカラ、みたいなモノを認識するいい機会とは言えるかもしれません。
人が勝手に自然破壊をするなどということを、もしかしたらやめよう、と思う子に育つかもしれない。
これはまあ、前後で先生が何を言うかにかなりかかってきてる気がしますが。

あとはまあ、やっぱ恐怖心ですよね。
全身で感じる恐怖心、というのを体験させたい、みたいな。
それはあるかもしれないな。


肝試しじゃないけど、いわゆる「なまはげ」みたいな風習もあちこちにあるじゃないですか。
いわゆる、ものすごい怖い鬼とかが襲ってくる、みたいな。
でもまあ、親は最終的に守ってくれるし、周りの大人もその鬼を恐れない、というか。
ま、茶番ではあるけれど、どっか親や大人の偉大さ、というのを感じられるイベントなのかもしれない。

怖い状況を作り出すってのは、まあ安易と言えば安易ですね。
大人が何かを子どもに伝えたいとして、まあ安易かとは思います。
でもまあ、怖い、ってのはエンターテインメントとしては、人の心を動かしやすいともいえまして。
そういう手法を取ることはまあ、あるわな、と思ったり。

そういえば、ウチでみんなで旅行した時も、けっこう昔は肝試しをやってました。
昼間のウチに下見をして、みんなで行くんですが。
ま、あまり何かを伝えたいとか意味はなかったんですが、そういうのをやってました。

その下見で、宿のご主人にいい場所はないかと聞いて、その昼間にそのご主人さんと下見に行ったんだけど、「ここがいいよ」なんて紹介された場所に着いたら、そのご主人はその神社には足を踏み入れない、ということがあって。
「あ、いいのいいの、俺はイイから」とかいって、俺だけを下見に行かせようとするという。
むしろ、それが怖かったわ…。










(BGM:山下達郎「THE WAR SONG」from「POCKET MUSIC」)
→ま、山下達郎さんには珍しいメッセージソングってことになりますが、そんなにメッセージ詰め込んでるわけでもなく。
そのくらいが彼らしい感じなのかな。

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