プロフィール

スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

@SMChingDongSATO twitter

Calendar 1.1

<
>
- - - - - - -
- - 1 2 3 45
6 7 8 9 10 1112
13 14 15 16 17 1819
20 21 22 23 24 2526
27 28 29 30 - - -

全記事

Designed by 石津 花

カテゴリ

最新記事

最新コメント

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

最新トラックバック

QRコード

QR

たった数日会わなかっただけで「とても大切な人だったんだなー」と実感することがある


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら



加納さんが入院して。

けっこう前から「おなかが痛かった」らしく。
オレが聞いたときには、診察を受けた後で、もう手術しなければならない、って話になってて。

ま、そっからもけっこう時間があったんだけど。

前回のライブでも、彼女は歌っていたけど、まあ痛かったわけ。

なんか知らないけど、井上達含め、みんなに「手術する」って言ったのはまたその後で。
なにを「もったいつけてんの?」って思ったんだけど。

手術間際になったら、アキとさかんに手術予定日以降の見に行くライブの予定とかを入れてたりして。
まあ、先の予定があった方が、なんかがんばれる気はするわな、確かに。
その辺、なんかキュートな話ですけど。

なんでしょうね、つまり何が言いたいかというと、加納さんって、いつも笑ってるわけ。
それと、すげえこう、いちいちお礼を忘れないというか。

なんか見習いたいというか。

よくもまあ、「手術しなきゃならないほど痛い」というのに、笑ってられたもんだ、って思うんだけど。


オレは、もうすぐにギブアップするタイプなので、ちょっと頭が痛かったら、「もうダメ、寝る」となります。


と思っていたら、なんか加納さんからメールがみんなに出てて。
機関紙についてのことなんだけど、入院中がちょうど締め切りとかに重なってて。

「入院でじかんあるからやれると、書き途中のまま入院しやる用意していたのですが、手術をナメていました。痛かったり気持ち悪かったりで、横になってばかりで、出来ませんでした。すみません」

う~む。
なめているのか、それとも、まあ「カラ元気」なのかな。
「大丈夫大丈夫」と自分に言い聞かせる感じだったのかもしれない。


ま、なんにしても無理しないで欲しいわけですけど。

今回のことで、彼女はとにかくキュートで明るくて、なんかすてきな人だな、って改めて思ったところなんですが。


同時に、彼女に任せていることの多いことにもなかなか驚いた。
任せてるというか、なんとなく「彼女の仕事」として暗黙のウチに認識されてること、というか。

たいがい、どっかから誰かが来ると、たとえばにじ屋だったり、取材だったり、いろいろだけど、まあ彼女が世話を焼いてくれることが多い。
なんで、まあその辺は安心していられるというか。

そういうのって、まあ、普段のことに大きくのっかかってくることだし、こと俺なんかはもっとも得意としない分野なので、そこを安定感のある彼女がやってくれるというのはありがたいことなんだなあ、と。

普段はそんなことあまり思わないというか、ありがたさもよくわかってないという体たらくなわけですな。


ウチみたいな団体の中で、加納さんのような車いすに乗って普段表に出て活躍してる人、というと、すごく「できる人」「頭の切れる人」ってのをイメージするかと思われますが、たぶん、加納さんはそういうタイプの人ではない。
人を二種類に分けるとすると、たぶん彼女は「できない人」だと思う。

でもま、だからこそ、人柄に引き寄せられる人も多いのかもしれない。


そんな彼女が普段主に書いているのが「虹魂的障害者自立生活」(https://www.facebook.com/nijirockteki)というフェイスブックでありまして、なかなかこちらもキュートなんで、ぜひあなたのネット巡回リストに入れていただけると幸いです。
ウチのいろいろなイベント的なこととかも告知されてたりするし。





(BGM:佐藤竹善「カーニバル」from「シンクロナイズド・ロッカーズ」)
→よく知らないんだよね、この人。
売れてるみたいだけど。
ま、ステキなミュージックだよね。
スポンサーサイト

ゼッタイに跳び箱は跳ばない方がイイですね

スーパー猛毒ちんどんでは、出演依頼を待っています!
スーパー猛毒ちんどんPV「にじ屋の唄」→ここをクリックぅ!!
その他の動画はこちらにもあります → ニジロックテレビ「猛毒チャンネル」 

スーパー猛毒ちんどんフェイスブックはこちら→ https://www.facebook.com/SMChingDong

お知らせ&募集などはこちらをクリック

ツイッターは「@SMChingDongSATO」 まとめは→ http://twilog.org/SMChingDongSATO 




というわけで。

俺は、大学で教育学部だったので、教育実習というのがありました。

このときに担当してくれた先生が、もうとてもステキな先生で。

とりあえず朝一番に来てる。
そして、机の上がものすごく汚い。
汚いが、当の先生は、「どこに何があるかわかってるからさあ」と、校長先生とかにやんわり「今日、教育委員会の方が来ますから」とか指摘されてもどこ吹く風。
で、帰りはみんな帰ったあとまでまあ俺が「指導案」とかを書いているので、一緒に残っててくれるんだけど、もう7時とか8時とかになっちゃって。
すると、職員室の机を見回して、カバンが残ってる先生の数を数えて、とりあえずうどんとか出前を頼んじゃう。
住み込みの用務員の方も呼んで、で、出前が届くと校内放送で「お残りの先生方、職員室にお集まりください」とかやるんだわ。
すると、もう、みなさんは「いつものことだ」みたいな感じで集まってきて、そこからなんか夕飯が始まるの。

ああだこうだ、いろいろな話をしながら、その先生を中心にご飯を食べる。
で、「もう遅いからこのくらいにしましょうや」ってみんな帰るんだけど。

まあ、こういうのを「同調圧力」って言う人もいると思うんです。
だから、画一的に「イイ先生だ」というのは、あまりよくはないと思うんです。
でも、俺は「好きな先生」だった。
そして、そこに集まっていた先生方も、その俺の担当の先生のことは好きだったように見えました。

というか、あまり強要はしないんだよ、この先生。
圧力、というより、いたずら半分、みたいな感じというか。
いつも笑ってて、なんか恐い顔はあまり見たことがなかった。

イイかどうかは別として、でも、その空気感を作り出す、その先生の明るさ、おおらかさ、というのが俺は好きだったし、こういうのが、まず教育現場には必要だろうな、と思ったりもしました。

おかげで、もう、ものすごく勉強になった教育実習でした。

今も、この先生に教えられたコトって生きています。
先生にはならなかったけど、でも、生きてる。


俺は小学二年生の担任だったんだけど、その先生が言うには、「とにかくワーワー言ってくると思うけど、話を聞いてやればいいから」というんです。
「休み時間になると、何人も何人もいっぺんに来るからね。そういうときは、とりあえず聞いてる振りをして、その話してる子のどっかを触ってやれば、聞いてもらってる、って子どもは思うから」という。
つまり、「一人は膝の上に座らせて、一人のアタマをなでて、一人の手を握ってやって、もう一人の目を見てやればいい」ということなんですけど。

まあ、小学2年生ですから、そんな感じです。

そのクラスでは、とにかく「宿題をやってきたかー」と先生が聞くと、「おれやった!」とかって、すごく手が上がる。
で、そのうち、「俺は30分でやった!」とか言い出す。
でも、二年生ですから、なんかそれがエスカレートするんです。
「俺、10分!」とか、「俺、5分!」とか、もうその辺はウソなんだろうけど、でも先生はニコニコ聞いてるわけ。
そのうち、「俺なんか、昨日、お母さんが遅く帰ってきたんだぞ!」とか、もう宿題とは関係ない話になったりするんだけど、もう俺なんかは爆笑しちゃったんだけど、でも、先生は「いつものこと」みたいに笑って聞いてる。
「はいはい」とか言っちゃって。

なかなかね、そういうの、いいなあ、と思って。


で、跳び箱の授業があって。
しかし、俺は跳び箱が苦手。
というより、そもそも体育が苦手なんだわ、俺。

前日の指導案の段階で、その話をしたら、先生が言いましたね。
「ゼッタイに、佐藤先生は(と担当の先生は呼んでくれる)飛んじゃダメ。見本とかはやらないでやりましょう。もし、佐藤先生が失敗したら、もう子どもは恐くなっちゃうから」
「だいたいね、子どもは飛ばせてれば、一人は必ず教えたい形で飛ぶから。その子を見本にして、「それすごい!いいねえ」とか言って、みんなの前で見本で飛ばせればいいんだよ。その子も嬉しいし、他の子も、見本になりたいと思って必死になるからさ」

そうかあ、と思いましたね。
これは、ものすごく目から鱗でした。

きっと、俺の担当した子たちは、俺が跳び箱を跳べないとは今も思ってないだろう。
そんな感じで、授業はきちんと進んだわけで。

で、その先生がスゴイのは、「多分ね、跳び箱、初めてだけど、自由に飛ばせたら、○○君と、○○ちゃんが、開脚キレイに飛ぶと思うよ。それから、□□君は、多分、閉脚で飛ぶな」という推理が、とにかくことごとく当たるんだ。


ま、ホント、俺は先生に恵まれたな、と思います。




10月9日(金)四谷アウトブレイク「キンミヤナイト」に向けて、練習開始!コバはいつも振付が小さくて弱弱しい。もったいないぞ!コバ。そういえばカブキは初練習だったんだなー。練習が終わって「家に帰る?」ってカブキに聞いたら「帰らない。ここにいる」だって。そりゃそうなるよね。加納

Posted by 虹魂的障害者自立生活 on 2015年9月14日


さてさて、10月9日の四ッ谷アウトブレイクに向けて「スーパー猛毒ちんどん」リハ開始です!前回のセットリストとは全曲入れ替えという暴挙!まあ、カメラを向けるとポーズをとるくらいの余裕はあるようですね・・・きっちんの信号機のようなスティックにもご注目ください!本日Wヘッダーでリハをおこなって頭がこんがらがっているベースのコジマがお送りしました!

Posted by スーパー猛毒ちんどん on 2015年9月13日



(BGM:モップス「消えない想い」from「猫が眠ってる」)
→モップスと言えば、どっか日本のジェファーソンエアプレイン、という感じなワケだけれども、この曲はしっとりと、軽く歌い上げてる感じ。
こういうのも含めて、とにかくモップスは幅が広いし、ロックの面白さが詰まってると思う。

中学の時に非常勤講師の先生がいました

スーパー猛毒ちんどんでは、出演依頼を待っています!
スーパー猛毒ちんどんPV「にじ屋の唄」→ここをクリックぅ!!
その他の動画はこちらにもあります → ニジロックテレビ「猛毒チャンネル」 

スーパー猛毒ちんどんフェイスブックはこちら→ https://www.facebook.com/SMChingDong

お知らせ&募集などはこちらをクリック
スーパー猛毒ちんどん単独公演は1/12! 

ツイッターは「@SMChingDongSATO」 まとめは→ http://twilog.org/SMChingDongSATO 



とにかくチケット予約してください…もう、あと一週間ちょっとだよ…みんな…。


てなことで。
正月は実家にちょっと戻ったので、来春の引っ越しに備え、昔のアルバムなんかを整理してたりしてますと、いろいろと思い出す事がありますね。


中学の時、非常勤講師の技術の先生がいた。
俺はそれまで、先生の中に、「正社員」と「非正規雇用」のようなモノがあるとは思ってなかったし、いや、そういうこと自体もよく知らなかった。
まあ、子どもだからそんなモンだよな。

そもそも、先生の中での「雇用待遇の違い」ということは生徒にはまあ関係ないわけだよ。
それに、先生でいきなりそんな「私は非常勤講師です」と言う人も初めてだった。


生徒にしてみたら、自分で先生を選べるわけじゃない。
だから、非常勤であるとか、もっと言えば、学生時代の成績とか、そういうのは、言われても困る。
「どっちにしたって、必要なことはきちんと教えてくださいな」ということになる。
つまり、そこは「マッタク生徒には関係ない」のである。

関係ないからこそ、多くの先生はそんなことは言わない。
逆にヘンな色眼鏡で見られるよりも言わない方がいい、と考えるのは当然であろうと思われる。


でも、その先生は、その年の最初の授業で、いきなりこれを言った。

「私は、非常勤講師なので、技術の授業のことは教えますが、それ以上の放課後のことや、君たちのあれやこれやのことは、知りません。それと、授業時間が終わったら、帰ります。」

正直、生徒としては「ぽかん」である。
でもまあ、「そんなもんなのかね」という、ちょっとなにか「聖職」からほど遠い感じを抱きながら、同時に、「大人の世界の話」を聞いたような気がした。

まあ、技術科というのは、当時男子だけが受ける授業。
入試などにはあまり関係ないし、実技も多かったので、どっか「楽しい授業」ではあったので、あまりこう、気にすることもなく、授業を受けていたように記憶しています。

でも、俺としては、なんか違和感があったんです。
つまり、「非常勤講師」というのが、そういう「授業だけには責任を持ちますが、あとは知りません」というものであるなら、「非常勤講師」というのは、教育の現場には似つかわしくないのではないか、と。

やっぱり、先生は生徒のことを第一に考え、生徒に寄り添うモノだ、と俺は思っていました。
いや、今も思ってますけど。
だから、その「授業だけ教えます」的な感じに、すごく違和感がありました。

でも、じゃあその先生がどうなのか?と言われれば、正規の技術科の先生がとても「イヤな先生」だったこと、そして、若かったこと、つまり自分たちと年が近かったこともあったんだろうか、イヤな感じはありませんでした。
なので、当時、その「非常勤講師」というシステムがダメなんだな、と俺は思ったわけです。
まあ、今もそう思ってますが。

まあ、そんな引っかかりを常に感じていたんですけど、でも、その先生。
なんだかんだ、授業が終わっても帰らない。
けっこう生徒と話をしている。
最初の話と、ずいぶん違うんだ。

結局、その先生が言う「非常勤講師だから」ということ、別に言わなかったら、俺はなんの引っかかりもなく、覚えていることもなかったと思う。
つまり、授業として、先生として、その先生にはまったく不満はなく、でもその「私は非常勤講師ですから…」という、最初の言葉だけが、なにかとても印象に残っているという結果に。


さて、今になって思うんです。
なんでその先生はそんなことを言ったんだろうか?
あえて、生徒が「引くような」ことを。

今、派遣労働の問題がクローズアップされてきていて、それでこの話を思い出したんだけど、そうなって、なんか、すごく技術科以上のことを、教えてもらった気がしているのである。
そう考えると、なおさら、その先生の先見の明に驚かされたりしている今日この頃。

やっぱ、生徒を前にして、非常勤と常勤と、同じことをしてるわけでしょ。
にもかかわらず、方や年間契約だったり、給料も安かったり。
あんなイイ先生だったのに、なんか許せない話だよな、という。

なんか、俺はその先生に教えてもらって、よかったな、と思っています。





(BGM:G.B.H.「Time Bomb」from「The Best of The Rest of Punk Rockers」)
→GBHというと、どっちかというとメタルっぽいサウンドというイメージですね。
でもまあ、今改めて聞くと、かなり単純で、そんなにギターのリフが派手なわけでもなく。

まず、ウンコをキチンと流せ

スーパー猛毒ちんどんでは、出演依頼を待っています!
スーパー猛毒ちんどんPV「にじ屋の唄」→ここをクリックぅ!!
その他の動画はこちらにもあります → ニジロックテレビ「猛毒チャンネル」 

スーパー猛毒ちんどんフェイスブックはこちら→ https://www.facebook.com/SMChingDong

お知らせ&募集などはこちらをクリック
ツイッターは「@SMChingDongSATO」 まとめは→ http://twilog.org/SMChingDongSATO 



大学時代、教授が、こんな話をしてくれました。


大学のトイレ掃除をやってくれているおばちゃん達に聞いたら、あの人達は、毎年12月31日に解雇されて、また1月1日に採用されてるんだそうだ。
つまり、昇級しないように、ってことだ。
だけど、他に仕事もない。
そのおばちゃん達が言っていた。
冬場は、なかなかウンコが落ちないから、便器に残ったウンコがあったら、したらすぐに拭いてほしい、って。
親の金で大学まで来れて、ココを出たらそこそこ学校の先生とかになって(オレは教育学部だった)、公務員になるんだろう。
そりゃ、昇級もあるだろう。
けど、今、このおばちゃん達が言っている「ウンコをちゃんと流してくれ、拭いてくれ」という言葉をきちんと受け止められなかったら、人間としてダメだ。


今考えると、深い。
当時は、なんだか薄ぼんやりとしかわからなかったが、今はこの話がよくわかる。
イチマル達と暮らしているせいなのか、この「底辺感」というのを、きちんと想像できない人間は、やっぱダメだと思う。

まあ、そもそも、教育学部と言っても、養護学校の先生になるための授業だったから、よけいだ。
障害の種別や特徴なんていうなにやらを机上で勉強して、先生になるための試験に受かることだけが大学の勉強じゃない。
というか、本当は、この「底辺感」というのを理解しない限り、障害児教育なんか成り立たない。


ノブが一般就労していた時に、休みの時間も何も話さなかった、というエピソードも、そして、業績が傾いて一番最初にクビになったということも、社会学的に分析していけば、そりゃ、いろいろと一家言垂れることはできる。
でも、本当は、ノブにとっては、そこじゃない。
「仲間が欲しかった」「喋りたかった」ということって、絶望だよ絶望。
もちろん、この問題を解決していくための社会学的アプローチは重要だし、否定するものではない。
けれども、それだけじゃダメだ、ってことなんだよね。

このおばちゃんの「ウンコはちゃんと流してほしい」という言葉を、きちんと受け止められなければ、いくらその解決への道筋が明確に示されようと、正直、誰もついてなんか行かない。
ついていかない道筋など、それこそ便器のウンコのスジのようなもんだ。
ただの無駄である。


オレは、やっぱり、イチマル達と、男同士なら、エロ話をできなきゃダメだと思ってる。
道徳なんか、勉強なんか、クソ食らえ。
くだらないことで一緒に笑えなきゃダメだし、一緒に遊べなきゃ話にならない。

それは気楽なことである。

それを小難しく、どうこう言い始めるのが、障害者運動をやってる人たちの悪いクセのような気がする。
理屈をつけて、自分がやってることを正当化しなければやってられないのだろうか、とさえ思える。
いいんだよ、正当化しなくても。
正しくなくても。

なんでこんな簡単なコトがわかってもらえないのだろうか。
市丸は、正しい聖人のような人と遊びたいと思ってるか?
んなわけないじゃん。
ってか、人間、そういうもんだろ?


毎日大変だ大変だ、とツイートしている作業所の職員がいるが、もううんざりだ。
大変だったら、やめたらいいんだ。
オレが、その作業所に通う、彼らのいう「利用者」だったら、そんなの読んだ瞬間に、もうそいつのことなんか信用しない。
けど、その「利用者」が、知的障害だから、「どうせ読めないだろう」という判断なんだろうね、そのことがまたオレを怒らせる。

なんで、毎日のステキな出来事を表現できないんだろう。

まあ、大変だ、と言うのは、「労働条件の改善を求めて言っているんだ」というのも、百歩譲ればわからなくはない。
でも、その職員にとっては、そのことが「主たる目的」になっていて、現場がおろそかになっている、ということに、当の本人が気づいていない。
おろそかになっているから、こういう表現をインターネットに載せてしまえるとしかオレには思えない。

その職員は、おそらく、イチマル達が抱える、ノブ達が抱える、決定的な「絶望」を想像しようとしていない。
いや、自分が最も絶望で、何も楽しくないのかもしれない。
だとしたら、その職場が、希望に溢れているはずがない。


オレ達は、やっぱり、きちんとウンコを流さなきゃいけない。
それがわからない人間は、こういうトコロの職員などやってはいけない。




相談など気軽にどうぞ。虹の会HPに連絡先などあります。また、今まで断ってきた講演等も、今後は、受ける準備が自分の中で整いましたので、お話あれば連絡ください。

(BGM:Sonny Rollins「St.Thomas」from「photograph 10」)
→まあ、とにかく名曲なワケです。
この人がオリジナルであります。
ジャズのイイところって、やっぱアレンジによって、ぜんぜん違う曲になるところだと思う。
そういう自由度ってのが高い。
遊びが多いというか。

運命の人に出会うまで繰り返す恋の話

スーパー猛毒ちんどんでは、出演依頼を待っています!
スーパー猛毒ちんどんPV「にじ屋の唄」→ここをクリックぅ!!
その他の動画はこちらにもあります → ニジロックテレビ「猛毒チャンネル」 

スーパー猛毒ちんどんフェイスブックはこちら→ https://www.facebook.com/SMChingDong

お知らせ&募集などはこちらをクリック
ツイッターは「@SMChingDongSATO」 まとめは→ http://twilog.org/SMChingDongSATO 



「ここは退屈迎えに来て」の話を書いて(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-2748.html)、思いだしたことがあった。


急に昔話。

自分は、大学でよく勉強をした方だと思う。
遊んで暮らして、というのは1年の時くらいで、その後はきっと普通の人より多くのモノを学んで卒業したと思う。
でも、どっか、自分をいじめていたような感覚もあったな、と今は思う。

俺は、大学に入ったころ、中学の時に好きだったYさんのことをずっと思っていた。

中学時代、彼女もきっと俺のことが好きだった。
中学に行く道すがら、彼女が使っている駅を徒歩通学の俺は通るのだけれど、毎朝俺たちはそこで会った。
そう、「偶然会って」、一緒に学校へ行っていた。
その時間は、きっと彼女にとっても、もちろん俺にとっても大切な時間だった。

別々の高校に行くことになったけれど、でも、彼女が使う駅は自転車通学、1年の後半からバイク通学になる俺が通る駅でもあった。
だから、時々彼女と会うことがあった。
その時は、中学の時のような、大切な時間がよみがえっていた。

今考えると、俺は、きっとこの時間が好きだったんだと思う。
約束をしてもいないのに、一回たまたま会った時間に、次の日から二人は必ず会うようになった。
このことは、お互いの愛情をあらわしていた。
相手に自分のことが好きなのか?なんてたずねる必要がないことだった。

俺は埼玉の大学に進んで、彼女は高校を出て就職をした。
俺は高校時分からバンドをやっていた。中学の同級生でもあるドラムのヤスユキと一緒に。
ある日、練習の後に飲もうという事になって、その昔、Yと会っていた飲むことになった。
まあ、オレは埼玉に来たとはいえ、ヤスユキにとってはその時分、今だ自分の駅でもある。
大学に入ってまだ数週間しか経っていない頃だ。
ある駅前の飲み屋に入って、俺もヤスユキも仰天した。
そこには、Yがいた。
彼女が就職したけど、戻ってきたとかで、高校の時の仲間と飲んでいたらしい。

もちろん、Yの周りにいる高校時代の友人という人達を俺は知らない。
高校は別だから。
そこには、男女、そうだな、十人くらいいたのかな。
よく覚えていない。
というのも、俺たちが店に入って、彼女たちと違うテーブルに着いたわけだけれど、そこにYはやってきて、俺の隣に座ったから、もう彼女のテーブルのことは関係なかったのだ。
Yは、自分が一緒だった仲間をなんということなく振り切って、オレのトコロに来たことになる。

そこで俺たちは、初めてきちんとお互いのことを話した。
というのも、彼女は遠くの県に就職している。
俺は埼玉の大学、そして、ここは千葉県の駅である。
これからは、もう駅で会うことはおそらく、ない。

その後、俺とYはヤスユキの家に泊まった。
あまりに劇的に出会って、二人は一緒に寝たのだから、その後も劇的に話は進むはずだった。
でも、そうはいかなかった。

翌日、俺は家にもどって、彼女に手紙を書いた。
そして、程なくして彼女からは返事は来た。
メールなどない時代。
お互いの意思疎通は、こんな方法しかなかった。

結局、うまくはいかなかった。
理由はよくわからなかった。
というのも、その彼女の返事を、俺は最初の1行しか読んでいない。
でも、読まなくても、なぜ、彼女が俺の隣に座ったのか、自分の仲間から離れたのか、一緒に泊まったのか、今の俺にはよくわかる。


オレは当時、女癖の悪さが加速していた。
もともとそういうところはあったにせよ、しかし、ひどかった。
よくよく考えたら、そもそも彼女はその先オレとうまくやっていく気はなかったのだ。

Yはあの晩に俺に言った。
「嘘つかないでね。私は初めてでも、佐藤君は違うでしょ?」
そう言われて何も答えられなかったオレは、結局、何もしないで同じ布団に二人で寝たのだった。
…そうなんだよな、結局、自分が悪いのだ。


で、まあ、その後も、なんだかんだ加速していた女癖は、その時に書いたようにナンパ的なコトが不玉砕して折れることで納まっていった。
ってか、歳もあるけど。


なんか、今改めて書いて、なかなかの恋話なんだけど、でも、人というのは、こんなことがあっても、他の人のことを好きになるんだよな。

だからまあ、今、失恋で失意の底にいる方も、安心してください。




相談など気軽にどうぞ。虹の会HPに連絡先などあります。また、今まで断ってきた講演等も、今後は、受ける準備が自分の中で整いましたので、お話あれば連絡ください。

(BGM:TICA「Rock the Casbah」from「this is clash grooves」)
→リズムボックスできましたロックザカスバ。
こういう解釈もあるのか…まあクラッシュももうCMに使われる感じだもんな。

| ホーム |


 BLOG TOP  » NEXT PAGE