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スーパーちんどん・さとう

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「たまたま」ラッキーだった学生時代 その3(ラスト)


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http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5373.htmlの続き


で、まあ今に至るわけだけれど、その飲んでるときに思い出したことがあって。
こっからが本論と言うことになりますけど。

教育実習というのがあるじゃないですか。
小中学校の時は、もうしょっちゅう来るんです。
二ヶ月にいっぺんくらい来る。
しかも、一クラスに3人くらい来る。
だから、もう全然覚えてないですけど。

でも、唯一覚えている中学の時の教生の授業があって。

それは国語の時間だったんだけど、その時にまあ「この時の主人公のきもちを考えましょう」みたいなのってあるじゃないですか。
その時に、まあ先生が指名したのかなんだったのか、まあ数人から出るじゃないですか。

「悲しい気分だったんじゃないかと思います」とか。
「それでも希望を感じていたんじゃないかと思います」とか。
ま、そんな感じだったんだと思うんですよ。
ここは覚えてないけど。

そしたらね、その先生、「そうですね」「きっとそうだったでしょうね」としか言わない。
で、次にいっちゃうの。
で、また「この時、この言葉を聞いて女の子はどう感じていたのかな?」とかそういう感じの。

で、また生徒からいろいろ出る。
で、また「そうですね」と言って、次に行く。
この繰り返しで。

で、二回目くらいで、なんとなくざわついてきたんですよ。
つまり、「先生答えはなんですか?」ということですよね。

先生が聞いたことに関して、いくつかの答えが出た。
けれども、先生は「どれが正解か」を示さない。
そのまま進む。
つまり、これがいい中学のアレかと思うんだけど、ここで、生徒は「正解」を知りたがり始めた。

で、まあある生徒が途中で、「先生、どれが正解なんですか?」みたいなことを聞いたんだ。
そしたら、その教育実習の先生は、「正解とかはないです。本を読んで、それがあなたの感じたことなのだから、それでいいのです」と言ったんだよね。

これ、すごく覚えていて。

つまり、国語のテストだと正解と不正解を出さなきゃいけないけど、それそのものをこの先生は「そうじゃない」「正解などない」と言い放った、という図式。
テスト至上主義のいいところの中学の授業としては、まあ減点なんですよ。
でも、それをそのまま最後までその先生は続けたの。

俺はなんか、その先生が言ってることがすごくわかる気がして。

だって、文学作品だ、まあ教科書に載るくらいだ。
完璧な作品と言っていいでしょう。
それにだって、読む側の気持ちや立場、そういうのが変われば、感じ方も変わるんだ、と。
よくよく考えればごく当たり前のことなのに、俺たちは「テストの正解」ばかりを探してる。
こりゃおかしいよ、と。
文学や芸術に正解などあろうはずもないじゃないか、と。

中学の時にそう思っていた。
だからまあよく覚えているんだけど。
ま、これ以降、俺は国語は嫌いじゃないのに、「国語のテスト」が大嫌いになった。
ウソだと思うようになったから。

実際に自分が教育実習に行くことになってわかるんだけど、あれって、教生が「教案」というのを書いて、いわゆる台本だね、それを担当の先生に見せる。
で、いろいろ直されるわけ。
一回45分の授業だとすると、そのためにもう自分で書いて、直してもらって、また書いて、また直してもらって、って5時間も6時間もかかるんだ。
それを経た授業が、この授業だった、と考えるとね、ま、中学の時は担任が国語だったので(3年間同じクラス。担任も同じ)、担任がこれでOKって言ったんだよな、とも思う。

そもそも「どう感じるか」「どう思ったか」を一つの正解にするようなこと、おかしいじゃん。
多様性が叫ばれる中、まあ当時はそんな言葉はなかったけど、それはどう考えてもおかしい。

だから、なんかね、あの先生はこの「いい中学にいる生徒達」に、何かを伝えたかったんじゃないか?って穿った見方もしてるんだ。
そして、俺はそれに気づいたよ、って伝えたい。
ま、女の先生だってのは覚えてるけど、顔も名前も忘れたけど。

ま、何が言いたいかというと、俺の場合は本当に教師に恵まれていて、「君がどうあっても支えてやる」ってずっと言われてきた気がする。
勉強ができるできない、校則を破る破らないがどうこう、遅刻をするしない、いつもトイレでたむろってる、卓球場の裏でタバコ吸ってたの知ってるぞ、とか、そういうことじゃなくて、とにかく「どうあっても君はいい子だから」って。

これは大学でも同じで、そして教育実習の時の担当の先生もいい人だった(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-251.html)。
ものすごく影響を受けた。
「教育実習は、今各地で行われていて、数千の人がやってると思うけど、君ほど頑張った人はいない」と彼は俺に言った。
いや、それは本当に「ついていこう」「この先生から学びたい」と思ったからなんだけど。
他のクラスの先生から、「○○先生(担当の先生)は、佐藤先生(俺)みたいな人大好きだからね」と言われたけど、マッチもしたんだろうと思う。

全ては偶然で、たまたまなんだけど、今考えれば、その中身の勉強よりも、そうやって「寄り添っていけば子どもはなんとかなるもんだ」ということを教えられた気がして。
俺の中にそれが染みついているというか。

多くの人が、先生との相性もあるんだろう、イヤな先生にあたって学校が嫌いになったり、そもそも大人を信じられなくなったり、そういう状況に陥ってる中、ホントに「たまたま」俺はラッキーだったと思うし、そして、俺は市丸達に対して、そういうひとにならなきゃいけないな、と思っている。

それをまあ、学生時代に学んだかな。
正解は見つからないけど、でも毎日なんとかやっております。






chugei.jpg

(BGM:イルカ「あの頃のぼくは」from「イルカ Best☆Best」)
→イルカさんって、一人称「ぼく」で決まりだよね!
ベスト盤だけれど、やっぱ☆入れたいよね!
という感じです。
イルカさんのラジオ、日曜の朝にやってるので、よく聞いてるんだけど。
この人、ちょっと喋った感じが下品でいい。
いや、上品なんですけどね。
なんかちょうどいい下品。
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「たまたま」ラッキーだった学生時代 その2


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http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5372.htmlのつづき


とはいえ、まあクラスで浮いていたとか、そういうんでもなくて。
いわゆるど真ん中にいました(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-774.html)。
だから、中学の時はうまくは付き合ってはいたんだろうけど、どっか違和感はずっとあって。
というか、どっかみんな俺を持ち上げることが上手だった。
校則が中学の時にあったかどうかは覚えてないけど、まあでも髪が長いとか、髪型が、とか注意はされたような気はするけど、俺は変えなかったし、そういう人だったから、多少はみ出したことをやってもなんかすごく「暖かく見守ってくれる」みたいな感じがあって。
「代わりにやってくれている」みたいな感じだったのかもしれない。

すごい勉強ができた丸山君というのがいたんだけど、丸山君が来ていたセーターがなかなかよかったんで取っちゃって、俺がずっと着てたことがあって。
というか、それは今も取ってあるんだけど。
後から知ったんだけど、どうもそれは丸山君のお母さんが編んだものだったらしく、ああ、申し訳なかったな、と思ったんだけど。
でも、それを知った時、丸山君が「でも、俺のお母さんはすごい佐藤のこと好きだったから。あげればいいよ、って言ったんだよね」って言っていて。

ああ、そうなんだ、と思って。

けっこうだから、なんだろう、目立つ存在ではあっただろうが(実際、卒業アルバムをこの前たまたま見たら、映ってる率がハンパなく高かった。ほとんどが俺の写真と言っても過言ではなかった)、なんか親やクラスメイトから「排除された」という印象はなくて。

でも一方で、そういう「ぬるま湯」みたいな感じもどっか気に入らない年頃。
というか、そこを突き抜けられない自分にも多分腹が立っていたのだと思う。
とはいえ、後輩からとか、バレンタインとか正直すごい数のチョコレートをもらったりしてたし、それに甘んじていた感じもあったり。

で、サッカー部だったんだけど、3年の夏に引退というか、そうなるわけです。
二学期になって、もうなんか今思い出してもよくわからないんだけど、学校行かなくなっちゃったんですよ。
いや、行ってはいたか。
でも、10時頃行く、みたいな。
きっかけがなんだったのか思い出せないんだけど、そういう感じで。

そしたら、まあその時間授業をやってない先生とかいるじゃないですか。
その先生とかが、職員室とかから手を振ってくれたりするんですよ。
いや、授業中の先生とかも窓開けて「お前、今日も遅いじゃないかよ」とか。
それもなんかイヤな感じじゃなくて、う~ん、なんだろう。
ウエルカム感はあったというか、う~ん、とにかくイヤな感じじゃなかった。
だから、学校は嫌いじゃなかったし、いや、好きだった。

今考えると、ま、教師目線になりますけど、「もしかして、あの時の先生達は、大人しく言うことを聞く生徒じゃなくて、言うことを聞かない生徒の方が好きなんじゃないか?」って。
今、まあそう思うんですよね。
例えば、市丸が来たばかりの頃問題ばかり起こしていたりしたけど、なんやかんややっぱそっちに向かうんですよね、俺の姿勢が。
できる子よりは、やっぱそっちが好き?とは違うけど、そこに「俺の仕事がある」という感覚。

俺のクラスの授業をやってない先生とか、学年が違う先生とか、いわゆる接点がない先生もいい感じでいつも「佐藤、今日も遅刻か」とか笑ってくれてたという。
ま、先生に恵まれてました(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-121.html)、って話ではあるんだけど、それは本論ではないのでちょっとアレとして。

いい学校だから、成績はよくなかったです。
160人とかの学年だったんだけど、100番の上に行ったことはなかったと思います。
たいがい、140番くらい。
すごい勉強して、行けるだろ、と思っても120番くらい。
ま、そんな感じ。

だって、まわりは塾に行ったり家庭教師がいたりする家庭だから。
そりゃやっぱ、そうなるよ。
俺は塾とか一切行ってなかったから。

だからまあ、みんなが行く高校には行かなかったんですね。
いや、行けなかった、が正しいか。
いわゆる、ウチの中学からしたら「ランクを下げる」形で、高校に行ったんです。

そしたら、もう世界が変わったの。

一回目の中間テストってのがあるわけだけれど、その時、まあ勉強したんですよ普通に。
で、俺としては160人中の120番くらいの勉強をしたかな、と思っていて。
そしたら、トップだったんだよ。

教師もたまげたと思うよ。
そもそも、なんかどっちかというと、当時の言葉で言うと「ツッパリ」だった子が一位なんだから。

それまで、その中学が世界だと思ってるじゃない。
でも、「違ったんだ」って。
「あの中学の方がおかしかったんだ」って気づいた。

これがなかったら、おそらく今も俺は頑張って勉強して彼らについていこうとしていたかもしれない。
苦しみながら、「落ちこぼれないように」って、必死にしがみついて、落ちていく奴らを「努力が足らない」とか言っていたかもしれない。
いや、言っていたと思う。

でも、そこから解き放たれたときに、俺の世界は一気にバラ色になった。
いや、落ちて本当に楽になったし、そっちの方のみんなが本当に人生を楽しんでいた。
その一員になれた、ってのが俺は嬉しかったな。
高校時代は本当に俺は楽しかったし(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-2719.html)、たぶん俺以上に高校時代を満喫したヤツはいないと思うくらい。


続きます






chugei.jpg

(BGM:The Twist「Pretty Woman」from「Round2」)
→歌詞冒頭の「Pretty Woman」だけ聞くと、あれ?カバーか、と思いますが、まったく別物。
それにしても世良さんの声ってセクシーだよなあ。

「たまたま」ラッキーだった学生時代 その1


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これを書いているのは11月の前半なんですが。
先日、アオテツとアキと飲んでいて、まあいつものアレですけど。
ウチのパソコン&動画配信担当アオテツとはなんか週2会ってるな。
ってか、もうしょっちゅう三人で飲んでる感じか。
早くコロナが終わって、以前のようにもっとたくさんの人とやりたいよ。
ま、それはいいとして。

で、「日本の学校ってのは、みんな横並び、を目指してるだけで、学問への熱意とかそういうのを育ててない」とか、「生きるための某とかを教えてないんじゃないか?」という話になりまして。

ま、そうですよね。
どっか日本の教育ってのは校則よろしく監獄と一緒で、はみ出るモノを許さない雰囲気がある。
でも、どうですかね。
はみ出すからこそ、面白い。
はみ出すからこそノーベル賞、みたいなところもあるわけで。
つまりは、まあ企業側にとって都合のいい人、つまり従順な大人を育てよう、って寸法なんでしょう。

ウチの事務所は大学の前にあるんですが、この時期になると、リクルートスーツっていうの?あの黒い感じの服を着た学生がわんさか涌いてきます。
みんな同じ。
服がこれじゃ、中身も推して知ったりというか、まあ俺には囚人服のように見えます。

ま、聞けばいろいろ理由はあるようで、礼服にもなるし、みたいな。
学生が貧乏にもなってるってことなのかもしれない。
「自分らしい服」「自分を表現するにふさわしい服」を買えない、選べない、みたいなことなのかもしれない。
時代に乗り遅れないくらいの、みんなと同じ感じの服をユニクロで買えばいいか、みたいな感じなのかな。
というか、そういう状況が続けば、そもそも「自分を表現するってなんだっけ?」って感じになっちゃうだろうなあ。

それを面接したところで、なにを基準に選んでるんでしょうね企業って。
まあ、俺は一回も就職らしきことをしたことがないまま今に至っているので、よくわかんないけど。

ま、結局、学校の授業とか、学校での勉強って、「覚える」ことが大事で。
テストに出るから覚えている、ということが第一義。
いや、テストが悪いとか偏差値が悪いと言いたいわけでもないんだけどさ。
だって、「貧乏の子も頑張れば点数取れるシステム」ではあって。
しかし、もう今や大学の授業料も上がって、というか上がりすぎて、貧乏の子はそもそもテストにチャレンジできていないという有様。
これじゃダメだよね。
埋もれているであろう有能な才能を潰しにかかってるとしか思えない。

で、まあ話を戻しますと、今の学校は、考えるとか、追求するとか、いや「もっと知りたい」とかいう気持ちを育ててないよな、という。
一つの答えをいかに早く記憶の中から探し出すか、みたいなゲームになってるというか。

いやいや、冷静に考えたら、答えなんか一つじゃない、ということもあったりするわけだよね。
数学の答えは一つかもしれないが、いやいや、まだ解明されていない数式だってあるわけで。
その答えは喧々諤々学者の人が「ああだこうだ」言ってるんでしょ?
その「ああだこうだ」を出せない人ばっかりになったら、もう世界は何も得られないじゃない。
「えっと、そういうのいいから、早く答え教えてくんないっすか?」みたいなことになっちゃったら、どうにもならんわけですから。

校則もしかりで(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5236.html)、やっぱ、その人がその人らしく生きることを否定するというか。
一つの物差しの中に押し込めて、「君は校則を破った」と罰を与える、みたいな。
囚人じゃん。

というわけで、まあいろいろ思うところは皆さんもあるかとは思います。

いろいろそんで思い出したんですよ。
俺が中学生だった頃とか。

ま、俺は小中といい学校に行っていて。
いわゆる「名門」と言っていいと思うんだけど。
そこで、というか、まあ中学ですね。
すごい違和感があったんですよ。
みんなとにかく「先生の言うことを聞く」んだもん。

当時は校内暴力花盛りの頃で。
校舎の窓ガラス割って、バイクで学校に乗り込む、みたいな。
改造学ランみたいのもずいぶんあって。
隣の中学と接触しようモンなら、必ず一悶着ある、みたいな。

俺は、そういう時代の中で、「なんでこの学校の生徒はなにも疑わないんだろう」と思ってました。
そもそも中学だったけど私服だったし、いい学校であったことは間違いなくて、でも、すごい「時代の傍観者」的な感じもしたんだよね。

「ああいう校内暴力とは俺たちは無縁だ」みたいな。

すごいやな感じでしょ?
飼い慣らされた羊的な。
それにものすごい反発があった。


続きます。






chugei.jpg

(BGM:?「スウィート・レイ・モキハナ」from「ハワイアン Disc1ヴォーカル編」)
→いわゆる、本屋とかでも売ってたりする4枚組とかのボリュームあるヤツの中の一曲。
ま、どうなんですかね、こんなボリュームで千円とかで売ってて、演者の皆さんとかにお金ちゃんと回るんでしょうかね。
回るのかな、どういう仕組みだろうか。

どうか思い悩みませんように


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子育てってのはものすごいたいへんで。
素晴らしいとか、明るい文脈で子育てを語る人もいるかと思うけど、現実で毎日ポジティブに子育てしてる人ってどのくらいいるんだろう。
いや、多いのかな。
俺も周りにだけいないだけなのか。

もちろん子育てっていいことばかりじゃないけれど、いいこともある。
よかったな、と思うこともあるし、子どもに感謝したりすることもある。
ま、それも普段がけっこう大変だからこそ、そう思えるときがある、という感じがする。

いや、まあ自分の体験が全てだと思わない方がいいと思うし、それが当たり前だとも思ってるわけじゃないんだけど。

ま、時代もあるんだと思うんだ。
今の時代、今の時代から推測されるこれからの時代、ということを考えたときに、俺は怖いよ。
上向きだった、少なくとも上に向かう雰囲気でもあればいいけど、今は怖い。
でもまあ、逆に、それでも生まれてくる子どもたちのために、俺たち大人は努力しなきゃいけないと思うけど。

まあ、なんでこんな話かというと、産後鬱、みたいなニュースがあったりして、ちょっと気になったんだけどさ。
もうちょっとなんか、世の中が明るい方に広がっていくことを実感できていたらまた違うんだろうけど、暗い世の中だしね。


先日、娘からお土産があるから、とメールが来て。
じゃあ、どっかで飯でも食べますか、となりましたら、他の子どももみんな集まってきました。
三人の子どもとそのパートナー一人、の四人。

離婚しているので、まあ彼らとしても俺にも会わなきゃだし、元嫁にも会わなきゃ、で大変かとは思うけど、そこはなんかうまくやってくれているらしい。
なにせ、そういう行事が二倍になりますからね。
でもまあ、文句も言わずに付き合ってくれて、ありがたいことです。

俺は兄弟姉妹がいない一人っ子なので、兄弟姉妹の感じ、というのはわからないのですが、ウチはきっと仲がいいと思います。
仲がいいよな、と言うと、「そんなでもないよ」と言うけど、まあそのくらいがちょうどいいのでしょう。


でね、まあこういう機会があると、思い出すんですけど、子育て時代のいろいろ。
今はもう別々に暮らしているし、みんな働いているし、彼氏と同棲とかもしていたりするから、なんだろう、もう別の大人として、ってことにはなるんだけど。
そうじゃなくて、彼らがまだ小さかった頃の話。

今考えれば、楽しかったことなどあっただろうかな?と思う。
忙しくて、毎日なにかしらに追われていて、彼らに「悪いことをしたな」と思うことはたくさんあって。
まあ、後悔ですね。
でも、まああの時はもうたぶん、無理だったんだろうな。
「もっとしてあげられたのに」とは思っても、たぶん無理だったんだと思う。

俺自身があまり子育てに向くタイプじゃなかったんだとも思う。
もっと大らかに育ててやればよかったと思ったりするけれど、後の祭り。
それでもまあ、いい子に育ってくれて、いや、いい大人になってくれて、ありがたいことであります。


人によるとは思うんだけど。
子育ては終わるんだよね。
終わるというか、時間が経てば、子どもはほっといても大人になるから。
だから、大人になることを認めてやれば、子育ては終わるわけだ。
まあ、なかなかそれが上手くいかない親子というのもいるだろうけれど。

時代が暗いから、引きこもったりの心配もあるだろう。
この子は就職できるだろうか、とかの心配もあるだろう。
けれども、それは大人の社会の問題だから、なんとかがんばろう、みんなで。

でね、まあ何を言いたいかというと、育児してると辛いな、と思うことはたくさんあると思うんだけど。
俺も思ったし。
でもまあ、いつか終わるよ。

なんかね、「親は無くとも子は育つ」というか、「いい親」なんかにならなくても、子はまっすぐ育ったりする。
今の世の中、どっか「いい親象」ってのを押しつけられてしまうでしょ。
なんかの雑誌の表紙みたいな、キラキラした家族、だけが「正解」みたいな。

でも、そうでもないんだよな。
キラキラしてなくても大丈夫。
ウチもそうだった。
「休みの日にレジャーに出かけよう」なんてことはほとんどなくて、休みの日はウチのバザーの手伝いに来て、その後の飲み会に子どもも参加してたりしてた。
遊園地よりも、ウチの事務所にいた時間の方がはるかに多かろう。
俺の仲間にもかわいがってもらった。
たくさんの大人に、うちの子たちは育ててもらった感じである。

この飲み会の前、お盆の最中だったか、真ん中の子から「彼も一緒に休みが取れたから、ご飯でもどう?」と言われて、ありがたいな、と思ったんだけど、たまたま市丸の家でみんなで集まって飲もうか、という日だったので、そこに合流してもらうことにした。
そう、こういう風に、みんなの中で君は育ったんだったよな、って思い出して。

今回は、一緒に住んでる彼もそのメンバーになったという感じ。
つまり、仲間が増えた感じ。
ま、なんかよくわからないけど、そもそも俺は、みんなで楽しく、横のつながりもたくさん作って生きていきたい、というか。
その中に、自分の子どももいてくれれば、なお嬉しいな、というか。
たくさんの人に君は愛されて育ってきたんだよ、と伝えたい、というか。

親の愛だけじゃ足らなかったと思う。
愛してやる余裕もなかった。
けれど、多くの仲間が変わって愛してくれて、まあなんとかなったな、というか、ありがとう、というか。


いや、もうなんかうまく言えないけど、つまりはね、子育ては辛いけど、いつか終わる日が来るから。
あまり思い悩みませんように。








(BGM:宗次郎「オールド・ブラック・ジョー」from「世界のうた こころのうた [Disc 2]」)
→改めて聞くと、この曲、「だいじょぶだ」の無言劇のあの曲の原曲じゃないかと思えます。

一番恐ろしい病


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kaijosha.jpg



貧乏だったときというのがありました。
最初の結婚の時ですね。
家を借りる金にも事欠くような感じだった。

で、当時持っていたレコードを売ったんですね。
AAレコード、ADKレコード、テレグラフ、それだけじゃない、まあいろいろな、いわゆる「自主制作盤」。
ソノシートからLPまで。
ディスチャージなんかもあったな。

オレのまあ「宝物」だったんですよ。
金には換えられないような、大事なモノだった。

けどもまあ、仕方なかったんだな。
そんないくらにもならないだろうと思っていたら、やっぱりほら、だいたいが限定盤だから。
なんと28万の値がついた。

ま、それが敷金礼金になったわけだ。
けど、宝物はすべて一枚も手元にはなくなった。

最近になって、もう一度手に入れたいと思うけれど、まあそれはもうかなうまい。
と思っていたら、CDで復刻されたりしているので、それを買ったりしている。

当時、まあインターネットもありませんし、音楽を聴くのはライブに行くしかない。
そして、あとはもちろんメジャー流通なんかしてない音楽ばかりだから、いわゆる彼ら自身が作って通販とかしてる自主制作盤を買うしかない。
新宿のエジソンだとか、下北だったか、五番街だとか、中野にもそういう店があったから、千葉からわざわざエレコードを買いに行った。
新宿ロフトが西口にあった頃、ライブに行く前に寄ったりしたっけ。

音楽にわくわくした、音楽に可能性を見つけた時の、輝く戦利品、みたいな感じ。
オレにとっては、本当に宝物だった。
ジャケットを見るだけで十分に楽しめたし、ライナーがあるモノは隅から隅まで何度も読んだ。
それだけで一日が過ごせたほどだ。

けども、それを売ったんだよね。

あの時の気持ちを思い出すと、それを失う、というそのものことも重大だったけど、それよりも「このまま貧乏なら、もうこれを見て過ごす時間もあるまい」と思っていたと思う。
子どももできていたし、給料は安いし、かといってまあ仕事を辞めるという選択ができるような感じではなかった。
ま、つまりはこの虹の会の仕事、ということだけれど。

どこか自分は「もう楽しいことなどない」と思っていたし、ライブに行くこともないだろう、とも思っていた。
なにせ、そんな金がない。
時間もない。
その時は、今のようにオレと同じ立場の人が増えて一緒に過ごせるようになるとは思ってなかったし、遊び仲間がこんなに増えるとも思ってなかった。

だから、オレはその「証」みたいな感じであのレコードを金にしたんだ。
罪人の入れ墨を入れるような気持ちで、あの宝物を金にした。


ま、何が言いたいかというと、貧乏って、希望が持てなくなることなんだな、って話。
貧乏は金がないってだけの話なんじゃなくて、希望がなくなっちゃう。

その後、まあなんやかんやあって、普通の給料をもらえるようになって、改めてあのレコードたちを愛おしく、取り戻したいと思って復刻版を買っている今は、やっぱりあの頃に比べて希望はある。
飲み仲間も増えて、コロナじゃなければ、まあなんやかんや毎週、いやもっとの頻度で飲みにも行けるようになった。
今はコロナで行けないけど、それでも仲間がいるというのはありがたいことだと思う。

なんか、こう、ある意味ハングリーではないしストイックでもないが、希望はある、感じはする。
希望というか、まあ楽しい。
怠惰な気もするが、まあオレには怠惰くらいがちょうどいい。
それに、仲のいい仲間がいるというのはとりあえず「なんとかなるな」と思わせてくれる。


よく考えたら、当時、宝物を捨てた証、ある意味で「ハングリーでストイック」だと思っていたのは、貧乏故の「希望がない」からだけのことだったと思う。

思えば、人は安易に「貧乏故のストイック」を自分の糧にしてしまったりする。
辛いことを乗り越えることがストイックだとして、それはいいんだけど、今になって思えば、貧乏という辛さを乗り越えることは、ちょっとストイックとは違う気がする。

だって、貧乏はオレのせいじゃない。
オレはそもそも介助者で始まったワケだけれど(形式上は今もそう)、そもそも介護職が、保育士がなぜ給料が低いのか。
このコロナの中でもリモートなんかできない、密を避けることもできない、そんな仕事を必死にやってる人たちの給料がなぜ低いのか。
いや、医療機関で最後の最後を守ってくれた人たちの賞与まで削られてるというじゃないか。
それで貧乏になるなんて、そんな社会、馬鹿げてる。


逆に言えば、貧乏ほど恐ろしい病はないと思う。





車募集

(BGM:The Emotions「Best Of My Love」from「Rejoice」)
→モーリスホワイトさんがプロデュースしてるのかこの曲は。
なんか、そう思って聞くと、うん、EW&Fっぽく聞こえてきてしまうが、どっちにしろ、こういう女の子三人組、みたいなグループ、オレはなんかスキ。

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