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スーパーちんどん・さとう

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なんなら経営したい


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録りためてあった映画を見たシリーズ。
ネタバレします。


「一度も撃ってません」

家では普通にさえない70代、売れない小説家の石橋蓮司さんが暗殺者だったという設定の映画。
とはいえ、一回も撃ったことがない。
標的の生活習慣などを調べ、ヒットマンに伝える、という仕事をしている。
まあ、暗殺には重要な役割ということになります。
そして、ヒットマンにその様子を聞き、それを自身の小説に活かす、という。
その秘密を知っている友人が岸部一徳さん、桃井かおりさん、という、まあもう日本映画の粋を集めたメンバーであります。

この映画、ハードボイルドを気取る石橋さんがサイコウなんだが、もちろんバーが出てきまして、そのマスターがみちのくプロレスの新崎人生選手。
いや、もういい味出してましてね。
ラストは重要な役までこなしてくる。
昔のヒットマン、けれども腕が震えるようになって引退した、という。
かなりの難しい役どころだと思うけど、そうそうたる役者さんたちの中で無理なくこなしていて、とてもよかった。

というわけで、なんかね、やっぱバーに行きたくなりますよ。
オレはバーというモノに行ったことがないけれど、馴染みのバー、というのを作りたいわ、ホント。
そして、なんならバーを経営したい。
…という気持ちにすらなる一作。


「サイレントヒル リベレーション」

これは前作を見ていましたね(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-2430.html)。
全く覚えてませんけど。
でもまあ、覚えてなくても行ける映画になっています。

これ、異形のクリーチャーのデキがいい。
ゲーム原作ってことらしいので、そういうのもあるのかな。
ホラーというと、暗くてぼんやりしたフリークス、みたいなこともあるわけですが、この映画はハッキリと見せてくる。
それがどれも気分が悪くなるようなデキでひじょうにいい。
とにかくこのクリーチャーを見せたい映画なのだから、クリーチャーが暴れ回る街に行ってお父さんを助け出す、というストーリーは当然というか、まあ、そこはどうでもいいんだよな。
とにかくこのクリーチャーのデキの良さに驚愕してればいい映画であります。

ただまあ、惜しむらくはもうちょっとスピード感が欲しかった。
でもスピードが上がればクリーチャーがハッキリと見えなくなるからな、まあこのくらいでいいのか。


「マリオネット 私が殺された日」

重い。
冒頭から重い。
これ、昔冒頭だけ見て、「ダメだこりゃ」と思って見るのやめてた一作であった…。
韓国映画らしいといえばそうなのかもしれないが、ちょっとこの直接的な表現はどうにも…。

高校時代にレイプされ、撮影された映像がネットに流出。
その後、名前を変えて教師になった彼女。
彼女の元に再びその映像が送りつけられる。
その後、彼女の受け持ちの生徒がレイプされ画像が流出するかも…、という事態になり、どうも単純に過去を暴こうとするだけの犯罪じゃないな、という感じでストーリーは続きまして。

当時担当した刑事に連絡を取って真相を暴こうとするのだが、この刑事はそもそも当時の事件が記事になった発端というか、自分の不正と取引して雑誌社に情報を流した、という経緯があって。
その拡散させちゃった罪を償いたい、ということで彼は真正直に彼女の力になりたいと奔走するので、まあ彼の登場から安心してみていられる。

ま、ネット社会の落とし穴、みたいなことを描きたいのか、しかしこれだとどうにも「撮られたら負け」みたいな感じがしちゃうな…。
デジタルタトゥーという言葉もあるように、まあ、そりゃそうなんだろうけど、でも、撮られたら負けの社会にはしたくないもんだ…。
とはいえ、ネットのシステムとして、そりゃ無理なんだろう。

なんか、生きづらい世の中になった…。


「千里眼」

水野美紀さん主演。
ま、それだけで見るきっかけになります。

「ミドリの猿」なるテロ組織が米軍のミサイルを乗っ取り日本の原発を狙う!という衝撃の内容ですが、最終的にはもちろん水野美紀さんの活躍で何とかなります。
まあ、テロ組織というか、催眠術で人を操っていたのだな。
そもそもテロ組織というのは、そういう面があって、マインドコントロールとか言われるけど、自爆までやれちゃうというのは、それ以上の宗教上の信念とかそういうのがないと難しいのだろう。
催眠で自爆はやっぱできないよな…。

というわけで、よくできたスジではあるが、同時にちょっとあり得ない感じもありまして。
黒木瞳さんがテロ組織の親玉、というのも早いウチにわかってしまうというのもちょっと残念。

でも、水野美紀さんの活躍が見れたのでそれだけで嬉しい。









(BGM:藤田まこと「夜のララバイ」from「深夜便のうた」)
→「優しいという字を人を憂うと読んでみる」
「偲ぶという字を人を思うと書いてみる」
よくできた歌詞である。
冒頭のこの漢字の歌詞があるが故か、「この世に生きるという言うことは 胸を張るだけ背中が寒い」というような中盤の歌詞が、確かにそうかもしれないな、とスッと思えてしまう。
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勇気づけられる ★ 映画 「ゾンビランド」


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先日、どうしても仕事をする気がなくなり、酒で飲もうとウチのPCとかやってくれてるアオテツを誘い、昼から酒を飲んでおりまして。
まあ、そろそろ外に飲みに行きたかったんだけど、いろいろコロナのことで感染者数を調べたり、PCRの段取りを付けてくれているカズミに相談したら、「もうちょっと様子をみましょう」と言われてしまい、外に飲みに行くこともできず。
まあ、本部事務所・ほんびいで飲むか、ってなって。
その日はほんびいの方で仕事をしてる人もいなかったし、ちょうどいいか、と。
まあ、仕事してる人がいてもけっこう飲んでるけどね。

ま、この感じがいいか悪いかよくわからないのだけれど、なんかもう全部ほうり出したい気持ちになってたんですね。
時にそういう時もありますわ。

きっかけがあるワケでもなく、時にそういうことがある。
その場合、もうオレは大きな声で、というか、みんなにわかるように「もう仕事今日はやめます」って宣言しようと思っていて。
ま、ついでに、もう事務所で飲みますんで、と。

ちょうど、そのあたりで漆黒ことハトミの介助者といろいろ相談事をしてたりもしてて、ちょっと来ない?なんて言ったりして。
それが二三時間後、ってことになって。
そしたら、結果としては、ちょうど介助の時間が中途半端に空いていた森さんも来てくれて、仕事終わりのアキとミズエも合流したりして。
楽しく飲んだりしたんだけど。

そのまあ二三時間ですね。
アオテツと二人。
まあ、彼とだったら何時間でもバカ話をしてられますが、その日はオンデマンドで映画でも見ますか、と。

なによりオカルト、ホラー好きの我々。
見てなかった映画はないか、と思ったところ、「ゾンビランド」を見ましょうか、となりました。
名作の誉れ高い映画ですが、見てなかったんですね、こちら。
2009年の映画だとのこと。

まあ、オレ的には元気ないですからね。
元気になる映画を見たかったわけですが、そのためのチョイスがゾンビ、という。
一定数の人にはわかりにくいかもしれませんが、ゾンビだからこそ元気になれる、とは確信してはいました。
ま、こちらゾンビコメディ。

結果から言うと、サイコウに面白かった。
人類のほとんどがゾンビ化した世界で、主人公の一人はなんとか生き残っていて。
この彼が、元々引きこもりのヲタクって感じの人で。
何をするにもいちいち理屈くさい。
そして、ナレーションというか、心の声が彼によるモノであるからか、この「イイワケを言う感じであれやこれやを判断していく」という感じが、とにかくヲタクっぽくてオモシロい。

一方で、途中で出会った男はとある駄菓子が好きなテンガロンハット。
どこか主役の彼とは正反対。
彼の脳天気さが、いちいち理屈くさい主役との対比となって、歯車が合ってるようで合ってない、合ってないようであってる、みたいな、コメディの基本的な設定をきっちりやってくる。

そしてもちろんヒロインも登場。
しかしこの姉妹、すぐに男二人を騙す。
車を乗って行っちゃったり。
そうやってまあ生き残ってきたんでしょう。
けども、最終的にはとある遊園地でピンチに陥り、彼ら二人に助けられる、という。

いわゆる「人情喜劇」なんですよね。
裏切られても、最後は助ける、みたいな。
で、仲違いもなくなって、最後は力をあわせて行こう、みたいな。
それを「ゾンビが大半となった世界」で展開するという。

きっちり伏線は回収するし、CGも特殊メイクもしっかりしてる。
ゴーストバスターズのビルマーレイはご本人役で出てくるし、コメディとしての完成度は高い。
とにかくずっと笑ってみられましたね。
これまで個人的にゾンビコメディの最高傑作だと思っていた「ロンドンゾンビ紀行」(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-3666.html)を越えましたね、これ。

というわけで、まだまだ見ていない傑作映画ってのがあるんだなあ、という。
世界は広い。
未知の世界が広がっているのである。
そう考えると、なんだか、自分のやってることなんかちっぽけなことなんだし、多少うまくいかなかろうが、別にいいんじゃね?というか。
どうでもいいじゃん、という気になってきたりして。
それ以前に、ゾンビが世界の大半になった場合、もうね、今の自分の「やる気のなさ」なんてのはどうでもいいわけですよ。
そして、別にゾンビがこの世界に登場しないという保証などどこにもないわけで。

別に、まあ毎日仲のいい仲間と酒飲んだりバカ言ったりして楽しく過ごせりゃいいわな。
小難しいことを小難しく考えるのは、もうなんかうんざりですわ。









ブログ用

(BGM:태진아「외로워 마세요」from「'99 태진아 힛트곡 총결산」)
→ムード歌謡といった感じ。
もちろん何を歌っているかわからないが、こういうのはちょっとほっておけないのであった。

お行儀の悪いホラー ★ 映画 「N号棟」


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「N号棟」を見てきました。
あおりによれば、「ホラー映画の新機軸!実話を基にした考察型体験ホラー」ということになる。
実在した、いわゆる2000年に岐阜県富加町で起きた「幽霊団地事件」をベースにしてる、という触れ込みだけれど、その事件そのものを取り上げているわけじゃないので、そこはちょっと煽りすぎって気がしなくもない。
あの幽霊団地の「その後」という感じで、「廃墟になっている」という噂なんだけど、行ってみると住人がいる。
しかし、その住人がどっかズレている。
やたらと馴れ馴れしく、世話好きでお節介な感じ、そして「死は怖くない」とささやいてくる。
世の中の悩みから解放されたような明るさである。
そして時にランチと称して団地の庭でみんなで「得体の知れないもの」を食い、ダンスを踊る。
まあ、新興宗教のそれである。

主人公たち、3人の大学生がそんな住人が待ち構える団地に、廃墟と思ってやってくる。
まさに展開はミッドサマー(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5106.html)の日本版という感じである。
果たして彼らは脱出できるのか?!という風にまあ思いますね。

が、この主役たちがけっこうクズなのね。
なので、見てる側は「無事脱出してくれ!」という気持ちにまったくならない。
というかね、いい人が一人も出てきません。
ちょっっとネジが外れた団地の住民、まあ死をウエルカムと言う部分でもうダメだし、主役の子たちもクズ。
こうなってくると、もうまったく誰にも感情移入できない。

そして、同時に終盤の刺したり刺されたりという部分が結局どうなったのかもわからないし、つまりこれ、全部霊だったの?、そもそも廃墟に誰か住んでるっておかしいじゃん、とか、まあ物語が破綻。
いや、ホラーなので破綻してもいいと思うんですよ。
怖いことを最優先にして行けば、どっか物語は破綻する。
破綻すること自体がホラーなのだから、それはいい。
むしろ、最近こういうホラーが少なかったので、オレはちょっと気に入ったかな。
アオテツ曰く、「お行儀の悪いホラーを久しぶりに見た」ということになる。
言い得て妙。

つまりですね、これ、「本当は誰かが仕組んでいる新興宗教もどきなのではないか」「途中で食わされる料理にはなんか催眠効果があるモノが入っているのではないか」「急にテレビのスイッチが入るのはトリックではないか」とかの「新興宗教方向」の映画、という観点が一つ。
もう一つは、「新興宗教に見せているけど、本当の霊現象なのではないか」というのがもう一つ。
そして最後に、「本当にただ人の死を恐れる思いがこうした集団心理を生んだのではないか」という見方もできる。

で、たいがい、普通の映画はこの3つのウチの一つが事実だったのである、ということが「なんとなく」でもわかるような作りになっている。
例えば、観点1の新興宗教だった場合、誰かが儲けている、誰かが何かの目的のためにやっている、ということがあれば、「その見方でいいのだな」と思うのだけれど、それもこの映画では提示されない。
なので、「そうなのかもしれないけど、決定的証拠がない」という感じになる。
これは観点2,3でも同じ。
というか、そういう映画を作りたかったのではなかろうか、と思うので、それはそれでいいし、最近のホラーにはない「腑に落ちなさ」がそこにはあって、オレはよかったと思います。

ただ、それを一つ壊してしまっているのが飛び降り自殺をした人の死体を始末してる(恐らく剥製にしようとしていたのではないかと思われる)の存在。
確かに「死体の処理はどうしているのか?」という疑問は見てる側にはわくけれど、それをこういう形で答えを出してしまうのは、ちょっとどうだろう。
「無理矢理命令されていた」という感じもあったりして、そうなると、これは「誰か指示する人がいる」ということになり、観点1に近くなりすぎてしまう。
三つの観点から等距離を保ちたいのであれば、この登場人物は必要なかったかな、と思います。
思いますが、彼がいるからこそ、なんだか余計に謎が深まる、ということもなくもないなあ、とも思うけど。

ま、物語としては3人の中2人は彼らに取り込まれ、主役の子一人がまあ最後まで抵抗するんだけど、この主役の女の子が性格が悪いわけ。
なので、なんとなくどうにも応援する気になれず。
けど、強い。
そんな伏線はなかったと思うが、アクションシーンにおいて強い。
ま、グダグダとアクションシーンを見せられるよりはいいですが、強いだけにどんどんまたこの子に感情移入することができなくなっていくという。

ということで、まあ散々書いているようですけど、基本、ホラーとしてこの映画は怖く作られているし、場面場面できっちりとホラーになっているのです。
なので、「お行儀が悪いけど、面白いホラー作品です」ということで、時間があったら見に行ってもらいたい。

あ、そういえば、カバン出現など、数々のオカルト現象に襲われがちなコバ(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-3339.html)も一緒に見に行ったんだけど。
映画館を出たところで、急に彼の携帯のストラップが切れました。

正直、それが一番怖かった。








ブログ用

(BGM:小玉和文「FEEL LIKE PAINTING」from「1982 / 2002」)
→良質なインストポップ
ゆったりとした歯切れのいいテンポ。
春の日に散歩に出ているような、そんな感じの一作。

無音の世界 ★ 映画 「コーダ あいのうた」


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「コーダ あいのうた」をみてきましたけど。
コーダというのは、CODA、「Children of Deaf Adults=“耳の聴こえない両親に育てられた子ども”」という意味だそうで、不勉強で知りませんでした。

まあ、この「障害者モノ」というジャンルは鬼門で、オレとかにとっては当たり外れがデカい(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5095.html)。
なので、ほとんど見ない。
見てイライラするくらいだったら見ない方がいい。
むしろ危険である。
だから、安全が担保されないと見ないというコトが多い。

が、今回はろう者のコトということで、あまり自分は普段付き合いがないので、そもそも見るハードルは低かった。
さらに、予告編に出てきた出演者の面々がとてもいい感じで、「これは見た方がいいのでなかろうか」「避けない方がいいのではないか」という気がして、見ることにした。

後になってフライヤーなどをよく見てみると、ろう者の父母と兄、それぞれ難聴だったりの役者さんだそうで、いや、これがなんかね、手話がかっこよく見えちゃう。
とかいうと怒られそうだけれど、この兄ちゃんなんか、すごくかっこいいじゃないか。
父母世代とまた違った価値観があるというか。
スマホとかもデカいんだな。
だって、それぞれに筆談のボードを持ってるのと同じなんだから。

さて、物語は、ど田舎の漁港が舞台。
そこで代々漁をして暮らしている一家の物語。
父母と兄はろう者で、娘一人が聴者。
なので、どうしても娘が「通訳」として家族と一体にならざるを得ない状況があって。
まあ、これ、ど田舎、ってのもあるんだと思うけど、そういう感じなのね。
その主人公となる娘が高校を卒業する間際、日本で言えば高校三年生の時の話。

この主人公、抜群に歌の才能があった。
それを音楽の先生が発見する。
で、音大へ進むアドバイスをする。
彼女自身も歌に賭けたい気持ちはある。
けれども、音大は遠い。
実家を離れなければならない。
そうなったら、親はどうする…、という。

まあ、ありがちっちゃあ、ありがち。
途中、漁業組合の中抜きがヒドいということで、流れでこの父兄が中心になって自主漁業組合を結成することになって、まあそれは成功するんだけど、その中でどうしても彼女の「通訳」が必要だったりすることもあって。
じゃなければ、そもそももう廃業の危機、というところまで財政的にも追い詰められてもいて。

でもまあ、みなさんの想像どおり、最後は家族は温かく彼女を送り出すんだな。
ま、単純な話だし、わかりきった結末。
でも、この映画が突出していると思ったのは、この父母や兄を「美化」していないところ。
これはちょっと偏見だけれど、どっか「ど田舎の馬鹿親」そのものなんだ。
ものすごくここがリアルだったし、むしろ逆にこの家族がどんどん好きになっている自分がいる。
だから、「あなたがいないと困る」という気持ちも入ってきちゃうし、同時に「でも家族に縛り付けちゃダメだ」という気持ちも同時に入ってくる。

母親が娘に、「あなたを産んだとき、聴者の子だと聞いてがっかりした」という話をする場面があって。
「ああ、これで子育てに失敗する。だって、耳の聞こえない母親なんか、うまく子育てできるはずがない、ってその時思った」というセリフが続くんだけど。
これね、そうだよね。
世の中は、耳の聞こえない親が子育てをしていると聞けば美談にしたがるかもしれないが、そうじゃないよな。
この「がっかりした」的なことがきっちり普通の会話で出てくるあたり、この家族はきっと大丈夫なんだけど、逆に言えばさ、ものすごい苦労とプレッシャーが親にはあって、それを乗り越えてここまで来たことをこのセリフが伝えてくれるわけだ。
その膨大な絶望と、周囲の目を跳ね返すチカラ、いやいや、そもそも自分の「うまくいかないかもしれない」という思いを跳ね飛ばすチカラ、それをこのセリフに感じて、この親をなお好きになってしまった。
最初は、とんでもないことを娘に強要する親だ、と思ったところもあったが、そうじゃないんだな。
このリアル感は、この映画の一つの軸だと思った。

それと、娘の卒業公演がありまして。
合唱クラスの。
それに多くの生徒が出るから、親もたくさん見に来てて。
もちろん、この母親、兄も見に来るんだけどさ。

いや、聞こえないじゃん。
歌、聞こえないじゃん。
この子は歌の才能がある、って言われてもわかんないじゃん。
そもそも、子どもの才能をわかってあげられない辛さってのだってあるけどさ。
聞こえないんだから。

まわりにあわせて拍手したり、手拍子したりするんだけどさ。
この「なんとなく周りを見る感じ」「なんとなくまわりを気にしてあわせる感じ」ってのがね、もうなんか、なんて言っていいか、どうにもならない感情がわいてきて。
そしたら、音楽、音が一切なくなる演出になるんだ。
無音。
無音の中で、公演は続いている。
まわりの親たちは笑ったり、拍手したりしてる。
それを、見て、なんとなくあわせようとしているこの父母を見てね、いや、そうだよな、って。

単純に、これはろう者にとって普通のコトなんだろうと思う。
でも、それを想像したことがなかった。
この無音の場面は、否応なしに、オレのような、これまでろう者のことを想像もしなかった人にそれを突きつけてくる。
だからって、どうにもならないんだけれど、でも、なんかね、もう、感情がよくわからない。
涙が出るけれど、これがなんの涙かもわからない。

そもそも、子どものためだったら、親は何でもするんだよ。
だから、ウチだけ合唱クラスの卒業公演に行かない、という選択はない。
だから行く。
行くは行くけど、でも聞こえない。
それって、どういうことなのか。
舞台上の子どもに手を振ったりして、がんばって!というエールは送るが、しかし、頑張ったかどうかがわからない。
ステキにうまく歌えたかどうかはわからない…。

しかし、最後まで笑顔。
それは、まわりが笑顔で、娘自身が笑顔だから、「うまくいったんだろう」ということなんだけど、その、なんだろう、何かうまく言えないけど、その感じがもうオレにはなんか心にきた。

結局、この話は娘が主人公であるけれど、オレは親に感情移入してた。
もちろん、「通訳をさせられる娘」という視点もある。
でもオレは親に感情移入してた。

というわけで、この映画は見てほしい一作。
どこかでやっていたら見て下さい。
そして、大画面で見た方がいいです。
この無音の場面の臨場感、無音の圧迫感をぜひ、劇場で感じてもらいたい。









ブログ用

(BGM:?「調弦」from「沖縄の歌・三味線決定版」)
→いろいろと曲?によっての調弦を教えてくれるトラック。
こういうのを「曲じゃないじゃん」と飛ばす人もいるだろうけど、オレはなんか大切にしたくなるのよね。

哲学 ★ 映画 「カモン カモン」


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「カモン カモン」を見てきましたが。
ま、あまりどうですか、強烈に宣伝してる感じではないかな、と思いますが、そうですね、ポップな映画ではないし、わかりやすい映画ではなかったですね。

ジョーカー(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5051.html)役の方が主演しておりますが、もうぜんぜん違う人です。
同じと言われなければわかりません。
役者さんってすごいな、って話なんですけど。

この映画は、言葉でつむいていく映画という感じでしょうか。
哲学ですね、どっか。
子どもへのインタビューを挟みながら(主人公がそういう仕事をしている)進むんだけれど、子ども達がとても哲学をしっかり語ってくるので驚く。
で、スジとしては、主人公が安請け合いをして妹の子どもを預かる、ということなんですね。
その中でいろいろなことに気づいていく、という。
そして前編白黒。
これはおそらく言葉に焦点を当てたかったからなんでしょうか。
それも含めて、どっか文学を読んでいるような気になってきます。

まあ、「子どもを預かることになっていろいろなことに気づいていく」ということですぐに発想するのは、その大人側が子どもに何か気づかされていく、みたいな。
大人に大きなトラウマや悲劇体験があって、今、ちょっとマイナスの人生を歩んでいる、というようなことを想像するでしょ。
まあ、そういう感じかと思ったんだけど。

確かに、この主人公は長く付き合っていたパートナーと別れたりしていたり、お母さんが痴呆のような感じになって、そもそも妹とも上手くいってなかったり、そういう意味で悲劇的体験がないわけじゃない。
けれども、まあ仕事もしっかりやってるし、立ち直っているわけではなかろうが、ハタから見てそれなりに動けている。

妹も仕事と、ちょっと手のかかる息子と、そして精神的な病で静養しなければならない夫と暮らしていて、確かにかなり過酷な状況ではあるモノの、それなりになんとかやってはいる。
爆発しそうな感情を抑える術もわかっているように見える。
この役者さんの演技がまたいいんだけど。
すごくこの「ギリギリ保っている」を演じていて。

その子どもも、確かに理屈っぽいし、どっか普通の子どもじゃないというか。
我が道を行くタイプなのかな、「友達はいない」というセリフもあった。
だけれど、それはそれでまあ、なんとか毎日を過ごしている。

強烈な「悲劇体験」や、「爆発」がない分、とにかくリアル。
そして、安請け合いしながらも、そこで子どもに教えられる、大人に教えられること、そういったことが、またリアル。

なので、まったくエンタメ感はない。
つまりね、エンタメ感ってのは、「わかりやすく悲劇を作る」「わかりやすく落ちぶれる」みたいなことがあって成り立つんだな、と思ったわけですが。
これはどっか「実際にあったことを撮ったでしょ」と言われても、まあそう思えるような感じというか。

ラスト、二人が叫びあう場面がキモなのかな、と思うのですが、それもどこか自然で、特に演出もなく、リアル。
子どもがふとした瞬間にいなくなって探す感じも大仰ではなくリアル。
職場に連れて行かざるを得なくなって、職場の仲間に子どもの面倒をみてもらう感じとかもリアル。

ま、つまりですね、問題となる人がいないんですよ。
お母さんもちゃんとはしてる。
確かに、どこかヒステリックな感じもあるが、しかし子どもに対してそれを見せてはいない感じもある。
子どももそのヒステリックな感じを感じつつも、それなりにやっているし、最後の最後はやっぱりお母さんに会いたくなる。
主人公も、仕事仲間と上手くいってるし、確かに長く付き合ったパートナーの問題はあるんだろうが、それでもその話もまるでちょっと出てくるだけで、フューチャーされない。
お父さんにしても、確かに精神を病んだかもしれないが、それも彼のせいというわけじゃない。
まあ、そのお父さんの療養のことでお母さんが遠くに行く、ということで子守が必要になるわけだったんだけど、それも過去にもあったことらしく、それをうまく息子は咀嚼はできていないが、でもそういうお父さんが嫌いではない。
でも、ちょっと母親と離れることの不安、というか…。
まあ、だから特になんか問題がないというか…。

しかし、そういう「問題がない生活」にこそ問題はあるのかもしれない、という感じもしなくもない。
子どもが繰り出してくる「不安」と背中合わせの「強がり」のような、そういうこともどこかバランスを崩せば大きく崩れていくような感じもした。

が、この主人公と息子の関係が「親友かもしれない」と息子がいうところまで発展した今、なにかあっても、多少のバランスが崩れても、きっとこの人達はうまくやっていけるような、そんな気がした。

「この先、思ったことは起こらない。想像することは起こらない。だから、先へ!カモン!」という様な感じの子どものセリフはなかなかいいな、と思った。
つまり、「想像したことが起こる」のなら、先に行かなくてもいいんだ。
でも、そうじゃないから、俺たちは生き続ける。
先に行く。





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(BGM:Ozawa, Seiji; Kinshi Tsuruta; kastuya Yokoyamai; Saito Kinen Orchestra「November Steps」from「Takemitsu: My Way Of Life」)
→尺八、三味線といった和楽器とオーケストラの融合といった感じか。
こういうのはやっぱ音のレベルが違いすぎるからミックスが難しいだろうなあ、と思ったり思わなかったり。
三味線の弱いは小さい、じゃないしなあ。

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