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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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境界線を越えるな ★ 映画 「モンスターハンター」


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「もんはん」ですか。
聞いたことはありましたね。
モンスターハンター、というゲームらしい。
けっこう売れたというか、人気があるらしい。

俺はゲームをやらないのでよくわからないんだけど、みなさんはどうですか?
もんはんしてますか?

というわけで、モンスターハンターの映画を見てきたわけですけど。
ま、なんで?というご指摘ごもっともなんだけど、時間がね、ちょうどありまして。

別にもんはんやってたわけでも、ゲームに興味があるわけでもないことには変わりない。

とはいえ、どっかミラジョボビッチさんに惹かれる俺はいる。
そもそも、こういう「女性が闘う」という映画は基本好きなんだな。
どうしてかはわからない。
たいがい、もうタンクトップで泥だらけになって闘う、みたいなことかと思いますが、そのラインがなぜか好き。
そう言われれば、どっちかというと背が高いとか、たくましい感じの女性が好きなのかもしれない。
ま、それは性癖的なことだけれど。

というわけで、映画ですが。
もうこれは、ミラジョボビッチさんを見る映画です。
それ以外にまったく見るべき点がない。

いや、もう一点、CGがすごい。
もうそこに恐竜的なモノがいるかの如くです。
完全にどうですか、もういますよね、これ。

昔はどっか「合成っぽい」という感じがあった感は否めない。
しかしもう、完全にいます、そこに。
そして、それとミラジョボビッチさんが闘う、という。

それだけであります。
スジとかそういうのもあるようでないようで、よくわかんないというか、まあゲームやってたらわかるんだろうか。

後から出てきた人たちは何だったのか?
その人たちと最初の彼は仲間なのかどうなのか、いろんなことについて、まったくわからないままとにかく闘う、という。
相手の弱点もよくわかったようなわかんないような、何をやったら勝てるのかもよくわかったようなわかんないような。
ま、わかんないんですけど。

でもまあ、ミラジョボビッチさんが勝てばいいんじゃないですか。

ま、いいんじゃないですかね、こういう映画も。
もう何も考えなくていいし。

どんなに地面にたたきつけられようが、ミラジョボビッチさんは死なない。
そして、なんと一回心肺も止まっている。
けど、死なない。
生き返る。
多分ですけど、一回お腹のあたりなんか刺さったような感じもありましたけど、でも死なない。
こうなってくると、誰がモンスターなのか?という問いに対して、ミラジョボビッチさんがモンスター?という感じもしてきます。

感じもしてきますが、でもいいんです。
そういう映画だから。

そもそも、世界観もよくわからないんだけど、たぶんなんだろう、時間を越えているのか、時空を越えているのか、次元を越えているのか?まあ、そのモンスターたちのいる世界に行っちゃう、という。
そしてなんか、行き来もできそうな感じもある。
そのとっかかりはどうも雷である、ということはわかりました。

ま、そもそも時間も時空も次元も意味わかんないですけどね。
どう違うか?と問われれば、まったくわかりません。
でも、わからなくていいんです。
ミラジョボビッチさんが勝てばいいんだから。

というような話をしてたら、アキが「でも、それで死なない、ってのは、ゲームの話だからさ。現実には死ぬからさ、なんかゲームに熱中するあまりその辺がわからなくなる人が増えるんじゃないかと思うと怖いよね」と言っていて。
そうだよなあ、と。

いわゆる、マリオが流行した時もそうだけど、「リセットしたかった」とかさ、「ライフがなくなる」とか、命について、人生について、なんだか「ゲームだったらいいのに」と思ってるだけならいいけど、なんかその境界線があやふやになったら、そりゃダメだよね。

超人に憧れる気持ちは誰にもあるけれど、それは超人だからできるんであって、「ドント・トライ・ディス・アット・ホーム」なわけです。
プロレスとかでも同じだけれど、アレは鍛えてるからできるんであって、それを極限の「肉体芸」として我々は見てるわけで、そこのところの境界線を越えちゃいけない。






(BGM:元ちとせ「詠みびと知らず」from「ハナダイロ」)
→この「母音を残しながら歌う」という感じがこの人、よくある気がするけど気のせいなのだろうか。
そんなに聞いたことないけど、聞いたいくつかはそういう感じというか。
どっかジャパンルーツの歌い方のような感じがするし。
なんかちょっと調べたら、奄美の出身の方なんだな。
そう考えると、確かにその感じをしっかりと歌謡曲に残そうとしている感じなのかも。
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都市伝説の先に行くホラー


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録りためてあった映画を見たシリーズ。
ネタバレします。


「キリング・ビューティー あどけない殺人者」

美容サロンを経営する主人公。
上昇志向がありまして、仲間もいる。
独立して始めたばっかりだけれど、夢に溢れている感じ。
この俳優さん、ミラジョボビッチさんに似てるんだけど、ちょっとふくよかで、「いそうな美人」。
いい感じの方なのね、ともかく。

で、その主人公が少女に出会うんだけど。
少女と言っても、二十歳くらいなのかな。
どうやら、LAに恋人を追いかけてきたけれど、すっぽかされた、と。
不憫に思った彼女は少女を家に泊めてやる。

ま、これが不幸の始まりで。
実はこの少女、とんでもないストーカー、しかも自分を愛してくれる人を独占したいがために、人もじゃんじゃん殺しちゃってるような、とんでもない女の子だった!
主人公、この少女に見初められてしまうわけです。

というストーリーなんだけど、かなり冒頭でこの流れはわかってしまうので、なんでしょう、見ててとにかくイライラします。
「なんでこの主人公はそんなに人がいいのだ!」とか。
「なんでそこで疑わないのだ!」とか。
ま、だからこそ話が進むのでしょうがないのだけれど、とにかくイライラします。

少女も主人公もかなり魅力的。
それが救いかな。
それがなかったらちょっと見てられない。


「アス」

ゲットアウト(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4345.html)のジョーダン・ピール監督の作品ということで。
いや、まあ荒唐無稽と言えば荒唐無稽のホラーなんだけど、なんかテーマがあるんだろうなこれ、と思って見すすめていたんですが。

子どもの頃に迷子になって遊園地の「ミラーハウス」に迷い込んだ主人公。
そこでまあ、「向こうの世界」の自分出会い、ラストでわかるんだけど入れ替わってる、ということなんだな、これ。
どうもその「向こうの世界」とは、作られた世界で、クローン人間の牧場のような。
その向こうの世界、地下で暮らすその人たちが地上に出て逆襲に転じる、というのがこの映画。

そのクローンたちは「私はアメリカ人」と言っていて、その辺がこの映画のキモかな、と思うんだけど。
いわゆるもう底辺は底辺、ということで固定化された感じの社会の中で、「地下にいる」つまり底辺の人たちの逆襲、と取れなくもない。
確かに、生まれ落ちた場所が貧困な家庭だったらのし上がれない、という状況の中、そこではそこでしか通用しないルールがあって、言葉があって、と考えると確かにこの状況は今の地上の世界だよなあ…、とか思わずにはおれない。

といって、まあ小難しい社会派の映画というわけではなく、多少ご都合主義が多いとは言え、ちゃんと怖いホラー映画という感じになっています。
スカッとする場面もあり、そもそも最初その地下の人たち、まあ自分の家族と同じ顔なんだけど、その「地下の家族」が、家をのぞいてるというか、家の入り口にいる場面とか、いや、それだけでなかなか怖い。

ま、ただ、ラストの「実はミラーハウスで入れ替わっていた」というのはけっこう最初の方でわかってしまうので、あまりラストとしてサプライズにはならなかった感じかな。
だって、主人公のクローンだけ喋れるってのもね、まあそれを示唆していて。
そこがちょっと残念と言えば残念だけど、面白いですよこれ。


「ザ・ボーイ 人形少年の館」

これ、実話系怪談の世界ではトラディショナルなネタというか、もう都市伝説と化している部分もあるんですが。

実話系怪談の方では、家庭教師、ここではイギリスらしくベビーシッターということになるんだけど、子どもの面倒を見て欲しい、と言われるのだが、その子どもというのが人形、という。
しかも、その依頼している両親は人形だと思ってない感じ、という。
だからなんとも「突っ込みにくい」という。
この子は引っ込み思案であまり喋らないんだけど…、とかそういうことを言い出す、みたいな。
で、仕方なく引き受ける、というのがスジなんだけど。

で、これその人形がいろいろ悪さをするっていうか、悪霊が取り憑いているとか、まあその両親、老夫婦の亡くした子どもの霊が…、という風に誰もが考えるとは思うんだけど、この映画、その先を行ってました。
ま、どっかで見たパターンではあるんだけど、実はその息子さん、生きていた…。
家の中が改装してあって、壁の裏っかわに部屋とかができてて、表に出ないところでずっと暮らしていたのである…。
人形はつまりダミー。
人形がしでかしたと思われる霊現象みたいなモノは、実は彼がやっていたのである!
老夫婦は、彼がしでかす某かを霊のせいにして、その彼を匿おうとしていたのである!
じゃーん!

ま、なんでそんな風に座敷牢風になったかというと、それにもちゃんと理由があって、どうも子どもの頃、同じ年代?の女の子を殺してるんだな。
で、家を焼いて、息子は死んだことにした、ってことですね、これ。
で、こっそり育てていた、という。
そもそもがなんか、この子の殺人鬼要素を老夫婦が感じ取ってそうしたのだろう、と推測。
そこまで切羽詰まっていたなら殺すべきじゃないかとも思うが、親としては殺せなかった、という感じか。

ホラーとしては密室ホラー。
登場人物もベビーシッターの女性と配達の青年、ベビーシッターの元旦那、そして老夫婦である両親くらいで、両親は冒頭で旅行に出ちゃうので、というか死を覚悟した旅行なんだけど。
ま、閉塞感がすごくて、正直ちょっと見てて怖いです。
俺ならもう翌日に出て行きます。







(BGM:The Percy Faith Orchestra「Malaguena」from「Latin Music」)
→なんかね、ビクトロンなるエレクトーンのビクター版を習っていたこともあるのか、ラテン音楽はけっこう近かったような気がします。
子供用楽譜にしやすかったのかな。
この曲はキャッチーじゃないので子どもが弾くには難しいだろうけど、キャッチーなモノも多いしね。

寓話の世界 ★ 映画 「ビバリウム」


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「ビバリウム」という映画を見てきたわけですが。

う~む。
なんと書いていいやら。

とある恋人同士が家を探している、と。
そしてその二人はとてもなんかいい感じの二人なのである。
好感が持てるというか。
で、なんとなく入った不動産屋で、とにかくなんかヘンテコな社員なんだけど。
その社員が家を見に行くように盛んに進める。
まあ、あまりその家に対して乗り気ではないのだが、盛んに進められるモノだから、まあ見るだけでもいいか、と不動産屋と見に行く。
そして…。

という物語。
これ、そもそも同じ建物がずっと続いているし、しかも延々と。
なんか最初からヘンなのよね。
人もいないし、車も通り過ぎない。

そんな中で「9番」の家を進められる。
中にはいったはいいけど、いつのまにか不動産屋がいない…。
なんだよ、なにこれ?と思いながら、まあ彼らもそこから出ようと車に乗り込む。
しかし、行けども行けども出口がなく、延々と同じ家並みが続く。
そして、気づけば「9番」の家の前…。
もう、完全にヘンテコな童話の世界に放り込まれております。

気づくと家の前に段ボールが置かれており、そこには生活に必要な食料なんかが入ってる。
コレを持ってきてるヤツがいるはずだ、と張ってるんだけど、会うことはない。
もう気づくとある。

で、とある日に段ボールを開けると子ども!。
育ててくれたら解放する、みたいな、そんな感じのことも書いてある。

で、まあしょうがないから育てるわけだけど、もう90日くらいで5歳くらいになってるんだわ。
もうおかしいわけ。
で、とにかくこの少年時代の彼が演技がまあいい。
一つズレているというか、そういう感じがテンポよく展開する。
で、その子は大人になって…。

とまあ、そんな映画であります。

これ、まあ「どういうこと?」って「?」がずっとつきまとうんですよ。
そりゃそうです。
段ボールが置かれているということは、「誰かが仕組んでいる」ってことですから。
それが誰なのか、ってのもわからない。
まったく出てこない。
多少なりともその存在を見せてくれれば、匂わせてくれればいいんだけど、まったくないのよ…。

ま、最後ね、ちょっとだけ謎解きに近い感じのことはあります。
あるにはあるんだけど、う~む、弱いと言わざるを得ない。

結局は、宇宙人的なことなんだろうな。
本が出てくるんだけど、それがなんかどう見ても地球上の文字じゃなかったから。
いや、だとして、宇宙人だとして、もう何をやってるかわからない。
その宇宙人の目的がよくわからないわけです。

だって、「育てる」ったって、そんなに情操教育みたいなコトをしているわけじゃないんですよ。
そりゃそうだよ、90日で5歳になっちゃう、しかもなんか二人の会話を完璧に再現しちゃう、みたいな、ワケのわからない子どもなんだから。
最後の最後で、感情移入ができない。
子どもだからといって、まあ赤ん坊の時はいいにしても、「こりゃなんか変だぞ」となる。
むしろなんか、この子は一人で大きくなった感じしかしない。
だから、「育てたら」っていうのもなんか前提がよくわからない。

しかしね、ここでタイトルですよ。
ビバリウム。
調べてみるとこんなことが書いてあります。
「ビバリウムとは元々「生き物の住む環境を再現した空間」を意味していましたが、現在は爬虫類や両生類の棲む環境を再選したケージのことをビバリウムと呼ぶことがほとんどのようです」

つまり、この爬虫類を人間、それを作る側が人間だとすれば、爬虫類の方からすると、もう「何が行われているかわからない」わけです。
人間が「こうしよう」と思って何かを作ったとして、それが爬虫類に理解できるはずもない。
しかも、まあ爬虫類を人間の視点でかわいがってはいるかもしれないが、それが必ずしも爬虫類のためになってるとは限らない。

この映画も、結局、宇宙人だとして、その宇宙人の目的など、そもそもわからないわけですね。
そして、わからないまま終わる。
そして、また件の不動産屋には新しい客が来る、と。

いやあ、そう考えると怖いんですけど、宇宙人サイドのことがまったく出てこないので、というか、まあその子どもは手がかりにはなるけれど、手がかりにしかならなくて。
だから、なんかね、こう、胸に何かがつっかえたまま終わります。
そういう意味で、これは「後味の悪い寓話」というか、そういう感じ。

内容的には怖いんだけれど、でも見てる側は(というか主人公の二人もだけれど)「なんで?」「なにこれ?」が先行しちゃうので、怖さよりも謎解きに行っちゃうんだよね、頭が。
けど、きちんと謎解きがされない、という。
怖いも半減ならば、謎解きも中途半端、になってしまい、まあエンタメとしてはちょっとどうか。

アオテツは、コレを見て、子どもを育てる場面で、子育ての云々にも読めるよな、みたいなことを言っていたけれど、まあ、確かにね。
子どもってワケわからないし、急に泣いたりするし、意味わかんないし。
だから急に子どもを授かったりすると、けっこう苦労するよな、みたいな。

まあ、確かにそういう面もありますわ。
子どもはわかってくれない、というか。

いやあ、まあ見終わっていろいろ話すことが山ほど生まれる映画で、まあそういう意味では面白いけど、どうでしょう。
いや、ストレスたまる映画だわ…。










本リターンズ

(BGM:登川誠仁 & 知名定男「油断しるな」from「登川誠仁 & 知名定男」)
→重鎮二人に「油断するな」といわれれば、もう油断してる場合じゃありません。
人生は短いし、なんやかんや人生金だし。

辛いことばかりだけど、さしていいこともない ★ 映画 「すばらしき世界」


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「すばらしき世界」を見てきましたが。
役所広司さん扮する元ヤクザが刑期満了で出所してからの物語。

役所さんは、そもそも曲がったことが大嫌い。
道でおじさんに難癖を付ける若者をぶっ飛ばしたりする。
まあ、道理は通ってるが、やり方がそういう風になっちゃう。
だから、結局人生の大半を刑務所で過ごしてきた、という設定。

道理を通すために、いろいろなやり方がある、話し合おう、穏やかにいこう、まあ色々あるかと思うけど、そこをまあすっ飛ばして大声出してぶっ飛ばしちゃうもんだから、「気持ちはわかるが」それは違うよ、という感じではある。
ではあるが、映画としては愛すべきキャラクターとして描かれていて、まあどんどん彼に感情移入するようにできている。

刑期満了で追い出されたはいいが、世間の風は冷たい。
免許の更新ができてなかったから、運転の仕事もできない、とか。
まあ、いろいろあるんだけど、とにかく持病もあるワケ。
血圧が高すぎる。
で、時に発作っぽくもなったりして。
だから、「働きたい」と思っても、なかなかいろいろな壁にぶち当たってしまう。
生活保護を取れば取ったで近所からは白い目で見られ、みたいな。
本人も「働きたいんだ!」「生活保護じゃなく」と奮闘するが、なかなかその壁は高く、越えられない。

でもまあ、やいのやいのあって、働ける場所は見つかるんだな。
そこで、とにかく「怒りを抑えて」働く。
そこで一緒に働く知的障害者をバカにする同僚の言葉に、笑って応えたりもする。
まあ、「いや、そこは怒っていいところだろ」とは思ったけど、でも、怒れないのが今の社会なんだな。
誰が正しくて、誰が間違っているか?正義とは何か、を突きつけられる場面だ。

今の日本はすべからく閉塞感に囲まれてしまっている。
何か声を出そうと思っても、いや、そもそもこの主人公のように頑張ろうと思っても、頑張らせてもくれない。
頑張らせない上に、何か問題を起こしたら、また刑務所に逆戻りだ。
なんだか、「何もさせないけど、何か問題起こしたらまた追い出すから」ってイジメをしてるみたいだ。
「何もさせない」ことがどれだけの苦痛か、よく考えなきゃいけない。

途中、昔の兄弟分のところに行く場面があるんだけど。
「やっぱり、昔の仲間を頼った方が気が楽だ」という主人公の気持ちはよくわかる。
何も聞かれないし、何も恐れられない。
いや、仲間はずれにされない。
それだけで、簡単にヤクザに戻ってしまうんだよね。
でもそれ、世の中にとってはいいことじゃない。
彼らを「結果として」だとしても追い出してしまえば、それはまた反社会勢力となって我々の生きる社会の脅威となる。

その兄弟分の家で呑気に釣りをしていた主人公。
家に帰ってみるとパトカーが家の前に停まっている。
するとその姐さんがいて、「逃げなさい」と。
「シャバは辛いことばかり、でも、それといって楽しいこともない。けれども、我々みたいな稼業の人間に比べて、空は広いっていいますよ」みたいなことを言うんだ。
で、金だね、金を無理矢理渡して、家に近寄ることもさせずに「行きなさい」と。
なんかね、もう「生きなさい」に聞こえたわ。
ここがまあ、この映画の一つのキモだったのだと思います。

というか、この言葉に集約されているのかな。
ラスト、彼は死ぬんだけど、持病でね。
葬式があって、空にカメラがぐんぐんズームしていって、そこでやっとタイトル「すばらしき世界」というのが出る。
まあ、「何がすばらしき世界だよ」って感じではあるんです。
こんな風に主人公を追い詰めることが、本当にすばらしい世界なのか?と。
何を指しているんだろう、この「すばらしき世界」は。

世の中辛いことばかりで、さしていいこともない。
これはまあ本当にそうだよね。
辛いことといいことを天秤にかけたら、そりゃもう辛いことの方が多いなんてのはみんなそうかもしれない。
だから、なんか幸せそうにしている人に文句付けてみたり、SNSとかで粘着してみたり、そんなこともするんだろう。

だから、なんかこの主人公は殺人という罪を犯してしまった経緯はあるけれど、そうじゃない別に刑務所に入ってない我々も同じじゃないか、と。
それをつくづく感じた。
「辛いことばかりだけど、さしていいこともない」
この言葉、すごく重たいし、今こそ、この格差が拡大した世の中だからこそ、そういうことをしかと受け止めて、考えなきゃいけないんだよな、と思ったわけです。

ま、彼を受け入れることのできる懐の深い社会を確かに作っていかなきゃならない。
それがまあひいては刑務所に入ったことがない人間が閉塞感なく生きられる社会なのだから、という、まあそういうことなんだよね…。

まあ、ここまでは普通の感想なんだけど。

ただまあ、ちょっと考えちゃったのは、そうなると、一方で、彼がぶっ飛ばした彼らのことはどうするか?みたいなことも出てきて。
つまりは、「誰でも受け入れる」ということと、彼がぶっ飛ばした奴らを受け入れる、というのも考えなきゃならないわけで。
だからやっぱり、彼はぶっ飛ばすべきではなかったし、大声を出すべきでもなかったんだろう。
でも、かといって、知的障害者を馬鹿にした彼らに追随して笑うのも違う。

まあ、そこだよね、難しいのは。
どっちかの目線に立てばそりゃ、この主人公は社会が受け入れるべきだ、となるけれど、彼が受け入れられない土壌は、彼自身も作っちゃってはいるんだよな、というか。

かといって、彼を聖人として書いてしまったら現実からはかけ離れてしまうし、出所してきた人の辛さ、を表現することができなくなるからね。
映画としては、これは一つのアプローチなんだろうし、これでいいと思うし、正直、何度も泣いたし、役所さんの演技はすごいし、いい映画だと思います。

ただまあ、なんかね、ちょっとその「誰もが受け入れられる社会」と、「この主人公が受け入れられる社会」の間にある「何か」が、あまり描かれてなかったので、腑に落ちなかったかな、という感じはなくもない。
とはいえ、そこまで難しく考える必要はないのかもしれない。
エンターテイメントだし、コレは先にも書いたけど、そのベクトルの中の一つのアプローチなんだろう。

まあ、単純にいい映画だと思います。
役所さんがとにかくすごいし、それにつられたのか、デレビディレクター役の若手の演技もいい。
ぜひ見て欲しい一作であります。





本リターンズ

(BGM:Fiesta Grande Del Peru「チョリタ・デ・パンタロン・ブランコ」from「夜のラテンムードセレクション」)
→「夜のラテンムードセレクション」ということで、まあどうですか。
といって、まあ夜っぽい感じはこの曲からは感じられないですが、チョリタ、のあたりなのかどうなのか。
歌詞がわからないのでもうどうにも、うん。
なんかしっとり言うより、陽気感。

映画の暴動 ★ 映画 「爆裂都市」


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「爆裂都市 バースト・シティ」という映画を見たことがある人と見たことがない人がいると思いますが、まあこれはぜひ見て欲しいと思うんですけど。

1982年の作品。
俺が16歳くらいの頃ですか。
劇場で見ました。

「これは暴動の映画ではない。映画の暴動である。」というキャッチコピーだったんだけど、とにかくこの言葉がぴっちり来る。
暴動の映画ではあるけれど、映画そのものもぶっ飛んでいる。
石井聰亙監督は、この前に「狂い咲きサンダーロード」という名作を撮っているんだけど、それの後日譚というか、そういう感じもある。
狂い咲きサンダーロードも好きな映画なんだけれど、それはどっか映画然としているというか、映画の暴動、とまでは言えない感じなんだけど、これはもう映画がぶっ飛んでいる。
映像、編集、音声、全てにおいて、いわゆる「映画の枠」を越えているように当時は驚愕したものであります。
アバンギャルドであり、パンクであり、というような。

これがYOUTUBEで無料公開されてまして。
27日の21時まで公開されているのでぜひ見て欲しいんですけど。

で、俺は見ました。
当時は、まあなんだかよくスジはよくわからない感じもありました。
映像とかでやられちゃって、あまりそこまで深く見てなかったのかもしれません。

だいたい、俺は映画でもドラマでも二回見る、ってことってあまりないんですよ。
呪怨は見ましたか。
金八2と大草原の小さな家は何度も見てますけど。
そのくらいで。
そもそも俺の中で二度見る、ってのは、「わかんないからもう一回見てわかろう」という感じじゃないんですよね。
一度目でわからなかったら、もうそれは「わからない映画」ということで。
そういうのもありますから。
面白くない映画は面白くない、ということでやいのやいの言ったりする余地があるし、そういう風に「楽しめる」と思っていて。

だから、二回見るというのは、単純に「その世界観にもう一度入りたいから」という感じですね。
つまりは、そのくらい、まあ「自分に影響があった」ということなんですね。
金八2にしても、俺に大きな影響があったテレビドラマなんだけれど、それを何度も見るというのは、改めて自分を構成する何かを「確認したい」という感じなんだろうと自分で思います。

大好き、ではもう足らない。
自分を構成する一部なのである、という感じね。
この映画もそうだったんだな、ということを改めて思いました。

この映画、改めてスジを追ってみると、なんやかんやこれ、「革命」なんですよね。
暴動ではありますが、革命の発端みたいな。
そういうイメージがあります。

とある地区は、スラム化していてそこでは週末にライブやレースが行われ、若者がフラストレーションを爆発させている。
一方で、その地区に住み着く「フリークスたち」もいて。
彼らはまあ彼らなりのルールをもって平和に過ごしていたわけですが、そこに「原発を建てる」ことになって。
そのフリークスたちはかり出され、閉じ込められ、強制労働をさせられる。
そして、フリークスたちは立ち上がり、原発を仕切る連中を追い詰めていく。
同時にライブは警察によって中止に追い込まれ、若者のフラストレーションも爆発寸前。
そこで無理矢理ライブをやったところに警察隊が乱入。
まあライブでスターリンとの対決、みたいなこともあるんだけど、まあ大きなスジにはあまりそこは関係ないんだけど。
で、その地区の住民、若者と警察、原発を誘致したい連中、まあ政治家的な人やヤクザたちも含め、その対決になっていくんですね。
その中で、フリークス側になりますが、町蔵さんとか、バンド側の陣内さん、スターリンとかのキャラ、同時に原発を誘致したい方の泉谷しげるさんや平口広美さんのキャラが立っていて、とにかく暴動に至る感じにぐいぐい引き込まれてしまう。

これ、見た当時はわからなかったけど、「原発」ってところがミソだったんだよな。
何もないところに金を生み出そうとした時に、軽薄な支配層が考えることといったら、まあそりゃ原発か。
スラムを一掃しよう、ってのも、なんか今の西成の状況に似ている気がする。
そういうことを見知りして今、改めて見ると、なんだかなんで俺がこの映画に影響を受けたのかわかった気がした。

大きな力と、無力の個人の闘い。
無力な個人はとにかく束になるしかなくて、若い頃はバンド側のかっこよさや町蔵さんの「キチガイ」演技に惹かれていたところもあったけど、今改めて見たら、麿赤児さん率いるフリークスの人たちにものすごい感情移入してた。

正直、世の中を転覆させるためには、下の下の我々が世の中をぶっ飛ばすためには、この方向しかないのかな、とも思っています。
それもこの映画の影響かもしれない。
「みんな選挙に行きましょう」というのも、まあそりゃそうなんですよ。
だけど、どっか「それだけじゃ変わらなかろ?」という気持ちがあるのも確か。
「今よりもマシ」な連中にまた支配されるだけジャン、みたいな。

これ、まあ、日本のロック界における名曲「セルナンバー8」を産み出したということで、バンドの映画、音楽の映画だとも言えるんだけど、同時に革命の映画であって、ロックとは何か、みたいなことも考えさせられる。
「みんな仲良くロックやろうぜ」なんて「ほのぼのロック」がどっか嫌いなのもこの辺の影響かもしれない。

というわけで、気になった人はぜひ見て下さい。
無料期間、あとちょっとですー。




本リターンズ

(BGM:川中美幸「愛は別離」from「豊後水道」)
→「恋だって 命だって 終わる時が来る」で始まるど演歌。
いや、そりゃそうなんだけど…。
だからって、別れましょうって…。
愛は離別ってそもそも…。

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