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スーパーちんどん・さとう

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コミカルにならないコミカル ★ 映画 「パラサイト」


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「パラサイト・半地下の家族」を見てきましたけど。
ネタバレしちゃうんで、ネタバレがイヤな人は読まない方がイイかも。

半地下の家族、そして高台の家族、これを貧富の差というコトで言えば、半地下の家族の敵は高台の家族そのものなんだけど、それに「パラサイト」して生きる半地下の家族。
しかし、実は半地下どころか、地下に住む男も登場。
地下に落ちれば、いいかげん高台に怒りを燃やしてもいいのかと思うけど、最後までその男は高台の社長に「リスペクト!」を叫ぶ。

この諦念感を諦念とせず、パラサイトしようとする半地下の家族は、コメディではないのだが、どこかコメディに見える。
底抜けに明るいわけでもなく、底抜けに希望を持ってるわけでもなく、しかし、地下で蠢く虫のように、ひたすらに「生きよう」とだけする。

高台の社長一家の家庭教師を頼まれるところから話は始まるが、その後、運転手を解雇させ、お手伝いさんを解雇させ、一家はこの高台の家族に養われることになる。
解雇させるには、いろいろと作を労するのだが、どこかそのやり方も浅い。
浅いけれど、高台の奥様は、そんな彼らの「たくらみ」にはまったく気づかない。
まったくの「お嬢様」なのである。

高台の家族も、半地下の家族に興味もなく、なぜそうした生活が同じ時代、同じ時間、同じ国の中にあるのか、ということになんの疑問も持っていない。
半地下の家族も、パラサイトはするものの、「高台を乗っ取ろう」とはまったく思っていない。
二つの種類の違う「生活」がそこにはあって、互いに侵略しない。
いい具合に利用し合っているだけである。

その上、半地下の家族は、他の半地下の家族(というか地下の家族)を蹴落とすことで成り立っているのだが、そのことにも半地下の家族は興味を示さない。
とにかく、自分が生きることにしか興味がない。
これは高台の家族も同じである。

総じて、ここに出てくる人たちは、全員がバカなのである。
というか、想像力がまったく欠如している。
今を生きるだけ、野良犬のように生きてるだけで、その先などどこにもない。
半地下の家族の父親が「計画なしが計画だ」といってるのがそれを象徴している。

計画してもうまくいくはずがない、ということを積み重ねていく人生をおくるのなら、それは計画を立てること自体をやめてしまう。
計画がないから、明日のことが想像できないから、今、目の前の食事にありつけることだけが重要なことになる。

こうした映画の場合、たいがい、この半地下の家族の中に秀でた頭脳を持つ人がいて、高台を乗っ取ろう、とするんだが、それがこの映画にはない。
だから、この映画は「諦念」なのだと思うが、そもそも計画のない人にとっては、「諦念が存在しない」ということも同時に描いている。
その、野良犬のように今日の飯にありつくために這いずり回る人たちを、この映画はコミカルにも描かない。

そういう意味では、突破もしない、コミカルにもいかない、中途半端な映画ではあると思う。

が、リアルだ。
貧困をリアルに表現した映画と言えば、最近は「万引き家族」ということになるけれど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4495.html)、確かにあれもコミカルでありながらコミカルではない。
突き放せばコミカルな映画に仕上がるのだろうが、作る側が半地下の家族に軸足があるので、コミカルにならないのである。
ただひたすらに「リアル」なのである。

翻って、自分たちの生活も、おそらくはコミカルだ。
政権を盲信し、生活保護受給者を責め、生活保護以下の生活をする者は、この半地下の家族そのものじゃないか。
にもかかわらず、誰も笑わない。
いや、笑えない。
神様がいるとして、俺たちを見ているとしたら、こんなのはコミカルだろう。

そういう意味で、これは韓国の今なのだろうし、いや、日本の今のリアルを、そのまま切り取った映画と言える。

そして迎えるラストの惨殺劇。
これはある意味映画的で、いちおうやっぱヤマ場を作ろうという感じではあるんだけれど。
これはパラサイトが宿主を攻撃する場面なのだが、その理由が「お前は臭い」という、小学生レベルの「イジメ」を発端にしていて、そこには格差の問題、自分が高台を乗っ取らなきゃならない、そうしなければ半地下から抜け出せない、というようなことではまったくない。
このあたりも、格差を象徴している。
半地下の家族は、ただひたすらに、最後までバカなのである。
いや、最後まで、想像力を奪われたままなのである。

さて、臭い、ということを書いたけど、この映画、とにかく最初から最後まで臭いがすごい。
最初の半地下の家の場面から、なんだかすごい臭いがする。
そして、その「臭い」は、人間の臭い、そのものなんだけど、高台の家にはそれはまったくない。
この辺の対比は、どこか見てる側を「半地下の家族」に感情移入させていく。


そんなわけで、俺はこの妹役、パク・ソダムさん、好きだわ。
なんかの映画で見たと思うけど思い出せません。
大雨で下水が逆流する場面、トイレが逆流する中、その上にフタをして座る妹がそこでタバコを吸う場面、なんかすげえかっこよかった。
半地下に肝が据わってる感がすごい。
その場面だけでもなんかこの映画見る価値があるくらいの。







2020もち

koshigaya.jpg

jr.jpg

駅無人化小

駅無人化大

(BGM:駄菓子菓子「テルシゲが斬り刻むRemix – E.Shima Terushige」from「駄喰」)
→こういうの好きだな。
ギターが弾けるのならこういうの一人で作りたい。
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ジョーカーは鏡 ★ 映画 「ジョーカー」


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kaijosha.jpg


ジョーカー。
もう映画界はこの作品の話でもちきりだったし、ネットにあふれる見た人の感想も「見るべきだ」と俺に言っていた。

が、なんだかいろいろうまく予定が合わず見に行けてなかったのよね。
埼玉、このあたりのあちこちのシネコンでもどんどん上映が終了していく。
ああ、見れないのか…。
あとで工藤さんちで見るしかないか…、と思っていたら、なんと正月明けた数日目、最後の最後のシネコンでの上映に滑り込みセーフ。
その日の最後の上映。
もうほんとに最後の最後、予定が詰まってはいたのだが、無理くりいってきた。

いや、よかったよ。
見に行けてよかった。

R15作品。
といって、残虐シーンが続くというわけでもない。
一か所だけ、昔の仲間をぶち殺してしまうシーンくらいか。
それもまあ、今日日ことさらグロいという感じではない。

けども、まあ全編を通してですね、これはまあ子どもに見せない方がいいわ。
恐ろしい映画だよこれ。

俺も映画館を出たときにちょっと踊ろうかと思っちゃったくらい。
よく、やくざ映画を見るとみんなヤクザになって映画館を出るというけど、それと同じ。
ジョーカー見たら、たいがいの人はジョーカーで出ちゃうね。


抑圧されて、抑圧されて、その根本に親からの虐待があったみたいなんだけど、それもある意味金持ちの陰謀みたいなものがからんでいたりして。
同時に、ゴッサムシティでは格差がすごいことになってて、暴動まで起きてしまうくらいの。
結局、ジョーカーは静かに爆発してしまう。
そして、暴動のヒーローに祭り上げられる。

バッドマンにおけるジョーカーの誕生である。
同時に、バッドマンの誕生もちょこっと出てくる感じ。


この映画、とにかくずっと一人称。
普通、もっと他の出演者の背景なんかも描かれるだろうに、そういうの一切なし。
淡々とジョーカーだけを追っていくカメラ。
そして、ジョーカーも感情を大きく爆発させることなく、静かに狂っていく。
その過程は、あまりに過酷で悲しい。

最後はついにちょっとだけ人間とつながっていた皮一枚もはがれてしまい、悪の総統になっていく。
そこは、罪悪感も良心も、愛も、なにもない世界。
彼は、もう罪悪感を感じることもないし、良心に期待して裏切られることもないし、愛を求める必要もなくなった。
ついに、その域に達してしまった彼は、もうジョーカーになるしかなかったのである。

見てる側は、その一人称の描き方の中で、大いにジョーカーに感情移入してしまう。


愛する人がそこにいたはずだったけど、本当はいなかった。
彼の妄想だった。
そんな現実の連続の中で、彼は「急に脈絡なく笑ってしまう」という病気もあったんだけど、どんどん追い詰められていくのである。

追い詰められる、といっても、現実の中に身を置いていれば、の話である。
その現実の中で、追い詰められ追い詰められ、ついに「存在しない自分」になってしまった時、彼はもうすべてから解放されてしまった。

現実を捨てたのだ。
いや、捨てたのではなく、現実に捨てられたのだ。

それは、バッドマンという架空の物語のスタートになる。
そう、彼は架空の物語の中に生まれかわったのである。


これ、俺が30年前に見ていたら、号泣だったな。
いや、もう何度も見たくなっただろう。

あの時は、生活も苦しかったし、周りがみんな敵に見えた。
自分に自信もなかったし、どうしたらいいかもわからなかった。

あんな時にこの映画を見ていたら、もうはまってしまったに違いない。
翌日からきっとピエロマスクをかぶったに違いない。

ま、今見たから大丈夫だったけど、いや、そのくらい、気持ちがやられてしまう映画だった。
弱ってる時に見たらやばいんじゃないか。

というか、何度も見たくなっても、最後の最後の一回を見たんでもう見れませんけど。
いや、俺のように最後の最後のチャンスを逃さないようにと見に来た人もいたろうけど、けっこう思ったより人が入っていたので、もしかしたら「二回目、三回目」という人もいたかもしれない。


人は、妄想をしてしまう時がある。
まあ、妄想はいつでもあるが、それが見えてしまうようになったら終わり、という感じがある。
30年前、やっぱりどうしようもなかった時、当時会いたかった彼女の姿を見たことがある。
決しているはずもない場所で。

普通に立っていた。
けど、その時は、「これは妄想だ」とわかっていたからまだ大丈夫だったんだろうな。
あれを追ってしまっていたら、もしかしたら俺も架空の世界の物語を始めなければならなかったかもしれない。

あの時に、架空の物語に背中を押すようなこの映画がなくてよかったよ。


ま、見た人がほとんどかと思うけど、見てない人がいたらぜひまあ、もうレンタルでいいと思うので見てほしいなあ。
いや、誰もが一度はこんな気持ちにはなったはずで、その時の気持ちをきっと誰も思い出すと思う。
そして、架空の物語に入り込まなくてよかったと胸をなでおろしてほしい。

俺たちとジョーカーは、きっと同じ体験はどこかでしている。
それでも、道を踏み外さなかった自分を褒めよう。
そのラッキーを喜ぼう。

ジョーカーは鏡だ。







2020もち

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駅無人化小

駅無人化大

(BGM:砂塚秀夫「毘沙門天慕情」from「銭ゲバ大行進」)
→このアルバムはなかなかに素晴らしいわけだけれど、まあ何曲かこれまでも紹介したかと思うけど。
これは、タイトルの映画の関係の曲なのかしら。
冒頭の寅さんを引っぱってきての語りがいい。

え?回想シーンメイン?? ★ 映画 「おかえり寅さん」


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寅さんについては、上映されていた時には一切見たことがないし、テレビでも見たことがない。
そもそも「正月映画」「国民的映画」という感じに興味が無かった。
「毎年寅さん見ないと年が明けた気がしない」というような「寅さん帝国」の人たちから見たら、非国民といわれてしまう感じだ。

しかし、たまたまなんだけど、藤井が元旦に死んで、いろいろあった予定が飛んだときに録画してもらっていた第一作を見たのよね。
そしたら、これが面白い。
泣いた。
日本映画の基本パターンが詰まっている。
そして、倍賞千恵子さんのキュートさに度肝を抜かれた。

てなことで、その時、アキ坊といくつか見たわけです。
寅さんって、もっとこう、もっと「まともな人」かと思っていたんだよ。
いい人で、みんなを助けたりするみたいな。

でも、当初の寅さんはただの破天荒じゃん。
ダメ人間じゃん。
メロンが一切れ自分の分ないだけで大騒ぎするじゃん。
子どもじゃん。

なんかまあ、それが結果人を助けたり、より所になったりするんだけど。
つまりは、ダメ人間に一般の人が憧れるなにかが寅さんにはあった、みたいな。
それがだんだんまあ、「いい人イメージ」になっていってしまったというか。

両さんですな。
両さんも最初はとんでもないバイオレンス警官ですからね。
あれがなんかいいイメージになって行ってしまった。
長く続く、日本的○○、となるには、最初のバイオレンスが薄まっていかざるを得ないのだな。
それでいいのか?という気がするわけですが。

最初の設定が薄まっていってしまうし、「ダメ人間も生きていていい」というのなら、寅さんや両さんはもっとダメ人間でなければならないし、嫌われもしなければならない。
「でもちょっとはイイところがある」くらいでちょうどいい感じがする。


という流れの中で、ちょっとした時間が空きまして、「おかえり寅さん」を見たわけです。

いや、これね、もっと寅さんを昔の映像から切り取って、動くのかと思ったんですよ。
つまり、寅さんが帰ってくるくらいのことはやってくれるのか?と思ってた。

けどね、回想シーンで昔の映像使うだけ。
時に寅さんが切り取られて出てはくるけど、特にストーリーにからむこともなく。

というか、ストーリーもあってないようなもんです。
満夫、吉岡秀隆さんですけど、彼が初恋の人、後藤久美子さんと再会する、ってだけ。
物語はそこから動くこともない。
後藤久美子さんの家族の感じ、いわゆる機能不全家族というか、それはなんかすごくリアルで、当時描かれなかった部分が描かれたのかもしれないけど、そこから話は先に進まない。

あちこちで、出演者が「寅さんを思い出す」→「回想シーン」の繰り返し。
確かに画質は格段にアップしてキレイになっていたけど、で?、という感じが否めない。

そもそも、渥美清さんは亡くなったけど、寅さんは死んでないんだよね?。
いつ帰ってくるかわからないはず。
なのに、なんかみんなの感じは死んだ感じになっちゃってる。
待ってるわけでもなく、帰ってくるのを「めんどくさい」って思ってる感じもない。

それが如実に出ちゃったのが冒頭の桑田さんの歌。
あんなに追悼感たっぷり出して歌わなきゃ良かったのにな、と思います。

というか、まあそもそもこれは「追悼のための同窓会なのである」というなら、まあこれでいいのか。


俺としては、池脇千鶴さん扮する編集者と満夫の新しいストーリーにしてほしかった。
後藤久美子さんの絡みはあったとしても、あそこまでやる必要があったかどうか…。
その中で、新メンバーの池脇さんとのロマンスを進展させた方が、「過去を振り返るだけじゃなく今を生きる」「生きなきゃならん」、そのための寅さんの教え、って感じになったんではないだろうか。
これでは中身まで同窓会である。

いや、だから同窓会なら同窓会でイイけど、だったら、タイトルは「おかえり寅さん」ではないはずではないか、という気がする。


ま、寅さんファンでもない俺がこんなにだめ出ししたところで、「お前は何も知らない」と言われてしまう感じがするけれど、日本を代表する映画のラストだというのなら、これはちょっと…。

横尾忠則さんが、この映画に関してとても怒ってるらしい、という話をネットの記事で読んだけれど、回想シーンでつなげる映画に怒っても大人げないですよ、と思った。
でも、その子どもっぽさこそが、どこか寅さんのような気もしたりする。






2020もち

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駅無人化小

駅無人化大

(BGM:ザ・タイガース「緑の丘」from「戦争は知らない」)
→タイガースなんだ、この曲。
これ、なかなかメロディラインがイイと思うのよね。
惜しむらくは、ベースラインがもっとうねってればなあ…。

怖くないパターンが怖い


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録りためてあった映画などを見たシリーズ。
ネタバレします。


「呪怨ノ動画 カルマ」

投稿されてきた動画を紹介します、と。
ま、それはよくあるわけだけど、こういうパターンは正直「つくり」ですよね。
それはわかった上でこっちも見てるわけです。
なんで、「つくり」であっても怖ければいい、面白ければいい、わけです。

そもそも、こうしたモノは、「霊が写っている」というのがウリ、と考えられてるワケです。
しかし、つくりで霊を映す、というのは実はとても難しい。
「どう考えても重ねたでしょ?」とか、「これ、ここに写真おいたでしょ?」「人が隠れてたでしょ?」みたいなことになりがちなんです。
「ホラーなんか怖い!」という人ですら、「なんじゃこりゃ!」と怒り出すこともあるくらいの場合が多い。

ですからね、この「霊を出す」ということをあきらめた方がイイと思うんです。
そもそも、霊が出なきゃ怖くないのか?といわれれば、そんなことはないような気がします。
もう音だけだっていいじゃん、とか。

それと、やっぱ「つくり」とわかってしまう話というのは、というか全部つくりなんでわかるも何もないんだけど、「怖い話」というのはパターンがいくつかあるわけで、それに結局は待ってしまいがちなんですね。

でも、本当に怖いコトって、理不尽なんですよね。
関係ない、どうにもならない、わけがわからない、という感じの。
なんで、「怖い話を作ろうとしない」というのも大事ですよね。
ここ、この人がやられるなあ、という場面でやられない、とか。

いや、もうパラドックスですね。
そういうとんでもないビデオが出るといいのになあ、と思っています。

というわけで、このビデオですが、正直言って、その「霊を出す」にこだわりすぎたか、惜しいです。
中で、霊が出るのではなく、ビデオに映し出されている少年?青年?が、崖の道に手向けられていた花を蹴飛ばして崖に吸い込まれてしまう、というのがあるんだけど、これはなかなかいいんですよね。
霊が出てこなくて。
けど、これも「花を蹴飛ばした」という因縁がハッキリしちゃってて、「話を作ったな」という感じがすげえしてしまう。

ので、もうこういうのはわけわかんないけど吸い込まれた、ということでいいような気がする、というか。


「アンノウンッ」

投稿動画を元にスタッフが取材します、という作品シリーズ。

ま、こういうビデオの場合、造形なんだよなあ、造形。
霊を出す場合、造形ってのが、まあ「霊っぽく」なるんですよね。
般若のような顔とか、恨めしそうな顔をしている、とか、そういう。

で、一作目は確かにもう顔が「キツネ」になっちゃってるんで困った感じなんですが、二作目の話が、一見して普通の女性が写っている、というのがあって、なかなかに好感が持てるんですね。
造形を幽霊っぽくしなかったことが前向きでいい、と評価したい。
しかも、この人が投稿者の前に現れるんですよ。
で、追いかけるんだけどなかなか捕まらない、という。
「人間なんじゃね?」という感じもありまして、しかしこれが怖い。
だって、投稿者はこの女の人が現れるたびになんかしらのトラブルに陥る。
で、取材班がいてもその女は現れる。
追いかけるんだけどすぐに見失ってしまう。

これ、なかなかいいです。
霊の恨めしい造形にこだわらない姿勢。
目撃したスタッフが言う「普通に人だった」というのが、なんかむしろ「恨めしい姿」より霊らしいし怖い。

これは新シリーズだと思うんだけど、なかなかいい滑り出しだと思います。
期待したい。


「闇動画13」

これねえ。
2話目でミイラが押し入れから発見されるのがもうダメです。
んなわけないです。






2020もち

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駅無人化小

駅無人化大

(BGM:いしだあゆみ「あなたならどうする」from「青春 NOTE 歌 BOOK 7)
→いや、この頃の歌はいいよな。
ま、これは男に紙くずのように捨てられた女の歌なワケですが。
「あなたならどうする?泣くの?歩くの?死んじゃうの?」
…死んじゃうの???!!!
ま、なんでしょう、すごいインパクトですよ。
でもな、失恋って人生においてそのくらいのインパクトだからな。
このくらい書かないと、やっぱダメだよな。

動画の入手先が不穏なのがいい


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今日はにじ屋初売り、及びイッテンヨンにじ屋ドーム飲み会です。
にじ屋に集合してください(http://www.nijirock.com/nijinokai/nijiyaevent)。

では、今回は録りためてあって映画などを見たシリーズです。
ネタバレします。


「奴が嘲笑う」

韓国の映画ですが、前に見た「最後まで行く」のイ・ソンギュンさんが主演。
どうですかね、この人の評価ってのはけっこう別れるところかと思いますが。
シリアスもコミカルに見えてしまう、というね。
ただまあ、コミカルやらせたら右に出るモノはいなかろう、くらいの感じはします。
この映画は、どこかコミカルをもっと軽やかに出せればよかったんだろうけど、ちょっと中途半端な…。

まあ、殺人事件という、深刻な事件の弁護人ということなので、しょうがないと言えばしょうがない。
でも、これ実は殺人事件じゃなかった、という。
この辺、ちょっと展開としては苦しいですけど、でもそうじゃないと物語がにっちもさっちも展開しないという。
殺人事件の弁護なんだけど、殺人事件じゃなかった、というところが軸になっているというか。
そして惜しいかな、これ「偽装だろ」「平易な殺人じゃねえだろ…」というのが、中盤にわかってしまうあたりがちょっと残念か。

ヒロイン役でキム・ゴウンさんが出てまして。
「コインロッカーの女(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4664.html)」に出てましたか。
この人いい。
そんなに飛び抜けて美人というわけでもないが、逆に恋愛からは距離を置いている感じのキャラクターが似合う。
コインロッカーでは、ヤクザのコマンドっぽい役で、今回は仕事に熱心な感じの検事役。
どちらもハマっていて、いや、よかった。

で、この人の顔が好みなんだな俺。


「ザ・コア」

まあ、こうした「地球を救う物語」というのはハリウッド映画にありがちなテーマです。

で、救いに行った人がその過程で一人一人死んでいく、みたいな。
アルマゲドンパターン、と俺は呼んでいますが、そういうの。
決死の覚悟で太陽に突っ込むとか、特攻的ですが、このパターンは涙を誘うことになっています。

特攻の是非ってのはまずありますが。
アメリカなんかにしてみたら、日本の終戦時の特攻は「クレイジー」なんでしょうが、それは「負けるのが分かっていて突っ込む」からクレイジーなんであって、「突っ込まなきゃ地球が終わる」という場合は、まあ「突っ込むのが正解」ではあるんだな、というのがよくわかる。
個の命が大事とかそういうことじゃなくて、結局「勝ち負けがはっきりと勝ちの場合は特攻もあり」というね。
そういうことなんだと思います。

しかも、相手は地球なんで。
国とかそういうことじゃなくて。
この場合は突っ込んでOKということなんでしょう。

この映画もその手なんですが、今回は地球のコア、つまり内核に突っ込む、と。
おいおいお~おい、と。

これまで惑星の衝突とか、太陽の異変とかそういうので宇宙に突っ込んでいくという物語はあったものの、今回は地中、という。
おいおいおいお~いと。

まず無理があるだろうに…。
船みたいのに乗っていくけど、マントルとかに耐えられなかろうに…。
まあ、耐えられるという前提で考えました、ということなんだろうけど。

つまりですね、「あまりに荒唐無稽ではないか」という気持ちの方が先に立っちゃって、入り込めないんですよ。
すげえ昔の、SF創世記の映画を見ているような。
2003年の映画だけに、CGもきついですし。
全体的に回顧風SF感がすごい。

というわけで、まあ特にスジはもう同じです。
一緒に船に乗った技術者とか、子どもが書いた絵をもって乗り込んだ原爆担当の男とか、順々に死んでいってしまいます。
しかも勇敢に。
で、実際に内核に到達してみると計算が違っていたことが判明。
それでもなんとか知恵を絞って、動きを止めてしまったコアを動かすことに成功。
地球は救われ、主人公とヒロインが生還。

ま、宇宙に行くのも飽きたしなあ、地中でいいんじゃね、で、いつものパターンでいきましょ、という感じ満載の映画であります。


「心霊闇動画30」

健闘はしてると思うんです。
しようとしてるというか。

投稿されてきた動画を流しっぱなしじゃなくて、投稿者を呼んで話を聞き、というパターン。
といって、スタッフが現地に行く、というところまでは予算の関係で行けなかった感じですが、形はなにか「ただの投稿動画紹介」以上のことをやろうとしているのがわかって好感が持てます。
で、6本の投稿が紹介されていますが、そのうち自らが撮ったのは2本で、残りが何らかの形で手に入れた動画で、例えば他人の遺品整理していて持ってきてしまった、とか、倒産した会社の云々、とか、まあなんだかそもそもあまり「いい形で入手してない」というのもいいと思う。






にじ屋初売り2020白黒ミニ

2020もち

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(BGM:岩淵リリ「サルビアの花」from「時にまかせて SFレーベルカルトコレクション volume 1」)
→早川義夫さんの曲ですね。
サビのコーラスが秀逸であります。
なんだろう、じわっとくる曲。

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