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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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なるべく「説得しない」 その2(ラスト)


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http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4085.htmlのつづき。


で、この彼女がやめる、って話をした時のことになるんだけど、ミツが「バカにされた気がする」って言っていたんです。

で、「どうしてそういう気持ちになったのか?」という感じになったんだけど、それは聞いてもちょっと出てこないよ、ってそれ以上の追求?を止めてもらったんですが。

ま、言われた側からしてみたら、「二度とそういうことにならないように、聞きたい」のは当然で、悪気がないことも充分にわかる。
当然そういう流れになるのもわかる。

けど、やっぱりこれってのは、「なんでいじめられたと思ったの?」という問いと同じで、それを答えられる人はいいけど、答えられない人の方が多いんではないか?というか。
で、まあ、「よくわからないけど、そう思った」って答えが「通用してくれれば」なんの問題もないんだけど、そうじゃない場合、つまり「なんでそう思ったか」を答えられなかったり、答えたとして、それが「答えになっていなかったり」「逆に反論を招いたり」「説得を招いたり」というコトになった場合に、「そもそもそれはイジメじゃない」と認定されるのが怖い。

それは「そう思った」ことを潰してしまう。

もちろん、「誤解」ということはある。
だから、それは簡単に「違う」ということはできるけど、多くの場合、「単純な誤解」というのは、けっこうすぐに判明する、というか、気づくんだけど、そうじゃない場合は、やっぱ「それは誤解だよ」と「説得」が始まってしまうタイプのヤツになるんだよね。


そもそも、健体者のやめると言った彼女と障害者であるミツとの間には、格差がある。
もちろん、障害者でも金持ちはいるから、そういうことではなく、具体的にミツ(やウチの連中)と彼女の間には、少なくとも「機会格差」みたいなことはある。

だって、ミツは「ここに来たからいいけど、他に行っていたら、カブキやオグラのようになっていた」ということはよく言う。
それは、高等部時代の実習なんかからそう思ったらしい。
その後も、まあいろいろなところを見に行って、そして今回オグラを見て、本当に「施設なんかに入ったら大変なことになる」と思っているようだ。


今でも、オグラは、時々年齢がわからなくなる。
というか、どこまでが本気なのかどうなのかがわからないんだが、十歳、とにかくさばを読む感じになる。
いろいろ聞いてみると、「施設に入った歳に生まれた」ということを言う。
その主張が、とにかく変わらない。
時々、そのスイッチが入るのだ。

かなり、精神的な問題、ということになるんだろうけど、そうなると、「違うよ、おまえは●年生まれの▲歳だ」ということが「いや、そうじゃないんですよ、■年生まれなんです」となる。
「施設に入ったすぐあとに生まれたんです」と言う時もある。

少なくとも、そんなことはあり得ないんだが、でも、それが彼の中では「正解」になってしまう。
鬼気迫るといった表情で、「事実」を否定するので、ちょっと怖くなる。


で、コレまで見てきた多くの場合、親戚が施設行きを薦めることが多い、というのもミツはわかっていて、まあそういう事例が多くあったと言うことだけど、親亡き後に、よほど踏ん張らないと大変なことになるな、みたいなことは頭に入ってるらしく。

つまり、彼はクビ皮一枚でつながってる感じというか、もちろん、ココがイヤになったら彼はどっかに行くことを考えるだろうが、コバと同じように、まあ家出をしてまでも、高校を辞めてまでも来たい場所なワケだから、まあ今のところはいいんだろうけど。
でも、選択肢がないんだよね。

細かい選択肢はあるけれど、大きな、つまり「勤め先を変える」とかの選択肢はないんだな。
いや、あるんだけど、現実的に、今はない、と考えるしかない、状況にいる、という。


こうなると、彼女の「辞めたい」ってのは、ミツにとってみると、ちょっとやっぱり「カチン」ときたのかもしれない。

もちろん、彼女は、ここでの生活を「イヤだ」とか思っていたわけじゃない。
すごく悩んだ結果として、新しい挑戦をする、と決めたわけで、なにもここでの生活やミツとかの生活を「下に見た結果」ではないのだけど、ミツにとってみたら、コレまでやめた人の多くの感じもあって、そう思ってるんだろうかな、とは思うんだけど。

彼女にしてみたらまあ、いい迷惑だけど、でも、まあ「やめた人が大嫌いな人になる」井上達にとって、彼女が初めての「辞めてもずっと仲間」という人になってもらえたらいいな、と思っている。
それを繰り返していくことでしか、このミツの「バカにされた感じ」は消えないんだろうな、とか。

「バカにしてないよ」って百回繰り返したところで、きっとミツには響かないんだろうな、と。
「なんで?なんで?」と聞きたい気持ちはあるのはわかる。
でも、それは逆に前回書いたカブキじゃないけど、健体者側が、「彼らの気持ちの表現を潰すために説得をする」というコトになるんじゃないかと思って、あまりオススメしたくないのである。





(BGM:新東京正義乃士「運のない男」from YOUTUBE)
→ナゴム方向、ってことしかわかりません。
当時聞いてたわけでもなかった。
ナゴムは避けていた…。
ちょっと調べてみたら、ああ、三柴理さんがピアノ弾いてるのか。
確かに、ピアノ前面のバンドでありますな。
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なるべく「説得しない」 その1


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先日、関わってる人を嫌な気持ちにさせるために、いわば「当てつけ」みたいに「漏らす人」の話から推測されることを書いたんだけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4084.html)。

もう井上が書いているので(http://www.nijirock.com/inoueblog/2017/06/06/%e3%83%a2%e3%83%bc%e3%83%84%e3%82%a1%e3%83%ab%e3%83%88-%e3%83%88%e3%83%ab%e3%82%b3%e8%a1%8c%e9%80%b2%e6%9b%b2/)まあ、アレなんですが、にじ屋を手伝ってくれてたというか、カブキの介助もふくめなんだけど、その彼女が辞めることになりまして。
ウチの仕事がイヤだとかそういう流れではないようなんですけど、まあいかんともしがたい状況ができたとのことで。

今までだって、たくさんの健体者が辞めてきたんだけど、井上によれば、「コレまではあいさつに来たこともない」「いつもオレたちが知らないうちに辞めてる」ってことで、後になってずいぶん俺に愚痴をこぼされるというか。
「なんでだよ!」みたいなことを、まあ後になって言われるんだけど、もうその時点ではその本人には伝えようがなくて。

井上達に挨拶するかどうか、ってのは、もう本人の問題なので、俺も「井上達に挨拶してほしい」とは言ったりもしますけど、それ以上のことは言えない。
しかも、辞めたあとに、「井上がこう言ってる」と伝えるのはもっと違う。
ので、まあ「直接言えたらいいのにな」といつも思っていました。

そもそも、井上とかは「いい子」なので、なかなか人にストレートに「なんでやめるんだよ!」とか、そういうコトを言えない感じがあります。
コバに至っては、「なんで辞めるんだよ!」っていうのは、「その人を傷つけるかもしれないから言わなかった」と言っていました。

ま、傷つけるかどうかは別として、でも、彼としては「辞めてほしくない」。
けど、まあ健体者には人生の選択の幅があるから、どうしても、そういう場面が出てきて、そのたびに、彼らは傷ついたまま、終わる。
その気持ちは、本人には伝わらない。

知的障害者だから、そんなに影響がないだろう、なんて思ってたら大間違いで、彼らは本当に悔しがるし、本当に悲しむ。
それをずっと見てきた俺は、逆にまあ幸せな立場なんでしょうけど、まあそれをね、やっぱ井上とかにしてみたら、「本人に伝えたい」ということになる。

辞めたあとに伝える、というのは、ちょっとまたなんか違う気がするので、ま、そういう場があったらいいな、と。


ま、今回そういう場があって、井上達やミツ、そして普段はなにも言わないようなツノまでが立ち上がって、「やめないでくれ」とか、まあいろいろと発言していました。
これは本当に、そのやめる彼女にありがとう、といいたいんですが、そういう場を作ってくれて。
今月いっぱい、彼女とはまだ生活が続きますけど、その中でもまたいろいろ会話ができたらイイと思ってるんですけど。


で、まあそんな感じだったんですが、まあカイとモトミがちょっとついていけないのはしょうがない。
認識の度合いがやっぱりあるから、やめる、の話が伝わっているのかどうか、疑問。

それ以外のメンバーは、泣きになっちゃうヤツもいれば、ちょっと怒ってるヤツもいれば、懇願してるヤツもいたり、いろいろでした。
ビデオで撮っておくべきでした、というくらい、みんなの気持ちが出ていて俺はとてもよかったな、と思ったんです。


でも、その中で、なにも言わなかった、そして「いいんじゃない?」の一言で済ませてしまったのが、オグラとカブキ。
カブキなんかは、まあ彼女の介助ってコトで来てもらってたから、朝来る時から一緒だったにもかかわらず、そういう感じで。

いや、それはなにも彼女がイヤな人だったとかそういうことじゃないんだな。

簡単に言えば、施設暮らしが長かった、あ、カブキはまあ入所じゃないけど、他の施設で。
そうなるとね、「まあいいんじゃない」で済ませちゃうんだろうな、って。
つまり、「新しい門出を祝ってあげましょう」でおわり、というか。

いや、そうなんですよ、最後はそうなんだと思うんだけど、その前の「この悲しい気持ち」「この嫌な気持ち」「このなんかワケがわからないけどモヤモヤした感じ」を、やっぱはき出すことを、もう彼らは「辞めちゃってきたんだな」って思ったの。

そうしないと、確かに暮らせない。
きっとカブキのいたところなんかは人の入れ替えが多かったと思うし、そのたびに、きっと「納得させられて」来たんだろう、と思う。
オグラも。


だから、俺は今回、「納得させるのは辞めよう」って思って。
「イヤなこともなにも、感じようよ、表現しようよ」って思ってて。

今回の彼女は、それをやらせてくれたので、ある意味、やめる人にしかできないことなんで、それはありがたいな、と思ってるんですけど。


で、冒頭の「漏らす人」に戻るんだけど。

その人も、どういう人か知らないけど、漏らすんじゃなくて、もっとちゃんと伝えればいいんだよね。
しゃべれれば言葉で。
しゃべれなくても、なにか漏らす以外の方法でなにか伝えられないんだろうか、って。

こっちの都合のいいように丸め込んで「納得させる」コトばっかりやってたらさ、やっぱ、彼らはなにも言わなくなっちゃう。
何も感じなくなっちゃう。

で、自分の中にたまるし、ヘンな形で表現することになっちゃうんじゃないか?みたいな。


いや、憶測だけど。
でも、やっぱ、「思ったことを言ってもイイ」って感じはね、重要だと思ってる。


続きます






(BGM:山崎春美「歌に身を切られる(1984)」from YOUTUBE)
→この人が何者なのか、ってのがよくわからないんだけど、なんかいつも気になってた。
TACOもすげえアルバム作っちゃったりして、なんなの?みたいな。
この曲はすごくわかりやすい感じ。
けど、それは「感じ」であって、結局はまあわからない。

そりゃ、イヤなことやって周りを困らせたくもなるでしょうよ


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急いで予約だ!


てなことで。

ま、ちょっと先日飲みに行って、衝撃の話を聞いたんですが。

近所の他の作業所を中心としたいわゆる団体がやってることのようなんですが、「外出私怨」というらしいんですが。
って、あ、間違った外出支援。

外出支援って、まあどういうことなんですかね。
外出の支援。
平たく言えば、障害者が一人で外に出るのはいろいろ困難があるので、一緒に外出に同伴していろいろ助ける、みたいなことになりますか。

あ、今回の話は、冒頭の衝撃の話の中身が外出支援でも知的障害者の、ということであったので、そういうラインで話を進めます。

ま、外出に同伴、ですからね。
外出する理由、というのは、障害者側にあるわけです。
じゃないと、「同伴」にならない。
「先導」になりますね。

ま、この辺、俺らは「支援」という言葉を使わないので、この人たちが「同伴」という意味で使ってるのか、先導の意味で使ってるのか、ちょっとわかりませんが、話のスジとしては先導、の方なのかな、と推測。

とにかく毎週末、5~6人だったかが一緒に、ぞろぞろと遠足のミニマム版みたいな感じで出かけるらしいんです。
並んでぞろぞろ、みたいな。
で、話しを聞いてると、このメンバーはほぼ変わらない、というか同じ、という感じらしかった。
そこに、介助者?介護人?外出介護者?支援者?よくわからないけど、障害者じゃない人が一緒に何人かついていく、というスタイルらしいんだけど。

ま、話だけですから想像するしかないんですが、そういう状況を想像してみるに、それだけでもちょっとよく見る「ああ、知的障害者の集まりだな」って感じですよね。
みんなでリュック背負って、職員がジャージ背負って、なぜか名札つけて。
いや、名札いらんだろ、っていつも思うんですけど、まあそういうね。

どっからどうみても「保護されてる人」と「保護している人」という色分けがしっかりされた、見ただけですぐにわかる集団。
ノーマライゼーションだとかってコトとはマッタク逆方向な感じですね。
もう自ら「区別してください」って思いっきり言ってますから。

ま、それはいいとして、想像ですし。

で、まあいろいろ話しを聞いてますと、とにかくその中の人、つまり障害者の人ですね、が漏らすんだ、と。
俺に話をしていた人はまだ新人で、「どうしましょう」って思うんだけど、ベテランっぽい人が「そのままでいい」って言うんだって。
というのも、その人は、「当てつけのように漏らすから、もう着替えもないし、いい」と。

それが、どうもその新人の人には我慢がならなかったらしく、もう!もう!って言ってたんですけど。

ふむ。
なるほどね。

で、まあここまではよくある話というか、ベテランもホントに着替えがなくて困っていただけかもしれないから、まあ、この新人の話だけではわからんな、とは思っていたんですけど。

が、この先でした。
衝撃は。

「もう毎週、行く場所が決まってるんですよ!」

…え?

「2カ所あって、●●と○○。それを繰り返しなんです」
…●●と○○は、ほぼ近い。
「乗る電車も決まってて」
…。
「何回か乗り換えて、▲時間、電車で過ごす、みたいな」
…。

ま、そういうことでした。


さて、こっからは俺の見立てです。

正直、この外出、本人が行きたいんじゃないんでしょう。
親の都合、いろいろな状況で、この日は「家にはいられない」という状況である。
だから、どっかに行く。
そのための「外出支援」の制度もある。

つまり、ま、もう先に制度があるんだよね。
実際のところ、本人のためというより、親や家族のための制度として、「家を出て時間を潰すために使ってイイ制度」が。

で、毎週同じところに出かける。
出かけたくもないのに、毎週、同じところに連れて行かれる。

というのが、俺の人生だったとしたら。
そして、「自分では電車に乗れない」「自分で出かけるコトができない」のであったとしたら、なんか、俺耐えられないかも。

だって、ここまで毎週同じ。
きっと一年先も、三年先も、と思ったら、耐えられなくなって、周りの人に当たりたくなっちゃうかも。
バカのフリでもしてなきゃやりきれないかも。

そう考えたらさ、「当てつけのように漏らす」って、なんかわかる気がしてきて。
連れて行く「先導者」が嫌がること、やってやりたくなる気持ち。


「同じ方がイイ」のは、絶対的に「先導者」の方なんです。
にも関わらず、彼らは、知的障害者がうまくしゃべれないのをイイコトに、「彼らだって、毎回同じところの方が安心して落ち着けるんだ」などという理屈を出してくる。

それはさ、まず、毎回違うところに行ってから、それ、三年くらいやってから言おうや、って俺、思うんだけど。

ウチの連中は少なくとも、「あっち行きたいこっち行きたい」言うようになったけどな。
「やって見もしないで、自分が楽な方をとりやがって」と俺は思います。


で、この新人の人は、「毎週同じところに行って、漏らしても放置。コレは完全に暴力だと思うんです」といっていた。
きっとこのベテランも、最初はそう思っていただろうに。

この新人さんの気持ちが、この団体の中で取り上げられるといいんだけどな、と思った。






(BGM:遠藤ミチロウ「オデッセイ2013」福島弁バージョンfrom YOUTUBE)
→ライブなんかでもよくやってますね。
いや、なんかもう「言葉が刺さる」ってこのことだな。
スターリンから、この人は言葉の人だったんだよな、って改めて思ったりする。

オレの仕事はなにか?と問われれば


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夕方にどっか出かけたりするときに、みつや市丸に「今日にじ屋で何をやってたの?」と問うたときに、何も出てこない、ということがある。
毎日がこう、流れちゃってるというか。
まあ、「特に何もなし!」という日があってもイイとは思うが、まあ、だとしたら「今日は特に変わったことはない」みたいな反応があってもイイかな、とか思うんだけど、なにも出てこないという感じ。

まあね、そもそもにじ屋のコト、ってのは、ウチの主軸のようなかんじがするわけだけれど、実際に彼らの生活の中でどうか?というのもあるんだよな。

例えば、学校に通ってて、学業が基本ではあるが、実際は「仲間と放課後に遊んでいたり部活だったり」が主役だったな、みたいな。
「そんなに授業のことなんか覚えてないし」みたいな。

なんか、そこを無理に「にじ屋のコト考えろ」っていうのも、なんか違うな、って思って。


つまり、市丸たちに大事なコトってなんだろう、と。
作業が出来るようになることだろうか?。
ウチのオリジナル曲に「カレー」ってのがあるけど、その歌詞にもあるんだが、センベイを焼き続けて、それを「うまくできるようになること」が大事なんだろうか?と。

いや、大事ですよ。
そうやって、センベイというのは生き残ってるわけですし、日本文化的な?まあそれはいいとして。
でも、それだから会社がつぶれなくて済む。
そして、個人は給料を貰えて生活できるわけだし。

だから、作業が出来るようになることは大切じゃないわけじゃない。
大切だ。


けどさ、よくよく考えてみたら、ちょっと待てよ、と。
あの「カレー」の歌詞の2番のセンベイ屋の話はタカノブがここに来る前にいたセンベイ屋での体験を元にできてるんだけど。

タカノブは、職場で誰とも話せなかった。
ずっと焼き続けるだけで、昼飯も一人。
仕事後にどっかに一緒に出かける、飲みに行く同僚がいるわけでもない。
いや、他の人たちにはあったようだけど、ノブは誘われなかった、ということらしい。

ま、こんなのは一般就労で言えばよくある話だ。

企業にしてみれば、仕事後のことまでは関係ない。
だから、そこを責めるつもりはない。

でも、ノブとしたら、いくらセンベイを焼くのがウマくなっても、人生なにも変わらないんですよ。
楽しいことなんか無いんですよ。

もっと言えば、給料の使い道さえ、正直、ないんです。
親に給料袋渡して、あとは子どもの頃からと同じように親からお小遣いをもらう。
それでせいぜいゲーム買ったりするくらいだ。

そんな人生のなにに「夢を持て」というのか。


作業が出来るようになるのは大切だ。
でも、それだけじゃ意味がない。

ベースには「楽しい毎日」「夢を持てる今日」が必要だ。

それを、「カレー」では、「仲間がほしい」というサビにした。
「ふざける仲間がほしい」。
…簡単に言えば、キタナイ言葉を使い合える、親が眉をひそめるような場所に一緒に行ってくれる仲間。

つまり、親の庇護から「抜け出せる可能性」。
それが、「人生の可能性」。


「ずっとお小遣いをもらってゲームを買うだけ」ではない人生。
時に親の知らない、親が顔をしかめる場所に行く。
例えば飲みに行こうか。
例えばストリップにでもいこうか。
爆音のライブハウスにでも行こうか。

そういう「今日」がなければ、「未来に希望」なんか持てっこない。


だから、オレたちは、にじ屋の仕事も大事だ。
だって、それはノブ達の給料になるから。

でも、ソレだけじゃダメだ。
オレたち専従の仕事は、そこも重要だが、それ以外の「夢を見れる今日」をどう作るか、である。
そこ抜きに、にじ屋がどうした言っても、おそらくノブ達はその声を聞かない。

なぜなら、「夢を見せてくれる人」が、彼らには重要だからだ。
そういう人に、オレはなりたいと思う。








(BGM:BABY ALLSTARS「Je t'aime moi non plus」from「大統領閣下殿」)
→よくわからんのですが、昔から持ってましたね、これ。
子どもが実際歌ってる?と思う。
なんか言葉がわからないので、どうにもならんが、なんか面白い「臭い」がする。

障害者を嫌いになっちゃいけない?


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障害者を嫌いになっちゃいけない、と思ってる人が多い。

「いや、そんなことないよ。」と思う人も多いかと思うけど、じゃあ、「おまえ、アイツに意地悪してみろ」といってデキる人はそういないと思います。

どっか障害者はやっぱ「アンタッチャブル」なんだな、と思う、というか。


新しい専従とかが来ると、一通り介助はさせます。
というのは、専従の仕事は介助だからですね。
別に市丸と付き合ったりするのは、余力でやってるだけで、業務ではありません。

で、まあ、そういう時に、やっぱ「この人合わない」っての、あると思うんだよね。
でも、「私で大丈夫でしょうか?」っていい方になるというか。

いやいやいや、そりゃね、「手順」的なコトはありますよ。
それには、一般的な「感」みたいなモノも必要かもしれない。
っていうか、介助ってのは、まあ「その人のいうとおりに動く」という、手足に徹することだから、そもそも、それは「指示が悪いんだろ?」としか俺は思わないんだけど。

介助ってのは、とある人のところでちゃんとやれる人は、どこに行ってもたいがいやれます。
つまり、こんなのは「たいしたもんじゃない」んです。
いや、逆に「たいしたもん」でもあるんですけど。
全員にあう、わけですから。

ま、それは視点の持ち方の問題ですけど。


その中でやっぱ俺は専従だって、「あの人キライ」ってのがあってイイと思うんだよね。
というか、あるでしょ。
そりゃ人間だもの。

けど、べつにキライでも介助はできるでしょ。
手足だから。
逆に、ものすごく「割り切ってやれる」分、ラクなんじゃないかと思うんだけどね、長い経験上言わせてもらえば。


市丸たちも同じで。
親にしてみたら、やっぱ愛情とか、同時に憎悪とか、そういうのがあるでしょう。
だけど、オレたちとしたら、やっぱそこ「割り切ってやれる」ところがあるんですよね。

「俺、市丸キライ」とか。

そのくらいがちょうどいろいろきちんと距離保ってやれる、というか。


それにね、正直、車イスに乗ってる人とかに、ずいぶんひどい目に遭わされてきたからな。
つまりはまあ、「人による」んでしょ。
あたりまえだけど。

でも、それですら、「障害者はあまり人間づきあいをしてこなかったから、関係の取り方がわからないんだからしょうがないよ」とかいうバカもいるんだけど、知るか、そんなの。

ってか、ソレを越えてキライなんじゃ。

その程度の中に入ることだったら、俺にだってわかるよ。
そういう他人との距離感がうまくとれないのは障害者じゃなくたって山ほどいる。
というか、別にそんなの俺の「感情」に関係ないし、そもそも。


ま、とはいえ、介助者と専従はちょっとやっぱ違うんだけど。
介助者はその障害者本人の採用責任がデカイから。
その人がクビといえば、役員会でもソレを覆すのは難しい。
けど、専従だと、他の業務にも関わるし、そもそも一人の介助だけしてるわけじゃないから、一人の意見では決められない。

そういう状況の中にあって、基本、やっぱもっと逆に「フリーキーに」「真っ平らに」関係性を追求したいよな、と思うワケです。

互いにね。

そりゃ、俺のことが嫌いだって、それはそれでいいじゃない。
そういう人もいるでしょう。
ってかたくさんいるよ、きっと。

でもま、そんな感じでやっていくワケじゃん、人生って。
だから、その「そんな感じ」の中に、障害者も入れてやってほしいな、と思うわけです。





(BGM:「みんなスター!」from「「ハイスクール・ミュージカル」グレイテスト・ヒッツ」)
→ま、こういう映画をどう評価するか、って話になりますけど、けっこう好きですね。
というのも、やっぱ青春映画は不滅というか、常に新しいお客が生まれるわけだし、スターも生まれる、というね。
循環の輪として考えたい。
…って、なんじゃそりゃ。

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