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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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思い悩んじゃったらダメ


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専従募集


よくまあ、ミツなんかがメールをよこして「一緒に夕飯を食べよう」とか言ってきます。
井上とかコバも、まあ彼らは直接言ってきます。

ま、そういう感じなので、アキと二人でごはん、ってのもあまりないんだけど、それはそれでなんか別にしょうがないか、というか。
たまには二人っきりで食べようね!なんて時に、ミツから声がかかったりして、でもアキと「まったくしょうがねえなあ」とか言えるので、それはそれでなんか幸せな気分になります。

基本、予定がなければできるだけ付き合ってやろうかと思いますが、その日、すでに他の用事が入っている、という場合は断ることになります。

例えば、その日はもうプロレスに行く予定になっている、とか。
実家に行く予定になっている、とか。
他の人と予定を組んでいる、とか。

先週なんかは機関紙の締め切りの週だったので、ほぼ家に帰ってないんだけど、それでもまあ「ご飯食べよう」といわれるから、まあ夜を徹しての作業を控えて、自分たちも何か食べなきゃいけないから、どっかに行こうか、みたいになったりします。


ミツとか、普段はやっぱりお弁当とかになってしまうと。
市丸の家にでも行って、作ってもらったものを食べる、というのもあるけれど、正直「市丸の家には行きたくない」という気分の時もある。
というか、その辺はなかなか難しいところがあって、「市丸が偉そうにするからイヤ」ってのもあれば、逆に「市丸とカイは作ってもらわなきゃダメなヤツらなんだ」というような「見下す感じ」も彼らにはあったりして。
といっても、まあそれ、同じじゃん、ということになるんだけど、市丸の家に行くか行かないか、というのを選べる人と、市丸の家で作ってもらったモノを食べるしかない人、というのは、確実に彼らの中では違うわけで。
それはママではないけど、どっか「ママじゃん」みたいな。

健康のことを考えたら、そして、一人で食べるよりは、って観点からも弁当よりはずっとイイと思うんだけど、上記のような感情のもつれみたいなこともあって、それだけではキッカケにならないところもあります。


さて、それはそうとして、スーパーでなんか買ってきて作る、ってのにしても、じゃあ、弁当買ってくる、となったにしても、食べるのは一人。
もちろん、一人になりたい気分の時はあるわけで、それはそれでいい。
けれども、そればかりじゃ、やっぱり人は腐ってしまう。

そもそも、モノを食う、という動作は「下を向く」というのがあるから、それで誰ともしゃべらなかったら、やっぱ「ぼそぼそ食う」感、は否めない。
しかも、イマドキの弁当ってのは、「チキンカツ弁当」だと、もうチキンカツとご飯しかなかったりするんだよね。
昔なら、ちょっとしたナポリタンとか、キャベツとか、漬け物とか、煮物とかあった気がするけど、そういうのもなかったりする。
すると、もう、チキンカツ、ご飯、チキンカツ、ご飯、チキンカツ、でしかなくて、もうなんか、エサじゃん、みたいな…。


そう考えたときにね、やっぱね、人と話をしながら食う、ってのは、すごく大事じゃないか、って思ってて。
特に彼らの場合、しゃべらなかったらしゃべらないですんじゃうというか、そういう面もあるのよね。
けど、一緒に食べると、なんの話をするわけじゃないんだけど、今日のにじ屋がどうだった、とか、朝最近起きれない、とか、テレビでなにかやってた、とか、そういうのがあって彼らの顔もほころぶ。
ゆっくり一緒にテレビでも見ながら飯を食う。
あ、一緒に来て良かったな、と思うワケなんですが。

それに、やっぱ中華料理、だけじゃないけど、けっこう「人数が多かったらもっといろいろなモノを頼んでみんなで少しづつ食えるのに」って思ったりもするじゃないですか。
お好み焼きとかも同様。
やっぱ、そういう時も、みんないい顔になりますよね。
俺も楽しいし。

で、そういう日々があるから、断ったときにね、「あ悪いことしたなあ」という気持ちになるわけです。
「最終的に、昨日どうしたの?」と聞くと、「お弁当食べた」とかって言われるとさ、なんか「悪かったな」って思っちゃう。

でもま、それも一瞬。
一瞬かわいそうだったな、とは思うけど、そこまで。
いちいちそんな風に思い悩んだりしてたら、彼らとは生きていけないから。


悪かったな、かわいそうだったな、だけじゃなくて、「あの時俺の言い方が悪くて逆切れさせちゃったな」とかもあんだけど、でもまあ、反省して次、次!、みたいな。

思い悩んだらやってられない。
彼らに「悪いなあ」と思ってもやってられない。
って、思ったとしても、まあ一瞬は思うけど、そこまで。


それはとても重要なことで、そもそも、一生懸命やってたら、そんなに悪いことした、なんてこともないし、失敗だけど、いうほど失敗でもない、というか。
しょうがねえよ、そこは、というか。
あとはもう、二度と同じことしないように反省して次、っていうか。
かわいそうだけど知らん、というか。


ま、そんな感じで毎日過ごしています。





(BGM:George Harrison「Bangla Desh」from「The Best of George Harrison」)
→ジョージとリンゴって、いい人だったんだろうな、と。
じゃなきゃ、まあ短命だったとはいえ、それでも続かなかったよね、きっと。
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かわいそうな人


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専従募集


よくわかってない人、ってのがいて。

井上たちは確かに知的障害者で、街に出ても看板が読めなかったりするし、計算もできないから、うかつに知らないところで買い物もできなかったりもする。
けどまあ、それなりに彼らはそこそこ忙しく、そして、どっかに出かけたり、豊かな毎日を送っている。

親元を離れているやつも多いから、そこの軋轢もない。
たいがい、親の「よかれ」が彼らの生活の幅を狭めてしまうから。
それがない分、まあ親が顔をしかめるような場所にも行けるし、顔をしかめるようなこともできる。


ただ、どうしても、この流れに乗れないヤツ、というのはいる。

まず、親が口を出してくる場合。
この場合は、たいがいやめる。

前にあった例だと、本人が飲み会の席から泣きながらお父さんに電話してて、電話を切るなり「お父さんがわかってくれない!」って泣き出して、まあつまり、知的障害者なんだから酒なんか飲むな、ってことなんだけど。
で、その日は帰ったんだけど、次の日来ないからどうしたかと思ったら、親がやめさせます、とか言ってきたりね。
実際、そのままやめちゃったけど。

こうなると、井上なんかは、「出てきちゃえばいいんだ」というようなことを言う。
「かわいそうだ」とも言う。
ま、その子、まあAとするけど、Aと仲良くできると思った矢先だったりするからね。
井上たちとしてはやるせない。

でも、この例はけっこうあって、「またかよ」「このパターンか」っていうようになった。


で、井上なりに考えた答え、というのが、「親のいうことなんか聞かなきゃいい。番長(井上は俺のことをこう言う)の言うことを聞けばいいのに」という。
ま、これは俺もよく言います。

つまりはまあ、まずもって一度親の呪縛は解かないと始まらない、ってことなんだけど。

同時に、「みんなに心を開く」みたいな意味もここには含まれていて。
「みんなで遊びに行く」とか、「みんなで呑もうよ」とか。
「親の支配下ではないところ=うちらの仲間」という風に対して見ている。

それが正しいかどうか、というのは、まあここでは置いておく。
ただ、そういう側面はあると思うし、あながち間違ってはいないとは思う。


そして、ミツなんかもそうなんだけど、とにかく「自分たちの仲間感を誇りに思ってる」というのがある。
「俺たちはかっこいいんだ」「俺たちはすごいんだ」って思ってる。

だから、「こっちに来ればいいのに」って話になる。
親に止められたヤツを見ると、「出てこい」となる。


で、この感じを、彼らは健体者にも適応させているんだな、と思ったコトがあって。

というのは、健体者がここで働き始めた時に、必ず井上は、「まだあっち」というようなことを言う。
そうなると、一緒に遊びに行こうと一生懸命誘ったりなんだりをする。

けど、そういうのが重たい人もいるわけです。
正直、もう時間だけ来て、あとは帰りたい人もたくさんいる。

だって、健体者にはいろいろ社会があるんですよ。
井上にはココしかないけど、健体者にはいろいろ外に世界があったりするわけじゃないですか。

で、まあ、やめる、とかって話になることもあるわけです。
大概が、暗い感じで終わります。
というのも、だって、井上にとっては、「こっちに入らなかった人」だから。
「こっちに入らない方が幸せなんじゃないか?」というアタマは彼にはない。

なにせ、自分たちに誇りを持っている。

で、そういう時に、もちろん井上たちは怒ったりもするんだけど、時に、「かわいそうな人だ」って言うこともあって。
「逃げ回っててかわいそう」ということらしい。
「何から?」って話になるとはっきりしないが、とにかく「人生から逃げている」みたいな感じなんだろうな。

その代表格は、ものすごく昔にやめたYという人なんだけど、もう確かに人生から逃げ回り、つきあってた女からも逃げ回らなきゃならなくなり、宿題も準備してこないから逃げちゃうし、どうしようもなかった。

もう、こうなると、俺たちの仲間になるかならないか、とかじゃなくて、もう見てらんない、というか。
人生それじゃやってらんないでしょうに…、みたいな。

けどまあ、このタイプ、けっこういて。
ちょっと今、そういう感じになってる職員がいるんだけど、やっぱり同じタイプ。
それをまあ短い付き合いなのに井上たちは見抜きますから、やっぱり怒るより「かわいそうな人だ」って感じになってる。

普通の人相手なら、井上も怒りますよ。
でもまあ、「コレじゃダメだな」とも思ってるんだろうな。
「かわいそうな人だ」ってのは、突き離しが含まれてる。
ま、やっぱ人生から逃げ回ってたら、ツケは必ず回ってくるわけで。
確かにそうで、井上たちが知らないけど、俺が知ってるいろいろな本人の事情を鑑みても、確かに「かわいそう」なんだわ。


井上が「かわいそうな人だな」って思う健体者ってのはけっこういるって話。
それをよくわかってない健体者が多すぎる。
というか、たいがい、「かわいそうな人」はそれがわからない。

ま、つまり井上たちのこと馬鹿にしてんだよね、たぶん。




(BGM:橋本一子「生まれた時から」fromYOUTUBE)
→なんだこの途中挿入される不安定な弦の音。
これはすげえ。
「産まれた時から死んでいるのは、あなた~」
…呪いの曲…。

お客さんにしない その2(ラスト)


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専従募集


先日、井上達から専従の外口さんや原さんを中心として、数人に対して厳しい意見が出ました。
というのも、専従ではないが、彼らが信用「し始めていた」人が、やめるということになって、それに「やめないでくれ」ってのを、実際に「言えばいいんだ」「言っていいんだぞ」という話になったときに、俺の方で、「健体者相手にビビってホントの気持ちが言えないなんてのは情けない!」ということを井上達に話したことがあって(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-date-20170701.html)。
その流れで、彼らは専従らに対して、俺にいろいろ言ってきた。
でもまあ、なかなかうまく言えないヤツもいる分けなので、朝飯の時に紙に書いてもってこいよ、というと、ずいぶんいろいろ書いて持ってきた。

それが思う以上に、面白かったというか、けっこう集まってなかなかよかったな、と思ってて。

で、この時は原と外口さんに意見が集まったんだ。
原は新人だからしょうがない、というか当然だとして、外口さんなんかは、まあとても気持ちのある人で、仕事のみならず遊びのことなんかも考えてくれて、いろいろなイベントごとやスポーツ大会的なこととか、そういうのを一生懸命探してみんなにあうモノを紹介してくれたりしてくれるんだけど。

ただまあ、確かに語気は荒いところがあって。
だから、普段を見てると、多少こう、中身が伝わってないなあ、とか思うときもあって。
つまりは、かなり「誤解されやすい人」ではあると思うんだ。

けれども、それは俺はまあ普段見てるからわかるけど、それを俺が外口さんに成り代わって弁解してしまってはいけない、イイワケしてしまってはいけない、と思ったので、なにも言わずに彼らの言い分を聞く。
「へえ、そうなんだ」と聞いてはいるが、心の中では、「イヤイヤイヤ、それはどう考えたっておまえが悪いだろ…」とかいうこともけっこうあるんだが、スルー。
「あ、そうとってたの?その時俺もいたけど、外口さんはそういう意味で言ってたんじゃないよ…」とかもスルー。

ま、原が言われてることは、まったく俺も心の中でも全て賛同したけど。
それも、新人の時代にしかできない、一つの役割だ。
その時期は、健体者は井上達の「指示を聞く存在」になる。
だって、にじ屋のゴミ置き場の場所もわからないんだから。
だから、言われるのが仕事、それでいいんだ。

でも、新人とはいえ、相手が健体者となると、いきなり井上達は躊躇を始めるので、まあこれはいい機会だったと思う。

とにかく「言わせることが大事だ」と思ったから、「いやいや、そうじゃないんだよ」という「事実を伝える」ことをせずに、「彼らの世界」につきあった。

「言わせる」ことを「具体的にやる」ことで、とにかく彼らの言葉を引き出したかった。
もっと言えば、彼らに「中身の事実」を伝えることより、「主張していいんだ」ということをわかってほしかった。
これは、もうずっとやり続けて、彼らに理解してもらうしかない。

「言っていいんだよ」「なんでも言ってきて」なんて言葉で言ってもムダなんだ。
彼らはそれを是としない。
というか、そんなことで言ってくれるなら苦労しないんだ。

だから、行動で示すしかない。


で、書いてきたことや俺が聞いたことを、会議が終わったときに全体に話すことにした。
これでやっと、原や外口さんにも伝えられる時間、ということになる。

もちろん、「言われて」いい気分になる人はいない。
原も外口さんも耳がいたこともたくさんあったかもしれない。
「伝わってない」ことに関して、残念にも思ったと思う。

正直、彼らの遊びにだって付き合い、金の使い道に付き合い、買い物に付き合い、そんなことを毎日やってる外口さんや俺なんかが、「なんでヤツらの敵にならなきゃいけないんだ!」という気持ちにもなる。
それは俺も同じだ。

でも、長い歴史の中で、彼らは「健体者の理屈」に、閉じ込められてきたんだ。
今の時代には檻はないかもしれないけど、言葉や慣習や、いや「善意や正義」によって、彼らは、「言えない状態」に閉じ込められている。

だから、俺や外口さんがそれに一緒に闘っていたとしても、やっぱり、オレたちは敵ではある。
それは仕方のないことだと思う。


今回のこのコトで、俺が改めて、外口さんをすばらしい、と思ったのは、彼は、一つ一つ、いろいろな意見に対して、「これはそういう意味じゃなかった」とか「そういう状況じゃなかったでしょ?」っていう風に、「事実を伝えたり」をしなかった。
それは、井上達にしてみたら、弁解だしイイワケだ。
それに、そう言われたところで、井上はすぐには反論できない。
なぜなら知的障害者だから。
そうしてしまえば、「丸め込まれてしまう」しか、彼らには道はなくなる。

俺が、まったく「弁解」しなかったように、外口さんは、自分のことを言われてもなお、同じように弁解しなかったし、何も言葉にせず、「これからの態度で示さなきゃしょうがないと思ってる」と言っていた。

これは、なかなか人はできるもんじゃない。
やっぱ、すぐに「ちがうの違うの、俺は、おまえらのことをね…」とかって、すぐに言いたくなっちゃうものですよ。


でも、言われてもなお、「行動で示す」といいながら、「一緒にいる」ことを体現している外口さんこそ、俺は、なんかオレたち専従全体の井上達への答えだと思ってて。

つまりは、言葉じゃなくて行動。
時間をかけた行動でしか、彼らに伝わるモノはないんだ。




(BGM:ロス・アンヘリトス「花はぬれている」fromYOUTUBE)
→もうね、この「花はぬれている」という部分がサイコウである。
ま、もちろん、夜の花がぬれている、ということで、もうひどすぎるんだけど、この部分ですべて帳消しにしてもいい。

お客さんにしない その1


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専従募集


先日、イタリアの精神病院のなんたらのDVDの話を書いたんですけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4177.html)、やっぱ、なんだかんだこの物語は、お医者さんがスタートなんですね。
ま、それがどうこうってのは、まあ置いておいてデスね、なんにしてもこうした「施設」だったり「監禁病棟」だったり、もちろん、障害者の作業所とかでもそうですけど、鍵を握るのは、「そこで金をもらって働くサイドの人だよな」と思うコトがあります。

よく、我々のようなところだと、急に「利用者様」なんて感じで、たとえばウチで言えば井上とかを「お客さん扱いしなさい」なんていう通達的なことが来たりするんだけど、それもまあ、間違ってはいて。

つまり、井上たちの欲求をつぶしてしまうのも、全肯定してしまうのも、どっちも「人間扱い」ではないんだよな。
「欲求をつぶしてしまう」というのは、「外出したいと言ってるのにさせない」ってことだから、「人格を否定してるじゃないか!」という意味でわかりやすい。
でもじゃあ、その「そう言うの、全部聞いちゃう」ってのはどうか?ということになるんだけど、まあ、確かに彼らの欲求は満たされるかもしれないけど、人間って、そうそう全部の欲求を満たして生きてるわけじゃないですからね。

社会にはルールがあって、慣習があって、という、まああたりまえの中に彼らも入れていかないと、ちょっと話が進まない。
老人ホームなんかで、おじいさんが「ここはなんでもやってくれて居心地が悪い」なんていう物語がよくありますが。
つまりはまあ、「お客さんにしない」ってことなんだけど。

しかし、お客さんにしない、ってのは、金もらってそこで働いているサイドからしてみると、非常に難しい話なんです。

お店でもそうで、まあクレームをいちいち聞いちゃう方がラクなんですよ。
クレームの内容なんていうのはマニュアル化できないものだから、それぞれの対応する店員の力量次第ってことになるのよね。

ま、お客さんにしておけばラクなの。
「はいはい」、いうこと聞いてればいい。
できなくたって、「ちょっとまってね」って言ってればいい。
で、結果毎日毎週毎月毎年、それぞれの単位で同じ事を繰り返し、ケンカもせず、異議を申し立てず、敬語を使っていれば、少なくとも今の段階では市とかに怒られることもない。

…って、俺らにしてみたら、それってすげえ彼らの人権を損なってるようにしか思えないんだけどね。
ま、それはいいとして。
ここで言いたいのは、それは簡単だ、ってことなんですよね。

つまり、毎日のスケジュールが決まっていて、曜日でまたなにかが決まっていて、たとえば水曜日は散歩、とか。
で、月毎に第2木曜はカラオケ、とか。
で、毎年8月にはおまつりをやります、とか。

まあ、ちょと蛇足になりますが、びっくりしたのは、とある作業所で、「お祭り」?をやるんだけど、「職員が忙しいので親御さんと来てください」というのがあるそうで、もうこうなると、誰が誰に向けたお祭りなのか、これ、単純に保育園の「職員による出し物」じゃん、というね。
別にそんなのやらなくていいし、みたいな気になってきますけど。

つまり、「職員誰でもできるメニュー」というね。
だって、去年の記録を見て、同じ事やればいいんだから。
で、はみ出す要求があった場合は、「ちょっとまっててね」と言ってればいい。
「いつかね」と。

いやいやいやいや…。
ま、単純に違うでしょ?と。

つまり、「どうやってお客さんにしないか」という。
「あんたの人生はあなたのモノで、あなたはどこのお客さんでもない」ということを、どうやって実現するか?ということになるんだけど。
これ、まあ具体的なマニュアルが作れない。
すげえ、難しいことだと思うんですよ。
しかも、経験的に「熱意」だけじゃ、絶対にできません。

よく、俺らのことを「熱意ある人たちだ」と言う人がいるけど、それは「マニュアルにできないことをやる能力がある」ということであって、熱意じゃないんですよ。

ここ、難しいんですけど、つまりね、市丸たちとのことを関係性でとらえるかどうか、だと思うんだ。
「俺と市丸」とか。
外口さんだったら、「外口さんと市丸」だろうし、そういう。
もっというと、井上たちの集団と俺、とか、そういう。

そうなると、もうこれ、「市丸をどうするか?」じゃすまないんですよね。
簡単に言うと、「市丸は◯◯が問題なので、それを改善させるために□□をやらせることで、向上させたいと思います」みたいな「個別指導計画」とかじゃ、絶対に「出てこないモノ」が必要なの。

ってか、そんな風に市丸を変えることばかりを考えて市丸とつきあってたら、市丸はおそらく「その計画がうまくいかないようにもっともっと粗暴になるぞ!」とか思っちゃうんじゃないか?
というか、そうですね、特に市丸なんかはそういう面があります。
誰だって、「対象」にされて「観察」されていい気分になるわけがない。

結局、市丸をどうするか?じゃなくて、「俺はどうするか?」なんですよ。
もっともっと言えば、「俺はどういう人生をおくるか」という。
その人生で、市丸と「つきあうだけ」。

その中で、市丸が変わるかどうかは結果論。
しかし、経験的にみんな変わりますね。

まずね、自分がどうするか?なんだよ。
あんたの人生それでいいの?って市丸に言われて、その答えに胸を張れなかったら、市丸は絶対にあなたを受け入れてはくれない。


続きます






(BGM:プッシーズ「見えた見えたよ」fromYOUTUBE)
→もうグループ名がダメなんだよな。
ってか、歌詞的にも見えたのは洗濯物で、なんかもうダメ。
全部ダメ。
…という、あり得ないサイコウ作品ではある。

ウチの夫婦の予定を把握する男


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関西方面の方、ぜひ来てね!


てなことで。

井上は、そもそもかっこつけるところがあるし、「自分はリーダー」みたいな自負もあるし、そもそも優等生できた彼は、責められたり、怒られたりすることに、極端に弱い。
そう、極端に弱い。
それでいて、市丸や他のみんなを小馬鹿にするところがある。

そんなのだから、例えばミツがウチに来ていたりして、夕飯を一緒に食っていたりするのを、うらやましく思っている。

けど、なかなか言い出せない。
言い出せないのは知っていた。

そもそも、なにかウチにくるのにルールがあるわけではないから、「佐藤さんちにメシ喰いに行きたい」と言って、時間が合えばそれで話は終わりだ。
ミツなんかはそうしてるわけだけど、ストレートなこうしたやりとりが彼にはなかなか難しい。
それでも、何かの際には声をかけてやったりしていたけれど、最近になって、「あ、別に簡単にふつうに言えばいいのか」と気づいたらしく、しょっちゅう言ってくる。

で、なぜか言ってくる時にそばにコバがいると、かならずコバも「俺も一緒に行きたい!」と言いだす。
コバンザメである。

ま、いいんだけど、断る理由もないし、正直言うと、彼らの場合、一回「言い方」とかでケチをつけると二度と言ってこない、ということもあるのよね。
自分から言い出したことを大切にしてやりたい、という意味では、できるだけ希望は叶えてやりたい。

ここけっこう重要で、彼らが誘って、まあちゃんとその誘いを断るのはいいんだけど、そうじゃなくて「誘い方」とか、そういう入り口でモノを言っちゃうと、彼らはなかなか言ってくれなくなる。

金八2で、高校入試の面接のことで、「おまえ達の先生に対する言葉遣いが悪いのをなにも言わなかったのは、いちいち言ってたら君たちはなにも言ってくれなくなっちゃうだろ?」と金八先生が言う場面があるんだけど、そういう感じね。
入り口を狭くしちゃうと話が進まない。
というか、彼らはなにも言ってこなくなる。
それでは話は進みません。

すすめたくない場合は、そうするのが一番。
例えば、生活保護をとらせたくない場合は、窓口で受付についていろいろと文句を言ったらいいんです。
そうやって入り口を狭めれば、かならず、生活保護自体が減ります。

同じように、作業所で障害者の希望に添いたくなければ、「希望がある場合は、親を通して連絡帳で」とか、言われたらすぐに「それは後でね」「できないでしょ、それは」「今はそういう時間じゃないでしょ」とか言ってれば、かならず彼らは希望を言ってこなくなります。

で、一回こうなると、この関係を修復するのはたいへんに難しい。

知的障害で、身体の障害もあってトイレの介助が必要だったりする場合、すっとその介助をやってやればいいのに、「ちょっとだけ待ってて」とか、「今?」「さっき行ったじゃない」そういう「否定の言葉」を言わなくてもいいのに付け加えると、当然、その人はあなたには頼まなくなります。
この関係を修復しようとすると、一回につき1ヶ月くらいかかるかと思います。
二回やれば一年、みたいな。

だから、これはやっちゃいかんのだけれど、簡単にやっちゃう「専門家」とか「職員」とかがいて、「バッカだなあ」と思うんですが。

あ、でも、「頼りにされない職員になりたい」場合は、それで正解ですね。
そりゃ、同じ給料だもんね。
トイレ介助なんかしない方がイイもんね。
…って、ま、ならやめろや、って話ですけど。
クソが。


ま、そんなわけで話戻しますが、そうなってくると、タイヘンですよ。
だいたい、そもそもウチの夫婦は、夫婦二人揃って家で夕飯を食べる、というのが、週に一、二日あるかどうか、なんです。

が、まあ俺やアキの予定は、そこそこ自分に関係なくても井上なんかは「なんとなく」知ってる。
で、それを避けて、彼らは言ってくるわけですよ。

「今度の○曜日に行っていい?」とか。

それがちょうど、今日からその日まで夜は予定が詰まってて、その日やっと二人で飯が食えるから、○○にしようかとか言ってる日なんだよね。
必ず、そうなの。
で、その翌日からはまた同じような一週間。

そうなるんで、もうこうなると、二人でウチで夕飯、というのは当分あきらめなきゃかなあ、と思ってるけど、でも、とてもそれは幸せなことだね、ありがたい、とアキと二人で言えるので、俺は幸せなんだと思う。
ま、普通にメシを作るだけだし、もうペロリと食べてくれるから、それもまあ、ありがたいというか、残り物を大放出できる側面もアリ。

なんで、井上に「○曜日行っても…」と言われると、アキと二人で最近は笑っちゃう。
よくまあ、俺らの予定を把握してるな、というか。
ま、ミツはこっちの予定お構いなしに言ってくるから、そう考えるとそこはまた井上は優等生だな、というか、なんというか、彼の限界だな、と思ったりするわけですが。






(BGM:ザ・マイクハナサーズ「二人でカンパイ」fromYOUTUBE)
→おいしいフレーズをつまみ食いした、という一曲。
いろいろなヒット曲のハイライトをつなげました、という。
正直、な~んも面白くない。

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