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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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お前らみたいなもんが


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「お前らみたいなもんが…云々」というのはけっこう俺の口癖なんですけど。

例えば、新人だったスズやミズエが夜遅くまでパソコンに向かっていたりすると、「お前らみたいなもんが、まったく」みたいな感じですね。
まあ、かなり字にすると難しい感じですけど、俺としては「よくやってるな」ということなんですけどね。
褒め言葉なんですけど。
その辺はまあ、彼女たちもわかっているようでありがたいところでありますけど。

で、まあホント、前回書きましたけどミズエも(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5332.html)ここに来て間もないのによくやってる。
俺が同じくらいの経験年数だったときにこんなに何かができたかというと、彼女の足下にも及ばないと思うんですよ。
だからまあ、今の俺にしてみると、「お前らみたいなもんが、いやすげえなあ」という話になります。
とても嬉しいですよね。
なんか、なんだろう、とにかく「お前らみたいなもんが…」と嬉しくなる。


で、ちょっとここから今回の本題なんですが、機関紙の編集作業というのがあって。
これはまあ、写真がないと始まらないところがありまして。
ウチの機関紙は写真を多用することで有名で(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5329.html)、というか、俺が編集する場合、ですかね。
どうしても写真が欲しい。

これまでは、特に何も言わなくても、散々写真はあったんですよ。
月刊の機関紙ですから、一ヶ月の間に、そりゃ使い切れないほどあった。
というのも、やっぱにじ屋でイベントやったり、盛大に飲みに行ったり、どっか出かけたり、というのを散々してたからなんだよね。

けど、コロナになって、その辺ができない、と。
そもそもどっかに出かけようとか、思い立って、急に来週アスレチックに泊まりに行こう!とか最近はできないわけで。
そうなると写真も減るんですよ。
日常を撮る、というのは、やっぱ作業しながらだと難しいわけで。

で、機関紙の編集作業予定が来週に迫ったある日、全体の写真をためているフォルダを見て、俺としては「これはやばい」と。
あまりに少ない…。
で、内部にメールを出したんですよ。

写真サーバー見たら、写真なさ過ぎ!
携帯とかで撮って落としてない人は落として欲しいけど、今からでいいからすげえ撮って!


という感じの。
やばさは伝わってもらえるかと思うんだけど、そういうことで。
まあ、みんな、それぞれ落としてくれたり撮ってくれたりはして。
スズはそれに加えてすぐに返信もしてくれまして。

今月全然撮ってなかったです。いまからとれるだけ撮ります!

ふむ、いや、頼もしい。


で、まあそれはそれとして、その晩、飲みに行ったんですよ。
そもそもは、あまり盛大な飲み会はできないから、三々五々小さい飲み会をそれぞれ誘い誘われやってるわけですが(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5327.htmlhttp://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5330.html)、飲みになかなか誘われないモトミさんと飲みに行こう、ということで。
アキとスズとね、一緒に。
やっぱ、実家通いだったり、モトミの場合、帰りも送っていく必要がありますから。
とはいえ近所ではあるんですが。
コウヘイとか井上にすると「誘いにくい」ということになってしまう。
けど、モトミ先輩はすごい好きなんですよね、飲み会。
アルコールも好きなのかもしれない。
ノリノリになってしまう。
聞けば、その帰り道もスズが道すがら送ってくれたんですが、すごいノリノリで踊りながら帰ったそうで。

まあ、よかったな、という話なんですが。
その時は、まあモトミと俺たちだけだとアレなんで、市丸も一緒に。
市丸とモトミも相性がいいので。

で、市丸も久しぶりだし、なんかとても楽しい飲みになったねえ、よかったね、なんてアキと帰ってる最中に思い出したんですけどね。

「スズ、写真撮ってないじゃん。今、もしかしてシャッターチャンスだったんじゃねえの?」と。

ぎゃはははははははははは。

もうね、多分携帯出してないくらいの。
楽しんじゃったんでしょうね。
忘れちゃったんだと思いますよ。
あれだけ力強く「いまからとれるだけ撮ります!」といったにもかかわらず、もう、なんかね、すげえなあ、と思って。

いや、やっぱね、あそこは楽しむ場面ですよ、うん。
だから、写真のこと忘れちゃった!というね、そういうことなんでしょうけど、そういうスズが俺は大好きでね。
どっか、それも、俺にとっては「お前らみたいなもんがまったく」という感じなんですけど。

いや、写真がないのは困るけど、まあなんだろうか、それはそれでいいじゃん、というか。
で、「写真撮るの忘れました!」みたいなことが、すげえどっか「バカじゃなかろうか?」というね。
ま、それもウチだと褒め言葉なんですけど。

いや、モトミと市丸と俺たちと楽しめちゃうってのは、すごいことですよ。
若いのに、いや、しっかりしてるわ、というか。
いや、写真撮ってないのでしっかりしてるわけじゃないけど、そういう面じゃない部分がしっかりしてる、というか。
そしてそっちがしっかりしてる方がなんか嬉しい、というか。


で、長くなりますが、その前後にあったことなんですけど。

にじ屋では誰が何をやるか、というのを決めるんですね。
毎日同じではない。
ビラを配る人、回収に行く人、品物を出す人、売り場の整理をする人、会計する人、値段ツケをする人、まあいろいろ作業がありますから。
もちろん、「得意分野」というのがありますから、それも加味して、でもそれ以外のことをやることでなにか「これも得意!」ってのが増えることもあるでしょう。
全員が全部のことをできるわけじゃないけど、だからこそ、まあ毎日の采配、というのが重要になってきます。

で、今、にじ屋では「全員野球」ということを掲げていて、つまり「何をしたらいいかわからない」ことがないようにしよう、という。
全体の中で、自分はこれをやるんだ!みたいなことをハッキリさせて毎日をやっていこう、という感じで。
なんなら、前日に「今日はここまでやったけど、次はこっから進めて終わらせよう」とか、そういうことをみんなで確認しながらやろう、みたいな。

そんなことなんで、一週間分のザッとした予定を組んで、それはスズだとか外口さんだとか、こっちサイドのみんなには配ったんです。
つまり、翌日に送れることがあれば、翌日に送ってもいいし、その方がみんなが全力出せる、というような場合は、そうすればいいし、逆に「ここの予定をこう変えてもらいたい」というのもあらかじめみんなで協議して臨もう、ということですね。

その日、というか、その翌日、コバとスズはにじ屋じゃなくてネット事務所の方で値段付け、という予定になっていたんだけど。
しかし、その日、洋服を担当しているコバは、「次は○○をやる」と、すごい意気込みで閉店後の反省会に臨んできまして。
スズがきっと、次の作業に意欲的に取り組めるように、と、「今日ここまでやった。次に○○をやれば完璧だね!」みたいなことをコバに言ったんだと思うんですよ。
そしたら、もうコバはノリノリになって。

そもそも一週間分のザッとした予定はコバには渡してなくて、スズにだけ渡していたもんだから、まあコバは明日は事務所で値段付け、ということを知らない。
でもまあ、そうなったらもう、コバとスズは翌日もにじ屋で続きの作業、つまりその「○○の作業」を進めた方がいいじゃないですか。
だって、もうやる気満々なんだもん。

なんで、予定をまあ全部書き換えることになりました。
一つがズレると、まあ全部変えなきゃいけないということもあるんです。
その日はまさにそういう日で。
「まったく、お前らみたいなもんが…」と言いながら、俺は書き換えましたよ。

スズは予定知ってたんじゃないの?とは思うけど、いやいや、いいのいいの、それはそれだから。
バカじゃねえの?とは思いましたけど、ものすごい最上級の褒め言葉としての「バカじゃねえの?」ということになりますか。
ま、そもそも、俺の仕事が増えるくらい、たいしたことじゃない。

それはとても嬉しくて、こういう風に俺の仕事を増やしてくれたこと、ホントになんか嬉しかったな。
「お前らみたいなもんが、俺の仕事増やしやがって」と思いながら、口元は大いに笑って、という感じで。


スズも、前回書いたけどミズエも、ホント、「お前らみたいなもんが」なんです。
素晴らしい「元新人」になってくれて、本当に嬉しいです。

mizue23.jpg

motosuzu.jpg











retoroi.jpg

(BGM:The Twist「性 (さが)」from「BEST HIT SINGLES」)
→世良さんの声って、すごく好きだわ。
今聞くと、最初の「うぉうお!」の後の「じゃん」が軽いよね。
まあ、レコーディング技術としてはこんな感じだったのかな~。
もっと重厚感が欲しいところです。
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俺もその一員かもしれない


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先日、アキにミツが「靴と鞄を買いたいから付き合ってくれ」と言ってきたらしく。
まあ、このコロナの外に出れない間、靴もボロボロになってきたし、ミツの場合は財布も破れてきたらしい。
これまでだったら、まあすぐに買いに行っていたところなんだろうけど、「不要不急の外出は避けよう」という話もしていて、彼らとしてもいろいろ考えて、「まだ履けるし」みたいなこともあったようだ。

井上はとにかく「上沼恵美子のおしゃべりクッキング」が大好きになったらしいが、録画する機械がないので、休みの日一日しか見れないらしい。
それも、まあブルーレイとか言うのを買いたい、という話もあったり。

今、まあ近所の店はいいかな、あとは、各々相談してもらって、それぞれ考えて行こう、という話をしてるんだけど。
で、こういう相談みたいなことが出てきている、という。

ミツのには俺も付き合って一緒に行ってきたんだけど、まあ「いつ行っても空いている店」ってのが近所にありまして、コロナ関係なく。
近所言うても車で行く範囲ではあるんだが。
で、そこに行ったらば、まあ予想通り人はいないし、いいモノも買えてよかったよかった、という感じで。

その後、近所まで戻ってきて夕飯を食ったんだけど。

というか、行きの車の中でミツが言っていたことがあって。
それについていろいろ話をしながらの飯になったんだけども。

その話の内容ってのは、けっこう「一件落着した」みたいなことになっていたんです。
いい形で。
でも、まあミツは、「本当はそもそも発端はあったんだけど、それは言わなかった」と。
その発端を行きの車からスッと話していた。

話を聞けば、話さなかった彼の理由もなんかよくわかった。
しかも、そのことは彼の中でしっかりと整理もされていた。
問題は、「その発端をどうするか?」ということなんだけど、俺もアキも「それは解決した方がいいんじゃないか?」とミツに話した。

確かにミツの話もよくわかるが、そのことはとても大事なことだよ、というような話をしたわけです。
なかったことにしてしまうには、やっぱりちょっと悔しい。
そしてまあ、彼ら知的障害者を取り巻く様々な問題にとても示唆的な、そこから話が始められる要素が多いというか。
そういうこともあって、「このままなかったことにするんじゃなくて、ちょっと考えてみたらいいと思う」というようなことに相成った。

そしたらば、昨晩アキにメールがあったらしく解決の道を選んだもようだった。
翌朝、「昨日はありがと!」とものすごいいい顔をして言ってきた。
何かが吹っ切れたような。
やっぱり、彼としても引っかかってはいたのかもしれない。

アキはよく「(知的障害者である)井上君たちはわからない人なんじゃなくて、いろいろ考えているけれど、それがうまく表現できなかったり、解決への道が見えなかったりするだけ。それをこっちがわからない人、に押し込めちゃダメ」というようなことを言う。
まあ、当たり前と言えば当たり前だけど、どうしても日常の中でそれを忘れてしまうことがあって。
イヤな方向から、ってことじゃなくても、「こういう結末にしたら彼らのためになるんじゃないか」というような判断も、こっちが勝手にそっちに持って行ってしまう、というようなこと。
よくある。
そうなると、まあ彼らの思いは「本当はこうだったんだけどな」という風にわだかまっていく。
本来は、たとえ「いい結末」じゃなかったとしても、彼らの思いをまずきっちりと彼ら自身が言葉にできるように応援していくべきなんだけど、それはなかなか時間がかかる作業で、次から次へといろいろなことが起こる中で、どうしても「いい結末」を「作ってしまいがち」なんだ。
俺の見方に対しても、きちんとアキはそれを伝えてくれるので、そうだったそうだった、とその都度考え直していく、ということが多い。

なんでまあ、時間がかかる作業、という部分がこういう三人、少数で飲みに行く、とかの場面で発揮されるわけで、とても大事だな、と思うんだけど。

井上やヨウコなんかもウチに来るといろいろなことを「愚痴る」感じがあったりするけれど、それは本来、愚痴なんかじゃなくて、彼らの思いの「なにか」が芯にある。
それを「なだめる」「納めさせる」のではなく、「その思いをどうやって発散させたらいいか、解決していったらいいか」をそれとなく話していくことになるんだけど。
こういう作業をアキは淡々とやっていくからすごいと思う。
俺はどうしても結論を急ぎすぎる嫌いがあって、よくないな、とつくづく思わされる。

前にも書いたけど、世の中は彼ら知的障害者を「わからない人」に分類する。
まあ、わからないはわからないんだけど、代数はわからないわけで。
でも、生きている上でのいろいろな「感情」は、しっかりあって、その感情は時に彼らを「おとしめる世の中の慣習」の上に、押しつぶされていることが多い。

それは、外の世界から押しつぶされてるだけじゃなくて、俺たちもそうかもしれない。
もちろん、「いい結末」を考えた上だったとしても、彼らの「思い」を押しつぶしていることには変わりはない。
俺もその一員かもしれない。

こうして時に彼らの話をゆっくり聞く機会があると、改めて、「彼らの思いを押しつぶさない」ということを、しっかりと普段からアタマに留めておかなきゃいけないな、と思い知らされる。





車募集

(BGM:栗コーダーカルテット & 湯川潮音「溜め息の橋」from「遠くの友達」)
→湯川潮音さんの声というのはいい。
澄んでいるというか、きれい。
そしてそれは栗コーダーにばっちりなのであった。

譲らない


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先日、三原と飲んでいて、ま、三原は養護学校、今は特別支援学校の校長をしているわけだが、いろいろな話の流れで、「叱らないし譲らない」という話になりまして。

これどういうことかというと、例えばカイが何かをしたい。
何かをしたいんだけど、まあそれを彼は強引に人を噛んででもやろうとしてしまったり、人を倒してでも進もうとしたりすることがあります。
同時に、ほっておけば菓子ばかりを食べてしまってご飯を食べなくなるので、そこは止めたい。
コーラの類いもそうで、肥満だとかのことやこれからの成人病の事を考えると、毎日何本も飲むのはやめさせたい。

ウチのような業界では、「本人の意思を尊重する」とか言うけど、その言葉の通りだと、じゃあそのまんま受け入れるのか?って話になってしまう。
コーラも飲ませればいいじゃない、と。
でも、それは違うわけだどう考えても。
それを延長すると、自分の意思を通すために人を噛んでいい、という話にもなってしまう。

そこでまあ、彼らの行動を制限する必要が出てくる。
こういう言い方をすると、三原なんかは、「教員としてはあまり制限、って言葉は使わないけどね」と笑われるが、でもまあ、結果として彼らにとってはそういうことだ。

でもまあ、普通に言って聞かせたところでわかってはもらえないわけです。
だからまあ言うにしても、なんか考えなきゃならない。
その時に、まあ「叱らないし譲らない」というのがキーワードになるんじゃないか、ということですね。

どうしても一般的には、彼らの行動を制限しようとすると衝突することになりますから、そこで叱るか、つまり怒るか、譲るか、という二つの選択をしがちなんですよ。
でもまあ、俺らはプロですから、どっちも選択しないことが重要になってくる。

そもそも、例えば「コーラを飲まない」という選択をさせなきゃならないから、そこはまあ譲らない。
けれど、だからといって、「飲むな」と怒っても、逆に彼らは強行になってしまう可能性が高くて、つまり制限の力を強めれば強めるほど、彼らの「飲みたい」も強まってしまうというか。
作用反作用の法則というか。

じゃあどうするか。
彼を自販機に近づけないようにと思ったって、そんなことは現実的には無理だ。
街のあちこちに自販機はある。
それにまあ、勝手に自販機に走り出してしまう可能性だって高い。

こういう時に、まあよく使うのは、自販機で買わせるは買わせるが、お茶を買わせる、というのがある。
そのときに、「コーラとお茶、どっちにする?」と聞けば、それは振り出しだ。
コーラを選ぶに決まっている。
そこで、いくら言い含めても、経験的にそれは変えられない。
なので、まあごく当たり前の顔をして、「麦茶と日本茶、どっちにする?」と聞いてみる。
一度は「コーラ」を指さすだろうけど、それには全く答えないで、日本茶かウーロン茶の選択を迫る。
するとまあ、どっちかを彼は選ぶ。
というか、そこに追い込む感じだな。

選択をさせるわけだ。
譲らないが、譲らない範囲で選択をさせる。
「こっちの言うとおりにしろ」というのは、ある意味彼らの意思を潰してしまう。
潰すどころか、余計な反発を生んでしまう。
ま、コーラは簡単な例だけれど、抽象的なことであっても、これを頭に入れておくと、かなりいい感じでカイは言うことを聞いてくれたりする。

これはある意味だましていて、つまり、コーラを飲むか飲まないか、という論議を他にすり替えてしまっている。
「◯◯をしたくない」というのを、でも、とりあえずはさせる、けど、どうさせるか?を選択させる、というような感じであり、つまりはまあこの辺を俺はふだん、「だます」と言うような言い方をしたりする。
つまり、「どうだませるか?」がプロだと。

ま、こういう言い方をすると、三原なんかは「教員としては、まあだます、って言葉は使わないけどね」となるのだが。
「まあ、中身はその通りだな」ともなるが。

結局、穏やかに、うまいこと事が進めば、それはそれで居心地はいいのだ。
そういう状況を作り出さなきゃいけない。
そのためには、論議をすり替えてでも、だましてでも、結局、コーラなど飲まなくても俺は穏やかに過ごせるんだ、◯◯をしても、穏やかに過ごせるんだ、という風に持って行くしかない。
その積み重ねを作るしかない。

譲らない、というのはまあ、誰だって考えられることだけれど、それを行動するのは難しい。
大声を出され、噛みつかれ、それでも譲らないでいられるというのは、かなりの精神力を必要とする。
だから、その苦労をなんとか回避したい。

だます。
確かに言葉は悪いが、どうやってだませるか?に毎日苦心しているという話です。






(BGM:JAPAN「愛の回転木馬」from「果てしなき反抗」)
→後期JAPANも好きだけれど、これも好きだなあ。
後期はどこか必勝パターンを得た後の作品、って気がする。
このアルバムはメンバーは評価してないようだけど、う~ん、いいじゃないねえ…。
世界観がちょっとあれなんだろうかなあ。

俺たちは被害者ではない


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やまゆり園の事件の公判とかがありまして。
ちょっとまた事件を振り返るような雰囲気がありました。

そんな中、こんなツイートが流れてきまして。
だいたいの意訳ですが、こんな感じ。

津久井やまゆり園で起きた事件で1番考えないといけないことは、生きる尊厳で、施設環境のこととかはそれから。施設環境を理由にして、「起きてもおかしくない事件」なんて言っちゃいけない。

う~む…。


ま、まず、あれは「起きてもおかしくない事件」ではないと思います。
いや、起きてもおかしくない、という原因は彼らにはない、という意味で。
施設に入っていた彼らは、とにかく被害者でしかない。
それは、二重の被害を受けているように見えるんです。

つまり、現在の施設環境を「中心軸」とすれば、「ああいう毎日をおくってるんだから死んでも同じ」ということは成り立つかもしれないが、いやいやいや、そうじゃないじゃん。
施設環境の問題は、前々から前時代的って指摘を受けてるじゃん、ということなんですよ。

高度経済成長期に顕著だった、巨大コロニーを中心とする障害者政策、つまりは大量収容政策は、障害者の日常を、被告の言葉に代えれば「家畜」にした。
これは、前々から指摘されている問題である。
そのことになんの反省もなく、その後もその政策は維持され、あろうことか、現在でも夜間の職員の配置は、数十人に一人、ということらしい。

それで、果たして人間らしい生活ができるかというとそりゃ無理だ。
そもそも、障害者に豊かな生活など必要なのか?という問いが生じる背景には、こうした大量収容政策がある。

だって、実際に「オムツさせられて寝かせられる毎日」を過ごしていたら、そりゃ人間クサる。
おかしくもなる。
しかも、そこから脱出できる見込みはないのだ。

埼玉県にある巨大コロニーの昨年の退所者7人のうち、一人は病院へ、一人が親元に戻り、そして残り五人は「死亡」だという。


高校まで生徒会長をつとめていたオグラが施設の十年間を経てここに来たとき、そもそも話が成り立たなかった。
何を考えているのかもわからなかったし、楽しみもないように見えた。
今でもそういうところはあるけれど、あの時に比べたら格段に話が通じるようになった。
大日の後楽園大会に出かけて、選手の名前を覚え、「俺は伊東選手が好きですね」とか言うようになった。
歴史が好きってのもわかったし、戦国時代のなんかの年号とか聞くと答えるのもわかった。
まあ、天正●年、とか言われてもあってるかどうかはわからないが、とにかく興味はあるようだ。

オレらの毎日は、他の施設とはずいぶん違う。
酒を飲んだりもするし、遊びにも行ったりする。
ストリップにも行くし、敬語もなしだ。
コッチの携帯の番号もアドレスも教えるし、毎晩メールを出すのにがんばってるヤツもいる。

その中で、やっと人間らしい生活を、仲間を獲得していく様を俺は毎日見ている。
だから、彼らが「家畜と同じ状態」に置かれているのは許せない。
そもそも障害者は豊かに生活できる能力がない人ではないのだ。

そうなった要因の一つに、大量収容というモノがあることは間違いない。


そもそも、殺された井上達の仲間は、施設に入れられるという被害に遭った上に、あの事件でまた被害を受け、殺された。

何を言いたいかというと、巨大収容を軸とする施設政策そのものが、彼らを被害者にしてるじゃないか、ってことです。
つまり、我々は「加害者」じゃないか。
彼らを閉じ込めている加害者は俺たち自身じゃないか。
この日本の世の中じゃないか。

あの犯人は、その施設の状況の中でしか井上達を見ていない。
そして「死んでるも同じ」という結論に達してしまった。
バカだ。
話にならないくらいバカだ。
一度ウチに来てくれたら良かったのに。


俺は、あの事件こそ施設政策に異を唱える分岐点だと思っていたが、それは上がらなかった。
彼らにも生きる権利があったのだ、などという論調が目立った。

いやいやいや、そりゃそうだ。
だとしたら、それを大量収容してオムツさせてることを許してる俺たちはどうなんだ?
彼らの生きる権利を、豊かに生活する権利を奪ったのは俺たちじゃないか。
間違った策の上に、いくら人権を叫ぼうが、そんなのは寝言じゃないか?


こういうことを書くと、「虹の会は特別だ」とか言う人がいる。
「あそこには意思をちゃんと表現できる人がいるから」とか。

いやいやいや、例えば先にも書いたがオグラだって最初はそうじゃなかった。
はじめから彼らを「意思を持たない人間」って断じてるのはあなたの方じゃないか、と俺は思う。
「俺のところと虹の会は違う」。
そう思い込んでいること自体が、あの犯人と同じじゃないか?


俺たちは加害者なのだ。
だから、今それを反省し、どう取り返すか、を考えるべきだと俺は思ってる。
彼らの尊厳を奪ったのは誰なんだ。
そして、生き残った彼らが、我々がそれを取り戻すために、俺たちは何ができるんだ?
そのことを忘れちゃダメだと思う。






2020もち

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駅無人化小

駅無人化大

(BGM:ニュートラル「ちびとふとっちょ」from「誰も知らない泣ける歌 2」)
→ちびとふとっちょが恋に落ちました。
という。
まあそういうこともあるでしょうが、どうでしょう。
お互いのいいところを好きあいました、と。
ふむ。
ま、泣ける人もいるのかもしれない。

こっち側とそっち側


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まあ、失敗はたびたびします。
というか、失敗の中に成功がありますね。

「ああ、なんであの時、あんなことしちゃったんだろう!」
「ああ、なんであの時、あんなコト言っちゃったんだろう!」

そういうことって、まあ誰にでもあることだとは思うんです。

え?ない?
そうか…。
その場合、ない人の気持ちはわからないが、俺にはある。

しかもまあ、たいして意味がなかった、って感じの。
つまり、「イヤなコト言ってやりたくて、あんなコトを言ってしまった」とかじゃなくて、たとえば「その瞬間、頭があまり回らなくて、急にふられたので、あんなコトを言ってしまったが、まったく本意ではない」みたいな。

その後、場が凍るとかそういうオオゴトになったわけでもなく、おそらくその言われた相手も思い出せもしないであろうことなんだけど、俺はすごく「失敗した!」と思っているというような。

で、その手のことが急に思い出されて、「ああ!違う違う!」とか、「ああ!ごめんごめん!」とか、そういう風に、実際に言葉に出てしまうことがあります。
ま、それはどっちかというと声が出ているので、その時にいたまわりの人には聞こえてしまうが、その人達は何を言ってるかわからない。

とまあ、そういうことが時々あります。

今はアキ坊と暮らしているわけですが、それでもそういうことがあると、「え?」と聞き返されてしまうこともあります。
けどもまあ、いや、別に、となります。

その時のことを俯瞰して思い出す、というより、その時の状況の中に入り込んでしまう感じで、まさにその場所にいる自分に「違う違う!」といってるような感じ、ですね。
それはその瞬間のことで、長引くことはないし、すぐに自分の中で納まるけれど、その「あああああああー!」という感じは、「逃げ出したい」という感じに似てて、つまりその時のその場所から逃げたい、という感じ。

まあ、冷静に考えれば、もう時間は経っているので、その場所にはいない。
だから、「逃げたい」は達成されているのだが、それでも「逃げたい!」と思ってしまう。
それは衝動のような感じで、自分のアタマで制することはできない。
なので、「あああああー!」と頭を抱えるしかない。
ちょっとすればそれは納まる。

これは何も関係があるようなこと、似たようなことがあったからそうなる、というわけではなく、もう関係なく起こる。
トイレに入っているとき、風呂に入っているとき、本を読んでいるとき、まあ、どんな時であれ、急にその衝動がくるのである。


さて、ツノちゃんが、時々「わあああー!」と叫ぶんだけど、まあ叫んでいる中身はよくわからない。
今起こったことの時もあるし、聞けば「昔いじめられていた○○くんのことを思い出していた」ということもある。
とにかくまあ、彼はキャパが狭い。
ちょっとした集団の緊張感にも「わあああああ」となってしまうこともある。

それでもまあ、彼は理性がそれを制している感じがあって、まあ逆に言うと見てて辛い。
そしてまあ先に書いたように、その「過去のことが甦る」というのは、どこか俺にもわかる気がする。
いくら時間が経っても、「ああああああ!」という気持ちが治まることがないのだ。

ま、よく障害の本なんかには「フラッシュバック」などと書かれている。


これに支配されてしまえば、恐ろしい行動を起こすかもしれない。
…と思う。
けどもまあ、もちろん支配されることはない。
その衝動は急に来て、急に去る。
それがわかっているから、その前後では冷静でいられるし、その最中も一度「わああああ」と言えば済む。
言わずとも、頭の中でその衝動と闘えばよろしい。

その程度のこと、といえば、その程度のことである。
で、これは、多くの人がそういうもんだと思っていたが、そうではないのだろうか。


俺は子どもの頃からおかしな子で、喋れないときから車の車種を覚えてしまい、というか、喋るのが遅かったらしいのだが、一緒にいる母親に、「あの車の名前を言え」というようなサインを送り、それをきちんと答えられないと怒る子だったらしい。
ミニカーを部屋に並べ、掃除なんかで俺がいない間に母親が動かし、その位置が変わっていると怒ったらしい。

今では車種もわからないし、車にはまったく興味がない。
モノが並んでる順番やなんだらにもあまり気を遣うことがない。

そんな俺を見て、父親は養護学校の教師だったわけだけれど、「ああ、この子は自閉症なんだな」と思ってたらしいフシがある。
今思い出すと、小学校の前、なんかの知能テストのようなことを家でやった覚えがある。
休みの日なんかに父親が学校から持ってきてやったんだろう。


彼らと俺が地続きだ、というのは、俺はよく言う。
「なまけたい」とか、「わからないふりをする」「聞いてなかったことにする」みたいなことは、俺たちでもよくやることだからだ。
都合が悪くなれば逃げたり、逃げたくなったりするのは、市丸たちと俺たちはかわらないと思うからだ。
そういう衝動に、むしろ彼らは正直で、俺たちはカッコつけてやり過ごしているだけだろう。
彼らが「怠惰だ」「よくわかってない」という前に、自分のことを考えてみれば、同じじゃないか、と。


俺は今はまあ、そこそこの生活をおくってはいる。
ツノちゃんほど生活に困難はないといっていいと思う。
けれども、「彼らと地続きだ」というのは、そうした俺個人のパーソナルなこともあるのかもしれない。

俺はたまたま「こっち側」にいるだけだ。







2020もち

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駅無人化小

駅無人化大

(BGM:秋葉絵美「明日の私に賭けよう」from「台頭」)
→90J-POPサウンド全開。
いいタイトルだと思ったんだが、ちょっと肩すかしを食らうかっこうだ。

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