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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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お客さんにしない その2(ラスト)


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専従募集


先日、井上達から専従の外口さんや原さんを中心として、数人に対して厳しい意見が出ました。
というのも、専従ではないが、彼らが信用「し始めていた」人が、やめるということになって、それに「やめないでくれ」ってのを、実際に「言えばいいんだ」「言っていいんだぞ」という話になったときに、俺の方で、「健体者相手にビビってホントの気持ちが言えないなんてのは情けない!」ということを井上達に話したことがあって(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-date-20170701.html)。
その流れで、彼らは専従らに対して、俺にいろいろ言ってきた。
でもまあ、なかなかうまく言えないヤツもいる分けなので、朝飯の時に紙に書いてもってこいよ、というと、ずいぶんいろいろ書いて持ってきた。

それが思う以上に、面白かったというか、けっこう集まってなかなかよかったな、と思ってて。

で、この時は原と外口さんに意見が集まったんだ。
原は新人だからしょうがない、というか当然だとして、外口さんなんかは、まあとても気持ちのある人で、仕事のみならず遊びのことなんかも考えてくれて、いろいろなイベントごとやスポーツ大会的なこととか、そういうのを一生懸命探してみんなにあうモノを紹介してくれたりしてくれるんだけど。

ただまあ、確かに語気は荒いところがあって。
だから、普段を見てると、多少こう、中身が伝わってないなあ、とか思うときもあって。
つまりは、かなり「誤解されやすい人」ではあると思うんだ。

けれども、それは俺はまあ普段見てるからわかるけど、それを俺が外口さんに成り代わって弁解してしまってはいけない、イイワケしてしまってはいけない、と思ったので、なにも言わずに彼らの言い分を聞く。
「へえ、そうなんだ」と聞いてはいるが、心の中では、「イヤイヤイヤ、それはどう考えたっておまえが悪いだろ…」とかいうこともけっこうあるんだが、スルー。
「あ、そうとってたの?その時俺もいたけど、外口さんはそういう意味で言ってたんじゃないよ…」とかもスルー。

ま、原が言われてることは、まったく俺も心の中でも全て賛同したけど。
それも、新人の時代にしかできない、一つの役割だ。
その時期は、健体者は井上達の「指示を聞く存在」になる。
だって、にじ屋のゴミ置き場の場所もわからないんだから。
だから、言われるのが仕事、それでいいんだ。

でも、新人とはいえ、相手が健体者となると、いきなり井上達は躊躇を始めるので、まあこれはいい機会だったと思う。

とにかく「言わせることが大事だ」と思ったから、「いやいや、そうじゃないんだよ」という「事実を伝える」ことをせずに、「彼らの世界」につきあった。

「言わせる」ことを「具体的にやる」ことで、とにかく彼らの言葉を引き出したかった。
もっと言えば、彼らに「中身の事実」を伝えることより、「主張していいんだ」ということをわかってほしかった。
これは、もうずっとやり続けて、彼らに理解してもらうしかない。

「言っていいんだよ」「なんでも言ってきて」なんて言葉で言ってもムダなんだ。
彼らはそれを是としない。
というか、そんなことで言ってくれるなら苦労しないんだ。

だから、行動で示すしかない。


で、書いてきたことや俺が聞いたことを、会議が終わったときに全体に話すことにした。
これでやっと、原や外口さんにも伝えられる時間、ということになる。

もちろん、「言われて」いい気分になる人はいない。
原も外口さんも耳がいたこともたくさんあったかもしれない。
「伝わってない」ことに関して、残念にも思ったと思う。

正直、彼らの遊びにだって付き合い、金の使い道に付き合い、買い物に付き合い、そんなことを毎日やってる外口さんや俺なんかが、「なんでヤツらの敵にならなきゃいけないんだ!」という気持ちにもなる。
それは俺も同じだ。

でも、長い歴史の中で、彼らは「健体者の理屈」に、閉じ込められてきたんだ。
今の時代には檻はないかもしれないけど、言葉や慣習や、いや「善意や正義」によって、彼らは、「言えない状態」に閉じ込められている。

だから、俺や外口さんがそれに一緒に闘っていたとしても、やっぱり、オレたちは敵ではある。
それは仕方のないことだと思う。


今回のこのコトで、俺が改めて、外口さんをすばらしい、と思ったのは、彼は、一つ一つ、いろいろな意見に対して、「これはそういう意味じゃなかった」とか「そういう状況じゃなかったでしょ?」っていう風に、「事実を伝えたり」をしなかった。
それは、井上達にしてみたら、弁解だしイイワケだ。
それに、そう言われたところで、井上はすぐには反論できない。
なぜなら知的障害者だから。
そうしてしまえば、「丸め込まれてしまう」しか、彼らには道はなくなる。

俺が、まったく「弁解」しなかったように、外口さんは、自分のことを言われてもなお、同じように弁解しなかったし、何も言葉にせず、「これからの態度で示さなきゃしょうがないと思ってる」と言っていた。

これは、なかなか人はできるもんじゃない。
やっぱ、すぐに「ちがうの違うの、俺は、おまえらのことをね…」とかって、すぐに言いたくなっちゃうものですよ。


でも、言われてもなお、「行動で示す」といいながら、「一緒にいる」ことを体現している外口さんこそ、俺は、なんかオレたち専従全体の井上達への答えだと思ってて。

つまりは、言葉じゃなくて行動。
時間をかけた行動でしか、彼らに伝わるモノはないんだ。




(BGM:ロス・アンヘリトス「花はぬれている」fromYOUTUBE)
→もうね、この「花はぬれている」という部分がサイコウである。
ま、もちろん、夜の花がぬれている、ということで、もうひどすぎるんだけど、この部分ですべて帳消しにしてもいい。
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お客さんにしない その1


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専従募集


先日、イタリアの精神病院のなんたらのDVDの話を書いたんですけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4177.html)、やっぱ、なんだかんだこの物語は、お医者さんがスタートなんですね。
ま、それがどうこうってのは、まあ置いておいてデスね、なんにしてもこうした「施設」だったり「監禁病棟」だったり、もちろん、障害者の作業所とかでもそうですけど、鍵を握るのは、「そこで金をもらって働くサイドの人だよな」と思うコトがあります。

よく、我々のようなところだと、急に「利用者様」なんて感じで、たとえばウチで言えば井上とかを「お客さん扱いしなさい」なんていう通達的なことが来たりするんだけど、それもまあ、間違ってはいて。

つまり、井上たちの欲求をつぶしてしまうのも、全肯定してしまうのも、どっちも「人間扱い」ではないんだよな。
「欲求をつぶしてしまう」というのは、「外出したいと言ってるのにさせない」ってことだから、「人格を否定してるじゃないか!」という意味でわかりやすい。
でもじゃあ、その「そう言うの、全部聞いちゃう」ってのはどうか?ということになるんだけど、まあ、確かに彼らの欲求は満たされるかもしれないけど、人間って、そうそう全部の欲求を満たして生きてるわけじゃないですからね。

社会にはルールがあって、慣習があって、という、まああたりまえの中に彼らも入れていかないと、ちょっと話が進まない。
老人ホームなんかで、おじいさんが「ここはなんでもやってくれて居心地が悪い」なんていう物語がよくありますが。
つまりはまあ、「お客さんにしない」ってことなんだけど。

しかし、お客さんにしない、ってのは、金もらってそこで働いているサイドからしてみると、非常に難しい話なんです。

お店でもそうで、まあクレームをいちいち聞いちゃう方がラクなんですよ。
クレームの内容なんていうのはマニュアル化できないものだから、それぞれの対応する店員の力量次第ってことになるのよね。

ま、お客さんにしておけばラクなの。
「はいはい」、いうこと聞いてればいい。
できなくたって、「ちょっとまってね」って言ってればいい。
で、結果毎日毎週毎月毎年、それぞれの単位で同じ事を繰り返し、ケンカもせず、異議を申し立てず、敬語を使っていれば、少なくとも今の段階では市とかに怒られることもない。

…って、俺らにしてみたら、それってすげえ彼らの人権を損なってるようにしか思えないんだけどね。
ま、それはいいとして。
ここで言いたいのは、それは簡単だ、ってことなんですよね。

つまり、毎日のスケジュールが決まっていて、曜日でまたなにかが決まっていて、たとえば水曜日は散歩、とか。
で、月毎に第2木曜はカラオケ、とか。
で、毎年8月にはおまつりをやります、とか。

まあ、ちょと蛇足になりますが、びっくりしたのは、とある作業所で、「お祭り」?をやるんだけど、「職員が忙しいので親御さんと来てください」というのがあるそうで、もうこうなると、誰が誰に向けたお祭りなのか、これ、単純に保育園の「職員による出し物」じゃん、というね。
別にそんなのやらなくていいし、みたいな気になってきますけど。

つまり、「職員誰でもできるメニュー」というね。
だって、去年の記録を見て、同じ事やればいいんだから。
で、はみ出す要求があった場合は、「ちょっとまっててね」と言ってればいい。
「いつかね」と。

いやいやいやいや…。
ま、単純に違うでしょ?と。

つまり、「どうやってお客さんにしないか」という。
「あんたの人生はあなたのモノで、あなたはどこのお客さんでもない」ということを、どうやって実現するか?ということになるんだけど。
これ、まあ具体的なマニュアルが作れない。
すげえ、難しいことだと思うんですよ。
しかも、経験的に「熱意」だけじゃ、絶対にできません。

よく、俺らのことを「熱意ある人たちだ」と言う人がいるけど、それは「マニュアルにできないことをやる能力がある」ということであって、熱意じゃないんですよ。

ここ、難しいんですけど、つまりね、市丸たちとのことを関係性でとらえるかどうか、だと思うんだ。
「俺と市丸」とか。
外口さんだったら、「外口さんと市丸」だろうし、そういう。
もっというと、井上たちの集団と俺、とか、そういう。

そうなると、もうこれ、「市丸をどうするか?」じゃすまないんですよね。
簡単に言うと、「市丸は◯◯が問題なので、それを改善させるために□□をやらせることで、向上させたいと思います」みたいな「個別指導計画」とかじゃ、絶対に「出てこないモノ」が必要なの。

ってか、そんな風に市丸を変えることばかりを考えて市丸とつきあってたら、市丸はおそらく「その計画がうまくいかないようにもっともっと粗暴になるぞ!」とか思っちゃうんじゃないか?
というか、そうですね、特に市丸なんかはそういう面があります。
誰だって、「対象」にされて「観察」されていい気分になるわけがない。

結局、市丸をどうするか?じゃなくて、「俺はどうするか?」なんですよ。
もっともっと言えば、「俺はどういう人生をおくるか」という。
その人生で、市丸と「つきあうだけ」。

その中で、市丸が変わるかどうかは結果論。
しかし、経験的にみんな変わりますね。

まずね、自分がどうするか?なんだよ。
あんたの人生それでいいの?って市丸に言われて、その答えに胸を張れなかったら、市丸は絶対にあなたを受け入れてはくれない。


続きます






(BGM:プッシーズ「見えた見えたよ」fromYOUTUBE)
→もうグループ名がダメなんだよな。
ってか、歌詞的にも見えたのは洗濯物で、なんかもうダメ。
全部ダメ。
…という、あり得ないサイコウ作品ではある。

ウチの夫婦の予定を把握する男


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関西方面の方、ぜひ来てね!


てなことで。

井上は、そもそもかっこつけるところがあるし、「自分はリーダー」みたいな自負もあるし、そもそも優等生できた彼は、責められたり、怒られたりすることに、極端に弱い。
そう、極端に弱い。
それでいて、市丸や他のみんなを小馬鹿にするところがある。

そんなのだから、例えばミツがウチに来ていたりして、夕飯を一緒に食っていたりするのを、うらやましく思っている。

けど、なかなか言い出せない。
言い出せないのは知っていた。

そもそも、なにかウチにくるのにルールがあるわけではないから、「佐藤さんちにメシ喰いに行きたい」と言って、時間が合えばそれで話は終わりだ。
ミツなんかはそうしてるわけだけど、ストレートなこうしたやりとりが彼にはなかなか難しい。
それでも、何かの際には声をかけてやったりしていたけれど、最近になって、「あ、別に簡単にふつうに言えばいいのか」と気づいたらしく、しょっちゅう言ってくる。

で、なぜか言ってくる時にそばにコバがいると、かならずコバも「俺も一緒に行きたい!」と言いだす。
コバンザメである。

ま、いいんだけど、断る理由もないし、正直言うと、彼らの場合、一回「言い方」とかでケチをつけると二度と言ってこない、ということもあるのよね。
自分から言い出したことを大切にしてやりたい、という意味では、できるだけ希望は叶えてやりたい。

ここけっこう重要で、彼らが誘って、まあちゃんとその誘いを断るのはいいんだけど、そうじゃなくて「誘い方」とか、そういう入り口でモノを言っちゃうと、彼らはなかなか言ってくれなくなる。

金八2で、高校入試の面接のことで、「おまえ達の先生に対する言葉遣いが悪いのをなにも言わなかったのは、いちいち言ってたら君たちはなにも言ってくれなくなっちゃうだろ?」と金八先生が言う場面があるんだけど、そういう感じね。
入り口を狭くしちゃうと話が進まない。
というか、彼らはなにも言ってこなくなる。
それでは話は進みません。

すすめたくない場合は、そうするのが一番。
例えば、生活保護をとらせたくない場合は、窓口で受付についていろいろと文句を言ったらいいんです。
そうやって入り口を狭めれば、かならず、生活保護自体が減ります。

同じように、作業所で障害者の希望に添いたくなければ、「希望がある場合は、親を通して連絡帳で」とか、言われたらすぐに「それは後でね」「できないでしょ、それは」「今はそういう時間じゃないでしょ」とか言ってれば、かならず彼らは希望を言ってこなくなります。

で、一回こうなると、この関係を修復するのはたいへんに難しい。

知的障害で、身体の障害もあってトイレの介助が必要だったりする場合、すっとその介助をやってやればいいのに、「ちょっとだけ待ってて」とか、「今?」「さっき行ったじゃない」そういう「否定の言葉」を言わなくてもいいのに付け加えると、当然、その人はあなたには頼まなくなります。
この関係を修復しようとすると、一回につき1ヶ月くらいかかるかと思います。
二回やれば一年、みたいな。

だから、これはやっちゃいかんのだけれど、簡単にやっちゃう「専門家」とか「職員」とかがいて、「バッカだなあ」と思うんですが。

あ、でも、「頼りにされない職員になりたい」場合は、それで正解ですね。
そりゃ、同じ給料だもんね。
トイレ介助なんかしない方がイイもんね。
…って、ま、ならやめろや、って話ですけど。
クソが。


ま、そんなわけで話戻しますが、そうなってくると、タイヘンですよ。
だいたい、そもそもウチの夫婦は、夫婦二人揃って家で夕飯を食べる、というのが、週に一、二日あるかどうか、なんです。

が、まあ俺やアキの予定は、そこそこ自分に関係なくても井上なんかは「なんとなく」知ってる。
で、それを避けて、彼らは言ってくるわけですよ。

「今度の○曜日に行っていい?」とか。

それがちょうど、今日からその日まで夜は予定が詰まってて、その日やっと二人で飯が食えるから、○○にしようかとか言ってる日なんだよね。
必ず、そうなの。
で、その翌日からはまた同じような一週間。

そうなるんで、もうこうなると、二人でウチで夕飯、というのは当分あきらめなきゃかなあ、と思ってるけど、でも、とてもそれは幸せなことだね、ありがたい、とアキと二人で言えるので、俺は幸せなんだと思う。
ま、普通にメシを作るだけだし、もうペロリと食べてくれるから、それもまあ、ありがたいというか、残り物を大放出できる側面もアリ。

なんで、井上に「○曜日行っても…」と言われると、アキと二人で最近は笑っちゃう。
よくまあ、俺らの予定を把握してるな、というか。
ま、ミツはこっちの予定お構いなしに言ってくるから、そう考えるとそこはまた井上は優等生だな、というか、なんというか、彼の限界だな、と思ったりするわけですが。






(BGM:ザ・マイクハナサーズ「二人でカンパイ」fromYOUTUBE)
→おいしいフレーズをつまみ食いした、という一曲。
いろいろなヒット曲のハイライトをつなげました、という。
正直、な~んも面白くない。

単純に


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単純な話、イチマルたちがなにを必要としているのか?という。

福祉の現場では「障害者のニーズに応える」みたいなことを言いますよね。
では、イチマルたちのニーズって何だろう?と。

よく、そういう「ニーズに応える」という上で、福祉の現場では彼らを「指導」したり、いわゆる「更正」みたいなことかな、しようとしてる。
例えば「作業ができるように」とか。
「買い物ができるように」とか。
そのために、計算の訓練をしてます、とか。
そして、親から日中あずかって、「あずかった状態と同じ状況で親に返すのが仕事」とかいうことらしい。

…ふむ。
ま、単純にね、これね、イチマルのニーズなんだろうか?。

いや、俺もね、「単純にニーズに応えりゃいいんだ」とは思ってないのよ。
そんな「王様」みたいな話、ないからな。

でも、いくらなんでも、この現場の状況って、イチマルのニーズからは離れすぎてないか?と。

だって、これ、保育園じゃん。
保育園では、親から子どもを預かって親に返す。
例えば字を教えたりする保育園もあるかもしれないし、まあみんなと一緒に遊んだり、遊びのルールだったり、そういうことを子どもは学んでいく。

これ、まあそのまま「子ども」を「イチマル」に入れ替えたら成り立っちゃうんだよね、今の福祉の現場って、そういうことをやってる。


これね、まあ「イチマルは頭が悪い」=「子どもと一緒」と思ってるからこんなことやれるんだろうなあ、と思うんだけど、違うでしょ。
一緒じゃない。
少なくともイチマルは身体がデカイ。
子どもと同じではない。
子どもは小さいだけで周りの大人が驚異なんだよね。
それが子どもを更正する一つの要件ではあるわけ。
しかし、それをイチマルは満たしてない。
少なくとも、この一点だけでも、子どもと一緒ではない。
逆にそれは子どもに失礼というか、そういう風にも思う。


でね、じゃあイチマルがなにを必要としてるんだろう、って話なんだけど、ちょっとその前にね、自分のことから考えてみよう。

俺、人生の中で必要なコトって何だろうか。

金か?
金も大事だが、それだけでもない。
ま、言ってみればやっぱ「友だち」なんだよね。

一緒に呑みに言ってくれる人。
話してて楽しい人。
一緒にプロレスとかライブに付き合ってくれる人。

で、しかもこれ、金じゃ買えない。
つまりね、金と友だち。


で、そう考えた時、イチマルはどうだろう。
イチマルは俺と違うんだろうか?と。
「知的障害者だから俺と違う」と断じて保育園と同じようにめんどうみてやればいいんだ。というのは簡単だ、というか、そういうことを今やってるわけだよね、世の中は。

でも、そういうデイケアの中で、カブキもオグラも死んでしまった。
今、やっと話ができるようになったけど、彼らがここに来たばかりの頃はひどかった。
そう考えると、やっぱり彼らが必要としているのは「保育園ではないのではないか」というのは成り立つ。

つまり、逆算ではあるけど、彼らだって「やっぱ金と友だちが必要なんじゃないか?」というね、そういう簡単な結論がここから導き出されるんだよね。


だからまず、友だちを作る。
一緒にバカが言える人。
親の知らない仲間。
親には言えない場所に一緒に行ってくれる友だち。
そういうね。

そして、あとは金だけど、そこはまあにじ屋を頑張る。


それをまあ、粛々とやったらイイと思うんだよね。
難しいことはない。


けれど、多くの関係者、俺のような人たちは、よくわからないような「横文字」を使っては、頭を悩ませている。
俺は「そこ?」といつも思う。
もちろん、前に書いた「粛々とやっていく」ことについて悩むならわかるんだけど、俺でもよくわからない、いや、イチマルにはマッタクわからない横文字で悩むなよ、と。

それ、少なくともイチマルの「思い」からはかけ離れていくばかりじゃなく、そういうことをメインにしていっちゃうことで、イチマルが参加できない状況ができちゃうんだよね。


それとよく聞くのは「ウチの子は友だちなんか欲しがってない」という。
けど、それ、カブキやオグラがここに来る前にそうだったように、「死んでる」からなんじゃないかな、と思ったりする。
あの状態で、オグラがなにか考えられる状況だったかというと、俺にはそうは思えなかった。

まあ、確かにオレたちも手探りだったけど、オグラはそこからここまで来た。
施設で十年同室だった人の名前は思い出せないが、今はみんなとふざけていたり、みんなと笑ったり、みんなとケンカしたりしている。


つまりまあ、何が言いたいかというと、なんかね、「もっと単純に」って思う。

友だちを作ろう。
金持ちになろう。

そこを軸にしていくしかないと思う。
そのための作業であり、そのためのコミュニケーション術でアリ、そのための笑顔、だったり。
軸をブラしちゃダメだよね。


蛇足だけど、両方ともウチのオリジナル曲になってるな。
「俺は仲間がほしい」って歌もあるし、「金持ちになりたい」って歌もあったわ。




(BGM:Elequte「アジアの純真」from「J-Pop House Covers」)
→この曲は「なんだこれ?」と思っていたけど、いや、深かった。
というか、こういう曲が残るという。
歌詞的にもどっか「横浜、たそがれ」的作りというか。
こういうのもスゲエ。

聖人じゃない …俺もな


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ボランティアに来る人やガイドヘルパーとかなんでもいいんだけど、子どもだったころの井上達にとって、そういう人たちは「一緒に遊んでくれるお兄さんお姉さん」だったわけです。

彼らにとっては、親とは違う「楽しい人」「会いたい人」の一人だったわけですが、もちろん、今会ったりすることはおろか、年賀状くらいは交換しています、という例を、俺は聞いたことがない。

ま、俺が聞いたことがないだけかもしれない。

大体の場合、それは学生だったり、つまり「時間があった」とか、「他の仕事をしようと思ったが失業した」とか、人によって「失恋した」とか。
つまり人生のエアポケットのような時間を、ボランティアで過ごす、みたいなことですね。
いや、まあ多くは「経験してみよう」なのかな。

で、これが映画だとしたら、ボランティアに来た人が逆に「人生の豊かさ」「頑張ろうという気持ち」を受け取り、エアポケットから人生の軌道に戻る、みたいなスジになります。
つまり、まあ多くの場合、「ボランティアをされる側」にとっては、それが「人生を変えること」にはなかなかならないコトが多い。
いや、絶対にそうだとは言い切りませんが。


…といったような、いろいろな背景は想像なんで、これ以上なんか言ってもしょうがない気がしてきたので、話を進めようと思います。

ま、現実的に、井上達はそういう出会いと別れを繰り返している、ということね。

その中で、けっこう井上とかは、新しい専従や職員とかに「辞めないでくれ」という思いがあるようで。
でもまあ、辞めちゃうんで、そのたびに井上は腹を立てる。

しかし、やめるってのは、人生の重大事だから、その決断も尊重しましょうよ、と思いますが、それって大人の理屈で、その前に、一緒に遊んでくれていたお姉さんに「なんでいなくなるんだヨー!」って叫びたい気持ちが、まあ井上なんかには大きくあるというか。

でもまあ、直接その場で言えるほど井上はできるわけじゃない。
健体者が怖いし、なんか言い返されたら、と思ったらなにも言えなくなっちゃう。
だから、後になって、俺に言いに来たりする。
でもまあ、もう遅く、その本人に伝える手段ってのはなかなか作れない。
というか、俺の「大人の対応」として、なかなかそれができないのもあります。

「それでいいのか!それでも井上の側の人間と言えるのか!」という批判を自分自身にしつつ、でもやっぱ辞めた人にどうこう言いたくはない、という。


しかし、まあそれでも井上なんかはあとででも言ってくるだけイイですが、市丸とかはもうその状況になれきってるから、何も感じない、というか、何も感じないようにフタしちゃうんだね。

よく、施設に行ってて「オグラやカブキがバカのフリしてた」って話を書きますけど、それと同じで、「防衛本能」だと思うんですよ。
どんな人が来ても、その人は辞めます、という前提だから。
薄く、テキトウに付き合ってればいい、という。
辞めたらもう「なかったこと」にすぐできる、というか。

なんか怖いよね。
世の中で一番大切なのは友だちだ、なんて言いますけど、もうそういう次元じゃないよね。
人生楽しいわけがないよね、というか。


井上やミツたちの会話で、学校時代に一緒にいた友だち、というかいじめてた友だち以外で健体者が出てくるとしたらそれは先生です。
オレなんかは、別に「小学校の時の先生にライブを見てもらいたい」なんて決して思いませんけど、ってか、先生自体を忘れちゃった感もありますが、彼らはすぐに「先生」が出てくる。

なぜなら、先生だけが、健体者の中で自分たちに関わるのを辞めなかったからです。
いや、担任になった後も、学校にいて、挨拶をしたりできた。
卒業した後も。

だから、みんな先生のことは忘れない、というか、それしか彼らにはない。

イイ先生だったのか、どうなのかはわかりません。
彼らに聞いても、「いやあ、別に…」となったりします。

つまり、「続けること」以外に彼らの信頼を得る方法はないってことはハッキリしてて。


でも、井上達と違って、健体者の人生にはいくつも岐路があったりするから、辞めなきゃならない場面もある。
ま、だから俺の仕事は彼らが辞めないですむようにしなければならないし、でも、まあそういうこととは関係のないコトもあったり。


一つだけ、健体者のみなさんに知っておいてほしいのは、井上達は、健体者の人ほど選択肢はないんですよ。
だから、すごく「期待してる」んだよね、他人に。
ま、それがいいかどうかは別ね。
でも、それが現実。

その中で、彼らは哀しい気持ちを押しつぶして、ないモノにして、本人にもその気持ちを伝えずに「いい人」で、ずっとずっときてる、って話。
そこに甘えられちゃうのを見てると「ひどいなあ」と思う。

ってか、井上達にも人の気持ちはあるんです。
聖人なんかじゃマッタクない。





(BGM:THE TIMERS「障害者と健常者」from YOUTUBE)
→タイマーズのこの曲が入ってる盤の再発がされないのが許せんなあ。

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