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スーパーちんどん・さとう

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「愛そう運動」であってはいけない


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前に「月」と言う映画を見たという話を書きました(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-6453.html)。
こちらぜひ見てもらいたいんですが。
相模原の事件をモチーフにした映画なんですけど。

この犯人、こういうことを言うんですよ。
「だって、じゃあ彼らを抱きしめられますか?」と。
世の中は彼らを平等だといいながら、いらない存在としているじゃないか、ということの文脈で。
その証拠に、あなた方は彼らと頬を合わせることができますか?と。

これね、よく言われることなんですよね。
ホームレスのことでもありました。
「だったら、あなたはホームレスを家に泊めることができますか?」とか。
それに続くのは、「ほら、なんだかんだ言っても、泊められないじゃないですか」と。
つまり、「あなた方の支援は、遠くから、安全地帯から言ってるだけで、ホンモノじゃない」というようなことを言いたいんだろうと推測されます。

これは結局「支援者攻撃」をしたいのだろう。
と同時に、「障害者など誰も救わないのだ」とも言いたいのか。
それとも、「俺は抱きしめられるから俺こそが本当の支援者だ」と言いたいのか。
ま、どっちにしても、現状の運動を分断しようとする声であることには間違いなかろう。

これ、理屈としてはなんか当たってる気もするかもしれませんが、間違った理屈だとオレは思っています。
だって、支援することと「頬ずりすること」は別なんじゃないかと思うからです。
支援の証明が頬ずりすることなのだとしたら、俺は支援者ではありませんね。
ってか、そもそも「支援」という言葉は我々は使いませんが。

障害者など誰も救わない、だって誰も君に頬ずりすることなどないのだから、というのはもっと間違ってるだろう。
別に障害者じゃなくても、誰かに頬ずりなどしないだろう。
しろ、と言われて、そんなに簡単にできるか?
何処の誰だか知らない相手に、なかなかそれは難しいじゃないか。
「君の夢を支えたい」と思っているような、いわゆる応援している人が相手だったとして、難しくないか?
ま、人によるというのはその通りだ。
出来る人もいようし、そうじゃない人もいよう。

もしかして、日本は「愛は地球を救う」と真剣に思ってるのかもしれない。
いや、愛しか障害者を救えないと思っているのではないか?
つまり、「障害者を愛しているなら頬ずりすることくらいできるだろう」という理屈なんじゃないかと思われる。

障害者問題の解決は、社会のありようの問題だろう。
つまり、社会の構造や慣習を変える運動が必要になる。
「障害者を愛する運動」ではないはずだ。
というか、それはちょっとおかしかろう。

だって、障害者一口に言うが、いいやつも悪いやつもいる。
そんなの当たり前じゃないか。
メディアにも出て、それなりに露出のある障害者が一万円貸してくれ、というから貸したらそのまんまもう五年以上返してもらえてない、なんてことだってある。
障害者だから皆好きになれ、というのはおかしな話である。
むしろなんか皇室を彷彿とさせる。
「皆好きだよね」と。
それこそ差別の逆張りである。
というか、その論理で言うと、皇室の存在も差別的ではある。
彼らも人間だ。

だから俺は「彼らを聖人にする風」の活動は好きじゃない。
何の解決にもならない。
というか、意味がない。
ま、もちろん、彼らにも絵の才能がある、とかって彼らを持ち上げる?こともあろう。
それはそれで意味があろう。
でもだからって彼らの絵を悪評価の対象から外すのはおかしいだろう、とは思う。

ま、とにかく、我々がすべきことは「社会を変える」ことなのだ。
役所のあり方も、政治のあり方も。
そして隣の人がイチマルを特別視せずにフラットに接してくれることを目指すべきなのだ。

愛は地球を救うかもしれない。
でも、障害者運動はそれとはまた別の次元のモノでなければならない、と俺は思う。
頬ずりをする必要などないのだ。









(BGM:AKIMA&NEOS「23世紀 Boogie Boy」from「23rd CENTURY BOOGIE BOY」)
→これ、もうちょっとT-REXのリフとかじゃんじゃん入れてくれたら楽しかったのにな。
って、まあそんなこととは関係なくカッコいいですけどねもちろん。

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こんな国でいいの?


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10月の終わりのニュースで見たのだけれど。
雇用動向調査で、介護職の人が22年度、初めて減ったのだという。
これまでは年々増えていたらしいが、初めて減ったと。
実数でおそらく6万人以上が離職した計算になるとか。

これね、もうダメですよね。
これから高齢化社会、いや、超高齢化社会と言われているのに、これはヤバい。

今回の特徴は、十年以上の経験のある人の離職が増えたと。
前年の1.45倍になるというから大きい数字だ。
ベテランが離れていくというのは未来を考えるとかなり危うい予兆だ。

これね、たぶん、もうやれなくなったんだよね。
それは自分がそういう世界にいるからわかる。
だってやっぱ給料安いんだよ。

日経の記事にはこうある。
背景には介護の処遇が他の産業より見劣りすることがある。介護職員の平均給与は22年に月29.3万円と、全産業の36.1万円より6万円以上少ない。23年度の賃上げ率でも介護事業所は1.42%と、全産業の春季労使交渉の平均である3.58%とは大きな差がある。

6万円の差があったら、やっぱだめだよな。
一年で70万。
十年で700万だ。
そうなると、そりゃ十年選手も嫌になっちゃうだろう。

介護とかって、これから伸びる産業だ、なんてことを言ってるバカな人達もいたけど、そもそも「儲け」にならないんだよね。
こういう言い方が正しいとは思わないが、介護を受ける人ってそもそも貧乏だったりするわけですよ。
金持ちは自分のところで雇うでしょ。
そうじゃなくて、介護保険とか使うってのは、庶民なワケだ。
しかも高齢になっていたらお金がないのも当然で、って働けないわけだから。
ってか、これは全てに正しいわけではないが、たいがいの部分で介護を受けるってのは働けないよね、ということでもあって。

だから単純にもうこれは国が介護単価を上げるしか賃上げの方法はないんです。
しかも介護に携わる人を増やさなきゃいけない、という状況の中、賃上げは急務。
しなければならない。
にもかかわらず、いまだ6万円の差。
飲食業などはコロナが5種になって賃金が上がっているのに、その伸びにも追いついていない、と。

こうなるとですね、もう結局介護離職、とか、ヤングケアラー、って話になっちゃう(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-6368.html)。
社会そのものが年寄りを「邪魔者」にする空気は高まっていってしまう。
プラン75という映画(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5967.html)にあった、「75歳になったら死ぬか生きるかを選ばなければならない」みたいな話も現実味を帯びてくる。

正直、高齢者を邪魔者にする社会は、それは当然障害者を邪魔者にするだろう。
「手が掛かる」って理由で。
そうなると、社会は次の「手が掛かる」カテゴリーの人を見つけ出しては邪魔者にして行く。
どこかでいつか自分も邪魔者にされるのだけれど、それに気づかず人は他人を邪魔者にしていく。

いやね、もうね、こういうのやめよう、と。
常々言ってますけどね、そんな社会、バカバカしいですよ。

なんか、一律給付だとかなんだとか、収入が少ない人の方が多く給付されるからどうのこうの、ニュースかなんかでインタビューしてましたが、やっぱ働いている世代としては「何か納得いかない」って話になっちゃうんだよね。
だって、自分も厳しいのに、と。
なのに、俺は給付をもらえない(少ない)だとか。

そうじゃないでしょ、と。
年収200万の人と500万の人で互助してる場合じゃない。
そうじゃなくて、年収5千万、一億の連中に、200万の人も500万の人も支えてもらえばいいじゃない、って話。
なんか、500万の人が200万の人を見下すとかって、見る矛先が違ってますよ、と思うんです。

ま、冒頭に戻りますけど、とにかくこの離職状況、続くような気がする。
だって、正直キツい仕事ですよ。
イヤになることだって多い。
生活のためにやってる、という人も多いと思う。
にもかかわらず、給料が安い。
国に期待される、必要とされる仕事であるにもかかわらず、給料が安い。
こんな馬鹿げた仕事、そりゃ、他に出会いがあれば離職するよな…。

介護単価を上げろってのも、そもそも税金が不足してるからとかってのもわからなくはない。
だったら、やっぱもっと税金の使い方&取り方を考えた方がいい。
だってこのままじゃ、野垂れ死ぬ人で溢れてしまうだけじゃない。

そんな国でいいの?









(BGM:安室奈美恵「shine more」from「shine more」)
→安室ファンのザキによれば、ライブの時はMCやらない、とか言ってたっけ。
あまり真剣に聞いたことなかったけど、すごい複雑なことやってるんだな。
とにかくこの曲はイントロがカッコイイ。

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都市伝説化


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ちょっと前、ずいぶん前といっていいか、ウチに新人が来たときに、その新人は他の作業所にいたんだけど、そこで他の職員に「虹の会に行ったら襲われちゃうよ!」といわれたらしい。
あ、その子は女性ね。
ってか、まあなんだそれ?
都市伝説かよ、って話なんだけど。
ま、笑っちゃうんだけど、まあそういう流言飛語が言われていたという。

確かに、ウチは他の作業所なんかに厳しい目を向けている。
やっぱ「時間まで宮崎アニメのビデオを見せているだけ」というような作業所が、どうして存在するのかがよくわからない。
しかも「外からカギをかけて」みたいなことまであるという。
もちろん、そもそも「親から預かってるだけ」という理屈で言えばそれは成り立つ。
その時間、親は親戚の冠婚葬祭に行けるし、病院にも行ける。
とにかく預かってればいいんだから、アニメを見せている、と。

しかし、その間、彼らを大人として扱って、自分の目標を作らせて取り組ませることだってできる。
というか、社会参加を目標の一つとしているなら、閉じ込めておく道理はない。

我々は仕事終わりに彼らに付き合って買い物にも行くし、時にプロレス観戦にも行く。
休みの日だろうが、まあ彼らに言われれば付き合ったりもする。
そういうことが彼らに非難される謂れがあるとは思えないのだが、非難の対象にはなるらしい。
「虹の会はいつ電話しても事務所に誰かいる」と、とある親が他の作業所の職員にボソッと言ったら、ものすごい勢いで否定されたと。
「俺には俺の生活がある!」とかなんとか。
その親はなにも彼を責めたかったわけじゃなく、なんとなく言った言葉だったらしいが、とにかくウチに対してアレルギーはあるんだろう。

別に我々は好きで夜まで残ってるわけではないが、彼らがのんびり仕事後の時間を過ごしているところに付き合ったりはする。
もちろん、休みはしっかり休みたいし、そういう雰囲気に持っていこうと皆で休む努力をしている。
というか、今はあまりそういう不測の事態は起きていない。

そういうのは恐らくどっか目障りなんだろうな。
だといっても、それを「襲われちゃう」という、あまりに子どもじみた言葉で都市伝説にしちゃうのはどうなのか…。
幼稚が過ぎないか…。
中身で論議しようや、ビデを見せているだけの人よ。

その新人によれば、前の作業所はとにかく市がなにか言ってきたらビクビクしてる、と。
ウチがいろいろ楯突くのを見て、すごく驚いていた。
ま、市がウチを目の敵にするのはそういうところもあるんだろうな。
ウチがいちいち楯突くのが面白くないのかもしれない。
いや、まあそうじゃなくて中身の論議をしたいのだが、それはなかなか成り立たない時代にもなってきている。
そもそも「政治的判断」ができる職員が少なくなっている。
だから、市役所なんか人を減らしたらダメなんだって…。

いや、もちろん市の中でもしっかり考えている人はいると思う。
そういう人と手を結びたいとは思うが、なかなか昔のようにはいかない。

福祉が自分のメンツを考え始めちゃったらもう話にならない。
問題は井上たちである。
彼ら当事者の立場に立って考えないのなら話にならない。
もちろん、ウチのやり方が正解だとは言わない。
俺らもいろいろ試行錯誤の最中だ。

そもそも、俺たちは、「彼らに生まれてきて良かった」と思ってもらいたい。
「青春」という言葉をよく使うけど、やっぱ人生の醍醐味は青春だ。
青春とは酒飲んで吐いたり。
親の知らないところでタバコを吸ってみたり。
親に反対されても髪の色を変えてみたり。
ま、そういうバカ騒ぎのことだ。

そういうこと自体を「お行儀が良くないことだ」というのはわかる。
親ならそう思うかもしれない。
というか、お行儀が良くないことをする、ということが大事だと言っているのに、「それはお行儀が良くない」と言われると、まあそりゃそうだな、って話なんだけど。
でも、親が知らないことを仲間としでかすのが青春であって、犯罪でなければそれは俺は人生に必要なんだと思う。
そして、それはビデオを見せてるだけではそれは達成できない。

と、まあ、そういうことを言うから、我々は嫌われる。
「虹の会は不良の集まり」と言われる。
でもね、それはどっか誇らしくもある。

でもな、「襲われる」はないよ。
幼稚すぎる。

あ、ちなみにその「襲われる」と新人に言ったその職員とも飲んだりもして。
なかなかいいヤツで、俺もすごく好きなんだけど、つまりまあ、彼が悪いわけじゃないんですよ。
ってか、その話があって初めて会ったんだけどね。
ま、彼もそういう飛び交う流言飛語を、まあ普通に言っただけ、ってことなんだろう。
問題は、意識的にそういう都市伝説を作って、自分が「ビデオを見せてるだけ」を正当化する連中がおぞましい、って話。








(BGM:석미경「내일은 타인」from「보이지 않는 슬픔/해바라기 연가/그날 오후」)
→ものすごいリラックスムードあふれた歌謡曲に仕上がっておりますが。
どうなんですかね、YOUTUBEとかにもすごい出てくるのでヒットしたのかな。
声としてはどっか内藤やす子さんを彷彿とさせる感じで。

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トイレで重要なのは「広さ」


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ま、よくわかんないんだけど、ってかあまりちょっと論議に入りたくないところもあってわかんないままにしてますが(これを書いているのは7月中盤)。
トランスジェンダーとかなんとかって文脈でトイレがどうしたこうしたというのがありまして。
そもそもまあ、男が女装してまで女子トイレに入りたいという馬鹿げた欲求が問題の底にあるような気がしますが、まあそれは徹底して取り締まるしかないように思います。

で、その問題の核心ではないんですが、よく「誰でもトイレ」というのがあって。
車いす用、だったモノが、誰でもトイレに変わってきているという感じですかね。
まあ、簡単に言うと、やっぱスペースが必要なわけですよね。
車いすの場合。
スペースさえあれば、まあなんとかなる、というところもあるのではなかろうか経験則。
ま、段差はあってはまためんどうなことになりますから、段差もない方がいいと思われるわけです。

ま、これは野球場だとかでも同じですが、車いす用、って、とにかくスペースなんだと思うんですよ。
駐車場でもそうですね。
やっぱ狭いところをひょいと横向きになってすり抜ける、みたいなことができないわけですから。
車いす自体に幅があるから。
だからとにかくスペースなんだと思うんです。
中のいろいろな手すりだとか、そういうのも大事ですが、それも狭いところにあっても意味がなくて、大事なのはとにかく第一にスペース。

で、スペースがあればいろいろ設備もつけられて、例えばちょっと横になれる台とか。
オスメイト対応でいろいろ洗うことが出来る水洗設備とか。
手すりとかもそうですね。
なんでまあ、みんなのトイレ、みたいなことになってきたのだと思います。

それとまあ、これらのトイレはたいがい、というか、まあ個室なんですね。
入れば周りからは見えないし、遮断される空間。
だから、いろいろでしょうが、トイレの時間にそういう空間が必要な人には使ってもらう、いいと思いますよ。

あ、蛇足ですが、よくイチマルが困った状況になったときに一緒に入ることもありますね。
困った状況寸前、という場合とか。
広いので、まあいろいろ役に立ちます。
ありがたいことで。
それにまあ、あまり人に見られたくない失敗ですし。

だから、こういう個室状態という場所は必要だな、と思ってはいて。
みんなのトイレ、というのは、なんかちょっともっといい言い方はないかとは思うけど、まあ現実問題必要だと思います。

でね、時々思うのは、例えば男子トイレ、女子トイレの一カ所がスペースが大きくなっていたらもうちょっと広がるのではないか、ということなんですね。
たいがい、こういう「みんなのトイレ」は多くないですから。
なかなか空かない、とか。
その場合、まあもう一般の男子トイレに突っ込んで、例えばそこで済ませられるような場合はすます、ということもありました。
経験則として、尿器とかを使っている場合は、まあそれですんじゃうところもあって。
むしろ、そうじゃない「閉鎖した状況が必要」な人に譲った方がいいだろう、というようなこともそこにはあったりします。

でも、まあイベント会場だとかもそうですが、たいがいもうトイレは大行列なんですよね。
プロレスでも野球でも。
だからどうしたって、施設側としてはスペースがあるなら一つでも多く便器を設置したい、ということになるんでしょう。
まあね、イベントとかだと、休憩時とか、トイレの時間は重なりますから。
しょうがないところもあるのかもしれないけど、でもトイレの問題は急を要しますよ。
一刻の猶予もならん、ということもあります。
じゃあトイレをたくさん作ればいいかといえば、まあいいんだけど、休憩時以外は使われないわけで、施設側はそこは売店にしたかろう、というのもわかります。
この辺、なかなか難しい問題なんですけど。

だから、スペースを大きくしろ、というのはなかなか難しいのだろうというのは想像に易い。
スペースを大きくするというのと、売店の面積が小さくなる、というのは資本主義の観点として後者の問題が勝ってしまう。

とあるイベント会場では、直角の壁の片方のぴっちりに男用の小便器、もう片方にもぴっちりに小便器、というのもあったりして。
いやいやいや、どのみちそれは両方は無理だぞ…、という。
でもまあ、とにかく「多く作れ!」ということで、何も考えないでそうしたんでしょう。
ってか、まあ増築の結果だったのかもしれないが。
って、だとしてもなあ…。

ま、だからみんなのトイレを増やす、というのも一つ当然必要だし進めて欲しいが、同時にやっぱトイレ自体の全体のスペースだよね。
そこを確保していかないとやっぱダメなんだろうな、「みんなのため」にはなっていかないよな、とか思ったり。







(BGM:夏川りみ「てぃんさぐぬ花」from「南風」)
→中学の時、これを繰り返し聞いていた時期がありまして(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-432.html)。
それだけに思い入れがあるんだけど、ま、これは完全に彼女の歌ワールドですね。
アレンジなのか、沖縄よりも東京に近い感じも感じたりして。
洗練されてるっていうのかな…。

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「メニュー」などない


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とある月曜日。
まあ、にじ屋はお休みの日なんだけど、この日に会議をやったりしてにじ屋の方向性とかを決めたりとかするんですね。
あわせて、一週間分の提供品を値付けしやすいように仕分けしたりの作業もあったりする。

たいがい、仕分けを午前中にやって、午後会議、という流れが多い。
でも、そうじゃない時もある。
何かの事情があって午後は人がいない、とかになると、会議を午前中に、仕分けを午後に、ってこともあるし、そもそも「早く終わらせて飲みに行こう」というような場合、仕分けをその前の土日なんかにやっちゃって、その日は朝から会議、午後から飲むぞ!なんて日もある。

ま、その辺は前の週の会議で皆で確認していく、ということになります。
時に急遽そうなる、ということもないわけではないが、それでも朝集まった時点で皆でそのスケジュールを確認して始めることになる。

にじ屋があると、にじ屋の時間はどうあがいても開店していなきゃいけないので、動きが小さくなってしまうが、月曜はそういうこともなく。
大きく動かすことが可能。

なんで、新人の歓迎会なんかは月曜の夜に企画したり。
その準備なんかがあるから、午前中会議やって、午後は準備ね、とか。
そういえば、俺とアキの結婚式も月曜夜にやったな。
そこはだから自由にできるというか。
にじ屋が空いているときはやっぱ自由な発想にはなかなかならない。

てなことで。
そんなある日、ま、午前中会議やって、午後にじ屋の作業に行く、という流れがあったんです。
月曜ににじ屋の作業をやるというのはなかなか珍しいことではあるんですが、お客さんがいないときだからこそやっちゃえるコトってのもあります。
通路塞ごうがなんだろうがいいわけだから。
で、その後夜には佐藤先生の奥さんの米寿のお祝いをにじ屋近くの店でやることになってまして。

で、会議をやって、昼はまあ軽く食べよう、なんて市丸が言い出して。
「夜、お祝いでたくさん食べるから!」とかなんとか。
いいアイディアですね。
特にイチマルは健診で太りすぎを指摘されてまして。
なかなか医者の言うことが効いてるな、って感心したりしたんですけど。

まあ昼軽い人もいるし、そうじゃない人もいたり、イノウエやノブはその週末に行くとある全国大会のことを打ち合わせしていたり。
で、時間で集合、となりますね。
にじ屋に行こう、と。
午前中のウチに、にじ屋で今日何をしなければならないか、ってのはハッキリしてまして。
ヨシがんばろう!なんてことでそれぞれ車に乗り込んでいく。
ま、この日雨だったんですね。

が、カブキが微動だにしない。
いつもなら「私も乗っけてって~」とうるさいくらいなのだが、なんかなにも言わずそのまんま。
ほっといてネット事務所の電気も消したのだが、それでも微動だにしない。
まあ、このまま置いていってもいいのだけれど、正直ちょっとめんどくさい。
夜のお祝いがなければ時間的に余裕もあるが、ちょっとその日は余裕がなかった。

で、もうしょうがないので、皆がいなくなった後、カブキに言ったワケです。
「お前はどうするわけ?」と。
「別ににじ屋の作業に行きたくないのなら行かなくてもいいけど」と。
そしたら「行きたい!」といつもの調子になる。

ん?と思い、「なんでそれをいつものように言わなかったわけ?」と問うと、それでも「行きたいから(車に)乗っけてって」と繰り返す。
なんで、「それはわかったけど、なんでさっき言わなかったかを聞いてるんだけど?」と。
「なんでかを知りたいんだ」と。

カブキは能力としてはすごく高いモノを持っていながら、車いすと言うこともあって、なかなか井上たちと同じ調子、というわけにはいかない。
そしてなにやら数ヶ月に一度とか、時にブラックになる周期というのもあって、ここのところ確かにブラックではあった。

そしたら、「今日、いつもとメニューが違うから」とカブキは言った。
確かに、午後にじ屋というのは珍しい。
けど、だからといってどうということはない。
毎月曜、決まり切ったことばかりやってるわけでもない。

ってか、俺がカチンときたのは、「メニュー」という言葉なんだよね。
つまり彼女は、会議、にじ屋での作業、そういったことを「メニュー」と言ったんだ。

メニューって、一般には食い物屋に行った時のお品書きを指す。
翻って、例えばこういう福祉施設みたいなところで、「利用者様」にやってもらうことを「メニュー」と呼んだりする。
しかしそれはあくまで、運営者が利用者に提示するからメニューなんであって、にじ屋をどうしようか、ってノブやカイなんかも一緒になって会議をしていて決まったことを「メニュー」というのはやっぱりどっか違う。
にじ屋でやること、にじ屋で必要なことを会議で話し合って決めて行動することを「メニュー」と言ってしまったら、それは自らを「対象」に貶めることになる。

つまり彼女はまだにじ屋が自分のモノになっていないのだな、と思った。

というか、そもそも彼女がココに来るまでにいた作業所なんかでは、こういうことを彼らに向かって「メニュー」と言っていたのだろうか?
メニューというのは、お客さんに提示するものである。
それはもう、「何をするかを自分で決める」のではなく、「提示されたモノをやる」ということにしかならないではないか。

福祉業界の中で、メニューという言葉を使うのは仕方ないのかもしれない。
けれども、それを彼らの前で言う、ってのはまた意味が違うんじゃなかろうか?

自分でしたいことをする。
なんなら、皆が飲んでいても、「私は帰る」ってこともあると思う。
今日は見たいテレビがあるから、とかってのもあるだろう。
どのみち、「自分がどうしたいか」である。

特にカブキはそれが出せない傾向にある。
そうじゃなくて、「メニュー」に慣れきってしまったのがカブキなのかもしれない。
自分で考えるチカラもあるのに、俺はとても残念に思う。

「メニューなんかない」
「さっきの会議で皆で確認したじゃないか?」
「それをやりに行くだけだ」
「ここには君が選ぶメニューなんかない」
「君がどうしたいかを考えて、そしてやりたいことがあるなら会議で出せばいい」

一通りカブキには話したけれど、これまでの十余年の他での生活は重い。
彼女の中にものすごい「君は障害者だから考える必要なんかない」「メニューは用意してあげますからね」になれ切っちゃってる。

とても俺は腹が立った。
カブキにではない。
カブキのまわりにいた「専門家」などという人達に、である。

もちろん、これは言葉尻を捕まえているかもしれない。
けれども、言葉には魂が宿る。
間違った使い方をしていたら、人を傷つける使い方をしていたら、いつかそれは凶器になる。






(BGM:Doc Scott「Drumz 95」from「Metalheadz: Full Metal Jacket CD.01」)
→ドラムボックス的な感じですね。
それをいろいろビートの赴くままに遊んでみた感じ。
そんなに複雑なことはやってないんですけど、その分なんか遊び心があって面白い。

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