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スーパーちんどん・さとう

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3日のイベントの主訴


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世の中には戦争をしたい人たち、というのがいます。
どうしてかというと、鉄砲の弾にしても爆弾にしても、まあバンバン使いますから。
儲かる。
逆に、その「鉄砲の弾を受けても多少平気になる防弾チョッキ」とかも売れる。
もう、マッチポンプで儲かる、という。

それを作ってる人たち、ま、軍需産業とか言いますか、そういうのは儲かる。
人を殺す道具を使って儲かるも何もないモンだとは思いますが、まあ、そういう人たちは一定数いるわけです。
しかもまあ、政権の中枢だったり、経済界の上の方にいたりするから、始末に負えないんだけど。
というか、こういうのがなかったら、そもそも戦争なんか起きないわけです。
だって殺しあいだぜ?

ま、その批判についてはここではおいておいて。
ここでは「そういう人たちがいる」ということで話を進めますよ。

でも、数行前にも書いたように、戦争なんか誰もやりたくない。
兵隊になって、誰かもわからない外国の人を殺すなんてのは、誰もやりたくない。

さあ、それでも儲けたい連中はどうするかというと、危機を煽るわけです。
「どっかの国が攻めてくるぞ」とか。
「今私たちの国は危機に瀕しています」とか。
で、「愛する人が殺されるかも知れないぞ」などという言葉から愛国心を煽り、愛国心を持たないモノを「愛する人が殺されてもいいのか!」などという間違ったロジックを使って弾圧する。
そうすれば、戦争への道が開かれるというのが歴史の常であります。

日本も今、北のごく近隣の国がミサイルを撃ってくる!ということで、「軍備やむなし」「戦争やむなし」という風に戦争したい人たちは持っていこうとしていますね。
ま、軍備を拡大すれば儲かります。
だから、もっと言うと、北の国には「ミサイルを撃ってもらわないと困る」んですね、戦争で儲ける人たちは。

常識的に考えて、北の国が戦争を仕掛けることは不可能に近い。
挑発を続けてはいるけれど、ここまで戦争を仕掛けてこないというのは、現実的に「戦争を仕掛けたとたんに負ける」からですね。

けど、挑発はする。
それを利用して、まあ軍拡やむなし、という流れを作る。
あれ?北の国と戦争したい人たちがもし組んでいるのでは?という疑惑まで生まれてきます。
組んでいるかどうかはわかりませんが、そうだとしたら、まあとんでもない話ですね。

ま、組んでるかどうかはおいておいて。

何が言いたいかというと、「戦争したい人たちは、ミサイルを撃ってくることを、巧みに利用してる」ってことなんです。


テロ。
テロもとんでもないことです。
許してはならない。

そのテロを防ぐために、という名目で法律ができる。
その法律が実際は「市民生活を脅かすもの」「市民運動を潰すためのもの」だとしたら、それはとんでもない話ですね。

逆に言うと、「市民運動を潰したい人たち」にとってみたら、テロが起きてくれたら、それもとびきりデカイテロが起きてくれたら、「テロ撲滅!」を旗印に「市民運動を潰す法律」を作ることができる。
つまり、「テロが起きたら」、それを最大限利用できる、ってことなんですよね。
市民運動を潰したい人たちは、そんなことないとは思いますが、もしかしたら、テロを待ち望んでいるのかもしれません。

「今テロが起きてくれれば、共謀罪の反対意見なんて吹き飛ばせる」とか…。
まあ、そんな風に思ってないとは思いたいですが、まあ仕組み、構造としては、市民運動を潰したい人たちにしてみたら、「テロがもし起きてくれたら、市民運動を潰すというオレたちの目的を達せる可能性が高まる」ということなんだよね。


さて、長々と説明してきました。
本題です。

日本でも「障害者の地域での生活」というか、一般には「自立生活」なんていいますけど(俺らは自立生活なんて言葉は使わないが)、そういう運動があります。
現実的には、60年代に始まるコロニーに象徴される大量収容施設に対するアンチの運動、実践ですね。

でもまあ、施設はなくならない。
実際に、今だって親御さんたちの運動の核になってるのは「施設建設」だったりします。
親としては「施設」という姥捨て山、いや、子捨て山がほしいのかもしれない、と意地悪く思ってしまったりします。

でも、当事者、つまり施設に入っていた人たちがドンドン地域に出てきて、そして制度ができはじめ、「施設には行かずに、しかも親元で暮らすこともなく」地域で一人で暮らす人も増えてきた。
その実践こそが、つまり施設から出る、施設という選択肢を捨てる、ということ自体が「自立生活運動」といわれるものだ。

そもそも、施設に於ける非人道的な扱い、すべて毎日のスケジュールが決められていた自分の生活がマッタクおくれない、同部屋の人たちがいてプライバシーがない、という問題、外出できない、そういったことって、もう完全に「人権問題」なんですよね。

だけれど、「現実的な問題」によって、施設は重大な人権侵害をしているにもかかわらず、なくならないんですね。
自立運動は、「自分が施設を出る」ということによって、脱施設をはかりたいのかもしれないが、実際は「空き待ち」の状況なんですよ、施設って。

自立運動の目的が、自分が施設を出る、地域に制度を作る、ことが一つだとしたら、もう一つは「施設の解体」ですね。
そこを訴えないと、「障害者に対する人権侵害」ということの解決が成されない。

市民運動、社会運動の基本は、「最底辺の人たちの生活がどのくらい上がったか」がポイントであって、そう考えると、障害者運動の場合、人権侵害の状況に置かれている施設の人たちの生活がどのくらい改善されたか、がカギ。
ま、それには「大量収容」をやめない限り、現実的にはなにも解決されない。


という状況の中、あの事件は起こりました。

でもよくよく考えてみたら、「障害者を殺す」という目的だったら、施設を狙うのは当然ですね。
だって、まず、一つところにたくさんのターゲットがいる。
そして、障害者の数に対して職員が少ない。
というか、そういう「障害者の生活のコスト削減」のために施設はあるんだから。
だから、あの惨劇は起きた、とも言えますね。

「地域は危険、施設は安全」という神話は現実的に崩れた。
というか、親や親戚にとって「施設は安心」というだけで、最初から安全ではなかったんだけど。
そもそも、コスト削減政策の中で、この事件は避けようがなかった。


さて、冒頭の戦争、テロのことをあわせ考えるに、自立運動の一つの目的が「施設解体」なんですから、自立運動サイドは、ここは一気呵成に攻める場面ですね。
「ミサイル撃ってきたぞ!」と大げさに騒ぎ、施設の人権侵害、そして解体を訴えるところでしょう。

が、自立運動の筆頭、その全国組織とやらは、「あの人たちにも暮らしがあった」などという「美辞麗句」を並べ立て、「大量収容」を正当化した。

いや、それはそうだ。
その人たちにも暮らしがあった。
悔しい事件だ。

でも、今こそ、人権侵害を訴える場面なんじゃないでしょうか。
それをしないということは、今そこにいる多くの仲間たちは絶望なんじゃないか?


亡くなった人に気を使う、敬意を払う。
わかるよ。
そうすべきだと思う。

でも、だからこそ、「彼らが言えなかったこと」「彼らが閉じ込められていたこと」をこそ、今訴えるべきじゃないんだろうか。


それをしなかった全国組織、自立運動を語る連中、当事者を含め、に対して、ものすごい憎しみが沸いている。
犯人にはもちろんだ。
極刑でも足らない。

でも、同じ事を、関係者がやっていないと言い切れるか?
そもそも施設がイヤで出てきた当事者たちが、なぜ今になって「施設の生活でも充実していた」「だから殺すなんてヒドイ」という論法しか使えないのか?
おまえ、イヤで出てきたんだろう?!
自分さえよければいいのか?

そんなことで障害者運動が進歩していくとは思えない。






(BGM:ダンボール・バット+イライザ(エコダムド)「♪アポカリプス・ドゥ・オア・ダイ」from YOUTUBE)
→名前は知ってたんですが、実際聞いたことはなかったんだけど。
すげえ、なんかちゃんとしたニューウエーブ。
でも、アタマのネジは完全に吹っ飛んでるし、サウンドは豪華なのに、チープ感もきっちりみせてくれる感じがすごくカッコイイ。
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なんでヤツらの利権に与するわけ?


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空き家問題というのがあるらしく。
継ぐ人がいない家、みたいな。
けっこう深刻みたいで。

空き家になってしまうと、家が荒れるし、まわりも荒れるというか。
それに、廃墟探検よろしくイタズラする若者が集まってくる的なコトもあったり。
治安も悪くなる、と。

現実的には、そういう家が近所にあれば、地価も下がるだろうしなあ。

取り壊せる財力があればいいんでしょうが、残された遠くに住む遺族が必ずしもそれをできるわけでもなし。
かといって、ずっと長きにわたって遠くで生活してきた遺族がここに戻ってきて、空き家対策のためだけに住む、というのも、なんだか現実的ではない。

これ、地方だけじゃなくて、都内なんかでもそういう問題が出てるそうで。


…ふむ。


どうですかね。
これ、例えば、ホームレスの人もいるんだから、って気もしてきますよね。
うまくマッチングできないモノか、みたいな。

とはいえ、私有地ですから、そんなマッチング制度を作ったところで、なかなかね、すぐにホームレスの人が住めるわけはない、って気がしますね。
ただまあ、都会に住みたい若い夫婦なんかが都内の空き家に、みたいなマッチングはあるようで、それはどっか「公営住宅が足らない」って現実もあるように思うんですけどね。
あ、過疎地のマッチングというのも、あるにはあるけれど、そんなになんか盛んなようにはちょっと見えない感じ…。

ま、これ、お金が絡みます。
行政が借り上げるとか、そういうことがないと、ちょっと難しい感じがします。
いや、民間の競争原理を入れてやれないこともないという気もしますが、基本的にこれ、「うま味が少ない」んですよね。


なにせ、発生する額が小さい。
家を建てる、とか言うなら、それなりに金が動くけど、ホームレスの人が家賃を払う家賃とか、そういうこと、たとえ、それが税金の投入になったとして、小さいんだよね、それ。

それに比べると、やっぱ原発なんか、桁が10くらい違う気がしますよね。
いや、もっとか。
だから、役人は躍起になって原発は作ろうとするけど、ホームレスと空き家のマッチングにはそこまでの熱意がない、みたいな。

いや、なにもそれでいい、って話をしたいわけじゃないんですけど。
現実論でね。


福祉ってのをそもそも論で考えてみると、そんなに金額が発生するものって少ないんですよね。
「各々のニーズに合わせた制度の弾力運用」なんてことをウチは要求したりしますが、それって、もっともっと小さい。
各々だから。

それでも、施設なんかは、小さくはない。
建設費用だったり、入所する人の人数が100人とかになったら、やっぱそれなりにデカイ。
だからやっぱ、日本では、昭和の時代に大量収容を軸とした福祉施策が福祉の中心だったんだろうな、と思うんです。

利権がでかいところからやる、みたいな。

で、最近になって、そもそも施設を作る土地が見つからなくなって、まあしょうがなくグループホームとかが始まるわけですけど。

それはやっぱ規模が小さいから、うま味も小さいので、じゃあ他になにかないものか?と彼らが思ったのかどうだかはわかりませんが、それが「資格ビジネス」だったようにも思います。

ヘルパー派遣の資格を民間企業に与え、そこで事業を行うために「資格が必要だ」とすることによって、民間は必死に事業を成り立たせるために「資格」を必要とする。
こうなれば、あとはもう黙っていても、資格を取らせるビジネスには金が入り続ける。

本来は、ヘルパーの資格は、ヘルパーさせる側、つまり障害者側が与えるべきモノなのに、それを「国家」が与える、ことで、利権にしたわけだ。


ま、まんまとソレに乗っかる、障害者自身が運営するヘルパー派遣事業所もあるからな。
わけがわかりません。
搾取され続けているのがわからないとは、まあ情けない、と思います。





(BGM:岡村孝子「見返してやるんだわ」from「After Tone II」)
→「まつわ」からの「見返してやるんだわ」。
いい流れです。

いい仕事してやがんな


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てなことで、早めに予約して欲しいんだぜ!


って、まあそれはそれとして。
ちょっと久々に怒ってるんだけど。


とあるお母さんが入院した、と。
手術を要する状況で、まあ人生の一大事。

で、その退院の日。
まあ、いろいろ手続きなんかがあって、退院というのは、先生の説明があったりもしますし、タイヘンです。

と、そこに電話。
「息子さんが熱を出したので、すぐに迎えに来てください」と。

といって、この息子は幼稚園生じゃないですよ、もう30過ぎ。
とある作業所に通ってる知的障害のヤツなんですけど。
ま、すげえデカイ作業所で。

その作業所から電話だったわけですね。

「いや、ちょっと今退院手続きで…」というと、「他の人探してすぐに来てください」と。


おいおいおいおいおい…。


そもそも、そこの作業所は連絡帳もありますから、その日が家族にとって「人生の一大事の日」だと言うことはわかってるはずなんですが、そういうことはマッタク関係ないらしい。

「すぐに来てください」


いい仕事だな!
気楽なもんだ。


なにかあったら、すぐに親、親呼べばいい、そんな状況だから、親は「一生この子のめんどうを見なきゃ」としか思えない。

簡単に言えば、自己責任論だ、これ。

しかも、障害者に産まれて来るなんて、責任でも何でもない。
「障害者に生まれたくて産まれて来るヤツはいない」し、「障害者を生みたくて産む親もいない」。
こんな簡単なことが、こうした作業所とかって言う関係者ですらわからない。

なんかね、そういう「生まれたくて産まれて来るヤツはいない」なんていうと、「障害者に失礼だ」とか「優性思想か?」なんて的外れなことを言ってくるバカがいるんだけど、そういうのって、たいがい「道徳心」に満ちあふれてるからどうしようもない。
というか、そういうあっさい「道徳心」が、結局「自己責任論」に追い込める一つになっていることに気づかないんだから笑うしかないわ。


「熱が出てるから、他の子にうつるといけない」
…すげえ面積だろ、おまえのトコの作業所は。
数時間くらい待てないのか?

まったく、ホント、いい仕事だよ。


こんなんでも、まあ市や県は「イイ作業所です」なんて言うんだと思う。
行政がいうことはやってるから。
でも、障害者本人や親のいってることはやってないんだけどさ。

こういう、馬鹿げた運営がのさばる状況ってのは、変えられないモンなんだろうか。


で、まあその親御さんは結局泣き寝入りですね。
作業所には「お世話になってるから言えない」し、そもそもそんなこと親の会とかで発言しようモンなら、他の親から総攻撃を受けてしまう。
「あずかってもらってるのに、そんなコト言うな!」ってね。


いい仕事だな!
気楽なもんだ。


福祉ってのは、子どもの障害を親のせいにしないことからしか始まらない。
じゃなきゃ、産んだ人がめんどう見ればいいじゃん、でおわりなんだよ。
福祉いらないでしょ?
愛情とか、気持ちとか、そういうのとは話は別だぜ。
そんな話じゃない。
構造として、親に責任を取らせちゃいけない、って話。

それだけは、福祉に携わってる者、本人に一番近いところでやってる人はやっちゃいけないんだ。

そんなこともわからないんだったら、さっさとやめてほしい。





(BGM:斉藤和義「幸福な朝食 退屈な夕食」from「「ゴールデンスランバー」~オリジナルサウンドトラック~」)
→この曲は大好きなんだけど、このアルバムに収められているのは8分にも及ぶ大作展開になってまして、いや、聴き応えがあるのよ。
こういう繰り返しが強烈な曲、好きなんだよな~。

施設のこと その4(ラスト)


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http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-3920.htmlのつづき

ちょっと補足します。

以前、ウチにいたヤツで、親じゃなくて、親戚が出てきて「やめさせる」「施設に入れるから」と言ってきて、まあ福祉事務所は親や親戚の言いなりですから、そうなっちゃったヤツがいます。

本人をCとしますが、Cは知的には認識は高かった。
でも、どっか「くじけちゃいがち」というところもあった。
けれど、「いつか一人暮らししたい」ってことで、実家通いだったんだけど、年金をためて、まあ「一人暮らしする時には白いタンス買いたい」とか、言ってました。

やめることになる一年くらい前かな。
本人がお金を降ろそうと通帳を見てみたら、すっからかん。
なぜなら、親が全部使っちゃっていたんです。
車の車検とか、日頃の生活費とか、そういうので。

いろいろ聞いてみると、どうも親に借金がある。
でもまあ、子の年金を勝手に使うというのはどうなのか、まああまりイイ話ではない。
というか、まあダメな話だ。

なんで、本人が「このままじゃお金が貯まらない」ということになって、「通帳を自分で持ちたい(管理したい)」ということになった。
で、親と話し合いを持ったんです。
最終的に、「年金から数万円を毎月親にわたす」ということを「条件に」、親は通帳を本人Cにわたしたんです。

でも、まあ本人は恐い(無くしたりすることに対する恐怖)んで、まあ「持ってて」とオレたちに預けてました。
ま、こういうケースは多いわけですが、この場合、別にオレたちが降ろしたりするわけじゃなく、「モノとしての通帳」をあずかるだけで、「銀行行くから通帳お願い」と言われてわたす、という。
つまり、オレたちはその通帳を銀行に持っていくこととかはありません。

で、まあ、うまくはいっていたんです。
Cの予定よりはかなり少なくはなったけど、お金も貯められるし、親にも金をわたせる。

しかし、おかしくなったのは、病気のため、親が働けなくなっていってから。
その状況を見て、どうも親戚が乗り出してきたらしい。

つまり、親がこのまま病気で死んでも、Cのめんどうを見るつもりはない。
しかも借金もある。
どうするんだ?、と。
そういうことらしい。

どうも市役所には、「通帳をコチラが管理している」みたいな話をして、おかしな状況だと認識させてるという感じで、かなり狡猾だった。

やめると決まって、C本人も親戚と来た時に、C本人に通帳をわたしたんだけど、親戚はその手からむしり取って通帳を開いた(あくまで通帳は本人にわたしたかった。本当は親戚だけで来るつもりだったんだと思うが、そこは押した)。
もう、その姿は守銭奴そのもので、醜くかったね。
恥ずかしい。

で、まあ、よくよく考えたら、その通帳に入る年金。
施設に入るとしたら、もうその親戚のモノになるんだわ。
そりゃ、必死に通帳取り返そうとするわな。

施設は、そうやって「親や親戚に年金を落としてくれる仕組み」でもあるんだ。


表向きは、本人のために使う。
例えば、ときどき、家に戻るときのお金、とか。
何か買ってやる、とか。
どっかに出かけるときのお金、とか。

でも、実際に施設では、そんなに「外出できない」し、そもそも親もそんなに一生懸命来てくれる人もいるだろうが、だとしたら、おそらく施設は必要ない。


つまり、この「年金を落としてくれる仕組み」ということも、みんなわかってるはずなのに、「施設とは障害者のためにあるモノだ」という「幻想」が、許容しちゃってるンだと思うんです。

でも、実際そうじゃない、というのは前回までに書きました。

にもかかわらず、「施設の文句を言うなんて、入ってる人に失礼」とか「預けてる親御さんに失礼」とか「がんばってる職員の人もいるのに」なんて風に、「結果として」、この「施設というシステム」を維持しちゃってるのが、今の状況ですよね。
そういうコト言う人が、関係者に多いのも、ホント、どうしようもないな、と思うんですけど。

冷静に考えたらいいんですよ。
このシステム。
中心にあるのがなんなのか?
障害者のため?
ホントにそうでしょうか?って、ごく単純に。


問題は「施設を悪くいう人」に対して、「そこに入ってる人もいるのに、なんてコト言うんだ」という「思いやり」みたいなものがですね、もうどうにも「逆効果」っていうか、「邪魔」なんですよね。

「そこで一生懸命自立しようとしてる人もいるんだから」とか。
いやいや、県内のコロニーを調べたら、死ぬ以外はほぼ施設出れませんよ。

そういう事実をまったく知りもしないで、というか、知らないなら知ってほしいんだけど、知ってるのに、表面上優しくする的な感じで「臭い物にふた」とかしてるひともいるから悪質。




(BGM:Gilbert O'Sullivan「Came to See Me Yesterday [In the Merry Month Of]」from「Little Album」)
→ピアノと歌、ってのを中心に据えたアルバムで、なかなか楽しげで、それでいてファミリー感があるというか、アメリカの片田舎、って感じで、楽しいアルバムなんだけど。
この曲はそれにストリングスが加わってきて、でも深刻になるでもなく、甘ったるくなるでもなく、さっぱりと田舎の風のような印象。

施設のこと その3


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http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-3919.htmlのつづき

障害者の世話、いわゆる介護とかっていわれますけど、ウチでは介助、といいますが、そういうことって、「嫁の仕事」という位置づけできましたね日本は。
保育もそうです。
だから、そこに対する評価がえらい低い。

賃金も安い。
人も集まらない。

今、介護事業所で、ウチもそうですが、人手が足りてる、なんてところは聞いたことがありません。

高齢化社会に向けて、「国民総活躍」とかいうならば、老人に対しても手厚く援助して、もっと活躍してもらうことが必要だと思うので、人が足らないんだから、単純に金を投入するしかないんです。
しかし、現実は、社会保障費は軒並みカットされていますね。

つまり何が言いたいかというと、とにかく「施設の職員」になんか、金を出さないんですよ、日本は。
だから、「手厚くやろう」なんて、いくら思っても、できないんです。
生活できないからやめざるを得ない。
有能な人材が流出する。

これで、まあ事件が起こらない方がおかしかったンですよね。


まとめます。

問題は、「施設は障害者のためにある」という幻想でしょう。
以上のように、オグラも、そして数的にどう考えても、障害者それぞれが「やりたいこと」を実現できる場じゃないです、施設は。

でも、「障害者のためです」とか、「自立のために」なんて言っちゃう。

ウソですよ。
冒頭の方に書きましたが、親ですら、「あずかってもらってるんだから、自立のためのなにかやってほしいとかいうな!」って自分で言ってるんだから。

そんなことわかってますよね?
みなさん。

ちょっと入院したことがある人ならわかるかもしれません。
というか、それ以上に、もし、それで身体が動かなかったら?と考えてみましょうか。
飯、トイレ、風呂、寝る時間、すべてにおいて、「自分の好き」にはできません。
でもまあ、「2週間の入院だから」ということで、みなさん、治療に専念したりしますね。

けど、それが一生です。
出れません。
となったときに、どうします?

オグラじゃないけど、もう「魂が死ぬ」って感じしか、もう生きる道はないでしょう。
ウチの亡くなった初代会長は、「犯罪者はいつかは出れるだろうけど、私たちは一生この牢獄から出られない」と言ってました。
まあ、出てきたんですけど、その後。
牢獄、ってのはショッキングですが、それは30年前の話です。

でも、今回の事件があって、オグラのことがあって、いや、なにも変わってない、とも思いました。


そして、その状況を見たアタマのおかしな男が、「死んだ方がマシ」だと言ってたんだとしたら、なんかそっちの方が、ずっと「現実を見てるよな」という気がします。
というか、彼はそこで働いてもいたんでしょ?
見てたんだよね。
で、その結果が、それってことでしょ?
まあ、クズはクズっていうか、クソ野郎だとは思うけどね。

でも、なんか、そこから考えなきゃいけないことはあるような気がする。


「施設」が、障害者のためじゃないとしたら、誰のためにあるか。

簡単で、健体者社会のためにあります。
100人の人にヘルパーをつけるより、1カ所にまとめて10分の1で済まそうというのが狙いです。
そして、こういう場所を作ることによって、底辺たる障害者を分断することも狙いでしょう。
いつの世も、反乱分子となりうる人たち、つまり底辺にいる、ということになっている人たちは分断され、声を上げられなくされています。


「イイ施設がある」というような次元の話じゃないんです。
「施設」というモノは、「健体者社会の都合で生まれ」、社会保障費とかを削減し、「現状仕方なくそこに行くしかない」という風に「仕向けられた」多くの障害者が、魂を殺して住んでいる場所です。

そこで、「イイ」とか「悪い」とかって言ってるのは、地獄に落ちて「血の池地獄がイイですか?それとも針山?」って聞いてるような感じがして、俺はなんか「どっちでもいいわ」って気になります。


続きます



(BGM:Gene「Sick, Sober and Sorry」from「Sleep Well Tonight」)
→これ、ジャケットかっこいいんですよ。

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