FC2ブログ

プロフィール

スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

@SMChingDongSATO twitter

Calendar 1.1

<
>
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 78
9 10 11 12 13 1415
16 17 18 19 20 2122
23 24 25 26 27 2829
30 - - - - - -

全記事

Designed by 石津 花

カテゴリ

最新記事

最新コメント

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

最新トラックバック

QRコード

QR

誤魔化される


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


kaijosha.jpg



「前ならえ!」ってありますよね。
あれ、一番前の子は、腰に手を当てることになってましたよね。
忘れてましたけど、そういうのがありました。

で、まあそのことで、ツイートでちょっと見たんだけど、「あれ、おまえは一番小さい、って言われてるみたいで辛いから止めさせた方がいい」みたいな感じのことが書いてあって。

ま、そうか。
たいがい、一番小さい子はずっと小さい感じもする。
その後中学でものすごい伸びました、って人もいるだろうけど、常々小さい方です、腰に手を当てていた方です、という人も多かろう。

ま、その人はきっと辛い思いをしたのだろうからそれはそうだね、としか言えないけど、でもよくよく考えたら、そもそも「小さいのが悪いのか」という問題がありますわね。

三高とか言って、高身長ですか、そういうのがモテる、と。
つまり、チビはモテない、と。
ちなみに豆知識としては、チビは漢字で禿、ハゲも漢字で禿、という。

おそろしいにも程がある。
漢字を考えた人の悪意すら感じるわけですが。

まあ、結局、前ならえの問題というより、「チビを見下す文化」の問題なのでしょうね。
チビが別に気にならない世の中だったら、別に前ならえも何も別にどうでもいいことになりますから。

こういう構造の話ってのはいろいろあって。
女性専用車両、なんてのもそういう感じかもしれない。

女性専用車両が生まれた背景の問題が重要なんであって、女性専用車両を問題にしてもしょうがない、というか。
女性ばっかり保護されてる!とか言い出す輩がいますけど。
そういう論議では、なんも解決しない、というか。
そもそも痴漢とかの犯罪が跋扈してるからでしょうに。
そこが解決できれば女性専用車両なんかはいらなくなるかもしれないんだから。

障害者の問題もけっこうこの構造が多い。

施設云々ってのもそういうところがあって。
大量虐殺とかがあったけど、施設のそもそも大量収容、合理化、というのがどうなのか?というね。
非人道的だと思うんですけどね。
それでも、まあ「施設がないと困る」という社会的な要請と、まあ親御さんの要求だよね。
そういうので、結局「必要悪」みたいな感じで存在してるのが当たり前になってる。

施設の運営云々とかの問題をまあ取り上げてもきたけれど、本来は社会の中で福祉施策がどう豊かに存在するか、って話なはずなんだけども。

ちょっと外れるかもしれないけど、そもそも社会から障害者を締め出しておいて、パラリンピックだのを感動ポルノにして、その上でしか障害者を表現しないメディア、なんかもそういう感じがする。
そうなると、まあ「フツーの障害者」が見えなくなっちゃって、というか、いなくなっちゃって、結局は何も変わらない、みたいな。

それでもまあ、スポーツがすごい、芸術がすごい、みたいな障害者が取り上げられなかったら、普通の人が取り上げられるはずがない、というのもわかるんだけど。
ってか、まあ普通の人がそもそもテレビには取り上げられないよ、というのも正解である。
これもまあ、メディアのあり方そのものが問われているのかもしれない。
小人プロレス云々、ということではない、というか。

問題の根源は「前ならえ」ではないわけですよ。
でも、まあ「前ならえをやるかやらないか」みたいな論議に陥ってしまうのよね、人の世は。


けっこう、行政と話し合いをしたりすると、ここで誤魔化されることが多い気がしますね。
意識してるのかしてないのか、この辺を彼らはごっちゃにして、「前ならえ」の論議にすり替えたり、本質の論議に寄せていって、「いきなりは無理だから」という理屈を付けて「前ならえ」の論議に持って行ったりする。

話はそもそも単純で、例えば今我々が取り組んでるJRの駅無人化の問題も、無人にしなきゃいいんですよ。
それ以上の問題じゃない。
人さえいれば、例えば耳が聞こえない人、車椅子の人、日本語がよく読めない人、まあ、そういう人たちが楽に使える。

今、「駅員がいないのでインターホンでお願いします」なんて書いてあって、そもそもこれ読めるのか?耳が聞こえないのにインターホン無理だろうよ、という、小咄にもならないような状況になっている。

それを、JRも人員不足が、とか、そういうのはまあ基本関係ないわけです。
いや、関係あるけど、こっちには関係ない。
それはJRが民間いうなら努力しなさいよ、って話で。


というわけで、まあけっこう世の中の問題は本来スッキリしてるはずだと思うんですよね。
それを、わけ知り顔で「前ならえが云々」と言い出す専門家とかいう輩が出てきて、問題の本質を見えなくさせてしまう。

というようなわけで、そういう専門家にはならないように気をつけなきゃな、という話でした。





車募集

(BGM:STARDUST REVUE「カーニバルの夜」from「ONE & MILLIONS」)
→ま、埼玉の人たちという話がありますが、調べたらホントに生粋の埼玉の人たちで結成されとる。
いや、どうなんですかね。
名前は知ってるけど、これまであまり聞いたことないですね。
ま、そういうことなんですけど、ま、うん、普通だった。
スポンサーサイト



無視する理由


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


kaijosha.jpg



ま、JRの駅無人化によって車椅子の利用者とか目が見えない人とか、まあ困ってるわけです。
そんで、さいたま市には「ノーマライゼーション条例」ってのがあって、その理念とこの無人化は相反するだろう、と。
さいたま市はJRに指導してほしい、という流れで市と話し合ったりしてるわけですけど。

ま、先日も市との話し合いがあって、その内容については改めておそらく次号のウチの機関紙(にじ屋などで配布中。ぜひ毎月読んでほしい)とか、本体ブログ(http://www.nijirock.com/blog/)で流すと思うんで、ちょっとまだ文章としてまとまっていないので待ってください、って感じなんだけど。

直接その内容、というわけじゃない話をちょっと書きたいんですが。

ま、そもそもこのノーマライゼーション条例ってのはずいぶん前に制定されていて、これはかなり革命的なことだったと思うし、内容もいいと思うんです。
ものすごく評価している。
だからこそ、今回のJRの件もこれを、言い方はどうかと思うけど「盾」にしたところがあります。
障害者に対するいろいろな「不便」について訴えるとき、この条例はものすごくその「根拠」となる。

そういう素晴らしい内容だと思っていまして。
ま、そもそもそうじゃなかったら、こういう話をこういう形で市に持って行っていませんし。

障害者運動をやる側としては、こうした制度の上に立って、まあ最終的には憲法とか、そういうことの上に、「現実がちょっと違いますけど、どうでしょう?変えていきませんか?」という形でやっていくのが王道というか、そういうことになります。
確かにノーマライゼーション条例とかはいわゆる「理念条例」であって、直接罰則があるとか、そういうものでもない。
しかし、そういう「理想」を謳ってくれる条例があるからこそ、「そこに向かっていきましょうよ」という風に市に話しに行けるわけです。

と、かなりソフトに書きましたが、過去には深夜に及ぶ市との話し合いとかもやってましたっけね。
こっちサイドが部屋に入りきれない人数になってしまったこともあったりしたっけ。
ま、それはあくまで結果論であって、そうしたかったわけじゃないんですけど、まあそういうこともありました。

ま、それはいいとして。

さて、この話を表沙汰にした今年の頭くらいから、どうもこの条例の制定に関わったある教授(なのかな?とにかく大学の先生)が、文句を言っていると。
そういう話をずいぶん聞きました。
「ノーマライゼーション条例にケチを付けている。虹の会はけしからん」みたいな。
いやいや、先に書いたように「逆だし」、って話なんですけど。
直接言ってくるわけじゃないので、まあ知らんですし、普段関わりのある人じゃないし、まったく本気で気にもしてなかったんですけど、

ただね、まああんまり周りから言われるんで、ちょっと書いておこうと思ったんですけどね。

まあ、関係ない、と書いたけど、実はオレが卒業した大学の同じ学科で教えている先生らしい、というのは知っていました。
だけれど、オレとは入れ違い?だったか、とにかくオレが卒業した後に来た先生なので、オレは直接面識がありません。
顔も知らない。

昔、虹の会は大学のサークルみたいなところから始まっているので、どうもまだ昔しか知らない人にとっては、その大学発の会、みたいに思われてるところがあるんですが、今はそこの卒業生といってもアキとかカズミ、俺くらいしかいません。
カズミに至っては、そもそも学科も違うので、う~ん、どうもこうも関係ない、と言い切っちゃっていいかと思うくらいなんですけど。
ま、そういう大学発、だと思われてるからこそ、その先生が言ってるよ、というのを伝えてくれる人が多いんでしょうが、いや、もうそう思ってないし、ではあるんですが。
そもそも俺自身も大学には卒業して以降、一度だったか学食に行ったっきりで行ってもいませんし。

アキが大学生だったときにはその先生はいたらしいんだけど、虹の会で働くことに対してはものすごい反対された、といっていました。
今はいないけど、大学院を出てウチで働いていた人も、同じように言われたと言っていました。

「そう彼が言うのは、なにが問題なのかはわからないけど云々」、というのは表向きで、まあわからなくはないんです。

うちらは野武士の集まりだし、未来があるかどうかはわかりません。
だから、自分の学生を未来のないところに行かせることに反対だったのでしょう。
彼が想定するのは、いわゆる「ちゃんとした」ところ。
たぶんそれは大きな法人、だったり、社会福祉協議会、だったり、世の中に認識される職種、ということだったんだと思います。
彼が輩出した学生が、つまりアキの同級生が講演とかしてて、もっと講演をしたい、とか言ってるらしいことを聞くと、まあアキもそういう風になってほしかったんでしょう。
本を出したり、講演したり、なんかその人が活躍するような、よくいるアレ、ですね。

ま、オレなんかは、そういうのを忌諱してるところもあるから、何せ野武士なんで。
この辺の説明はまた別の機会にしますけど。
そういうことだ、で進めます。

その後も、その先生に何かのことで学生に呼びかけてほしい、とか頼みに行ったこともあったようですが、「今はこういう虹の会みたいな「熱い」感じはウケない」ってけんもほろろだったと聞きました。

う~ん、ウチが熱い…、そうだっけ?そうでもないけどなあ…。


ま、障害者運動には昔は共産系、社会党系、という分裂がありました。
ウチは昔から両方に顔を出していて、「あなた方はあっちでしょ」みたいなことを、どっちに行っても言われたりしてました。
でももう、今はそういう色分けはなくなっていて。

運動全般が落ちちゃってるから、そもそも。

とはいえ、じゃあ一枚岩になれたか、というとそうでもなくて、今、オレが考える色分けは、こういうものです。

社会に親和性を持てるか、持てないか。
簡単に言うと、「社会に仲間に入れてくださいってお願いする」か、「しない」か、の違い。

ま、こういうことを言うと、前者の人たちは、「お願いしているわけじゃない」という風に言うはずなんだけど、しかし後者である我々としては、どうにもそのやり方に違和感があります。
この辺も、また別の機会に説明しますが、そういうことだ、ということで進めます。

でも、たいがいメジャー展開?してる人たちは、前者です。
たぶん、その先生は学生をそういうところに行かせたかったんだろうし、たぶん、運動やってる人たちにわざわざ我々のノーマライゼーション条例に対する思いを曲解してまで言う感じ、つまり言える立場にいる、というのは、おそらく彼自身も前者なのでしょう。
運動の世界のメジャーどころに顔が利き、こういう放言もできる立場なのだから。

だからって、まあ彼をどうこう言おうとは思わないし、そういう展開もあるでしょう。
やり方もあるのでしょう。
それが世の中を変える力にならない、とも思いません。
ただ、オレたちが、その立場には「ん?」と思ってしまう、というだけで。

だから、我々としては後者の立場だけれど、それでも何かあれば同意できるときは一緒に何かやりたいと思いますが、(社会党系、共産系、といわれてたときからそういうスタンスだった)メジャー展開してる人には正直勝てませんし(いろんな意味で。それに向こうは大学の先生で、こっちは本も出してない野武士だし。)、そうやってウチの評判を下げたいのかなんなのか、まあそういうのはあまりしてほしくはないなあ、と思ったりはします。
しかも曲解で。
けどまあ、その人知らんし、そもそも知らん人とは論議もできませんしね。


そもそも、まあ、知らん人だし、どうでもいいし、そういうのにいちいちかまっててもしょうがないんで直接言ってこない限り、今後も無視しますけど、でも、研究者ってのはもっとフラットに実践者に寄り添い、そこの善し悪しや、自らの信念云々にかかわらず評価して論文にしたりする人だと思っていました。
ましてや曲解するとは思ってもいませんでした。

ま、結論として、彼に教わることがなくて、本当にオレはよかったな、と思っています。






書店員

車募集


(BGM:Hiromi「Double Personality」from「Another Mind」)
→上原ひろみさんですね。
良質のフュージョン作品になってるという感じ。
サックスとドラムの掛け合いとかもなかなかスリリングでかっこいい。
ライブとかだともっと崩してくるのかな、そっちも聞きたい。

金さえあれば


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


kaijosha.jpg



先日、同じ市内で、まあにじ屋みたいな感じといっていいのかな、障害者が働く、という感じのレストランが閉めます、と。
閉まっちゃうなら行っておかなきゃ、と思ったら、もう我々が情報を入手した時には閉めた後らしく。
事後整理をしています、みたいな感じだったんだけど。

俺自身はあまり直接は存じ上げなかったんだけど、アキとか市丸とかはいろいろお付き合いがあったようで。
とりあえずその辺で駆けつけて。

なんか、クッキーの販売とかもしてたらしいんだけど、まあそういうウチみたいなところ(障害者の団体でクッキーを作って売る、みたいな)けっこうありますけど、どこもやっぱ出張販売ができなくなっちゃって、という感じらしい。
例えば、「○○まつり」みたいなの。
市でやってるやつとかもあるし、そうじゃないのもあるけれど、そういうのに出張販売させてもらって、ずいぶんそういうところで稼いでいたらしいけれど、それがやっぱもう「今年は難しい」ってなっちゃってる、と。

そうだよなあ…。

非常事態宣言が解除されたからって、コロナの脅威が去ったわけじゃないし、これを書いているのは6・24なんだけど、この日東京はまた55人の新規感染者が明らかになったりしてますよ。
つまりは、何も終わってないわけで。

「新しい日常」なんていうけど、そういうことを強いられたって、販路がなくなっちゃえば一気に終わっちゃうわけだ。
新しい日常、じゃなくて、「販路なき日常」って感じだよね、現実的に言ったら。

食べ物関係はやっぱ「みず物」だから、回転していかなかったらどうしようもないよな…。
そのレストランも、結局コロナで店は閉めていたらしいんだけど、それでもう立ち行かなくなった、と。
まあこれで再スタートできればいいけど、出張販売も今年一年見込みがない、みたいなことになってしまうことが明らかになって、もう駄目だ、となったらしい。

十万円を払ってもらったって、県の休業補償20万円もらったところで、なんにもならない…。
再スタートできる体力には足らなすぎる。

そりゃそうだよな…。
非常事態宣言が終わって、東京アラー都?が終わったって、コロナは終わってないし、厳しい状況はまったくもって変わらない。
新しい日常、とかって誤魔化そうとしてるとしか思えない。

ウイズコロナ、じゃねよ…。

俺らは普段モノを作る仕事じゃないから、ちょっとわからなかったけど、やっぱ「○○まつり」までに200個みんなで頑張って作ろう!みたいなことがすごいモチベーションだったりしたらしく。
それがなくなってしまうというのも、なんだかとても苦しいなあ、と。

まあ、確かにどこも苦しい。
だから同時に、ウチのような、ここのような、障害者云々のところだって苦しくなる。
そりゃそうなんだけど。

でも、なんかみんなで救われる方法ってないんだろうかな。
今、同じ状況に陥ってるんだから、障害者も障害者じゃない、もないじゃない。
不利に陥ってるのはみんな同じ。
今、すごい手をつなげるチャンスなのかもしれないけど、まあなかなかこの格差が広がってる状況下、より貧しい人を叩いて喜ぶような風潮になっちゃってるからな。

ここで、いい方に転びたいがな。

まあ、ウチとか、このレストランとかが潰れたところで、巨大繊維会社が潰れるほどには社会に影響がないのかもしれない。
でも、怪我をしてレギュラーで働けないような状況になった時、ウチみたいなところとか、このレストランとかはあった方がいいと思うんだがな…。
社会にどんどん「余分」がなくなっていくのは、自分が今と違う状況に陥った時にかならず困ると思うんだ。

自分が困った状況に陥った時に救ってもらえる状況を、困った状況じゃない時にしっかり考えられるといいんだけど、人って、困ってないとそういう想像力を捨てちゃいがち。
「俺はホームレスにならない」という自信がどこからくるのか、俺にはそもそもよくわからない。

まあ、でも他人事じゃない。
ウチも大変な状況は変わってない。
にじ屋がもっと売り上げが上がればいいが、これはみなさんに来てもらうしかないけど、あとはやっぱ、基本的な部分で、「障害者が働ける場所」という考え方をもっと社会の中に「必要なもの」として位置付けていけるような活動を展開できるように頑張っていかなきゃいけないな、と思います。

でも、やっぱ悔しいね。
金さえあれば、なんだよね。

中抜きさせるんだったら、俺らにさせてくんねえかな安倍さん。





書店員

車募集

(BGM:Mr. President「Side To Side」from「We See The Same Sun」)
→いや、上がるねえ。
なんていうんだろう、このジャンルは。
レゲでもないんでしょ。
ま、ファンクいうたらファンクではあるんだけど。
フロアーを上げようとしてちゃんとフロアーを上げられる音楽だなあ。
すごいなあ。

恐れおののくは俺たちじゃない


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


kaijosha.jpg


ツイッターとかで政治的なことを発言した芸能人とかに、まあバッシングする人が多いわけですけど。
きゃりーぱむぱむですか、なんですか、言えませんけど←書けはするだろ!。

ま、どうなんですかね。
政治に興味がなかったとして、よくわからなかったとして、でもちょっとでも政治的なことに興味を持って、ちょっとでもそのことを読んだりして発言したとしたら、「いや、よく気づいたね」と褒めてやりたいと思うのが人情かと思うが、責める、という。

つまりは、その内容だったり、ではないんだよね。
「芸能人風情が!」ってことなんだな。
これはまあ、同時に「女風情が!」とか。
同じですけど、そういう感情で責めてるんでしょうね。

そういう人たちにとって、政治的なこと、というのが、どっか「特権的なこと」なんでしょうかね。
一部の偉い人が発言するモノだよ、みたいな。
で、オレは発言するね、偉い人だから、みたいな。
「そこに入ってくんなよ、芸能人風情が!、女風情が!」てことなんですかね。


JRの駅無人化の件がなぜか今ごろ記事になって。
あれは2月の頭に取材されたモノだから、ずいぶん前なんだけど、結局コロナで話し合いも流れたままなんだけどさ。
コメント欄もひどいもんで。
でもまあ、ピントずれてるし、こういう反応はしょうがないかな、とは思っていたんですよ。

「障害者は電車に乗る前の日に電話しろ、障害者なんだから!」という意見は、そもそも我々の主張とは相容れないし、相容れないから、例えば「何で障害者だったら、いや、事故とかで障害者になったら前の日に電話しなきゃならないんですか?」という風にふったところで、おそらくその理由は出てこないんですよね。
「障害者だから」というだけで。

これ、まあ冒頭の「芸能人風情が!」と同じで、「障害者風情が!」ってことなんでしょう。
そこに理由がないから、差別、っていうんですけど、そのことも伝わらないので話にならないですね。

まあ、そもそも我々はJRに対する気はなくて、ノーマライゼーション条例を掲げる市に対していこうと思ってるだけで、つまりは、条例をしっかり実行してください、と。
実行できないのなら、条例をやめちゃって、という話で。
そのあたりもまあ記事で伝わってるのかどうなのか、よくわかりませんけれど、まあどっちにしても、障害者が主張をし、健体者と同じように権利を行使しようとすると、まあ「反発を受ける」という流れは、今確実にありますね。

芸能人が政治の発言をする、というのは、まあ、芸能人も大人ですからね。
あ、子どもの芸能人もいるか。
それはそうとして、大人として、政治に声を上げるのは有権者としては当たり前の行為なんだけど、それをやると、まあ「芸能人風情が!」って言わなきゃ気が済まないんでしょうね。
あ、子どもも思ったらいっていいと思いますよ。
大人、有権者は声を上げるのが義務だとオレは思いますが、子どもにはその義務はないが権利はあると思います。


夫婦別姓も同じようなもんで、「奥さん」が主体になるようなことはイヤなんでしょ。
「奥にいろ!」と。
「男であるオレと同じように主体として生きるんじゃない!オレの奥にいろ」という話でしょう。
だって、選択制でもいいじゃない、という意見に反対するって意味わからないですよ。
選択の幅を広げよう、という話に反対する意味がわからない。
普通は、選択を広げよう、って誰だって思うわけでしょう。


弱い立場の人たち、というか、そう「思い込んでいる人たちにとっての弱い立場の人」が、立場を逆転しよう、いや、逆転じゃないな、「あなたと肩を並べよう」とするだけで、怒り出す、責め出すわけですよ、結局。
障害者や女性、だけじゃなく、生活保護受給者、いわゆる貧乏だったり、出身地だったり、ゲイの人たちだったり、まあとにかく「黙ってろ」と。
黙って、オレたちがやるおこぼれでおとなしく感謝して暮らしてろ、ってことなんでしょう。
そうしてるなら怒らないが、「おこぼれは違うでしょ…」と言い始めると怒り出す。

ま、丁寧にわかったようなことを言ってる人でもこういう人はいます。
「奥さんが手の上でいろんなことやってる分にはいいが、それを超えようとすると怒り出す旦那」というの、よくあるんでしょ?。
出かけてばっかり、「奥さん」の方が友達が多くて毎日出かけている、仕事的に彼女の方が活躍している、なんてことになると、たいがいむっつり「出かけてもいいが夕飯は作れ」とか言い出す感じ。

ま、よくある話かと思いますが、それも底ではつながってるんですよね。
他人を配下においておきたい、手の上に置いておきたい、その中では自由にやらせるけど、「出ようとするなよ」っていう。


社会は逆転をどれだけ怖がってるんだろうか、って思いますね。
そう考えると、どっか逆転をもくろむ俺らの方が気楽でいいや、って気がします。

どっかで「プロレタリアートは鎖以外に失うべきなにものも持たない」ってのを聞いたことがありますが、まあそうよね。
元々失うべきモノがないんだから。
恐れおののくのは俺たちじゃなくて、逆転を怖がる人たちなんだろうな、と思います。


(5/13記)






(BGM:痛郎「午前四時」from「No Title」)
→午前四時というバンドあったよなそういえば。
この人達は見たことがないし、でもZKサンプラーに入っていたトラックで気になっていて。
最近また復活したとかで、このCDが出された感じか。
曲はドラマチック。
この曲のラストの方、なんでしょう、もっと音を重ねたらすごいことになったんだろうな、と思うけど、でもこのくらいの感じがちょうどいい。
やり過ぎは引く。

社会的弱者であることを固定化しない★明日の集会、来てね!


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


kaijosha.jpg



例えばライブをやってて思うのは、本質的なところで、我々が下に出ちゃダメだと思ってるんですね。
「ありがとう」はまあ普通の言葉としては言うけど、「こんな障害をもった人たちのライブを聴いてくれてありがとうございます」みたいな意味合いでは絶対に言っちゃいけないし、そう聞こえてしまうことについてはものすごく気をつけなきゃいけないと思ってる。

弱者が弱者であることをウチのバンドが描いてしまったら、やっぱりそれは失敗だと思うんだよね。

おそらく、今回の越谷のライブでも、「自分たちは障害者である」みたいなこととか、いや、そもそも「障害者」ってワードは誰も言ってないと思う。
それは自然にそうなっただけで、意図があってそうしてるわけではないんだけど、そうなっていた、というか。

ま、障害者だと言うことが「弱者である」ことを表現してることにはならないので、時と場合にはよると思う。
注意して使わないとならないな、とは思っている。


なぜ24TVが醜悪だと思うか、というのは、つまりはあれは「弱者ががんばっている」ということを描き出しているからだ。
「弱者」を、弱者のママエンタメとして、TVとして表現してしまうのは、それはつまりは、チャリティを強要することであって、それは為政者としては都合がいい。

そもそも人は、弱者ががんばる物語は好きなのだ。
それを見て涙したい。
けれども、それはあくまで自分の人生の外の物語であって、内なる問題ではない。
それだからこそ、チャリティの対象となり得るのである。

弱者は弱者でいるからこそ、階層が成り立つ。
階層が成り立たなければ、富裕層は存在できない。
だから、弱者を弱者として固定する物語は、俺は生理的に受け付けない。

けれども、その弱者が力を持つ物語、簡単に言うと、反撃の何かを感じさせてくれる表現だと、俺は一気に好きになる。

世の中が、為政者が一番困るのは、一番イヤなのは、「弱者が力を持つ」という図式だろう。
そういうことは彼らは避けたい。
だから逆に言えば、24TVなどは安心してみていられるのだろう。
そういう人が危機感を持つような、眉をひそめるようなことを「しでかさないと」意味がないんじゃないか、と俺は思っている。


簡単に、例えばバンドで言えば、「とにかく一般の人、24TVを安心して感動できる人」、つまりは多くの、8割方のみなさんが、どっかに眉をひそめてもらいたい、と思っている。
それは音楽のデキとかではなく、衣装や小芝居含め、表現全体の話だ。
眉をひそめるというと大げさだけど、「こんなの見たことない」みたいなことは思ってもらえるようなことをしなきゃならないと思っている。

それがうまくいかなければ、やっぱり我々も24TVと同じモノになってしまう。
それは弱者の固定化になってしまうのだから、我々の望むところではない。


つまり、市丸たちが力を持つ、というのが、もっとも大事なコトなのである。
というか、「集団になる」というか。
一人一人にはチカラはなくてもいいんだけど、それがまとまる、みたいな感じか。
それをどう表現するか、ってコトだと思う。
そこを例えばお客さんを巻き込んで、みたいなことができれば、素晴らしい、というか。

そこには難しいことが必要なわけじゃなくて、とにかくなんでもいい。
デモでもストでも、暴動でも、為政者がイヤがることの発端は、なにも難しい話から始まるわけじゃない。
社会問題、障害者問題、貧困の問題、そんなことがわかっていようがいなかろうが、暴動は起きる。

なにも暴動を起こすのが目的ではないが、弱者が為政者の脅威になる、という意味で、例えば、ということであるということを念頭に置いて書いている。

市丸や井上達、そしてそれを取り巻く俺たちが、この弱者を固定化する社会を脅かさなければ意味がない。
バンドにしても、なんかのイベントにしても、そもそものにじ屋だって、「すいません」「おありがとうございます」と言っていたのではやっぱりそれは弱者としての自身の固定化にしかならない。


道を車いすでも堂々と歩く。
歩くだけのことで、すいません、とアタマを下げなきゃいけないという必要はどこにもない。
少なくとも、車いすを使っていない俺は歩くだけで「すいません」とは言わない。

今回の、JRに関するイベントについても、「車いすだから前日に電話するくらいいいじゃないか」という意見もあろう。
つまりそれは「弱者の固定化」の流れの中にある思想なのだけれど、それを許してしまえば、世の中は何もかわらない。

社会的弱者、という自身を、その存在に貶めたままにしておかない。
それは、「みんなで協力すればいい」みたいなチャリティ、という「優しい仮面」をかぶってくる世の中を拒否することでもあって、なかなかに難しいことではある。
善意を否定するのは難しい。

けれども、それをしなければ、いつまで経っても自由に外を歩くこと、移動することは難しいままである。

それでは何も解決はしないのである。




駅無人化小

駅無人化大

バレンタインSNS用画像

(BGM:青ジャージ「われちゃったもの」from「夜間徘徊助長演奏会 Vol.2」)
→このオルガンは好き。
キーボードってなかなか難しいというか、アレンジの問題というか、すごいセンスが出ちゃうと思うんだけど、これはカッコイイ。
ジャージというより、ジャジーか。

| ホーム |


 BLOG TOP  » NEXT PAGE