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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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失敗なんて悪いことじゃない


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専従募集


失敗というのは、なかなか大きな声では言えません。
例えば遅刻、例えば報告を忘れた、などなど。

健体者であろうが、そうでなかろうが、これは同じ。
でも、ウチでは、「失敗こそ大きな声で言おう」ということをよく言います。

特に健体者なんかは、ここに来たばかりの時に、なかなかこの辺が難しい。
ま、世の中は失敗を許しません。
遅刻なんかしようもんならイヤミを言われ、降格され、下手すればクビになるような時代です。
そりゃ、失敗を大きな声で言いたくなくなります。
小さくなって、目立たないようにしよう、って感じになるんでしょう。

これは外からきたカブキとかオグラなんかもそうで。
約束事を守れなかった時に、「守れなかったね」というと、「守った!」と言い張ったりする。
いやいやいや、そうじゃなくて、と。
なんでウソつくの?と。
そうじゃなくて、「守れなかったけど、これから気をつける」って言えばいいじゃない、と話すんだけど。


でもどうなんでしょう。
失敗なんて、しょうがないじゃない、って思うんだよね。

しちゃったんだし。
それに、失敗したくて失敗する人なんかいるだろうか?とも。
逆に言えば、失敗をした時に、ああ、失敗した!次は気をつけよう!っておもった方が人間成長するじゃん、みたいな。

失敗をこそこそ隠していたんでは、何も生まれないんじゃないか、と。

ま、それは誰が考えてもそうかと思うんですけど。
どういう失敗だったとしても、そう考えるしかない、という。
反省して、次にいかす、それしかない。


そして、失敗については、もう一つ、思うことがあって。
ちょっと表現が難しいんだけど、書くことにチャレンジしてみますと、こんなことです。

というのは、井上たちは今の時代の中では、「失敗作」なんです。
悔しいけど。
だから、優生保護法なんかもある。
優生保護思想については大いに腹が立つし、論議もしたいけど、同時に「失敗」ということの意味を変える、ということも必要なんじゃないか、と。

井上たちを失敗作、と言われることに腹を立てるのは当然だけど、この世の中の「失敗」なんてのがどれだけ馬鹿馬鹿しいか、ってことも同時にあるような気がして。

つまり、失敗して反省して云々、と言う風に考えると、失敗は成功の母なわけです。
失敗してこそ、成功がある、みたいな。

なんだ、失敗ってすげえじゃん、みたいな。
なんでそんな「すげえ」失敗を隠すのよ、みたいな。


自分が失敗を隠していたんでは、失敗を忌み嫌うんであれば、やっぱ井上たちは浮かばれないというか。
オレたちが、「失敗していいじゃん」って思わない限り、行動しない限り、やっぱ世の中の「失敗は悪」ということから、オレたちも井上たちも逃れられないんじゃないか、って思うんだよな。


先のカブキやオグラのルールを守る、って話。
それはとても大事なことだけれど、守れなかった時に、じゃあ「次、がんばるぜ」ってのがさ、すごく大事だと思うんだ。
そのためには、一回ルールを破った、という失敗を自分で認めた方がいい。
自分で認めて、次、がんばる、ということでいいじゃない。

失敗を認める。
今の世の中で、それは難しいことだし、辛いことかもしれないけど、でも、井上たちはそういう世の中を「失敗作」として生きている。
そんなの悔しいじゃないか。

だから、「失敗」の意味を、少なくともオレたちは日常の中で変えなきゃいけない、って思う。
世の中が言う失敗、こそこそ隠すべきな失敗、ではなく、母なる失敗、というか、意味のある失敗、というか、成功のための大事な失敗、というか。

世の中がいう「失敗」なんて、大したことないじゃん、というか。
他人が失敗言ったところで気にする必要なんかないんだ、というか。
堂々としてろ、って。

だからやっぱ失敗は大きな声で言うべきだ、って俺は思うんだよね。
ってか、逆に「失敗を忌み嫌い、こそこそ隠す」ことはしちゃいけないんだ。

そんな世の中、くそ食らえ、です。











(BGM:有馬竜之介「土曜日に集まれ!」fromYOUTUBE)
→どひゃ~ん。
「土曜日に、い~、あっ、教会へ黒い服着て集まれよ~」
この、冒頭の「い~、あっ、」にノックアウトされましたわ。
途中の語りももう入ってきやしません。
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今を生きよう


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専従募集


つうわけで、なんだか何もする気が起きない昨今、みなさんいかがお過ごしでしょうか。
今日はちょっと昼間事務所でうたた寝していたら、みんなで米国に行った夢を見て、とても眠くて眠くて、って言ったら「時差ですか?」って言われた。

先日、韓国に行った際、というか、行きの空港で歯が抜けたり、前歯がぐらぐらしてたり、なんだか歯が悪い。

ライブを2週に続けてやったというのは、やっぱりなかなかに気持ちを持って行かれちゃいます。
たまってたチカラを使い果たすというか、ライブというのはなかなかにパワーが必要なんであります。

そんな中でも、まあ懸案事項があったり、日常の作業のために連絡しなきゃならない段取りをつけなきゃならなかったり、それもどれもやりたくないことばかりなので、ひじょうに力尽きる。

好きなことばかりやっているように見える我々の毎日だけれど、それでもやっぱりめんどくさいことってのはその倍ある。

役所なんてのもその一つで、そもそも役所ってのは福祉を進めるために仕事をしてるはずで、俺らと対立する概念ではないはずなのに、どっか対立関係にある。
ま、俺らが彼らの進める「福祉」に異を唱えているから当たり前っちゃあ当たり前なんだけど。

例えばまあ、ヘルパーの仕事、みたいなことってのが決められてるわけだけれど、外出は◯◯ヘルパー、家事は◯◯ヘルパー、入浴は◯◯ヘルパー、といった具合だ。
でも、よくよく考えれば、外出だって、入浴だって好きな時にしたいわけでしょう。
一週間前に決めろなんてこと自体がナンセンス。
論議する予知もないほどナンセンスだ。

だから、我々は、30年前、ボランティアでそれを補ってきた。
ヘルパーよりもボランティアの方が力になった。
というか、ヘルパーにはなんの力もなかった。
だから、そのボランティアを登録でヘルパーにできるように制度を作らせた。

ま、例えばそんな流れだったりするから、オレたちと行政は、提案(というより座り込みも辞さない運動)とアクセプト、という関係でしかない。
そうやって、障害者は自由を求め、ちょっとづつ実現してきた。

のに、今や企業が参入してきて、行政との関係が企業ノリになってきたりして。
企業はただ行政に従うからね。
そしたら障害者団体まで、そんなバカなところが増えてきて。

先人の汗と血を簡単に馬鹿にするような行為をしてる。
まったくどうしようもない。

にじ屋の家賃もなかなか厳しいし、それでも泊まりに来るだけのアクムなんかもいるし、どうしたもんか、もうちょっと俺らも金を得る才覚をつけなきゃいけないのかもしれない。
でも、アクムがイチマルの家に泊まりに来るからって行政から金をもらうってのもなんかおかしいとも思う。
ヤツは友人の家に泊まりに来てるだけなんだから。

親との関係も、まあ普段参加してもらってないので、そのストレスは他の作業所に比べたらとんでもなくゼロに近いんだと思うけど、それでも面倒な時はある。

そもそも親が面倒みきれない子を、オレたちがめんどうみれるわけがないんだが、それだけでもたいへんな毎日の作業なんだけれど。
それでもまあ、親が黙ってるならまだいいんだが、そうじゃない場合もある。
本人は無自覚なんだろうが、全ての行動や言葉が子を自立させない方向に向かっていることに気づかない親もいる。

困ったもんで。

それでもまあ、毎日なんだかんだ「日本シリーズを一緒に見よう」とか、「◯◯って映画を見に行こうよ」とか言ってくれるヤツらがいるから、なんとか毎日が彩りをもっている。
「毎日毎晩彼らと一緒にいて大変じゃないですか?」という他の作業所の職員とかいう連中もいるけれど、そりゃ、そういう面もなくはないけど、それを越えるモノもある。
じゃなきゃやらない。

ま、何もやる気がなくても毎日は進む。
日は昇り日は沈む。
そして市丸たちはいつだって元気だ。

だからどうってことはないんだけど。

そんなコトを思っていたら、朝起きたらアキが線香を焚いていた。
かおるさんの命日だった(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4106.html)。
短大時代に事故で車いすになって、きっと神様を恨んだりもしたろうに、今は大阪で仏様になった。

なんかね、俺の苦労や俺のめんどくさい、なんてのは屁ですよ。

先日北九州から来たという人といろいろ飲んで喋ったけど、とてもなんか真摯でステキな人だったけど、帰り際に聞いたらやっぱりかおるさんと同じで中途障害なんだって聞いて、なんか久しぶりに俺がどんだけ小さなコトに右往左往してるか思い知らされた。

ま、だから、別にやる気がなくてOKで、作業なんかしなくてもよくて、そんなことはどうでもよくて、大事なのは、どうやって自分の人生に彩りを加えるか、なんだわな。

今を生きよう。
みんな。







(BGM:惣領智子「終わりのない歌」fromYOUTUBE)
→「過ぎ去れば思い出になる 今をちょっと耐えれば」
「終わりのない歌を うたってるのはわたしです 時には声かすれ ひとには聞こえぬ歌です」
…イイ歌詞だなあ。
そして、ちょっと難しいんですけどね、曲は。
見事に歌いきってます。
この頃の人たちはみんな歌が上手い。

「生き生きしてますよね」 …う~ん…


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ネットとかで見て、「なんで虹の会の人たちはこんなに楽しそうなんだろう」ということで、見学というか、そういうのをしに来る人とかいますけど。

「なんか、みなさんが生き生きしてるんで」、みたいな。

これね、よく言われるんです。
井上たちをして、「生き生きしてますよね」みたいな。
かなりの人に言われる。

で、俺たちとしては、う~ん…、って思うのね。

というのは、全然生き生きしてないよ!みたいな。
こんなの普通じゃん!、とか思うんだけど。

コレを生き生きしてる、というのなら、他はどうなってんの?って。
暗澹たる気持ちになるわけです。


ウチの場合、「帰るか?」みたいなことを言うと、「帰らない!」とみんな一様に言う。
実家に帰ることすら、別にどうでもいい感じがある。
お盆とかには「親孝行だから、実家には帰りなよ」とか言う感じ。

カブキですら、ちょっとみんなが移動してしまうと「みんなの方に行く!」と車いすで叫ぶ。

だからまあ、楽ちんではあります。
だって、帰りたくないんだから、話が早い。
みんなと一緒にいたいんだから、話が早い。

なんか問題のある行為があっても、「それ、みんながどう思うかな?」と聞けばいいだけだから。


まあね、みんな誇りみたいのはあって。
虹の会にいる誇り、みたいな。
「虹の会にはそんなヤツはいらない!」とかってケンカが始まったりするから。


この辺が、どうやってこうなったかは、正直、別になんか考えたりもくろんだわけじゃなくて、けっこうそうだったんだな、気づいたら。
なんで、聞かれても答えられないんだけど。


ちょっと話戻しまして。

生き生き、ですけど。

生き生きしてるかなあ…?う~む?、って思うんだよ。
まあ、これは主観的な定義ですから、どうこうでもないんだけどさ。

けっこう、みんな、井上の言うことに左右されていたり、俺の顔色をうかがうコビのような、あ、違った、コバだった、そういうのもいるわけで。
井上だって、やっぱ優等生発想からは抜け切れてるとは思えない。
生き生きと自分の意見を大きな声で言ってます、という風にはまああまり思えないというか。

ま、とはいえ、言ってはいるんだろうけど、う~ん、なんだろう、ことさら「生き生きしてる」とまで言われる感じだとは思わないというか、普通だよなあ…。
普通には言ってる。


他の作業所とかをいろいろ見学してここに連れてきた家族の人が、「他の作業所の人たちはみんな目が死んでた」みたいなことを言ったりします。

ホントかよ?とか思うんだけど。

他の職員の人からは、「帰りたい帰りたい」って人をどうなだめるかがたいへん、みたいな話も聞きます。

う~む…。
そりゃ確かに大変だわな…。
一緒にいたくない人に何を言ったって、そりゃ何も入るわけがない。


なんか、そんなウチとは全く違った話をいろいろ聞かされると、どれだけなんだよ…、と暗澹たる気持ちになるわけですけど。

まあ、実際に内部に入り込んで見たことがないし、わかりません目が死んでるかどうか。


あ、ちなみに、個々の取り組み一つ一つにはいろいろな背景や理由がありますから、その一つ一つをどうこう、というようなことを言いたいんじゃないんですけど。


いろいろな話を聞いて思うのは、なんか「一緒にいたいかどうか」、だけなんじゃないか?って気がしてきた。
一緒にいたい場所、をつくるだけ、というか、それしかないんだよね…。

別に、ことさら、言うほど「生き生きしてる」って感じだとは思わないんだよね、って話でした。
普通だよ、普通。







(BGM:キョンタ「おっちゃんどこ行くの」fromYOUTUBE)
→どこだっていいがな…。
ま、「生きてるって言ってみろ」のアンサーソングって気もしなくもないが、いやいや、そんなこと言ったら名曲に傷がついてしまうか。

24日のイベントに参加してください


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リーダーが自分のやってることややってきたことに疑問や反省がないと、考えや行動を変えられず、間違った道をとにかく闇雲に進まざるを得なくなる。
でも、すぐに行動を変えるリーダーも困る。
といって、初動の段階でいつだって正解なんかできない。
そして、おそらく初動の間違いをずっと意見され続けなければならない。

そう考えると、リーダーになんかなるもんじゃない。と思う。

生徒会長だって、学級委員長だって、PTA会長だって、なんだって、なんで好き好んでやる人がいるのか不思議だった。

ま、それでもPTAの役員はくじ引きでやることになって、まあそりゃ大変だった。
だいたい、PTA自体がもう形骸化してて、硬直化してるから、やるもやらないももうそもそも「参加して損」のレベルなんですよ。

そこで、例えばなんかのイベントの意見を出したところで、もうなにやってもダメなんですね。
必ず反発が出る。

もちろん、最善の策を考えはするけれど、それでもそれはある程度「この集団で何をかしよう」みたいな一体感があって最善、ということであって、ソレがない場所では、何を言っても最善は最悪にしかなりません。

だから、俺は何も聞かないようにしました。
とにかく、初動で通そう、と。
で、「参加したくない人は参加しなくていいです。俺が一人でもやります」と言いました。

なんにしても、やらなきゃ終わらないんですね、PTA。
PTAバザーとか、PTAの行事も、やる必要があるのかどうか、ということから話し合いを始めるほど、時間も気力もありませんでした。
本当は、そこから話を始めなければならなかった。

でも、それはもう放棄したんです。
とにかく、任期を終わることだけを考えた。

でもまあ、そんな中でも、いろいろと参加してくれるお父さんやお母さんがいたので、最後はまあ、大団円で終わりましたけど、まあ彼らも「バザーが必要かどうか」までは話し合いたくはなかったんだと思います。
ソレをやってしまえば、逆に、子どもが卒業した後も、未来にも責任を負うことになってしまうから。


てなことでね。
ま、リーダーになんかなるもんじゃないし、なりたくもない。
俺にはそんなに野望もなければ、思いもない。

けど、まあ俺もここでは専従の最古参になってしまったので、それなりに毎日の中で何かを決めなければならない場面も多い。
決めなければならないから、決める。
でも、ソレが間違ってたな、と思うコトもある。
そういうときは、もう「間違ってた」という人になろうと思っている。

そういう最古参は頼りないかもしれないが、でも、しょうがない。
俺にはそんなに自信がないし、実力がない。

ま、多くの人に支えられて、なんとか毎日はやってるけれど、俺が何をかできているともあまり思えない。


だからまあ、藤井を失ったのは小さくない。

ま、藤井のことだけど、藤井がどう自身のことを思っていたかは知らない。
俺に言っていたことが彼の本音だったかどうかはわからないからだ。
でも、おそらくは、彼が俺を失っていたら、同じように、「小さくない」と言っただろう。
おそらくではなく、ほぼ100%。

ただまあ、彼は障害当事者であって、俺とはまた立場が違う。
彼は何があっても闘い続けなければならなかったわけで、それは俺とは違う。
俺は、別にここから去ることは可能だ。
どこに行っても、おそらく生きていくことはできる。
彼は、まあソレができない立場にあった。

腹の据わり具合も違ってはいたと思う。

ただ逆に言えば、俺のそういう立場からすると、そういう男を失ったという穴は小さくない。
大きいとは言わないが。


何が書きたいのかだんだんわからなくなってきたけれど、俺はでも、証明しなきゃいけないと思ってて。
リーダーになる、のではなく、少なくとも最古参で居続けることを。

そしてそれはトンネルの中に放置されたような気分だ。


んなわけで、24日に、みなさんとお会い出来ますよう。


24日の藤井の遺作を見る会の詳細→ http://www.nijirock.com/blog/?p=11368







(BGM:フィーバー「悪魔に口づけ」fromYOUTUBE)
→いや、もうね、女の子三人組ってのがさ、どういう女の子の組み合わせにするか、ってことなんだな、ってのがよくわかる。
可愛言っていっても、同じようなタイプでは意味がないというか、3倍売れたい、というか、「どっかに引っかかってくれ」的な感じなのか、三者三様にかわいい、という。
しかし、この振り付けはなんだか、サビになると急にキビキビしてるので、ちょっとひく…。

あの時、どうしたらよかったんだろう


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昔ウチを辞めたAがまたにじ屋にぼつぼつ来るようになって。
一時は毎日来ていたり。
ま、本人がどうこうじゃなくて親が辞めさせたくて辞めさせた、みたいなことなんで、辞めた当時もその後来ていたりした。

そういう「ズレ」みたいなことはとても不幸なことだと俺は思うんだけど、それがどういうズレなのか?というのがはっきりとはわかってなかったんだけど。
でも、それがちょっとわかった気がした出来事があった。

Aがウチに来てて、でもまあそういうこととは関係なく、ウチは普段通り、その日はたまたま打ち上げがあって。
Aも昔のように参加してたんだけど。

本人はまあそういう機会が久しぶりだったのか、まあとても楽しんでいたんだけど。
というか、そう見えたんだけど。

あとで聞けば、日中から親から携帯に電話はかかってきていたらしい。
でも、夜も遅くなって、また当然かかってきて。
そしたら、そこで、「帰る」ってなったんだよね。

ま、親にしたら、自分が辞めさせたところだし、前に、ウチを辞めてから来た時に倒れてしまって病院に運んだこともあった。
その時も、付き添っていったんだけど、親はすぐに来れないとかで、なんだかなあ、と思った記憶があるんだけれど。

そういうこともあるから、親としては「さっさと帰ってこい」となる。
それは、とてもよくわかる。


それで思い出したんだけど、当時、Aが朝起きないとかで、まあどうするかって話があって、親御さんとも話をしていたんだけど、ま、こっちに預けてくれればすむ話だな、とは思ってて。
けど、どうしても親御さんはAを手放したくないようだった。
ちょうど親御さんの親にあたる方がなくなって、まあ、ずっと介護をしていたらしいんだけど、「このまま旦那と二人っきりなんて、どうやって暮らせって言うんですか?」みたいなことを言われたりもした。
知らんがな…という感じだったけど、もう話は続けられる状態じゃなかった。

AはAで、その頃は、もう帰る段になると「泊まりたいんだよ!」と玄関で泣いたりすることもあった。
泊めるのは段取りはつけりゃいいというか、まあこっちサイドの問題なんで、できない話じゃ全然なかったんだけど、しかし、親御さんの状態から言って、まあ泊めちゃってもいろいろ面倒な感じになるよなあ…、というのが俺たちの中でブレーキになってしまい。

Aの祖父に当たる人が亡くなって、それまで夜までみんなといても親御さんからは電話などかかってこなかったのに、電話がかかってくるようになって。
Aは時には泣いて「泊まりたい」と言い、時には親に従って帰る、ということを繰り返していくウチに、どうしたらいいかわからなくなってしまったのだな。

そのことに、なんか、まあ当たり前のことなんだけど、今気づいた。

そういえば、親の意向という同じ理由で辞めたHも、最後こっちに泊まっていて一ヶ月とか過ごしたりしていたけど、彼が言うには「家に帰ると、来れなくなるんだよ。来たいのに来れなくなる。だから、泊まりたい」というようなことを言っていた。


親離れ、子離れ、みたいなことを言うけど、知的障害者を取り巻く状況は、子離れさえしてくれれば、なんとかなるもんだ、というのは、市丸やカイが教えてくれる。

というのは、彼らは「クソババア!」を言えないのだ。
いや、言えないというより、親の範囲の中で生きてきて、思春期くらいで親がうざったくなる時期があるわけだけれど、それがなかなか周りの状況でできにくい。
同時に、なかなかそれを頭の中で整理したり、転換出来ないように見える。

だから、逆に言えば、そういう状況を作ってさえやれば、彼らは自然に転換していく。
それが市丸だったり、カイだったり。


この、AやHの親に共通しているのは、「この子はそんなにみんなの中にいたいようには見えない」ということを言うことだった。
だと思う。
親が囲っているウチは、みんなの中にいたい!うぜえよクソババア!とは彼らは言えないんだから。
ま、井上のように認識が高ければ言えるわけだけれど、そうじゃないとなかなか難しいというのが経験的に思うことだ。

親の前では、きちんと「親がなって欲しい子ども」をやるんだ、彼らは。
でも、みんなの中にいれば、それはそれで「来れなくなるのはイヤだから泊めてくれ」と泣いたりする。
この二つに引き裂かれた状況が、Aを不幸に陥れたんだな、と今になって思う。

その時が、きっと親離れ、子離れのチャンスではあったんだろう。
でも、Aには、Hには、それを逃させてしまった。


Aは、とてもひょうきんで、人気者だった。
市丸以上だったと思う。

ふざけて名前を間違えて言ったりすると、それを合図に「違うよお~。まったく!!!」なんてことを言って、みんなを巻き込んだ笑いになった。

なんとなく、先日来た時、昔のようにAの下の名前をわざと間違えて俺は言った。
でも、Aは目を大きく開いたままだった。
名前?忘れたの?名前なによ?と聞いたが、出てこない。
テキトウに「◯◯だろ?(正解には近い感じで)」というと、「そうです!◯◯です」とAは目を大きく見開いたまま言った。

そういえば、数年前にコンビニでたまたま会った時、もう2月も終わろうかという時に、「おー!久しぶり!あけましておめでとうございます!」と言われて仰天したけれど、その時以上に、今回、俺はAの目が怖くて、なんかあまり話せなかった。

この数年間、彼はなにをしていたんだろう。
なにをしたらこうなるんだろう…。

そして、これを取り戻すとしたら、どうしたらいいんだろう。
いや、今、俺たちが手を出せる範囲はもうほんの少ししかない。
というか、ほぼない。
そう考えると、絶望しか感じられなかった。

そして、あのとき、俺たちはどうしたらよかったんだろうか?





(BGM:藤岡藤巻「死ね!バレンタイン・デー!」fromYOUTUBE)
→ぎゃはははははっはははは。
途中のブレイクしての「死ね」に笑ったわ。
使い古されたバレンタインデーヘイト楽曲の中でも、これは笑えてイイじゃないの。
バレンタインデーヘイトに飽きた方にぜひ。

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