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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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専従募集


リーダーが自分のやってることややってきたことに疑問や反省がないと、考えや行動を変えられず、間違った道をとにかく闇雲に進まざるを得なくなる。
でも、すぐに行動を変えるリーダーも困る。
といって、初動の段階でいつだって正解なんかできない。
そして、おそらく初動の間違いをずっと意見され続けなければならない。

そう考えると、リーダーになんかなるもんじゃない。と思う。

生徒会長だって、学級委員長だって、PTA会長だって、なんだって、なんで好き好んでやる人がいるのか不思議だった。

ま、それでもPTAの役員はくじ引きでやることになって、まあそりゃ大変だった。
だいたい、PTA自体がもう形骸化してて、硬直化してるから、やるもやらないももうそもそも「参加して損」のレベルなんですよ。

そこで、例えばなんかのイベントの意見を出したところで、もうなにやってもダメなんですね。
必ず反発が出る。

もちろん、最善の策を考えはするけれど、それでもそれはある程度「この集団で何をかしよう」みたいな一体感があって最善、ということであって、ソレがない場所では、何を言っても最善は最悪にしかなりません。

だから、俺は何も聞かないようにしました。
とにかく、初動で通そう、と。
で、「参加したくない人は参加しなくていいです。俺が一人でもやります」と言いました。

なんにしても、やらなきゃ終わらないんですね、PTA。
PTAバザーとか、PTAの行事も、やる必要があるのかどうか、ということから話し合いを始めるほど、時間も気力もありませんでした。
本当は、そこから話を始めなければならなかった。

でも、それはもう放棄したんです。
とにかく、任期を終わることだけを考えた。

でもまあ、そんな中でも、いろいろと参加してくれるお父さんやお母さんがいたので、最後はまあ、大団円で終わりましたけど、まあ彼らも「バザーが必要かどうか」までは話し合いたくはなかったんだと思います。
ソレをやってしまえば、逆に、子どもが卒業した後も、未来にも責任を負うことになってしまうから。


てなことでね。
ま、リーダーになんかなるもんじゃないし、なりたくもない。
俺にはそんなに野望もなければ、思いもない。

けど、まあ俺もここでは専従の最古参になってしまったので、それなりに毎日の中で何かを決めなければならない場面も多い。
決めなければならないから、決める。
でも、ソレが間違ってたな、と思うコトもある。
そういうときは、もう「間違ってた」という人になろうと思っている。

そういう最古参は頼りないかもしれないが、でも、しょうがない。
俺にはそんなに自信がないし、実力がない。

ま、多くの人に支えられて、なんとか毎日はやってるけれど、俺が何をかできているともあまり思えない。


だからまあ、藤井を失ったのは小さくない。

ま、藤井のことだけど、藤井がどう自身のことを思っていたかは知らない。
俺に言っていたことが彼の本音だったかどうかはわからないからだ。
でも、おそらくは、彼が俺を失っていたら、同じように、「小さくない」と言っただろう。
おそらくではなく、ほぼ100%。

ただまあ、彼は障害当事者であって、俺とはまた立場が違う。
彼は何があっても闘い続けなければならなかったわけで、それは俺とは違う。
俺は、別にここから去ることは可能だ。
どこに行っても、おそらく生きていくことはできる。
彼は、まあソレができない立場にあった。

腹の据わり具合も違ってはいたと思う。

ただ逆に言えば、俺のそういう立場からすると、そういう男を失ったという穴は小さくない。
大きいとは言わないが。


何が書きたいのかだんだんわからなくなってきたけれど、俺はでも、証明しなきゃいけないと思ってて。
リーダーになる、のではなく、少なくとも最古参で居続けることを。

そしてそれはトンネルの中に放置されたような気分だ。


んなわけで、24日に、みなさんとお会い出来ますよう。


24日の藤井の遺作を見る会の詳細→ http://www.nijirock.com/blog/?p=11368







(BGM:フィーバー「悪魔に口づけ」fromYOUTUBE)
→いや、もうね、女の子三人組ってのがさ、どういう女の子の組み合わせにするか、ってことなんだな、ってのがよくわかる。
可愛言っていっても、同じようなタイプでは意味がないというか、3倍売れたい、というか、「どっかに引っかかってくれ」的な感じなのか、三者三様にかわいい、という。
しかし、この振り付けはなんだか、サビになると急にキビキビしてるので、ちょっとひく…。
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あの時、どうしたらよかったんだろう


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専従募集


昔ウチを辞めたAがまたにじ屋にぼつぼつ来るようになって。
一時は毎日来ていたり。
ま、本人がどうこうじゃなくて親が辞めさせたくて辞めさせた、みたいなことなんで、辞めた当時もその後来ていたりした。

そういう「ズレ」みたいなことはとても不幸なことだと俺は思うんだけど、それがどういうズレなのか?というのがはっきりとはわかってなかったんだけど。
でも、それがちょっとわかった気がした出来事があった。

Aがウチに来てて、でもまあそういうこととは関係なく、ウチは普段通り、その日はたまたま打ち上げがあって。
Aも昔のように参加してたんだけど。

本人はまあそういう機会が久しぶりだったのか、まあとても楽しんでいたんだけど。
というか、そう見えたんだけど。

あとで聞けば、日中から親から携帯に電話はかかってきていたらしい。
でも、夜も遅くなって、また当然かかってきて。
そしたら、そこで、「帰る」ってなったんだよね。

ま、親にしたら、自分が辞めさせたところだし、前に、ウチを辞めてから来た時に倒れてしまって病院に運んだこともあった。
その時も、付き添っていったんだけど、親はすぐに来れないとかで、なんだかなあ、と思った記憶があるんだけれど。

そういうこともあるから、親としては「さっさと帰ってこい」となる。
それは、とてもよくわかる。


それで思い出したんだけど、当時、Aが朝起きないとかで、まあどうするかって話があって、親御さんとも話をしていたんだけど、ま、こっちに預けてくれればすむ話だな、とは思ってて。
けど、どうしても親御さんはAを手放したくないようだった。
ちょうど親御さんの親にあたる方がなくなって、まあ、ずっと介護をしていたらしいんだけど、「このまま旦那と二人っきりなんて、どうやって暮らせって言うんですか?」みたいなことを言われたりもした。
知らんがな…という感じだったけど、もう話は続けられる状態じゃなかった。

AはAで、その頃は、もう帰る段になると「泊まりたいんだよ!」と玄関で泣いたりすることもあった。
泊めるのは段取りはつけりゃいいというか、まあこっちサイドの問題なんで、できない話じゃ全然なかったんだけど、しかし、親御さんの状態から言って、まあ泊めちゃってもいろいろ面倒な感じになるよなあ…、というのが俺たちの中でブレーキになってしまい。

Aの祖父に当たる人が亡くなって、それまで夜までみんなといても親御さんからは電話などかかってこなかったのに、電話がかかってくるようになって。
Aは時には泣いて「泊まりたい」と言い、時には親に従って帰る、ということを繰り返していくウチに、どうしたらいいかわからなくなってしまったのだな。

そのことに、なんか、まあ当たり前のことなんだけど、今気づいた。

そういえば、親の意向という同じ理由で辞めたHも、最後こっちに泊まっていて一ヶ月とか過ごしたりしていたけど、彼が言うには「家に帰ると、来れなくなるんだよ。来たいのに来れなくなる。だから、泊まりたい」というようなことを言っていた。


親離れ、子離れ、みたいなことを言うけど、知的障害者を取り巻く状況は、子離れさえしてくれれば、なんとかなるもんだ、というのは、市丸やカイが教えてくれる。

というのは、彼らは「クソババア!」を言えないのだ。
いや、言えないというより、親の範囲の中で生きてきて、思春期くらいで親がうざったくなる時期があるわけだけれど、それがなかなか周りの状況でできにくい。
同時に、なかなかそれを頭の中で整理したり、転換出来ないように見える。

だから、逆に言えば、そういう状況を作ってさえやれば、彼らは自然に転換していく。
それが市丸だったり、カイだったり。


この、AやHの親に共通しているのは、「この子はそんなにみんなの中にいたいようには見えない」ということを言うことだった。
だと思う。
親が囲っているウチは、みんなの中にいたい!うぜえよクソババア!とは彼らは言えないんだから。
ま、井上のように認識が高ければ言えるわけだけれど、そうじゃないとなかなか難しいというのが経験的に思うことだ。

親の前では、きちんと「親がなって欲しい子ども」をやるんだ、彼らは。
でも、みんなの中にいれば、それはそれで「来れなくなるのはイヤだから泊めてくれ」と泣いたりする。
この二つに引き裂かれた状況が、Aを不幸に陥れたんだな、と今になって思う。

その時が、きっと親離れ、子離れのチャンスではあったんだろう。
でも、Aには、Hには、それを逃させてしまった。


Aは、とてもひょうきんで、人気者だった。
市丸以上だったと思う。

ふざけて名前を間違えて言ったりすると、それを合図に「違うよお~。まったく!!!」なんてことを言って、みんなを巻き込んだ笑いになった。

なんとなく、先日来た時、昔のようにAの下の名前をわざと間違えて俺は言った。
でも、Aは目を大きく開いたままだった。
名前?忘れたの?名前なによ?と聞いたが、出てこない。
テキトウに「◯◯だろ?(正解には近い感じで)」というと、「そうです!◯◯です」とAは目を大きく見開いたまま言った。

そういえば、数年前にコンビニでたまたま会った時、もう2月も終わろうかという時に、「おー!久しぶり!あけましておめでとうございます!」と言われて仰天したけれど、その時以上に、今回、俺はAの目が怖くて、なんかあまり話せなかった。

この数年間、彼はなにをしていたんだろう。
なにをしたらこうなるんだろう…。

そして、これを取り戻すとしたら、どうしたらいいんだろう。
いや、今、俺たちが手を出せる範囲はもうほんの少ししかない。
というか、ほぼない。
そう考えると、絶望しか感じられなかった。

そして、あのとき、俺たちはどうしたらよかったんだろうか?





(BGM:藤岡藤巻「死ね!バレンタイン・デー!」fromYOUTUBE)
→ぎゃはははははっはははは。
途中のブレイクしての「死ね」に笑ったわ。
使い古されたバレンタインデーヘイト楽曲の中でも、これは笑えてイイじゃないの。
バレンタインデーヘイトに飽きた方にぜひ。

「誰がやった?!」(その2・ラスト)


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専従募集


http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4443.htmlのつづき


よく、にじ屋の仕事なんかで「誰がやったんだ?」ということがあります。

これを書いてる今朝もあったんだけど。
まあ、誰がやったとかって、犯人捜しというよりは、「状況を知りたい」ってことなんですけど。

そもそもまあ、なにかやって怒られる、ということはあまりないんだけど、約束通りにやってない、みたいなことで、「それ違うじゃん」ということはまあまあ、集団ですからあるわけです。
もう一度最初から説明繰り返し、みたいな。

まあ起こってしまったことはしょうがない。
もうあきらめるしかないんですが、だからといって、そのまま放置できない、というか、次に同じように起こらないようにするためには「状況が大事」ということはあります。
それによって、事後策が決まる。

しかしですね、この「誰がやったのか」が出てこない。
これ、往々にしてあります。


つまり、「誰がやったのか」=「怒られる」という図式ですね。
学校でガラスを割った。
誰がやったのか?と問われて答えれば怒られるわけです。
「誰がやったのか」というのは、つまり「怒られる前兆」なんだよね。

結局、怒る気がなくても、というか、そういう感じを徹底的に抑えて言ったとしても、もう「誰がやったのか」という言葉は、彼らにとって「前兆」でしかなくなっている。

例えばまあ、そういう部類の、ガラスを割ったとかのことでも、「正直に言ったからよし」というのはあったとは思うんだけど、なかなかそれは残っていかないんだなあ、と。

小学校じゃないんだから、そういうことじゃなくて、問題を解決しようよ、再発を防止しようよ、という話なんだけど。
なかなかこれ、伝わらない。
ま、彼らが子どもだから、ってのはありますよ、確かに。
中身で言えば、そりゃ小学生かもしれないもんな。

でもまあ、これ、別に知的障害者とかじゃなくても、そういう反応をする職員とかもいたりするから、子ども、大人、とか、そういう簡単なことじゃないのかもしれません。

なんとかね、その辺の気持ちをほぐしていかなきゃいけないな、と思うワケなんですが。


ただ、これに関してもう一つ思うのは、「本気で覚えてないんじゃないか?」ということなんですね。
誰もやらないのに、スイッチがオフになってるわけはない。
だけれど、オフにしたのが無意識だったとしたら、もう「誰がやったかわからない」のであります。

「誰がやったんだ?」という問いに対して、もう全ての記憶をシャットアウトしてしまう、というのは、先の反応からあり得ることかと思います。
「もう俺は関係ない」という風にシャットアウトしてしまう。

だけど、それだけじゃなくて、どうも本気でわからないんじゃない?というか。
つまり、自分のやってることが、記憶の中から落ちてるのではないか?と。
というか、そもそもが「無自覚でやってる?」という。


人って、自分がしたことに対して、それなりの理由があるというか、スイッチを切るのはライトを消したいからで、あとで思い返せば、「誰もいないと思ったから、最後は自分だと思い、切った」となります。
でも、人がいた。
となって、「あ、ごめんなさい。誰もいないと思って」となるわけです。

でも、スイッチを切ることが、「自分が最後だと思った」とかじゃなくて、無意識にやってたら、もしかしたら思い出せないのではないか?というね。


ちょっと思うのは、市丸なんかも、みんなで「それはやらない」と決めたことでも、自分のモノがそこに関わったりしてると無理矢理やっちゃってたりします。
どう考えても、あとでバレればアカンやつなのに、簡単に、「衝動的に」「反射的に」やってしまう。
ま、市丸にその罪悪感があれば、「俺がやった」ってのは出てきます。

でも、逆に「やらない」とみんなで決めてないことだったらどうか?。

衝動的に、反射的にスイッチを切っていたとしたら、そこには「やってしまった」という記憶は残らないから、その行為は残らないのではないか?というね。


いや、意味がないのにスイッチをオフにするか?ということになりますが、小さなことだと、そういうのって、彼らにはけっこうあるような気がする。

「あの箱をどこにやったか?」というのは、「あ、ここにあると邪魔だな。でも、なんの箱なんだろう。あ、提供品か」となって、提供品の場所に置くわけでしょ。
そうなると、後になって「あ、それ、提供品だったから俺があっちにおいたよ」と思い出せる。
けど、「箱がある」→「動かそう」という反射行為だと、「動かした」ことすら、残らないのかもしれない。

そもそも、自分の行為が何かに影響を及ぼす、ということがよくわからないのかもしれません。
だからこそ、反射で何かができるのかも?


こうなると、もう思い出させることは不可能。
迷宮入りです。
しかも事後策もへったくれもない。

それはちょっと発想としては突飛なのかもしれんけど。


あとはまあ、本気で忘れちゃってる、ということかもな。
昨日のことなど覚えておらん!みたいな。
こうなるともう、お手上げだな、とか思ったり。
なかなか難しい毎日であります。




(BGM:ソニア・ローザ「青いベッド」fromYOUTUBE)
→いや、日本語うますぎ。
そしてバックがフランス感を醸しだし、なんか異世界に引きづりこまれるよ、これ。

「誰がやった?!」(その1)


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イノウエが月に一回やってたアートをやめたい、と。
というか、まあアートって言っても、休みの日に市丸の家でみんなで絵を描くとか、その程度のことなんだけど。

確かにやると言っていた職員がやめたりして、正直、目標を見失っていました。
どうしたもんか、とは思ってはいました。


イノウエ自身も気持ちが失速していたんだと思う。
俺は参加してないのでわからないが、参加者も減っていたようだ。
「みんななんで来ないんだ」と言い始めた。
それを聞いたノブが、「今のままでは行きたくない」とイノウエに反発。

そもそも、「みんな行かなきゃならない」わけじゃない。
やりたい人だけが行けばイイ、とは言うものの、イノウエにしてみたら、「自分はきてるのに」という思いばかりが先行したのかもしれない。

ま、そもそもイノウエは優等生なのだ。

で、そんな感じになり、話は平行線。
でも、参加する人がいないんだったら、どうするか考えた方がいいんじゃない?と助言。

その後、イノウエと話す機会があって、「イノウエはアートを続けたいの?」と聞くと、「いや、そうじゃない」と。

おいおいおい、と。

俺らはそれまで、「イノウエはやりたいけど、みんなが来ないから来てほしい」からあの発言があったと思っていたのですが、そうじゃなかったらしい。

「じゃあ、別にいいじゃん。もうやめたら?」という話になったわけだけど。


こうなると、例えばこうした論議に参加できない(しない)市丸なんかの意見はどうか?って話になるんだけど、聞けば市丸は「やりたい」となるんだよね。
コバも最後まで参加していたようだけど、コバはまあどっちでも、という態度。
そりゃそうだ、コバはヒマだから、なんとな~く毎回参加していただけ、ってのは普段の感じからわかる。
あまり自分の意思でどうこう、ではない。

で、市丸の「やりたい」。

でも、正直言って、やりたいのかな~というのはあるんだな。
というのも、そんなにマジメに取り組んでないし、アートに限らず、すべからく「めんどくさそうに」「寝たふりして」みたいなことも多いわけですよ。

にもかかわらず、「やりたくなかったらやめようよ」というと「やりたい」と言う。

これ、まあ反射なんだろうな。

学校なんかで、きっと市丸はめんどくさそうにやっていて、それに先生の「やめてもいいよ」というのは、「真剣にやれ」っていう「怒りのセリフ」で、本当にやめてもいい、ということではない。

でも、ここは学校じゃないし、みんなでやらなきゃいけないことじゃないから、本当に「やめてもいい」んだけど。
でも、それがもう通じないのよね。
「やめろ」というのが、「真剣にやれ」に完全に変換されちゃってる。

でもまあ、ゆっくりと話をすれば、「やりたくない」という話はできるんだけど、最初の時点で、「やりたいです!」となってしまう。
話が正直前に進まないんです。


こう考えると、確かに俺も「もういいよ」とか言ったりします。
それは、奮起を期待して。
これはよくないな、と思いまして。

「もういいよ」「やめていいよ」ってのは排除であって、排除されないようにがんばれ、というのとはちょっとやっぱ意味合いが違う。

カブキもよく「みんなの方を向かせて!」と言います。
車いすをみんなの方に押してくれ、ってことなんだけど。

まったくみんなと距離を取っているような感じなのにもかかわらず、「排除はされたくない」んだよね。
だからこそ、「やらなくていいよ」とか、「もういいよ」とかって排除の言葉を投げかければやるだろう、というのが出ちゃう。

やらせたかったら、もっと違う言葉かけをしなければならないんだろうな。
そうしないと、市丸の、「本当は別にやりたくないけど、やらなくていいよ、と言われるとやります!といってしまう心」を溶かすことはできないな、と。


続きます





(BGM:奥村チヨ「恋泥棒」fromYOUTUBE)
→このエロさってのはなんなんだろう。
セクシーを越えた、健康的なそんなもんじゃなく、場末のエロ感。
それでいてキュートなんだよな。

見えないモノが見える時


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陽子が、最近まあポツポツいい感じで話をするようになってきてる感じがしてるんだけど。
基本、あまり話をしないというか、陰と陽にわければ陰、という感じだったんだけど。

先日の告白(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4404.html)から徐々に変わってきてると思うんだけど。

アキが先日陽子の通院に付き添っていった時に、まあいろいろ話を振ってみたけど、なかなかヒットしなかったんだけど…、ということだったんだけど。
何だったかでヒットして、そこからまあ、いろいろ話を始めてくれた、みたいなことを言っていて。

そのいろいろな話の中で、「どうしても最初の言葉が出ない」というようなことを陽子が言っていたらしく。
そうなると、もう話ができないから、「もういいや」って思っちゃう、と。

確かに今までのことを振り返るに、そういう部分はあるような気がする。
話ができないわけじゃないのに、始まりが作れない、というか。


「一人でご飯を食べるよりは、みんなで話ながら食べた方がいい」みたいな話をよくするんだけど。
特に陽子なんかの場合は、体重の問題を抱えているから、正直、人の目があった方がいい。近所のファミレスに一人で行って、どうしてもコーラを飲んでしまう、というのも、まあこれまでの流れとしてはよくあったということもあり。

でもまあ、陽子としては、「どうせしゃべれない」が先に立ってしまっているのか、「別に一人でいい」という風になってしまうのだ、と。

…という話も、アキといろいろ話せるようになってやっと出てきた話なんだけど。


いや、確かに、知らない人と話をするのは俺も苦手だから、気持ちはわかる。
けれど、近しい人でもそうなってしまう、というのは、なかなかにどうだろう。
かなり苦しいだろうな、と思う。

「こんなことしゃべっていいのかな?」「こんなこと言って馬鹿にされないかな」みたいなことを、きっとたくさん思ってしまってるのだろう。
というか、そういう思いをたくさんしてきたのだろう。

「一言目が出ない」というのは、まあ、きついだろうな。


自己評価が低いのかもしれないし、そういう問題じゃなくて、とにかくいろんな経験からもう「私は一人でいいや」になってしまってるのかもしれない。

でも、彼女はやっぱりしゃべりたいし、明るく生きたい、と。


恋人である井上との関係も微妙で、というのも、そんなわけで、どうも井上が暴言を吐くらしい。
俺にけっこうそれを陽子はメールで訴えてくる。

なんで、機会を見て二人には話すんだけど、なかなか「コレは正解」「コレはダメ」というような事でもないので、伝わりにくい。
お互いを慈しみ合いなさい、みたいな神父さんみたいなコトを言わざるを得なくなってしまう。

でもまあ、再婚してからは、「俺とアキのようになりたい」とは思っているようで、まあ、仲のいいところを彼らにはたくさん見せてやりたい、と思ってるわけだけれど。


これまで、陽子のことを、俺は何もわかってなかったかもしれない。
とりあえず、肥満などの身体の問題は別として、問題を起こすわけでもないから、たとえ黙っていたとしても、けっこうほっておいた。

それに、他に切迫する問題が山ほど起こる中、なかなかそこに目が向かない。
これはまあ、もう力不足なんだけど。
人不足もある。

でも、なんかウチに夕飯を食べに来るようになって、なんかすごく近くなった、と思ってて、それはきっと彼女もそう思ってると思うんだけど。
アキと会話がスイングしてる時なんかは、とても明るく「佐藤さ~ん」なんて言ってくる。
きっと、会話ができて、話がいろいろできて、嬉しいんだと思う。
そういう、とてもステキな笑顔をしている。

なんか、そういう陽子を出させてあげられてなかったな、と。
そういう陽子を知らなかった、というか。


なんか、最近、アキから「今日こんなことがあった」って陽子のそういうスイングした話を聞くのが、ちょっとうれしい。
もちろん、「今日はなんかダメだったね~」という日もあるんだけどさ。

そんな話を聞きながら、俺も彼女のもっといい顔を引き出してやりたいな、と思うワケです。







(BGM:原田芳雄「いいぐさ」fromYOUTUBE)
→作詞が桃井かおりさんという、スペシャルな一曲。
歌がうまいわ。
合掌。

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