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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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一生懸命の怖さ


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ちょっと目にしたテレビが怖くってもう目をそらした、という経験はありますか。
オレにはあります。

ドキュメンタリーですね。
ま、作り物の番組ではそんなに「怖くて」なんてことはないですわな。

どういう内容かというと、障害を持った子、車椅子でなんか体を動かすのも難しい感じの女性とお母さんを撮ったドキュメント。
それ以上のことは見れなかったのでよくわかりません。

けど、この親子、前にも他のドキュメンタリー番組で見たことがありました。
その時もまあ違和感はあったんだけど、今回は決定的になりました。

オレがたまたま見た場面は、介助者に母親が怒ってる場面でありました。
ちょっともう、あ、これはきついわ…、と思って見てらんなくて。
断片断片を言うと、「○○が下がったら、すぐに(私を)呼んでくれなきゃ困る」みたいな感じで。

う~む。
そうか。
まあけっこう厳しい障害なんだろうな、というのはわかるけれど、え?こんなに介助者に怒っちゃう?というのが怖くて。

怖くて、というのは、怒ってるのが怖いということじゃなくて、このお母さんの子どもの「囲い方」なんだ。
ハリネズミのよう、と瞬時に思った。

いや、こういう人、います確かに。
だからこそ、まあ怖かったということでもあるんだけど。

まあ、自分とこの子以外は「敵」という風になっちゃうのはわからなくはない。
そうやって生きざるを得なかったんだと思う。
学校の先生も、クラスメイトも、そして今は介助者も、母親にとっては「敵」になっちゃってるんだろうな…。

そういう社会の状況を変えなきゃならんとは思うけど、でも、こういう風に親の方から壁を作られちゃうと、周りも壁を作らざるを得ないところもあるよな。
敵だと認識すれば、やっぱ敵と認識された人も敵にならなきゃならなくなる。
社会の構造の問題ではあるけれど、現場的には同時にそういう人間関係の問題という面もあるよな、と。
それが社会の構造を固定化してしまうという意味で。

私がいなければこの子はダメ、という気持ちはわかる。
そうしてきてしまった社会の構造は悪い。
けれども、それって、どっか「依存」に見える。
「私がいなければ」といいながら、本質的には「この子がいなければ」「この子が私から離れたら」なんじゃないかな、という風に見えてしまうのだ。

確かに、見えてしまうだけで、そうではないのかもしれない。
けど、経験則で言うと、これ、根が深い問題だと思ってる。

これ、本人に何か変わったことがあったら、それは周りの問題になってしまう。
本人の問題でもなく、親の問題でもなく、周りの問題になってしまうんだよね。
そうなると、問題の本質が見えなくなっちゃうんですよ。

同時にそれは「親の考え」であって、本人の考えでもない。
確かに知的に障害があったりすると、問題が認識できない場合がある。
けれども、だとしても、「親の思いと本人の思い(やりたい!とかが)がズレていく様」を毎日目の当たりにしていると、なかなか安直に「親御さんの思いの通りやればいい」とは思えなかったりする。

ま、その中身の論議はまたするとして。
こうしたことが引き起こす構造の問題という意味で一つ思うことがあって。

簡単に言うと、まあ、これ、一生懸命やってる親御さんになかなか異論を唱えるのは難しい、って話なんです。
論議ができない。
先に書いたような俺の経験を彼女に語り、互いに自分がやってることを見つめ直し、よりよき方向に向かう、という、ごく当たり前のことがしにくいんですよ。

この番組の中で、叱り飛ばされた介助者は、やめる方向に向かっていく感じで終わりました。
つまり、そこに何をか意見があったとして、去るしかない、ということなんだよね。

一生懸命やってる人にはやっぱ「ものが言いにくい」というね、そういう感じがあるように思います。
それが「子のため」だとしたら、なおさら言いにくい。
親子の問題と切って捨てられる部分もある。
つまり、それを普遍化して障害を持った子と親の話にしにくくもなる。

オレも、とある親御さんに、「この子は私が死んだら施設に入れればいいんです。それでどこにも行けなくなるんだから、それまで好きなことをやらせます」と言われたときに、まあ涙出ましたけど。

ま、これ、この親御さんがどうこうってんじゃなくてですね。
構造としてはですね、障害者団体同士だって、まあそういうことってあるよなあ、とか思いまして。
当然、オレも気をつけなきゃいけないと思っているって話なんだけど。

テレビに出たときに、まあちゃんとは見てないが、その番組のHPに、「佐藤さんだからやれる」みたいなコメントをその番組の重鎮みたいな人が言っていて、いやいやいや、何聞いてたの?と思ったけど、そういう見方になるんだな世の中は、と思って。

ま、オレの普段を知ってる人ならわかることだけど、何もオレは「一生懸命」やってるわけでもないんだけど、ま、オレにも言いにくいんだろうな、と思うと、まあ、この親御さんに対して思った感じを、一般の人はオレに思ってるのかもしれない。

うん、だから、まあそういう構造があるということをしっかり認識して、やっぱ互いに自分の実践を語り合い、自分の実践を振り返り、自分のやり方を変えることができるような関係性をたくさんの人と作って行けたらいいな、と思います。







(BGM:PAPA B「Love Is The Key」from「Di VIBES ~Japanese Reggae Selection 2004~ [Disc 1]」)
→まあ、なんかもうレゲっぽくないですけど、いい曲だと思います。
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行きたい けど 行きたくない


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市丸は、けっこういろいろと難しい男なんですが。
一見、お祭男のように見えますが、そういうわけでもないんだよな。

まあ、まず初対面の人が好き、というか、外の人が好きなんですよね。
これは直接自分の置かれてるヒエラルキーと関係ない人だと気楽に喋れるからなんでしょう。
これは自閉症の教科書にもよく書いてあります。
教室の友だちとはうまくいかないけど、先生とはよく話す、みたいな。
そうすると、まあ級友は面白く思わないわけで、孤立していく、みたいなことですね。

まあ、井上達と市丸だとやっぱ上下関係というか、それなりの某がついて回ります。
そして、そういう「関係性」が先ず苦手なので、決定的に立場の違う、例えば先生とかに頼る、ということになる。
先生はクラスメイトに対して異物ですから、やっぱクラスメイトの中のヒエラルキーには入れないし、生徒達にしてみたら入れたくない。
だからまあ、「お前は先生と喋ってろ!」となってしまう、みたいな。

同時に、まあ1人でいるのも好きなんですよ。
1人でテレビを見る、みたいな時間が好き。
けれども、「誰かが誰かと出かける」みたいな話になると、「行きたい!」となる。
行きたい!よりも、「なんで俺は誘わないんだ」みたいなことですかね。
そこにすずとかみずえとか、どっちかというと付き合いの浅い「先生」が入っているとなお腹が立つわけです。
つまり、彼にしてみたら、優しくしてくれると思っていた人が、自分じゃなくて井上達と出かけちゃうんだから面白くない。

でもまあ、そもそもそんなに行きたいわけじゃない。

これ、不思議なもんで、「今晩どっかに出かける」みたいな時に逆切れをしたりするんだよね。
出かけたいのかと思って誘ってやれば逆切れする、みたいなことで、なんなんだ、と。
で、「逆切れしたから連れて行けない」「そんな逆切れを外でされたら困るし」という話になるんだけど、まあたいがいはそれでも話をまとめて連れてはいくんだけど、「今回はやめにしておこう」みたいな時もあって。
まあ、市丸は「失敗しちゃった」「行きたいよ」と繰り返すけど、まあ行けなかったら行けなかったで家で楽しくテレビ見てたりしますからね。
この辺ね、まあかなり難しい男というか。

火曜休みなんですけど、まあ火曜に出かけるのもどうかと思うんですけどね、俺は。
スズとかにしてみたら、貴重な休みですからね。
仕事ある日に早退した方がいいんじゃないかと思うんですけど、それでもそういう日があって。

例えばコウヘイが映画に誘って、数人で行く、とか。
誰か外の人に誘ってもらって飲みに行く、とか。

こういう場合、もう市丸は月曜に逆切れするわけです。
いや、逆切れということの定義ですけれど、まあなんだろうな、もう気が立ってる。
「俺、明日何時に行こうかな」「みずえさん何時にする?」とか、なんの約束もないのにまくし立てる。
なにそれ?となりますが、彼も止められないんだろう。
ずっとそういう感じでハリネズミのような感じになってる。
つまりは誘ってほしいのかな、と思いきや、さっきの話じゃないですが火曜になれば別に家で楽しくテレビを見ている。
ああ、一日テレビ見れてよかったな、みたいな。

同時に、まあ誘ったところで、「行きたいけど行きたくない」から、例えば映画の途中で、わざと大きなそぶりで寝たりする。
そういうことをするから、井上達にしたら面白くない。
「もうあいつは連れて行かない」となる。

旅行なんかで自由行動があると、旅行前から誰と一緒に行く、とかの争奪戦というか、なんでしょう、そういうのが数週間前から始まります。
「○○に行きたいんだけど、みずえさん一緒にどう?」とか。
ルールは1人行動禁止、だけなので、まあどこに行こうがいいんですけど、誰かとは行かなきゃならない。
そこでまあ、みんな仲間作りを始めるわけです。

でも、そうなると一気に市丸は不安定になる。
つまり、入れてもらえないし、いや、入れてほしくもないわけです。
だって、井上と一緒、となれば関係性が出ます。
それを越えてグループを作れるほど市丸はタフじゃない。
なんで、もう逆切れが始まります。
逆切れしたところでどうしようもない、というか悪循環なんだけど。

「入りたいけど入りたくない」
「行きたいけど行きたくない」

まあ、人は同時にそれがなり立つモノだと思います。
だから、市丸の気持ちもわからなくはない。
ないが、そういう風に彼は理屈を持ってないから、どうしても「鬱積する真逆の思い」がたまっていく。

まあ、そういう話はするし、旅行の時なんかはしょうがないから「俺が考えてやる」とか言っちゃいますけど、それでもまあ彼と「話が通じているか」というと、ちょっと怪しい。
俺の言いたいことのたぶん10のうち0.2くらいは伝わってるとは思うけど。

前に、あまりにかわいそうな感じ、つまりは誘われないし、同時に「みずえさん何時にしようか」みたいな妄想が超特急だったので、休みでみんながどっか行ってる、みたいな時に飲みに誘ってやったことがあります。
それはまあなんか功を奏してその後なんかいい感じになったんですけど。
というのも、俺とアキとウチの息子夫婦とアオテツという、市丸にしてみたらヒエラルキーになんにも関係ない集まりだったんで。
彼は逆に居心地がよかったんでしょう。

まあ、それもたまたまですけどね。
たまたまうまくハマっただけで、なかなかこの辺難しくて、でもまあなんかしないと始まらないところもあるんで、毎日悩んでる、と、まあそんな話です。






(BGM:初代コロムビア・ローズ「東京のバスガール」fromYOUTUBE)
→アコーディオンが前面に出ててなかなか興味深い。
発車オーライ!

向いてない


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俺はたぶんこの仕事向いてないんだよね。

というようなコトを言えば、たいがいは「そんなことはないですよ」と言ってくれるし、いやいや、そもそももう向いてないと言っても手遅れというか、今さら他の仕事しよう、就活、なんてそれこそ向いてない。

ま、俺の場合、最初がこの仕事をしたかったわけじゃなくて、初代会長がいなくなってそのままなんとなく続けて来ただけで、志願したわけでもなければ、面接を受けたわけでもなく、最初から面接する側だったから。
他に何かしたことがあるわけでもないので、まあなんとなくそのまま来ちゃいました。

というのは何度か書いているけれど。

でもまあ、工藤さんとかの介助だけじゃなくてツノ達が来るようになって、介助よりも彼らと付き合う比重が多くなって、まあ切に思います。
向いてない、って。
まわりからは向いている、と思われているだろうし、ツノ達もそこそこ自分のことを信頼してくれているのはわかるから、まあ、それはありがたいし、幸せなことではあるんだけど。

ま、ツノたちと付き合うようになって、まあそもそも介助とかとは考え方がまったく違うわけですよ。
介助ってのは、言われたことやってりゃいいし、そもそも「介助させる側」ってのが存在するからね。
仕事の内容的には対等な関係じゃないんですよ。
だから、まあ気楽だし、待ってりゃいいし。

でも、ツノや市丸と付き合うってのはそれだけじゃどうしようもないから、「指示を待ってる」だけじゃ済まなくなる。
例えば事件も起きるし(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5096.html)、彼らをほっといて待ってるだけじゃ成り立たない部分がある。

平易に言うと、生徒と教師、みたいな部分が出てくるわけだ。
そうなった時に、俺は向いてないな、と思うわけ。

まず、待てない。
「教師は子どもを信じて待つものである」とか言うし、その通りだと思う。
やったことがそのまま彼らに反映されるなんてコトはなくて、時間がかかるモノである、というのもよくわかる。
裏切られることが多いのもよくわかる。
頭ではわかる。
けど、なかなかそれを納得出来ない。
待てない。

それと、どうしても彼らと対する場合にテンションを上げないと何もできない。
疲れる。
素の自分で闘ってる感じがしない。
彼らがいない飲み会ならのんびり飲めるが、彼らがいるとどうしてもいろいろ気になってしまうし、落ち着かない。
と言っても、テンションを上げてる俺を俺だと思ってる人も多いと思うし、よくまあ「佐藤さんを演じている」という言い方をしたりするけど、その辺はもう自分でもよくわからない。
やってるウチに、佐藤さんが自分になった気もするし、人はまあ誰しもいろいろな面を持って学校行ったり仕事したりなんやらしたりしてるから、大したことはないのかもしれない。

あと、まあこれが最大のアレだと思うけど、とにかくめんどくさがりが過ぎる。
けど、めんどくさがっていてはそもそもこんなことは成り立たないのである。
めんどくさくても、まあ彼らの立場に立って一つづつモノゴトを組み立てていかなきゃならない。

ま、そんなわけで、まあ向いてないな、と思いながらも、今晩やることもあるし、あの始末はどう付けようとか、とか、そんな勢いで毎日が進んでいくわけで。

俺は「自分探し」みたいなことは嫌いだし、そもそも自分にやりたいコト、とかあるわけでもなし、仕事があるだけ幸せなんだろうし、向いてる向いてないなんて大した問題じゃないのかもしれないし。

ただまあ、モノを作ってる仕事じゃないから、市丸たちという相手がある仕事だから、「自分は向いてない」ということはいつも意識しておきたい。
向いてないことをするために、きちんとそれをアタマで理解していなきゃいけないな、と思います。

ま、そもそも最終的に「めんどくさい」なんて言ってたら仕事の種類関係なく大人失格だろうしなあ。
好きなことやってればめんどくさくないのでは?とか思うが、好きなコトって言われてもなあ、何が好きなんだろう俺は、みたいな。

とりあえずは、まあ本気でゆるゆる生きていこう。
たかが自分に何かできるとか勘違いはしてないが、市丸たちに対していると、どうしてもそんな自分を越えなきゃいけないような気になってしまう。

でもまあ、越えらんないわけで。
なにせめんどくさがりだから。

とはいえ、そんな自分は嫌いじゃない。
そういうことで俺は自分を責めるようなこともしないし、とにかく「向いてない」って客観的に思うから、まあ、ゆるゆるやっていくしかないよな、という話。

以上、独り言を字にしてみた。








(BGM:Dip「MORNING STAR」from「AFTER LOUD」)
→ヤマジさんのギターは天下一品だと思うけど、俺はなんかポップセンスがすごいと思うんだよね。
この曲もテクニックに溺れるとかじゃなくて、とにかくポップに仕上がっている。
つまり、いろんな方向がこの人にはあるよなあ、と。
その辺が好き。

なんでやってんの?


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学校が休校になるとかで、インタビューとかテレビで流れてました。
子どもが答えてる。
「友だちと会えないのは寂しいです」
「ショックです」とかなんとか。
親が答える。
「両親とも仕事してるから、どうしたらいいかと思って」
「1人で留守番させるって言っても心配だし…」とかなんとか。

ま、どうですか。
まったくの想定内。

皇室の誰かが結婚するとかしないとかの報道で、インタビューに答える街の人。
「まあ、おめでとうございます」
「めでたいですね」みたいな。

ま、想定内。

例えば、「別に学校普段から行ってないし」という答えはここではない。
「え?誰?皇室?どうでもいいっすね」という答えも。
それらの答えが流れないのか、実際にもなかったのか、それはわからないけど、でもそういう答えは「少ない」と思われる。

思われるというのは、インタビューは何も成さない、と俺は思ってて、つまりどういうことかというと、「人はインタビューする人の聞きたい答えを答えるから」と思ってます。
というか、例えばテレビのインタビューとか、新聞の、といった、その答えがメディアに載るようなモノだった場合、ですね。

「車いすの障害者の人が電車に乗れないという事態になってますがどう思いますか?」と聞かれたら、「そうなんですか?そりゃそういうのは変えた方がイイですね」としか答えられません。
これがヘイト仲間のやりとりだったら、「車いすなんか電車に乗れなくていいんだ」とか答えるでしょうが、公器のインタビューであればあるほど、答えは想定内に納まっていきます。

つまり、聞き方の問題と、インタビューする側が誰か?という二つの問題があると思っています。
先の「車いす云々」というのを聞くのが、実際に車いすに乗ってる人だったら、否定的な回答をする人はほぼいないでしょう。
逆に、スーツで車いすにも乗ってないおじさんが、「車いすの場合は前日に明日乗る、って電話すれば乗れるらしいんですが」と付け加えたら、「じゃあ、電話してもいいんじゃないですかね」という答えは得られるでしょう。
でも、同じことを車いすの人が聞いたら、「でも、いちいち電話するってのもオカシイですよね」となるでしょう。

結局は、テレビのインタビューなんてどうでもいいんです。
あんなの、クソですね。

政治が番組に介入するようになったのはこの安倍政権ですけど、つまりはあれはこの「効き方を気をつけろ」と言ってるわけですね。
まあ、もうこれは表現の自由の侵害なんで話にならないんですけど、まあそういうことでしょう。
この「ついインタビュアーが聞きたい答えを言ってしまう」という状況の中ですら、違う回答をする人がいる、ってのは、よっぽどもうダメなんですよね。
にもかかわらず、それを認めないはおろか、聞き方に気をつけろ、というのは、独裁以外のナニモノでもないと思うわけですが。

インタビューシーンは、世論を写す鏡としてよくまあテレビでもラジオでも使われるんですが、実際、そういうぐあいでできていると俺は思っているので、世論でも何でもない、簡単に言えば、テレビ局が作りたいことを言わせてるだけ、と思っています。

それをまあ、みなさんも理解していれば、別にそもそもあんなのどうでもいいんですよ。


前に、モトミとかは期待に応えちゃう、ということを書きました(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5091.html)。
人はやっぱ無意識にまわりに同調するんだよね、って話ですけど。
同調圧力なんて言葉もあるけれど、圧力をかけないように、かけないように、といろいろ策を弄しても、やっぱ彼らは期待に応えちゃうところがあります。

彼らに、例えば今、筆記具の整理をしている井上に、「なんで今それやってんの?」と聞くと、井上はそれをやめたりします。
つまり、「なんでやってんの?」は、もう「なにやってんだー!」という風に聞こえている。
そうじゃなくて、なんでそれをやろうと思ったのか、筆記具の整理なんてなかなかみんなやらないことを見つけてやってるとはすごいな、と思うからこそ聞いたとしても、もうその「なんでやってんの?」がもうダメだったりする。

聞き方と、聞く人の問題だとは思う。
これ、同じことをヨウコが聞いたとしたら、「なんでもだよ!」とか井上は答えたかもしれません。

市丸がちょっかいを出したのか、カイの足を引っぱったとする。
「なんでひっぱったの?」と聞けば、市丸は「怒られた」と思って、「失敗した」と言います。
結局、なんで引っぱったかはわからない。
わからないから、「もうやめよう」のきっかけもこっちはつかめない。

つまりまあ、何が言いたいかというと「なにやってんの?」ってのは彼らにはまずもって禁句なんだな、って話でした。
怒りたくないのに、怒るのを期待されても困る。






(BGM:フォーリーヴス「愛と死」from「ザ・ベリー・ベスト・オブ・フォーリーブス」)
→フォーリーブスってのは、時に歌詞が重たい。
曲もなんかドラマチックだったりして、ジャニ―さんの色がものすごく強い感じがする。
今でもジャニーズのメンバーが歌ったりするのも、ここが原点なのかなあ、という気がしますので、ジャニーズファンはぜひフォーリーヴスを聞いてもらいたい。

アタマに残ってしまう


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ああ、自分はダメだなあ、と思うところはたくさんあります。
もうありすぎてイヤになる。
けど、まあ考えないようにして生きているわけです。

いろいろな失敗やうまくいかなかったことを、いつまでも心の表面に貯めておくと、やっぱそれは生きにくいから。
いろんなコトにこだわってしまったり、昔のあれがどうだったからと、今の行動にそれが振り回されてしまうのはとても辛いことです。

だからこそ、まあ何度も同じ失敗をするんだけど、だとしても、まあその方がイイかなと俺は思っています。


しょせん、こんなもん。
俺になんかそんな何かデキルほどのチカラなんかないさ。
そう思えるのが一番ラクになれるだろうなと思っています。

けども、まあ人の期待とかもありますからね。
どうしたって、まあ人の期待には応えたい、とは思っちゃいますから。
ああ、力不足だな、と思うことしきりなわけですが。


イチマルやアクムを見ていると、どっかこの「昔にあったこと」に「引っぱられてるな」と思う時があります。
もしかしたら、ものすごい記憶力を持っているのではないか?と思うほど。

その上、どこか彼らは物事に対して「シロクロ」をつけたがる。
グレーが許せない。
だから、失敗も許せないし、イヤだったこともなかなか頭の奥底に沈んでいかない。


先日、というかこれが更新されるのはずいぶん先かと思いますが、勝田マラソンで、フルマラソンだったわけですが、今年イチマルは完走できなかったんです。
途中で回収バスに乗った。
ま、彼としては初めての経験だったわけです。
というのも、勝田のルールが変わって、足切り地点が増えたんですよ。
そのおかげで、まあイチマルだけじゃなくて、多くがそこで足切りになってバスに乗ることになった。
まあ、彼が今回ことさらがんばってなかったということじゃなくて、ルールが変更になった、という。

しかしながら、彼には黒歴史があって、いわゆる「気を抜いてまったく負けるハズのない仲間に負けた」みたいなことがあって、その時はバッドな感じになったわけです。
その時のことがあったんでしょうかね。
走りきれなかった→バッドになる、という方程式がもう彼の中にできあがっちゃってたんだな。

で、会場では特になんということもなく、「ルール変わったんだなあ」「まあがんばったよみんな」みたいな感じで、いい感じで会場をあとにして、にじ屋をやってくれてたメンバーが準備してくれていた打ち上げに戻ったんです。

そしたら、前にその打ち上げでバッドになったことを思いだしたのか、すげえバッドな顔をして帰ってきまして。
逆に言うと、誰もイチマルをどうこう言う気なんかないのに、というか、まあ35キロ走った時点で賞賛に値するわけです。
なのに、もう一気にバッドにしていこうという気満々。

半泣きで「俺は走りたかったんだ!」とか叫び出す。
あれ?さっきまで会場でよくやった、って言い合ったのに…、みたいな。

この時はまあ、ちょっとみんなと離して、ちょっと冷静になってごらん、ということで、元に戻ったんですけど、まああのままみんなの中にいさせたら、その辺で誰かに逆切れして、それにまた誰かが呼応して、というやり合いの流れになっていたように思います。
ま、たまたまうまくいった感じです。
こううまくいくときばかりならイイんですが。


うまくいったときの記憶というのはあまり残らないようで、こういうことをいうともう何をしてもダメって気がしてどうにも困っちゃうわけですが、それは経験上ありまして。

アクムがイチマルの携帯を割ったことは2回あるんですが、最初の時は逆切れせずにうまく納まったんです(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4908.html)。
納まったことでみんなに賞賛されたし、なんかイチマルも得意げだった。
にもかかわらず、2回目は盛大に逆切れして、まあたいへんなことになったんです。

ま、そういう感じで、なかなか「いいこと」というのは残らないんだなあ、と痛感した至大なわけです。

逆に「うまくいかなかったこと」が残っていってしまう。
この辺、なんでなんでしょうかね。
せめて、残らずにゼロだったらもっとラクなんだろうけど。
そう考えると、イチマルやアクムはやっぱ生きにくいよな、と思います。









(BGM:CoCo d’Or「遙かなる影」from「ココドール2」)
→スピードの人が歌ってるアレですね、これは。
古今東西の名曲を歌っています、という。
とはいえ、特に彼女らしさ、というのがあるわけでもなく、ただ歌が上手い、という感じですか。
これで「彼女らしさ」が加わったらなけっこういい歌手になるのではなかろうか←偉そう。

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