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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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機械でできるならそうしたい


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専従募集


加納さんとかは、介助者を使って生活をしてるわけです。

介助者と介助をさせる側の関係というのは、これ、なかなかに難しくて、まあ一般にはそもそもお世話「してくれる人」ということになってて。
だからこそ、まあ今2行前ほどには「介助させる側」と書いたわけなんですけど。

じゃないと、介助者は障害者を「指導する人」みたいなね、そういう勘違いもあるでしょう。
ってか、ヘルパー資格の教科書にはそんなようなこと沢山書かれてますし。

茶碗を上にしてしまおうが下にしてしまおうが言うとおりにやってくれ!
って話なんですけどね。


そういうアホな論議は置いておいて、それでもなかなかに難しい点があります。

というのは、なんだかんだ、介助者は本人の言うことを聞いて動くだけのこと、とは言っても、人間対人間なんですよね。
そこを無視しちゃうと話がどうにもこんがらがる。

ロボットだとか、機械がやってくれるのなら、そりゃもう気楽でいいんだろうけど。
そういう何にでも対応出来る機械はないですから。

なんで、まあ、人間でやらざるを得ない。
そこで介助者、という仕事が成り立つわけなんですけど。

で、その関係ってのは、人間対人間なんで、画一的にどうこう言えるものはないんですけど。
ま、そんなわけで、介助者と利用者の関係は、それぞれ違ってくるわけです。

ウチにも介助者をつかって生活してる人が何人かいるわけですが、例えば会長の工藤さんとか。
で、工藤さんのやり方が正しいか?っていうとそういうことでもなく。
ま、「正しい」という正解もない。

先日亡くなった藤井も、まあいろいろ悩んだ結果の方法で介助者と対していたわけだけれど、うまくいってたかというと、死後のいろいろを見ていると、全てがOKだった感じもしない。
それは、おそらく介助者と利用者の関係がしっかりとできてなかったからのような気がします。
工藤さんも、藤井も、それはそれぞれ介助者との関係で悩んでいた、いるわけで。

ま、「あっちはあっち」「こっちはこっち」というか。
そういうことにはなると思うんだけど。


介助者がわからしてみると、利用者の意向、というのは、なかなか無視できません。
それを「決まりだから」という文句で縛ってしまうことを、ずっと世の中はしてきたわけだから。
利用者や家族が「◯◯やって」、と言った時に、「それは契約外なので」とかってやらない、みたいなね。

例えば、「私は外出を援護する者で、家に戻ってから、その呼吸器の電源を入れることはできません」とか。
そんなもん、スイッチ入れるだけだろう、と思うんだけど、そのために家族がわざわざ仕事を休んでスイッチ入れ係にならざるを得なかったりする。
そういう「不合理」がずっと続いてきたわけです。

でも、かといって、利用者の言うことを鵜呑みにして全部やるべきなのか?というと、それはまた違ってきて。
例えば、介助者を使ってタンスを動かさせたり、(本来、一人じゃ無理なはず)させるっていうのも、通念上、どう考えてもダメだと思うけど、そういう現実が起きてしまう。

でも、なかなかそれを介助者が「ノー」と言えない、そして、それを利用者側に律することを求めるということで解決する可能性ではあるでしょうが、その「律する」というのは、なにがしかのラインなしには成り立たない。
つまり、それに端を発し、「ここまではイイけどここはダメ」みたいな線引きを作ることにつながってしまえば、それはやっぱりダメなんだと思うんです。
逆に、それがまた「契約外なので」という一般のヘルパーのようになってしまう可能性は高い。

この辺が難しい。

つまり、「決めごと」をどれだけ少なくして、人間対人間の関係の中で解決していけるか、という。

そう考えると、介助者と利用者は、本当はもっと話をするべきだし、そのためには、介助者同士もある程度ちゃんとコミュニケーションを取るべきだし、利用者に直接じゃない、異を唱える方法、例えばウチで言えば俺とかに相談を持ちかけるラインをつくる、というのも必要だと思います。
その中で、互いに理解を深めて行かなければならないのだろうな、と。

「これがダメ」「これがいい」ではなくて、それを一緒に、介助者も、そしてまわりの俺たちも、そしてもちろん利用者も共に、時間がかかっても考えていかねばならないんだな。

機械的に「コレダメ」「アレダメ」じゃなくて。
だって、介助させる側も、する側も、機械じゃない。


介助者電話変え小サイズ






hikouki2中shou

告知1

(BGM:オノシュンスケ「ディスコって」fromYOUTUBE)
→こういうテクノ感好きだなあ。
これは彼女は死んでしまっているんだろうか。
そういうことでもないのかな。
深読み出来る歌詞もなかなかセンスを感じさせます。
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失敗なんて悪いことじゃない


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専従募集


失敗というのは、なかなか大きな声では言えません。
例えば遅刻、例えば報告を忘れた、などなど。

健体者であろうが、そうでなかろうが、これは同じ。
でも、ウチでは、「失敗こそ大きな声で言おう」ということをよく言います。

特に健体者なんかは、ここに来たばかりの時に、なかなかこの辺が難しい。
ま、世の中は失敗を許しません。
遅刻なんかしようもんならイヤミを言われ、降格され、下手すればクビになるような時代です。
そりゃ、失敗を大きな声で言いたくなくなります。
小さくなって、目立たないようにしよう、って感じになるんでしょう。

これは外からきたカブキとかオグラなんかもそうで。
約束事を守れなかった時に、「守れなかったね」というと、「守った!」と言い張ったりする。
いやいやいや、そうじゃなくて、と。
なんでウソつくの?と。
そうじゃなくて、「守れなかったけど、これから気をつける」って言えばいいじゃない、と話すんだけど。


でもどうなんでしょう。
失敗なんて、しょうがないじゃない、って思うんだよね。

しちゃったんだし。
それに、失敗したくて失敗する人なんかいるだろうか?とも。
逆に言えば、失敗をした時に、ああ、失敗した!次は気をつけよう!っておもった方が人間成長するじゃん、みたいな。

失敗をこそこそ隠していたんでは、何も生まれないんじゃないか、と。

ま、それは誰が考えてもそうかと思うんですけど。
どういう失敗だったとしても、そう考えるしかない、という。
反省して、次にいかす、それしかない。


そして、失敗については、もう一つ、思うことがあって。
ちょっと表現が難しいんだけど、書くことにチャレンジしてみますと、こんなことです。

というのは、井上たちは今の時代の中では、「失敗作」なんです。
悔しいけど。
だから、優生保護法なんかもある。
優生保護思想については大いに腹が立つし、論議もしたいけど、同時に「失敗」ということの意味を変える、ということも必要なんじゃないか、と。

井上たちを失敗作、と言われることに腹を立てるのは当然だけど、この世の中の「失敗」なんてのがどれだけ馬鹿馬鹿しいか、ってことも同時にあるような気がして。

つまり、失敗して反省して云々、と言う風に考えると、失敗は成功の母なわけです。
失敗してこそ、成功がある、みたいな。

なんだ、失敗ってすげえじゃん、みたいな。
なんでそんな「すげえ」失敗を隠すのよ、みたいな。


自分が失敗を隠していたんでは、失敗を忌み嫌うんであれば、やっぱ井上たちは浮かばれないというか。
オレたちが、「失敗していいじゃん」って思わない限り、行動しない限り、やっぱ世の中の「失敗は悪」ということから、オレたちも井上たちも逃れられないんじゃないか、って思うんだよな。


先のカブキやオグラのルールを守る、って話。
それはとても大事なことだけれど、守れなかった時に、じゃあ「次、がんばるぜ」ってのがさ、すごく大事だと思うんだ。
そのためには、一回ルールを破った、という失敗を自分で認めた方がいい。
自分で認めて、次、がんばる、ということでいいじゃない。

失敗を認める。
今の世の中で、それは難しいことだし、辛いことかもしれないけど、でも、井上たちはそういう世の中を「失敗作」として生きている。
そんなの悔しいじゃないか。

だから、「失敗」の意味を、少なくともオレたちは日常の中で変えなきゃいけない、って思う。
世の中が言う失敗、こそこそ隠すべきな失敗、ではなく、母なる失敗、というか、意味のある失敗、というか、成功のための大事な失敗、というか。

世の中がいう「失敗」なんて、大したことないじゃん、というか。
他人が失敗言ったところで気にする必要なんかないんだ、というか。
堂々としてろ、って。

だからやっぱ失敗は大きな声で言うべきだ、って俺は思うんだよね。
ってか、逆に「失敗を忌み嫌い、こそこそ隠す」ことはしちゃいけないんだ。

そんな世の中、くそ食らえ、です。











(BGM:有馬竜之介「土曜日に集まれ!」fromYOUTUBE)
→どひゃ~ん。
「土曜日に、い~、あっ、教会へ黒い服着て集まれよ~」
この、冒頭の「い~、あっ、」にノックアウトされましたわ。
途中の語りももう入ってきやしません。

今を生きよう


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つうわけで、なんだか何もする気が起きない昨今、みなさんいかがお過ごしでしょうか。
今日はちょっと昼間事務所でうたた寝していたら、みんなで米国に行った夢を見て、とても眠くて眠くて、って言ったら「時差ですか?」って言われた。

先日、韓国に行った際、というか、行きの空港で歯が抜けたり、前歯がぐらぐらしてたり、なんだか歯が悪い。

ライブを2週に続けてやったというのは、やっぱりなかなかに気持ちを持って行かれちゃいます。
たまってたチカラを使い果たすというか、ライブというのはなかなかにパワーが必要なんであります。

そんな中でも、まあ懸案事項があったり、日常の作業のために連絡しなきゃならない段取りをつけなきゃならなかったり、それもどれもやりたくないことばかりなので、ひじょうに力尽きる。

好きなことばかりやっているように見える我々の毎日だけれど、それでもやっぱりめんどくさいことってのはその倍ある。

役所なんてのもその一つで、そもそも役所ってのは福祉を進めるために仕事をしてるはずで、俺らと対立する概念ではないはずなのに、どっか対立関係にある。
ま、俺らが彼らの進める「福祉」に異を唱えているから当たり前っちゃあ当たり前なんだけど。

例えばまあ、ヘルパーの仕事、みたいなことってのが決められてるわけだけれど、外出は◯◯ヘルパー、家事は◯◯ヘルパー、入浴は◯◯ヘルパー、といった具合だ。
でも、よくよく考えれば、外出だって、入浴だって好きな時にしたいわけでしょう。
一週間前に決めろなんてこと自体がナンセンス。
論議する予知もないほどナンセンスだ。

だから、我々は、30年前、ボランティアでそれを補ってきた。
ヘルパーよりもボランティアの方が力になった。
というか、ヘルパーにはなんの力もなかった。
だから、そのボランティアを登録でヘルパーにできるように制度を作らせた。

ま、例えばそんな流れだったりするから、オレたちと行政は、提案(というより座り込みも辞さない運動)とアクセプト、という関係でしかない。
そうやって、障害者は自由を求め、ちょっとづつ実現してきた。

のに、今や企業が参入してきて、行政との関係が企業ノリになってきたりして。
企業はただ行政に従うからね。
そしたら障害者団体まで、そんなバカなところが増えてきて。

先人の汗と血を簡単に馬鹿にするような行為をしてる。
まったくどうしようもない。

にじ屋の家賃もなかなか厳しいし、それでも泊まりに来るだけのアクムなんかもいるし、どうしたもんか、もうちょっと俺らも金を得る才覚をつけなきゃいけないのかもしれない。
でも、アクムがイチマルの家に泊まりに来るからって行政から金をもらうってのもなんかおかしいとも思う。
ヤツは友人の家に泊まりに来てるだけなんだから。

親との関係も、まあ普段参加してもらってないので、そのストレスは他の作業所に比べたらとんでもなくゼロに近いんだと思うけど、それでも面倒な時はある。

そもそも親が面倒みきれない子を、オレたちがめんどうみれるわけがないんだが、それだけでもたいへんな毎日の作業なんだけれど。
それでもまあ、親が黙ってるならまだいいんだが、そうじゃない場合もある。
本人は無自覚なんだろうが、全ての行動や言葉が子を自立させない方向に向かっていることに気づかない親もいる。

困ったもんで。

それでもまあ、毎日なんだかんだ「日本シリーズを一緒に見よう」とか、「◯◯って映画を見に行こうよ」とか言ってくれるヤツらがいるから、なんとか毎日が彩りをもっている。
「毎日毎晩彼らと一緒にいて大変じゃないですか?」という他の作業所の職員とかいう連中もいるけれど、そりゃ、そういう面もなくはないけど、それを越えるモノもある。
じゃなきゃやらない。

ま、何もやる気がなくても毎日は進む。
日は昇り日は沈む。
そして市丸たちはいつだって元気だ。

だからどうってことはないんだけど。

そんなコトを思っていたら、朝起きたらアキが線香を焚いていた。
かおるさんの命日だった(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4106.html)。
短大時代に事故で車いすになって、きっと神様を恨んだりもしたろうに、今は大阪で仏様になった。

なんかね、俺の苦労や俺のめんどくさい、なんてのは屁ですよ。

先日北九州から来たという人といろいろ飲んで喋ったけど、とてもなんか真摯でステキな人だったけど、帰り際に聞いたらやっぱりかおるさんと同じで中途障害なんだって聞いて、なんか久しぶりに俺がどんだけ小さなコトに右往左往してるか思い知らされた。

ま、だから、別にやる気がなくてOKで、作業なんかしなくてもよくて、そんなことはどうでもよくて、大事なのは、どうやって自分の人生に彩りを加えるか、なんだわな。

今を生きよう。
みんな。







(BGM:惣領智子「終わりのない歌」fromYOUTUBE)
→「過ぎ去れば思い出になる 今をちょっと耐えれば」
「終わりのない歌を うたってるのはわたしです 時には声かすれ ひとには聞こえぬ歌です」
…イイ歌詞だなあ。
そして、ちょっと難しいんですけどね、曲は。
見事に歌いきってます。
この頃の人たちはみんな歌が上手い。

「生き生きしてますよね」 …う~ん…


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ネットとかで見て、「なんで虹の会の人たちはこんなに楽しそうなんだろう」ということで、見学というか、そういうのをしに来る人とかいますけど。

「なんか、みなさんが生き生きしてるんで」、みたいな。

これね、よく言われるんです。
井上たちをして、「生き生きしてますよね」みたいな。
かなりの人に言われる。

で、俺たちとしては、う~ん…、って思うのね。

というのは、全然生き生きしてないよ!みたいな。
こんなの普通じゃん!、とか思うんだけど。

コレを生き生きしてる、というのなら、他はどうなってんの?って。
暗澹たる気持ちになるわけです。


ウチの場合、「帰るか?」みたいなことを言うと、「帰らない!」とみんな一様に言う。
実家に帰ることすら、別にどうでもいい感じがある。
お盆とかには「親孝行だから、実家には帰りなよ」とか言う感じ。

カブキですら、ちょっとみんなが移動してしまうと「みんなの方に行く!」と車いすで叫ぶ。

だからまあ、楽ちんではあります。
だって、帰りたくないんだから、話が早い。
みんなと一緒にいたいんだから、話が早い。

なんか問題のある行為があっても、「それ、みんながどう思うかな?」と聞けばいいだけだから。


まあね、みんな誇りみたいのはあって。
虹の会にいる誇り、みたいな。
「虹の会にはそんなヤツはいらない!」とかってケンカが始まったりするから。


この辺が、どうやってこうなったかは、正直、別になんか考えたりもくろんだわけじゃなくて、けっこうそうだったんだな、気づいたら。
なんで、聞かれても答えられないんだけど。


ちょっと話戻しまして。

生き生き、ですけど。

生き生きしてるかなあ…?う~む?、って思うんだよ。
まあ、これは主観的な定義ですから、どうこうでもないんだけどさ。

けっこう、みんな、井上の言うことに左右されていたり、俺の顔色をうかがうコビのような、あ、違った、コバだった、そういうのもいるわけで。
井上だって、やっぱ優等生発想からは抜け切れてるとは思えない。
生き生きと自分の意見を大きな声で言ってます、という風にはまああまり思えないというか。

ま、とはいえ、言ってはいるんだろうけど、う~ん、なんだろう、ことさら「生き生きしてる」とまで言われる感じだとは思わないというか、普通だよなあ…。
普通には言ってる。


他の作業所とかをいろいろ見学してここに連れてきた家族の人が、「他の作業所の人たちはみんな目が死んでた」みたいなことを言ったりします。

ホントかよ?とか思うんだけど。

他の職員の人からは、「帰りたい帰りたい」って人をどうなだめるかがたいへん、みたいな話も聞きます。

う~む…。
そりゃ確かに大変だわな…。
一緒にいたくない人に何を言ったって、そりゃ何も入るわけがない。


なんか、そんなウチとは全く違った話をいろいろ聞かされると、どれだけなんだよ…、と暗澹たる気持ちになるわけですけど。

まあ、実際に内部に入り込んで見たことがないし、わかりません目が死んでるかどうか。


あ、ちなみに、個々の取り組み一つ一つにはいろいろな背景や理由がありますから、その一つ一つをどうこう、というようなことを言いたいんじゃないんですけど。


いろいろな話を聞いて思うのは、なんか「一緒にいたいかどうか」、だけなんじゃないか?って気がしてきた。
一緒にいたい場所、をつくるだけ、というか、それしかないんだよね…。

別に、ことさら、言うほど「生き生きしてる」って感じだとは思わないんだよね、って話でした。
普通だよ、普通。







(BGM:キョンタ「おっちゃんどこ行くの」fromYOUTUBE)
→どこだっていいがな…。
ま、「生きてるって言ってみろ」のアンサーソングって気もしなくもないが、いやいや、そんなこと言ったら名曲に傷がついてしまうか。

24日のイベントに参加してください


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リーダーが自分のやってることややってきたことに疑問や反省がないと、考えや行動を変えられず、間違った道をとにかく闇雲に進まざるを得なくなる。
でも、すぐに行動を変えるリーダーも困る。
といって、初動の段階でいつだって正解なんかできない。
そして、おそらく初動の間違いをずっと意見され続けなければならない。

そう考えると、リーダーになんかなるもんじゃない。と思う。

生徒会長だって、学級委員長だって、PTA会長だって、なんだって、なんで好き好んでやる人がいるのか不思議だった。

ま、それでもPTAの役員はくじ引きでやることになって、まあそりゃ大変だった。
だいたい、PTA自体がもう形骸化してて、硬直化してるから、やるもやらないももうそもそも「参加して損」のレベルなんですよ。

そこで、例えばなんかのイベントの意見を出したところで、もうなにやってもダメなんですね。
必ず反発が出る。

もちろん、最善の策を考えはするけれど、それでもそれはある程度「この集団で何をかしよう」みたいな一体感があって最善、ということであって、ソレがない場所では、何を言っても最善は最悪にしかなりません。

だから、俺は何も聞かないようにしました。
とにかく、初動で通そう、と。
で、「参加したくない人は参加しなくていいです。俺が一人でもやります」と言いました。

なんにしても、やらなきゃ終わらないんですね、PTA。
PTAバザーとか、PTAの行事も、やる必要があるのかどうか、ということから話し合いを始めるほど、時間も気力もありませんでした。
本当は、そこから話を始めなければならなかった。

でも、それはもう放棄したんです。
とにかく、任期を終わることだけを考えた。

でもまあ、そんな中でも、いろいろと参加してくれるお父さんやお母さんがいたので、最後はまあ、大団円で終わりましたけど、まあ彼らも「バザーが必要かどうか」までは話し合いたくはなかったんだと思います。
ソレをやってしまえば、逆に、子どもが卒業した後も、未来にも責任を負うことになってしまうから。


てなことでね。
ま、リーダーになんかなるもんじゃないし、なりたくもない。
俺にはそんなに野望もなければ、思いもない。

けど、まあ俺もここでは専従の最古参になってしまったので、それなりに毎日の中で何かを決めなければならない場面も多い。
決めなければならないから、決める。
でも、ソレが間違ってたな、と思うコトもある。
そういうときは、もう「間違ってた」という人になろうと思っている。

そういう最古参は頼りないかもしれないが、でも、しょうがない。
俺にはそんなに自信がないし、実力がない。

ま、多くの人に支えられて、なんとか毎日はやってるけれど、俺が何をかできているともあまり思えない。


だからまあ、藤井を失ったのは小さくない。

ま、藤井のことだけど、藤井がどう自身のことを思っていたかは知らない。
俺に言っていたことが彼の本音だったかどうかはわからないからだ。
でも、おそらくは、彼が俺を失っていたら、同じように、「小さくない」と言っただろう。
おそらくではなく、ほぼ100%。

ただまあ、彼は障害当事者であって、俺とはまた立場が違う。
彼は何があっても闘い続けなければならなかったわけで、それは俺とは違う。
俺は、別にここから去ることは可能だ。
どこに行っても、おそらく生きていくことはできる。
彼は、まあソレができない立場にあった。

腹の据わり具合も違ってはいたと思う。

ただ逆に言えば、俺のそういう立場からすると、そういう男を失ったという穴は小さくない。
大きいとは言わないが。


何が書きたいのかだんだんわからなくなってきたけれど、俺はでも、証明しなきゃいけないと思ってて。
リーダーになる、のではなく、少なくとも最古参で居続けることを。

そしてそれはトンネルの中に放置されたような気分だ。


んなわけで、24日に、みなさんとお会い出来ますよう。


24日の藤井の遺作を見る会の詳細→ http://www.nijirock.com/blog/?p=11368







(BGM:フィーバー「悪魔に口づけ」fromYOUTUBE)
→いや、もうね、女の子三人組ってのがさ、どういう女の子の組み合わせにするか、ってことなんだな、ってのがよくわかる。
可愛言っていっても、同じようなタイプでは意味がないというか、3倍売れたい、というか、「どっかに引っかかってくれ」的な感じなのか、三者三様にかわいい、という。
しかし、この振り付けはなんだか、サビになると急にキビキビしてるので、ちょっとひく…。

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