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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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お母さんのただ一つの心配ごと


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ガチ。かなり急いでる。誰かいないか?フルタイム可能、とにかく相談。


てなことで。
先月の母の日のプレゼントというのは、ちょっと「みんなもなんかしようよ!」みたいなことで、考えたんです(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4055.htmlhttp://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4061.html)。
けれど、まあ、父の日ってのはやっぱそんなにね…。

実際に、ショッピングモールにおいての「特別コーナー」がそもそもありませんでしたからね。
母の日はもう盛大に入り口ど真ん中に「感謝しましょう」感があったんですけど、父の日の特別コーナーというのはなく、その場所はお中元売り場になっていました。
「ご配送受付コーナー」とかもあったりして。

ま、場所にもよるんでしょうが、ウチの近所はそうでした。
といっても、各売り場、例えばお酒売り場やお花売り場に、それぞれ「お父さんありがとう」とのし紙がついた日本酒があったり、造花があったり、というのはありましたけど、一堂に会して、入り口中央にドカ~ンと、という場所がなかったのは、なんだか「選ぶのタイヘン!」ということにもなり、それはそれで「おっくうになっちゃうな、こりゃ」と思ったりしました。

ま、どうでしょう。
やっぱ、お父さん、となると「なにを贈ったらいいか」が釈然としないというか。
靴下?
ハンケチ?
…まあ、そういう感じでしょうかね。
ネクタイ、とか。
といっても、例えば俺なんかはスーツも着ないし、ハンカチも持たないか…。
ネクタイもいらん。
ほぼ礼服用の真っ黒の一本で50年生きてきました。

贈る側が大人になれば、なんかお父さんがほしそうなモノ、というのはわからなくもないような気がしなくもない感じもありますけど、子どもの時だと難しいよな、やっぱ。
そうなると、マーケティング的にね。
子どもが食いつかないとなると、ちょっと苦しいかな、という判断もあるのかないのか。


ま、そんなこんなもあるわけですが、でも、どうしてもツノちゃんにはお父さんになにか贈りなよ、という気持ちがあって。

というのも、お母さんが数年前に亡くなって、そのお母さんの一番の心配がお父さんとツノが一緒に仲良くやっていけるかどうか?みたいなことで。
お母さんが入院してる時、何度かツノと一緒にお見舞いに行ったんですけど。
ちょっと遠くの病院だったもので、ツノも場所を知らないようなところで。
そのお母さんによれば、あんまりお父さんと話さなかったらしいんだよね、お母さんによれば。
だからもし自分が亡くなったら、とても心配だ、って。

が、まあふたを開けてみたらけっこう仲良くやっているようで、それまで乗らなかったお父さんの車にも乗って出かけたりしてるようで。

まあ、よかったな、お母さんも安心してることだろ、と思っていたら、お父さんがお弁当を作ってくれるようになった、ということで。
その弁当がなんだかだんだんこう「うまくなっている」というか。
不器用なお弁当が、どんどん「ベテランママが作る弁当」になっていく過程の物語を見るようだ、というか。

そもそも、ツノのお父さんは凝り性である、みたいな話はちょっとちょっと聞いていたんだけれど、お母さんとは話したことはあっても、実際にお父さんと話したことはほぼなく。
お母さんの手術の時、お葬式の時くらいで。
でもまあ、どっちかというと無骨な、不器用そうな感じというか、少なくとも社交的ではない感じというか。
そういう人が一生懸命お弁当を作る姿ってのが、なんかすごく微笑ましいというか。

なんで、「お弁当を作ってくれているお父さん」に、なにかしよう、って話はしていたんだけど、ツノによれば、お父さんは「そんなものはいらん!」と一蹴してるらしく。

まあ、そういう人っぽい感じは確かにあったな、と思うんだけど、今思えば。

人には二種類あって、こういう「感謝イベント」や誕生日イベントにのる人とのらない人。
俺はここまでの人生、アキと再婚するまでは後者だったので、ツノのお父さんの気持ちもよくわかる。

とすると、無理矢理なんかするのもちょっとな、ということもあり、どうしようか…とツノと考えた結果、まあ家に飾るインテリア、という感じのモノに落ち着いたんですけど。
特別にお父さんにあげる、というより、お父さんとの家に置くモノ、みたいな感じで。


で、先週のライブ前、仕事終わりにまあそんな相談をしてると、カブキが「ねえ、私も行ってイイ?」というので、「おまえもなにか贈りたいわけ?」と聞けば、贈りたい、と。
そう言われてみれば、どうもカブキの家もかなりお父さんがいろいろがんばってる、という話も漏れ伝わってくるところがありまして。

よし、じゃあおまえもなんか贈れ、ってことになって、まあその二人と買い物に行っていろいろアレしたんですけど。


お父さん方が喜んでくれたらいいんだけど。





(BGM:Hi-Posi「嘲笑」from YOUTUBE)
→ま、たけしさんの名曲、玉置さんの作った曲ということになるのかな。
普通のカバーだな、これは。
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なるべく「説得しない」 その2(ラスト)


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http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4085.htmlのつづき。


で、この彼女がやめる、って話をした時のことになるんだけど、ミツが「バカにされた気がする」って言っていたんです。

で、「どうしてそういう気持ちになったのか?」という感じになったんだけど、それは聞いてもちょっと出てこないよ、ってそれ以上の追求?を止めてもらったんですが。

ま、言われた側からしてみたら、「二度とそういうことにならないように、聞きたい」のは当然で、悪気がないことも充分にわかる。
当然そういう流れになるのもわかる。

けど、やっぱりこれってのは、「なんでいじめられたと思ったの?」という問いと同じで、それを答えられる人はいいけど、答えられない人の方が多いんではないか?というか。
で、まあ、「よくわからないけど、そう思った」って答えが「通用してくれれば」なんの問題もないんだけど、そうじゃない場合、つまり「なんでそう思ったか」を答えられなかったり、答えたとして、それが「答えになっていなかったり」「逆に反論を招いたり」「説得を招いたり」というコトになった場合に、「そもそもそれはイジメじゃない」と認定されるのが怖い。

それは「そう思った」ことを潰してしまう。

もちろん、「誤解」ということはある。
だから、それは簡単に「違う」ということはできるけど、多くの場合、「単純な誤解」というのは、けっこうすぐに判明する、というか、気づくんだけど、そうじゃない場合は、やっぱ「それは誤解だよ」と「説得」が始まってしまうタイプのヤツになるんだよね。


そもそも、健体者のやめると言った彼女と障害者であるミツとの間には、格差がある。
もちろん、障害者でも金持ちはいるから、そういうことではなく、具体的にミツ(やウチの連中)と彼女の間には、少なくとも「機会格差」みたいなことはある。

だって、ミツは「ここに来たからいいけど、他に行っていたら、カブキやオグラのようになっていた」ということはよく言う。
それは、高等部時代の実習なんかからそう思ったらしい。
その後も、まあいろいろなところを見に行って、そして今回オグラを見て、本当に「施設なんかに入ったら大変なことになる」と思っているようだ。


今でも、オグラは、時々年齢がわからなくなる。
というか、どこまでが本気なのかどうなのかがわからないんだが、十歳、とにかくさばを読む感じになる。
いろいろ聞いてみると、「施設に入った歳に生まれた」ということを言う。
その主張が、とにかく変わらない。
時々、そのスイッチが入るのだ。

かなり、精神的な問題、ということになるんだろうけど、そうなると、「違うよ、おまえは●年生まれの▲歳だ」ということが「いや、そうじゃないんですよ、■年生まれなんです」となる。
「施設に入ったすぐあとに生まれたんです」と言う時もある。

少なくとも、そんなことはあり得ないんだが、でも、それが彼の中では「正解」になってしまう。
鬼気迫るといった表情で、「事実」を否定するので、ちょっと怖くなる。


で、コレまで見てきた多くの場合、親戚が施設行きを薦めることが多い、というのもミツはわかっていて、まあそういう事例が多くあったと言うことだけど、親亡き後に、よほど踏ん張らないと大変なことになるな、みたいなことは頭に入ってるらしく。

つまり、彼はクビ皮一枚でつながってる感じというか、もちろん、ココがイヤになったら彼はどっかに行くことを考えるだろうが、コバと同じように、まあ家出をしてまでも、高校を辞めてまでも来たい場所なワケだから、まあ今のところはいいんだろうけど。
でも、選択肢がないんだよね。

細かい選択肢はあるけれど、大きな、つまり「勤め先を変える」とかの選択肢はないんだな。
いや、あるんだけど、現実的に、今はない、と考えるしかない、状況にいる、という。


こうなると、彼女の「辞めたい」ってのは、ミツにとってみると、ちょっとやっぱり「カチン」ときたのかもしれない。

もちろん、彼女は、ここでの生活を「イヤだ」とか思っていたわけじゃない。
すごく悩んだ結果として、新しい挑戦をする、と決めたわけで、なにもここでの生活やミツとかの生活を「下に見た結果」ではないのだけど、ミツにとってみたら、コレまでやめた人の多くの感じもあって、そう思ってるんだろうかな、とは思うんだけど。

彼女にしてみたらまあ、いい迷惑だけど、でも、まあ「やめた人が大嫌いな人になる」井上達にとって、彼女が初めての「辞めてもずっと仲間」という人になってもらえたらいいな、と思っている。
それを繰り返していくことでしか、このミツの「バカにされた感じ」は消えないんだろうな、とか。

「バカにしてないよ」って百回繰り返したところで、きっとミツには響かないんだろうな、と。
「なんで?なんで?」と聞きたい気持ちはあるのはわかる。
でも、それは逆に前回書いたカブキじゃないけど、健体者側が、「彼らの気持ちの表現を潰すために説得をする」というコトになるんじゃないかと思って、あまりオススメしたくないのである。





(BGM:新東京正義乃士「運のない男」from YOUTUBE)
→ナゴム方向、ってことしかわかりません。
当時聞いてたわけでもなかった。
ナゴムは避けていた…。
ちょっと調べてみたら、ああ、三柴理さんがピアノ弾いてるのか。
確かに、ピアノ前面のバンドでありますな。

なるべく「説得しない」 その1


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先日、関わってる人を嫌な気持ちにさせるために、いわば「当てつけ」みたいに「漏らす人」の話から推測されることを書いたんだけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4084.html)。

もう井上が書いているので(http://www.nijirock.com/inoueblog/2017/06/06/%e3%83%a2%e3%83%bc%e3%83%84%e3%82%a1%e3%83%ab%e3%83%88-%e3%83%88%e3%83%ab%e3%82%b3%e8%a1%8c%e9%80%b2%e6%9b%b2/)まあ、アレなんですが、にじ屋を手伝ってくれてたというか、カブキの介助もふくめなんだけど、その彼女が辞めることになりまして。
ウチの仕事がイヤだとかそういう流れではないようなんですけど、まあいかんともしがたい状況ができたとのことで。

今までだって、たくさんの健体者が辞めてきたんだけど、井上によれば、「コレまではあいさつに来たこともない」「いつもオレたちが知らないうちに辞めてる」ってことで、後になってずいぶん俺に愚痴をこぼされるというか。
「なんでだよ!」みたいなことを、まあ後になって言われるんだけど、もうその時点ではその本人には伝えようがなくて。

井上達に挨拶するかどうか、ってのは、もう本人の問題なので、俺も「井上達に挨拶してほしい」とは言ったりもしますけど、それ以上のことは言えない。
しかも、辞めたあとに、「井上がこう言ってる」と伝えるのはもっと違う。
ので、まあ「直接言えたらいいのにな」といつも思っていました。

そもそも、井上とかは「いい子」なので、なかなか人にストレートに「なんでやめるんだよ!」とか、そういうコトを言えない感じがあります。
コバに至っては、「なんで辞めるんだよ!」っていうのは、「その人を傷つけるかもしれないから言わなかった」と言っていました。

ま、傷つけるかどうかは別として、でも、彼としては「辞めてほしくない」。
けど、まあ健体者には人生の選択の幅があるから、どうしても、そういう場面が出てきて、そのたびに、彼らは傷ついたまま、終わる。
その気持ちは、本人には伝わらない。

知的障害者だから、そんなに影響がないだろう、なんて思ってたら大間違いで、彼らは本当に悔しがるし、本当に悲しむ。
それをずっと見てきた俺は、逆にまあ幸せな立場なんでしょうけど、まあそれをね、やっぱ井上とかにしてみたら、「本人に伝えたい」ということになる。

辞めたあとに伝える、というのは、ちょっとまたなんか違う気がするので、ま、そういう場があったらいいな、と。


ま、今回そういう場があって、井上達やミツ、そして普段はなにも言わないようなツノまでが立ち上がって、「やめないでくれ」とか、まあいろいろと発言していました。
これは本当に、そのやめる彼女にありがとう、といいたいんですが、そういう場を作ってくれて。
今月いっぱい、彼女とはまだ生活が続きますけど、その中でもまたいろいろ会話ができたらイイと思ってるんですけど。


で、まあそんな感じだったんですが、まあカイとモトミがちょっとついていけないのはしょうがない。
認識の度合いがやっぱりあるから、やめる、の話が伝わっているのかどうか、疑問。

それ以外のメンバーは、泣きになっちゃうヤツもいれば、ちょっと怒ってるヤツもいれば、懇願してるヤツもいたり、いろいろでした。
ビデオで撮っておくべきでした、というくらい、みんなの気持ちが出ていて俺はとてもよかったな、と思ったんです。


でも、その中で、なにも言わなかった、そして「いいんじゃない?」の一言で済ませてしまったのが、オグラとカブキ。
カブキなんかは、まあ彼女の介助ってコトで来てもらってたから、朝来る時から一緒だったにもかかわらず、そういう感じで。

いや、それはなにも彼女がイヤな人だったとかそういうことじゃないんだな。

簡単に言えば、施設暮らしが長かった、あ、カブキはまあ入所じゃないけど、他の施設で。
そうなるとね、「まあいいんじゃない」で済ませちゃうんだろうな、って。
つまり、「新しい門出を祝ってあげましょう」でおわり、というか。

いや、そうなんですよ、最後はそうなんだと思うんだけど、その前の「この悲しい気持ち」「この嫌な気持ち」「このなんかワケがわからないけどモヤモヤした感じ」を、やっぱはき出すことを、もう彼らは「辞めちゃってきたんだな」って思ったの。

そうしないと、確かに暮らせない。
きっとカブキのいたところなんかは人の入れ替えが多かったと思うし、そのたびに、きっと「納得させられて」来たんだろう、と思う。
オグラも。


だから、俺は今回、「納得させるのは辞めよう」って思って。
「イヤなこともなにも、感じようよ、表現しようよ」って思ってて。

今回の彼女は、それをやらせてくれたので、ある意味、やめる人にしかできないことなんで、それはありがたいな、と思ってるんですけど。


で、冒頭の「漏らす人」に戻るんだけど。

その人も、どういう人か知らないけど、漏らすんじゃなくて、もっとちゃんと伝えればいいんだよね。
しゃべれれば言葉で。
しゃべれなくても、なにか漏らす以外の方法でなにか伝えられないんだろうか、って。

こっちの都合のいいように丸め込んで「納得させる」コトばっかりやってたらさ、やっぱ、彼らはなにも言わなくなっちゃう。
何も感じなくなっちゃう。

で、自分の中にたまるし、ヘンな形で表現することになっちゃうんじゃないか?みたいな。


いや、憶測だけど。
でも、やっぱ、「思ったことを言ってもイイ」って感じはね、重要だと思ってる。


続きます






(BGM:山崎春美「歌に身を切られる(1984)」from YOUTUBE)
→この人が何者なのか、ってのがよくわからないんだけど、なんかいつも気になってた。
TACOもすげえアルバム作っちゃったりして、なんなの?みたいな。
この曲はすごくわかりやすい感じ。
けど、それは「感じ」であって、結局はまあわからない。

そりゃ、イヤなことやって周りを困らせたくもなるでしょうよ


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急いで予約だ!


てなことで。

ま、ちょっと先日飲みに行って、衝撃の話を聞いたんですが。

近所の他の作業所を中心としたいわゆる団体がやってることのようなんですが、「外出私怨」というらしいんですが。
って、あ、間違った外出支援。

外出支援って、まあどういうことなんですかね。
外出の支援。
平たく言えば、障害者が一人で外に出るのはいろいろ困難があるので、一緒に外出に同伴していろいろ助ける、みたいなことになりますか。

あ、今回の話は、冒頭の衝撃の話の中身が外出支援でも知的障害者の、ということであったので、そういうラインで話を進めます。

ま、外出に同伴、ですからね。
外出する理由、というのは、障害者側にあるわけです。
じゃないと、「同伴」にならない。
「先導」になりますね。

ま、この辺、俺らは「支援」という言葉を使わないので、この人たちが「同伴」という意味で使ってるのか、先導の意味で使ってるのか、ちょっとわかりませんが、話のスジとしては先導、の方なのかな、と推測。

とにかく毎週末、5~6人だったかが一緒に、ぞろぞろと遠足のミニマム版みたいな感じで出かけるらしいんです。
並んでぞろぞろ、みたいな。
で、話しを聞いてると、このメンバーはほぼ変わらない、というか同じ、という感じらしかった。
そこに、介助者?介護人?外出介護者?支援者?よくわからないけど、障害者じゃない人が一緒に何人かついていく、というスタイルらしいんだけど。

ま、話だけですから想像するしかないんですが、そういう状況を想像してみるに、それだけでもちょっとよく見る「ああ、知的障害者の集まりだな」って感じですよね。
みんなでリュック背負って、職員がジャージ背負って、なぜか名札つけて。
いや、名札いらんだろ、っていつも思うんですけど、まあそういうね。

どっからどうみても「保護されてる人」と「保護している人」という色分けがしっかりされた、見ただけですぐにわかる集団。
ノーマライゼーションだとかってコトとはマッタク逆方向な感じですね。
もう自ら「区別してください」って思いっきり言ってますから。

ま、それはいいとして、想像ですし。

で、まあいろいろ話しを聞いてますと、とにかくその中の人、つまり障害者の人ですね、が漏らすんだ、と。
俺に話をしていた人はまだ新人で、「どうしましょう」って思うんだけど、ベテランっぽい人が「そのままでいい」って言うんだって。
というのも、その人は、「当てつけのように漏らすから、もう着替えもないし、いい」と。

それが、どうもその新人の人には我慢がならなかったらしく、もう!もう!って言ってたんですけど。

ふむ。
なるほどね。

で、まあここまではよくある話というか、ベテランもホントに着替えがなくて困っていただけかもしれないから、まあ、この新人の話だけではわからんな、とは思っていたんですけど。

が、この先でした。
衝撃は。

「もう毎週、行く場所が決まってるんですよ!」

…え?

「2カ所あって、●●と○○。それを繰り返しなんです」
…●●と○○は、ほぼ近い。
「乗る電車も決まってて」
…。
「何回か乗り換えて、▲時間、電車で過ごす、みたいな」
…。

ま、そういうことでした。


さて、こっからは俺の見立てです。

正直、この外出、本人が行きたいんじゃないんでしょう。
親の都合、いろいろな状況で、この日は「家にはいられない」という状況である。
だから、どっかに行く。
そのための「外出支援」の制度もある。

つまり、ま、もう先に制度があるんだよね。
実際のところ、本人のためというより、親や家族のための制度として、「家を出て時間を潰すために使ってイイ制度」が。

で、毎週同じところに出かける。
出かけたくもないのに、毎週、同じところに連れて行かれる。

というのが、俺の人生だったとしたら。
そして、「自分では電車に乗れない」「自分で出かけるコトができない」のであったとしたら、なんか、俺耐えられないかも。

だって、ここまで毎週同じ。
きっと一年先も、三年先も、と思ったら、耐えられなくなって、周りの人に当たりたくなっちゃうかも。
バカのフリでもしてなきゃやりきれないかも。

そう考えたらさ、「当てつけのように漏らす」って、なんかわかる気がしてきて。
連れて行く「先導者」が嫌がること、やってやりたくなる気持ち。


「同じ方がイイ」のは、絶対的に「先導者」の方なんです。
にも関わらず、彼らは、知的障害者がうまくしゃべれないのをイイコトに、「彼らだって、毎回同じところの方が安心して落ち着けるんだ」などという理屈を出してくる。

それはさ、まず、毎回違うところに行ってから、それ、三年くらいやってから言おうや、って俺、思うんだけど。

ウチの連中は少なくとも、「あっち行きたいこっち行きたい」言うようになったけどな。
「やって見もしないで、自分が楽な方をとりやがって」と俺は思います。


で、この新人の人は、「毎週同じところに行って、漏らしても放置。コレは完全に暴力だと思うんです」といっていた。
きっとこのベテランも、最初はそう思っていただろうに。

この新人さんの気持ちが、この団体の中で取り上げられるといいんだけどな、と思った。






(BGM:遠藤ミチロウ「オデッセイ2013」福島弁バージョンfrom YOUTUBE)
→ライブなんかでもよくやってますね。
いや、なんかもう「言葉が刺さる」ってこのことだな。
スターリンから、この人は言葉の人だったんだよな、って改めて思ったりする。

3日のイベントの主訴


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世の中には戦争をしたい人たち、というのがいます。
どうしてかというと、鉄砲の弾にしても爆弾にしても、まあバンバン使いますから。
儲かる。
逆に、その「鉄砲の弾を受けても多少平気になる防弾チョッキ」とかも売れる。
もう、マッチポンプで儲かる、という。

それを作ってる人たち、ま、軍需産業とか言いますか、そういうのは儲かる。
人を殺す道具を使って儲かるも何もないモンだとは思いますが、まあ、そういう人たちは一定数いるわけです。
しかもまあ、政権の中枢だったり、経済界の上の方にいたりするから、始末に負えないんだけど。
というか、こういうのがなかったら、そもそも戦争なんか起きないわけです。
だって殺しあいだぜ?

ま、その批判についてはここではおいておいて。
ここでは「そういう人たちがいる」ということで話を進めますよ。

でも、数行前にも書いたように、戦争なんか誰もやりたくない。
兵隊になって、誰かもわからない外国の人を殺すなんてのは、誰もやりたくない。

さあ、それでも儲けたい連中はどうするかというと、危機を煽るわけです。
「どっかの国が攻めてくるぞ」とか。
「今私たちの国は危機に瀕しています」とか。
で、「愛する人が殺されるかも知れないぞ」などという言葉から愛国心を煽り、愛国心を持たないモノを「愛する人が殺されてもいいのか!」などという間違ったロジックを使って弾圧する。
そうすれば、戦争への道が開かれるというのが歴史の常であります。

日本も今、北のごく近隣の国がミサイルを撃ってくる!ということで、「軍備やむなし」「戦争やむなし」という風に戦争したい人たちは持っていこうとしていますね。
ま、軍備を拡大すれば儲かります。
だから、もっと言うと、北の国には「ミサイルを撃ってもらわないと困る」んですね、戦争で儲ける人たちは。

常識的に考えて、北の国が戦争を仕掛けることは不可能に近い。
挑発を続けてはいるけれど、ここまで戦争を仕掛けてこないというのは、現実的に「戦争を仕掛けたとたんに負ける」からですね。

けど、挑発はする。
それを利用して、まあ軍拡やむなし、という流れを作る。
あれ?北の国と戦争したい人たちがもし組んでいるのでは?という疑惑まで生まれてきます。
組んでいるかどうかはわかりませんが、そうだとしたら、まあとんでもない話ですね。

ま、組んでるかどうかはおいておいて。

何が言いたいかというと、「戦争したい人たちは、ミサイルを撃ってくることを、巧みに利用してる」ってことなんです。


テロ。
テロもとんでもないことです。
許してはならない。

そのテロを防ぐために、という名目で法律ができる。
その法律が実際は「市民生活を脅かすもの」「市民運動を潰すためのもの」だとしたら、それはとんでもない話ですね。

逆に言うと、「市民運動を潰したい人たち」にとってみたら、テロが起きてくれたら、それもとびきりデカイテロが起きてくれたら、「テロ撲滅!」を旗印に「市民運動を潰す法律」を作ることができる。
つまり、「テロが起きたら」、それを最大限利用できる、ってことなんですよね。
市民運動を潰したい人たちは、そんなことないとは思いますが、もしかしたら、テロを待ち望んでいるのかもしれません。

「今テロが起きてくれれば、共謀罪の反対意見なんて吹き飛ばせる」とか…。
まあ、そんな風に思ってないとは思いたいですが、まあ仕組み、構造としては、市民運動を潰したい人たちにしてみたら、「テロがもし起きてくれたら、市民運動を潰すというオレたちの目的を達せる可能性が高まる」ということなんだよね。


さて、長々と説明してきました。
本題です。

日本でも「障害者の地域での生活」というか、一般には「自立生活」なんていいますけど(俺らは自立生活なんて言葉は使わないが)、そういう運動があります。
現実的には、60年代に始まるコロニーに象徴される大量収容施設に対するアンチの運動、実践ですね。

でもまあ、施設はなくならない。
実際に、今だって親御さんたちの運動の核になってるのは「施設建設」だったりします。
親としては「施設」という姥捨て山、いや、子捨て山がほしいのかもしれない、と意地悪く思ってしまったりします。

でも、当事者、つまり施設に入っていた人たちがドンドン地域に出てきて、そして制度ができはじめ、「施設には行かずに、しかも親元で暮らすこともなく」地域で一人で暮らす人も増えてきた。
その実践こそが、つまり施設から出る、施設という選択肢を捨てる、ということ自体が「自立生活運動」といわれるものだ。

そもそも、施設に於ける非人道的な扱い、すべて毎日のスケジュールが決められていた自分の生活がマッタクおくれない、同部屋の人たちがいてプライバシーがない、という問題、外出できない、そういったことって、もう完全に「人権問題」なんですよね。

だけれど、「現実的な問題」によって、施設は重大な人権侵害をしているにもかかわらず、なくならないんですね。
自立運動は、「自分が施設を出る」ということによって、脱施設をはかりたいのかもしれないが、実際は「空き待ち」の状況なんですよ、施設って。

自立運動の目的が、自分が施設を出る、地域に制度を作る、ことが一つだとしたら、もう一つは「施設の解体」ですね。
そこを訴えないと、「障害者に対する人権侵害」ということの解決が成されない。

市民運動、社会運動の基本は、「最底辺の人たちの生活がどのくらい上がったか」がポイントであって、そう考えると、障害者運動の場合、人権侵害の状況に置かれている施設の人たちの生活がどのくらい改善されたか、がカギ。
ま、それには「大量収容」をやめない限り、現実的にはなにも解決されない。


という状況の中、あの事件は起こりました。

でもよくよく考えてみたら、「障害者を殺す」という目的だったら、施設を狙うのは当然ですね。
だって、まず、一つところにたくさんのターゲットがいる。
そして、障害者の数に対して職員が少ない。
というか、そういう「障害者の生活のコスト削減」のために施設はあるんだから。
だから、あの惨劇は起きた、とも言えますね。

「地域は危険、施設は安全」という神話は現実的に崩れた。
というか、親や親戚にとって「施設は安心」というだけで、最初から安全ではなかったんだけど。
そもそも、コスト削減政策の中で、この事件は避けようがなかった。


さて、冒頭の戦争、テロのことをあわせ考えるに、自立運動の一つの目的が「施設解体」なんですから、自立運動サイドは、ここは一気呵成に攻める場面ですね。
「ミサイル撃ってきたぞ!」と大げさに騒ぎ、施設の人権侵害、そして解体を訴えるところでしょう。

が、自立運動の筆頭、その全国組織とやらは、「あの人たちにも暮らしがあった」などという「美辞麗句」を並べ立て、「大量収容」を正当化した。

いや、それはそうだ。
その人たちにも暮らしがあった。
悔しい事件だ。

でも、今こそ、人権侵害を訴える場面なんじゃないでしょうか。
それをしないということは、今そこにいる多くの仲間たちは絶望なんじゃないか?


亡くなった人に気を使う、敬意を払う。
わかるよ。
そうすべきだと思う。

でも、だからこそ、「彼らが言えなかったこと」「彼らが閉じ込められていたこと」をこそ、今訴えるべきじゃないんだろうか。


それをしなかった全国組織、自立運動を語る連中、当事者を含め、に対して、ものすごい憎しみが沸いている。
犯人にはもちろんだ。
極刑でも足らない。

でも、同じ事を、関係者がやっていないと言い切れるか?
そもそも施設がイヤで出てきた当事者たちが、なぜ今になって「施設の生活でも充実していた」「だから殺すなんてヒドイ」という論法しか使えないのか?
おまえ、イヤで出てきたんだろう?!
自分さえよければいいのか?

そんなことで障害者運動が進歩していくとは思えない。






(BGM:ダンボール・バット+イライザ(エコダムド)「♪アポカリプス・ドゥ・オア・ダイ」from YOUTUBE)
→名前は知ってたんですが、実際聞いたことはなかったんだけど。
すげえ、なんかちゃんとしたニューウエーブ。
でも、アタマのネジは完全に吹っ飛んでるし、サウンドは豪華なのに、チープ感もきっちりみせてくれる感じがすごくカッコイイ。

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