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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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距離も時間も違う


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今回のカズミの実家に行く理由がギネスに挑戦であるというのは前に書いた(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4872.html)。

で、このギネスに挑戦、5分間、多くの人数で茶摘みをする、というものでありまして。
最終的には五百何人かで茶摘みをして達成、となったわけです。

これ、まあ「5分間摘み続けてください」というね。
ま、普通、5分間くらいはがんばれますよ誰しも。
しかしねえ、ウチにはカイという最終兵器がいまして。
もし、このギネスの人がすげえ厳密な人だった場合、カイが例えば飽きて座り込んでしまったら、走って行ってしまったら、いや、立ったまま寝てしまったら?という不安が我々にはありました。
なんで、ガチな話、行った感じで、参加させるかどうか決めよう、と思っていたんです。
カイのおかげでギネス不達成、となった場合、もうカズミは郷里に帰れませんし。

けっこうこの辺、今となれば笑い話になりますけど、その現場では緊張感ありました。
「カイ、頼むぞ!」という気持ちですね。
まあ、俺が何を言っても立たない時は立たないですからカイは。
それを無理矢理立たせるということになると、俺まで「摘み続けてない」と言うことになりかねない。
ガチで緊張感がすげかったんです。

しかしまあ、ふたを開けてみたら、カイはのってまして。
そもそもこういうお祭好きなんだよね。
摘むというより、ガンガンむしってました。
ホッとしました。


そういえば、向こうではレンタカーを借りることになってまして。
そもそもまあ、最寄りの駅がありませんから、レンタカーがなければどこにも行けないんですね。
まあ、運転してもいいかな、と思ってはいたんです。
メンバー的に、まあ俺かな、というのもありました。

そしたら、行きの新幹線で、カズミが「私運転しますから、飲んでもいいですよ」と言ってきまして。
あ、そうなの?うん、と言ったモノの、「ああ、俺変わってもいいし」とかまあ曖昧に言ってたんです。
飲む気分でもなかったので(その前の日曜に飲み過ぎてひどい目に遭った)、まあ飲みもしないで、まあ変わるなら変わってもいいかな、みたいな。

で、まあとりあえずカズミの運転で車に乗ったんだけど、おいおいおい、と。
というのも、無理だよ、無理。
山道ずっと行くんだけど、すれ違えないじゃん…。
でもまあ、カズミは勝手知ったる山道ですから、どこですれ違えるかもわかってるんでしょう、いや、そもそも「この辺は対向車絶対来ないね」というのもわかってる。
ガードレールなしの崖があったりして、おいおいおい、と。
でもまあ、カズミはスイスイ行く。

いわゆる「地元道」ですね。

ま、そんなわけで、もうずっと運転してもらったんですけど。
じゃなかったら、倍時間かかってたと思う。


茶摘み会場には、シャトルバスが出ていて。
その会場自体に大きな駐車場がないので、あちこち、なんとか会館とか小学校を開放して駐車場にしていて、そこからシャトルバスが出る、と。
ま、けっこうな距離がありましたかね。
バスで10分、15分は乗っていたと思います。

で、帰りはまあそのシャトルバスが混むわけですよ。
待ってる人がたくさんいる。
でもまあ、乗りまして。
そしたら、歩いていた人もいたんですよね。
子ども連れで。
いやあ、この距離歩くのか、すげえな、と思ったんだけど。

そしたら、隣の知らない地元の人らしき人も「あれえ、ここ歩くの?」と言っていて。
そりゃそうだよ、バスで15分、しかもそんなに渋滞とかじゃない道で15分だから、けっこうある。
そりゃそうだよな、地元の人だって歩かないよな、と思っていたら、その人がこう続けたんですね。
「子ども一緒で、あの辺ガードレールないのに、歩くんかいね?」

…ぎゃはははははは。

そっち?
距離じゃなく、ガードレール問題?

いやあ、もうなんだか、違うんだよね。
違う。
俺みたいに関東近郊に住んでいる人とはもう時間も距離も違う、というのを痛感した次第でありました。






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baka.jpg

(BGM:Bad Company「How About that」from「SLOW ROCK 5」)
→スローロック、というのがどういう定義かはよくわからないけど、ゆっくりした骨太ロック、みたいなことか。
浜田省吾さん思い出した。
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穏やかな時間


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ま、カズミの実家に行ったのは、彼女の郷里で「茶摘みでギネスに挑戦」というイベントがあって、カズミがそれに参加したい、と。
ついては、一緒に行きたいメンバーがいる、ということで、数人が一緒にいくことになりました。
「実家に泊まれますから」というのは前から聞いていたんだけど、同時に「ご飯は、たぶん外にあるバーベキューやるところで食べれるんで」みたいな。

この「外にあるバーベキュー」というのも謎だが、カズミ入れて7人が別になんなく泊まれる、というのにも、そもそも都会育ちの俺には意味がよくわからないというか、まあ行ってみたら、そりゃそうだ、というか。

山一個カズミんち、というのはきいていたけど、その中には川が流れているし、まわりに街灯もないし、そもそも前の道に車が通らない。
一晩で1台か2台。
漆黒です。
もちろん、蛍は来るし、バーベキュー場?は、もうその辺のバーベキュー場以上の設備になってるし、流しそうめんも常備。
ふとん敷いてみたけど、7人泊まれるどころか、倍泊まれる。
もう、商売ができる。

山の中にはイノシシの檻の仕掛けはあるし、うかつに都会ッ子が近づけるレベルではない。
こんなところで毎日走り回っていたというのだから、そりゃカズミの運動神経がいいのは当たり前、なにせ山仕込みなのである。
そこに流れてる川で泳いでいたと言うし、なんだか、我々がわざわざ川に行こう、バーベキューに行こう、登山しよう、を毎日普通に、しかも「家の敷地の中で」やっていたというのだから、そりゃそうだよな、と納得。

車中で「隣の家はここなんですよね」、なんて言われたけど、いやいやいや、すげえ歩くじゃん。
遠いじゃん。
しかも街灯ないじゃん!
手探りかよ、と。

そのバーベキュー場?で夕飯を頂いたのだが、獲ったイノシシとか頂いたり、近所の方(だから近所と言っても、我々としては隣町くらいの、かと思われる)が来て魚をいただいたり、なんだかもう、すげえ。
そうめんは流すし、花火もやるし、しかも拳銃のような「ロケット花火装置」があり、それは「サルよけ」だそうなんだけど、そういうの山にぶっ放したり。
なぜかその傍らにずっとドラム缶に火を焚いてるし。
それがまあ、なんだかキャンプファイヤー。
もう今年の夏のレジャーを全部やったような気分。


そして、まあカズミのお母さんには前にこっちに来た時にいろいろお話しさせてもらっていたんだけど、お父さんとも会い、まあとにかく「おだやか」。

お父さんは、ドラム缶キャンプファイヤーについて、「これは朝までに消える。紙とか人が作ったものを入れたりすると、火が消えないで飛んじゃうんだけど、木の火の粉は途中で消える。だから大丈夫なんだよ」とか、「ひぐらしがないたから、そろそろ梅雨明けだな」とか、蛍も呼んじゃうし(これマジ。生まれて初めて蛍見た)、ザ・マタギ?のような感じなんだけど、いや、これがとにかくおだやか。
イノシシを捕まえてさばくと言うし、話だけだと、イノシシの毛皮をまとってるように思われるかもしれませんが、まったくそういう感じではない。
「本当に強い男は穏やかなのだ」、という感じ。
お母さんも前にお会いした時から感じていたんだけど、穏やかを画に描いたような感じで。

二人して、とにかく「否定語が出ない」んですよね。
「●○ダメ」ってのはもちろん、お互いを否定する感じがない。

夫婦って、時に「うちの人は●○で困るんですよねえ」とか、まあ本気とかじゃなくても言うじゃないですか。
「愛してるよ」を裏返すって言うか、そういうことで仲よさを表す的な感じ。
私だから言えるんだけどね、的な。

そういうのもない。
ストレート。
二人の信頼感がイヤミなく、ストレートにヒシヒシと伝わってくる感じ。

こういう夫婦、いいですね。


カズミは、がんばり屋だし、そして穏やかだし、ストレートな人だと思います。
運動神経はいいし、画に描いたようないい子だと思っています。
自分のイヤなことはおそらく俺が言おうがやらないし、でも、納得すれば一生懸命になれる。
そしてそれをきちんとアタマで一回考える事ができるし、最近はにじ屋のポスター関係は全て彼女がやっている。
尊敬できるところがたくさんある。
ずっと付き合ってきた俺がいうのだから、まあ間違いはない。
そういう人だと思います。

なんでこういう子に育ったんだろう、と思ったけど、なんか納得した。
こんな親に育てられたら、そして、こんな場所で育ってきたら、そりゃこうなるな。


そういうことがよくわかって、なんか嬉しくなりました。
そして、心地よい時間を頂きました。
今度は、もっと大勢で行こうと思います。








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(BGM:石岡宏; 竹本恵子「愛のスカイライン」from「Skyline 50th Anniversary」)
→スカイラインの宣伝に使われた曲を過去に遡って集めたコンピのようで。
いいですね、このころの宣伝は素朴でいい。
「いつも、いつも、いつも二人 愛の、愛の、スカイライン~」

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専従募集



よく「いじられキャラ」とか、「キャラが違う」なんてことを聞いたりします。
ま、集団の役割というか、そういうことなんでしょうけど。

けどまあ、これって、みんなが、そして当人もそれを納得してりゃいいけど、たいがいは集団のカースト上位の人が勝手に決めることだったりするわけでしょ。
そうなっちゃうと、まあ誰も納得してない感じの「キャラが押しつけられる」ってことになるわな。

ってか、その集団のカーストだって、そもそもキャラだしね。
その「上位」ってのは、たぶん自然に発生するんだろうけど、その人が勝手に下々の役割決めちゃちょっとアレだわな。

まあ、これは俺も反省半分なんですけど。
気をつけてるつもりなんですけど、どこまで気をつけられてるかな、という不安もあったりしまして。


どうですかね。
井上とかにしてみると、自らボケてくる感じがあって、「ツッコミ待ちです」というか。それもどうかと思いますが、でもまあ、井上なんかはそうやって「笑って欲しい」という感じがあります(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4553.html)。
生徒会長で、ふざけたことができなかったという彼は、今、ここで「ふざけているのに和の真ん中にいるヤツ」になりたい、と思ってるフシがあります。

逆に、イチマルなんかは、例えば言い間違い連発でなかなかに面白い間違いもしますけど、時に、それをあまり「ふれて欲しくない」という感じもあります。
ノブなんかも、「ふれて欲しくない派」ですね。

まあ、このさじ加減というのは難しいんだけど、でもやっぱノブもイチマルも「真ん中にいたい」というのはあるんだよね。
それと、間違いをそのままスルーしてしまう、ってのは、ある意味「無視」でもあって、いわゆるボランティアのお兄さんやお姉さんが「はいはい、わかりましたよー」みたいな。
その反応には、彼らはとても反発するんだよね。
つまり、なんだろう、こう「仲間に入ってない感じ」がするんでしょうかね。
いろいろその辺掘り下げてゆっくり話を聞いてみると、「オレたちはガラスケースに入れられた対象者じゃない!」みたいなことなんだと思うんですけど。

だから、否定語ではない感じで突っ込む、という技術が必要になります。
みんなの中で、そして、外の人が来た飲み会なんかで、そういうことをやると、まあみんなどっと受けますから。
逆にその辺、イチマルなんかは勘違いしてるというか、人気者と思っちゃってるところがあるんで、カチンとはきますが、まあしょうがない、とツッコミ役の俺は思ってるところなんですが。
でもまあ、ツッコミってそういうことなんで。


他の作業所なんかに行く機会があって、行った人によれば、「もう、みんなボケッぱなしで、誰も突っ込まないんですよ。はいはい、みたいな感じで…。見ててもったいなくて。ウチに来たらスター級ですよみんな」ということがよくあります。
というか、行った目的の報告のあとの感想、みたいなことで、これはほぼ出ます。

どうなんですかね。
笑っちゃいけない、笑いにしちゃいけない、ってルールとかあるんでしょうか。
もちろん、あざ笑う、みたいなことはいいわけがない。
でも、その人を中心に笑いが起きたら、もっと楽しい集団になるんじゃないですかね。

そもそも、言い間違いだとか、書き間違いとか、そういうのって、そんなに目くじら立てるようなことなんでしょうか。
別に、だいたいわかるじゃん!と思うんですよ。
正しく言うことってそんなに大切かな。

俺も、彩羽匠選手(いろはたくみ)という女子プロレスラーをいつも「さえば」と言ってしまい、アキに「また間違ってるよ!」といわれますが、まあ別にでもわかってるじゃん、いろは選手のことだって、って思うワケ。
だから、その辺は「あちゃー!」とか言ってりゃいいというか。


笑いって、やっぱ重要だと思うんだよね。
笑ってる人が真ん中にくる集団じゃなきゃダメだと思うし。
難しい顔してる人が真ん中の集団にはやっぱいたくないじゃん。


ま、冒頭の話に戻しますけど、で、キャラですけど、だからイチマルはイチマルというキャラだと思うんだ。
でも、それを「知的障害者」というキャラにしてしまったら、それはやっぱ「あざ笑う」につながると思ったり。

オレたちは、知的障害者と付き合ってるわけではあるけど、でも、イチマルと付き合ってるわけでしょ。
そして、そのプロなワケだ。
ここで金もらってるわけだから。

だから、その「イチマル」というキャラを大事にしてやれなかったら、大事にして真ん中にしてやれなかったらダメだと思うんだよね。
その「チャンス」がイチマルのボケっぱなしであって、それをどう拾って真ん中にしてやるか、ってコトだと思うんだけど。


画一的に、おそらく「利用者を笑ってはいけません」なんてのはね、プロじゃないですよ。
だって、笑っちゃうコトってあると思うんだよね。
あまりにすごくて。

時々「ことわざ大会」というか、大会じゃないけど、上の句を言って下の句を言わせる、みたいなことをやるんだけど、コバに「二階から?」といったら、「火事!」と。
そこはまあ、「目薬」ですけど、でも、その前にちょうどイチマルの家の2階(イチマルの家は三階)から火事が出たことがあって。
なんかね、すげえなあ、と思ったことがあって。
名作でしょ?こういうの。
そして笑いにもなる。
ボケがうますぎる!というか。

そういうの、やっぱもっともっとやっていけばさ、なんか彼らの中から出てくる「キャラ」がにじんでくると思うのよね。
それを、しっかり受け止めて、彼らを真ん中にできればな、と思う次第です。

なかなか難しいし、貶めちゃ意味がないし。
だけど、そんな中、市丸なんかは生き生きとしているので、そういう形を模索、実現していきたいと思うワケです。


ま、誰だって、無敵な人気者になりたいんだよ。






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(BGM:鈴木康博「Starlight Serenade」from「City Pops Big 4」)
→小田さんと鈴木さんでオフコース。
「さよなら前」を知っている俺ら世代としては、それは紛れもない事実で。
バンドになって、鈴木さんが抜けたカタチなんだけど、まあ、音楽性の違いとかそういうコトなんだろうとは思ってはいたけど。
やっと売れたバンドを抜けるほど、まあだから「やりたい音楽」とかってすごいことなんだなあ、って。
「音楽をやりたい」なんて、簡単に言っちゃダメだよなあ、とか。

「自分の」「自分で」旅行


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とにかくまあ年に一度くらいはみんなで旅行にも行きたい。
にじ屋でがんばっているといっても、こういうのがないと、やっぱ楽しみがない。
働くだけ、作業だけ、ならなにも蟻と一緒なわけで。

といって、行き先が山形に決まった経緯は忘れました。
おそらくは、スズの実家が山形、ということで、なんとなくみんな山形に目が向いたんだと思います。

行き先は、会議とかで、各々いきたい場所を出して決めます。
「ここに行きたい」という人は、ガイドブックとかインターネットとかで、「こんなにいい場所である」みたいなことをプレゼンすることになっています。
ミツはたしか何かのテレビ?かなんかのロケ地に行きたいという案を出したような覚えがありますが、まあその他いろいろ出て、最終的な話し合いで山形に決定した、という経緯だったと思います。

今回は新幹線で行くし、向こうでは基本自由行動ということで、丸々二日と半日ほど自由行動の時間がありました。
夜ご飯も自由なので、初日だけホテルで宴会をしまして、あとはもう誰がどうなってるか、これを書いている時点ではよくわかりません。
なにせ自由なもんで、把握もしていません。

ルールは簡単で、「一人行動はダメ」というもの。
なので、誰かと一緒ならどこに行ってもいい、と。
とはいえ、カイやモトミ、ハヤテ、ノリ、あたりは、「どこに行きたい」というのが出てくる感じではないので、その辺はどっかに組み込んでいくことになります。

ま、つまりどちらかといえば、この「自由行動」に求めるのは、井上やノブ、ミツ、だとかのあたりの主体性というか、そういうことですね。
その辺に期待をしたい、ということかと思います。
で、そこにあとはカイとかをぶち込んでいく、という。

ま、俺たちも同じようなことですが、行きたい場所を出してまあ人を募る、みたいなことで。
あとはまあ、様子を見て、「ここに入った方がイイかな」みたいなこともあったりなかったりではありますが。

最終的にはいい具合にばらけました。
4チームくらいになったのか、そういう感じで。


当初、コンさんが早々に「廃線巡りの旅をする」みたいなことを言っていて、ノブなんかは便乗しようとしていました。
井上に至っては、「みずえちゃんにもにょもにょもにょ…」と、もうまったく「健体者に任せてついていく」という感じになっていました。

まあ、ミズエとかすずとか、その辺は新人ですから、彼らとしては「言うことききやすい」というアレがあります。
なんで、その辺でお茶を濁そう、ということですね。
特に行きたい場所を調べなくても、なんとかなるだろう、と。
これが外口さんとかアキとかだと、「調べてから言ってよ」となりますから、そこを避けたんでしょうね。
まあ、そういう旅があってもいいでしょうが、今回の自由行動では、彼らにはもっと「立って」もらいたかったので、2週間くらい前に、かなり追い詰めました。

ミズエやすずの争奪戦になっていたこともあり、彼女らには「どこに行くかはまだ決めてない」ということにしてもらって、もっともっと、山形のことを考えさせるように仕向けました。
「ミズエも、お前のプレゼンじゃ、一緒に行きたくないって言うと思うわ」みたいなことですね。

同時に、前回広島でコバと井上、という二人組で途方に暮れ、ばったり出会った俺らと一緒に行動することになった井上には、「広島のリベンジだ。二人でまたどっか探してみたら」と伝えました。
井上によれば、「広島の時は何も調べてなかった」とのことで、「じゃあ、調べたら大丈夫じゃない?」と焚きつけてみました。
ノブには、この前の大阪旅行のことも話に出し、「ノブは、誰と一緒に行ったら、みんなが楽しいと思う?お前は、みんなのことを楽しくさせる力があると思うよ」と持ち上げたら、「カブキと一緒に行ったら、カブキも楽しいと思う」と言いだし、そこから火を付けてみました。
ミツは早々に自分で行きたい場所、やりたいこと、今回はこけしづくりをしたいとのことだったので、その辺でみんなを誘ってみたら?という話しに。
オグラは「歴史の博物館に行きたい」とのことで、まあ、これは毎回彼はそうなんだけど、米本さんが行こうかな、と言っていたのを思い出し、「米本さん誘ってみたら?」と言ってみました。

最終的に、その辺はみんな努力しました。
電車の時間をコンさんに調べてもらったり、外口さんに観光地をネットで探してもらって印字してもらったり、二日目が自由行動の初日でしたが、一日目の夜、ノブなんかは一緒に行くミズエとUNOもせずに「もう作戦立ててましたから!」と清清しい顔で二日目の朝飯を食っていました。

なんか、やっと「自分の旅」という感じになって、よかったな、と思いました。


井上は、「ケンミンショー」でやっていたというそば屋に行くことにしたらしく、けっこう山の中だったらしいけど、コバと二人で行ってきたらしい。
ノブはカブキも一緒にわいわいと行ってこれたようです。

こういう「誰とどこに行く」という話になると一気に逆切れまで振り切れるほど追い詰められる市丸には、「俺が行く場所は考えておいてやる」と言ってあり、この一週間くらいの「山形どうする?」の話には参加させませんでした。
この辺の「ヒエラルキー」が重要視される案件には、市丸はなかなか入れない。
それでもめると、まあ井上達、本来がんばってほしい部分にスポットをなかなかあてられなくなっちゃうので。
その市丸、電車大好きってコトもあって、コンさんと二人で廃線巡り。
これは楽しかったようで、他にメンバーがいないということで、一日落ち着いて行動できたようで、よかった。
「●○線に乗ったんだよ!」とか言ってました。
●○の部分は俺は興味がないので忘れました。

ハヤテはなんだかんだどっかにくっついていって、彼なりについていくだけだけど、それでも彼にしてはがんばってはいたと思います。
モトミはもうどこへ行っても終始ノリノリで、最終日は怒りモードでした。


その他、スズの実家に行った組、そばがうまい店がどうした、とか、山寺や博物館、パフェがどうしたとか、こけしをつくるだとか、サイクリングするんだとか、いろいろとそれぞれやりたいコトが出来たようです。

正直、かなりハードルが高いことを彼らに課したとは思っていますが、それを乗り越えて、「自分が計画を立てて人を誘って行ってきた!」という自信はつけてもらえたように思います。
ただ、「健体者を先頭に歩いてきました」じゃない旅行ができたんじゃないかな、と思います。
ま、もちろんそこにはいろいろこちらの画策はありますが、そういうことは彼らにはわからないわけだし、そもそも結果が大事ですから旅行なんてのは。


というわけで、なかなか楽しかったかな、と思います。












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(BGM:トリカブト「HOT SHOT」from「REALRHYME 15 TRAX」)
→この人たち、殺害のオムニバスで葛西純選手とやってましたね。
このバックトラック、すげえ単純なんだけど、単純だからこそリリックに比重がくるわけで、コンピでこれで勝負してくるのがカッコイイと思う。

虹の会30年分の大反省


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機関紙先号に虹の会役員会名義で書いたモノを転載します。


タイトル

「虹の会30年分の大反省
分断を越えて真の介助保障を求めよう
~自薦方式がもたらしたものを検証する 虹の会役員会」


リード

総会で、「介護人派遣事業の問題点」というようなイベントをしました。
タイトルとしては「30年分の大反省」というような。
まあ、つまり当時の介護人派遣事業の導入にさいして、それを支持する動きを結果的にしてしまったことに対する反省、です。
30年、それを放置してきたわけではないですが、大きな勢力に負けてしまったというか、大きな流れの中で結果、大問題が発生している気がしています。
(文・虹の会役員会)


本文

【虹の会の本分と80年代】

虹の会は、「誰がどんな状況におかれても地域で暮らす」ということを掲げています。
つまり、誰がどんな状況、例えば障害者として産まれて来たとしても、自由に生きる場所、ライフスタイルが選べるべきである、ということです。
そして、それを基本的人権、生存権の問題と捉え、誰しもがその権利を有し、保障する義務は国、自治体にある、ということを主張してきました。

虹の会は、故福嶋あき江初代会長(筋ジス)が、浦和で一人暮らしをする、ということから始まっています。
当時、長期入院していた千葉の病院を出て、一年間渡米。
アメリカ、バークレーの自立生活運動を見聞きし、それを日本で実践する、というのが始まりでした。

ところが、日本では当時、介助者、つまりは日本ではヘルパーとか言われますが、家庭奉仕員制度、という形でしか位置づけられていませんでした。
家庭に奉仕する人、です。
つまりはお手伝い程度で、聞けば傷痍軍人の家庭への奉仕、ということから始まったと聞いています。
まだ、その流れの中に日本はあったわけです。

週3回18時間を上限、という形でしか派遣はされませんから、実際にはもっと少ない。
週2回3時間程度とかの感じだったか、まあいろいろでしょうけど、少なくとも上限いっぱい派遣されている人を私は知りません。

当時、その家庭奉仕員さんは、福祉課のカウンターの向こうにいました。
正職だったのかどうかはわかりませんが、非正規雇用というものがなかった時代ですから、どういう契約かはわかりませんが、市の職員ではあったのだと思います。


【介護人派遣事業への転換】

福嶋さん没後、今の会長、工藤さん(筋ジス)が同じように浦和に出てきて生活をはじめることになりました。
工藤さんは男性で、当時のヘルパーさんはほぼ全てが女性といっていい状況でしたから、実際にヘルパーをお願いすることが出来ませんでした。
同時に、松沢現副会長は言語障害もあり、なかなか介助の内容をヘルパーに伝えるのが困難な状況にありました。

その中、実際には学生などのボランティアで介助を回していました。
そうやって続けていく中で、松沢の言語障害もいともたやすく理解できる人も出てきます。
松沢の言語障害がなくなったとかじゃなく、言葉のやりとりというのは、やっぱり、毎週とか一緒にいることで、通じるようになってくるものなのです。

こうなると、実際に来るヘルパーよりも、「このボランティアの方がずっと役に立つ」という現象が起きてきます。
工藤さんにしてみれば、男性がいない、という状況の中、ヘルパーは使えないけど、今のボランティアは男性なわけで、使えるわけです。

時ちょうど、ヘルパーが民間委託されはじめ、回数こそ増えたものの、時間がぶつ切れ、誰が来るかわからない、という状況の中、我々は「このボランティアをヘルパーとして派遣してくれ」という風に要求をすることにしました。
浦和市では「外出介護人派遣事業」というのが始まっており、そちらの方は利用者サイドが推薦した人をヘルパーとして登録することが可能だったこともあり、家庭内のことについてもその方式にスライドしろ、という内容です。

これは「松沢方式」として市に認めさせることができました。
一年ほど、このことは市との協議で秘していましたが、その後、広く認められるようになりました。

ここがまず我々が反省すべき点(※①)だったのではないかというところです。
後述します。


【ヘルパー委託】

そして、その割合が増えていくにしたがって、市としても我々の要求を何らかの形で認めよう、ということだったのだと思いますが、いろいろと新事業を展開していきました。
試験的に夜の巡回ヘルパー派遣などもあったと記憶しています。
ただ、なんにしても男性がいない、松沢の言葉を解するだけで時間がいっぱいになってしまう、という点は解決されませんでした。
ボランティアであれば一人で風呂介助も可能なのに、二人で来ないと筋力的に無理だ、だからという理由で断られる、というようなこともありました。

そして、時代はNPO法人にもヘルパー受託を可能にする、というところに来ていました。
これは、全国的な流れでありました。
我々のような団体が集まった全国組織JILなどが、それを推奨したわけです。
つまり、各々の団体が事業体となって、自分たちにヘルパーを派遣する、ということです。

これは一見、とてもいい形に見えます。
つまり、自分のニーズに合った人、例えば男性とか言葉を解してくれるとか、を、自分のところに派遣できるわけですから。
それまではほとんどヘルパーが派遣されず、しかし一人暮らししている人たちというのは、実際には我々のようにボランティアを募集して、なんとかやりくりしていたわけです。
そのボランティアをそのままヘルパーとして使えれば、その人たちにも給料が出せる、つまり障害者側としては介助が得られ、生活が安定する、ということです。

我々は、実際、ここではかなり抵抗しました。
というのも、受託されれば、資格の問題が出てくるからです。
介助者の資格、という問題です(※②)。
これについても後述します。

しかし、実際にその当時受託しているヘルパーでは対応できない、なんとかならないか、という非公式な協議の中で、委託を受けることにしました。
そのために、NPOを立ち上げるという、めんどうなこともついてきてしまいました。

こうやって、我々は表向き「ヘルパー派遣事業所」になってしまいました。
しかし、果たしてこれは我々がやりたかったコトなのか?というと、まったく違うんです。

だって、「誰がどんな状況におかれてもライフスタイルを選択できる」ことが目的だったのに、今そのライフスタイルを選択できる権利を、委託事業所として保障しなくてはならなくなったのですから、話が逆転してしまったとも言えます。


【時間数ではなく、金額の問題】

それまで、介護人派遣事業として何時間保障されるか?ということを我々は目標の数字としてあげてきました。
そもそも、週3回18時間、というのがありましたから、それを外出介護人派遣事業で何時間上乗せするのか?そして、松沢方式で何時間?というように。
深夜の寝返りなどまで認めさせるのは大変時間がかかりましたが、当時から浦和は日本で一番の時間数を出していたと思います。
それはまあ、かなり先鋭的な交渉を展開していたので、まあそうなったのだと思います。

しかし、委託されて痛感するのは、そもそも金の問題なんですね。
今の「介護する人が不足している」という昨今の中で、ヘルパーを募集しなければならない、というのは、結局金なんですから。
時間単位あたりの金の問題。
もちろんそれは当時からも訴えていた事項ではありますが、福祉予算が切り捨てられる中、また介護保険がスタートし、それにあわせる形で当初の金額は切り下げられる事態になっています。

金がふんだんにあれば、応募など簡単にあるでしょう。
しかし、介助、介護は大変、しかも薄給、というのが現状で、そこにわざわざ応募する人がいるでしょうか?
少なくとも、薄給の方は金さえつぎ込めば解決します。

そもそもは、ボランティアで始まったわけですから、ボランティアがいるだろう、という意見もありましょうが、今の学生はとにかく忙しい。
学費が上がったこともあり、昔のように遊んでいる学生などいません。
簡単にボランティアはつかまらなくなりました。

福祉の現場から、金がなくなっていくのと共に人もいなくなった、そんな感じです。


【権利からサービスへ】

我々が委託に否定的だったこと、それに対して市が折れたこと、などの「内容」について、市の担当者が変わると共に、薄れていってしまいます。
他の事業所と同じように扱われるはずじゃなかったのに、そういうあつかいをされてしまうとしたら、「約束が違う」ということになるんだけど、非公式協議の中で意思疎通されたものを文書化していない以上、それは通らない。
非公式とはそういうことではあります。
しかし、まあ伝説のようになっている話は受け継がれてはいて、担当が変わるたびに話をしていくしかない状況になってはいます。

我々は、別に事業体を運営したいわけではない。
だから、いつでもやめる。
ただ、「その後の毎日の生活の保障はあなた方がやってください」とは言い続けてはいたんだけど、一方で大きな流れとして、福祉が「サービス」になった、ということが出てきました。

福祉とは権利であって、行政にとっては義務のはずが、介護保険の導入と共に、そもそもが「サービスである」というような理解が一般的に広がってしまいました。
福祉八法の改正で、福祉産業を認める流れになった結果、これはおそらく行政としては狙っていた流れなのでしょう。

サービスを提供する事業所、サービスを受ける人、という風に表現することで、権利と義務の関係は薄れていきます。
介助を受けることがまるでサービスを受けるかのように思われてしまっている。

そうじゃない。
生きていくために必要な介助を派遣しろ、というコトだったはず。
その権利はこちらにあり、義務は行政にあったはず。
福祉という言葉をサービスに置き換えるという愚行が今の日本に蔓延しているのです。


【福祉の産業化と資格ビジネス】

※②についてです。
委託をされてヘルパーを派遣するとなると、それまでやっていたボランティアではダメだ、という話になりました。
つまり、「資格を取れ」ということですね。

しかし、我々が松沢方式で主張してきたのは、「今のボランティアの方が使える」という一点でした。
そのボランティアには資格がなかったとして、彼を使うということを認めろ、という話だったはず。
にもかかわらず、委託になったら資格を取れ、とはどういうことでしょうか?

全国の多くの我々のような団体が簡単にこれを受け入れました。
我々は抵抗を続けていますが、つまり、我々が最初に言いたかったことは、これは全国の団体も同じだと思いますが、「その介助者の資格は使う障害者自身が決める」ということだったのではないでしょうか。
国が決める資格ではないのではないか?

そもそも、「国が決めた資格を持ったヘルパーが使えないじゃないか!」ということから始まったんじゃないですか。
その一点が崩れてしまうと、「推薦登録」という最初の一歩の話が違ってきます。

これは福祉が産業化していく中で、「資格ビジネス」に利権を与えるための一つの方策だったのでしょう。
そうすることで、企業が参入しやすくする、という面があったのだと思います。

こうした利権を我々が認めてしまっていいのでしょうか?
福祉をクイモノにしている、ともいえるのではないでしょうか?

そもそもは、その資格を我々の手に、と言っていたはずじゃないですか?


【自分で介助者を見つけなければならないのか?】

※①についてです。
当時ボランティアでやってくれてた人をそのままお金を払って定着させよう、というのは、間違ってはいなかったと思います。
しかし、その人が何らかの都合でやめた場合、新しい人を募集しなければならない。
その労苦というのは、まだこの松沢方式の頃は軽かったのです。

けれど、この介助(介護)する人不足、という大きな波は、我々をも飲み込んでいます。
先に書いたように、薄給・重労働、ということがあると思います。
なかなか募集をかけてもこない。
そういう状況が続いています。

これは全国的な流れですから、国や行政が義務者としてすべきことは、いますぐ単価をあげることです。
そうすれば、これはある程度解決していくと思います。
しかし、消費税を福祉に、といいながら実際は福祉は切り捨てられている昨今です。

このことに抵抗する全国的な大運動を我々は作っていかなければなりません。


【我々は分断に利用されてしまったのではないか】

先に書いたように、単価を上げることは急務です。
それによって、変わる部分は多くあります。
しかし、それがなかなか運動になりにくくなってしまっています。

というのは、利用者である障害者が運営側になることで、介助をする側の労働者との間に、対立関係が産まれてしまったからです。
労働者と使用者、これは資本主義の論理として、構造的に対立する関係です。

昔なら、ボランティアの時代なら、多くのボランティアも一緒に立ち上がることができました。
しかし、そもそも労働者は使用者に使われているわけですから、賃上げ要求は使用者に向かいます。
そうなると、使用者としては同じ金額の中で、どうやりくりするか、みたいな話になってしまう。
本来は、社会福祉に回す分を増やせ!という話だったのが、なかなか労働者と使用者がその枠を越えて声を上げることが難しくなってしまう。

介護人派遣事業が、浦和市で言えば松沢方式が始まった時点から、この矛盾を内包していたといえます。

行政側としたら、当時、大きくなっていきつつあった介助保障要求運動をなんとかして小さくしたい。
そのためには、民営化ならぬ、企業を参入させることで、一直線に行政に向かっていた運動を、労使対立にすり替え分散させたい、という目論見もあったのではないか?と今になって思います。

このことこそが、我々としては大反省しなければならない点だと思っています。

障害者運動を進めるために存在する我々は、社会を変える、障害者だって地域で生きられる社会にしよう、と大きな運動を作っていかなければならないはず。
しかし、その運動によって得られた成果によって、分断をすすめる結果になってしまったのではないか?

これは、大きな反省点です。


【これからのこと】

我々は、もう一度、介助者と向き合って、一緒に大きな運動を作る礎を築かなければならないと思います。
分断させられている場合ではないのです。

介助者の不足は、全国規模であり、現状の介助者も疲弊しています。
そして薄給。
多くの人が現場を離れ、介護保険においても介護者が派遣されず、介護離職などという事態に陥ってる人も多いと言います。
一方、政府は自助を叫びはじめ、介助が我々の権利であり、行政の義務であることを放棄し始めています。

これは、近代国家としてかなり末期的です。
生活保護受給者が貶められ、しかも生活保護ラインに届かない収入の人が増えている。
日本で生保の補足率が抜群に低いのは、この「福祉を受けることが恥」という「日本人の体質」もあると思いますが、それを加速する世論が形成されてもいます。

相模原では障害者の大量虐殺が行われ、それについて首相はコメントすらしない。
自分の名前を出された犯人の手紙まで発見されてなお、非難の言葉すらない。

この状況は、障害者を抹殺しようという流れだと思うのは大げさでしょうか。
これでは、「誰がどんな状況におかれてもライフスタイルを選択できる」などというのはなお遠くなってしまいます。

今、もっと声を大きくしなければ、障害者はおろか、高齢者、社会的弱者、貧困の問題、そうしたことが、どんどん見捨てられていくのではないでしょうか。

分断されている場合ではないのです。
まず、身近なところから、我々は分断に抵抗し、もっと先を見据えて進みたいと思います。


【補足】

*介護人派遣事業を悪者のように書いたきらいもありますが、これによって多くの障害者が施設を出ることが出来た、親の死後に施設に入らないライフスタイルを選択することが出来た、といういい面はたくさんあります。

*全国組織JILからは、我々は脱退しています。数年前、上記のような内容の質問状に回答がなかったためです。

*近年では、民営化の流れの中、そもそも「障害者自立生活運動」(我々は自立、という言葉は使いませんが、全国的にはそう言われている)が崩壊しつつある、という意見もあります。
こうなると、利用者は利用者でしかなくなり、そのニーズは運営者(企業)に向かい、という形で、介助者の育成や募集についてが「企業努力」という名の下に押し込められ、「介助保障は我々の権利である」という大原則が、資本論理に取り込まれることになります。
それが行政の福祉切り捨ての結果だとしても、企業は介助者を疲弊させることで、例えばブラック化することで乗り越えるしかなくなります。
それは我々が望む形ではありませんし、そもそも「介助」は生活上、なければ死ぬ、という類いのモノであり、商取引される類いのモノではありません。

おわり





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(BGM:Culture Beat「Under Pressure」from「Queen Dance Traxx Ⅰ」)
→ボヘミアンラプソディーよりこっち、クイーンブームですけど、このコンピはけっこう前に出たモノではなかったか。
これなあ、ワンコードで押し切ってくれたらなんかかっこよかったのにな。
なんだかんだもうリミックスなんだから、そのくらいメチャクチャにしてほしい気もするのであった。

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