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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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エリートが暴走してイイコトがあるはずない


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専従募集


先日、見た方もいるのかな?またテレビの取材があって、放映も終わったようです。
ようです、というのは、俺は見ていないんです。
テレビ局の方からDVDを送ってもらったので、見ようかな、と思うんですが、ヒマさえあれば「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」の再放送を録っておらったモノばかり見ているので、追いついておりません。

ま、この前書きましたが、100人の障害者を集めて、という番組で(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4158.html)、MZK(最もズレてる健常者、という意味らしい)に選ばれた芸人さんをにじ屋で「更正させる」ということで、にじ屋にその芸人さんがやってくる、という設定の番組。

正直、乗り気はしませんでしたが、またしてもテレビ曲の方の熱意にほだされる形で引き受け、ということで、全くもって何の期待もしてなければ、興味もない。
あくまでテレビ局の人の作品であって、そのモデル、というか撮影の対象になったからと言って、なんか、もう驚くほど俺の中には何もありません。

虹の会は、前回の2週にわたった番組とイイ、今回についても、「どうして、もっと宣伝しないのか?」みたいなことを言われるんだけど。
機関紙にも書いてないし、とか言われます。
けどね、まあもう「何のことだっけ?」くらいの。
けっこう、ウチの中でもほぼ話題になってないです。


これね、どうしてこんなにどうでもいいかというと、そもそもこのMZKとやらに選ばれた岩井さん、という芸人さん。
ノブとかは、カワイさん、とずっと言っていたけど。
俺はすごく好きで、実はM1の敗者復活の時の競馬場だったかの漫才をたまたまスカパーで見てて、その時に、「もうこの人たち、ゼッタイに売れると思う!」とアキに言っていたら、数年後にマジに売れちゃった。

そういうね、昔っからのファンから言わせればね、正直さ、この岩井さんって人、狙ってるでしょ。
「闇を感じさせるキャラ」というのを、ちゃんとやってるよな、って印象。
だから、この100人の時の出演芸人のラインナップを見たときにですね、ここでMZKにもし「選ばれなかったとしたら」、岩井さんは芸人としてダメってことなんだよね。
だって、そういうキャラ、として芸人をやってるんだから。
ここで選ばれなければ、ホンモノじゃない、というか。


で、ですね、岩井さんは番組で「障害がなくなるかわりに他の誰かが障害者になるとしたら?」っていう質問をしたの。
それがどうも、出演した障害者の人たちの「何か」に触れたらしい。

この「誰かが代わりに障害者になるとしたら」というのは、おそらく岩井さんは狙って言ってると思う。
つまり逆から言えば、この質問は「障害者じゃなくて、健体者に生まれたかったですか?」というコトでしかなくて、大した内容じゃない。
ってか、これ、障害者じゃない立場からしたら、誰だって一番聞きたいはずだ。

ま、ただ、「誰かが代わりに」という部分が、「人に押しつける」ということになって、その押しつけるという行為自体も問題ならば、「障害」を押しつけるという「穢れ」的に扱ったことが、おそらくMZKになった大きな要因だ。
というか、それを彼は狙って本当の質問を、それらの言葉を使って逆から言っただけだろう。

ま、その茶番が第一のひじょうに気になる点。

第二に気になるのは、このMZKというものが、結局は「障害者がMZKを決める」という、今までの解同チックな構図から何も抜け切れてない、という点。
健体者が障害者にお伺いを立てて、「私はこれで正しい(ずれてない)でしょうか?」とたずねてるのと同じなんだよ。
ま、それでいいっちゃあいいんだけど、これを「新しい健体者と障害者の関係のあり方」だっていうのには無理があるわな。
つまりね、「健体者はきちんと障害者の意見を聞け」って、障害者側がマウントポジションとってます、っていう番組にすれば潔かったような気がする。

もちろん、解同よろしく糾弾するわけじゃないが、だからといって「バラエティ的に更正させる」ってのはさ、「イジメ」と同じっていうかさあ。
「いじめてないですよ、ふざけてただけです」みたいな感じで、糾弾をバラエティに替えた、というか。
それもどうかと。


そしてなにより、ココに出てた100人の障害者ってのがさ、みんなエリートじゃん。
障害者界?ってのがあれば、そこのエリート。

経験的には、けっこう多くの人が、福祉ともつながれず、何も出来ないまま、近所から白い目で見られ続けながら、だんだんと酷くなったりしてると思う。
ま、もちろん、そういうところから抜け出したんだ!ってカッコイイ人もいるんだと思うけど、それはそれでまた相対的に見たら一握りではあって。

エリートがね、いくら「障害者に生まれて幸せでした」って言ったところで、それは氷山の一角で、海の下に眠る「どこともつながれない多くの100人」ってことを考えると、どうにも、「相手が違う」って気がしてくるんだわ。


エリートが他の集団のエリート相手にMZKとかって遊んでる場合じゃない。
エリートが考えなければならないのは、エリートになれなかった人たちのことなんじゃないか、と。
というか、「エリートが暴走していいことない」ってのは、いつの世でも常識だ。






(BGM:五月女みや子「地の底までも」fromYOUTUBE)
→地の底までもついて行く、という比喩がよくわかんないんだけど、つらくても一緒、みたいなことなんだろう。
で、カップリングが「星といっしょに」。
天と地、どっちやねん、という。
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透視かよ


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専従募集


和歌山に行った話を書いたんですが。

ま、ホテルに泊まったんですけど。
場所としては白浜ですね。
白浜といえば、もう海水浴のメッカ。
いわゆる「新婚旅行」みたいな言葉も浮かびます。
昔からの観光名所です。

その泊まったホテルも、おそらく高度経済成長の頃に建てられたんではないか?と思うんです。
基本、古くさい。
でもまあ、内装を変えたりして、なんとか生き残ろうとしている感じがある。

ものすごく大きなホテルで、昔は手広くやっていたんだろうな、という。
金曜から行ったんですが、泊まってる人も多かった。
手配は一緒に行ったアオテツにやっていただいたので、値段的なコトはよくわかりませんが、そこそこのホテルだと思います。

客層としては、家族が多かったですかね。
小さなお孫さん、お父さん、おじいさん、みたいな。
三世代的な。
まあ、金曜からでしたから、学校に行ってる子は難しいのかな。

基本、家族っぽい。
ちょっとお年を召した方のグループもありました。
あとは、大学生らしきグループだけれど、これはあまりいなかったかな。


ま、世の中的には、オフシーズン、平日、ってコトを考えれば、客層としては当然ですね。
それに、今の時代、なかなか「お父さんお母さん世代」つまり、俺か俺より下の世代の人たち、40~50代の大人は、忙しくて出かけられない、金がないからでかけられない、という絶望的な世の中になってまいりました。

そう考えたとき、どうしても、お年を召した方をターゲットにしなければ商売が成り立たない、というのは、観光名所の考え方かな、と思うワケです。

そんなことの影響か、最近、宴会場というと、イスに座るタイプのところも増えてきました。
つまりはまあ、畳だともう膝が痛くて座れない、みたいなことにも対応しよう、ということなんでしょう。
車いすのママでもテーブルに入れる、という利点もある。


なかなかね、ああ、変わってきてるな、と思うんです。
まあ、形からしか入れず、仏像つくって魂入れずみたいな施設も多い(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4150.html)。
でもそれは、指摘してやればいいんですね。
向こうはよくわからないで「バリアフリー」をやっちゃってるわけですから。
「それではバリアになってますよ」と教えてやればいい。

でもまあ、それは「細かい点」というか、「勘違い」ということであって、「本質的にどうしようもない」、という話とは違う。
本質的にどうしようもない、という場合、これはもう指摘とか、そういう次元ではどうにもならない。


今回のホテル、絶望的な気分になったのは、風呂です。
脱衣所から風呂に入ろうと引き戸を開けると、階段。
それがまあ、二段三段ではない。
ゆうに二階、三階から降りるくらいの。

これね、一瞬でまず「これダメだわ」と一緒に入ったアオテツに言ったんです。
でもまあ、彼は普通の会社に勤めてますからね。
この業界の人じゃない。
一瞬、俺が言った意味がわからなかったみたいで。
でも、その後、瞬時に、「あ、なるほどね」と。

彼もまあ、にじ屋とかに遊びに来てくれたり、コバやノブたちをいろんな場所に誘ってくれる人なんだけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4153.html)、彼だって、やっぱり階段の「絶望感」ってのは、俺ほどではないというか。
一瞬遅れる感じ、というか。

そう考えると、世の中の9割は、やっぱこの階段を絶望とはとらえないんだよね、きっと。
アオテツなんかは、それでもまあ説明しなくてもこの絶望は一瞬後にわかってくれるけど、まあそういうね。


例えばね、トイレの入り口が狭くて入れない、といかってのは(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4243.html)、絶望なんですよ。

だって、よく考えてみなよ。

入り口はさ、誰かに手伝ってもらって入ればいいじゃん。
でも、トイレってどう?
トイレに入れなかったらさ、漏らしちゃうじゃん。
大人として、それ、ゼッタイダメじゃん。
だからさ、トイレに入れない、ってのは絶望なんだよ。
なるべくトイレなんか大騒ぎしたくないの。
「私トイレに入ります!誰か手伝ってください!」なんて大声出したくない。
そっと行って、そっと帰ってきたいでしょ誰だって。
「うんこしま~す」って宣伝したいですか?

しかも、トイレがダメってのは、大人として認めない、ってことだから「世の中に拒絶されてるんだ」って絶望も同時にあるわけじゃん。


脱衣所で脱いで、さあ入ろうか!って言ったときに、この階段。
これ、もう「入るな」ですから。

これがせめて上下移動がなければ、介助者だって楽。
けど、上下移動があると、もう介助者一人じゃすまなかったりする。
まわりの人、大勢の手が必要かもしれない。
全裸なのに。

ってか、人を一人抱えて「濡れてる」階段を下りるなんてのはね、もう自殺行為なんですよ。


大事なことは、トイレだったり、風呂だったり、まあそういうね、「プライベートな空間」ですよ。
ってかまあ、大浴場がプライベートかどうかはちょっと論議はあるかと思いますが、ホテルの部屋の風呂もね、「ちょっと取って付けた感じ」で、ものすごい狭かったりすることがとにかく多いわけで、って話も含めて。


ま、そんなわけで、俺とアキは3日ほど休みと言うことで行ってきたんだけど、どこに行くか?というのははっきりとはみんなには言ってなかった。
で、帰ってきて翌朝、みんなに会って。
そしたらカブキが「どこ行ったの?」と聞くので「和歌山」と答えたら、その後第一声が「お風呂どうだった?」と。

いや、お前が簡単には入れない風呂だったよ、と。

透視かよ、と思いました。





(BGM:大橋巨泉「おれは天下の百面相」fromYOUTUBE)
→ハッパフミフミ的なヤツね、どこが面白いのか、と思って、自分でやってみようと思うんだけど、なかなか上手くいかないのよね。

お客さんにしない その2(ラスト)


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専従募集


先日、井上達から専従の外口さんや原さんを中心として、数人に対して厳しい意見が出ました。
というのも、専従ではないが、彼らが信用「し始めていた」人が、やめるということになって、それに「やめないでくれ」ってのを、実際に「言えばいいんだ」「言っていいんだぞ」という話になったときに、俺の方で、「健体者相手にビビってホントの気持ちが言えないなんてのは情けない!」ということを井上達に話したことがあって(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-date-20170701.html)。
その流れで、彼らは専従らに対して、俺にいろいろ言ってきた。
でもまあ、なかなかうまく言えないヤツもいる分けなので、朝飯の時に紙に書いてもってこいよ、というと、ずいぶんいろいろ書いて持ってきた。

それが思う以上に、面白かったというか、けっこう集まってなかなかよかったな、と思ってて。

で、この時は原と外口さんに意見が集まったんだ。
原は新人だからしょうがない、というか当然だとして、外口さんなんかは、まあとても気持ちのある人で、仕事のみならず遊びのことなんかも考えてくれて、いろいろなイベントごとやスポーツ大会的なこととか、そういうのを一生懸命探してみんなにあうモノを紹介してくれたりしてくれるんだけど。

ただまあ、確かに語気は荒いところがあって。
だから、普段を見てると、多少こう、中身が伝わってないなあ、とか思うときもあって。
つまりは、かなり「誤解されやすい人」ではあると思うんだ。

けれども、それは俺はまあ普段見てるからわかるけど、それを俺が外口さんに成り代わって弁解してしまってはいけない、イイワケしてしまってはいけない、と思ったので、なにも言わずに彼らの言い分を聞く。
「へえ、そうなんだ」と聞いてはいるが、心の中では、「イヤイヤイヤ、それはどう考えたっておまえが悪いだろ…」とかいうこともけっこうあるんだが、スルー。
「あ、そうとってたの?その時俺もいたけど、外口さんはそういう意味で言ってたんじゃないよ…」とかもスルー。

ま、原が言われてることは、まったく俺も心の中でも全て賛同したけど。
それも、新人の時代にしかできない、一つの役割だ。
その時期は、健体者は井上達の「指示を聞く存在」になる。
だって、にじ屋のゴミ置き場の場所もわからないんだから。
だから、言われるのが仕事、それでいいんだ。

でも、新人とはいえ、相手が健体者となると、いきなり井上達は躊躇を始めるので、まあこれはいい機会だったと思う。

とにかく「言わせることが大事だ」と思ったから、「いやいや、そうじゃないんだよ」という「事実を伝える」ことをせずに、「彼らの世界」につきあった。

「言わせる」ことを「具体的にやる」ことで、とにかく彼らの言葉を引き出したかった。
もっと言えば、彼らに「中身の事実」を伝えることより、「主張していいんだ」ということをわかってほしかった。
これは、もうずっとやり続けて、彼らに理解してもらうしかない。

「言っていいんだよ」「なんでも言ってきて」なんて言葉で言ってもムダなんだ。
彼らはそれを是としない。
というか、そんなことで言ってくれるなら苦労しないんだ。

だから、行動で示すしかない。


で、書いてきたことや俺が聞いたことを、会議が終わったときに全体に話すことにした。
これでやっと、原や外口さんにも伝えられる時間、ということになる。

もちろん、「言われて」いい気分になる人はいない。
原も外口さんも耳がいたこともたくさんあったかもしれない。
「伝わってない」ことに関して、残念にも思ったと思う。

正直、彼らの遊びにだって付き合い、金の使い道に付き合い、買い物に付き合い、そんなことを毎日やってる外口さんや俺なんかが、「なんでヤツらの敵にならなきゃいけないんだ!」という気持ちにもなる。
それは俺も同じだ。

でも、長い歴史の中で、彼らは「健体者の理屈」に、閉じ込められてきたんだ。
今の時代には檻はないかもしれないけど、言葉や慣習や、いや「善意や正義」によって、彼らは、「言えない状態」に閉じ込められている。

だから、俺や外口さんがそれに一緒に闘っていたとしても、やっぱり、オレたちは敵ではある。
それは仕方のないことだと思う。


今回のこのコトで、俺が改めて、外口さんをすばらしい、と思ったのは、彼は、一つ一つ、いろいろな意見に対して、「これはそういう意味じゃなかった」とか「そういう状況じゃなかったでしょ?」っていう風に、「事実を伝えたり」をしなかった。
それは、井上達にしてみたら、弁解だしイイワケだ。
それに、そう言われたところで、井上はすぐには反論できない。
なぜなら知的障害者だから。
そうしてしまえば、「丸め込まれてしまう」しか、彼らには道はなくなる。

俺が、まったく「弁解」しなかったように、外口さんは、自分のことを言われてもなお、同じように弁解しなかったし、何も言葉にせず、「これからの態度で示さなきゃしょうがないと思ってる」と言っていた。

これは、なかなか人はできるもんじゃない。
やっぱ、すぐに「ちがうの違うの、俺は、おまえらのことをね…」とかって、すぐに言いたくなっちゃうものですよ。


でも、言われてもなお、「行動で示す」といいながら、「一緒にいる」ことを体現している外口さんこそ、俺は、なんかオレたち専従全体の井上達への答えだと思ってて。

つまりは、言葉じゃなくて行動。
時間をかけた行動でしか、彼らに伝わるモノはないんだ。




(BGM:ロス・アンヘリトス「花はぬれている」fromYOUTUBE)
→もうね、この「花はぬれている」という部分がサイコウである。
ま、もちろん、夜の花がぬれている、ということで、もうひどすぎるんだけど、この部分ですべて帳消しにしてもいい。

お客さんにしない その1


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専従募集


先日、イタリアの精神病院のなんたらのDVDの話を書いたんですけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4177.html)、やっぱ、なんだかんだこの物語は、お医者さんがスタートなんですね。
ま、それがどうこうってのは、まあ置いておいてデスね、なんにしてもこうした「施設」だったり「監禁病棟」だったり、もちろん、障害者の作業所とかでもそうですけど、鍵を握るのは、「そこで金をもらって働くサイドの人だよな」と思うコトがあります。

よく、我々のようなところだと、急に「利用者様」なんて感じで、たとえばウチで言えば井上とかを「お客さん扱いしなさい」なんていう通達的なことが来たりするんだけど、それもまあ、間違ってはいて。

つまり、井上たちの欲求をつぶしてしまうのも、全肯定してしまうのも、どっちも「人間扱い」ではないんだよな。
「欲求をつぶしてしまう」というのは、「外出したいと言ってるのにさせない」ってことだから、「人格を否定してるじゃないか!」という意味でわかりやすい。
でもじゃあ、その「そう言うの、全部聞いちゃう」ってのはどうか?ということになるんだけど、まあ、確かに彼らの欲求は満たされるかもしれないけど、人間って、そうそう全部の欲求を満たして生きてるわけじゃないですからね。

社会にはルールがあって、慣習があって、という、まああたりまえの中に彼らも入れていかないと、ちょっと話が進まない。
老人ホームなんかで、おじいさんが「ここはなんでもやってくれて居心地が悪い」なんていう物語がよくありますが。
つまりはまあ、「お客さんにしない」ってことなんだけど。

しかし、お客さんにしない、ってのは、金もらってそこで働いているサイドからしてみると、非常に難しい話なんです。

お店でもそうで、まあクレームをいちいち聞いちゃう方がラクなんですよ。
クレームの内容なんていうのはマニュアル化できないものだから、それぞれの対応する店員の力量次第ってことになるのよね。

ま、お客さんにしておけばラクなの。
「はいはい」、いうこと聞いてればいい。
できなくたって、「ちょっとまってね」って言ってればいい。
で、結果毎日毎週毎月毎年、それぞれの単位で同じ事を繰り返し、ケンカもせず、異議を申し立てず、敬語を使っていれば、少なくとも今の段階では市とかに怒られることもない。

…って、俺らにしてみたら、それってすげえ彼らの人権を損なってるようにしか思えないんだけどね。
ま、それはいいとして。
ここで言いたいのは、それは簡単だ、ってことなんですよね。

つまり、毎日のスケジュールが決まっていて、曜日でまたなにかが決まっていて、たとえば水曜日は散歩、とか。
で、月毎に第2木曜はカラオケ、とか。
で、毎年8月にはおまつりをやります、とか。

まあ、ちょと蛇足になりますが、びっくりしたのは、とある作業所で、「お祭り」?をやるんだけど、「職員が忙しいので親御さんと来てください」というのがあるそうで、もうこうなると、誰が誰に向けたお祭りなのか、これ、単純に保育園の「職員による出し物」じゃん、というね。
別にそんなのやらなくていいし、みたいな気になってきますけど。

つまり、「職員誰でもできるメニュー」というね。
だって、去年の記録を見て、同じ事やればいいんだから。
で、はみ出す要求があった場合は、「ちょっとまっててね」と言ってればいい。
「いつかね」と。

いやいやいやいや…。
ま、単純に違うでしょ?と。

つまり、「どうやってお客さんにしないか」という。
「あんたの人生はあなたのモノで、あなたはどこのお客さんでもない」ということを、どうやって実現するか?ということになるんだけど。
これ、まあ具体的なマニュアルが作れない。
すげえ、難しいことだと思うんですよ。
しかも、経験的に「熱意」だけじゃ、絶対にできません。

よく、俺らのことを「熱意ある人たちだ」と言う人がいるけど、それは「マニュアルにできないことをやる能力がある」ということであって、熱意じゃないんですよ。

ここ、難しいんですけど、つまりね、市丸たちとのことを関係性でとらえるかどうか、だと思うんだ。
「俺と市丸」とか。
外口さんだったら、「外口さんと市丸」だろうし、そういう。
もっというと、井上たちの集団と俺、とか、そういう。

そうなると、もうこれ、「市丸をどうするか?」じゃすまないんですよね。
簡単に言うと、「市丸は◯◯が問題なので、それを改善させるために□□をやらせることで、向上させたいと思います」みたいな「個別指導計画」とかじゃ、絶対に「出てこないモノ」が必要なの。

ってか、そんな風に市丸を変えることばかりを考えて市丸とつきあってたら、市丸はおそらく「その計画がうまくいかないようにもっともっと粗暴になるぞ!」とか思っちゃうんじゃないか?
というか、そうですね、特に市丸なんかはそういう面があります。
誰だって、「対象」にされて「観察」されていい気分になるわけがない。

結局、市丸をどうするか?じゃなくて、「俺はどうするか?」なんですよ。
もっともっと言えば、「俺はどういう人生をおくるか」という。
その人生で、市丸と「つきあうだけ」。

その中で、市丸が変わるかどうかは結果論。
しかし、経験的にみんな変わりますね。

まずね、自分がどうするか?なんだよ。
あんたの人生それでいいの?って市丸に言われて、その答えに胸を張れなかったら、市丸は絶対にあなたを受け入れてはくれない。


続きます






(BGM:プッシーズ「見えた見えたよ」fromYOUTUBE)
→もうグループ名がダメなんだよな。
ってか、歌詞的にも見えたのは洗濯物で、なんかもうダメ。
全部ダメ。
…という、あり得ないサイコウ作品ではある。

自衛のために


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障害者の集まりなどで、知的障害者である井上達のことを「理解してください」「わかってください」とか「理解の輪を広げたい」とか、そういうことを旗印になんかやったりします。
「自閉症はこんな障害です」とか、まあそういうのを伝えたい、というのはすごくよくわかる。
逆に言えば、ちょっとした周りの手助けがあれば、彼らは普通に生活できたりする可能性がグンと高まるから。

だからこそ、「みなさん理解してください」「理解の輪を広げたい」という話になるわけです。

これはこれで、とてもその通りだと思うし、そうあって欲しい。
そういう世の中であって欲しい。
その思いは同じなんですけど。


でも、どっか俺にはそうした「障害者(や親)の集まり」に対しての拒否感があって。
それがなにかと思ったんだけど、おそらく「現状認識の差」ですね。

「わかって下さい」と言いながら、知的障害者の息子が見知らぬ女の人の手を急に握っても「ごめんなさい」で済まそうとする。
いや、「ごめんなさい」どころか、こうした会場では「そんなのあたりまえ」くらいの感じで周りの親や関係者が対応してくる時がある。
それがとてもイヤだった、という声もよく聞く。
いや、こういうの、ネットで調べると山ほどある。


俺ね、「理解してください」はイイと思うの。
どんどん理解してほしいの。

でも、同時に、「反社会的行動」については、例えば女の人の手を握っちゃうとかね、そういうのは「やめる努力」ってのをしないとダメだよな、いや、なくすくらいにもっていかないと、と。

これ、まず「手を握るくらいいいじゃないか」というのは話としてダメね。
挿れてないんだからいいじゃないか、口淫だけなんだから、みたいなコトと同じですから。
「~くらいイイじゃないか」は、少なくとも、こっちサイド、つまり「加害者サイド」は言ってはいけないセリフだと俺は思います。
いや、加害者って…っていうのも、ダメですね。
加害者なんですよ。
障害者が加害者って、もうW害者ですから、それはダメなんだと。
そこは「止める」ってことで目指していかないと、と。


いや、わかるんだよ。
「この子はそういう子だから、わかってください」ということで、「手を握らない」のであれば、最初からそういう「わかってください」はいらないじゃないか、というのもわかる。
でも、そうじゃなくてですね、これは「互いに歩み寄る部分」であって、それはこっちサイドとしては「手を握らせない」という努力でしかないと思うんです。


というか、なんでそれをしなければならないか、というと、この前の相模原の事件もそうですけど、「そういう加害者となる障害者は、つまり「手を握っちゃう障害者は」閉じ込めるべき」とか、「殺すべき」という意見が、あるんですよ。
今、けっこうな存在として、そういう人がいるんですよ。

で、政権なんかは実際に社会保障を切り捨てていて、ま、そっちの方向から「障害者を殺す」方向に動いている。

つまり、そういう流れなんだよね。
「役に立たない人間は死んでしまえ」、いや、「迷惑かけるならいらない!」みたいな。

いや、そんな人そうそういないだろ、と思うけどさ、これ、けっこう無視できない存在としてあるのよ、今。


だから、「理解してくれ」だけじゃなく、「手を握らせない」を実行しなきゃいけない。

そうしないと、彼らはどんどん大きな存在になってしまう。
そして、「迷惑かけるヤツは死ね」から、「迷惑かける可能性があるからはじめから施設にぶち込んで出すな!」ということに発展しかねない。
いや、もうすでに「生むな」ということになってるよね。
出生前診断ってそういうことだもんね。


だからね、「一方的な「理解してください」だけ」では、余計に井上達を「追い込んでしまう」可能性が高い。
時代がね、なんかもうそれを許さなくなってる、というか。

そこに我々は立ち向かっていかなきゃならないわけで。





(BGM:小山ルミ「さすらいのギター」fromYOUTUBE)
→これはかっこいい。
もうちょっとベースラインに凝れればいうことないんだが。

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