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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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でも、俺たちは「イチ抜けた」


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専従募集


障害者団体の集まり、というのがあって。
会議とか、イベントとか。

昔はそういうのにも積極的に参加したし、いろいろと導いてくれる人もいたし、おかげで今がある。
仲間も何人かできたと思うし、とてもそのときのことには感謝している。

当時、もう2~30年前の埼玉の障害者運動は二分していて、今はもうそういう政党感というのは消え失せているけれど、いわゆる他の社会運動と同じですね。
社会党系、共産系、という。
まあ、ご本人たちはそういう分け方をいやがるだろうけど、まあ外の方にわかりやすく説明するとしたらそういう二分、です。

ウチは、一方のイベントに行けば「虹の会はあっちでしょ」という感じの受け入れられ方をしていたと思う。
両方のイベントや会議に参加していたのは、当時、おそらくウチだけだ。

運動の分断というのは、理念に基づく分派のように思われがちだけれど、その実践は似通っていたし、つまり「理念」は実践に基づかず形成されていた、というのが内部にいた者の感想である。
そしてその理念が政党の思惑に左右されていた、と俺は思った。

もっというと、それは政党の問題ではなく、もっと大きな意図があったのではないか?とも思うワケで、つまり、運動は分断された方が得する連中がいるわけだから、推理小説のセオリー通りに考えれば、その連中の意図が働いていたのではないか?と。

そうしたモノに左右されたくなかったから、ウチは「両方に参加しよう」ということでやってきた。
が、それも今はあまり参加していない。

先にちょっとイベントに参加したんだけど、社会党が解党した今、それでもなお、今も分断されたままであることを痛感した。
為政者万々歳である。

もし、本気で障害者運動で世の中を変えようとするのなら、まずこの分断をこそ変えなければならないのではないか?と俺は思うのだが、どうだろう。
それが運動側のすべき努力なのではないか、と。

まあ、そのどちらにももうあまり参加せずに、外からこうやってモノを言うのはどうかとも思うけれど、でも、そういう「狭い視野」が俺はとてもイヤなのだ。
だから、参加したくなくなる。


ちょっと前に、昔の仲間に声をかけていただいて参加した映画会は、人も入っていなかったし、正直、盛り上がりに欠けるモノだった。
挨拶があって、映画、映画が終わったらなんとなく終わり。
しかもその挨拶が、何も心に響いてこない。
ただ原稿を読むだけだったら、もう配っちゃえばいい。
原稿に目を落として挨拶をして、市丸たちに伝わると思ったら大間違いだ。

映画の画面はアスペクト比が違うから縦長だし、字幕は切れてるし、正直、映画を大事に思ってない映画会だな、としか思えず、最初の5秒で見る気が失せた。
一緒に行った連中がいなかったら、5秒で席を立つところだ。

それでも、親なのか、職員なのか、一生懸命丁寧にチケット販売をやっていたり、入り口で「こんにちわ」とか言ってくれるんだけど、そこじゃなくて、映画そのものをなんとかして欲しかった。


この「素人が一生懸命やってます」というのは、悪くないし、それでいいとは思う。
けれど、映画会なら映画会の、講演会なら講演会の、それを「来た人にもっと楽しんでもらおう」という、技術的な側面だって、必ずあるはずだ。
それをエンターテイメント性、という風にくくるのは、正直おおざっぱが過ぎるけれど、まあ、表現上そうしておくけれど、そのエンターテイメント性に全くかけるのだ。

俺は、まず会議だろうが講演会だろうが、イベントである以上、そこに時間を割いて集まる人がいる以上、その来た人に満足してもらわなきゃいけない、って思わなきゃならないのではないか?と思うのだ。
じゃないと、それは「動員」なんだよ。

ウチのライブに親は来てくれるな、というのはうちの親御さんにはずっと言ってるんだけど、まあ、ロックに親がついてくる、なんてのはもう話にならないというのはあるけれど、同時に、それって確実に動員につながっちゃうから。
他の団体だと、「一家族5枚買ってください」なんて言われるらしいから、もうそんなのやらなきゃいいのに,としか俺は思えない。

来た人に満足してもらって、次もまた足を運んでもらう。
どうエンターテイメント性を確保するか、というのが、実はとても重要だったりする。
その広がりが、俺たちの思いを確実に広げてもらえると思ってるし、ひいては社会を変えていく力になるかもしれない可能性を秘めていくことになる。
と俺は信じている。

「一家族5枚」などという、「動員」では世の中変わらない。
それは、右翼団体が、右派のデモの人たちに日の丸の旗を配って振ってください、と言ってるようなもんで、そんなの正直、デモでも何でもない。
動員だろう、それは。
じゃなきゃ、旗など人数分用意出来ないよ普通考えれば。

それと同じことを、今でも障害者団体はやってる、ってことなんだよね。
それでよく右派を批判出来るもんだ、と俺は思うんだけど。


バンドで言えば、ウチも最初は来てくれる人は少なかった。
今やっと、ライブハウスとかにも失礼がないくらい見に来てくれる人が増えてきて、お客さんの数の心配はしなくてすむようになった。

それはいつも考えていたんだ。
「来た人にまた来てもらうためにどうしたらいいか?」ということを。
だからいつもそれに頭を悩ませ、ライブ前には眠れない日を過ごしてきた。


俺たちに必要なことは、市丸たちが安定して暮らせる社会だ。
それは今、そうなってないから、そこをめざしている、ということだ。
それは社会の変革であって、その変革をもたらすのは、動員による関係者の集団だけでは足らなくて、一般の人の「賛意」だ。

今、さいたま市には数千世帯のにじ屋への品物の提供者がいる。
たとえ話をすれば、もちろんそんなに簡単な理屈ではないが、もし、それが100万になれば、我々の思いは社会を動かす可能性を持つ。

逆に言えば、そこをめざさなきゃ行けない。
一般の、隣の方が、にじ屋に来てくれて、初めて世の中は動く可能性を得る。

それには、まったく関係者じゃない人に「また来たい」と思ってもらわなきゃならない。
いや、それが実際の話、とても難しいから、俺たちも必死に考えている。


先日行ったイベントが、自分にとって居心地が悪かったのは、おそらくその「必死」の方向性が俺の描いているモノと違うからだ。
そして、でも、俺がそう思うようになったのも、彼らと過ごした日々があったからであるので、それにはとても感謝している。





(BGM:青山ミチ「夢の超特急」fromYOUTUBE)
→ま、新幹線の歌なんだけど、新幹線とは目はあわんよな…、なんてそんな野暮なことを言うもんじゃない。
昼は銀座、夜はなんば、って日帰りできるようになったんだから。
「恋のダイヤは誰が組む~」
…お前で組め…。
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専従募集


先日、アキの誕生日がありまして。

ミツが「なんかしたいんだ!」と盛んに言っておりまして。
メールもバンバン来る。
2週間くらい前からそんな感じで。

飲み会、ってのも普通だし、プレゼントも普通。
そういうのじゃなくて、もっとびっくりしてくれるモノ、というのがミツの思い。

ま、誕生日なんてのは普通でも嬉しいもんじゃないかと思いますが、それ以上のことをしたいんだ!というのがミツの言葉から溢れてくる。


ミツは、養護学校の高等部の時に実習に来て、最後の日に、「学校やめて明日からここに来る」と言った男。
今になって、その理由を、「アキちゃんと話せて楽しかった、ってのがあるんだよな」と言います。

実際その当時どうだったかは、もう忘れちゃったしわかりませんが、俺とアキが再婚して、ウチに来るようになったりもして、「佐藤さんがアキちゃんと結婚してくれてよかった」と本当に喜んでくれているのはよくわかる。

俺自身はそんなに変わってないと思うんだけど、前の結婚の時はその当時の家に来てくれたりはしなかったし、飲みに行こうなんて誘ってくれることもなかったから、アキと再婚してそういう状況になった、ということなんで、それはやっぱりアキの某かが作用しているには間違いない。

ま、そんな愛情が、ミツから溢れているのがわかる。
2週間も前から、なにかできないか?というのは、なかなかないことだ。


とはいえ、どうしたもんか?というのは俺も悩みました。
プレゼントも違う、パーティーも違う、となると、もう基本手がない。
それに、まあ誕生日は来年もあるわけだよ。
今年ハードルを上げてしまって大丈夫なのか?という気持ちもあったり。


で、まあ時ちょうど、ミツの家に棚を作ると言うことで、それが完成する、と。
なっちゃんが休みの日に手伝いに来てくれていて、あ、彼女はウチを辞めて、今はテレビの大道具を作る仕事をしてるんだけど、それが完成する、と。
そういうのがありまして。
まず、なっちゃんにありがとう、なんですが。

そこで、アキに「棚を見に来てくれ」というのはどうか?となったんです。
そこに、実は見てもらいたいのは棚じゃなくて、「アキちゃん誕生日おめでとう」のデカイ文字だったら、面白いんじゃないか?と。
きっとびっくりするよ!、となりまして。
ミツも「それいい!」となって。

やっぱ、お金じゃないし、お金をかけるんじゃなくて、なんかびっくりさせるモノって、そういうアレだよな、とかも思って。
ミツに車プレゼントされてもなあ…、とかね。


で、デカイモノを書くわけだから、どうしましょう、となるわけですが、俺もなんか付き合って作らなきゃダメかな、とか思ってたんですが、ミツからその具体的な相談がないまま数日前まで期日は迫ってきまして。
俺の中では、「あの日にこれやって、これ使って…」みたいのがあったんだけど、ミツに聞いたら「できてる」と。

どうも、休みの日に時々市丸の家に泊まりに来てくれている近藤さんに付き合ってもらって作ったらしい。
でも、基本、ミツ一人で、ということのようで。

それを、前日に俺は見たんだけど、いや、もうすごい迫力!
これはすごい!
いや、もう感激しまして。

でも、そこで携帯で写真を撮ったりしてしまうと、アキが夜とかに何らかの都合で「ちょっと携帯貸して~」なんてことがあるとまずい。
ま、ウチではよくあることなんで、そういうの。
だから、そこではぐっとこらえて。


しかし、まあその日はアキの誕生日当日。
アキはまあ、数日前から、「ミツが見に来てほしいっていうけど、その後どうなるわけ?」「見るったって、すぐ終わるじゃん」みたいなことを言ってて。
「ミツはなんて言ってるの?」って俺に聞いてくるわけです。

ま、実はその週、ウチに夕メシを食いに来たいとコバたちがアキに言ってて、いつ来ていいか、を考えたりもしてて。
その日しか夜が空いてなかったりしたんです。

そういうのもあったから、アキとしては「予定をハッキリさせたい」ということだったらしいんだけど。

けど、俺は言えないわけですよ。
「見てほしいのは棚だけじゃないのだ」って。

いやあ、隠すってのは難しいものですな。
いやはや。

前日の夜中にミツからメールがあって、「明日だけど、家に来てもらって終わりとは思ってないからね。その後駅に飲みに行こうと思っています」と。
なかなかに力が入っておる。

そして当日、まんまと棚を見る気で来たアキは感動でしたね。
「なんだよ~」とずっといっておりました。
そして、ミツの思っています通り、飲みに行ってまいりました。





(BGM:The Shaggs「My Pal Foot Foot」fromYOUTUBE)
→いやいやいや、これはマジなの?
もしかして逆にすげえうまいの?
なんかすげえ気になるよ…このばらんばらん…。

ごめんね


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おそらく、自分は何も変わってないんだけど、昔いた人たちにしてみたらずいぶん変わって見えるんだろう。
そりゃそうだ。
枝葉は生まれかわる。
そう考えると、枝葉しか見せられなかったんだな、と後悔する。

三十年もこんなコトをやっていたら、行きすぎた人もたくさんいる。
悲しい別れになった人も多いし、その後も細々とつながってる人もいる。

時30年前というのは、バブルが弾けそうな時で、基本、今に比べりゃ、景気は隔世の感がある。
夜中まで人は元気だったし、ちょっとがんばればみんな正社員で就職もできた。

しかし、当時、とにかくこの仕事には金が来なかった。
だから、給料がなかった。
バザーの売上げで給料を払う、なんてことが現実だった。

世の中が好景気であっても、オレたちにその恩恵はなかった。

といっても、世の中が好景気であったから、ポンと200万の入った封筒をもらったこともあった。
そういう意味では、救ってくれる人もいた。

オレたちは、そんな中で、「自分たちは必死だ」「自分たちは苦労している」ということを、どうしても旗印にしがちだった。
そこに自分の存在意義を見いだしていた。

今になって考えれば、そんなのはクソだ。
健体者の苦労の上になんか、障害者が「あたりまえに」生活なんかできるはずがない。

でも、それは、心酔しやすかった。
だから、そういう思いを共有する人が集まって、とりあえずなんとか毎日は回っていった。

こちらは捨て身の野武士だから。
行政交渉も怖いモノなんかなかった。
策なんか労しないで、ただ、「要求が通らないなら帰らない」と開き直った。

その結果、今の浦和市がある。
というか、今はさいたま市。
そうやって、当時的には介助料が全国トップレベルにまで上がって、ある程度の金額の給料が払えるようになった。

けどね、その時から、おそらく、やっぱりその「がんばってることを存在意義」にしちゃいけなかったんだよね。
転換すべきだってことを、みんなで共有できなかった。

簡単に言うと、自分の犠牲の上に誰かが幸せになる、なんてことは、映画ならともかく、日常的にはありえないんだよ。
しかも、生きていて、一緒に活動していたらなおさら。

しかも、時代は不景気に一気に突入。
俺の給料は、一般の企業に非正規で出向してる人をぬいてもいた。
そんな状況で、「自分が犠牲なんだ!」なんて思いは、ちゃんちゃら現実的じゃなかった。
こうなると、その感情に心酔していた人はなんとか「自分を追い詰めよう」としてしまう。

それじゃダメだったんだよ。

俺はそのアタリで、いやその前から、それを回避する方に舵を取りたかった。
けどね、一度「雰囲気」としてできあがったモノを変えるのは、そりゃ時間もかかる。
そんな中で、ずっと一緒だった近しい人ともよくぶつかった。
彼らの存在意義を否定するつもりはない俺の言葉は、やっぱりでも否定でしかなかった。
そんな人たちは専従を辞めたりもした。

何が大切か、というと、「結局、しょうがねえんだ」「できることしかできないんだ」ということで。
一番最初、本当に専従が二人で給料5万円(月給です念為)だったりしたときは、確かにそういう感じではあったんだけど。
弱小すぎて。

しかし、人が増えると、そのぶん、できることは確実に増えてしまう。
葉っぱが一気に広がった、というか。
増えてしまう、ってのもおかしいけど、上を目指す、やれることを増やす、目指して目指して、って部分だけが新しく職員になった彼らに課されてしまったように思う。
大事なのは、「ダメだったら、笑って次!次!」って言うことだし、そこが一番大事だったのに。
その、前半部分だけしか、きっとその当時の若い子には伝わらなかったんだな。
いや、自分がそういう雰囲気をまとっていたのだと思う。

それを戻す作業を、この10年くらいやっていた気がする。
それは、自分がしでかしたことだから、自分がしなくちゃ、と思ってきた。

ま、先日、懐かしい人、複数人と会ったり、いろいろやりとりしたりして、「あ、俺は伝えられてなかったな」と改めて思ったんだよね。
この人は、まだあの時のママだ、というか…。
枝葉も生えかわっていない、というか…。
申し訳なかったな、というか、なんだろう。
複雑な思いだった。

同時にカズミがなんかちょっと書いてくれていたのが嬉しくて(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4457.html)、まあ、ちょっと思ったというか。

自分は幸せになってもいい。
幸せになるべきだ。
だから、俺は今、幸せだと思うコトは、表現しようと思ってる。
でも、彼らは、幸せを、自分がおそらく意識しないところで回避しちゃってるのかな、とか、ちょっと思ったり。
彼らからみたら、今の「幸せそうな俺」なんかは、どうにもうまくはまらないのかもしれない。

自分が悪いのはもう悪いんだけど、時代もあった。
今の全体が沈んでる不況の中では、「俺が不幸を背負って」なんて口が裂けても言えないもん。
いまだにそこから抜けきれない他の職員や関係者の人たちをみたりすると、ちょっと「時代を読み違えてるよ」って思ったりもする。
タイプが古い。
…振り返ってそう考えると、まあ、当時はいろいろな団体、そういう人が多かったような気もする。

…って怒られるな。
俺なんかと同じにしてごめんなさい。
先に謝る。







(BGM:「ヘドラマーチ」fromYOUTUBE)
→ゴジラの挿入歌なのかな。
ものすごく明るい曲調と明るい声で、「みなごろし~」「海も魚も全滅だ~全滅だ~」って言われちゃうと、もう敬服するしかないですな。
これはイイ。

人のため その2(ラスト)


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専従募集


http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4457.htmlのつづき


人のため、ってのは、まあ自分のためでもあるわけです。
自分が生きていくための糧、というか。
同時に、人が人のため、ってのは、他人が自分のため、ですから、という意味でも自分のためだよな、と。

世の中には、「自分さえよければいい」という人もたくさんいるし、そもそも、自分の今の感情を表現することが、どういう風に回りに影響していくか、とか、そういうことを考えない人も多い。
ヘイトスピーチ、なんていうのも、その一つかもしれない。


市丸やカブキもそうなんだけど、他の施設から来た人たちは、最初、とにかく「自分を通すことだけ」しかアタマにないように見えます。
他人の状況は目に入らず、とにかくやりたいことを「叫び続ける」という。
文字通り、カブキなんかは叫び続けていました。

でも、集団にはルールがあるし、そもそも社会にもルールがある。
やって欲しいことを主張することは大事なことだけれど、では、あなたは他人のやって欲しいことをどう受け入れていますか?という事において、まったくなんの学習もないように見えるんですね。

「昼を食べたい!」といくら言っても、やっぱり自分の昼の時間にならなきゃ昼飯のタイミングではない。
みんなで食べる大皿の料理を、とりあえずみんなが喋ってる間にぺろりと食べてしまったりもする。

こうしたことを、「知的障害者なんだからしょうがない」というのであれば、やっぱり彼らが「地域で暮らしたい」などというのは戯れ言なんじゃないか?と思うんです。

実際、他の連中は、それができている。
他の施設を通った連中だけですね、こういう反応は。
だから、できない、と断じるにはちょっと早計ではないか。


施設において、障害者が「利用者」と呼ばれて、その人たちの意向をくんでプログラムを組もう、そういう取り組みをしよう、というのは悪くないし、当然そうあるべきだと思います。
しかし、それがどっか、逆に「仲間作り」をしにくくもしてるんじゃないか?とも思います。

つまりこういうことです。

して欲しいことを、職員にぶつける。
職員は、利用者が言ってるから、とそれを実現する、ということを繰り返していると、その利用者にとって、職員は必要な存在だけれど、回りの他の利用者は関係なくなっちゃうのではないか?という。


でも、やっぱり、地域や社会というのは、様々な集団で構成されていますから、例えば家族もそうだし、会社もそうですね。
なんかのサークルでもそうでしょう。
そういう場所というのは、職員がいるわけじゃなくて、その利用者、が横にみんな並んでいるわけです。

その中で、自分の意向を通すというのは、他の人の意向も受け入れなければならない。
そのために、「ココは一度自分の意向を引っ込めよう」ということもあるわけです。

その「感じ」を少なくとも感じられれば、いくら意向を主張しようが、逆にそれは素晴らしいと思うんですけど、どうも、そうならない。


「障害者に優しくしましょう」ということと、「障害者が主体者であるべき」というのは、ちょっと意味が違ってきます。
「当事者主体」なんてことを、多くの障害者団体が言いますが、それは、「障害者の主張がすべからく通る」こととは違うのではないか、と俺は思うわけです。
逆に、全ての意見が通るのは、主体ではなくお客さん、なんですよね。

前回書いた老人ホームの話でもそうですが、結局、老人のみなさんが主体と言うより、老人のみなさんを「お客さん」にしてしまってないか?ということなんですね。


「利用者」として、施設の中で障害者の意見を尊重する、というのは、どこか「消費者的観点」です。
日常使われる、障害者は利用者です、というのは、「お客様は神様です」という言葉を凝縮しているようにも見えます。

でも、それは、あくまで「お客さん」ということが前提である以上、それだけでは主体にはなれないのではないでしょうか?

人の生きる場所、において、「消費者的観点」は相容れないように思います。
家族の中で、消費する人、買う人、与える人、という風に役割を分けて考えるのは難しいですよね。
もちろん、子どもが小さければ、それは子どもは受けるだけでしょうが、それはいつかその関係も変わっていく。
ずっとそのまま「与えられる側にいる」ことはないんです。


そう考えた時に、この「人のために」という、ごく普通の、ごく簡単な視点に、我々はもっと注目すべきじゃないか、と思うわけです。






(BGM:コンセントピックス「顔」fromYOUTUBE)
→「あんたはいい人だけど、顔が嫌い!」
ま、こういうことってままあるから、ブサイクは哀しい。

人のため その1


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ちょっと前にカズミがこんなことを言ってまして。

人は、やっぱり、他人の役に立たないと生きてる実感?みたいのがもてないんじゃないか?って思って。
この前実家に帰った時に、おばあちゃんが、まあちょっとボケてて。
やっと育ってきた庭の野菜をキレイにみんな刈っちゃったり、洋服とかもタンスにしまえなくなったり。
でも、まあどっか「ボケてしまった」ということはわかっているようで、「それ違うじゃない」なんて言われても、「そうかそうか」って、なんか反論するとか、キーキーするとかはまったくなくて。
それでも、家の中のいろいろなことをやろうとするんだけど、でも失敗しちゃって、怒られて…。
みたいな感じだったんだけど。
そしたら、ある晩に、もう台所も洗い物が終わって、そんな時に、おばあちゃんが一人でシンクをこすってたんですね。
聞いたら、「私がみんなにできることはこのくらいしかないから」って言ってて。
それを聞いた時に、やっぱりおばあちゃんも家の中のみんなの役に立ちたいんだよな、ってあたりまえのことを思ったんです。


…泣く。
思い出して書きながらまた泣いてしまったじゃないか。

いや、これ、そうだな、って思うんです。

老人ホームで、みんなで誕生会しましょう、誰かがなにか出し物をしてくれます、みたいのがありますけど。
…それも楽しいとは思います。
でも、「やってもらうばっかりで」というのは、どっかご本人たちに募っていってしまうのではないか、と。

自分がみんなのためにできることはないか、って、やっぱ人は考えるんじゃないか、と。


そんなことをまあ彼女の話を聞いて思ったんですけど。
彼女は、そのことを経て、機関紙にこんなことを書いていました。


 虹の会では、「できないことはできない。それぞれができることを頑張ろう」「自分のことより人のこと」ということを、みんなでよく言い合います。これらが、今の私にとってとても支えになっているということ。そして、これらは障害があろうがなかろうが社会の中で生きていく人間にとってとても重要なことなんじゃないかということ、そのふたつについて書こうと思います。

 私は鬱になって、できることが減りました。
 にじ屋で接客することが厳しくなりました。それから、朝から晩までカブキたちと一緒にいることが厳しくなりました。そのふたつができなくなったことは、専従である私にとってはとても大きな事です。
 専従としての役割は、カブキたちとどれだけ一緒にいられるか、というところに大きく寄っていると思うからです。
 では今何をやっているかというと、カブキたちがにじ屋へ向かった後の無人の事務所へ10時頃行き、品物の値段付けをします。それから他の人に比べて得意な機関紙編集を、多めに引き受けます。あと、わりと得意な、ビラやポスター作りをします。そして、カブキたちがにじ屋から戻ってくる前に、ひとりで帰ります。

 品物の値段付けや機関紙編集は、鬱になる前の私にとってはただの作業でした。でも今の私にとっては、他の専従がフリーになる時間を増やすためにやること、という感覚になりました。
 「やらねばならないこと」に追われて、カブキたちと向き合う時間が取れないまま1日が終わってしまうこと、それは実際以上の疲労感につながります。私自身が鬱になる前、そうでした。だから今は、他の専従たちにその時間が作れるよう、私は「やらねばならないこと」の方を片付けていこう、と思っています。

 「できないことはできない。それぞれができることを頑張ろう」。そう言い合う虹の会では、みんなと一緒にいることができなくなった私を、責めるような雰囲気はありません。じゃあ新田さんに「できること」をやってもらおう。
 私は今も、この場所で必要とされていることを感じられます。鬱になる前と後とで、その中身は変わったけれど。

 何をするか迷ったときは、「何をしたらみんなの役に立つだろう?」「何をしたらみんなが喜んでくれるだろう?」と考えます。それをしなければ、できることが減ってしまった私には、この場所にいることがとても心苦しいからです。
 「自分のことより人のこと」。それは今の私にとっては、自分がこの場所に気持ちよくいられるための術です。

 そしてこのことは、カブキたちもきっと同じだと思うのです。
 障害があっても気持ちよく社会の中で生きていけるためには、できないことに目を向けるよりも、その人に何ができるのかに目を向けること、そしてできないことが多いからといってお世話をしてもらうだけでなく、自分が誰かのためにできることはなんだろうかと考えること。お互いが必要としあっているのだということに気づくこと。必要としあうことで成り立つ集団、社会であるということに気づくこと。

 そして、私はこういうことを認識して言葉にすることができます。でも知的障害のあるカブキたちにはきっと難しい。だから私は、あなたにもできることがあるのだということ、あなたにも誰かの役に立てることがあるのだということ、それを彼らの目の前で現実のものにして見せてあげたい。そう思います。
 そうしたら彼らは、障害があっても、もっともっとこの社会のなかで気持ちよく立っていられるのではないでしょうか。


続きます






(BGM:西川きよし「子供が三人おりますねん」fromYOUTUBE)
→子どもが三人、子どもが三人…、という冒頭のコーラスが素晴らしい。
というか、なんでこのレコードを企画したのか、ということですよね、そこがなんとも不可解。

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