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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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専従募集


(創作です念為)


君子は小学校の頃から先生に厳しくいわれてしまうタイプだった。
多少のいたずらでも笑ってすます先生も、君子がちょっと消しゴムのかすを床に落としただけで大声で叱責した。
それでいて君子は先生の言うことは聞かなきゃいけないと思ったから、素直に従った。

おちゃらけた男子生徒がふざけて他の女子生徒の鉛筆などを隠してしまうと、烈火の如く怒った。
そんな時、大騒ぎになって、きまって君子が先生に怒られた。
鉛筆を隠された女子も、どこか笑っていて、君子をかばいもしなかった。

君子は服装に気を使わない子だった。
それは大学に行っても変わらず、毛玉のついたセーターをいつも着ていたし、ちょっとふっくらしたその体型にはおおよそ似合わないぴったりしたズボンにシャツを入れたりしていた。

でも、君子はマジメだったから、授業もサボらないし、ノートも完璧だったから、他の生徒からは最初は頼りにされた。
けれど、正義感の強い君子は「授業も出ていない人にノートは貸したくない」と拒否。
いきおい、大学の仲間からも浮いた。

そんな君子だけれど、かといって成績がいいわけでもなかった。
つまりは、要領が悪いのである。
なにを覚えて、なにを捨てればいいのか、がわからなかった。

それでも、授業には出てるわけだし、先生からのウケがいいか、というとそうではなかった。
小学校の時と同じように、先生はよく君子を叱った。

ゼミの時だった。
とある地方の歴史を調べるという発表の時、君子は細かい字でびっしりと図書館で調べたことを書いたレポートを提出したのだが、それは確かに努力の跡は見られるモノの、的外れだった。

それでもまあ、努力したんだからしょうがないわな、君子だし、とゼミ生は思ったのだが、先生は、それを徹底的に指摘した。
その指摘は、細かい、本論にあたらない部分にまで及び、ゼミのほとんどの時間を費やす結果となった。

他のゼミ生も、「もうそのくらいでいいんじゃないの?」と思ったが、それを君子は黙って聞いていた。
その表情は、泣くでもなく、怒るでもなく、それがまた他のゼミ生を不安にさせた。

彼女は、大学院に進んだ。
というか、就職ができなかったのである。
けれども、就職浪人するのは彼女のプライドも許さなかったのだろう、と他の同窓生は思った。

しかし、大学院に進んだところで、彼女の「要領の悪さ」は、治らなかった。
が、君子が大学院を出る頃はまだバブルの余波があった。
大学院を出たということを買われて、教授の紹介でとある図書館の司書となった。

彼女はそこでも真面目に働いた。
要領が多少悪くても、そもそも人数の少ない職場だったから、まわりにはそんなに影響しなかった。

世の中はバブルが弾け、図書館の司書という仕事は役所の正職から、派遣扱いとなった。
彼女はそこでこのまま続けるかどうかを一応考えはしたが、そのまま続ける決断をした。
というか、彼女はどうやったら他の仕事に就けるのかがよくわかなかった。
そして、彼女には他の仕事に就く相談をする相手がいなかった。

彼女の部屋は、大学の時から同じアパート。
六畳にキッチンがついた狭いところで、手入れがあまり必要のない観葉植物を部屋に置いていたから、なお狭かったが、その部屋には自分以外の人が上がったことはない。
自分一人が寝るだけの部屋だから、そんなに不自由はなかった。

その生活を、もう彼女は15年近く続けていた。

近所に住む大屋さんのお婆ちゃんはとても優しく、彼女のことを見かけると必ずあいさつをしてくれた。
けれど、そこの息子は、みかけるたびにいつも君子を蔑むような目で見てきたが、君子も彼には興味がなかった。

2年に一度、自分を担当してくれた大学の教授の集まりがあって、そこに君子は必ず出席した。
大学の頃に着ていた毛玉のセーターを着て、当時と同じ丸い大きなサイズのメガネをかけて。
君子はこぎれいにはしているものの、服装に無頓着なのだ。
他の同窓生はそれを知っているから、もうなにもいわない。

彼女の近況報告は毎年変わらなかった。
彼女の中では、なにか細かい変化はあるようだったが、それは他の同窓生から見ると、なにが違うのかわからなかった。

結婚した、転勤した、子どもができた、そんな話に花が咲く同窓会の中で、彼女の存在はかなり浮いていたが、彼女自身がそれに気づいてなかった。
同窓生の中には「あの子、どうして毎回来るんだろう」といぶかしがる者もいた。

というか、君子にはスケジュール帳に書き込む予定がなかったのだ。
誰かとどこかに飲みに行くこともない。
仕事のパートナーの女性二人はそれぞれ家庭があり、飲みに行く雰囲気はないし、やることといえば、買い物と好きな本を買って読むこと。
彼女の家にはテレビもなかった。
聞けば、小学校の頃から家にはテレビがなかったらしい。

彼女が40になった頃、彼女の後輩にあたる大学院生だった優子と駅前でばったり会った。
今日ヒマだから、お茶でもしませんか?という優子の誘いを君子は断らなかった。
特に今日もすることはなかったからだ。

そこで話は盛り上がらなかった。
優子は、ちょっと話を盛り上げようと自身がいま不倫をしていることを君子に話したんだが、君子は「そんなことはやめなさい」というだけで、話は終わってしまった。
静寂の中、二人はイイ時間で喫茶店を出た。

君子は今、50になった。
彼女はそのままあのアパートに住んでいる。

大屋のお婆ちゃんや、ちょっと会話を交わせる人はいるし、時々思い出したように、同窓生に電話をすることもある。
けれど、彼らは、彼女と深く付き合うことを避けた。
そして、避けられていることを彼女は気づかなかった。

彼女の人生には、なにも起こっていない。
朝図書館に出かけ、買い物をして帰ってくる。
寝て、また起きて図書館に出かける。

でも、彼女はそれ以上のことを望むことはなかったし、処女であることにも疑問はなかった。
時々、劣情のようなモノが涌いてきて、自分の股間に手を滑らせる夜もあったが、それはそれで満足して次の日を迎えた。

とりあえず、一人が慎ましく食べていくだけのお金はもらえているし、年金も払っている。
それ以上になにが必要だろうか。

だって、君子は正しく生きているのだ。
そして、その生き方こそが、教師や教授が恐れていた未来だったことに、彼女は気づかなかっただけだ。




bakagann.jpg

(BGM:Mad Caddies「Leavin'」from「Fat Music volume 6 Uncontrollable Fatulence」)
→この曲はこのコンピの中でも異色なんだけど、いや、センスいいよね。
いきなりカントリー調で始まったかと思いきや、いつの間にかパンクになっている。
と思ったら、なんだかリパブールサウンド風?に変化してたりして。
全編にわたるホーン隊がなかなかかっこよくて、これはただ者じゃないわ。
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4/23津田沼に来てね① ★ 「ストッキングが伝線してる」


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専従募集


4/23(火)は千葉の津田沼でスーパー単独ちんどんとして弾き語りをします。
ぜひ来て欲しいと思っています。

moutokulitt.jpg

occhi.jpg

2019年4月23日火曜日18時~
津田沼 Mediterraneo


というわけで、この日に向けてちょっと新曲を考えています。



(未完成曲のプロット①)

会社を飛び出て駅まで走る
ストッキングが伝線してる
気づいているけど、もう時間がない
保育園に急がなきゃ

ウチの子は、他の子とちょっと違う
ごめんが言えない
ありがとうが言えない
他の子のおもちゃをすぐに取っちゃう
気に入らないと叩いちゃう
先生の話も聞かないでずっと外にいたりするって

再来年は小学校なのに
このままでだいじょうぶなんだろうか

最初は「私たちも目が届かなくて」って言ってた保母さんの言葉も
最近は「困るんですよね」に変わってきた

他のお母さん達の目も痛い
乱暴な子、って
ちゃんと育ててるの?って
お母さん達の目が私に言う


朝早くに起きるよ
洗濯も干さなきゃいけないし
息子の弁当も作らなきゃいけない
そしてトーストだけでも朝ご飯も食べさせなきゃ

まずは息子の保育園
家を出てから、また昨日と同じ服を着てしまった自分に気づくけど
でももう時間がない
信号待ちの数分の間に鏡を見る
白髪染めの代わりにと染めた髪はずいぶん先っぽに行ってしまったな

なにせ、通勤に1時間以上かかる
それでもやっと見つけた職場だから
拾ってくれた社長さんには感謝してる
社長のためにも遅刻はしたくない
それでなくても、保育園に呼び出されて早退することも多いから

そうだ昨日の晩は眠たくて連絡帳を書き忘れちゃったから
急いで書かなきゃ
保育園に着いてからあわてて書く
保母さんの目が痛い

夕飯を作って、食べさせるけど、息子は偏食
いろんなモノを食べさせなきゃと思っても
時間がない
身体がついていかない
仕方ない
今日もスパゲティにしよう
息子は麺類なら一人で食べてくれる

しょうがない今日だけ
しょうがない今日だけ


息子は風呂は好きだから
私はとても助かる
でも、隣に寝てやらないと、いつまでも起きてる
いつまでも起きてられると台所も片付かないし洗濯物もたためない
だから、一緒に横になるけど、たいがいは私も寝てしまう

夜中の2時頃に目が覚める
持ち帰った仕事がある
残業できない分、がんばらなきゃいけない
そうは思うけど
眠さには勝てない

でも、明日の弁当のためのご飯だけはセットしなきゃ
泥をかぶったように重たい身体を引きずってそれだけはやろう

これ以上保母さんの目が怖くならないように


残業をしない、仕事を持ち帰らない、というのだったらラクだけど
そうなると、給料がガクンと下がる
それではこの子を育てていけない
それでなくとも、この子の将来を考えると、なんだかお金は必要な気がする

この時間になると
毎晩涙が出るよ
この子と二人で、私はやっていけるだろうか
この先ずっと
やっていけるんだろうか






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moutokulitt.jpg

occhi.jpg

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(BGM:Orquesta De La Luz「Salsa [私はピアノ]」from「COVERS !」)
→何語なのか、スペイン語?
このカバーはいいですね。
カバーがカラオケと化していない。
名カバー。

エイプリルフール


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けっこう前の話だけれど、友人と車を使って地方都市に旅行に行くことに。
けど、我々4人が待っていた集合場所に現れた、大学時代の山下先輩が運転してきた車は軽。
おいおい、と思ったけど、まあしょうがない。
合計5人だから、無理矢理後部座席に3人座る。

トランクにはスーツケース。
まあもう車の中は座席からトランクまでパンパンである。

ホテルについて、エントランスのロータリーに入る。
少なくとも一周回りきらないうちにホテルの入り口に着くのが通常だが、なぜか車はクルクル回ったままホテルの入り口にはたどり着かない。
ギュウギュウの座席でクルクル回っているのはなんだか変な気分だ。

僕は後部座席にギュウギュウと座っていて、体が思うように動かず、前方の様子がよく見えない。
が、とにかくクルクル車は回っていて、なかなか到着しないのである。

運転している山下先輩というのは、とにかく久しぶりに会った。
当時から、ちょっと天然なところがあって、研究者さながらの、なんというか、浮き世離れしたところがある。

だから、ホテルの入り口がわからなかったのかもしれない、と思った。
彼なら、「どこが入り口だ?」なんて言いながら、入り口を見つけられないままロータリーをクルクル回るのもなんだか、「らしい」気もした。

が、身動きできない車内でクルクル回るのは、あまり気分のいいモノじゃない。
そんな状況なのに、僕の両隣の友人は何も言わない。
「先輩、まだですか?」みたいなコトを言ってもいい場面なんだけど、なぜか言わない。
僕もなぜかそれを言い出す気分にならない。

ただ、みんな荒波にもまれるまま、ギュウギュウ、クルクルしているだけである。
しかし、ガマンにも限界というモノがある。
「もういいかげんにしてくれ!」、と思った時、ホテルの入り口に着いたのか、車は止まった。

そしてドアが開いてみんなが降りる。
確かにホテルの入り口だった。

僕はトランクを開けてスーツケースを降ろそうとするんだけど、誰一人手伝わない。
みんなホテルの入り口からどんどん中に入ってしまう。
「おい、なんだよ!みんなの荷物だろう?」と声をかけると、「あ、そうだった」という顔をして戻ってきて、みんなで荷物を降ろし始める。

各々荷物を持って、ホテルの受付に着くまでの間、「車、軽だとはね。ギュウギュウだったね」と話しかけると、「だよねえ」「ギュウギュウで身動きとれなかったよね」と、みんなもそれについてはウンザリしていたようだった。

「でもなんでホテルのエントランスでクルクル回ってたんだろう?」とオレがたずねる。
すると、みんなポカン、としている。
「え?クルクル回ってたじゃない」と言うのだが、要領を得ない。
なんだかオレの勘違いだったんじゃないか?とさえ思ってしまうほど、みんなはクルクルについて覚えていないようだった。

なんか判然としないまま、ホテルのチェックインカウンターへ。

そこで僕は気づいたのだ。
当の運転手、山下先輩がいない。
車でも駐車場に回しているのか?

「ねえ、山下先輩どうした?」とオレが聞くと、「え?」と、またみんなの反応はさっきのクルクルと同じだ。
あげくに「山下先輩なんか一緒に来てないよ」と仲間の一人が言う。
「なに言ってんだよ」と、また他の一人の仲間が笑う。

「え?」
「だって、山下先輩が運転してきたんじゃないか」
「山下先輩が運転してきたのが軽だったからギュウギュウだったんじゃないか!」とオレは矢継ぎ早に多少怒り気味に返すと、みんなはちょっと引いた感じになった。

え?
どうして?
なにがどうなってる?

「だって、あなたが運転してきたんじゃない」と仲間の女の子が言った。

え?
だって、だって、だったら4人…。
軽でもなにもギュウギュウにはならないじゃないか…。

いや、そうじゃない。
問題はそれだけじゃない。
その軽自動車はオレはどこから調達してきたのだ?
オレが車で集合場所にやってきたとみんなはいうけど、オレは車など持っていない。
オレは集合場所にみんなと待っていて、確かに山下先輩が乗ってきた軽にみんなと一緒に乗ったのだ。

みんなが言うことが事実?
オレの記憶がオカシイ?

いや、まてよ。
確かに、山下先輩というのは、オレの大学時代のゼミの先輩で、他の3人の仲間とは直接関係のない人だった。
そのことに、オレはここまでなんの疑問も持たなかった。
おかしい。
確かにオカシイ。

なぜ、山下先輩が来たのだ?
あれ?そもそも4人で旅行に行こうと言ってた。
そこに山下先輩が運転する軽が来て、なぜ、オレはそこになんの疑問も持たずに乗ったのだ?
いや、みんな疑問も持たずに、後部座席に3人なんてギュウギュウだって言ってたじゃないか。
というか、みんなギュウギュウだったというのは共通している。

いや、待て。
車はどこに行った?
エントランスで降りて、車はそこに置きっぱなし?
あわててオレはエントランスに引き返した。

そこには確かに乗ってきた軽自動車はあった。
しかし、クルクル回るほどのロータリーがあるわけでもない。

いや、大事なのはそこじゃない。
ホテルの入り口には、進入禁止の車止めが立っている。
鉄骨で組んだ頑丈なものだ。
どうやってこの軽はここに入ってきたのだ?
見回しても、軽が入ってこれるような隙間はない。

振り返ってホテルに戻ろうとした時、ホテルが廃墟であることに気づく。
そして、3人の仲間はその奥、受付があったと思われる場所で、笑いながら話している。

そうか。
彼らはまだ気づいていない。
俺たちが、繰り返していることを。

そうか。
俺たちは、クルクル回っているんだ。
そして、おそらく、未来永劫、運転手を変えて、これをずっと繰り返すのだ。







(BGM:Eldine, Nasri Shams「Mafeesh Foulous」from「Cafe Arabia III」)
→もうなんか、みんな踊り出すアレですね。
なんですかね、う~ん、ミックスがこれでいいんですかね。
でも、ミックスがちゃ~んとしてたら、それはそれで違う感じがする。
というか、逆にすげえこのトラックはいい。
つまり、ボーカルが入ると、なんとなくバックの音がダウンする感じ、というか。

研究男の憂鬱


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(創作です念為)


彼は東京の裕福な一軒家が建ち並ぶ町の、駅から歩いて5分くらいのトコロにすんでいた。
三階建ての、ガレージ付きの一軒家。
車は赤のアウディだそうだ。
奥さんはウェブデザイナーをしていて、時折出社するが、基本は家で仕事をしている。
彼自身は、都内一等地で会社を経営している。
輸入を手がける会社で、社員は彼と三人の仲のいい友人たち
経営は上々。
日曜には社員の家族と一緒にBBQなんかもするらしい。

二人の子どもは小学生だが、そこに通ってくる子たちの親も同じような境遇だという。
IT企業、官庁勤め、証券会社社員、などなど、まあ一言で言えば勝ち組だ。
そして、彼らはそれを甘受し、特に社会に不満もなければ、不安もないように見える。

僕は、そんな彼とはある地方都市の高校で同級生だった。
彼の親は銀行員で転勤族だった。
僕はの親は地元の工場を経営していて。
経営といっても、お袋が事務会計をやっていたような、多い時で工員が三人いるくらいの小さな工場だ。

そんな僕と彼が再び出会ったのは、僕の地元で行われた同窓会だ。
といっても、そんなに人数は集まらなかった。
二次会、三次会、と宴は進み、最後は地元でスナックを経営する女の子の店だった。
そこに残ったのは、酔っ払ってしまった男女と僕と彼、そして、いまだ大学院で研究に没頭する男、というメンバーだった。

いまだ研究にいそしむ男に、彼はとても興味津々にいろいろとたずねていた。
彼にしてみたら、そういう生き方にとても憧れている風であった。
どうしてそんな風に一つのことに没頭できるのか、などの質問に、研究男は気持ちよく答えていた。
アッパーな勝ち組と研究に没頭するヲタク男、まあ普段は交わることない感じの二人と言えよう。
これも同窓会のイイところだな、とか、僕は思っていた。

風向きが変わったのは、研究男が「今気になっていること」、という彼の質問に答え始めたあたりだった。
研究男は、一年前に起きた大震災のこと、特にその震災で壊れた原発からもたらされた放射能について、とても興味がある、と話し始めた。

確かに、あの震災の後、一年経ったが、いまだに人が踏み込めない地域が広く存在し、そこを空撮した映像を見たが、雑草がぼうぼうに生えて、放置された車を飲み込んでいた。
除染と言われる作業によってはぎ取られた表土は、大きな黒いバックに詰められて広い土地に重ねられている。

それらの写真を見て、僕は「死の土地だな」、と思った記憶がある。

研究男は、そんな話を一通りして、いまだに人が入れない場所があって、しかし、政府は帰還をすすめているのはおかしい、と言った。
すぐその隣に巨大な黒いバックが山積みされているのに、そんな場所に人が住めるわけがない、と。
しかも、この地域は山もあり、森林は除染などできないんだから、山から放射性物質は降り続ける、と。
いろいろとデーターを集めてみると、即死とは言わないが、長い目で見ると子どもには多大な影響があろう、と。

すると、それにはまったく興味がなさそうに彼は言った。
「だって、でも政府は安全だって言ってるんでしょ?大丈夫でしょ?」

これに、研究男は口をあんぐりとさせた。
が、気を取り直したように、話を進めた。
震災があった場所は海産物の宝庫でもあった。
日本各地でその海産物は親しまれていた。
しかし、食物連鎖から考えると、その海産物も注意すべきかもしれない、と研究男は続けると、また彼が口を挟んだ。

「考えすぎだよ。だって、政府は安全宣言してるんでしょ?心配しすぎだって」

つまり話がどうにも噛み合わない。
研究男は、政府の安全宣言は正しくないんじゃないか?と科学的見地から話をしているのに、彼は「安全宣言したんだから大丈夫」と言っている。
簡単に言うと、彼は政府のいうことを鵜呑みにしていて、鵜呑みにできない研究男とは、そもそも話が噛み合わないのだ。

研究男もメートルは上がっていたが、逆に彼のその「鵜呑みにする彼」に興味が湧いたようで、静かに、違う話を始めた。
ここまで研究男に興味津々だった彼は、今度は研究男の研究の対象になったかっこうだ。

研究男は、先日あった財務大臣の汚職について触れた。
悪質な汚職で、実際に金を受け取っている音声まで公開されたのに、不起訴になった事件だ。
しかも、その大臣は健康上の理由とかで国会での弁明から逃げた。
不起訴になったのも、どうも政府のトップの息がかかっていたのではないか?と週刊誌には書かれていた。

すると、彼は言った。
「だって、不起訴なんでしょ?あの大臣、悪くないんじゃないの?」

研究男はますます研究心を煽られたようで、にこやかに話を続けた。
その話は、ちょっと前に話題になった、官僚による公文書改竄問題だった。
その件では、文書改竄を具体的に手がけた末端の官僚が、自責の念に駆られ自殺までしていた。

すると彼はまたこともなげに言った。
「え?そうなの?自殺した人がいたんだ…。そんなに気にすることないのに…。だって、やれって言われただけなんでしょ?その人悪くないじゃんね」
「それに、文書なんて、多かれ少なかれ改竄されてるんじゃないの?」

なぜ文書が改竄されたか、彼は知らなかったし、改竄の首謀者だった上司は、その後退職したが、数千万という退職金まで受け取っていることも知らなかった。

それでも、それを知りたいとも彼は思っていないようだった。
「へえ~」と言うだけで、興味はなさそうだった。
貧困の問題、例えば子ども食堂の問題も、彼は「助け合うのはイイコトだよね」などと言っていた。

結局、彼は勝ち組ではあるけど、世の中のことはなにも知らないし、そもそも興味がないのだ。
興味がないから、そもそもなにも調べないし、考える事もしない。

研究男はそのことがわかって、しかもあまりにそれが大人の態度としていかがなモノか、と呆れたようだった。

その辺で、同窓生のママに促されて同窓会はお開きになった。
ママにはそもそもなにを話しているのかもよくわかってないようで、手持ちぶさただったのは僕も気になっていたのだけれど。

帰り際、ホテルに泊まるという彼を見送って、研究男は僕に言った。
「ま、ああいうのが日本の真ん中にいるんだから。そりゃ、日本がどんどん反知性主義に覆われるはずだよな。」
「彼らは、自分が勝ってる認識すらないんだ。みんな自分と同じだと思ってる。だから、貧困層のことも想像できないんだ。」
「五年後の日本のことも、なにも想像できないんだろう。」

「そりゃそうだよな。知性が欠けてるんだから。」

「でも、あいつらが今の日本の真ん中なんだ。困ったモンだよな」

そう言って、研究男は冷ややかに笑った。
僕は日本の未来が急に不安になってきた。





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(BGM:幻覚マイム「Done Dance」from「NG LIVE」)
→トランスレコード。
いやあ、当時こういうの流行ってたよね。
その後、ビジュアル系とかに受け継がれてると思う。

弟の本心 (15日「施設について呑みながら話す会」の宣伝のつもりだったけど、これはどうか?)


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私の年子の弟は、生まれつき身体が弱かった。
毎月2回、遠くの病院に通って、その上毎週近くの病院にも通ってた。
弟は、その通院をいやがって、泣いて親を困らせていて、親も「帰りにデパートによって何か買ってやるから」なんて言って、だましだまし一緒に通ってた。

私は、そんな弟がうらやましく、いや、もう憎らしかったですね。
なんで弟には買ってやって、私には欲しいものも誕生日までがまんしろ、っていうのか。
でもまあ、親の苦労もわかっていたし、弟の身体のことも何となくはわかってたから、口には出しませんでしたけど。

弟は、一応、私と同じ小学校だったけど、ほぼ通えてはいませんでした。
調子がいい時だけ母親が一緒に学校に連れて行っていた、みたいな感じで。
それも、二年生までで、三年生からは、そういう子が入る施設に入りました。
そこでは、弟の部屋まで先生が来て勉強を教えてくれるらしくて。

でも、まあ弟は勉強をする気もないようでした。

弟がそこに入ってからも、毎週末は親はそこに行きました。
私は、最初は一緒に行っていたけど、行ってもやることないですから。
正直、弟のことは憎たらしかったし、弟の機嫌を取るような両親を見るのもイヤでした。
なんで、すぐに行かなくなりました。
家で留守番ですね。
家族で遊園地に行くとか、そういうのはなかったですね。

時に、調子がいい時だったのか、家に帰ってくることもありました。
でも、そうなると、弟の好物が食卓に上がるし、なんか私はなおさら憎たらしくて、すぐにごちそうさま!なんて言って自分の部屋に上がったりしてました。
弟は、なんかすごくわがままで、イヤなヤツだとずっと思ってました。

でも、ある日を境に、ちょっと見方が変わりました。
それは、彼が中学3年になった時。

ウチに帰って来ていた時に、「お姉ちゃん、ここ、教えてくれない?」と数学の教科書を持ってきたんです。
まあ、もうその頃は私も高校ですから、弟が憎い、という思いより、弟の将来ってどうなっちゃうんだろう、って思いの方が強くなってて。

弟は、勉強して、高校に行って、大学に行って、偉くなりたいんだ、といってました。
その時は、ちょっと身体も大きく、強くなってて。
でもまあ、客観的には、小学校高学年にしか見えない感じではあったんですが。
家族にしてみたら、なんかたくましくなったな、とか思ったり。

彼は、「今のところにずっといたくないから。訓練もやってるし、ここのところ風邪もひかないし、このままだったら、家に戻れるんじゃないか」って言ってました。
そして、近くの高校に通いたい、と。

なんか、小さい頃のわがままだった彼からは想像もできない言葉が出てきて、なんか勉強教えよう、教えたい、って思いましたね。

まあ、きっと親はそのまま施設にいて欲しかったんだと思うし、そういうの、弟もわかってたから、親には言えなかったんだと思う。
だから、まあ勉強で頑張って認めさせたい、って思ってたんじゃないかな。

それから、家に帰ってくるたびに、私も都合つけて、なるべく勉強を教えてあげるようにしてました。
なんか、やっぱ施設の中だと、勉強が進んでないんですよ。
特に英語や数学は中1からやり直す感じで。

で、共通模試みたいな、いわゆる業者のテストなんだけど、それが近くの高校であって。
それを受ける、と。
親も、弟の熱意に負けて、それはまあ認めたようで、施設に迎えに行って、テストを受けさせたんですよね。
そしたら、なかなかの成績で。
いや、なんかよかったな、って思ったんだけど。

今考えると、弟はとにかく施設を出たかったんだな。
施設にいて欲しい親に、どうやって納得させるか、の手段が勉強だったんだ。
「あそこには、話ができる友達がいない」
「俺は、居残り勉強とか、帰りに友達とどっか寄ったりさ、それで姉ちゃんみたいに怒られたり、そういうのがしたいんだよ」
弟はよくそんなことを言っていた。

そうだよな。
ずっと同じ部屋にいて、勉強を教わってたって、それをいつ活かすんだ?って思うよ、確かに。
テレビのドラマやバラエティに流れてくる「普通の」高校生の姿は、弟にとって目標だったんだな。

で、親もだんだん、施設を出てもいいんじゃないか?って方に傾いてきたの。
弟の身体の調子もよかったから。

その矢先ね。
きっと、勉強で夜寝なかったりもしたんだと思うんだ。
秋から冬に入る時に、風邪をひいちゃって。
そこから肺炎。
もう、動ける状態じゃなくなっちゃって。

高校行きの話はパーになった。
もちろん、施設を出る話も。

鼻にチューブを入れられてる弟を見たら、私、泣けてきちゃって。
弟も私を見るなり泣いてた。

それから弟は回復はしたんだけど、もう「施設を出たい」とは言わなくなった。
勉強教えて、とも。

私はそれでも「まだ望みはあるから」って、別棟にある施設内の高校も薦めたんだけど、弟はもう魂が抜けちゃったみたいになって。
「イイよ、義務教育終わったし」なんていうばかりで…。

弟は、本は好きだったから、本はたくさん読んでいた。
推理小説から、エッセイみたいなものまで。
「小説書いてみたら?」なんて言ったこともあったけど、弟は、「だって、どっかに一緒に遊びい行く友達もいない人間に、なにが書ける?想像で書いたって、小説にはならないよ」とか言われちゃって。
もうなんか次の言葉が浮かばなくて。

そうだよな。
弟は恋も知らない。
ままごとみたいな小説を書いたところで、弟は納得しないだろう。

私もどうしたらいいかわからなかったけど、施設の人はとても優しかったように見えたし、弟にもいろいろ話しかけたりしてくれてるようだった。
弟は友達はいない、とは言ったけど、弟に話しかけてくる同じ年代の子はいたんだよね。
だから、この中で、彼なりに精一杯人生を楽しんで欲しいと思っていたんだけど。
いろいろ施設の中でイベントとかもやってたみたいだし。
どこまで弟が参加してたかはわからないけど。

私は、高校を出てすぐに働きに出てたの。
車の免許も取りたかったし、早く大人になって、とにかく経済的に安定したかった。
そしたら、弟もなんとかなるんじゃないかって思ったりも、ちょっとだけあったと思う。

で、20歳の時、運命の人に出会ったんだ。
その相手には、弟のこともきちんと話して。
そしたら、一緒に会いに行こう、って。
僕も話し相手になりたい、って言ってくれて。
弟のところにもけっこう一緒に通った。
好きなアニメが重なっていたこともあって、弟も彼を気に入ってくれたらしくて、話が弾んでいるようで、私はとても嬉しかった。

「姉ちゃん、結婚するなら彼だよ。逃がすなよ。よかったね。いい人で」
帰り際、そう言った弟の言葉が、最後になった。

その翌朝、弟はベットで冷たくなっていた。
連絡を受けて、すぐに向かったけど、弟の顔には白い布がかけられていた。
おそらく、夜中に痰が詰まって呼吸ができなくなったんだろう、って施設の職員は言っていた。

家に連れて帰りたい、という両親の意向で、弟は家に戻った。
家の布団に寝せて、「おかえり」と両親は言って泣いた。
私も彼も泣いた。
葬式と言っても、参列してくれる弟の友達はいない。
家族で送ろう、ということになった。
それがまた、悲しかった。

弟にすがるように母親が泣きながら言った。
「ごめんね。丈夫な身体に産んでやれなくて」
「あのとき、ディズニーランド、連れてってやればよかった」
「あのとき、せめて高校に行かせてやればよかった」
「ごめんね、ごめんね…」
取り返すことのできない後悔を、弟の前で両親は懺悔するように何度も何度も繰り返していた。

夜になってもそれは続き、私は、両親をちょっと元気づけなきゃいけないな、と思って、「でも、弟だってきっと…」と言いかけた時、「がたん」と音がした。
みんなが振り返ると、その部屋に飾ってあった花瓶が落ちていた。
気を取り直して「お母さん、元気ださなきゃ。弟もきっと…」というと、また「がたん」。
今度は食卓の上にあった醤油差しが倒れた。
「お父さんも、元気出して。弟だってきっと…」というと、家電が鳴った。
お父さんもお母さんも出れる感じじゃなかったから、話をそこで止めて私が出た。
受話器の向こうでは風が吹いていた。
もしもし?って何度か呼びかけたけど、風の音が10秒くらい続いて切れた。

その時、弟は、私のその先の台詞を言わせたくないんだ、と私は思った。
この風の音は、そう私に言ってるように思えたのだ。


施設での最後、君は、大人だったね。
お父さん、お母さんを、そして私のことも、これ以上苦しませたくなかったんだね。

でも、ずっとずっと、すっと悔しかったんだね。

もっと友達、作りたかったね。
バカなことやって、怒られたかったよね。

最後のわがまま、聞くよ。
その先は言わないよ。








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げすいい

(BGM:ジェニーハイ「ジェニーハイのテーマ」fromYOUTUBE)
→これさ、あの新垣隆さん、あのゴーストだった人。
「俺はもうゴーストじゃない」
いや、カッコイイな。
その後、ちょっと嫌いな座長とか言う芸人さんが出てきて残念。

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