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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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昨日ついに金曜日官邸前に行ってきた

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というわけで、昨日ついに金曜日官邸前に行ってきた。
やっと予定の空いた金曜日。

結論を先に言うと、「やっぱりこういうのは行かないとダメ」ということだな。
ツイッターでも原発のことをずいぶんつぶやいているわけだけれど、机の上でどうこうもいいけれど、やっぱなんだかんだ「行動する」、ということがやっぱり大事だし、これは抗議行動といっても、かなり敷居が低いので、行きやすい。
なので、行かないとな、というのがまあ最終的な自分の中での結論です。
金曜日、予定が空いている限り、いこうと思いました。

やっぱ、いいこと言っても、投票に行かなきゃ何も変わらない、というのと同じです。
行動がすべて。
特に、抗議行動でもなんでも、社会運動というのは行動してナンボです。
というか、行動がすべてといってもいい。
どんなにいいこと言っていても、行動がダメな団体はやっぱ社会の批判を浴びるだろうし、まあ、ダメかどうかというのはかなり主観なので難しいところではありますが。


さて、それはそうと、様子ですけど、かなり規制は厳しい感じでした。
あれだけの人を歩道に閉じ込めておく、横断歩道を封鎖する、というのは、ちょっとやり過ぎというか、あからさまな権力の振り回し感があって、どうにもいただけない。
逆に言うと、これに「キレ」る人を待っているのかもしれないね。
それで暴動にでもなれば、それでこの行動はすべて水泡と化しますから。
さっきの話じゃないけど、「行動がすべて」なので、行動が「暴力行為であった」となってしまうと、一般社会の受け入れ方はかなり拒否的になるでしょう。

太鼓をたたいている人たち、練り歩いている?人たち、スピーチしている人たち、あ、坂本龍一さんがいましたね。
ま、そんなこんなで、いろいろなんで、統率されているとか、そういうことは全くなくて、みんなが好き勝手に「そこにいる」というのは、なかなか面白い光景でした。

スピーチには国会議員の方も来ていたのだけれど、いや、国会でやってくれよ、という気もしたりしなかったり。
国会議員に「みなさん、原発を止めるまでがんばりましょう!」なんて言われても、ちょっと「がんばります」って気にはオレはならなかったな。
お前が仲間作って、国会でハンストでもやったら変わるだろうよ、とか思ったり。
スピーチについては、ちょっとかなり気になる人が立っていて、それでオレはかなり引いちゃったのだけれど、それについてはまた書きます。


首相も、話合いに応じるとか言っているけど、この抗議行動には「代表者」というのがいないから、つまり、あくまで「主催者」ってことでしょ。
原発NO!の声というのは、段階的だとか、どうだとか、人それぞれ主張はあると思うけれど、とりあえず原発にはNO!ということで集まってるわけで、なかなか「代表者と会う」といわれても、にわかには主催者サイドも判断が難しいだろうな。
というか、普通、抗議に対して首長が会うというのは、「要求を受け入れる」(例え一部の譲歩でも)ということになるわけだけど、野田首相はその気はないからね。
それで「会う」というのは、まあ有り得ない話なわけですけど、一般的には。


参加している人は、よく「一般の人たちが」ということを言われているけど、まあその通りと言えばその通りで、別に変わった人がいるわけではないですね。
っていうか、普通の人だよ、みんな。
思ったのは、オレの上の世代、いわゆる団塊の世代が多かったかな。
若者もいたけれど、いわゆる下北系か文化系の人たちという感じで、正直言うと、思った通りでした。
いわゆるキャバ嬢みたいな人はいませんでしたかね。

きっとみんないい人達なんだろうな。
女の子たちも、かわいい子が多かったです。
だから、それ狙いで、ナンパとかしたらイイと思うんですけどね。
「キミと夜明けの脱原発をしたい」とか。
…いや、ふざけてるんじゃなくてね、そういう風になっていけば、また、流れは大きく変わっていくような気がします。


物事は大きくなればなるほど、当初の理念は薄まってはいきます。
また、多くの人を受け入れるということは、多少のブレも生じます。
いろいろとツイッターなどでも、問題提起なども見られるようになってきました。
でも、それを越えることが、いわゆるプロレスで言うところの「新木場から後楽園へ」「後楽園から武道館へ」というか、そういうコトかと思いますので、ぜひ、それを越えて、沢山の人を巻き込んでこの抗議が大きくなっていけばなあ、と思いました。
自分も予定の許す限りいこうと思います。
やっぱ数ですから、なんだかんだ。




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(BGM:人間椅子「品川心中」from「人間椅子傑作選 二十周年ベスト盤」)
→この人達の魅力ってなんだろうか。
このイントロの無拍子のようなフレーズ。
そして一転してジャパニーズな節回しのAメロから怨歌となり、なにか頭から離れないサビへと突入する。
どっか爽やかな展開もあったりして、あ、プログレか。怨歌プログレ・ジャパニーズスタイル。
この曲は、江戸の柳の下の幽霊を、一回地獄の釜ゆでの釜で煮て、その釜ごと罪人が引く荷車に乗せて、最後にその罪人ごと閻魔様の持ってるこん棒みたいのでぶっつぶしたモノを固めてギターとベースを作って、それで弾いている感じというか。
う~ん、わかりにくいか。
つまり、必聴と言うことです。

「50キロは全員避難してると思っていた」 ★ 「最高幹部の独白」を読む

スーパー猛毒ちんどんライブ・ジャパンツアー第4弾
『猛毒天国』
with【RAN-TIN (ランチン)=ランキンタクシー&ノダチン】
 

日時:7月21日(土) 17:30開場/18:00開演   詳細はこちらをクリック!

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今西憲之さんという人が書いた、福島原発の真実「最高幹部の独白」を読んだ。
話題の本ですね。
これが出て、東電はすぐに犯人捜しを始めたというから、もうダメだな。
この本は、反原発を煽るでもなく、冷静にあの日にあったこと、その後のコトについて事実を明らかにしようとしている。
つまりは、東電は何も発表していないのである。
してないということが、この本でハッキリと書かれている。

簡単にいえば、原子力発電に関しては、クローズドにしておかねばならないことが山ほどあるということだ。
つまりは、危険性という意味で言えば「言っていない」コトは「ないモノになってしまう」ということだから、ウソを言っている、事実と違うことを言っている、ということである。

まあ、そんな状態だった事もよく知らず、オレは、妄信的に彼ら「原子力ムラ」の人たちの安全神話を鵜呑みにしてしまっていた。
というか、薄々危ないだろうな、とは思っていたモノの、あまり真剣に考えてこなかった。
この本を読んで、でも、安全神話はぶっとんだ。

なんだかんだ、コトが起これば手動というか、電源がなかったらもうお手上げなんだな。
発電所なのに、電気がない状態という、なんだかよくわからないけど、もうこうなっちゃうと原子力は制御できないのである。
ベントする、って、放射性物質をまき散らすことだから大変なことだけれど、これだってなんだかんだ「開かない」。
なんで開かないのかがわからない。
でも、近づけない。

そうなのだ、この「近づけない」というのが、もうどうにももどかしいというか、それが原子力の正体なのだ。
火力発電だったら、火が出たって水をかければなんとかなる。
どっかの配管が壊れたら、そこに行ってなおせばいい。
でも、原子力の場合、そこに近づけないのである。

近づけないということは、「どうなっているかわからない」ということでもある。
そもそも、「どうなってるかわからない」ものに対策の立てようがないではないか。
推測で、「水位が40㎝なのは○○が原因と思われる」なんて、そんなの本来なら見に行けばいいことなのに、原子力はそれができない。

つまり、安全に動いている場合はそれはそれで全てが制御されているのかもしれないが、地震や津波によって一度何かが壊れてしまえば、もうどうにもできない、ということである。


この本では、最悪の原子炉爆発の危険までが想定されていたことがわかる。
なんとかそれは避けられたわけだが、正直、なんで避けられたのかはわからない。
だって近づけないから。
そして、免震棟があって、本当に不幸中の幸いで、これがなかったら、その指揮や話し合いすらできない状態だったといえると思う。
免震棟がない状態で再稼働しようとしている大飯原発などは、言語道断であることがわかる。
放射線量の高いふきっさらしの場所で、どうやって対応しようか話し合おうとでも言うのか。

そして衝撃的なのは、ベントを決めて、この最高幹部らは50キロ圏内は当然避難しているモノだと思っていた、という部分。
科学的には、それが妥当であったということですよね。
つまり、30キロから50キロの人は、見捨てられたんです。
現実に避難が難しいという政治的な理由で。

原子力の問題は、政治ではなく、科学的な見地に立つべきだと思うのですが、こうやって科学が政治で曲げられ、人は被爆していく。
今や「絆」だとかのガレキの拡散で、日本全国が被爆し始めています。
逆に言えば、被爆を全国に広げることで、福島の事故の責任を逃れようとしているのでは?という邪推さえしてしまいます。
だって、発ガン率が福島周辺だけ上がっていたら、それはまごう事なきあの事故のせいだというのがわかるけれど、全国に拡散したら、わかんなくなっちゃうでしょう。
因果関係が証明できなくなる。


いまだに家に戻れない人がたくさんいる。
というか、もう恐らく俺の生きているウチには戻れない場所もあるのではないだろうか。
ま、チェルノブイリを見れば、恐らくそうなるでしょう。

一回の地震でこんなことになる。
未曾有だろうがなんだろうが、これはだめだろう。
火力だったら、水かければいいんだよ。
冷めたら、様子を見に行けるんだよ。

原子力はそれができない。
値段が高いから?そんな理由で、原子力にまだ依存しますか?




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(BGM:怒髪天「喰うために働いて 生きるために唄え!」from「トーキョー・ロンリー・サムライマン」)
→「喰うために汗を流して、エンヤコラヤ働こう そして生きるために歌おう 明日を生きるために」
この人達の男臭は、もうどうにも止まらない。
始めて聞いたのは極東最前線のコンピだったんだけれど、まあ、ぶれないね。
外れがありません。

放射能は身体に悪い、というのは誰でも知っているが

スーパー猛毒ちんどんは、「なにかしらのFES的なモノに出る!」という明確な目標を持って、新たに突き進んでいく所存であります!みなさん応援よろしくお願いします!
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5/16(水)、素朴に聞く!第3回 「どの子も普通学級へ」運動は何をなし得たのか?など、お知らせ&募集などはこちらをクリック

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放射能は身体に悪い。
こんなコトは言われなくても誰でも知っている。
ただ、「どのくらいで身体に悪いか」というのは、実はよくわかっていない。
しかも、子どもにとって、働き盛りにとって、老人にとって、女性にとって、男性にとって、鍛えてる人にとって、そうじゃない人にとって、などなど、場合によってずいぶんその影響が違うことはわかっている。
一部には、「笑っていると放射能はそんなに影響がない」という人までいる始末で、いや、そうかもしれないね、つまりはよくわからない。

それと、測定方法によっても、数値が変わってくるということもある。
空気線量とその土壌の線量はまったくこれ、違う。
オレも持っているが、だいたいの家庭用の計測器は空気線量を計っているから、例えば食べ物の線量とか、そういうことになってくると計れないのである。
それに、単純に空気線量といっても、その土壌からの距離の問題もある。
そうなると、同じ場所でも、背の低い子どもと背の高い大人の差は出てくる。

あ、被災地のモニタリングポストの下が徹底的に除染され、鉄板で覆われているというような数値の違い、はまったく別の問題でありますから、注意して下さい。
あれは政治的に違った数値になっているということであって、科学的なことではありませんから。


というわけで、このことは実は大きな問題なのである。
身体に悪いとわかっているのだから、程度の問題が、そんなに大きいか?というのは、愚問である。
放射能に関する論議が割れてしまう原因がここにあるのである。

逆に考えればわかりやすい。
例えば水だったら50ベクレル以上のものを飲んだら死ぬ、と決まっていれば、これは50ベクレル以上の水は流通させちゃいけない、というコトに反対する人はいない。
けれども、50ベクレルだと、すぐ死ぬ人と、ガンになってしまう人と、甲状腺に異常が出て一生病院通いをしなければならない人、まったく健康な人、という風になるとすると、その「流通させちゃいけない線引き」ができないのである。
だから、「絆でガレキを受け入れよう」なんて言う人が出てくるのである。
それまで100ベクレルのモノは、あの黄色いイメージのドラム缶に厳重に管理される廃棄物であったはずなのに、ガレキは8000ベクレルまでOKなどと、まあ、そもそもその前の100ベクレルって何だったの?ということになってしまっているわけで。

つまり、この「よくわからない」ことをいいことに、政治が介入しているわけです。
暫定基準値なんて、そもそも政治的なことですね。
そうしないと、この狭い日本の中では世の中が回らないから、仕方なくそうしたということでしかない。
だって、健康上何があるかはまだわからないのに、勝手に500ベクレルまで食品はOKなんて、その根拠は政治以外にあろうハズがないのである。

本来は、放射能の問題は科学の問題であるはずなのに、それが解明されていないから、科学が追いついていないから政治が介入する、ということになって、主義主張によって「身体に影響がある数値」が作られるという不自然なことになっているわけです。
ある人は、50ベクレルでも平気だよ、そんなことで騒ぐなんて神経質すぎる!ということになるし、いやいや、50ベクレルでも死ぬ人がいるんだから、そこをラインにしましょう、という人も出てくる。
そして、政治的な主義主張、ま、もちろん経済的な意味も含まれますけれど、それによって、「イヤ、50ベクレルで死んだ人は、それが原因ではない」なんてことになって、本来は科学で解明しなければならないことを政治的な判断によって曲げられてしまう。

これは再稼働の問題でも同じ。
科学的な面と政治的な面としっかりとわけなければならないのに、それがごっちゃになっている。
ごっちゃどころか、政治が先行して科学を曲げるような事態すら引き起こされていると言って過言ではない。


じゃあ、これがはっきり数字でわかるかと言えば、それは難しいわけです。
というのも、人体実験になってしまいますね、それは。
原爆の時に、アメリカ軍が死んだ子を何千体と自国に運んで調査した、という話がありますが、つまりは、そうやって調べていくしかない。
もちろん、そのアメリカの行動は噴飯モノですが、科学という意味ではそういうことでしかない。

そして、食品汚染ということでいうと、今のところチェルノブイリしか参考になる事象はないのです。
次がこのフクシマだった。


いや、だからどうしたらいいか、という結論を持っているわけではないのです。
けれども、科学的に解明しなければならないことを政治が曲げることだけは、今後の世界のために絶対にしてはいけない、と思うのです。




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(BGM:THE FOOLS「わけなんかないさ」from「バビロン・ボンバーズ」)
→新作。
まあ、フールズにこういう音源評は必要ないわけで、とにかくライブを見ることですな。
このCDは前半が伊藤耕さん抜きの3人での新録、後半が4人揃ってのライブ録音ということなんだけど、やっぱですね、ライブなんですよねこのバンドは。
ただ、この新録もグルーブ感というか、フールズ感は満載でありまして、今までのフールズのスタジオ録音の音源の中でもすごくイイ感じに仕上がっていると思う。

電気料金が上がるとか、電力が足らないとか、そんな問題ではない

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原子力発電所のことは、俺は昨年の事故までまったく興味を持っていませんでした。
正直、原子力発電の問題はとても政治的だと思っていました。
発言の中身より、その人が「賛成派」なのか、「反対派」なのか、ということが重要というか、そういう感じを受けていました。
そして、イエスかノーかの両極の立場を明確にしなければその論議には入れないような、つまりは結果的に非常に宗教色が強くなってしまうというか、そういう感じがしていました。

本来は、原子力の問題は科学でなければなりません。
科学的に安全であるのか、どの程度を安全と考えるか、どうやって安全を確保するか。
その全ては科学の範疇の問題です。
しかし、それがどうも政治の問題や偏執狂的な反原発運動のようなものにすり替えられてきていたように思います。
これまで地道に原子力発電の問題についてその危険性を発信してきた方は、科学的なもののつもりで論議をしてきたんだと思いますが、それがどうもうまいこと推進派の政治的なモノに取り込まれてきたような、そんな感じかな。

特に、障害者運動をやっている人達の中には、原子力発電に関しては「当然反対よね」という雰囲気もあったりして、俺はとてもそれがいやでした。
つまりは、それは既に中身の科学的は論議ではないからです。
その雰囲気がイヤなこともあって、俺はまったく原子力発電所についてはこれまでも発言をしないで来ました。

しかし、今回の事故があって、発言を始めました。
自分なりにいろいろと勉強もしました。
その結果、とにかく今の科学力では原子力発電所は運営できない、という結論に達しました。
じゃなければ、今回の事故などそもそも起こらなかったわけですけどね。


そもそも、その事故まで、俺は安全神話に欺されていたんだな、と思いました。
だって、放射能を今回のようにまき散らすというのは、科学的に考えて、殺すのと一緒です。
つまり、ナイフを持って道行く人を刺すのと同じ。
兵器ですからね、そもそも、原子力は。
そこまでのことを国家が放置するか?という気がしていたんです。

いや、自分も障害者運動をやっているわけだから、国家のやり口についてのことは素人じゃ有りませんから、そこそこはわかります。
けれども、彼らのすることと言えば、例えば生保を打ち切るとか、それは間接的にその人を死に追いやるけれど、刺すわけじゃないでしょう。
戦争で外人を殺すじゃないか、といわれればそれまでですが、自国民をその思想や信条や貧富にかかわらず無差別に刺すか?といわれると、それはないだろう、と思ってしまっていました。

けど、日本という国は、それをやっているのだな。
自国民を殺そうとしている、というか自国民を無差別に殺す兵器を全国に54基も持っている。
そういうことです。
なので、市民の側からすれば、これは取り上げなければならない、ということになります。
みすみす殺されるのがわかっていて、ナイフを取り上げないバカはいません。


原子力発電は、クリーンでもなければ、今回のことで、コストが安いわけでもないことははっきりした。
つまり、日本は資源に乏しい国だから、どっか自国で電気を作りたかったわけだな。
それはわかる。
けれども、だからといって、もっと他にもやり方はあったのではないか。
それは太陽光かもしれないし、風力かもしれないし、地熱かもしれない。
少なくとも、原子力という選択肢は、科学的に考えて国民に向けられた兵器なのだから、設置させてはいけなかったのだ。


事故が起こって一年、いまだ放射性物質は放出され続けている。
しかもそれは尋常な量ではない。
この状態でまた福島に大地震が起きたら、現在使用済み核燃料棒の貯蔵プールに穴が空くような地震であれば、それで再臨界、日本はおろか、世界が終わる。
あのむき出しの原子炉建屋をみれば、今、もう一度天災がやってきたら、元の正常な状況よりも簡単にその絶望的状況が訪れることは誰の目にも明らかだ。
一年経っても、事故の収束さえ、なにもできていないのだ。
廃炉すら難しいという。
つまり問題があったからといって「やめられない」のである。

こんなモノ、放置していいわけないし、再稼働なんかもってのほかだろう。
電力が足らなくなる、とか、電気代が上がる、とか、そんな次元の問題じゃないんだよ。




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(BGM:うどんゲルゲ「焼きソバ老人」from「初音ミク sings ハルメンズ」)
→これはですね、面白いですよ。
実在しない初音ミクというボーカリストをつくりだしたというのがまず面白い。
まあ、その流れでハルメンズというのはわかりやすいといわばわかりやすいですね。
あり得そう。
で、このバージョンですが、正直、元より面白い。
いわゆるエフェクトとかが、すごくうまく使われていると思う。
だからですね、やっぱハルメンズは早すぎたんだな。

原発交付金という麻薬と手を切る方法は何かないでしょうか

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ツイッターでつぶやいたんだけれど、内橋克人著「原発への警鐘」(講談社文庫)に、こういう一節があるらしい。
その本自体を読んでないのですが、この本に載っていることは確実なようです。

1983年1月26日石川県羽咋郡志賀町で開かれた「原発講演会」(地元の広域商工会主催)での高木孝一敦賀市長の講演内容、とされています。
あまりの内容に反対派を封じ込めるためのフレームアップではないかと思うほどなんですが、真偽としてはわかりませんが、反論などがないらしく、かなり信憑性は高い、もしくはこれに近い話は確実にあった、ということは事実だと思います。



 只今ご紹介頂きました敦賀市長、高木でございます。えー、今日は皆さん方、広域商工会主催によります、原子力といわゆる関係地域の問題等についての勉強会をおやりになろうということで、非常に意義あることではなかろうか、というふうに存じております。…ご連絡を頂きまして、正しく原子力発電所というものを理解していただくということについては、とにもかくにも私は快くひとつ、馳せ参じさせて頂くことにいたしましょう、ということで、引き受けた訳でございます。

……一昨年もちょうど4月でございましたが敦賀1号炉からコバルト60がその前の排出口のところのホンダワラに付着したというふうなことで、世界中が大騒ぎをいたした訳でございます。私は、その4月18日にそうしたことが報道されましてから、20日の日にフランスへ行った。いかにも、そんなことは新聞報道、マスコミは騒ぐけれど、コバルト60がホンダワラに付いたといって、私は何か(なぜ騒ぐのか)、さっぱりもうわからない。そのホンダワラを1年食ったって、規制量の量(放射線被曝のこと)にはならない。そういうふうなことでございまして、4月20日にフランスへ参りました。事故が起きたのを聞きながら、その確認しながらフランスへ行ったわけです。ところがフランスまで送られてくる新聞には毎日、毎朝、今にも世の中ひっくり返りそうな勢いでこの一件が報じられる。止むなく帰国すると、“悪るびれた様子もなく、敦賀市長帰る”こういうふうに明くる日の新聞でございまして、実はビックリ。ところが 敦賀の人は何食わぬ顔をしておる。ここで何が起こったのかなという顔をしておりますけれど、まあ、しかしながら、魚はやっぱり依然として売れない。あるいは北海道で採れた昆布までが…。

…(原発ができると電源三法交付金が貰えるが)その他に貰うお金はお互いに詮索せずにおこう。キミんとこはいくら貰ったんだ、ボクんとこはこれだけ貰ったよ、裏金ですね、裏金!まあ原子力発電所が来る、それなら三法のカネは、三法のカネとして貰うけれども、その他にやはり地域の振興に対しての裏金をよこせ、協力金をよこせ、というのが、それぞれの地域である訳でございます。それをどれだけ貰っているか、を言い出すと、これはもう、あそこはこれだけ貰った、ここはこれだけだ、ということでエキサイトする。そうなると原子力発電所にしろ、電力会社にしろ、対応しきれんだろうから、これはお互いにもう口外せず、自分は自分なりに、ひとつやっていこうじゃないか、というふうなことでございまして、例えば敦賀の場合、敦賀2号機のカネが7年間で42億入ってくる。三法のカネが7年間でそれだけ入ってくる。それに「もんじゅ」がございますと、出力は低いですが、その危険性……、うん、いやまあ、建設費はかかりますので、建設費と比較検討しますと入ってくるカネが60数億円になろうかと思っておるわけでございます…(会場感嘆の声と溜息がもれる)。

…で、実は敦賀に金ケ崎宮というお宮さんがございまして(建ってから)随分と年数が経ちまして、屋根がボトボトと落ちておった。この冬、雪が降ったら、これはもう社殿はもたんわい、と。今年ひとつやってやろうか、と。そう思いまして、まあたいしたカネじゃございませんが、6000万円でしたけれど、もうやっぱり原電、動燃へ、ポッポッと走って行った(会場ドッと笑い)。あっ、わかりました、ということで、すぐカネが出ましてね。それに調子づきまして、今度は北陸一の宮、これもひとつ6億で修復したいと、市長という立場ではなくて、高木孝一個人が奉賛会長になりまして、6億の修復をやろうと。今日はここまで(講演に)来ましたんで、新年会をひとつ、金沢でやって、明日はまた、富山の北電(北陸電力)へ行きましてね、火力発電所を作らせたる、1億円寄付してくれ(ドッと笑い)。これで皆さん、3億円既に出来た。こんなの作るの、わけないなあ、こういうふうに思っとる(再び笑い)。まあそんな訳で短大は建つわ、高校は出来るわ、50億円で運動公園は出来るわね。火葬場はボツボツ私も歳になってきたから、これも今、あのカネで計画しておる、といったようなことで、そりゃあもうまったくタナボタ式の街づくりが出来るんじゃなかろうか、と、そういうことで私は皆さんに(原発を)お薦めしたい。これは(私は)信念を持っとる、信念!

……えー、その代わりに100年経って片輪が生まれてくるやら、50後に生まれた子供が全部片輪になるやら、それはわかりませんよ。わかりませんけど、今の段階では(原発を)おやりになった方がよいのではなかろうか…。こいうふうに思っております。どうもありがとうございました。(会場、大拍手)



う~ん、どうでしょうか。

つまりですね、昨年の事故の後の選挙でも、原発推進派の首長というのは産まれているわけです。
住めなくなってしまった福島を前にして、それでも原子力発電所を誘致していかなければならない現実があるわけです。

原発交付金に財政の半分を依存しているような場合、これがなくなってしまえば町の財政は破綻します。
10年たてば、この交付金も切れるので、また新しい原子力発電所を誘致しなければならない。
こうやって、原発銀座というようなものができあがっていく。
ある人は、これを「麻薬のよう」だとも言う。
確かにそうかもしれない。

何が言いたいかというと、単純に「あっちゃいけない」原子力発電所を反対できない、この状況をどうしていったらいいのか、それを解決しなければならないと思う。
過疎になっていく田舎の町で、実際にどうやったら町を作っていけるのか。
雇用をどうやって産むのか。
この問題を抜きにして、再稼働反対は成立しないような気もします。
もちろん、だからといって再稼働容認だ、などと言う気はさらさらありません。
だって、それとこれとは問題が違いすぎます。
再稼働すべきじゃないことは、すでに福島が語っています。
だからこそ、この「交付金」の問題ですよ。
これをどうするか。
なにかイイ案はないモノなのでしょうか…。




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(BGM:暴力温泉芸者「DEADCOW SOUL」from「QUE SERA, SERA [THINGS GO FROM BAD TO WORSE]」)
→まあ、この人の曲をアルバムから一曲抜くというのがそもそも間違っている気がしますが、これはノイズの中にあって、いわゆるブリッヂ的なメロディのある曲で、なにかすごく哀愁がですね、いいんです。
とはいえ、そこに牛の鳴き声がかぶさってきて、まあすべて台無しという感じで、そこもまたこの人らしくていいんです。

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