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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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専従募集


(創作です念為)


君子は小学校の頃から先生に厳しくいわれてしまうタイプだった。
多少のいたずらでも笑ってすます先生も、君子がちょっと消しゴムのかすを床に落としただけで大声で叱責した。
それでいて君子は先生の言うことは聞かなきゃいけないと思ったから、素直に従った。

おちゃらけた男子生徒がふざけて他の女子生徒の鉛筆などを隠してしまうと、烈火の如く怒った。
そんな時、大騒ぎになって、きまって君子が先生に怒られた。
鉛筆を隠された女子も、どこか笑っていて、君子をかばいもしなかった。

君子は服装に気を使わない子だった。
それは大学に行っても変わらず、毛玉のついたセーターをいつも着ていたし、ちょっとふっくらしたその体型にはおおよそ似合わないぴったりしたズボンにシャツを入れたりしていた。

でも、君子はマジメだったから、授業もサボらないし、ノートも完璧だったから、他の生徒からは最初は頼りにされた。
けれど、正義感の強い君子は「授業も出ていない人にノートは貸したくない」と拒否。
いきおい、大学の仲間からも浮いた。

そんな君子だけれど、かといって成績がいいわけでもなかった。
つまりは、要領が悪いのである。
なにを覚えて、なにを捨てればいいのか、がわからなかった。

それでも、授業には出てるわけだし、先生からのウケがいいか、というとそうではなかった。
小学校の時と同じように、先生はよく君子を叱った。

ゼミの時だった。
とある地方の歴史を調べるという発表の時、君子は細かい字でびっしりと図書館で調べたことを書いたレポートを提出したのだが、それは確かに努力の跡は見られるモノの、的外れだった。

それでもまあ、努力したんだからしょうがないわな、君子だし、とゼミ生は思ったのだが、先生は、それを徹底的に指摘した。
その指摘は、細かい、本論にあたらない部分にまで及び、ゼミのほとんどの時間を費やす結果となった。

他のゼミ生も、「もうそのくらいでいいんじゃないの?」と思ったが、それを君子は黙って聞いていた。
その表情は、泣くでもなく、怒るでもなく、それがまた他のゼミ生を不安にさせた。

彼女は、大学院に進んだ。
というか、就職ができなかったのである。
けれども、就職浪人するのは彼女のプライドも許さなかったのだろう、と他の同窓生は思った。

しかし、大学院に進んだところで、彼女の「要領の悪さ」は、治らなかった。
が、君子が大学院を出る頃はまだバブルの余波があった。
大学院を出たということを買われて、教授の紹介でとある図書館の司書となった。

彼女はそこでも真面目に働いた。
要領が多少悪くても、そもそも人数の少ない職場だったから、まわりにはそんなに影響しなかった。

世の中はバブルが弾け、図書館の司書という仕事は役所の正職から、派遣扱いとなった。
彼女はそこでこのまま続けるかどうかを一応考えはしたが、そのまま続ける決断をした。
というか、彼女はどうやったら他の仕事に就けるのかがよくわかなかった。
そして、彼女には他の仕事に就く相談をする相手がいなかった。

彼女の部屋は、大学の時から同じアパート。
六畳にキッチンがついた狭いところで、手入れがあまり必要のない観葉植物を部屋に置いていたから、なお狭かったが、その部屋には自分以外の人が上がったことはない。
自分一人が寝るだけの部屋だから、そんなに不自由はなかった。

その生活を、もう彼女は15年近く続けていた。

近所に住む大屋さんのお婆ちゃんはとても優しく、彼女のことを見かけると必ずあいさつをしてくれた。
けれど、そこの息子は、みかけるたびにいつも君子を蔑むような目で見てきたが、君子も彼には興味がなかった。

2年に一度、自分を担当してくれた大学の教授の集まりがあって、そこに君子は必ず出席した。
大学の頃に着ていた毛玉のセーターを着て、当時と同じ丸い大きなサイズのメガネをかけて。
君子はこぎれいにはしているものの、服装に無頓着なのだ。
他の同窓生はそれを知っているから、もうなにもいわない。

彼女の近況報告は毎年変わらなかった。
彼女の中では、なにか細かい変化はあるようだったが、それは他の同窓生から見ると、なにが違うのかわからなかった。

結婚した、転勤した、子どもができた、そんな話に花が咲く同窓会の中で、彼女の存在はかなり浮いていたが、彼女自身がそれに気づいてなかった。
同窓生の中には「あの子、どうして毎回来るんだろう」といぶかしがる者もいた。

というか、君子にはスケジュール帳に書き込む予定がなかったのだ。
誰かとどこかに飲みに行くこともない。
仕事のパートナーの女性二人はそれぞれ家庭があり、飲みに行く雰囲気はないし、やることといえば、買い物と好きな本を買って読むこと。
彼女の家にはテレビもなかった。
聞けば、小学校の頃から家にはテレビがなかったらしい。

彼女が40になった頃、彼女の後輩にあたる大学院生だった優子と駅前でばったり会った。
今日ヒマだから、お茶でもしませんか?という優子の誘いを君子は断らなかった。
特に今日もすることはなかったからだ。

そこで話は盛り上がらなかった。
優子は、ちょっと話を盛り上げようと自身がいま不倫をしていることを君子に話したんだが、君子は「そんなことはやめなさい」というだけで、話は終わってしまった。
静寂の中、二人はイイ時間で喫茶店を出た。

君子は今、50になった。
彼女はそのままあのアパートに住んでいる。

大屋のお婆ちゃんや、ちょっと会話を交わせる人はいるし、時々思い出したように、同窓生に電話をすることもある。
けれど、彼らは、彼女と深く付き合うことを避けた。
そして、避けられていることを彼女は気づかなかった。

彼女の人生には、なにも起こっていない。
朝図書館に出かけ、買い物をして帰ってくる。
寝て、また起きて図書館に出かける。

でも、彼女はそれ以上のことを望むことはなかったし、処女であることにも疑問はなかった。
時々、劣情のようなモノが涌いてきて、自分の股間に手を滑らせる夜もあったが、それはそれで満足して次の日を迎えた。

とりあえず、一人が慎ましく食べていくだけのお金はもらえているし、年金も払っている。
それ以上になにが必要だろうか。

だって、君子は正しく生きているのだ。
そして、その生き方こそが、教師や教授が恐れていた未来だったことに、彼女は気づかなかっただけだ。




bakagann.jpg

(BGM:Mad Caddies「Leavin'」from「Fat Music volume 6 Uncontrollable Fatulence」)
→この曲はこのコンピの中でも異色なんだけど、いや、センスいいよね。
いきなりカントリー調で始まったかと思いきや、いつの間にかパンクになっている。
と思ったら、なんだかリパブールサウンド風?に変化してたりして。
全編にわたるホーン隊がなかなかかっこよくて、これはただ者じゃないわ。
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4/23津田沼に来てね① ★ 「ストッキングが伝線してる」


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4/23(火)は千葉の津田沼でスーパー単独ちんどんとして弾き語りをします。
ぜひ来て欲しいと思っています。

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2019年4月23日火曜日18時~
津田沼 Mediterraneo


というわけで、この日に向けてちょっと新曲を考えています。



(未完成曲のプロット①)

会社を飛び出て駅まで走る
ストッキングが伝線してる
気づいているけど、もう時間がない
保育園に急がなきゃ

ウチの子は、他の子とちょっと違う
ごめんが言えない
ありがとうが言えない
他の子のおもちゃをすぐに取っちゃう
気に入らないと叩いちゃう
先生の話も聞かないでずっと外にいたりするって

再来年は小学校なのに
このままでだいじょうぶなんだろうか

最初は「私たちも目が届かなくて」って言ってた保母さんの言葉も
最近は「困るんですよね」に変わってきた

他のお母さん達の目も痛い
乱暴な子、って
ちゃんと育ててるの?って
お母さん達の目が私に言う


朝早くに起きるよ
洗濯も干さなきゃいけないし
息子の弁当も作らなきゃいけない
そしてトーストだけでも朝ご飯も食べさせなきゃ

まずは息子の保育園
家を出てから、また昨日と同じ服を着てしまった自分に気づくけど
でももう時間がない
信号待ちの数分の間に鏡を見る
白髪染めの代わりにと染めた髪はずいぶん先っぽに行ってしまったな

なにせ、通勤に1時間以上かかる
それでもやっと見つけた職場だから
拾ってくれた社長さんには感謝してる
社長のためにも遅刻はしたくない
それでなくても、保育園に呼び出されて早退することも多いから

そうだ昨日の晩は眠たくて連絡帳を書き忘れちゃったから
急いで書かなきゃ
保育園に着いてからあわてて書く
保母さんの目が痛い

夕飯を作って、食べさせるけど、息子は偏食
いろんなモノを食べさせなきゃと思っても
時間がない
身体がついていかない
仕方ない
今日もスパゲティにしよう
息子は麺類なら一人で食べてくれる

しょうがない今日だけ
しょうがない今日だけ


息子は風呂は好きだから
私はとても助かる
でも、隣に寝てやらないと、いつまでも起きてる
いつまでも起きてられると台所も片付かないし洗濯物もたためない
だから、一緒に横になるけど、たいがいは私も寝てしまう

夜中の2時頃に目が覚める
持ち帰った仕事がある
残業できない分、がんばらなきゃいけない
そうは思うけど
眠さには勝てない

でも、明日の弁当のためのご飯だけはセットしなきゃ
泥をかぶったように重たい身体を引きずってそれだけはやろう

これ以上保母さんの目が怖くならないように


残業をしない、仕事を持ち帰らない、というのだったらラクだけど
そうなると、給料がガクンと下がる
それではこの子を育てていけない
それでなくとも、この子の将来を考えると、なんだかお金は必要な気がする

この時間になると
毎晩涙が出るよ
この子と二人で、私はやっていけるだろうか
この先ずっと
やっていけるんだろうか






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(BGM:Orquesta De La Luz「Salsa [私はピアノ]」from「COVERS !」)
→何語なのか、スペイン語?
このカバーはいいですね。
カバーがカラオケと化していない。
名カバー。

蓋をこじ開ける


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虹の会機関紙は絶賛配布中なんですが、配布、というか本来は売ってるんですけど、いやいや売ってるんじゃなくて、会員に配っているので、会費を払ってくれると毎月定期的に送らせていただいています。
とはいえ、その会員を増やすためにも、機関紙は絶賛配布中、ということですね。
にじ屋に来れば確実にもらえますので、一度とにかく手にとっていただきたいのですが。
もし、欲しい方は住所教えてくれればとりあえず今出てる分を送りますので連絡下さい。


そんなわけで、宣伝もかねてですが、今出てる号の「写真展」の中の記事で、加納さんの文章がなかなかステキだったので紹介します。


今思い出しても松澤さんではないけれど、本当に夢のような祭りのような1週間だった。
スーパー猛毒ちんどんの写真展なんて。やっぱりスーパー猛毒ちんどんはあの生のライブを観てナンボでしょ。という思いがずっとあったからどういう形になるんだろうって不安だった。
だって写真に大人しく収まるような被写体じゃないからね。だからなんか写真でスーパー猛毒ちんどんを魅せていくって難しいんじゃないかって写真のこと何にも知らず私は思い込んでいたわけです。

そんな私の思いとは関係なく写真展に向けての準備は急ピッチで進んでいきました。
DMもできあがり、それぞれ来てほしい人に送ったりとにかく宣伝にいそしんでいました。

私も開催するからには沢山の人に見てもらいたいので、Facebookや会った人たちにどんどん宣伝していきました。
でもせっかく作ったDMには手を付けずにいました。
何となく送りたい人が思い浮かばなかったのです。

虹の会に来てから知り合った人たちはメールや電話番号を知っていたからお誘いはしていたんだけど、学生時代の知り合いには何か躊躇があってDM送ろうという気持ちになれずにいました。

これは何なんだろうか、開けたくない蓋をこじ開けて学生時代を振り返って見ると、やっぱ妬みや僻みなんだよな。
被害妄想もあるんだけれど、学生時代いっつも教室の端っこで目立たないようにしていたあの頃を思い出してしまうんだよね。

仲良くしていた友だちから「仲良くしてるといつもいろいろ(教室の移動とか)頼まれちゃうから近くに行くの止めようと思う」と言われて、自分はお荷物なんだ、というショックで何も言い返せなかったこととか。そういう私の忘れかけようとしていたことをまた思い出しちゃうから、当たり障りない年賀状の付き合い程度にしていることとか。

だから内藤さんから「加納ちんも友だちとかにDM送んないの」って言われたとき、「あっ、うん、そうだね」と曖昧な返事をしたのだった。
でもその時思ったのだ、もう過去に囚われるのは終わりにしようって。
まあそう簡単に吹っ切れるわけじゃないけど。
少なくとも今の私はあの時とは比べものにならないくらい自慢できる私じゃん、だったら魅せてやろうじゃん。って思えたのだった。

そんなこんなでみんなよりか出遅れてしまったけれど、小学校時代~大学時代まで関東近辺に住んでいる人たちにDMを送ったのでした。
その中には私の小学校時代の先生も。
この先生が「私が担任やります」と言ってくれなかったら今の私は無いと言えるくらい私の歴史の始まりを作ってくれた恩師なのだ。
DM送ったけど返事がなかったので思いきって電話をしたら「せっかくだから会いに行くわー」と言って来てくれたのだった。
「お互い年取ったわねー」と写真展なのに写真そっちのけで昔話が止まらなかった。
私を受け持ったことで相当いろいろ言われていただろうに「あの頃毎日が楽しかったわー。あの当時、私やりたい放題好き勝手にやっていたからね。今だったら即クビよねー」と笑いながら話している姿を見て、先生はやっぱりカッコいいなー出会えて良かったーと改めて思った。

友だちは小学校時代と中学時代のが来てくれた。
久しく会っていなかったので、ちょっとぎこちなかったけれど、今の自分のことを話せて、相手はどう思っているか知らないけれど、私が勝手に思い込んでいたわだかまりがだいぶ解けたと思っている。
だからまた次に会う約束をした。必ず実現させようと思う。

今回、松澤さんが写真展を思いきって開催してくれて本当に良かった。
沢山の人に出会わせてもらったし、会おうと思っていた人たちとの会うきっかけをもらった。
松澤さんありがとう。

スーパー猛毒ちんどんのライブは生もので一瞬のモノだけど、写真はその生ものの一瞬を永久保存して多くの初めての人に魅せることが出来る。
これってとっても画期的な素晴らしい方法だなと知った。
写真の力恐るべし。

来れなかった人は本当に残念。なんてったって次はパリでの開催らしいからねー。






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(BGM:BONE CRUSHER「地獄餓鬼畜生」from「CHAOS RIOT I」)
→「俺は全てを支配する俺はすげえんだ!」
ま、中2くらいの欲望を、なんのディフォルメも、ディレイもかけないし、デンティストは歯医者、そのまま吐き出すという。
いや、面白いし、こういうの好き。
で、まあ、今改めて聞くとこれ、まあ今の首相だね(コレ書いてるのは2019年3月)。
逆説で政権批判、みたいな。
んな目論見、本人達は毛ほども当時なかったのだろうことは当然ですが、いや、そういうバカ政権ってことですね。

エイプリルフール


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けっこう前の話だけれど、友人と車を使って地方都市に旅行に行くことに。
けど、我々4人が待っていた集合場所に現れた、大学時代の山下先輩が運転してきた車は軽。
おいおい、と思ったけど、まあしょうがない。
合計5人だから、無理矢理後部座席に3人座る。

トランクにはスーツケース。
まあもう車の中は座席からトランクまでパンパンである。

ホテルについて、エントランスのロータリーに入る。
少なくとも一周回りきらないうちにホテルの入り口に着くのが通常だが、なぜか車はクルクル回ったままホテルの入り口にはたどり着かない。
ギュウギュウの座席でクルクル回っているのはなんだか変な気分だ。

僕は後部座席にギュウギュウと座っていて、体が思うように動かず、前方の様子がよく見えない。
が、とにかくクルクル車は回っていて、なかなか到着しないのである。

運転している山下先輩というのは、とにかく久しぶりに会った。
当時から、ちょっと天然なところがあって、研究者さながらの、なんというか、浮き世離れしたところがある。

だから、ホテルの入り口がわからなかったのかもしれない、と思った。
彼なら、「どこが入り口だ?」なんて言いながら、入り口を見つけられないままロータリーをクルクル回るのもなんだか、「らしい」気もした。

が、身動きできない車内でクルクル回るのは、あまり気分のいいモノじゃない。
そんな状況なのに、僕の両隣の友人は何も言わない。
「先輩、まだですか?」みたいなコトを言ってもいい場面なんだけど、なぜか言わない。
僕もなぜかそれを言い出す気分にならない。

ただ、みんな荒波にもまれるまま、ギュウギュウ、クルクルしているだけである。
しかし、ガマンにも限界というモノがある。
「もういいかげんにしてくれ!」、と思った時、ホテルの入り口に着いたのか、車は止まった。

そしてドアが開いてみんなが降りる。
確かにホテルの入り口だった。

僕はトランクを開けてスーツケースを降ろそうとするんだけど、誰一人手伝わない。
みんなホテルの入り口からどんどん中に入ってしまう。
「おい、なんだよ!みんなの荷物だろう?」と声をかけると、「あ、そうだった」という顔をして戻ってきて、みんなで荷物を降ろし始める。

各々荷物を持って、ホテルの受付に着くまでの間、「車、軽だとはね。ギュウギュウだったね」と話しかけると、「だよねえ」「ギュウギュウで身動きとれなかったよね」と、みんなもそれについてはウンザリしていたようだった。

「でもなんでホテルのエントランスでクルクル回ってたんだろう?」とオレがたずねる。
すると、みんなポカン、としている。
「え?クルクル回ってたじゃない」と言うのだが、要領を得ない。
なんだかオレの勘違いだったんじゃないか?とさえ思ってしまうほど、みんなはクルクルについて覚えていないようだった。

なんか判然としないまま、ホテルのチェックインカウンターへ。

そこで僕は気づいたのだ。
当の運転手、山下先輩がいない。
車でも駐車場に回しているのか?

「ねえ、山下先輩どうした?」とオレが聞くと、「え?」と、またみんなの反応はさっきのクルクルと同じだ。
あげくに「山下先輩なんか一緒に来てないよ」と仲間の一人が言う。
「なに言ってんだよ」と、また他の一人の仲間が笑う。

「え?」
「だって、山下先輩が運転してきたんじゃないか」
「山下先輩が運転してきたのが軽だったからギュウギュウだったんじゃないか!」とオレは矢継ぎ早に多少怒り気味に返すと、みんなはちょっと引いた感じになった。

え?
どうして?
なにがどうなってる?

「だって、あなたが運転してきたんじゃない」と仲間の女の子が言った。

え?
だって、だって、だったら4人…。
軽でもなにもギュウギュウにはならないじゃないか…。

いや、そうじゃない。
問題はそれだけじゃない。
その軽自動車はオレはどこから調達してきたのだ?
オレが車で集合場所にやってきたとみんなはいうけど、オレは車など持っていない。
オレは集合場所にみんなと待っていて、確かに山下先輩が乗ってきた軽にみんなと一緒に乗ったのだ。

みんなが言うことが事実?
オレの記憶がオカシイ?

いや、まてよ。
確かに、山下先輩というのは、オレの大学時代のゼミの先輩で、他の3人の仲間とは直接関係のない人だった。
そのことに、オレはここまでなんの疑問も持たなかった。
おかしい。
確かにオカシイ。

なぜ、山下先輩が来たのだ?
あれ?そもそも4人で旅行に行こうと言ってた。
そこに山下先輩が運転する軽が来て、なぜ、オレはそこになんの疑問も持たずに乗ったのだ?
いや、みんな疑問も持たずに、後部座席に3人なんてギュウギュウだって言ってたじゃないか。
というか、みんなギュウギュウだったというのは共通している。

いや、待て。
車はどこに行った?
エントランスで降りて、車はそこに置きっぱなし?
あわててオレはエントランスに引き返した。

そこには確かに乗ってきた軽自動車はあった。
しかし、クルクル回るほどのロータリーがあるわけでもない。

いや、大事なのはそこじゃない。
ホテルの入り口には、進入禁止の車止めが立っている。
鉄骨で組んだ頑丈なものだ。
どうやってこの軽はここに入ってきたのだ?
見回しても、軽が入ってこれるような隙間はない。

振り返ってホテルに戻ろうとした時、ホテルが廃墟であることに気づく。
そして、3人の仲間はその奥、受付があったと思われる場所で、笑いながら話している。

そうか。
彼らはまだ気づいていない。
俺たちが、繰り返していることを。

そうか。
俺たちは、クルクル回っているんだ。
そして、おそらく、未来永劫、運転手を変えて、これをずっと繰り返すのだ。







(BGM:Eldine, Nasri Shams「Mafeesh Foulous」from「Cafe Arabia III」)
→もうなんか、みんな踊り出すアレですね。
なんですかね、う~ん、ミックスがこれでいいんですかね。
でも、ミックスがちゃ~んとしてたら、それはそれで違う感じがする。
というか、逆にすげえこのトラックはいい。
つまり、ボーカルが入ると、なんとなくバックの音がダウンする感じ、というか。

アート??


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ここでは書かなかったか、昨年末から芸大のなんか取材?だかなんだか受けて、まあその発表があるというのでノブ達が連れ立って行ってきたんですが、その報告を加納とアキが先月の機関紙に書いていて、それがなかなか面白かったので転載します。

基本、取材?だとかこういうのはあまりウェルカムではウチは迎えません。
正直、めんどくさい。
それに、過去にあまりイイ思いをしていない。
というか、短い時間で伝わるわけがない、とも思ったりもしていて。

もちろん、宣伝をしたい!とかの思いがあればこちらからメディアとかに向かうことはありますが、じゃなければけっこうぞんざいに扱ってしまうので申し訳ないんですが、それでも入ってきてくれる人がいたら、なんか仲良くなったりします。
取材が出会いになることもあるというか。

ま、某テレビの人がそうですね。
この前ウチに泊まりに来たけど。

そんなわけで、以下、加納、アキの書いた記事です。


「アート??」 加納

東京芸大DOORプロジェクトの講評会に行ってきました。
秋頃に、虹の会をアートで表現したいみたいな余計なお世話的なこと言って、学生がにじ屋に来たのが最初だったかな。巷で流行かけてる障害者アートに乗っかるなんて、芸大生何だからもっと突飛な誰も思いつかないことをやれよ。これだから意識高い系はイヤだよ。と、私は、積極的に彼女たちに対し壁を作っていた。

その後介助を使って1人暮らしをしている人の家を見たいとか言って、私の家やハトミの家に来て話をしたり写真撮られたりした。何か物珍しい生き物を見るような感じでいろいろ質問してきて、「あーまだまだ障害者の独り暮らしって物珍しい存在なんだな」ってガッカリしたのだった。

まあその後も彼女たちはにじ屋屋ライブにも来たりして、私もちょっとずつ距離をちぢめていったのだった。思い込みや先入観で決めつけてはダメだと私は今回彼女たちと話してとても学んだ。

で、本日、学生が体験したり感じたことを成果物として形にしたモノを発表し講評する会があったので参加したのだった。

結論から言うと、12チームくらいあったんだけど、虹の会に来たチームの成果物が一番ワケわからなくてトンチンカンで、ただただ虹の会に来て衝撃を受けた感情をそのまま表現したのが伝わって面白かった。だって小学生が作った工作みたいなんだもん!
バカっぽくて最高だった!!この作品はきっと何の役にも立たない。でも一番笑えて、おおー!!って引きつける物があった。
オイ!これが芸大生の作品かよっ!!って、ある意味衝撃的だった。

福祉とアートってキナ臭い感じがして信用出来ないこと多いけど、ちょっと面白い1日だった。加納


「アートの印象」アキ

去年の秋頃「虹の会のことを学生たちに体験、取材させてもらいたい」という依頼がきました。東京芸術大学の人から。
「アート、か…」私たちは正直、身構えました。

その講義の意図を、ぜひ会って説明させてほしい、ということだったので、にじ屋に来てもらってお話を伺うことにしました。
社会人も対象にした講座であること、目的としては、芸術と社会は密接な関係にあり、知らない世界を知ってこそ表現ができるというような考えのもと、前期は障害者の作業所などで見学体験などをして来たのだそうです。受講生たちは感じたこともあったようなのに、人に伝える…たとえば身の回りの人に話すとかその程度のこともできなかったとのことでした。だから後期は、見学や体験から、何か表現したもの(成果物と言っていました)をつくって発表するということになったのだと。
その話を聞いて意外だったのは、先に作品ありきじゃなかったんだということでした。

とは言っても、ちょっと見学に来て「こんなパンフレットを配ったらどうですか、つくりますよ」なんて言われても、そのパンフレットを利用する気もないし、そういうことで「いいことしてあげてる」みたいな、「利用される」気もないんですよ、と。
ホントはそこまで言う必要もなかったろうと思いますが、でもその担当の新妻さんが、虹の会を選んで受講生たちに紹介しようとしてくれてる気持ちも伝わってきたし、にじ屋の掲示物の言葉たちを自分のことに寄せて受け止めてくれていることが伝わってきて、逆にそのアートに対する思いを伝えたかったのです。
そんな不躾な返答だったけれど、新妻さんはアートに対するそういう思いを理解しようとしてくれてるようでした。新妻さんたちも、そういう部分を変えていこうとしているのかもしれないと思い、一気に共感意識がめばえてきました。

私たちは、テレビに対してもだけれど、こちらがやっていることに対して見学にきたり質問したりしてくれてもかまわないけれど、その表現物制作のために、こちらがなにか特別なことをしたいとか、してあげてもいいとかいう気持ちはないし、今後ずっと付き合いが続いていけばいつか何か一緒に、ということがあるかもしれないけれど、少なくとも今の段階では、ということもあわせて伝え、それでもよろしければということでお受けすることになりました。

その後、受講生4人が、何日かにじ屋にやってきて、なんとなく伺っていた意図から加納さんやハトミの家や介助を使った生活を見てもらったりもしました。ちんどんのライブやビラ配り、タイミングが合わなかったけどプロレスを見に行く時があれば誘おうと思っていました。
そういうなかで、打ち上げで一緒に飲めたり、子どもを連れてきてくれて仲よくなったり、みんなの会話の中にも普通にお名前が挙がってきたりしていきました。

そしてしばらくして、成果物の構想が送られてきました。
ちんどんの顔はめパネルで、顔を変えたりすることで、その顔と自分の存在とは何かを考える、言葉の重さを可視化する、といったものをみんなで話し合った結果制作していていくことにした、とのこと。
うーん、わかるようなわからないような…。その講評会というのをやるので、来ませんかというお誘いをいただいたのです。上野の東京芸術大学の教室で。「私行こうと思うけど、一緒に行きたい人いる?」と聞いたらばっと手が上がり、8名でうかがうことになりました。

芸大は上野公園の中にあり、当日は天気もよく、美術館や動物園を訪れる人に交じって散策気分で大学を目指しました。ちょうど芸大の学生たちの卒展というのをやっていて、大学内もたくさんの人が。
さすが芸大と思わせる門構えで、古く歴史を感じさせました。文化祭中みたいなごった返し感はどこか懐かしく、私の母校の埼大の教育学部の中にも美術棟があるのですが、そこをちょっと思い出しました。
制作しているものが中庭にぼーんとおいてあったり、いろいろ出しっぱなしになってるみたいな。

教室に入ると、ほかのたくさんの展示の中で、ひときわめだっていたものにやはり「虹の会」と書かれていました。展示の中身については他の人も書いてると思うので割愛しますが、わたしがその作品を見て感じたのは、彼らが虹の会にきて、にじ屋を見て、加納さんやハトミの生活を見て、市丸たちに会って、感じ、ゆさぶたれたこと、そしてそこから考えたことを伝えようとしている感じがとても伝わってきて、これがアートか、芸術なのかと思いました。
まったく商業的なにおいがしなかったのもすごくよかった笑。

アートといっても、そこにかかわる人はもちろんいろんな人がいるということもよくわかったし、今回のことで私の中にあった嫌悪感に近い不信感みたいなのが少し崩れた気がします。自分が変わった、というものまたとてもうれしいことでした。これからもお付き合いが続けばいいなと思うし、きっと続いていくような気がします。そうなったらうれしいなと思っています。(了)








(BGM:ONE TRACK MIND「Manic Monday」from「BESTHIT S.K.A」)
→この人たちのことはずいぶん前に一度なんかの対バンで見て、すごく楽しかったんだよね。
いや、スカってのはそもそも楽しくなきゃ意味がないわけですけど、こういうの、やりたいよなあ。
ホーンやってくれる人、いないかなあ。

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