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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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孤独からの逃走


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正直、まあ機関紙の編集がやりたくなくなっちゃっう時ってのがあります。
機関紙は多くの人が読んでくれてて、この前の事件のコトとかはいろいろお手紙とかももらって、ああ、たくさんの人が読んでるんだな、と改めて思いを新たにしたんですが。
いや、だから、すごくやりがいのある作業だとは思うんですけどね。
そもそも好き勝手やれるわけだから、嫌いじゃないんですけどね。

ただまあ、毎回80ページ越えの分量になってて、半分はたいがいオレが編集しているので、正直、もう飽きるというか疲れちゃうんですよ。
毎回毎回、会議では「今回は機関紙を薄くしよう」といっているんだけど、書く人が書いて出てきたモノを編集してると、やっぱ分量は多くなっちゃうという。

困ったもんで。
でもまあ、書きたい、伝えたいという気持ちは大事にしたいから、無碍に「短くしろ」とも言うべきじゃないし、というか、それはちょっと違うし。

ま、色々考えると、結局編集って個人プレーなんですよね。
相談しながらやるわけじゃない。
ま、あそういうページもあるけれど、基本個人プレーになっちゃう。
そりゃそうですね。
PCに向かって延々と作業する、みたいな。
だからまあ、なんか「孤独感」がすごくある。
みんなの原稿だから、一緒に作業している、と思えば思えなくもないけど、二日徹夜とかになってくると、やっぱ疲れてはくるわけです。

俺はアキと暮らしていて、とにかく家に帰って二人の時間も楽しい。
「同じ職場でイヤになりませんか?」とか言われるけど、いや、ぜんぜん。
むしろ、いい。
例えば懸案事項があって追い詰まっていたとしても、まあ、家でも話せるわけです。
そうすると、どうでもいい話に混じって、なんかピンとくることがひらめいたりする。
ま、これがオレの場合とても多い。
このブログのテーマも、アキと話をしていて思いつくということがよくある。
アキが原作を書いているんじゃないかと思うくらい。

で、虹の会(介助以外)ロックダウンの中、まあロックダウン解除をどうするか、って話をしなきゃならなくなって。
というか、まあそりゃそうですね。
ロックダウンは簡単だが、解除が難しいわけで。

で、オレとカズミが感染者との接触が同じ状況(感染した人とは直接接触してないが、直接接触した人と多少話した)なので、まあ会って話をしようか、となったわけです。
ま、このコロナの問題、けっこうカズミが情報収集など主導してやってるところがあって、それでまあ、そうしましょうか、となったんだけど。

けどまあ、間際にそれどうなんだ?となりまして。
ここまでみんな離れてロックダウンしていたわけだから、もしもオレかカズミのどちらかが感染していた場合、うつす可能性もあろう、と。
PCRは、接触から数日たってやった方がいい、ということなので結果が出るのにまだ数日かかる。
つまりまあ、接触してから隔離状態なワケで、その結果が陰性だったら、まあ完璧じゃなかろうが、安心ではあるから、その後だったらまあいいけど、そうじゃないなら会わない方がいいのではないか?と。

う~む、と。
感染状況を考えると、確かにそう。
だけど、やっぱ会って話すのとは違う。
会って話せば、いろいろ気力がわく、みたいな話になって。

つまり、感染と天秤にかけるほど、「会って話す」ってのは重要なんだな、と改めて思ったって話ね。
最終的には、まあ会わないで、カズミの原案を電話会談してみんなに提案するひな壇を作る作業を二人でしたんだけど。

ま、何を言いたいかというと、何にしても孤独になったらよくないんです。
俺らみたいな仕事だと、どんなに重要なことでも、やりがいがあることでも、意義のあることでも、孤独に続けていたら、やっぱダメなんだよね。
気力がなくなる。
疲れちゃう。

思えば、最初の頃はもっと小さかったから、俺一人でやるコトってのがすごく多かった。
なんだといえば、介助だって24時間やってたし、夜中にバザーの値段付けなんて普通だった。
でもね、折れるんですよ。
だから、オレは多くの外の人に助けを求めてやってきて、まあそれは今も変わらないし、その時の仲間と今でもずっと飲んでるし、虹の会のことを一緒に考えてもらってるわけですけど。
その中で専従になった人もいるし、そうやってまあ広がってきて。
結果、まあ今はとても当時に比べたら楽ちんで、というか、もう一人でやんなきゃならなかった頃には戻りたくない。

そう考えて見るとですね、結局常にオレは「孤独にならないため」になんかしてきたんだよな。
仕事をどうこなすか、考えなきゃならないことを勉強するとか、そういうことを一切考えないで、オレはとにかく他の人、外の人に全てを頼り、「孤独からの解放」だけを考えてきたんだと思う。

それはきっと、自分を守るためだったんだろう。
折れたくなかったんだろう。
まあ、その時はそんなこと思いもしてなかったけど、今考えると、孤独が嫌だったんだな。

で、まあ結果からいうと、そのおかげで今はコロナでアレだけど、飲みに誘える人がたぶんオレは多いんだ。
だから、オレはとても今幸せなんだと思う。
なんでもオレは話しちゃうし、まあブログでは書けなくても、話したい感情がわき上がるようなことはたくさんあって、それを喋ることによって楽にもなるし、もっと近しい人にもなれる。
まあ、ありがたい話ですよ。

だから、幸せって孤独の反対語なのかもしれない、という話でした。
ま、時には一人もイイですけどね。







(BGM:Schola der Benediktinerabtei St. Hildegard Rudelsheim-Ebingen,M. Immaculata Rizscher OSB「O pastor animarum」from「CD 1 - 1000 Years of Sacred Music - Hildegard von Bingen」)
→宗教合唱てきなことなのかしら。
心が洗われるような気がしなくもない。
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逆転したイケメン


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福山雅治さんという人がいまして。
いましててあんた…いや、もう誰もが知ってますわな。
ナイツの漫才みたいな冒頭になってしまいましたけど。
ヤホーで調べたんですけど、みたいな。

いや、俺も知ってますよ。
ま、いい男ってことですよね。
大好きなプロレスラーの一人、イケメン選手の入場曲も福山さんの曲だったし。
イケメン選手、そのままアメリカWWEに行ったようなので頑張って欲しいと思うところですけど。

そもそも俳優さんなのかと思いきや、なんか歌も歌ってます、と。
へ~そうなんだ、と。
そしたら、浅草キッドとか歌ってて。
おいおい、と。
そりゃダメだろ、と思いました。
あれはイケメンが歌ったらあかん曲ナンバー1といってもいい。

SIONさんの歌もよく歌っててね。
でもまあ、なんだろうなあ、「福山さん=モテる=売れてる=いい生活してる」、みたいなイメージがもう強すぎるんですよ。
SIONさんの歌がまず似合わない。
ちょっとね、引いてたところがあります。

イケメンでちょっと歌でも歌えれば、もうそりゃいいでしょうよ!みたいな。
ひがみ根性ですね。
正直、そういうとこですよ。
けっこうそう思ってる人も多かろう、と思います。

もちろん、売れてるわけですから。
ファンの人もいますわ。

ウチで言うと加納さんとか好きだったらしい。
で、アキの友達が福山雅治コンサートのチケット一枚余った?だったか、くれたんだったか。
そのアキの友達も福山ファンで。
2枚だったんだけど、そのファン同士で一緒にコンサートを見に行った、ということもあったりしたらしく。

いや、もう介助とかそういうのもすっ飛ばして福山ラブですよ。
その時初めて会う二人。
福山ファンと言うだけでつながったキズナ。
その辺、まあすごいファンなんだな、と思うと同時に、いいなあ、と思うわけですが。
ま、そのくらい好きだったと。

その後、まあ福山抜きにして二人で連絡取り合ったりしたりしてたらしい。
いや、福山が取り持つ縁ですわな。
いい話です。

でもまあ、俺なんかにしてみたら、ちょっとわからないですよね。
「福山だろ?」「あのイケメンの」みたいな。
ちょっとそのあとに「ケッ!」って入る感じもあるわけですよ。
でもまあ、好きなもんは好きなんだろうから、そこは「ケッ!」とか言わず、「見に行けてよかったね」みたいな大人の対応でですね、それでやっていたわけです。

ところが、最近になって、福山さんのラジオがなかなか面白い、みたいな話を聞きまして。
どっか下ネタもバンバンぶっ込んでくる、と。

ふむ…。
いや、もしかしたらこの人、自分のイケメンを恨んでる方なんじゃないか?ということに気づいてきまして。
浅草キッドにしても、SIONさんの曲にしても、いや、よくよく考えれば、彼がイケメンでなかったら成り立つわけですよ。
つまり、なんか「イイ兄貴」でいたい人だったんじゃなかろうか?と。

そう考えると、それでも俺のような人間から長い間「ひがみ根性」をぶつけられ、それでも「本当の俺はそうじゃないんだ」と彼は心の中で叫んでいたのかもしれない。
そう考えると、媚びない感じとかは確かに昔から彼にはあるように感じてたんだよね。
モテようとかはしてない感じというか。
テレビとかでも、そんなに媚びてる感はなかったなあ、と。
まあ、そういう人は元から好きです、確かに。
となると、けっこうなんか親近感がわいてくる感じもありまして。

あれ?けっこうもしかして「逆にいい男?」みたいな。
360度、いや、失敬、180度回って、いい男?みたいに、評価が逆転しちゃいまして。
ま、俺も単純が過ぎますが、まあそんなことを思いまして。

で、先日、加納さんに、「福山っていい男みたいだね」って話したら、「いやあ、もう福山いいわ。なんでファンだったのかな、って思っちゃうくらい」と。

…ぎゃははははっはっははははは。
オレと加納さんで逆転しとる…。

聞けば、その後連絡を取り合ってるという福山のキズナで結ばれた件の友人も、「なんで福山好きだったんだろう」と言ってるとか。

…ぎゃはははっははっははははは。

いや、まあ確かに吹石一恵さんと結婚してるという時点で、ちょっとまあ、「なんだよ感」はありますけどね。







(BGM:James Blunt「Goodbye My Lover」from「Back To Bedlam [Bonus Tracks]」)
→ピアノをバックにしたバラードであります。
こういうのをライブの最後の方に持ってきたら盛り上がるだろうな。
よく知らんけど、ブラント、というのは、無愛想、という意味らしい。

林間学校でジンギスカン


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先日、アキの従兄弟の母子がウチに来まして。
小学生の男の子ですね。

彼がちょっと変わってるというか、なかなかに面白い。
まあ、最近の子どもってどうなんですかね。
よくわかりませんけど。
ま、子どもに最近も何もないか。

小5くらいになると、いろいろと友達にもまれたりして、そこでへこんじゃう子もいるだろうし、クラスの中心、という感じの子もいるだろう。
まあ、同じように小学校に入ってくるけれど、けっこうグラデーションが分かれてくるというか。

彼はどっか大人びてもいるし、同時に子どもらしいし、恐らくはクラスの中心という感じではないだろうなあ…。
きっと、本とかすごく読むタイプとみた!みたいな感じがあって。

前にも一緒にお祭りに行ってみたり、そういうことはしていたのだけれど、「佐藤さんとアキちゃんに会いたい」とか言ってくれているようなので、まあありがたいというか、じゃあ、ちょっと外では会えないから、ウチに来てよ、となりまして。

前には誕生日だったか、バレンタインだったかに本をおくったこととかもあったっけな。
それも妖怪の本とかをおくった気がする。
ま、「ヘンな本をおくるおじさんおばさん」ということで今後もやっていこうと思ってるわけですけど。

でもなんでしょうね。
人間を越える存在がいる!かどうかはわからないけど、妖怪とかがいる、とか死後の世界には天国と地獄がありまして、みたいなことって、やっぱ大事かな、とか思って。
そういうのが子どもの頃に頭の片隅にでもあってくれたらいいなあ、と。
まあ、聞けばけっこう怖がって読んでくれて、というか見てくれたらしく、なんかよかったなあ、と思っていたんです。

ま、彼の家は「いい家」と言っていいと思います。
両親揃っているし、そもそもお父さんが高給取りっぽい。
都内の一等地といってもいいところに住んでいるし、まあ俺らなんかとはちょっと住む世界が違うというか。
「ウナギはおいしいのがいいですね」みたいなことを言い出すというか。
もしかしたら、キャビアとか食ってるかもしれない。
ステーキも分厚いのかもしれない。
外食に行くと言って、もしかして高級フレンチかもしれない、みたいな感じすらある。

なので、もうウチに来たらモツの焼き肉しよう!となって。
たぶん、あんまり食ったことねえだろ、みたいな感じで。
買ってたんですけどね。

これがね、出す機会を失ってしまいまして。
前菜的なことで事足りちゃったというか。
というのは、もう食わない!
というのは、もうずっと喋ってるの!
おしゃべりが楽しくて、もう食うのを忘れてるわけ。

ま、こちらサイドは俺とアキとアオテツという布陣でありまして。
やっぱ本好きの少年が来るとなったら編集者アオテツの出番でしょう。
本好きの少年の未来をゆがめて、失敬、正統な本好きに育てたい、ということですね。
たくさんの本を持ってきてくれて。
彼ももらって帰ってくれたわけですが。

で、どうも彼は最近、メダカに凝っているようで。
「メダカを飼っているんです」と。
「ユーチューブとかも見てるんですよ」と。
「○○って種類があって、それが高いんです」とか。
へえ、じゃあ将来はメダカ屋になりたいの?と聞いたら、「なれたらなりたいですけど」と。

「でも、この前、死んじゃったんですよ」と。
「2000円分くらい死んじゃって」と。

ぎゃははははははっはははははは。
値段?そこ、値段?と。

ま、聞けば、お金はある程度自由になる家だけれど、それはよくないってことで、けっこうお小遣いとかをしっかりさせて、子どもにはあまり贅沢をさせていないらしい。

「○○ってメダカを育てると、100万円くらいになるんです!」
…ぎゃはははははは、そこも値段か!
「メルカリとか、そういうのにメダカも出てるんです!」
「でも、ウソのメダカだったりして、よくないってこともあるんです」と。
ぎゃはははははは。
サギ問題にも触れている少年。

ま、彼としては、いろいろメダカを育てればそれでお金が入ってくるから、そうなったらまた新しいメダカを買いたい、と。
そういうことらしい。

まあ、そうだよなあ。
買ってくるしかないのかあ。
メダカとかって、その辺で捕まえられないの?と聞けば、「ウチの辺じゃいそうな池とかがない」とか、「生息地ってのがあって、こっちではいないんです」とか言ってた。

聞けば、カエルもあまりちゃんと見たことがないという。
ええ!?ウチの玄関によく来てるよ!というと、「え!カエルって本当にいるんですね!」とワケのわからないことを言われてしまった。
ま、ウチの近所は田んぼ多いしな。
彼の家の周りには田んぼはなさそう。

で、まあその時は昼間ってこともあったのか(カエルは夜の方が行動的って感じ)カエルはおらず、彼が帰ってその晩、ウチにみんな来たんだけど、その時にはもう玄関にカエルがずいぶんいて。
外口さんが帰ろうとしたら、「玄関にカエルいますよ!」なんて言ってて、なんと玄関内にも入ってたりして。
ああ!もう!彼がいるときに出てきてよ!という。

なんでもうしょうがないので、夜、ウチの玄関前で育てている蓮の葉の上でカエルが全身を膨らまして鳴いている様を動画にとって彼に送りました。

帰ってすぐにアキのところに電話が来て、「またアキちゃんち行きたい!今度の土曜日どうですか?」とか言ってきたらしい。
いや、うれしいことで。
まあその日は彼は林間学校みたいなことだったらしく、お母さんに「林間学校でしょう」とかツッコまれてたらしい。

そういえば、「林間学校あまり行きたくないんです、だって林間学校でジンギスカンを踊るんですけど、それがイヤなんです」と言っていた。
「だって、林間学校でジンギスカンって意味わからないじゃないですか!」

…ま、いや、そりゃまあそうだよねえ…。







(BGM:EGO-WRAPPIN'「くちばしにチェリー」from「Night Food」)
→戦後の昭和モダンサウンドをうまい具合にイントロに持ってきてて、いい感じ。
ビックバンドの使い方もうまい。
つまりはまあ、もうこのアレンジありきでこの曲を作ってるんだろうな。
メジャーってすごい。

いったん、さようなら


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工藤会長、先日56歳で亡くなりました。
56歳と言えば「若いのに」と思うかもしれないけど、筋ジストロフィーの中でも短命だと言われているデュシャンヌ型。
俺らが若い頃は二十歳まで生きられればいい方だ、といわれていた。
まあ、今は呼吸器とかいろいろ進化しているから、その数字は伸びているのだろう。

そもそも彼は小さい頃から病院に入っていて。
院内学校に通っていた。
最初のウチは歩けたけど、歩行器になり、そして車椅子になりという。
彼だけじゃなくて、まわりのみんなも同じ病気で、まあそうなっていく、みたいな感じ。

彼が23歳の時に一念発起して退院することになり、一人暮らし。
俺はそこから一緒にやってきた。

病院を出る時には、「一人暮らしなんか無理」「出たら死ぬ」みたいな脅しのようなことも言われた。
言われたけど、でも彼は出てきて、彼に言わせれば、「クラスでタイムマシンを校庭の隅に埋めたんだけどさ、掘り出す前に、病院にいる連中はみんな自分が埋まっちゃったよ」と。
病院にいる同級生はもういず、結局「死ぬ」と言われた彼が一番長生きしたわけだ。

結局、「やりたいことをやる」とか、「自由に選択する」ってことがどれだけ長生きにとって大事か、というようなことなのかな、と思うんだけど。

同じ障害のあき江さんが29歳で亡くなっていて、実はあき江さんのお姉さんも同じ障害で29歳で亡くなっておりまして。
佐竹というのがいたんだけど、彼も同じ障害で、介助派遣システムを立ち上げた人だったんだけど、彼も29歳で亡くなっていて。
なんだか、29歳ってのが、呪われた数字だったんだけど、それを越え、30を過ぎ、40を過ぎ、50を過ぎ、どっかまあ、「工藤さんは死なないのではないか」くらいのことは思っていたように思う。


確かに何度かの大手術もあったけど、なんやかんや工藤さんはいつも戻ってきた。
気管切開をした時には、「家族以外では吸引をやっちゃいけない」みたいな「慣習」だな、つまりは、そういうのもあったけど、押し切って戻ってきた。
そして、自分で全てコントロールする、いわゆるストイックな工藤さんがその時に生まれたよな、と思っている。
そこまでは「まあまあ」でやれていたことも、徹底した消毒なんかをする必要が出てきた。
でも、それを介助者にも徹底することで、そのことでトラブルもなくここまで生きてきた。
工藤さんがいたから、他の同じ病気の人が気切をしても地域で暮らすことができるようになったと言える。
その第一人者である。

そのあたりから、俺はあまり介助に入ることはなくなった。
介助料が出るようになったからだ。
それによって、介助者に厚みができて、緊急時にも交代する人ができたというのがある。
なので、もしかしたら、今の介助者はそのストイックな工藤さんしかしらないかもしれない。
介助者の中には怒られて「泣かされた」という人もいる。


最初の頃、そもそも介助料もなかったから、俺は24時間介助をしていた。
学生のボランティアも募った。
しかし、携帯電話もない時代。
ポケベルですらその数年後に登場したのであるから時代である。
なかなか学生に連絡が取れなかったりして、もう電話が手放せない日などざらだった。
その介助者にお金を出せるようになって、その介助者の層が厚くなって、それらは、工藤さんがいたからそうなった、とも言える。
役所に行って折衝し、「介助料出さないなら、俺はこのままここにいる。介助者がいないから帰れない」と市の人に言い放ったこともある。
夜遅くまで市役所にこもったこともあった。

彼の人生そのものが、浦和市の、今はさいたま市の介助保障の歴史であると言える。


ま、ここまでが彼の足跡で、こっからは俺と彼の話だ。

俺が最初の頃24時間介助をしていたことは書いたが、まあケンカばっかりしてたと思う。
やっぱ、24時間介助は無理なんだわ。
数ヶ月それは続いた。
24時間が俺も工藤さんもイヤだったから、必死にボランティアを募った。
あの頃が一番辛かったな。
金も貰えなかったし。
そもそも金がないし24時間だから、工藤さんちに住んでた。

でもまあ、いつかなんとかなるだろう、って希望だけはあった。
俺も工藤さんも若かったってのもある。
年齢は、彼は俺の一つ上。
同じ世代だったこともある。
だから頑張れたのかもしれない。

ま、こう書けば「いい話」だけど、実際は最初はケンカだからな。
でも、そのうち、ボランティアの中でも頼りにできる人が増えてきて、余裕が出てきた。
好きなオカルトやUFOのテレビ番組や映画に熱中もした。
たまたま趣味が同じだったんだよな。

介助をしない期間を経て、工藤さんと会うことは一時少なくなったが、何のきっかけだったか、週に一度映画を見に行こう、みたいなことになって。
だから、工藤さんとはなんやかんや週に一回は会ってた。
介助者を挟んで、俺と工藤さんがやっと介助抜きで友人になった日々が始まる。

いろんな映画を見たな。
主にはホラーだけれど。
井上たちも時に誘ってやったりして。

その後、ペースメーカーを入れたりして、呼吸も弱くなり、映画館に行くのが厳しくなった、ということになり、でも、工藤さんの家の巨大テレビで毎週なにかしらを見た。
オンデマンドには、シネコンにはない、B級ホラーも多く、「アレが見たい」「コレが見たい」と俺は工藤さんにリクエストして映画を見た。
市丸たちも、野球の日本シリーズを見たいとか言って、工藤さんちで一緒に見たりもした。
工藤さんの家は多チャンネルだったからね。

ケンカ別れしなくてよかったな。
いつかこうやって友人になれるもんだな、とも思えた。


ケンカしてきたし、それだけじゃない、もっと彼にはいろいろやってやれたのかもしれないという思いはある。
ぶっちゃけ、性的なこととか、もっと踏み込んで一緒に考えればよかったと思ったりもしていた。
思っていたけれど、何もしなかった。

だからどっか、「俺は工藤さんに恨まれてるかもな」と思っていた。
亡くなった後、病院で工藤さんに会った時、でもわかったんだよな。
「お互い様だ」って。

あの時辛かったのは、俺だけじゃない。
工藤さんも辛かった。
二人とも辛かった。
もうドローだ。
だからこそ、映画好きな友人になれたのかもしれないし。

向こうで会ったら、映画の話をしよう。
それまで、君の残したモノをしっかり続けていくから、ちょっと待っててな。


あ、そうだ。
それともう一つ心残りなのは、工藤さんと霊はいるのか?って話をしてた時。
「もし、俺が死んだら、このホワイトボード(薄っぺらい小さいのが工藤さんの家にかかってた)を揺らすから」と言ってたんだけどさ。
「でも、工藤さん、手が動かないじゃん」とか、その時は軽口を叩いていて。
「なんか、でも死んだら自由に手足動くらしい」とか。

でも、そのホワイトボード。
まあ、部屋の模様替えでしょう。
いつからかなくなっておりまして。
まあ、俺もその話も忘れていたんですけどね。

でも、彼が死んで部屋に戻ってきた時にその話を思い出してね。
ホワイトボードがないもんで、霊がいるのかいないのか、その答えが出ないまま、というのが心残りです。


ま、でも向こうで会えるか。
そうしたら、二人でなんか揺らそう。
俺はまだまだ生きるつもりだから、ちょっと先になるけど、でも、まあなんかそういう風に考えられる年になったな。

向こうにはあき江さんも、佐竹も、かおるさんも、藤井もいるだろうから、ヒマを潰していてくれや。



なお、このご時世でもあるので、葬儀等は近しい者のみで執り行うこととしました。
遠くから、工藤さんの冥福をぜひ祈ってやってください。








(BGM:Katy Perry「Firework」from「Songs For Japan [Disc 1]」)
→東日本大震災のチャリティCDってことになります。
これは「花火」ってタイトルになりますか、まあ、和訳を読んでみますと、「まだチャンスは巡ってくる、あなたの中には花火があるんだから」みたいな感じの歌詞でした。
花火って、なんだかまあ原発事故をどこか思い出しちゃうな、みたいなこともあったりなかったり、でもまあ、複数形じゃないし、直訳とは意味はちょっと違うのかもな。

「たまたま」ラッキーだった学生時代 その3(ラスト)


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で、まあ今に至るわけだけれど、その飲んでるときに思い出したことがあって。
こっからが本論と言うことになりますけど。

教育実習というのがあるじゃないですか。
小中学校の時は、もうしょっちゅう来るんです。
二ヶ月にいっぺんくらい来る。
しかも、一クラスに3人くらい来る。
だから、もう全然覚えてないですけど。

でも、唯一覚えている中学の時の教生の授業があって。

それは国語の時間だったんだけど、その時にまあ「この時の主人公のきもちを考えましょう」みたいなのってあるじゃないですか。
その時に、まあ先生が指名したのかなんだったのか、まあ数人から出るじゃないですか。

「悲しい気分だったんじゃないかと思います」とか。
「それでも希望を感じていたんじゃないかと思います」とか。
ま、そんな感じだったんだと思うんですよ。
ここは覚えてないけど。

そしたらね、その先生、「そうですね」「きっとそうだったでしょうね」としか言わない。
で、次にいっちゃうの。
で、また「この時、この言葉を聞いて女の子はどう感じていたのかな?」とかそういう感じの。

で、また生徒からいろいろ出る。
で、また「そうですね」と言って、次に行く。
この繰り返しで。

で、二回目くらいで、なんとなくざわついてきたんですよ。
つまり、「先生答えはなんですか?」ということですよね。

先生が聞いたことに関して、いくつかの答えが出た。
けれども、先生は「どれが正解か」を示さない。
そのまま進む。
つまり、これがいい中学のアレかと思うんだけど、ここで、生徒は「正解」を知りたがり始めた。

で、まあある生徒が途中で、「先生、どれが正解なんですか?」みたいなことを聞いたんだ。
そしたら、その教育実習の先生は、「正解とかはないです。本を読んで、それがあなたの感じたことなのだから、それでいいのです」と言ったんだよね。

これ、すごく覚えていて。

つまり、国語のテストだと正解と不正解を出さなきゃいけないけど、それそのものをこの先生は「そうじゃない」「正解などない」と言い放った、という図式。
テスト至上主義のいいところの中学の授業としては、まあ減点なんですよ。
でも、それをそのまま最後までその先生は続けたの。

俺はなんか、その先生が言ってることがすごくわかる気がして。

だって、文学作品だ、まあ教科書に載るくらいだ。
完璧な作品と言っていいでしょう。
それにだって、読む側の気持ちや立場、そういうのが変われば、感じ方も変わるんだ、と。
よくよく考えればごく当たり前のことなのに、俺たちは「テストの正解」ばかりを探してる。
こりゃおかしいよ、と。
文学や芸術に正解などあろうはずもないじゃないか、と。

中学の時にそう思っていた。
だからまあよく覚えているんだけど。
ま、これ以降、俺は国語は嫌いじゃないのに、「国語のテスト」が大嫌いになった。
ウソだと思うようになったから。

実際に自分が教育実習に行くことになってわかるんだけど、あれって、教生が「教案」というのを書いて、いわゆる台本だね、それを担当の先生に見せる。
で、いろいろ直されるわけ。
一回45分の授業だとすると、そのためにもう自分で書いて、直してもらって、また書いて、また直してもらって、って5時間も6時間もかかるんだ。
それを経た授業が、この授業だった、と考えるとね、ま、中学の時は担任が国語だったので(3年間同じクラス。担任も同じ)、担任がこれでOKって言ったんだよな、とも思う。

そもそも「どう感じるか」「どう思ったか」を一つの正解にするようなこと、おかしいじゃん。
多様性が叫ばれる中、まあ当時はそんな言葉はなかったけど、それはどう考えてもおかしい。

だから、なんかね、あの先生はこの「いい中学にいる生徒達」に、何かを伝えたかったんじゃないか?って穿った見方もしてるんだ。
そして、俺はそれに気づいたよ、って伝えたい。
ま、女の先生だってのは覚えてるけど、顔も名前も忘れたけど。

ま、何が言いたいかというと、俺の場合は本当に教師に恵まれていて、「君がどうあっても支えてやる」ってずっと言われてきた気がする。
勉強ができるできない、校則を破る破らないがどうこう、遅刻をするしない、いつもトイレでたむろってる、卓球場の裏でタバコ吸ってたの知ってるぞ、とか、そういうことじゃなくて、とにかく「どうあっても君はいい子だから」って。

これは大学でも同じで、そして教育実習の時の担当の先生もいい人だった(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-251.html)。
ものすごく影響を受けた。
「教育実習は、今各地で行われていて、数千の人がやってると思うけど、君ほど頑張った人はいない」と彼は俺に言った。
いや、それは本当に「ついていこう」「この先生から学びたい」と思ったからなんだけど。
他のクラスの先生から、「○○先生(担当の先生)は、佐藤先生(俺)みたいな人大好きだからね」と言われたけど、マッチもしたんだろうと思う。

全ては偶然で、たまたまなんだけど、今考えれば、その中身の勉強よりも、そうやって「寄り添っていけば子どもはなんとかなるもんだ」ということを教えられた気がして。
俺の中にそれが染みついているというか。

多くの人が、先生との相性もあるんだろう、イヤな先生にあたって学校が嫌いになったり、そもそも大人を信じられなくなったり、そういう状況に陥ってる中、ホントに「たまたま」俺はラッキーだったと思うし、そして、俺は市丸達に対して、そういうひとにならなきゃいけないな、と思っている。

それをまあ、学生時代に学んだかな。
正解は見つからないけど、でも毎日なんとかやっております。






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(BGM:イルカ「あの頃のぼくは」from「イルカ Best☆Best」)
→イルカさんって、一人称「ぼく」で決まりだよね!
ベスト盤だけれど、やっぱ☆入れたいよね!
という感じです。
イルカさんのラジオ、日曜の朝にやってるので、よく聞いてるんだけど。
この人、ちょっと喋った感じが下品でいい。
いや、上品なんですけどね。
なんかちょうどいい下品。

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