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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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オナラジェット! ★ 映画 「スイスアーミーマン」


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専従募集


ちょっと前になるんだけど、所沢に行く用事があって、まあいろいろあってその用事は完全には実現しなかったんだけど、まあ行きまして。
で、時間もあく。
「これは一人で映画を見るチャンス!」と思ったら、ちょうど映画館もある。

その名前が、「レッツシネパーク」。
…レッツシネ!、って…。

なかなかイカした名前です。

で、その映画館、入ってみると、リクライニングシートというのが同料金でありますよ、と。
へえ、なんだべ?と思い、その席でお願いすると、いやいや、これがもう快適すぎる。
リクライニングするわ、フットレストあがるわ、首の部分も上がり下がりしたり。
そしてなにより、席が広いの。
なんか、二人分くらいある気がする。
だから、もうなんか悠々なのよ。

シネパーク、なんていう物騒な名前にしては、快適、というパラドックス。
いや、なかなかいいです。


で、そこでちょうどこれまたやってたんですよ、「スイスアーミーマン」。
これ、ずいぶん話題になっていたし、アオテツからも評判は聞いていて、とにかく見たかった。
見たかったが、なかなか時間もなく。
もう、そろそろ終わっちゃうかな、とか思っていたら、この偶然の感じで、しかも所沢で見れるというラッキー。

思っていれば出会う、というのは、本当である。

あ、そうそう、この映画、ラスト、出会ってしまう。
これね、いや、出会いたかったんだが、出会ってはいけなかった、というか…。
簡単に言えば、片思いの相手、ということなんだが…。

切ない。
切ないよ、これは…。


というわけで、中身ですが、ハリーポッターのラドクリフさんが、「アーミーナイフ」、つまり十徳ナイフの男を演じている。
といっても何のことやらわからないですよね。

無人島で絶望に打ちひしがれる主人公、そこにラドクリフさん演じる死体(と思われる)が流れ着く。
しかし、その死体、アーミーナイフのように「使える死体」だった…。

最初、とにかくオナラなんですよ。
腐敗ガスなのかな?ということなんだけど、オナラがジェット噴射のように出まして。
その彼の背中に乗って、サーフィンよろしく無人島を脱出する…という。

…馬鹿馬鹿しいにもほどがあるというか、小2的発想なんですけど。

その後にも、エロ本を見るとポコチンが故郷を指し示す、とか、口から水が溢れてくる(水筒の役割ですね)、とか、口からなんか発射して獲物を捕まえる、とか。
…くだらない。


けど、このラドクリフさんがなぜか喋り始めてしまうあたりから話が加速していきまして。
同時に、主人公の悲しい片思いの話も出てきて、だんだん、ヒューマンドラマになっていくんだけど。

主人公も、なかなか社会に溶け込めない、そして、もちろん女性とも話すのが苦手、みたいな「イケてない男」の代名詞のような男で。
同時に、ラドクリフさんだって、死んでるわけで。
でも、まあ、しゃべってるんだけど…。
互いに、なんか「このままじゃダメだ」みたいな。
なんかよくわかんないけど、だんだんそのラドクリフさんが死んでるんだよな、ってのがわからなくなってくるんですけど。

親友同士が遭難してる、みたいな感じで。

で、この主人公、ちょっと潔癖というか、オナラも人前でできない、みたいな。
それは、ラドクリフがバンバンオナラをするのとは真逆でありまして。
バンバンオナラするというか、もうオナラジェットですけど。
でも、そういう性格が、この主人公を歪めてるというか、それは父親のダメな教育方針もあってのことなんだけどさ。

その辺から、「そんなことじゃダメだ。隠れてオナラするようじゃダメだ!」みたいな。

もうなんかね、オナラがすごく崇高に見えてくるというね。


そしてラスト。
最悪のバッドエンディングなんですが、ラドクリフさんだけは、オナラジェットで再び海に帰っていく。
冒頭からラストまで、よくよく考えたら、これ、オナラ物語ですよ。

なんかね、泣けちゃった。
しかし、自分で書いてて笑ったけど、オナラジェットって…。


馬鹿馬鹿しくて、どうしようもないんだけど、でも切なくて、悲しくて。
確かに希望が持てる感じではないが、でも、オナラってやっぱ重要だよな、というか。

冷静に考えれば、恋人同士でも、オナラの問題はつきまとうわけで、けっこうね、オナラでみなさん笑いますけど、泣き笑いというか、重要な人間関係の「何か?」の物差しでもあるような気がしますよ。




(BGM:梢みわ「若いけもののように」fromYOUTUBE)
→語尾に「アハ~ンハン」がつく歌唱、ってのがありますけど、これは薄~くそれを倣ってる感じですね。
もっと思いっきりやっちゃった方がよかったかしらね。
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この前、カブキと出かけて、というか、車に乗せていて。
リフトで車いすのまま乗る感じの車なんだけど、カーブで、カブキが車内で転倒してしまい。
車を止めて、救い出したわけですけど。
どこにもまあケガとかはなくて、ホッとしたわけですが。
このこと自体はあっちゃいけないことですが、まあ、気をつけていたとしても100%というのはありえないわけで、今後気をつけなければならない、ということで気を引き締めなきゃならないわけですが。

それはちょっとおいておいて。

この時、カブキが、「この車いす、ちょっと軽いから動きやすいのよね」とか言ったんです。

…う~む…。

そういえば、昔、ある坂道でカブキの車イスを押していた市丸が手を離してしまいカブキ転倒。
周りは市丸を責め立てるという雰囲気の中、カブキは「悪いのは坂道なのよ」と言い放ったことがありました(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-3763.html)。

なんていうか、彼女は何が起こっても、「悪いようにとらない」人なんだよね。

カブキはにじ屋にいるわけだけれど、同じ職員の女性としてアキとか陽子とかいるわけだけど、カブキのトイレの介助ができるという意味ではアキ、カズミ、ハラ、とかがいるんだが、ハラはやっぱり新人だから、うまく行かないところもあって。
いきおい、カブキは、ハラ以外の人にトイレを頼むことになるんだけど、そのことを、カブキはけっこう気にしていて、ハラが遅刻したりすると、「大丈夫かな」、体調が悪くて休んだりすると、なにかハラにまつわる絵を書いてみたり。

気を使うし、そしてまあ、何があっても悪いようにとらない。

これおそらく、彼女自身に邪心がないんじゃないか?という風にも思えちゃう。
もちろん、そんなことはないし、障害があってトイレ介助を頼まなきゃならない自分に対するイラ立ち、みたいなモノもあって。
障害者に生まれなかった兄弟への憎しみ、みたいなモノもないわけじゃない。

でも、基本的に、とてもまあ、育ちがイイ、というか、そういうモノを感じるわけですが。


ノブもそういうところがあって、「困った人は助ける」というか。
ま、そりゃあたりまえなんだけど、カブキと同じように「悪いようにはとらない」。

いい人なんだよね。


これね、とてもいいことなんですよ。

やっぱ、人を疑ってみたり、うらやむばかりで何もできない人って言うのもいてね、それは何も生まないというか。
何も始まらないんですね。

人の裏ばかり読もうとする人、いるじゃないですか。
別にそんなのないんだけど、ないモノを掘ろうと必死になる人、というか。
つまり、「他人の裏」を自分で作っちゃうんだよね、このタイプの人は。

おそらく、自分にウラがあるんだろうな、と思うんですけどね。


そう考えると、この二人は、とてもいい。

けれども、「競争心を煽る」みたいなことってのが、彼らには通用しないところがありまして。
もちろん、素直な二人だから、頑張れ、といえば頑張るんですが、彼らの「範囲内」のことでしかなくて、それを超えるような場所に持っていくことがなかなかできないんだよね。

そのために、まあ競争心を煽ったり、意見の違いを引っ込めるんじゃなく、押し出させて対話、時によってはケンカを煽ってみたりするわけだけど。
そういうことを経て、まあ、そもそもケンカなんかそうそうしたことないですからね、彼らは。
新しい自分を見つけさせる、というか。
そういう手を使うんだけど、この二人には、ソレが通用しないんだよね。

意見の違いがあっても、「まあまあ、だからそういうこともあるのよね」とか言っちゃったり、「ソレでイイと思う」って自分の意見を引っ込めちゃったり。
マラソンで「アイツに勝て!」と言っても、「みんな頑張ったんだから」みたいなコトになっちゃったりして。


かなかこう、いい子って、逆に自分の枠から出られないのかな、って思ったりします。
いや、悪いことじゃないというか、いい人だと思うんですけどね。
だから、いいんでしょうけど、なにかこう、もう一歩踏み出させたい、というか、「人間くさい悪い感じ」ってのも、なにか彼らの中に見つけたいな、と思う今日この頃なのです。




(BGM:八田富子「女番長(スケバン)ブルース」fromYOUTUBE)
→スケバンは、基本美人じゃないと苦しいかと思うんですけど、ジャケット見る限り、苦しい感がありますね。
水たまりに顔つっこんだくらいの苦しさ、というか。

仲間は金では買えない


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先日、まあつくづく思ったんだけど。
知的障害者のガイドヘルプとかのことを、介助者とか、まあ支援者とか、言います。
ウチの場合は、まあなんの名前もつけてないので、例えば森さん、とかTAROさん、とか名前ですね。
職種の名前をつけていません。

で、ですね、知的障害者の場合、そして子どもだった場合、やっぱ「親が出る」ってことが、結局は大きかったりする。
カブキが、以前に使っていたヘルパーの事業所も、カブキが電話を入れて時間の変更を言っても、「親の変更の電話しか受け付けない」みたいな感じでしたから。
つまり、「親が依頼して、本人のところに派遣される」というのが、介助者だったり、介護者だったり、支援者だったり、ということですね。

本人が子どもだった場合は、まあイイというか、そういうもんですよね。
保護者が、保護すべき子ども本人のために介助者を依頼する、という図式だから。
責任があくまで保護者にあるわけだから。

実際、まあ成人後の知的障害者の「保護者」という観点をどう考えるか、の問題はあります。
もう「被保護者」ではなく、むしろ「保護者側になる可能性のある歳」なんですが、でもやっぱりいわゆる作業所や施設なんかでは、「保護者会」とか言ったりするらしい。
成年後見人、とか、まあいろいろあるわけですけれど、実際問題、本人を「大人として扱うか」みたいなことですけど。

法的にどうこう、ってのは、まあまた別の話で。
だって、大体の場合、知的障害者の後見人って、親や親族がなってる場合が多く、それって結局、相続問題なんですぶっちゃけ。
本当に「親から離れる」とか、「自立する」みたいな意味では機能しているとは言いがたい。
それは、まあ、また別の時に。

で、なにがいいたいかというと、つまりですね、「親が出ざるを得ない」というのは、まあわからなくもない、という前提の上で、でも、「親が出た時点で、介助者だとか支援者だとかとの対等な関係」というのは、「絶対的にできない」ということを、理解しなきゃいけない、ということなんです。

親は徹底的に「異物」なんです。

「仲間を作る」「友だちを作る」ということのラインの中で、親はそこに「入ることはできない」のです。
逆に言うと、「いたら仲間はできない」のです。

親や教師というのは、子どもの仲間同士の関係においては「異物」であって、だからこそ、イジメ、は異物である親や教師に発露しにくいのです。
「異物を仲間関係の中に入れる」という行為は、仲間の中では「重罪」で、あってはならない。
それは、仲間を否定することになる。

それをした場合、「チクった」ということになり、その行為自体が「イジメ」の原因になるほど、「親の存在」というのは、仲間作りの中で重要な意味を持つのです。
悪い存在、あってはならない存在、という意味で、重要なのです。

もっと言えば、親や教師の一言は、「仲間のヒエラルキーは変わる可能性がある」くらいの、大きな威力を持ってるんです。
だから、「子どもの仲間関係」を大切にしたいのであれば、下手な介入をしてはいけない、のです。

というのが、基本。

ですが、こと、子どもが知的障害者だと、これがまず壊れてしまうことが多く、「親とセット」という感じになってることが多く、親はそれでも、「この子にも友だちがいるんです」とか言うんだけど、いやいやいや、その友だちサイドにして見たら、「親がいる前だから「付き合ってやってる感じ」を出してるだけ」で、実際友だちなんかじゃありません。

ここ、勘違いしちゃダメなんです。

もっと言えば、親が嫌がることをみんなでやるのが仲間の絆だったりするわけで、親が嫌がる場所にみんなで行ったりするのが青春だったりするわけです。
これは何も子どもを邪悪な存在としたいのではなくですね、「構造として」そういうことなんですよ。

親は異物。
このことを「しっかりと認識していなければならない」のです。


それでも、先に書いたように、「親が出ざるを得ない場面」はあるとは思うんです。
先に書いたカブキの介助の事業所とかも含めて、一般にはそういう社会だから。
それに、子どもだったら、それはそれでしょうがない。

でも、「私は異物なんだ」「この状況は、いつか脱しなければならないんだ」ってことを、介助者・支援者サイドも、そして親もしっかりと認識してコトに当たらなければならない、と思います。

ここのところを、「親が入ってあたりまえ」とか、「親がいて当然」みたいな感じで、介助者と親の関係ができあがってしまっていると、本人は未来に絶望しか持てなくなります。

だって、異物がいる事を肯定されちゃったら、一生、仲間はできない、ってことになっちゃうんだから。
「表向き仲良くしてまーす」みたいな関係しかできない。
それが、本当の仲間ではないことを、子どもはわかってる。

子どもは、大人よりずっと敏感ですからね。


もっと言うと、介助者、支援者という人たちは、仲間にはなりようがないんです。
だって、金もらって仲間になる、なんて、最悪の人間のやることですよ?
介助者、支援者の立場、存在とは何か、もっと冷静に考えた方がイイ。
感情的になって、「俺たち仲間だから」とか言うの、見ててイタイ。
親が言ってたら、なおイタイ。

俺らもそうですね。
そもそもまあ、俺は市丸や井上の「仲間」ではありませんけど。






(BGM:尾咲ロミオ「不良少女のテーマ」fromYOUTUBE)
→うす~いな~薄い。
全体的に薄いんだわ。
曲も演奏も、歌詞も声も、なんだか全部薄口。
おい!もっと醤油ぶっかけてくれ!という感じ。

「緊急」の正体


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他とウチと半々来ていたカブキがウチにだけ来るようになって。
向こうさんとはおつきあいがないので、よくわかりませんが、とあるルートでは「障害者(利用者)はお客さんだから、いなくなるのは…。休みの日とかにウチのサービスを使ってくれないか」みたいなことを言っているとかいないとか。

いや、こういう発言自体は、もう一般的なんだと思います。
残念ですが。
つまり「利用者」は「金づる」という意識だろうから、こうなると、「できるだけ利率を上げるために、めんどくさいことは断って、最小のことをしよう」という気持ちになっていくだろうなあ、と思い、暗澹たる気持ちになりますが。

ウチの場合、まあ例えばアクムやノリが泊まりに来たとしても、特になんか金をもらってるということはありません。
もしかしたら、そういう手はあるんでしょうが、今の時点では「彼らは仲間である」ということをきちんとやっていきたい、という気持ちもあるし、少なくとも「金づる」にしたくない。

で、まあその親が、メールで「●日、泊まりお願いしたいんですが、大丈夫ですか?」とか言ってくるわけですが、まあ「いいですよ」と返すことになります。
ま、こっちも休みの日とかがありますから、親御さんの方もそれにかかる「頼みにくい日程」だったりすると、その「泊まらせてもらいたい理由」を書いてくれるんだけど、同時に「緊急ではなくてすいませんが」みたいなことも書いてあったりすることがあります。

例えば、夫婦でどこかに出かけたい。
とか。

いやいやいやいやいやいやいやいや。
緊急じゃん、と。

っていうか、緊急ってなんだよ、と。


ま、障害者福祉の世界では、通院とか、親が倒れたとか、そういうことになるんかな。
そういうことだと、「デイケアを使えます」とか「ショートステイ?を使えます」みたいなことになるんですね。
じゃないと、「ダメです」みたいな。

おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい。
つまりですね、前提としてデスね、福祉の世界で言う緊急、ってのは、「使わせないための口実」なんですよ。


あのね、例えば夫婦で出かけたい、なんてのがね、どのくらい大事なことか、ってのは本人次第というか、本人にしかわからないでしょうが。

生活ってのはそういうことで成り立ってるわけですよ。

それを他人に「緊急か」「重要か」「重大事案か」を判定されるなんてこと自体がバカバカしいとは思いませんか?


こういうことを言うと、「なんでも使えちゃうじゃないか!」という人がいますが、難でも使えてイイじゃないですか。
福祉ってのはそういうモンでしょうが、と。

つまりですね、同世代の「健体者と同じことができる」ところに持っていく、というのが福祉の考え方なんですよ。
本人もそうだし、親もそう。

たいがいの場合、中学生くらいになれば、昼間の間くらいなら一人で留守番させる、なんてことが可能になってきます。
それができなきゃ、それができるようにするのが福祉の仕事でしょう。

それを、福祉行政や福祉を実行する団体が「それは重要だな」「それは緊急だな」なんて区別する必要がどこにあるのか?
それは、つまり、福祉の本質から言って、すごく「ズレた」論議なんです。


つまりね、今の福祉ってのは「どう使わせないか」ということに腐心してるんです。
介護保険もそう。
利用者負担を導入することで、「高くて使えない」という人を増やしたいんですね。
利用者負担さえなければ、もっと多くの人が、もっとラクに社会に参加できます。
同時に、その高齢者の方を介護している息子さん、娘さん、嫁さん、といった人たちが社会で輝くことができますね。
安倍政権も「SHINE」なんて言ってますけど、まあローマ字で「シネ」かもしれないのであれですけど、だったら、利用者負担なくせばいいんですよ。

そうなると財源が…なんてひとがいますけど、いや、だったら今国会で話題になってるモリカケだとかの学校の云々とか、そういう国民の財産をただ同然で売り飛ばしちゃってることをもっと問題にしたらどうでしょう。
それが先でしょう。


てなことで、まあ、緊急とか、馬鹿馬鹿しいですよね、という話です。
というか、それ以前に、カブキやアクムを「金づる」としてみるなんてことしたら、おそらく彼らと仲間には決してなれませんわな、って話。

現場は、どこでがんばらなきゃならないか、ちょっと考えた方がイイ。





(BGM:港雄一と浦野あすか「だまされごっこ」fromYOUTUBE)
→港さんは、ちょっとだけ歌ってるけど、基本、しゃべってんのね。
しかもこう、東京弁の「やさぐれ台詞」。
ま、需要がわからんですね、需要が。

討論の話ばかりになってしまったが。


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というわけで、太陽肛門スパパーンさんのCD発売を記念するライブがあるということで、まあ俺が最初に太陽肛門スパパーンさんを見に行ったディスクユニオンのライブスペースに行ってきたわけだけれど。

いや、もう新しいCDは持ってるんじゃ。
「なんだよ!CDをディスクユニオンで買わないと入れないのかよ!」と憤慨していたわけですが、「いや、そうじゃなくて、2700円(CD代金)で、ライブを見て、おまけにCD付いてくると思えばいいんだよ」という考え方でね。

あ、そうか、と。

…いやいやいや。
まあ、でも2700円でライブ、と考えればいいのか。
CDを買って、付いているライブ入場券を行使する、と考えると、まあ、確かにCD分トクした気分になれるが、別にCD2枚はいらない、という。

…ま、いい。
そんなことはいい。

とにかく、どっちにしても、太陽肛門スパパーンさんのライブは、日程が合う限り行こう、というね、そういう風にアキにもいわれ、そうか、と。
行きますか、と。

いうわけで、ウチにはすでに3枚ほどの新作CDがございます。


今回、やっぱ総選挙後ですから。
演奏の合間にある討論の時間もなんか充実してくるか、と思いきや、いつもの通りでしたけど、でもなんか「やっぱ自民に入れちゃう人」って、まあいるよな、って話もあったりで。

エコとか、無農薬とかいってても、どっかそれって資本主義と親和性が高くて、いわゆる渋谷系とか。
それ、もう常々思ってたんですけど、花咲さんがバシッといってくれてました。
彼らは、希望に入れちゃったり、なんかしたんだろうかしらなあ。

もっとかっこ悪く、地面に近いところで、もう「反権力!」みたいなこと書いたむしろ旗を立てて反対してりゃいいんだと思うんですけど。

それをなんか、「いや、今はもう、対案の時代だよ」とか、クソくだらないことをいったりするんだよね、この人たち。
「イヤなもんはイヤじゃ!」という以外に、言葉など持たんでいい。

そもそも、イチマルたちに対案など出せるかバカ者!
もっとも社会の底辺にいる連中が意見を言えないなどという状況を作り出したらアカンだろ、ということに、なんか思い至らないんだよね、この下北系の人たちというか。

いいんだよ、別に。


そもそも、自民党を後押しする「自由主義的資本主義万々歳の人たち」ってのは、もう「儲けちゃおうぜ!」で一致団結してんだよ。
「庶民の人権なんていらんだろ!みんな非正規でイイヤ、俺が儲かれば!」ってことで。

にもかかわらず、こっちサイドが、「対案出さないと」なんて、「いや、やっぱここは原発は一回認めて云々」とか、バカかよ、と。
こっちはこっちで、「そんなのゴメンだ!」で一致する以外に勝ち目ないんだって。

なにを小難しいことをこねくりまわして、分断持ち込んでんだ?と。

悪いヤツらは一枚岩。
勝つためには、こっちも一枚岩にならないと。


それとね、今回衝撃的というか、今の時代を象徴してると思ったのは、どっかのレコード屋で、「ポスターにサインして」と言われたので、「反安倍、反核…」みたいないつものを書いたら、ダメだ、と。
それを消した形でそのレコード屋はツイートしてる、とか。

反安倍、が言えない時代になってる、と。

それも、おそらくそのレコード屋の社長とかが決めたんじゃなくて、フロア長とかが勝手に何に気を使ってるのか、「これまずくね?」みたいなことで判断してるんじゃないか?と。
これは、もう逆に、社長がダメ!って言ってくれた方が、なんとでもやりようがあるというか、こういう「現場の忖度」が、日に日に酷くなってる、と。

いや、これは確かに怖い。


そもそも、パンクだったり、インディーなんてのは、反権力じゃなきゃ存在意義がないと思うんだけど、そういうCDを販売する店がこれでは、もう、世も末。

ま、この状況を作り出してきたのがハイスタ、ってのは、ホント、俺もそう思っていたので、なんか花咲さんがそう言ってくれて、嬉しかったな。

爽やかパンク、大っきらい。


あ、で、ライブそのものですが、新曲がけっこうあったと思う。
新曲、どんどん聞きたいわ、と思った。





(BGM:ジュジュ「私の罪」fromYOUTUBE)
→ちょっとジャケット見ただけではオトコの方なのか、女性なのかわかりませんが、B面が「薔薇のベット」ということで、そっちの方なのかもしれない。
声は男の人に聞こえるんだけど。

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