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スーパーちんどん・さとう

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専従募集


オレが大学時代に煩雑にボランティアに行っていた作業所がありました。
とても近所で、とても勉強になったし、今でもそこで教わったことは堅く守っています。

そこの職員はとてもすばらしい人が多くて(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-1051.html など)、仲間(と、彼らはウチで言う井上たちのことを呼ぶ)と飲みに行ったり、遊んだり、休みだとかそういうのもあまり関係なく、彼らと「遊んでいた」。

「親は運営に入れない」というのも、とても共感した。
会議に入れない。
入れたら、とにかく「そんなにたいへんならウチの子はいいです」ってなっちゃって、話が進まないから、と。

オレは、今でもそれは守っているし、井上たちともたぶんあの時のこの作業所の職員くらいは遊んでると思う。


ま、そのまま、そこの職員になる予定、ではあった。
自分の中でもそう思っていたし、周りもそう思っていたと思う。
でも、いろいろあって、虹の会の専従になった。

ま、その作業所Kは近所だ。
ちょっと想像すれば、オレはそこのやり方に心酔していたわけだから、その後もつきあいながら、結果としてまあいい仲間になる、ってのが流れだ。
でも、結果から言うと、そうはならなかった。

というのは、Kが変節したからだ。
その原因は、おそらく巨大化だ。
そして、ある一定の人たちの中では、国レベルでも持ち上げられる存在にもなっていた。
その辺が、おそらくあの頃の「泥臭くみんなで毎日を楽しく創っていく」って感じを薄くしたのは明らかだ。

その後、まああまりつきあいはなく、表面上はあったとしても、正直なにも見るべき点はない、と思ってきた。


最近になって、内部の話を聞く機会があって、まあわけあって無理矢理聞かされたんだけど、詳細は省くが、もうとにかく「官僚になっちゃったんだな」と。
市に睨まれないように、市の言うことをただ守ってる、みたいな作業所から、あの頃のKは一番遠かったはずなのに、今やもうその反対側に振れてしまっているのだな、と思った。

市が何を言おうと、仲間のために生活の場を作ったり、学童を作ったり、そして自分のところには関係ない一般就労した連中を集めて飲みに行ったり、そんなことが真ん中にあったはずなのに、今、もうそれは真ん中じゃないんだ。

そこが真ん中じゃなかったら、ただの下請けだ。
市の下請けになってどうするの?
今の行政や政治をただ受け入れて、何の意味があるの?


現状に問題があるからこそ、我々は実践を重ねて、その実践を訴えることで、社会の現状を変えていくことを考えなければならない。
現状に問題があるのに、「それでもしょうがないんだ」「続けるにはしょうがないんだ」って、市の言いなりになるんだったら、もう意味ないよ。

みんなで、他の作業所も巻き込んで、そこに抗わなきゃならんのじゃないのか?
その旗振りをこそ、Kはできるところだと俺は思っていたのに。
というか、そういう存在だったはずだ。


ま、わかる。
組織がでかくなれば、馬鹿が増える。
というか、理念は薄まる。
薄まるけれど、でも、「落としちゃならないところ」はあるはずだ。

それを「続けられない」のなら、最初からやる必要なんかない。
市の公営の作業所だけで良かったんだよ。
そこに自分たちが食い込んだんだから、やるべきことはあるでしょう?って思う。
じゃなければ、ただの天下り、障害者を楯にした利権、といわれても仕方ない。
親が中心になってしまったら、なおさら「利権」と言われてしまうよ。
もちろん、そんな気はないんだろうけど、でも、今の世の中、生活保護ですら叩かれる昨今、そう言われても仕方がない。

俺たちには、俺たちにしか出来ないことをやらなきゃ駄目なんだ。
たとえば、簡略に言えば、市が出来ないこと。
だからこそ、俺たちが存在する意味がある。
それを、オレはKに教えてもらってきたと思ってたんだけど。


インディーには、インディーの闘いがあって、それは、メジャーへのステップであってはならない。
音楽でも、障害者の運動でも同じだと俺は思っている。

官僚になろうとした時点で、もう彼らは巨大な俺たちをつぶそうとする連中の軍門に降ったのも同じだ。
情けない。
かっこが悪すぎる。


オレは、悲しいのだ。
もう一度、あの「かっこよさ」を取り戻して欲しい。





(BGM:コスミック・インベンション「YAKIMOKI」fromYOUTUBE)
→YMOからのアレなんだろうけど。
4人くらいがキーボード操ってて、ドラムの子が歌う、という。
もっと肉体的にいきたいけど、やっぱキーボードだと動けないんだよね、みたいな感じも多少伝わってきます。
でも、ちゃんとドラムもたたいていて好感が持てます。
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