プロフィール

スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

@SMChingDongSATO twitter

Calendar 1.1

<
>
- - - - - - -
- - 1 2 3 45
6 7 8 9 10 1112
13 14 15 16 17 1819
20 21 22 23 24 2526
27 28 29 30 - - -

全記事

Designed by 石津 花

カテゴリ

最新記事

最新コメント

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

最新トラックバック

QRコード

QR

お客さんにしない その1


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


専従募集


先日、イタリアの精神病院のなんたらのDVDの話を書いたんですけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4177.html)、やっぱ、なんだかんだこの物語は、お医者さんがスタートなんですね。
ま、それがどうこうってのは、まあ置いておいてデスね、なんにしてもこうした「施設」だったり「監禁病棟」だったり、もちろん、障害者の作業所とかでもそうですけど、鍵を握るのは、「そこで金をもらって働くサイドの人だよな」と思うコトがあります。

よく、我々のようなところだと、急に「利用者様」なんて感じで、たとえばウチで言えば井上とかを「お客さん扱いしなさい」なんていう通達的なことが来たりするんだけど、それもまあ、間違ってはいて。

つまり、井上たちの欲求をつぶしてしまうのも、全肯定してしまうのも、どっちも「人間扱い」ではないんだよな。
「欲求をつぶしてしまう」というのは、「外出したいと言ってるのにさせない」ってことだから、「人格を否定してるじゃないか!」という意味でわかりやすい。
でもじゃあ、その「そう言うの、全部聞いちゃう」ってのはどうか?ということになるんだけど、まあ、確かに彼らの欲求は満たされるかもしれないけど、人間って、そうそう全部の欲求を満たして生きてるわけじゃないですからね。

社会にはルールがあって、慣習があって、という、まああたりまえの中に彼らも入れていかないと、ちょっと話が進まない。
老人ホームなんかで、おじいさんが「ここはなんでもやってくれて居心地が悪い」なんていう物語がよくありますが。
つまりはまあ、「お客さんにしない」ってことなんだけど。

しかし、お客さんにしない、ってのは、金もらってそこで働いているサイドからしてみると、非常に難しい話なんです。

お店でもそうで、まあクレームをいちいち聞いちゃう方がラクなんですよ。
クレームの内容なんていうのはマニュアル化できないものだから、それぞれの対応する店員の力量次第ってことになるのよね。

ま、お客さんにしておけばラクなの。
「はいはい」、いうこと聞いてればいい。
できなくたって、「ちょっとまってね」って言ってればいい。
で、結果毎日毎週毎月毎年、それぞれの単位で同じ事を繰り返し、ケンカもせず、異議を申し立てず、敬語を使っていれば、少なくとも今の段階では市とかに怒られることもない。

…って、俺らにしてみたら、それってすげえ彼らの人権を損なってるようにしか思えないんだけどね。
ま、それはいいとして。
ここで言いたいのは、それは簡単だ、ってことなんですよね。

つまり、毎日のスケジュールが決まっていて、曜日でまたなにかが決まっていて、たとえば水曜日は散歩、とか。
で、月毎に第2木曜はカラオケ、とか。
で、毎年8月にはおまつりをやります、とか。

まあ、ちょと蛇足になりますが、びっくりしたのは、とある作業所で、「お祭り」?をやるんだけど、「職員が忙しいので親御さんと来てください」というのがあるそうで、もうこうなると、誰が誰に向けたお祭りなのか、これ、単純に保育園の「職員による出し物」じゃん、というね。
別にそんなのやらなくていいし、みたいな気になってきますけど。

つまり、「職員誰でもできるメニュー」というね。
だって、去年の記録を見て、同じ事やればいいんだから。
で、はみ出す要求があった場合は、「ちょっとまっててね」と言ってればいい。
「いつかね」と。

いやいやいやいや…。
ま、単純に違うでしょ?と。

つまり、「どうやってお客さんにしないか」という。
「あんたの人生はあなたのモノで、あなたはどこのお客さんでもない」ということを、どうやって実現するか?ということになるんだけど。
これ、まあ具体的なマニュアルが作れない。
すげえ、難しいことだと思うんですよ。
しかも、経験的に「熱意」だけじゃ、絶対にできません。

よく、俺らのことを「熱意ある人たちだ」と言う人がいるけど、それは「マニュアルにできないことをやる能力がある」ということであって、熱意じゃないんですよ。

ここ、難しいんですけど、つまりね、市丸たちとのことを関係性でとらえるかどうか、だと思うんだ。
「俺と市丸」とか。
外口さんだったら、「外口さんと市丸」だろうし、そういう。
もっというと、井上たちの集団と俺、とか、そういう。

そうなると、もうこれ、「市丸をどうするか?」じゃすまないんですよね。
簡単に言うと、「市丸は◯◯が問題なので、それを改善させるために□□をやらせることで、向上させたいと思います」みたいな「個別指導計画」とかじゃ、絶対に「出てこないモノ」が必要なの。

ってか、そんな風に市丸を変えることばかりを考えて市丸とつきあってたら、市丸はおそらく「その計画がうまくいかないようにもっともっと粗暴になるぞ!」とか思っちゃうんじゃないか?
というか、そうですね、特に市丸なんかはそういう面があります。
誰だって、「対象」にされて「観察」されていい気分になるわけがない。

結局、市丸をどうするか?じゃなくて、「俺はどうするか?」なんですよ。
もっともっと言えば、「俺はどういう人生をおくるか」という。
その人生で、市丸と「つきあうだけ」。

その中で、市丸が変わるかどうかは結果論。
しかし、経験的にみんな変わりますね。

まずね、自分がどうするか?なんだよ。
あんたの人生それでいいの?って市丸に言われて、その答えに胸を張れなかったら、市丸は絶対にあなたを受け入れてはくれない。


続きます






(BGM:プッシーズ「見えた見えたよ」fromYOUTUBE)
→もうグループ名がダメなんだよな。
ってか、歌詞的にも見えたのは洗濯物で、なんかもうダメ。
全部ダメ。
…という、あり得ないサイコウ作品ではある。
スポンサーサイト

| ホーム |


 BLOG TOP