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スーパーちんどん・さとう

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幸せってなんだっけ?


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幸せってなんだっけ?
ま、ポン酢醤油を思いだした人もいるかとは思いますが、ま、それも一つかとは思いますけど。


この前決定的なことがわかった気がしたんですけど。
幸せな人じゃないと、幸せってわからないんだな、って。


つまり、まあ親が普段いないとか、だから食事が取れない、とか。
そういう小学生とかがいたりする、って話があって。
それって、どう考えても子どもにとっていい環境ではない。

その子にとっての幸せって何だろう、って考えたとき、例えば「食事がある」とか。
「ご飯が食べられる」だったりしちゃうんだろうな、と。
いや、それが幸せじゃない、とかっていいたいわけじゃなく、つまりそういうことになっちゃう。

けど、方や「全国将棋コンクールに出て優勝できたのが幸せでした」とかね。
そういう子もいるでしょう。

この場合ね、どっちがどう、って話じゃなく、例えば「ごはん」の子をA、将棋コンクールの子をBとすると、Bの子が「ご飯食べられるくらい、別に幸せとかじゃないよ。毎日だし、むしろお母さんのご飯に飽きたな」なんて憎まれ口を叩く可能性は想像しやすいですが、よくよく考えたら、Aの子だって「将棋なんか食えないし、そんなの幸せとかじゃないじゃん。練習だって大変そうだし」とか思うんではないか、という可能性ってあるんだよね。

つまりね、「幸せ」、ってのは、ある程度の「共通認識」がなければ、話として通用しない言葉なんだな、という。

おそらく、逆もそうで、不幸、ってのもそうかもしれない。


「みんなで幸せになりましょう」ってのは、まあだから正しいんだけど、それを実行に移す場面で、幸せ、の定義が違うから、どうしても亀裂が起きる。

Aの子に「勉強して、親を見返しましょう」っていっても、実際百点取っても飯が食えないならがんばれないだろうし。
いや、実際は、やっぱ勉強して親を見返すのはいい案だとは思わなくはないけど、それはその子にとって、幸せにはやっぱつながらないんではないか。


人は、自分が生きてきた道をゼロ地点におく。
自分と他人が違う、ってのがわからない人だと、自分のゼロが他人のゼロだと思って、「勉強しなさい」ってつい言ってしまう。

善意なんだろうけど、もうそれって他人からしたら悪意でしかない。


ま、わかりやすく子どもの話にしましたが、この子も大きくなっていく中で、社会が広がり、他の家庭のことも知ることになる。
同時に、家庭の外、社会というモノ、学校でも会社でも、そういう集団があることを学ぶ。

その中で、自分のゼロが、どうも他の人と違うみたいだ、ということを理解する。
「あなたにとって幸せって何ですか?」って問いの答えが、星の数ほどあることを知る。

そうなったときに、「やっぱ勉強しよう」って思う可能性は大きい。
人は、社会性を持った動物、つまり、他人と比べる動物だからね。


ただね、ここで、「勉強しよう」にならない人がいるんだよね。
それが悪いという気はないんだが、別にその人の人生だし、勝手にしてくれていいんだけど。

でも、「幸せになりたい」とかっては口では言うんだよ。
「楽になりたい」とか。
「ご飯食べたい!」を夢にしたくない、というか。
そのトンネルから抜けたい、みたいな。

いや、だったら、道はあるよ、って。
100%じゃなくても、状況を変える某はあるんじゃないか?って思うコトがあって。

でも、やっぱり子どもの時のトンネルからは抜けられない、ってことに戻っちゃう人がいるのよね。
ま、つまり「なんでやんないんだろう?」と俺は思っちゃうわけだけど。

やれない心理状態ってのもあるんでしょう。
子どもの頃から抑圧されていたら、そこから抜け出せない、ってこともあるんでしょう。
幸せになりたい、って叫ぶだけで、不幸の中にいるのが楽な人もいるでしょう。


ま、なにを言いたいかというと、そうなると、おそらくその人にとって、「幸福」というのは、「将棋よりメシ」ってことで生涯が終わってしまうんだろうな、と。
それは、「将棋大会で優勝する」という幸せを幸せと認識できなくなってしまう人生をおくる、ってことになるのかもしれない。
「そんなことはムダなことだ」と思ってしまうかもしれない。


幸せって、それを幸せだ、と感じる人たちにとってしか、幸福じゃないんだな。
俺の幸せを共有できない人、ってのがいて、でも共有できる人もきっとたくさんいて。
そういうことなんだな。





(BGM:長谷川よしみ「ペケのうた」fromYOUTUBE)
→いや、これ、すげえ。
一度皆さんも聞いてほしい。
なにって、「ポン!ガンチュンペケペケ!ポン!ガンチュンペケペケ!」という呪文ね。
…呪文?…いやよくわからんけど、もうガンチュンペケペケ!だからさ。
そこだけでもうこの曲はOKだと思う。
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