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スーパーちんどん・さとう

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「どうせ俺なんか」


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ちょっと語弊があるかもしれないけど、普段の付き合いの中で、「どうせ俺なんか」って言われるのはとても困る。

ま、でもそういう人はけっこういて、飲みに行ってもいるわけだけど、その人がそんなに自分に近くなければ、まあ離れるわな。
二度と飲みに誘わなければいいだけの話で。

でもまあ、近い、というか好きな人だった場合、「そんなこと言うな」という気持ちになる。


世の中辛いことってのはあって、それが取り返せないような出来事だった場合、そりゃね、腐るよね。
わからなくはない。
どうしても前に向けない時というのは確かにある。

けど、俺は52才だけれど、40も半ば越えようという人がね、んなこと言ってたら、もう人生終わりですよ、って気がするんだわ。

若いころはそういうのもあるけれど、それでも時間が解決する。
けど、40になってそんなこと言ってたら、もうそのまま終わりですよ。
時間なんか、そんなにないよ。
あっという間に一年終わるんだからさ。


子どものころに辛い思いをした、ってのは、例えば家庭がメチャクチャだったとか。
確かに人生を展開していくには重すぎると思う。
そら「どうせ俺なんか」って言いたくもなるんだろう。
でもさ、「どうせ俺なんか」って言ってたら、その言葉にからめとられるだけからめとられて、何も前に行かないじゃない。

もちろん、そんな君本人が悪いわけじゃないんだけど。
でもだからといって、「どうせ俺なんか」って言っていたら、助けようって人も去るわな。
「いや、誰も助けられないよ」というのもわかるけど、でも、君も君自身を助けられないだろう、って思う。

そういう人の人生に、子どもの頃の虐待とかがどれだけ大きな影を落とすのか、というのは、状況分析としてはあるし、虐待をなくすための理屈としては重要。
だけど、結果としての今、君はどうする?って話もあって。
人生かけて、自分が幸せにならないことで親に復讐したところで、どうなんだろう。
いや、まあそれも生き方かもしれないけど。

でも俺はちょっとやっぱひくわ。
だったら、飲みに行って、親でもない俺に「どうせ俺なんか」っていう必要はないと思うから。

まあ、でも「あなたに問題があったわけじゃない」というのは、確かにそう思うし、だからこそ、こういうのってあまり言っちゃいけないんだとは思うんだけど、でも、なんでそこまで…、って思うときがあります。
なんか不幸自慢が始まる、みたいな人は確かにいるんだよね。
しかも40も過ぎて、もうたいがいにしておけよ、とか思うんだけど。
確かにね、それが問題なんだ!って言われればそりゃそうなのかもしれないけど、だとしたら、それはもう他人は何も言えないな、ってことでもあって。
つまり、なんで俺に言うんだよ?って話になるわけで。

まあ、雰囲気としては、「あんたにはわからないよ」っていうある種の「優越感」なんだろうけど、それ、何の役にも立ちませんよ、とは言っておきたい。


コバなんかと付き合ってるとね、彼らもけっこう壮絶な生い立ちだったりするんだよ。
でも、彼らは「どうせ俺なんか」とは言わない。

相模原の事件があった時に、それを説明するのに、「知的障害者は死んでもいい、って言って殺したんだって」と言ったら、コバが「ひどいと思う。俺たちだって一生懸命生きてるのに」と言ってて、まあちょっとズッコケたんだけど。
ま、普段ズッコケ人生の彼だけに、ちょっと逆にズッコケたんですが。

ま、ズッコケたのはアレだけど、でもつまりは彼は彼なりに「知的障害者だって一生懸命生きてる」ということなのね。

みんな一生懸命ですよ。
セブンイレブンで「バカが来た」って言われて怒ってるミツは、今漢字を覚えたいと一生懸命だ。
辞書まで買った(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4584.html)。

ウチの連中は、けして自分を卑下することがない。


亡くなった元会長のかおるさんは、中途障害だったけど、それまで半同棲状態だった彼は、彼女が事故にあって車いす生活になる、とわかったとたんに彼女には何も言わずにどこかに去った。
事故のお見舞いにも来なかったという。

それでもかおるさんは、哲学者よろしく人生とは何か考え続けてたし、死んでから部屋をかたずけてて分かったんだけどユニセフとかに毎年多くのお金を寄付していた。


それでも前を向いている人がいるし、そういう人と俺は暮らしてきて、「どうせ俺は」って五体満足な人が言うのは、ちょっと許せないんだよね。

だったら代わってやれよ、と思う。
もちろん、そんなわけにはいかないんだけどさ。


「もし、車いすでなかったら。」
「もし、街でみかける看板の字が読めたなら。」

それでも、一生懸命明るく毎日を生きている人がいるでしょう。


いや、人の辛いことなんかわからないし、偉そうなことも言えないんだとは思う。
だから、こうやって書くのもどうなのかな、とは思ったりもする。

でも、不幸は底なしなんだよね。
だから、世界の不幸を背負った顔して「どうせ俺なんか」って、滑稽だと思うよ。


いや、だからって、無理してがんばれとか、そういうことを言いたいわけでもないんだわ。
とにかく「どうせ俺なんか」って言ってるうちは何も始まらんと思うんだわ。


…ってか、偉そうに書いたけど、でもまあ、「どうせ俺なんか」って、思っちゃうよな。
うん、思っちゃう、確かに。
でも、そんな時、俺はコバやかおるさんのことを思い出すことにしています。

そして、加藤優くんが卒業式で言ってましたね。
「勝手にすねるな!」って。
「この学校には、お前らがぶつかっていけば、身体ごと受け止めてくれる先生がいるんだぞ!」って。
金八2原理主義の俺は、それを信じ、守ろうと思っています。


ま、愚痴りたい時は、愚痴ってもらってイイとは思うんだけど、愚痴りながら扉を閉められちゃうと、なんだかもう相づちも打てなくなります。





n1.jpg

(BGM:ローザ・ルクセンブルグ「少女の夢」from「ROCK is LOFT~Green Disc~」)
→ローザはあまりちゃんと聞いたことないんだけど、改めて最近聞くと面白いんだよね。
当時ちゃんと聞かなかったのを後悔してる。
合掌。
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