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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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「意向」ねえ…


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市丸たちとどっかに行く、ということについて何回か書いていると思うけど、「めんどうみなきゃいけない」と思ったらやれないよな、というのを前に書きました(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4907.html)。

ま、その時も書いたんだけど、結局、彼らに合わせるとうまくいかないんですね。
こっちがもたない。
続かない。

よく「彼らの意向を尊重する」とか言うんです、この業界?。
わかります。
それはよくわかるんだけど。

そもそもの、その「意向を作っちゃう」というのもあるんじゃないかと思っています。
それは、ある意味、健体者モデルに近づけるんじゃないか、とか意見はあるかと思いますが、ここでは、「どこに行きたいか?」ということにおいてのみ、ということで話を進めます。


カブキは「トイスト~リ~見に行こうよ~」とか言います。
「プリキュア行こうよ~」みたいな。

もうこういう場合、「子どもなの?」とシンプルに突っ込むことにしています。
「俺は行きたくないそんなの」と。
そもそも映画好きと言われる俺であっても、プリキュアはない。
そこまでのマニアではない。

それと、まあ行ったところでこっちが飽きる。
それはわかりきっている。
「いや、トイストーリー結構面白いよ」というご意見もわかる。
実際、クレヨンしんちゃんは大人が見ても面白いじゃないか、と。
わかる。

でもまあ、そういう次元の話はおいておいて、そもそも時間が無尽蔵にあればそれはそれでいいのだが、それその日に行くならこっちのホラーに行きたい、こっちのサスペンスに行きたい、となる。

それと同時に、カブキはファンの女優さんとかがいる。
だから、そのへんで一致するモノを選びたいな、と思って、そっちに誘導したりする。


で、まあ映画行くとなっても、仕事終わりに行くんだから夜になる。
メシでも食ってレイトショーに行くか、と。
そうなれば、まあメシも一つの楽しみになったりする。
今度は、「ご飯食べに行こうよ」となる可能性も出てくるね。


ウチの連中のうち数名はプロレスが大好きだけれど、もちろん彼らはここに来るまでプロレスを見たことがない。
ま、市丸に至っては映画もほぼ見たことがないらしい。

けれども、まあ俺が好きで行く、と。
「一緒に行くか?」みたいなことで、みんなだんだん好きになった。
で、俺なしでも誘い合って行くようになった。
今や、俺が「大日のシングルベルトは今誰がもってるんだっけ?」とかコバに聞いて、コバが答える、みたいな感じにまでなっている。

ライブも同じで、俺はそもそもハードコアキッズだったから、そのへんを見に行くんだけど、まあみんな入れ墨、みたいなライブに。
そこにも行くから、「市丸も行くか?」となって、まあ今や「オースコさんみたいよね」とか言い出す。
あ、コブラのボーカル、ヨースコーさんのことですけどね。
今、療養中とのことで、早い復活を望んでいるところですが。


そもそも、けっこう彼らはここに来るまで、あまりそういう経験がない。
「どこに行くか?」ということを考える時、人は自分の経験から考える。
昔に遊園地にいって楽しかったから、遊園地に行きたい。
あのファミレスに行ったから、また行きたい。
まあ、そんな感じなワケです。

そもそも、彼らは情報弱者と言ってイイと思う。
ネット環境だったりがうすかったり、例えばテレビでも流れてくる映像を咀嚼できているかどうかはかなり怪しい。

でも、経験値ですが、どっかに行きたい気持ちはあるんだよね。
ま、これも人によるとは思うけど、ずっと出かけてなかったら、そりゃ出かける、ということすらその人の人生にないかも知れないから、全て否定するモノではないとは思うけど。


だから、まあこっちがまず出かける余裕がないとはなしが始まらないけど、あるのなら、「一緒に行く?」と言ってみたらいいような気がする。
そしたら、「また行こう」と言い出す可能性は高いような気がする経験値。


彼らの意向を尊重する、と教条的に考えると、どうしても「つきあってやらなきゃいけない」となってしまうけど、逆に「意向を作っちゃえ」って、行き先を考えてもいいような気もししたりします。








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にじ屋初売り2020白黒ミニ

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(BGM:エスパー伊東 with スーパーICONS「迷惑ダイヤル エスパー110番」fromYOUTUBE)
→エスパー伊東さんは大好きだった。
今は引退して、闘病なさってるとか。
最初は秋山眞人さんと出てたりしてたと思うんだけど、そのうちきちんと芸人として独り立ちしましたね。
秋山さんとしては黒歴史なんだと思います。

パラレルのパラレルは普通! ★ 映画 「としまえん」


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というわけで、工藤さんちで「としまえん」を見てきたわけですけど。
としまえんを舞台に、「としまえんの呪い」なるものに巻き込まれる女子大生を主人公にした物語。

ま、アイドルさんがやってるんですね、これ。
とはいえ、誰が誰かはわかりません。

どうなんですかね。
アイドルってのは、もう「誰もが知ってる」というモノじゃなかったらダメじゃないかと思うんですけど定義的に。
松田聖子さんとか。
山口百恵さん、とか。
西城秀樹さん、とか。
最近はもう名乗った者がアイドルということなんかな。
つまりは結果アイドルです、じゃなくて、アイドルというジャンルができたってコトか。

ま、その辺はまたにするとして。

映画としてはまあどうなんですか、と問われれば、まあやろうとしてることはわかるのですが、まあ表現力というか、演出がイマイチ、演技がイマイチ、本が結果凡庸、という感じで、惜しいんですけどね。
ホラー好きとしては、まあう~ん、点数を付けるとしたらどうですか、2点くらいですかね。

まず、としまえんで夜中、という設定に無理があるわけです。
閉園になってもそこにいる、という状況が先ず考えにくい。
リアリティがなさ過ぎるわけです。
ホラーは、ある意味リアリティがないと怖くないわけで。

なので、もうその時点で、「パラレル」に入ってる、ということにしなきゃならない。
途中、いいセリフがあったんですよ。
一人がいなくなって捜している時に、「なんかおかしくない?」って。
いや、この時点で、「誰もいないし。さっきまでたくさんいたのに!」とか一言欲しかったなあ。
それによって、「ああ、この人達はもう呪いに取り込まれそうになってるんだ。あっちの世界に片足入れちゃったんだ」というのがわかる。
けど、「なんかおかしくない?」だけだと、どうにもならんわけですよ。
そりゃ、なんかおかしいのは当然なんだから、ホラーなんだからさ。

ただ、これを難しくしているのは、例えば、洋館のドアを叩くと呪いの世界つまり「あっちの世界」にいっちゃう、ということが呪いの主軸になっているので、その前段階でパラレルに行っちゃってる、というのは、パラレルのパラレル、ということになってしまい、敵の敵は味方、みたいな。
呪いの呪いは呪わない、みたいな。
そういう設定になっちゃってる。
だから、洋館のドアを叩く前はパラレルであってはならないわけです。
設定上。
そこにちょっと無理があるわけですね。

つまりですね、これ、5人が出てくるわけですけど、一人一人があっちの世界に行っちゃう、という設定だからこうなるんで、つまり、一人が行っちゃった後、残った4人はコッチのハズなのに、しかし、閉園後のとしまえんにいる、みたいな。
そこにリアリティが発生しにくい構造があります。

その辺に、プロダクション的には「5人出して欲しいんですよねえ」、みたいな思惑もそこに感じないわけでもない。
大人の事情ってヤツですか。
そこがまた逆に「リアリティ溢れるじゃん」となって、もうなにがなんだか…。

だからまあ、その辺深く考えないで、もう一気にパラレル行っちゃってよかったと思いますね。
「さっきまで人がたくさんいたのに、いなくなった。私たちだけ!」とか。
急に空が暗転するとか。
そういう感じで、一人がいなくなった時点で、もうパラレルに突っ込めば良かったんですよね。
それで良かったんだけど、なんか、別に普通の夕方だし、どうも誰もいないようではあるけれど、ってか、係の人もいないし、「閉館中」っておばけ屋敷に入れちゃうし。
逆に、もう「閉館中」とかもいらないっちゃあいらないんだよね。
人がいない、呪いの空間に彼女たちはいる、って設定にしちゃえばいいわけじゃん。
呪いの世界でわざわざ呪う側が「閉館中」って札出さないでしょ。

そのへんだよねえ。

ただね、もう夜中くらいの感じの時に、出口に向かったら出口は見えてるんだけど、その間にものすごいクレパスがある、という。
いや、いいね、これ。
これ、昼間の片足突っ込んじゃった時にやって、しかも、向こうには家路に向かう家族連れとかが出口から出てる、位のことをやっても良かったんじゃないか。
まあ、それだとあまりにやりすぎか…。
なかなかこの辺のさじ加減は難しいところですが。

それとね、やっぱ呪いの本質というか、その辺が学校の「イジメ」なんだよな。
いや、いじめは大問題だとは思うし、それだけの、呪うだけのアレがあると思うけど、ちょっとね、ホラーでやりすぎたよね。
もっとこう、「わけわかんない」「なんで呪われるかわからない」、もっと言うと「なんで呪ってるのかわからない」のがおそらく一番怖いんだけどな…。

てなわけですが、ただね、これ、ラスト、主人公がいじめられた子、つまりもうあっちの世界の子なんですけど、に襲われる時、襲われるってか、呪ってる子がドアから顔をのぞかせるんですけど、その顔が怖い。
この造形はよかったですね。
まあ、美形というのもあるんでしょうが、なかなか怖さと哀しさがつまったメイクになってまして。

そこはよかった。
なんで、なんか惜しい。
けどまあ、全体的に作り直さなきゃならないとは思いますけど。








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にじ屋初売り2020白黒ミニ

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(BGM:ジュテーム・ダンス・フロア「FAKE ROOM」from「奇跡のカタチ vol.1」)
→どっかで聞いたことのあるイントロから始まるロックなんだけども、それはまあいいいとして、コード進行がなかなかドラマチックでいいんだなあ。
ボーカルラインが基本コードのテンションのまんまなので、なんか違ったらもっとすごい名曲になったのではないかと思わずにはいられない。
でもなんか勉強になる曲。

貧乏


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貧乏ってのは、なにも出来ないんですね。
金がないからどこにも行けない、とか、なにも買えない、ってことはあるんですけど。
それだけじゃなくて、なにも出来なくなる。

ずいぶん前、子どもが小さかった頃、確かにウチは貧乏で、もちろん非課税世帯だし、保育園のお金も無料だったりとか、赤い羽根の人がお金を持ってきてくれるという感じの家だったし、子どもの小学校の担任が「秘密よ」と言って自分の子どものお下がりをくれたり、そういう家だったもんで。
その頃は、まあ子どもの食費だとかが第一になるので、なにも買えない、というのはまずありました。

蛇足ですが、その頃はどこにも出かけたりはしなかったんだけど、そこでたまたま出会った女子プロレス観戦で涙が出た、プロレスと衝撃の出会いをした、って話は前にも書いたけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-1293.html)、プロレスの駐車場大会で泣くほどのなんか精神状態であったことは確か。

服を買ったことがない、というのはよく言いますが、まあ最近は気に入ったモノは多少買いますけど、にじ屋の捨ての服、業者にキロいくらで引き取ってもらう服の中から子どもや自分にあいそうなものを着てました。
ま、その辺は助かりましたね。

とはいえ、ウチは実家も近く、実家は団地住まいで裕福なわけじゃないですが、自分が一人っ子だったのもあって、時に食べ物をもらったり、一緒に外食してお金を出してもらったり、ということもあったので助かりました。
子どもも、「果物は時々おじいちゃんが買ってきてくれるモノ」と思い込んでいたくらいの。
ただまあ、思い出すと、現金をもらったことはなかったな。

個人的にもまったく飲みに行くことがないとかじゃなくて、一緒にいってくれる人はいたし、お金を出してくれる人もいたから、まあみなさんのおかげで俺だけじゃなくて子どもも生きてこれたなあ、とは思うんですが。
なんでまあ、孤立してなかったというか、そういう中で助かったなあ、と思うんだけど。


ま、そんな感じの生活でしたが、この頃のことを思い出すと、「なにも出来ない」んですね。
まあ金がないから買い物が出来ない、というのは当然としても、そういうのを繰り返していると、なんか発想が出てこなくなっちゃうんですよね。

買うモノはたいがい一定していて、他にはあまり買わない。
買おうという発想がなくなる。
発想がなくなると、広がりがなくなっちゃうじゃないですか。

例えば人に何かをプレゼントしよう、どこかに出かけよう、そういうのがなくなるから、とにかく毎日を同じように繰り返すことだけになっちゃって、自分の人生に広がりが確信できなくなる。
というか、広がりを忘れる。

感覚としては、目先数十センチしか見えなくなる感じ。
つまりは、もう明日までも見通せなくて、今日の夕飯、くらいまでになってしまう。
結局、どんどん閉じていってしまうんです。


こういう時に、まあ2パターンあるかと思うんだけど、一つは、このまま閉じていって自分をなくしていってしまうパターン。
これはもう疲弊するだけで、何かが壊れていくだろうなあ、と思います。

もう一つは、よくこの時期に見たし出会ったりもしたけど、この状況に開き直る、という。
「安いの買うのは当たり前」みたいな。
「そんなの当たり前だよ!」とか言われちゃう。
安物買いの銭失いという言葉があるけど、それは通用しない。
「高いの買うなんてバカでしょ」くらいの勢いで怒られる。
防衛反応なのかもしれないけど、これはもう壁を作るだけでどうにもならない。

ま、要は外に向かうか内に向かうか、みたいな感じではあるんだけど。

ま、つまりどっちにしても冷静に自分が貧乏であることの状況を客観的に掴むことができなくなっちゃうのね。
なので抜け出すのがより困難になってしまう。


何を言いたいかというと、貧乏は社会的な病なような気がする。
だって、よくよく考えたら、貧乏って、個人に返してみると相対でもあって。
「アノ人は買えるけど、私は買えない」みたいなことでしょ。
全員が買えなかったら、それは貧乏とは言わない。

で、やっぱ自殺とかの原因は金か人間関係になるわけで、人間関係ももしかしたら、全部とはもちろん言わないが、金が起因してる、つまり広がらない貧乏の世界の中で追いつまった結果かもしれないし。
そう考えると、貧乏は人の命も奪うわけで、これはやっぱ社会が治していくしかないような気がするんだよね。

「今は生活できる」というのはそうなんだけど、もし、病気をしたら、一ヶ月入院することになったら、とか考えると、どうにもならなかったりする。
その時になって焦っても、やっぱどうにもならないから。

大学教授の奥さんで順風満帆だったとしても、ちょっとしたきっかけで貧乏に転落する、というのはない話じゃないようで。

今、大丈夫なウチに、なんとかこの社会の病を治すことを考えませんか。






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にじ屋初売り2020白黒ミニ

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(BGM:望月成晃「傷だらけの栄光」fromYOUTUBE)
→ドラゲー、望月選手自らが歌う入場テーマなワケですが、これがまた渋い!
イイ感じの演歌調の歌謡曲というか、なんだろう、無骨感とか。
あしたのジョー的な。
すごく彼にあってるなあ。

今年の俺トップニュース


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戦慄かなのさんという人を俺は知らなかったんだけど。
すずは知ってるらしく、なんかのアイドルグループの人らしい。
で、すずはインタビュー記事なんかを読んだらしいんだけど、なかなか戦慄するような家庭に育ってきた人らしい。
その後、少年院とかに入ってもいたとか、壮絶な生いたち。

彼女を初めて見たのは、数ヶ月前、小沢遼子さん、室井佑月さん、戦慄かなのさん、という3人によるトークイベントの席でありまして(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4875.html)。
まあ前者2人はもう俺の世代でもばっちりわかるというか、好きな人というか、そういうことなんだけど、かなのさんというのがどういう人なのかよくわからなかった。

ただ、すごくキレイな顔立ち。
お人形さんみたいな。
これはアイドルみたいな人だな、と思っていたら、アイドル活動をしています、ということだった。

しかし、この小沢さん、室井さんという人たちに挟まれて、この若い彼女はまったく動じることがない。
そして、芯もしっかりしているようだし、どこかアイドル風の「浮き世離れしている」というより、かなり現実をしっかり分析し、喋れる人だなあ、とも思っていた。

いや、当然だ。
この2人に挟まれてのトークで、フワフワした可愛いだけの子が来るわけがない。
そこは、俺としては小沢さん室井さんを信用しているところがある。

で、まあなんだろう、誰なんだろう、でその時は終わったんだけど。

つい先日にまたそのシリーズがあって、スズも一緒に行って、そこでまあいろいろ話を聞いたら上記のようなコトで。
なんかトークの内容でも親の話とか生いたちの話がちょこっと出て。

へえ、と思って。

いや、この子、かわいいんだけど、どこか「すごみ」があるなあ、とは思ってたんだ。
そもそも俺は「すごみのないオシャレ」だとか、「すごみのない音楽」とかって、あんまり好きじゃない。
どっかこの子のことが引っかかったのは、「すごみ」だな、と思った。
こういう子、好きだな。

ネグレクトとかで、誰も信じられなくなって、という話はよく聞くけれど、それでも彼女は室井さんとかとタッグを組んでイベントをやってる、ってのは、なんかいいなあ、と思った。
そのまま「自分なんてどうでもいいや」とかって思ってたら、やっぱお二人とはやっていけないと思うし、いや、そういう部分があるのは当然だけれど、それでもこの三人でトークイベントができているというのは、しかもかなのさんがどっちかというと進行だしね。
一つなんか彼女はどこかその家庭の不幸の連鎖を断ちきる力があるような気がする。
ま、よくは知らないのであれだけれど、そんな風に見えた。


どっか抜け出したいと思いながら、それでも抜け出せない人というのが世の中にはいて。
それだけまあ家庭の問題というのは闇も深いし、傷も深いんだと思う。
だけれど、やっぱ「抜け出す」ということにおいて、「この人と一緒にいたら大丈夫かもしれない」というきっかけはあるような気がする。
その手を離さないでいられるというのはすごいチカラで、すごい能力だと思う。

すずなんかは、引きこもりだったということだけれど、まあそんな話をすると、たいがいみんな驚く。
「まったくそんな風には今は見えない」ということらしい。
それはきっと、彼女の抜け出したい、が手を離さないことを後押ししたんだと思う。
そして、その力が彼女にあったということだと思っている。

だって、俺たちは彼女を引きこもってた子、としては付き合ってなかったし、そもそも市丸には「引きこもり」の概念が理解できていない。


世の中にはまあ、いろんなことがあるな、って話で、人との付き合いってのはどこか「助け助けられ」だよなあ、と思うわけですが。

二十年、三十年前は、そもそも俺も給料をもらえなかったし、その中ででもバザーをやって自分の給料を稼ぐという荒技でやってきたけれど、あれって別に俺がすごいわけでもなんでもなくて、すごくたくさんの人が手伝いに来てくれた結果なんだよね。
彼らがすごいんであって、俺はその御輿に乗っただけ、というか。

とはいえ、やっぱ辛い時代だったことには変わりなく、俺にとってはギリギリだったし、未来は見えないし、子どももいたし、さあどうする、どうなる、ということの連続で。
その中で多くの人に手伝いをお願いして、という毎日は、やっぱ疲弊はする。

でも、だんだん「自分のこと」のように参加してくれる人たちもいて。
それがまあ三原だったりヨシヲだったりするんだけど、もちろん、彼らは今でも付き合ってるから名前が出るけど、というか、その辺も交えて「サンゲン会」って、三原の名前を冠した飲み会もやってるんで、実名出しますけど。
他にもたくさんそういう人がいて。

彼らに感謝しても仕切れないし、彼らがいなければ今はない。
彼らの無償の某かがなかったら、今の虹の会なんかそもそもないんだから。

ただ、やっぱ学生の時は来てくれていたけれど、就職すると遠くなって、とか。
職場がちょっときついところに変わって、みたいなことで、だんだん、みんなとのつながりが薄くなっていって。
「ここからバイバイ」というのがハッキリしていれば感謝もすごく表しやすかったんだろうけど、そういうことじゃなくて、互いにこう、なんていうか状況の中で「だんだん離れていく」ということになるわけです。

その中で、俺らは次の人を探さなきゃいけないし、という繰り返しで、なかなか感謝をきっちり伝えることもできないまま、今日に至っている人もたくさんいる。


とまあ、そういう流れなんだけど、この日、その当時学生で毎日のように来てくれていたMと子の会場で再会。
今度実名出していいか確認する。
やっぱ就職を機に離れていったわけだけれど、見間違えるはずがないくらい毎日一緒にいた。
いや、互いに歳をとっているけれど、どこか面影はある。
アキが勇気を出して声をかけてくれたらビンゴ。

嬉しかった。
今年の俺トップニュースくらいに嬉しかった。
当時のことをちょっと話したりして、また会う約束をした。

このイベントで会ったというのは、どこか思想的、というか、社会への思いが一緒ってことでもある。
違う道を20年歩んできたけれど、ここで出会えたのも嬉しかった。

そして、彼が、どうも当時、いろいろ辛かった時期だったらしく、俺は全然気づかなかったんだけど、「虹の会に手伝いに行ってなかったら、どうなってたか…」って言ってて。
いや、さぞデリカシーのないことを俺は言っていただろうな、と反省もしたけれど、なんかね、やっぱ、なんかホント「助け助けられ」だな、って。

これからも、仲間を大切に生きていこうと改めて思った。
ありがとう。
ほんとうに、ありがとう。

生きてりゃ、また会える。
すげえよ、生きてるって。

もし、これ読んでいる他の人がいたら、連絡ください。
俺はずっと変わらずここにいます。

あ、もちろん、これからも新しい仲間を作っていきたいよ。
連絡ください。
メシでも食いましょう。






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にじ屋初売り2020白黒ミニ

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(BGM:とみたいちろう「12時過ぎのシンデレラ」from「喜怒哀楽」)
→「今の君でいいんだよ」とは言いますけど、恋人を夜中に呼びつけておいて、どうなんそれ?みたいな感じっすね。
その上、「君は一番幸せな女の子」って、DV男のやり口っぽいなあ。

進歩


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佐藤先生が本を出して。
ま、ウチの機関紙に書いていた連載を再編集したというか、そういうものなわけですが。
現代書館から発売されていますので、みなさん買って読んでください(http://www.gendaishokan.co.jp/goods/ISBN978-4-7684-3566-3.htm)。

井上達の訓練、というか勉強も見てもらってることもあって、彼らのコトもたくさん書かれています。

佐藤先生、まあ俺のオヤジになりますが、けっこうなんだかんだこの業界?では高名な方と言うことになります。
江戸川養護学校で最初の頃から教師。
ずっと江戸川にいて、教頭になって異動、その後校長になって異動しましたか。

小さい頃から家にはいない父親で、例えば休みの日、日曜日とかでもあちこちに訓練に行ったり、家庭訪問してみたり、そういうことをしていたようです。
いわゆる熱血教師、という感じか。

休みの日には、よく江戸川養護にも行きました。
なにせ、どこかに遊びに行く、などということはまったくありませんでしたから、ウチは。
行くとしたら江戸川養護か、その近くの施設とかに一緒に行ったりしてました。
仙台の施設内学校の教師だったこともあって、その施設にいたけれど、その後東京に出てきた人たちが集まっての飲み会とかにもよく連れて行かれました。
ウチにもみなさんよく来ていたけれど、まあそういう感じで。

レジャーだとか、家族旅行とか、そういうのには一切無関係のママ子ども時代を過ごしました。

ま、そのこと自体をどうこう思ったコトもなかったし、自分はけっこう一人でいるのも楽しかったし、まあそういうところに行くと、例えば若い先生なんかが相手してくれたりするんですよね。
そういうのもあったんで、別に「どっか行けない」とかで不満を持ったことはなかった。
というか、それが普通だったし。

夏休みはずっとオヤジとオフクロが宮城なんで、そこに行ってたり、従姉妹のところとかにずっといましたね。
今考えると、まあ小学生入ってすぐくらいで、東京駅まで親に送ってもらって新幹線に乗せてもらって、大阪で従姉妹のおばちゃんが待ってる、というようなこともありました。
あの頃はよかったですね。
指定席だから、その隣のオジサン、ってのがいるわけだけれど、その人に「1人で行くんですよろしくお願いします」ってオフクロが言ってたのを覚えています。

ま、オフクロも保育園に勤めてましたし。
夏休みとかはたいへんだったんじゃないですかね。
でもまあ、近所の保育園だったので、昼とかは行ってましたね。

なんかそんな感じで。
いい時代というか、そういうコトでもあったと思います。
近所の人たちもよく知ってたし、よく上がり込んでお菓子とかもらってたし。


ま、それはいいんですけど。

で、その本。
オヤジとしては、自分に関わりのある方にずいぶん贈ったらしいんです。
校長仲間、一緒にいろいろ研究会をやっていた仲間、昔行って他施設の職員の方、卒業しても訓練を続けていた子の親、などなどに、ずいぶんと贈ったらしく。

で、それを読んだ方から、提供品をあげたい、とずいぶん言われるようになりました。
先日は栃木まで行ってきたりもしました。
自力で持ってきてもらえる方の中には、持ってきて下さった方もいました。


オヤジの世代からすると、ウチの「ハチャメチャさ」というのは、どっか憧れというのがあるようで。
つまりは、まあそれは教師から見た観点だったり、当時の施設の運営とか、そういうコトの観点なワケですが。

そもそも、俺たちが相手をしているのは大人の井上であって、子どもではないわけです。
だから、酒を飲もうか、という時もあります。
彼らに道徳を強いるよりは、「もっと不道徳でいい」という雰囲気もあります。
金髪にしたいと言われれば、ブリーチもしてやります。

ノブがオグラに技をかけていて、それを見ていたコウヘイが参戦する。
おいおい、とまわりが笑ったりする。
彼らには彼らなりに関係があって、仲間同士、という思いが非常に強かったりもする。
だから、俺たちが入れない(入らない)場面も多い。

どっかに行きたい、といわれれば、まあ付き合ったりもします。
そして、インターネットで調べて、あそこにも行きたい、どこにも行きたい、とその要求は広がっている。
時に、映画なんかは、もう何度も一緒に行ってきたからというのもあるけど、彼らだけで行ったりしてる。

その中で、また「アイツとはいかない」とか、「あいつは誘わないからな!」とか、紛争の火種ができる。
それは俺はすごいいいことだと思ってて、「みんなと仲良くしなさい」などと言うコトは言わない。
だって、嫌いなもの、好きになれって言ったってムダです。
嫌いだからこそ、好きになる可能性はある、と俺は思うから。

オグラがここに来たばかりの頃、前にいた施設の同室の人の名前が一つも出てこなかったんだけど、そういうのは一番どうしようもない。
問題は起きないし、紛争の火種もないが、そんなのは人じゃない。
人の生きる環境だとは思えない。

人はグレーである。
だから、面白いし、イヤなこともあるけど、だから楽しいこともある。

それがもし、平坦だったら、そりゃ問題は起きない分、こっちは助かるけれど、でも、それでいいんだろうか?って俺は思う。

ケンカ、いいじゃない。
裏でこそこそいじめるよりずっといい。
最後はまあ、入ってジャッヂしてやんなきゃならんけど、それでも、いいじゃない。
なんか青春みたいで。


俺は、時代と共に、市丸たちに対する福祉のなんたらも変わらなきゃいけないと思っている。
進歩しなきゃいけない。
保護だったモノ、彼らが保護の対象だった時代から、主体へと成長していかなきゃいけない。
おそらくオヤジの世代は、この障害者福祉だったり障害児教育だったりの創世記の人たちだ。
それと同じことをまだやってるとしたら、やっぱそれは違う。

だから、先人達に「こういうのやりたかったんだよ」と言われるのは、とても嬉しいし、そうじゃなきゃいけない。
俺たちの時代に生きるモノの責任だと思う。

俺が、あのオヤジの若かった頃と同じコトをしていたんでは、やっぱダメなんだ。
急速に変わる世の中の中で、俺たちも進歩しなきゃいけない。
あの頃、先人のみなさんができなかったことをやれなかったとしたら、それこそ彼らに失礼だ。







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(BGM:THEATRE BROOK「何 ?」from「外道TRIBUTE [ゲゲゲの外道讃歌]」)
→これはスパイダースへの皮肉の曲なんだろうかね。
どう聞いても「とぼけた顔して~」ですね。
こういう曲好きだなあ。
そしてそれをトリビュートでやってくれるシアターブルックさん好き。

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