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スーパーちんどん・さとう

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なにかしてる「なにもしない」


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kaijosha.jpg



前に、カイのことで「もしかしたらなにもしないことが輝かしいのかもしれない」と書いた(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5006.html)。

これね、簡単なように思うかもしれないが、かなり難しい。
こういう場所や学校とかってのは、「なにもしない」ことはかなり困難なのである。

先日、後輩のヨシヲが、教師をやっていますが、彼がなんかのレポートを書いて賞を取ったとか話をしてました。
最近もまだよくのみに行く仲間の一人なワケですが。
まあ、彼が言ったというわけじゃなくて、一緒に行った同じく教職の三原が知っていたらしく、「あれよかったね」とか言ってて。
「今度俺にも見せろよ」という話で、まあヨシヲが郵送で送ってきてくれました。
メールでもいい時代、アナログです。

彼のそのレポートは素晴らしい内容で、まあちょっとちゃんとした手続きを踏んでここにも掲載したいと思っているのですが、俺としてもとても誇らしく思いました。
後輩が、というか、今も付き合ってる仲間がこんなにいいレポートを書いてくれるというのがこんなに嬉しいのか、とつくづく思いました。
本当にいい仲間に巡り会ってるな、と俺は思うわけですが。
みんな、それぞれの場所でがんばってるわ。

で、それはそうと、そこにも書いてあったんですが、「なにもしない」というのは、やっぱ教師側にとっては難しいんですね。
何か問題があった時、「なにしてたんですか!」と言われてしまう。
言われてしまうから、何か問題がある前に、「なにかしてしまう」という。
それは、その子どものことを考えて、というのではなく、つまりは「教師が何かをしている」という免罪符のため、である。
意地悪く言えば、「何かしたのに、この子はそれを越えて問題を起こしたのです」という風にしたいんですね、と言いたくもなる。

いや、語弊があります。
「なにもしない」というのは正しくはありません。
正確には、ちゃんと「している」んです。

どういうことかというと、「自由にさせている風を装う」ということです。
具体的には「目の端に入れておくが、今は何も言わない」という状態のことを言います。

特にカイもそうですけど、まあハヤテとかも。
問題行動、つまり反社会的な行動を彼らはしでかすことがあります。
来たばかりの頃のオグラもそうでした。

経験上、彼らはとにかく「束縛されることを嫌う」というのがあります。
とはいえ、世界は彼らの好き勝手を許しはしません。
だから、まあ「指導」が必要になります。
じゃなければ、逮捕され、それこそ身体を拘束されることになります。

なので、まあ「指導」するんだけど、それ自体を彼らは拒否するわけです。
でも、彼らは「試している」ところもあって。
「どこまでこいつらは束縛してくるのだ?」ということを。
それを試すためにちょいちょい悪さをする、という感じがあります。

逆に、一生懸命指導すればするほど、「この人は束縛する人だ」という風に思われてしまい、逆に反発を受けがちになります。
それが「問題行動」につながってしまったりもする。
悪循環というヤツですね。

なので、「見てないよ」という「フリ」がとても重要な指導の最初の一歩、となる場合が多いと経験上思います。

これ、想像するより難しい。
本当に見てないのはダメ。
そこで何をしているか、しっかりと見ていることが必要。
もちろん、何かしでかしたら止めることも必要だし、同時に、そこでの行動が何かのヒントになるかもしれない。
だから、見てなきゃいけない。

ヨシヲのレポートには、この「見てない」時に、彼がしていた昆虫を探す、という行動を見つけ、クラスに引き入れていく様子が描かれていた。
それは見事にはまった。
恐らく彼に「何が好きなの?」と聞いても出てこなかっただろう。
でも、「見てない」からこそ、彼は自分が好きなことを自由の中で行動した。
それをそれとなく拾ってやることで、最初の一歩が作れたりもする。

でも、「見てることを悟られてはいけない」のである。
悟られると、彼らは「見られている」という前提の行動をする。
それは彼らの自由意思とはちょっと違っていたりするのである。

悟られない。
いわゆる「尾行」に近い。
それを普段の作業で他の連中と一緒にやりながら、そっちにきちんと気を配り普通にやりながらやる、のである。

つまりはまあ、これは実はとても難しいが、けっこう彼らの中に入っていく時に有効だと思う、という話なんですが。

例えば、問題行動を抑えるために「感情コントロール法」とかってのもある。
それを一生懸命やるのも悪くはないし、フィットする場合もあるだろうが、経験上、とにかくまず「この人は束縛する人だ」と思われてるウチはたいがいうまくいかない。
だからまず「見てない」ことが最初の一歩として必要になる、と俺は思っている。

この「見てない」。
なかなか彼らには新鮮なようで、とにかく「自由であることに戸惑う」。
でもそのうち、自由にやりながらも、だんだん「何か言ってくれないか?」という風に逆転していく場面があったりもする。

彼らに直接指導するってのも悪くはない。
でも、一生懸命になりすぎて、反発を受けてしまったら解決は遠くなる。

とはいえ、まあなかなか上手くいくことばかりでもありません。
でも、こっちが叩き込もうと思ってもやっぱりうまくいかなくて、向こうからなにか一つでも心を開いてくれないと、やっぱ難しい、という。

毎日まあなんだかんだ悩み悩みという話です。







佐藤店長生誕祭小

(BGM:YMO「君に、胸キュン。」from「愛と青春のニューミュージック・ベスト 80's」)
→ま、YMOが「愛と青春のニューミュージック・ベスト 80's」に入ってるという、まあなんでしょう、商業主義の「テキトウさ」ってすごいな、というか。
でもまあ、聞いてる多くの人にとっては、その辺どうでもいいのかもしれないな。
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