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スーパーちんどん・さとう

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年末にアオテツの実家に飲みに行きまして。
というのも、まあアオテツのお父さんとアオテツが同じ顔なんで見に行こうかと思って、というのは一つとして、実家が居酒屋さんだったのでありました。
地域の人気店ということで、けっこう人も来ていたんだけど、予約しておいてもらって行ったわけですが。

最近あまり一緒にのみに行ってなかった竹脇とかも来たりして、三原も飲めないけど、ということで来たりしてくれて。
ま、竹脇ってのは俺の大学の同期、三原さんは虹の会の初期メンバーで、初代会長が死んだときに、まあみんなボランティア、という組織だったからみんないなくなった感じだったけど、残った人ね。
当時、教員になりたてというかそういう感じだった。

そこでいろいろ話していて、わかったことがありまして。

ま、虹の会は順風満帆できたわけじゃなくて、まったく逆風の中をもがいてきたという感じなんですけど、その辺は最近はちょっと見えなくなってきてるかもしれませんね。
それに、まあここにはイイ事しか書きませんし、実際に飲みに行ったりしなければ、やっぱどういう状況だったか、みたいなことはあまり知られてはいないと思うんだけど。

内部的にも、イヤなことはたくさんあって。
といっても、まあここ数年はそういうことはほぼ感じません。
それもまあ、俺としては努力の結果ではあるんですけど。

やっぱ、実際に市丸がどうのこうの、ハヤテがどうのこうの、ってのは、自分たちがすべきことだし、介助に空きが出て行かなきゃならんとか、そういうのもまあしょうがないというか、いいんですよ、そういうのは。
そういうので悩むのはいいじゃん。
悩めばいいじゃん。
悩むのが仕事ですよある意味、正解なんかないから。

でも、まあ実際、女の人がはどうかはわかりませんが、いわゆるよく言う「女の闘い」みたいなこととかが一番つかれるじゃないですか。
あの人は休んでるけど、私は休んでない、とか、そういうの。
私ばっかり休みの日にコウヘイに誘われて云々、とか。

ま、そういうのが疲れる。
で、そういうのが疲れるから、ということで、だいたいは、もう「時間以外は市丸たちとは付き合わない。なぜなら、不公平が生じるから」みたいなことになっていく。
「携帯の番号は教えない」とか。
結果、どっか遊びにいくにしても、ウソついて早退したりしなきゃならなくなっていく。

バカバカしいな、と思うんですよ。
そういう決め方。

なんで、そういう「疲れる」ことをどう越えていくか、ということをすごく考えていて、その時に、三原が「自分で自分を評価する」「他人のイイところだけを評価し合う」ということをやったらいいんではないか、ということを言っていて、まあ取り入れたんですね。
当初は三原も来てくれて一緒にいろいろやったりもしてた。
そういう流れの中で、互いにイイところをすぐに言えるようになっていく。
そうなると、まあ「この人はこれが得意だから」という感じになっていくし、自分自身も集団の中での「役割」みたいなものが見えてくる。

その流れが、誰が偉い、誰が施設長だ、誰が指示して、誰が受けるのか、そういうことじゃなくて、「新人には新人の役割があるじゃん」という感じになっていった。
平易に言うと、あの人と自分を比べるのではなく、自分にできる得意なことをしよう、という感じかな。
それだけじゃないけど、まあそんな中で信頼感も生まれていく。

今、まあそういう感じになって、すごくまあやりやすいというか、ムダな「疲れること」がウチには格段にたぶんない組織だと思います。
この辺はまあ俺が言っても説得力がないんで、呑みに来たら新人にでも聞いて下さい。

しかし、まあそれ以前はそういうことでもなくて、けっこう疲れることが多かった。
俺が矢面に立つことも多かったし、先に書いたような「決めごと」を決めさせられてしまうようなことも多かった。
それはとても本意ではなかった。
けれども、まあ世の中の人はどう思ってるのか、よく聞くのは「俺が決めている」と思ってる人も多いようで、でもそういうことは実際はあまりなくて、意見のやりとりの中で、総意でやっているわけなんだけど、なんで、当時は俺の思ってることが俺の思いもしない部分で折られてしまうこともあって。
意見のやりとりは本来は多数決ではなくて、意見をやりとりしながら最大公約数を探ることだと思うんで、それはなるべくずっとやってきたつもりなんだけど、「あの時ああいったこう言った」でせめられることも多く、まあ辛かったときもあった。

今の新人のすずやみずえなんかには想像がつかないんだろうけど、そういうこともあったわけです。
ま、その中にいたら、彼女たちだってこんなに活躍してくれているとも思えませんけれども。

辛い、いやだなあ、疲れるなあ、そういう思いを抱えたままやるのはやっぱきつい。
俺一人が悪者になってしまった気にもなる。
というか、そうしておいて、ぐちゃぐちゃ愚痴いってるのが一番ラクですからね、世の中。

でもね、そんな時でも、どんな時も、どんな時も、俺が俺らしくあれたのは、三原たちのおかげなんだな、ということに、まあ気づいたんですね。
うすうす気づいてはいたけど、なんか今になって、彼らに年末に会って強烈にそう思いました。
三原も竹脇も、よしを(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5031.html)も、いつだって俺の味方だったんだよね。

そう、俺には、ずっと味方がいたのさ。

よくよく考えてみたら、オレらの側、つまり市丸たちに関わる健体者の側が、「あの人と自分を比べるのではなく、自分にできる得意なことをしよう、という感じ」でないとしたら、まあ市丸たちに何も言えないし、そもそもそういう雰囲気の中に彼らがいなければ、そもそもやっぱり「何ができた何ができない」という評価になってしまう。

その当時、健体者側がギスギスした感じだったとき、突風が吹いたときがあって、にじ屋にいなかった俺はにじ屋に電話して大丈夫だった?って聞いたことがありました。
その時井上が出たんだけど、今はいない専従に、井上が「ハゲはにじ屋にいないクセに電話だけしやがって」みたいなコトを言っていたそうで、その専従が俺を責めるように「にじ屋にいないクセに」と言っていたことがありました。

恐らく今だったら、井上もそうは言わないだろうし、いや、それをネタにして冗談でいったりするのはいいと思うんだけど、マジメにそういう風には言わないでしょう。
「心配してくれてるんだね」ときっとこっちの意を汲んでくれるでしょう。
というか、やっとそういう流れになったというか。

彼らはオレらを移す鏡だから、俺たちがギスギスしちゃダメなんですよね。
どうやって互いに信頼し合うか。
例えば休むにしても遅刻でもなんにしても、ウソをつかないで済むようにするか、というコトなんだと思います。
そしてそれを認め合えなければ、やっぱ井上達には何も通じない。

ま、そんなわけで、まあそういう味方がいたからこそ、年末にわざわざ県北?での飲み会に出てきてくれる30年以上の付き合いの奴らがいるからこそ、俺はやってこれたんだよな、とつくづくなんかしみじみ飲めば、しみじみと、思い出とともにいろいろ改めて彼らに感謝したところであります。

彼らなくして今の俺はなかったな。
仕事も、やってることも種類も違うけど、ホントにそう思う。
いや、本気で。







2020もち

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駅無人化小

駅無人化大

(BGM:Coco「はんぶん不思議」from「青春歌年鑑 '90 2」)
→これね、曲がどっかで聞いた感じではあるけど、よくできてると思うんだよね。
ソロで歌う、それを受けてコーラス、みたいな感じもなかなかファンキー。
惜しいのは歌唱力かな…。
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