FC2ブログ

プロフィール

スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

@SMChingDongSATO twitter

Calendar 1.1

<
>
- - - - - - -
- - 1 2 3 45
6 7 8 9 10 1112
13 14 15 16 17 1819
20 21 22 23 24 2526
27 28 29 30 31 - -

全記事

Designed by 石津 花

カテゴリ

最新記事

最新コメント

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

最新トラックバック

QRコード

QR

逃げろ


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


kaijosha.jpg


自分の正当性が認められない場所にいるのであれば、俺はその場所から離れた方がイイと思う。

どんなに苦しい思いをしても、どんなに努力しても、「ここでは自分は認められない」と思うのなら、やっぱその場所からは離れた方がイイ。
もちろん、それは、その場所にいる人たちからは、「卑怯」と言われるだろうし、「ここで認められるようにがんばるべきだ」と言われるだろう。

確かに、どんな場所でも認められるように全力を出すべきだろうと思う。
けれども、それを許さない場所ってのが時にある。

時代によっては(もしかしたら今でも)、女性であるというだけで、どんな努力も認められなかったコトもあったろう。
貧乏人だから、と、学校に入れないとか(これは今でもそうか)、そもそも勉強という努力のタネを得られない、ということもあろう。
集団が、その個人の意見を受け入れるのを拒否したり、派閥とかで、その個人を認めたくない、とかってのもあるだろう。
個人の意見ではなく、考えでなく、その人を入れるのはイヤだ、というような。

ま、3人寄れば派閥ができると言います。
だから、「排除」とはいかないまでも、「何となく居づらくする」みたいなことで、だんだん排除していく、みたいな。

まあ、これは俺も気をつけなきゃいけないことだな、と思ったりするんですが、それはまあ集団の側にいるからそう思うんであって、つまりは強い立場にいるわけですね。
もし、この集団を変えようとする「意見」や「思い」を持った人が現れた場合、それは自分の集団の「問題点」を洗い出してくれることなのかもしれない、とそれを受け入れるのがスジである。
そもそも、人は渦中にいるとその問題を俯瞰して考える事ができなくなる、というのもあります。
だからこそ、そういう意見こそしっかり中に入れ込んでいかなきゃいけない、と思います。

とはいえ、多くの場合、そうした意見は、新しい人の意見だったりして、コッチの集団側は「お前にはわからないことがたくさんあるんだ」とかなんとか思いがちですね。
ま、それはよく思ったりします。
思ったりするけれど、無碍にアタマから否定するのはダメだわな。

とまあ、そのヘンは一般論なんですが。
この集団、というのが「権力」だったとするとどうでしょうか。

権力は集団と言うにはあまりに巨大で凶暴である。
その社会の世の中の仕組み自体を作ってるのが権力だから、たとえば、「意見を言う」こと自体にも、その仕組みの中でのルールが適応されるんだから、意見すら言えない、ということだってあり得る。

しかも、これが「自分の有罪無罪を決定する場面」だったとしたら、これは一大事です。
「反論すらできない」状況に置かれたら、その後の一生に関わる。

ま、そういうことがないように、裁判、司法は行政統治からは独立しているはずだけれど、どうもここのところそうとも言えない事案が頻発に起きているようにも見える。
もし、政治に文句を言ったら捕まってしまう感じ、というか逆に政権に近かったら逮捕されない、みたいな状況がある感じだ。
独立してるとはとうてい思えないのよね。

ま、それもとんでもない話だけれど。
そもそも、司法自体も日本は人質司法なんて言われるけど、推定無罪の原則なんかはなんか成り立ってないような感じもある。
法相が、「司法の場で無罪を証明すればいい」とか言ってるようじゃあ、困ったもんである。
ま、有罪率が高いというのを「日本の警察が有能である」というのは正しいと思うけれど、どこか「1回捕まったら終わりである」という風にも読めてしまう。
逮捕=有罪という認識があるから、そういう法相のコメントが出てしまうのだろうな。
理屈が逆転してしまったという感じがする。

というわけで、そんなコトの上に考えますと、ゴーンさんの件だけれど、海外に逃亡したのは悪い、悪いから、もうゴーンさんが何を言ってもダメ、聞かない、言う資格なし、というのは果たしてどうなのだろう、という気がする。
ま、きちんと日本の司法が機能しているのだったら、その意見も至極ごもっともだけれど、ゴーンさんの会見を聞いていると、なんだか「そりゃ、なんとか反論の機会を作るしかなかったんだろうなあ、という風にしか思えなかったな。
その方法が、もう国内では無理だった、という感じ。
会見も開かせない、意見を言わせる機会を奪う、家族とあわせない、取り調べに弁護士を入れさせない、罪を認めれば出すが、認めなきゃ出さない、という感じ。
それらは、なんだか「推定無罪の原則」にはまったく基づいていないように見える。

ま、それは通常日本で行われてることなんだろうけど、それでいいのか日本の司法?という気がしてならない。

ゴーンさんの記者会見をして、テレビのコメンテーターが「裁判の過程で言えばイイのに」とか言っていたけど、それも5年も6年もかかる感じのスケジュールだったんでしょ。

いや、これさ、自分が捕まったら、とか思わない?
俺は思うなあ。
俺には国外に逃亡させてくれるような「チカラ」を持った友人はいないし、プライベートジェットも持ってない。
だから、もし何かがあったら、もう言いたいことがあっても大人しく閉じ込められるしかないのだな。
そして言いたいコトは外にはつながらない。
家族にも会えない。

う~ん。

そりゃね、捕まるようなことしなきゃいいんだ、ってのは正論だし、ほぼ大多数のみなさんはそうやって生きてますよね。
まあ、普通のことです。

でも、誰かにはめられたら?みたいなことだって、ないわけじゃないでしょう。
今回もゴーンさんはそう言ってました。
まあ、それが本当にそうなのかどうかは別として。
まあ俺ははめられるような大物ではないけれど、だとしたら、もうなんかどうしようもないじゃない。
「それははめたヤツがいたんだ」って言ったところで、コッチの言い分は通らない、それで何年も監禁されるんじゃ、もうそりゃ「すいませんでした」って、根拠もなく完全降伏しなきゃなんなくなっちゃうよなあ…。
それでも戦い続けられるほど、自分が強いとは思えない。


ま、裁判だけじゃなく、「自分が認められない」と思ったら、まあ逃げ出すのはなんかありなんじゃないか、という気がしたって話。
まあ、だからといって保釈条件を破っていいか?といわれれば、そりゃダメなんだけどさ…。






2020もち

koshigaya.jpg

jr.jpg

駅無人化小

駅無人化大

(BGM:二村定一「洒落男 ゲイ・キャバレロ」from「想い出の戦前戦中歌謡大全集 II 君恋し」)
→二村さんは、もう楽しいよね。
名曲をたくさん残しているわけですが。
これもいいですね。
誰でも知ってるメロディですけど、戦前はこういうアメリカの曲も流行ってたんだよな…。
スポンサーサイト



| ホーム |


 BLOG TOP