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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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kaijosha.jpg


まあ、失敗はたびたびします。
というか、失敗の中に成功がありますね。

「ああ、なんであの時、あんなことしちゃったんだろう!」
「ああ、なんであの時、あんなコト言っちゃったんだろう!」

そういうことって、まあ誰にでもあることだとは思うんです。

え?ない?
そうか…。
その場合、ない人の気持ちはわからないが、俺にはある。

しかもまあ、たいして意味がなかった、って感じの。
つまり、「イヤなコト言ってやりたくて、あんなコトを言ってしまった」とかじゃなくて、たとえば「その瞬間、頭があまり回らなくて、急にふられたので、あんなコトを言ってしまったが、まったく本意ではない」みたいな。

その後、場が凍るとかそういうオオゴトになったわけでもなく、おそらくその言われた相手も思い出せもしないであろうことなんだけど、俺はすごく「失敗した!」と思っているというような。

で、その手のことが急に思い出されて、「ああ!違う違う!」とか、「ああ!ごめんごめん!」とか、そういう風に、実際に言葉に出てしまうことがあります。
ま、それはどっちかというと声が出ているので、その時にいたまわりの人には聞こえてしまうが、その人達は何を言ってるかわからない。

とまあ、そういうことが時々あります。

今はアキ坊と暮らしているわけですが、それでもそういうことがあると、「え?」と聞き返されてしまうこともあります。
けどもまあ、いや、別に、となります。

その時のことを俯瞰して思い出す、というより、その時の状況の中に入り込んでしまう感じで、まさにその場所にいる自分に「違う違う!」といってるような感じ、ですね。
それはその瞬間のことで、長引くことはないし、すぐに自分の中で納まるけれど、その「あああああああー!」という感じは、「逃げ出したい」という感じに似てて、つまりその時のその場所から逃げたい、という感じ。

まあ、冷静に考えれば、もう時間は経っているので、その場所にはいない。
だから、「逃げたい」は達成されているのだが、それでも「逃げたい!」と思ってしまう。
それは衝動のような感じで、自分のアタマで制することはできない。
なので、「あああああー!」と頭を抱えるしかない。
ちょっとすればそれは納まる。

これは何も関係があるようなこと、似たようなことがあったからそうなる、というわけではなく、もう関係なく起こる。
トイレに入っているとき、風呂に入っているとき、本を読んでいるとき、まあ、どんな時であれ、急にその衝動がくるのである。


さて、ツノちゃんが、時々「わあああー!」と叫ぶんだけど、まあ叫んでいる中身はよくわからない。
今起こったことの時もあるし、聞けば「昔いじめられていた○○くんのことを思い出していた」ということもある。
とにかくまあ、彼はキャパが狭い。
ちょっとした集団の緊張感にも「わあああああ」となってしまうこともある。

それでもまあ、彼は理性がそれを制している感じがあって、まあ逆に言うと見てて辛い。
そしてまあ先に書いたように、その「過去のことが甦る」というのは、どこか俺にもわかる気がする。
いくら時間が経っても、「ああああああ!」という気持ちが治まることがないのだ。

ま、よく障害の本なんかには「フラッシュバック」などと書かれている。


これに支配されてしまえば、恐ろしい行動を起こすかもしれない。
…と思う。
けどもまあ、もちろん支配されることはない。
その衝動は急に来て、急に去る。
それがわかっているから、その前後では冷静でいられるし、その最中も一度「わああああ」と言えば済む。
言わずとも、頭の中でその衝動と闘えばよろしい。

その程度のこと、といえば、その程度のことである。
で、これは、多くの人がそういうもんだと思っていたが、そうではないのだろうか。


俺は子どもの頃からおかしな子で、喋れないときから車の車種を覚えてしまい、というか、喋るのが遅かったらしいのだが、一緒にいる母親に、「あの車の名前を言え」というようなサインを送り、それをきちんと答えられないと怒る子だったらしい。
ミニカーを部屋に並べ、掃除なんかで俺がいない間に母親が動かし、その位置が変わっていると怒ったらしい。

今では車種もわからないし、車にはまったく興味がない。
モノが並んでる順番やなんだらにもあまり気を遣うことがない。

そんな俺を見て、父親は養護学校の教師だったわけだけれど、「ああ、この子は自閉症なんだな」と思ってたらしいフシがある。
今思い出すと、小学校の前、なんかの知能テストのようなことを家でやった覚えがある。
休みの日なんかに父親が学校から持ってきてやったんだろう。


彼らと俺が地続きだ、というのは、俺はよく言う。
「なまけたい」とか、「わからないふりをする」「聞いてなかったことにする」みたいなことは、俺たちでもよくやることだからだ。
都合が悪くなれば逃げたり、逃げたくなったりするのは、市丸たちと俺たちはかわらないと思うからだ。
そういう衝動に、むしろ彼らは正直で、俺たちはカッコつけてやり過ごしているだけだろう。
彼らが「怠惰だ」「よくわかってない」という前に、自分のことを考えてみれば、同じじゃないか、と。


俺は今はまあ、そこそこの生活をおくってはいる。
ツノちゃんほど生活に困難はないといっていいと思う。
けれども、「彼らと地続きだ」というのは、そうした俺個人のパーソナルなこともあるのかもしれない。

俺はたまたま「こっち側」にいるだけだ。







2020もち

koshigaya.jpg

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駅無人化小

駅無人化大

(BGM:秋葉絵美「明日の私に賭けよう」from「台頭」)
→90J-POPサウンド全開。
いいタイトルだと思ったんだが、ちょっと肩すかしを食らうかっこうだ。
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