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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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最近は近所の店に飲みに行くことが多いですが、どうですかね。
まあ、駅前とかでなじみの店、みたいなのはなくはなかったけど、近所でそういう店ができるというのはありがたいことで。

そもそも俺の場合は、職住接近。
ウチから事務所まで信号もない。
どころか冷静に歩いてみると横断歩道もなかったという。

恐ろしいことです。
というか、ありがたいことです。

で、まあ、近所の店にずいぶん通っておりました。
この間。
それはそれでとてもありがたく、楽しかったんですが。


でもまあ、そろそろ駅前くらいまでは出ようかな、と思ってる昨今です。
井上たちにも、都内はちょっと難しいが、駅前くらいならいいだろう、というコロナ解除第三弾くらいを話したところです。
まあ、いろいろ約束事は決めました。
それをきちんとやってね、ということで。

井上たちにしてみると、彼らだけ、俺らと飲んでいても、まあ物足りないわけでしょう。
イベントなんかで知り合った人とコロナ前は「大宮待ち合わせで」とか言って飲みに行ってたわけだから、やっぱそろそろそこに戻したい、という思いもずいぶんあるようで。
その辺もやっていいですよ、誘ってみてもいいですよ、という感じにしようと決断したところなんですが。

そういう、井上たちを誘ってくれる人たちが、俺らの周りにはずいぶんいたりするので、それはとてもありがたいことであります。
普段、俺らと一緒で、まあだから俺らと飲むってのは、それは仕事帰りに同僚と飲むようなあれだけれど、といっても、まあ彼らにとっては俺なんかはどっか「先生」なわけだけれど。
そこから外に広げられる可能性を作ってくれる人たちがいて、ほんとにまあありがたい。

とはいえ、感染は怖い。
いろいろ約束事も作りながら、守らせながら、守りながらやっていきたいと思ってる今日この頃。


近所の店のいいところは、やっぱ「同じ店やってるし」みたいな感じもあるわけですよ。
うちはにじ屋をやっている、そしていろいろポスター貼るのなんかも協力してもらってる。
そういう店に行きたい、という気持ちはすごくあって。
地域で盛り上げたい、というか。
廃業する店も多いと聞きますが、そういう感じの部分で支えあいたいというか。

まあ、俺らの力なんて鼻くそみたいなもんですが、鼻くそも集まればくそ、ということもあります。
くそというか、ボトルを入れるくらいはできるかもしれない、みたいな。


とはいえ、ウチの事務所やお店はそもそも駅から遠いですから。
人に来てもらうとなれば、やっぱ俺らのほうから駅に出る、というのが流れでしょう。
ここの地域も盛り上げたいが、一緒に飲みに行ってくれる人も増やしたい。
そういうわけで、そろそろね。

でも、というか、なんか怖くなってるね。
あれ?駅に出るの、ちょっと怖くない?みたいな。
気づいたら、なんかそういう気持ちもちょっと出てきてしまうくらい強烈なコロナ。
というか、自粛期間。

ずいぶんなんか洗脳されちゃったな、と思いますね。
ステイホーム言われて、どっか「外に出るのは怖い」にそれが変換されてしまったような。

「正しく怖がる」といっても、怖がるに正しくも何もないわけで、怖いものは怖い。
貞子がテレビから出てきてんのに、「正しく怖がれ!」と言ったところでどうにもなりませんわな。
でもまあ、どっかでもみなさん恐る恐るなのは同じなのかな、と思ったりすると、コロナ前のノーガード戦法ではない社会はもうできているような気もしたりしなかったり。


これでまあ、駅前に行こうかと思いますが、よく行っていたおばちゃんの店は大丈夫だったのだろうか、とか、ちょっと心配ですね。
これで廃業とかしてたら、やっぱもう、怒っちゃうな。
金ちゃんと配らないから。
そもそも自粛しろなんて、おかしいし。
「自粛を要請」というわけのわからない日本語については、俺はもう絶対忘れないから。
こういうことをするんだ、政府は、と俺はしかとわかったよ。

俺は仕事としては自粛もできなかったし、リモートもできなかったから、逆にすごいストレスではあったけど、仕事がなくなる、ということはなかった。
それはありがたいのかどうなのか、よくわからないけど、いや、そもそも誰だって仕事はなくなかったはずだからコロナがなければ、いや、補償があれば。
しかも、コロナは誰のせいでもないし。

第二波なんて言うけど、それでまたこの調子で、補償なしの自粛要請なんて言われたら、もう、その時は、キレよう!。
みんなで。

もう二度とあの補償もないステイホーム状態はごめんだよ。





書店員

車募集

(BGM:鈴木トオル「WITHOUT YOU(アルバムバージョン)」from「マリアージュ」)
→これね、まあスタンダートナンバーですね。
いろいろな人が歌ってて、もうどれと最初出会ったのか忘れましたね。
でもまあ、名曲には違いない。
名曲だけにね、まあカラオケになってしまいがちなんですけど、そうなってますねこれは。
基本、Nilssonのバージョンを踏襲してる感じ。
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金さえあれば


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先日、同じ市内で、まあにじ屋みたいな感じといっていいのかな、障害者が働く、という感じのレストランが閉めます、と。
閉まっちゃうなら行っておかなきゃ、と思ったら、もう我々が情報を入手した時には閉めた後らしく。
事後整理をしています、みたいな感じだったんだけど。

俺自身はあまり直接は存じ上げなかったんだけど、アキとか市丸とかはいろいろお付き合いがあったようで。
とりあえずその辺で駆けつけて。

なんか、クッキーの販売とかもしてたらしいんだけど、まあそういうウチみたいなところ(障害者の団体でクッキーを作って売る、みたいな)けっこうありますけど、どこもやっぱ出張販売ができなくなっちゃって、という感じらしい。
例えば、「○○まつり」みたいなの。
市でやってるやつとかもあるし、そうじゃないのもあるけれど、そういうのに出張販売させてもらって、ずいぶんそういうところで稼いでいたらしいけれど、それがやっぱもう「今年は難しい」ってなっちゃってる、と。

そうだよなあ…。

非常事態宣言が解除されたからって、コロナの脅威が去ったわけじゃないし、これを書いているのは6・24なんだけど、この日東京はまた55人の新規感染者が明らかになったりしてますよ。
つまりは、何も終わってないわけで。

「新しい日常」なんていうけど、そういうことを強いられたって、販路がなくなっちゃえば一気に終わっちゃうわけだ。
新しい日常、じゃなくて、「販路なき日常」って感じだよね、現実的に言ったら。

食べ物関係はやっぱ「みず物」だから、回転していかなかったらどうしようもないよな…。
そのレストランも、結局コロナで店は閉めていたらしいんだけど、それでもう立ち行かなくなった、と。
まあこれで再スタートできればいいけど、出張販売も今年一年見込みがない、みたいなことになってしまうことが明らかになって、もう駄目だ、となったらしい。

十万円を払ってもらったって、県の休業補償20万円もらったところで、なんにもならない…。
再スタートできる体力には足らなすぎる。

そりゃそうだよな…。
非常事態宣言が終わって、東京アラー都?が終わったって、コロナは終わってないし、厳しい状況はまったくもって変わらない。
新しい日常、とかって誤魔化そうとしてるとしか思えない。

ウイズコロナ、じゃねよ…。

俺らは普段モノを作る仕事じゃないから、ちょっとわからなかったけど、やっぱ「○○まつり」までに200個みんなで頑張って作ろう!みたいなことがすごいモチベーションだったりしたらしく。
それがなくなってしまうというのも、なんだかとても苦しいなあ、と。

まあ、確かにどこも苦しい。
だから同時に、ウチのような、ここのような、障害者云々のところだって苦しくなる。
そりゃそうなんだけど。

でも、なんかみんなで救われる方法ってないんだろうかな。
今、同じ状況に陥ってるんだから、障害者も障害者じゃない、もないじゃない。
不利に陥ってるのはみんな同じ。
今、すごい手をつなげるチャンスなのかもしれないけど、まあなかなかこの格差が広がってる状況下、より貧しい人を叩いて喜ぶような風潮になっちゃってるからな。

ここで、いい方に転びたいがな。

まあ、ウチとか、このレストランとかが潰れたところで、巨大繊維会社が潰れるほどには社会に影響がないのかもしれない。
でも、怪我をしてレギュラーで働けないような状況になった時、ウチみたいなところとか、このレストランとかはあった方がいいと思うんだがな…。
社会にどんどん「余分」がなくなっていくのは、自分が今と違う状況に陥った時にかならず困ると思うんだ。

自分が困った状況に陥った時に救ってもらえる状況を、困った状況じゃない時にしっかり考えられるといいんだけど、人って、困ってないとそういう想像力を捨てちゃいがち。
「俺はホームレスにならない」という自信がどこからくるのか、俺にはそもそもよくわからない。

まあ、でも他人事じゃない。
ウチも大変な状況は変わってない。
にじ屋がもっと売り上げが上がればいいが、これはみなさんに来てもらうしかないけど、あとはやっぱ、基本的な部分で、「障害者が働ける場所」という考え方をもっと社会の中に「必要なもの」として位置付けていけるような活動を展開できるように頑張っていかなきゃいけないな、と思います。

でも、やっぱ悔しいね。
金さえあれば、なんだよね。

中抜きさせるんだったら、俺らにさせてくんねえかな安倍さん。





書店員

車募集

(BGM:Mr. President「Side To Side」from「We See The Same Sun」)
→いや、上がるねえ。
なんていうんだろう、このジャンルは。
レゲでもないんでしょ。
ま、ファンクいうたらファンクではあるんだけど。
フロアーを上げようとしてちゃんとフロアーを上げられる音楽だなあ。
すごいなあ。

今、どうしても表現しなければならない ★ 映画 「ひろしま」


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先日、録ってあった「ひろしま」を見たんですけど。
これは日教組が1953年に作った映画。

原爆から8年。
人々の原爆の記憶も復興とともに薄れていき、どこか「なかったこと」にされていく感じがあったようで、それに対して危機感を持った日教組が作った映画、ということになるか。
同時に原爆症の人たちへの差別などが描かれている。
復興に向かっていく中で、原爆そのものを広島から消そうとしていた感じも一部にはあったのだろうと推測される。

50年には朝鮮戦争が起こり、日本は武器を製造したりするわけだけれど、皮肉にもそれで経済が復興していくのだから、戦争に対する思いは様々というか、そういう部分もあったと思う。
あれほど悲惨な状況に陥らされたわけなのに、他国の戦いとはいえ、それによって復興せざるを得ない感じというのは、本当に悔しいというか、そういう部分もあるよな…。

よくよく考えると、福島の原発事故だって、福島の状況を訴えれば「復興の邪魔をするのか」みたいな意見が出たりした。
きっと、このときの広島も同じようなことだったんだろうな。

除染が済まないのに福島に住民を戻そうとするのは、どこか特攻を思わせるが、そういうことを言えば「復興を邪魔するのか!」という声が聞こえてくる。
いや、復興をするためにも除染は大事だと思うのだが、被害や現状を言うことと復興が相対することのように捉えてしまう人は多い。

人はイヤなことは忘れようとするし、それが前に向かっていく原動力になるというのはわかる。
わかるけれど、「二度と過ちを犯さない」ということでいうと、「忘れ去ってしまう」というのはあまりいいことじゃない。

きちんと反省し、どうやったら事故を起こさずに済むのか、原爆で言えば、使わずに済むか、ということを未来への対策としてきちんと構築しなければならない。
それはおそらく、原爆にあった人、原発事故の近くに住んでいた人、とかにとっては、とても苦痛なことなのだろうと思う。
けれども、そこをみんなで力を合わせて乗り越えなきゃならない。
と、まあ確かにそれも理想論ではあるだろうけど。

未来に向けて「二度と起こさない」ということと、今の社会を復興する、という二つは、おそらくは相反しない。
だって、もう一度原発事故があったらそれこそ終わりなのだから。
けれども、その瞬間だけ切り取ると、どうしても感情的には相反してしまう、という感じなのだな。

まあ、それは心情的にはわからなくはないけど、オレはやっぱり「なかったこと」にするのは大人の態度としてちょっと子どもには見せられないな、という気持ちになる。
起こしてしまったのは、やっぱり大人の世界の責任だと思うから。
原発にしても、原爆にしても。

そもそも、原子力という人間が制御できないモノを、人が使っていいのか?という問題もあるわけで。
火だったら水で消せばいいけど、放射能は人にはどうにもできない。
それができるようになってから使う分にはいいんだろうとは思うけど、それがないのに「使ってしまった」という責任は重大だと思う。
科学の進歩を信じて、というのであるのなら、制御できるようになってからでも遅くなかろうと思うのだが。

んなわけで、まあそういうジレンマの中で作られた映画だったのだろう。
ちょっと調べてみると、この時期に「原爆の子」という映画も作られているようで、そもそもは一緒に作る予定だったのが、決裂して二つの映画になったらしい。
おそらく、この「ジレンマ」が産んだ決裂だったのではないかと推測されるけど、ま、どうだったのかわからない。

さて、で、映画としてどうか、って話なんだけど。

これですね、ストーリーはあるようでない。
一人の高校生が軸にはなってくるけれど、それも大きな軸ではない。

この映画のキモは、とにかく原爆投下直後の表現である。

幽霊のようになって歩く人たち、みたいな絵はよく見るけれど、それを映像にした、という感じ。
強烈な表現で、溜めてある用水に頭を突っ込んで死んでいる人たち、動かなくなる子ども、子どもを捜し回る親…。
当時作ったにしては、つまりCGとかがない時代の表現としてはとてもすごいと思う。

ただ、おそらくはまだ「表現したりない」部分はたくさんあったと思う。
それは技術的な問題や、例えば全裸の人とかは登場しない、などである。

とはいえ、この映画をこの時期に作ろうとした思い、は痛いほど伝わってくる。
「売れよう」とかいうことではない。
映画として成功しよう、ということでもない。
表現したい、今、しなければならない、という衝動に突き動かされた映画。

もし、見る機会があったらぜひ見てほしい一作です。














書店員

車募集

(BGM:Blankey Jet City「Romance」from「SKUNK」)
→このサビの調子っぱずれな感じがなんとも言えない。
かっこよすぎる。

ちょっとのひずみなら なんとかやれる


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仲間、ってのはいいモンで、たいがい言葉にしなくても伝わるモノがあるから。
だから、そういう人と普段付き合ってるわけだ。
というか、普段付き合ってるから仲間って言うわけだけれど。

けど、一歩外に出た時に、自分たちの中で流通している価値観が、世の中ではまったく違うんだな、と思わされることがあります。
ま、ウチなんかは障害者の云々ということでやってるわけだから、差別的なことだったり、逆に「優しすぎる」みたいなことがあったりすると、「世の中はまだまだそういうことが浸透してないんだな」と思ったりする。

でもまあ、それが晴れやかな席だったり、何か大がかりな某だったりすると、いちいちそれに反論することはありません。
「それおかしいだろ」と思っても、それを指摘することは、大きなその流れに水を差してしまうことになるし、そもそもめんどくさい。
価値観が違う人に、その場で言動や何かを訂正させたところで意味がないコトも我々はよく知っています。

なんで、指摘しないけど、「なんかズレてるよな」と思う。
「違うよな」と思う。
まあ、そういう経験ってのは、よくあることかと思います。

まあ障害者云々というのはそんなに話に上がることはないけれど、そもそも。
でも、ジェンダーのことはよく出ます。

例えば、なんかのパーティーで「内助の功」を持ち上げる、みたいな文脈で、それが賞賛されたりする。
そういうのを聞いてると、結局、女は男に尽くさなきゃいけないの?みたいな気分になる。
もちろん、そういう意味で言ってるだけじゃないとは思うんですよ。

「奥様は、本当に気のつく方で、ご主人をよく支えてくれて、二人三脚でこの偉業を成し遂げました」
…いや、いいことだと思うし、それでいいんだと思うし、そういう人なんだろうからいいんだけど、俺はどっか「ズレ」を感じてしまう。
まず、最初の「奥様」でズレを感じるし、中盤の「ご主人」で更にズレを感じちゃう。

この辺にズレを感じる人だったら、同じことを言うんでも、恐らくその部分には名前を入れる、だろうと思う。
「○○さんは、本当に気のつく方で、○○さんをよく支えてくれて、二人三脚でこの偉業を成し遂げました」
と、まあそうなれば、先のズレを修正しようと思って言ってるんだな、と理解できるんで好感が持てるんですけど。

でもまあ、指摘はしないですよ。
「奥様ご主人様、って古いわ」とか指摘することはしない。
やっぱ、それはしないってか、できない。
というか、そういうことを「ズレ」と感じない人の集まりの中で、何を言っても通じない。

っていうか、そもそも男女、ということをベースに考えていること自体がどうか?って気もしてきちゃうんだよね。
ゲイのカップルだっているでしょうし、その場合、正式には結婚という手続きを経ることが「できない」ってことだってある。

ま、この辺は最近はずいぶん変わってきてると思いますが、どうしても俺なんかは「ズレてんな」と思ってしまう。
なんかこう、むずむずしたモノがたまってしまう。

逆に仲間内なら「その言い方はないわ」「奥様はないわ」とか言えます。
そうやって、互いに価値観をすり寄せていく作業もできる。
一度そういうことができてしまえば、その先はまあ指摘することもなく進んでいく、というか、そういうところもあります。

でも、それは所詮「自分のまわりの話」であって、世の中ではないわけで、そのことに鬱々とした「ずれ」を感じて居心地が悪くなったりすると言うか。
それはまあ世の中で居心地の悪さを抱えている、というコトでもあるんだけど。

人は確かにどういう思想を持っていてもイイとは思う。
けれども、それが障害者を蔑むことであったり、女性を蔑むことであったり、ゲイをなかったことにするような思想だったとしたら、それはやっぱり現代社会に生きるモノとして認識は浅すぎると思う。
そういうことじゃなくて、例えば障害者を蔑まないようにするためにどうしたらいいか、同性愛者の結婚をどう考えて進めていくか、みたいな論議で分かれるのは当然だとは思うし、いろいろ方法論はあって言いと思うし、それは論議すればいいことだけれど。
でも、「女は専業主婦でいいんだよ」「同性愛者は生産性がないから生きる価値がない」と言われてしまうと、もう論議も何もないんだ。
そういう「雰囲気」をかぎ取った時に、どこか「ズレ」を感じて、居心地が悪くなる。

「細かいコト言うな」と言われるかもしれないけど、俺はやっぱり居酒屋で女性が取り皿を各人の前に置いてくれるのとかはとてもイヤなんだよね。
そりゃ、「私が一番近かったから」というのは、正解だし、よくわかる。
でも、取り皿が重ねられているところに一番近かったのが男だった場合、それをやらない、ということだって多いわけ。
けど、女が近いと、「私が近かったから」という一言で、それをしてしまう。
してもらうことを肯定的に受け入れてしまう。
してしまうことが悪いわけじゃなくて、そういう「雰囲気」が社会の中に蔓延しているということがイヤなんだよね。
「気のつく女性」というのは、女性に対する褒め言葉である時点で俺はダメだと思ってて、そうじゃなくて、「気のつくヤツなんです」だったらなんかわかるんだけど。

ま、そんなわけで、でも、そういう「雰囲気」に俺も飲まれている部分もあると思うんで、いろいろ気をつけよう、と思う昨今です。






書店員

車募集

(BGM:シル・オースチン「ブンガワンソロ」fromYOUTUBE)
→ジャケットに「しる・おーすちん」と平仮名表記されてるところがいい。
しる、がいい。

すぐ検査しろ


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書店員

車募集

(BGM:Israel Kamakawiwo'ole「Take Me Home Country Roads」from「Facing Future」)
→いや、この人は300キロオーバーの体重だという。
ジャケットがなんだか相撲取りかな?と思ったら多分ご本人なんだな。
良質なハワイアンミュージック。

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