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スーパーちんどん・さとう

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バリバラの違和感 その3(ラスト)


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http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5200.htmlのつづき


前の二本分の原稿は、件のバリバラを見てすぐくらいに書いていたので、ちょっと前、ということになります。

で、最初に載せたツイートもしていたわけですが、それにご本人のTokinさんからお返事がありまして。
ライブ等でご一緒させてもらったりもしたので、オレとしては仲良くしてもらってる、という認識なのだが、そういうアレで。


オレは基本的に番組や演劇、プロレス、なんでもだけど、なんかに批判的なことを書いたりする場合、ま、批判的なことを言うなんてのはおこがましいですが、そのものの名前とか、番組名とかをあまり書きません。
つまりは、それ自体に意味はないというか、批判の構造を書きたいんであって、責めたいわけじゃないから。
それはそれでまあ「オレの番組だから」とか、「オレの演劇だから」ってことだろうと思うし、そもそもイヤなら見なきゃいいんですから。
というか、まあたいがいその後は見ないんで、それ自体はどうでもいいとは思うんですよ。

でも、ここでバリバラ、という名前を出したのには、やっぱり自分も出たことがある、というのが大きいけど、もう一つは、この番組が「面白い番組だ」と、「一部の人」に持ち上げられる状況がちょっと気になったからですね。
そして、オレはその世界で仕事をしているワケなので、これについては書いてもよかろう、と思った、ということがあります。

市丸たちに関わることですから、それはそれでちゃんと思ってることを表明した方がいいよな、という感じですね。

世の中には、「いいことをしよう」と思ってる人たちがいて、それはもう全然悪くないと思うし、むしろその通りで「いいこと」だと思いますけど、どこかそれが「いいこと主義」に陥ってしまいがちで、しかもどっか自己満足だけなんじゃないか、という思いもあるんです(先月、http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5158.htmlのシリーズで書きました)。
で、この番組って、周りの反応見ていると、けっこうそういう人たちに持ち上げられる感じもあって、ちょっと怖いな、と。


イヤなことってのは、ない方がいいんです。
ない方がいいけど、イヤなことがなくなる、って状況はこれまた不自然ではあるんですよね。
要は、「イヤなこと」の度合いが「耐えられるかどうか」なんだと思うんだけど、個人が耐えられないようなことだったとして、それがまたすべてにおいて「耐えられないことかどうか」というと、やっぱ違うわけです。
違うけど、やっぱその「耐えられない」という状況は回避すべきだと思います。
ただそれは、「障害名でひとくくりにしていい」ということとは違うように思います。

つまりは、イヤなことは回避すべきだが、「障害名でひとくくりにすべきであるのか?」と問いたかったのが前回までの流れです。
逆に言うと、それが「違い」を否定してしまうのではないか、という怖さ、ですね。
それは、例えば歩けなかったとしたら、歩けることとの違いまでをも見えなくさせてしまうのではないか、という怖さです。

違いというのは、自らが体験していない、できないことだから、想像力で超えるしかないんですが、それをも「同じ人間じゃないか」で済ませてしまう方向に行ってしまうのかもしれない。


そういう意味で考えると、解離性障害の人との付き合い方、という専門家の結論が、「普通じゃん!」といって切ってしまうのも、下手すると「同じ人間じゃないか」に流されてしまうような危うさがあります。
まあ、そういうことを前2回で書いてしまったわけですね、オレは。

そういう危うさを、Tokinさんの返信が教えてくれたんですが、要約すると、やっぱまず「根掘り葉掘りトラウマを聞かれる」みたいなことがけっこうあるそうなんですね。
なるほど、そうなのか、と思いました。

オレもそういうことを誰かに過去に聞いたかもしれないし、聞かなかったかもしれないし、よく覚えてませんが、本人にとってはそれはまあ先で言う「耐えられない」部類のことなんだと思います。
それを「覚えてない」と言う風に言ってしまう自分の「普通じゃん」という結論は、おそらくこれまた逆説的に「違いを放棄している」のかもしれません。


そもそも、「違い」とはなんなのか。
それを追求するのは悪いことじゃないと思うけれど、「違う」からこそ違いから生まれる悩みがあるわけで、それを根掘り葉掘りされるのはやっぱトラウマになってしまう可能性は高い。

違う、という現実を受け入れた上で、フラットに人と対していく、というのは、確かに難しい。
違いの中身が実はよくわかってないわけだから。
そうなると、そもそもあやふやな「普通」という概念を、勝手に作り上げて、「これでいいのだ」とバカボンパパよろしく突き進んでしまう可能性もある。

もちろん、そういう人がいてもしょうがないし、それはいいのかもしれないけど、そもそも「普通じゃん」という、その「普通」自体があやふやな価値観だよな、ということは忘れちゃならないな、と思いました。

「普通」って言葉で切って捨ててしまった自分は、まだ修行が足らない、という感じがしている今日この頃です。







(BGM:KEMURI「WALK THIS WAY」from「KEMURIFIED」)
→エアロスミスのカバー。
間奏のホーンが格別にかっこいい。
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