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スーパーちんどん・さとう

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今、どうしても表現しなければならない ★ 映画 「ひろしま」


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先日、録ってあった「ひろしま」を見たんですけど。
これは日教組が1953年に作った映画。

原爆から8年。
人々の原爆の記憶も復興とともに薄れていき、どこか「なかったこと」にされていく感じがあったようで、それに対して危機感を持った日教組が作った映画、ということになるか。
同時に原爆症の人たちへの差別などが描かれている。
復興に向かっていく中で、原爆そのものを広島から消そうとしていた感じも一部にはあったのだろうと推測される。

50年には朝鮮戦争が起こり、日本は武器を製造したりするわけだけれど、皮肉にもそれで経済が復興していくのだから、戦争に対する思いは様々というか、そういう部分もあったと思う。
あれほど悲惨な状況に陥らされたわけなのに、他国の戦いとはいえ、それによって復興せざるを得ない感じというのは、本当に悔しいというか、そういう部分もあるよな…。

よくよく考えると、福島の原発事故だって、福島の状況を訴えれば「復興の邪魔をするのか」みたいな意見が出たりした。
きっと、このときの広島も同じようなことだったんだろうな。

除染が済まないのに福島に住民を戻そうとするのは、どこか特攻を思わせるが、そういうことを言えば「復興を邪魔するのか!」という声が聞こえてくる。
いや、復興をするためにも除染は大事だと思うのだが、被害や現状を言うことと復興が相対することのように捉えてしまう人は多い。

人はイヤなことは忘れようとするし、それが前に向かっていく原動力になるというのはわかる。
わかるけれど、「二度と過ちを犯さない」ということでいうと、「忘れ去ってしまう」というのはあまりいいことじゃない。

きちんと反省し、どうやったら事故を起こさずに済むのか、原爆で言えば、使わずに済むか、ということを未来への対策としてきちんと構築しなければならない。
それはおそらく、原爆にあった人、原発事故の近くに住んでいた人、とかにとっては、とても苦痛なことなのだろうと思う。
けれども、そこをみんなで力を合わせて乗り越えなきゃならない。
と、まあ確かにそれも理想論ではあるだろうけど。

未来に向けて「二度と起こさない」ということと、今の社会を復興する、という二つは、おそらくは相反しない。
だって、もう一度原発事故があったらそれこそ終わりなのだから。
けれども、その瞬間だけ切り取ると、どうしても感情的には相反してしまう、という感じなのだな。

まあ、それは心情的にはわからなくはないけど、オレはやっぱり「なかったこと」にするのは大人の態度としてちょっと子どもには見せられないな、という気持ちになる。
起こしてしまったのは、やっぱり大人の世界の責任だと思うから。
原発にしても、原爆にしても。

そもそも、原子力という人間が制御できないモノを、人が使っていいのか?という問題もあるわけで。
火だったら水で消せばいいけど、放射能は人にはどうにもできない。
それができるようになってから使う分にはいいんだろうとは思うけど、それがないのに「使ってしまった」という責任は重大だと思う。
科学の進歩を信じて、というのであるのなら、制御できるようになってからでも遅くなかろうと思うのだが。

んなわけで、まあそういうジレンマの中で作られた映画だったのだろう。
ちょっと調べてみると、この時期に「原爆の子」という映画も作られているようで、そもそもは一緒に作る予定だったのが、決裂して二つの映画になったらしい。
おそらく、この「ジレンマ」が産んだ決裂だったのではないかと推測されるけど、ま、どうだったのかわからない。

さて、で、映画としてどうか、って話なんだけど。

これですね、ストーリーはあるようでない。
一人の高校生が軸にはなってくるけれど、それも大きな軸ではない。

この映画のキモは、とにかく原爆投下直後の表現である。

幽霊のようになって歩く人たち、みたいな絵はよく見るけれど、それを映像にした、という感じ。
強烈な表現で、溜めてある用水に頭を突っ込んで死んでいる人たち、動かなくなる子ども、子どもを捜し回る親…。
当時作ったにしては、つまりCGとかがない時代の表現としてはとてもすごいと思う。

ただ、おそらくはまだ「表現したりない」部分はたくさんあったと思う。
それは技術的な問題や、例えば全裸の人とかは登場しない、などである。

とはいえ、この映画をこの時期に作ろうとした思い、は痛いほど伝わってくる。
「売れよう」とかいうことではない。
映画として成功しよう、ということでもない。
表現したい、今、しなければならない、という衝動に突き動かされた映画。

もし、見る機会があったらぜひ見てほしい一作です。














書店員

車募集

(BGM:Blankey Jet City「Romance」from「SKUNK」)
→このサビの調子っぱずれな感じがなんとも言えない。
かっこよすぎる。
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