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スーパーちんどん・さとう

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俺たちは地続きなんだから


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底辺校って言う言葉があります。
教育困難校、という風に言うらしいですけど。

いわゆる勉強ができない生徒が集まる高校ってことなんだけど。
その入試問題とかがよく「こんなのあるかよ」「こんなのテストじゃない」という文脈でネットにもよく上がっています。

「ジョン、メアリ、太郎のうち、日本人は誰でしょう?」みたいな。
いや、このグローバル時代において、むしろその問題おかしいぞ、という気がしますが、その「この問題おかしいぞ」という口を挟めないほどの深刻さがあります。

よく、お店なんかに行ったときに、「ジース」とか書いてあることがあります。
ファンタとかがおいてあるので、「ジュース」、が正解なんでしょう。
こういうの、まあ「書き間違いか」と思うんだけど、こうなってくると、「もしかして」という気がしなくもなくなってくる。


ウチではまあみんな堂々と字を書きます。
書けないヤツも書きますが、いわゆる濁点や小さいユ、とかは難しいらしく、けっこう間違いがあります。
その辺はまあ、もう素なんだけど。
いわゆる知的障害と言われてる彼らだから。
むしろ字を正確に書くよりも、字を堂々と書く意欲とかを育てたいと思うし、そっちより「生活力」と言う方が大事かな、という気がしているんで、けっこう放置なんですけど。

とはいえ、それでもやっぱり字は知りたい、とか漢字を書きたい、という思いはストレートにあるようで、佐藤先生なんかに教えてもらっているようです。

ま、そんなことなので、その辺については基本寛容に構えているつもりなんですが、よくよく考えれば、彼らと我々、知的障害と言われていない俺なんかの間ってのは、まあ地続きなんですよね。
どっかでブツッと段差が存在するわけじゃない。

そう考えると、「う~ん日本人はどの人だろう…メアリかな…」となっても、まあ不思議ではない、とアタマではわかるんだけれど、車を運転する力があってその問題に引っかかるか…、という気がしなくもない。
そもそも、日本語を理解する能力がないんじゃないか、と考えると、生活力は確かにあったとしても、それはどうなんだろうか?という気がしてきてしまう。

つまりは、何も理解していないのに、仕事ができればいい、ということになっちゃうというか。
そりゃまあそうだと思うし、学歴が大事なんじゃない、ってこともよくわかるんだけど、その上でね、どうなんだろう、という。


結局、日本語が理解できないというのは、落語がわからない、ってことになると思うんです。
同時に、映画もよくわからない。
ニュースもわからない。
それって、豊かな人生と言えるだろうか、というか…。
うまく言えないんだけど。

そして、そういう人が集められて同じ学校に行って、じゃあ卒業生もそういう人で、その後の付き合いもそういう人ばかりになってしまったら、なんでしょう、もう人生何も楽しくないじゃないか、と。
同時に、理解力が足らないといろいろだまされもすると思うんだよね。
いくら仕事ができると言っても、労基法やいろいろで労働者は守られているわけだけれど、それがそもそも理解できなかったら、使い捨てられたりしてしまうかもしれない。


よく、まあこうした人たちのことを「努力が足らないからだ」とか言う人がいるけれど、それはやっぱり「努力をする」という学習をしてないからですよね。
努力ということの意味がわからない。
そもそも、未来の自分を想像して、よりよい自分とか、っていうと、そもそも「よりよいって何だ?」って話になっちゃうけど、そういうことを考えて努力というのはするわけですが、「将来」という概念が成り立たなかったら、やっぱきついと思うんですよ。
努力そのものが、そもそも成り立たない。
自分が知ってる範囲の「先輩が子どもを産んだ」くらいのことで、そういう生活しかしらなかったら、それが「未来」になってしまうような感じというか。
働けているウチはいいけど、身体を壊したら、とか、そういうことってのはなかなか想像するのは難しい。


そういう意味では、まあ市丸たちも同じと言えば同じなんだけど。
その中で、まあまずすごく思うのは、「救えない」んですよね。
けどね、そういう人が生きている、という事実はオレは多くの人に知ってほしいと思うし、だから書いたりするわけだけれど。

オレは大学を出て、そして男だから、世の中で言えば強者なんですけど、そういう人たちだけの波の中にいると、わからなくなるんですよ。
学歴や年収で仕切られた今の社会の中で、同じような「層」の人とばかり付き合っていたら、そりゃやっぱわからなくなってしまう。
平気で、「あいつらは努力が足らない」って言えちゃうようになっちゃうのはわからなくはないんです。
だって、俺らだって努力はしてるんだもの。
それで、この程度なわけで、そりゃ、「もっと努力しろ。オレだって…」と言いたくなる気持ちはわかる。

でも、もうそういうことじゃないんじゃないか、って思ったりもするわけです。
つまり、「落っこちたくないから努力する」って、もううっとおしいな、って。
俺たちの努力って結局そういうことじゃないですか。


井上たちが「漢字を知りたい」ってキラキラとした目をして佐藤先生に字を教わる姿は、確かに努力だし、でも彼らはそれを苦だとは思ってないわけだ。
俺らの考える「落っこちたくないための努力」とは違う。
それはよく言えば、「もっと明るいところで生きたい」みたいな。
もっと「堂々と生きたい」みたいな。
そういう、まあ感じを受ける。

そういう感じはすごく大事だと思っているし、尊重したいけど、いわゆる「落っこちないための努力」という文脈はもういい加減いらないよ。


楽しきゃいいと思う。
人生なんて。
でも、楽しむためには、やっぱ落語で笑いたいし、テレビで笑いたいし、テレビに疑問を持ちたい。
そのための「努力」だったら、いくらでもすればいいと思うし、したいと思う。


底辺校のテストを笑う前に、やっぱり、自分たちの窮屈な生き方をやっぱり見直すべきだと思った。
俺たちは地続きなんだから。





retoroi.jpg

(BGM:清春「HELLO, I LOVE YOU」from「狂った果実」)
→ドアーズのカバーとなるわけですが、きちんとビジュアルっぽく仕上がっております。
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