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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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権力の横暴に立ち向かうための俺たちの武器は数だけなのに


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chugei.jpg

(BGM:非常階段 with PANTA「前衛劇団 "モーター・プール"」from「咲いた花がひとつになればよい ~Hijokaidan 35th anniversary album~」)
→まあ、元々この頭脳警察の曲は、それ自体がリズムやテンポをいくつも変えるというか、いろんな曲をつなぎ合わせた、みたいな感じだったり、ブレイクがあったり、非常階段とやるにあたって、すげえ「らしい」曲ではあるんだわな。
どうでしょうかね、銃を取れとかもやってほしかったな。
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めんどうはかけるけれど


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ハヤテと昼を一緒に買いに行ったミズエからこんなメールが出ていて。
こんな感じの。

「にじ屋近くのスーパーのレジがセルフレジ(商品をレジに通すのは店員さんがやる)になるそうです。今日、買い物したときにレジのお姉さんが「セルフレジになりますが、大丈夫ですか?」と声をかけてくれました。有人のレジも1台あるそうですが、空いていない場合もあるそうです。」

ま、この後、具体的に、誰々とは一緒に行かないとダメそうですね、とかの話になっていくわけですが。

これ、まあ二つありまして。


一つ目は、セルフレジの問題ですよね(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5343.html)。
これまで一人で買い物に行けてたモトミも、これで一人では行けなくなった、ということですから。
まあ、慣れれば大丈夫なのかもしれないけど、それまではまた時間がかかります。

たぶん、モトミはウチに来るまで一人で買い物なんかに行ったことないんだと思うんですよ。
でも、ウチに来て、よく行くスーパーとかでは一人で買い物できるようになった、という矢先に、まあよくも新しい壁をこさえてくれるな、と。

やっぱね、一人で行きたいんですよ。
そもそも。
「誰かの手を借りてできるんならそれでもいいだろう」って風に思う人もいるかと思うけど、いやいやいやいや。
自分でできた方がいいに決まってる。
人を使うのは面倒だし、人がついていられる、というのはうざったいものです。

ハヤテやカイなんかは、一緒に歩くにしても間合いを間違えるといきなり噛んできたりするからね。
やっぱ、「君は君」みたいな感じをきっちりやってやらないと、「監視してるぞ」みたいな感じは誰だって気分がよくない。
悪いことするわけじゃないけど、そうやって「監視してるぞ」って言われると、なんか悪いことしてやろうか、みたいな気分になるじゃないですか。
それはまあ、彼らでも同じことで。

だから、まあいろいろ問題はありつつ、でも一人でやらせてみよう、みたいな決断をして行くんですけど。
時には尾行とかもします気づかれないように。
それはまあすごい労力なんだけど、ま、仕方ない、というか。

それに、まあこういうのはなんか「阻害されてる」みたいな感じも受けるじゃないですか。
劣等感も植え付けられるというか。
できないことが、なんか「買い物する資格がない」みたいな。
ま、もちろんそういうことじゃないってのはわかるけど、彼らにしてみたら、「誰でもできるのに俺はできない」ってなるから。

まずこれ「優しくないよな」、って思う。

同時に、レジの人のクビも切るんでしょ。
機械化によってまあ、全国的に見てどれだけの人が職からあぶれるか、と考えると、恐ろしいよ。
言っとくけど、こんなの自己責任じゃないからね。

というわけで、まあ、いいことが一つもないと思うんだけど、なんでセルフセルフまあ、馬鹿の一つ覚えみたいに日本は突き進むんだろうかな。


そしてもう一つですが、これ、スーパーの方が「教えてくれた」っての、嬉しいな、と思って。
たぶんね、この人もそんなにセルフレジに賛成か?と言われれば、そうじゃないかもしれない。
だって、自分のクビもかかってる。
そして、にじ屋の人がよく買いに来てくれるけど、あの人達大丈夫だろうか、って心配までしてくれてるわけでしょ。

スーパーの上層部が決めたことなんでしょう。
きっと全国会議とかで。
この店舗だけ導入するとかそういうことじゃないんだと思う。
でも、この店舗で働いている人たちにとって、そこからこぼれてしまうモトミ達を心配してくれる感じが、嬉しい。

そしてなんか、なんだろう、もちろんそこまでのアレでは決してないと思うけど、大きく考えると、この新自由主義的なモノに対して、モトミ達がどういう姿勢で対していかなきゃならなくなっているのか、ということをその人は「わかってくれる気がする」。

地域で、そして同じ労働者として。
いやま、そこまでのアレではないわけだけれど、でも、どこかこの話、「連帯」という言葉も浮かぶ。
もちろんそれは確固たるモノじゃなくて、ふんわりとした、やんわりとしたモノだけれど、それがとても重要な気もして。

そしてもしかして、にじ屋が近所になかったら。
モトミが買い物に来てなかったら、この人は「セルフレジになっても大丈夫でしょ」となにも心配しなかったかもしれない。

そういう意味で、にじ屋がみなさんに、もちろんめんどうはかけるけれど、考えるきっかけになっていけたら、と思う。

そしてもう一つ、ミズエのメールにはこうもありました。

「(言ってくれた)お姉さんは「失礼だったらごめんなさい」って言ってくれましたが、私は全然そう思わず気にかけてくれたのが嬉しかったです」






chugei.jpg

(BGM:Sonny Clark「Two Bass Hit (Alternate Take)」from「Sonny Clark Trio」)
→これはマイルスデイビスのカバーと言うことでよろしいだろうか。
なかなかのスピード感でありまして。
これね、なんかドラムがすげえかっこいい。
ジャズドラマーになりたかったなあ…。

死ななきゃやってらんない ★ 映画 「タイトル、拒絶」


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「タイトル、拒絶」を見てきましたけどね。
いや、なんで一週間しかやらんの。
こういうの、もっとちゃんと長くやってほしいなあ、と思わずにはおれませんが、まあシネコンってそういうもんか。

とはいえ、シネコン以外が近所にないんだよね。
むしろ、ちょっと郊外、ここは浦和だけれど、埼玉県でいうと深谷とか川越にも面白い映画館あるんだけど、正直遠いし、今は移動が大きくなることを避けたい気持ちもないではない。
まあ、中途半端なんだろうな浦和。

ああ、浦和でもっとこういう映画をしっかりみたい人ってのがいるのなら、なんか映画館やりたくなってきたよ。
簡単じゃないだろうけど、でも、けっこうマジに。

てなことで、映画の中身ですが。
伊藤沙莉さんが主演、ということになりますか。
群像劇なんですけどね。
風俗の女の子の「たまり」っていうのかな、そこが舞台になっています。

元々が舞台演劇だったらしく、まあそう言われればそういう感じがしますね。
いや、舞台ってのは、すごいなって思うのは、例えばこういうその「たまり」だけ、もしくはそこがほぼ背景、であっても、ストーリーになると言うね。
そして、とてもこの話は奥が深いというか、リアルというか…。

正直、風俗の女の子が集まってる場所に入ったことはないわけですが、まあこういう感じなんだろうな、というのは思いました。
つまりは、ものすごい「よどんでいる」けれども、そのよどみを認めたくないからはしゃぐ子もいれば、冷たくそれを見てる人もいる。
ベテランもいれば、知的障害のような子もいる。
そこで言葉があっても何一つかみ合わないし、一人一人の絶望や、もしかして希望、というものがあまりに違いすぎて、表面的であっても一つになることもない。

人って、まあ働いていたら、その中で「自分とは何か」みたいなことにぶち当たるんだけど、ここでは、自分の意味を見いだそうとする人、「風俗なんかやってて意味もなにもないじゃないですか」という人、元々なにも考えてない人、まあ、いろいろで、そしてそれがなんの相乗効果も生まない。
なぜなら、「知らない、イヤな男のちんぽをしゃぶってるから」。
「そんな女に意味とかないっしょ」という諦念。

これですね、最初の場面が伊藤沙莉さんが風俗嬢として面接に来て、最初の客が迫ってくるところで、「無理無理無理!」となって逃げ出す、というところから始まっていまして。
これがホントにリアル。
そうだよな、こんな男(という感じの、かといって最低にどうしようもない男というわけでもない、ちょうど普通にいる感じのどうしようもない男って感じ)が迫ってきて、裸になって肌を合わせて、セックスまですると考えたら、男の俺でも総毛立った。

ありえない。
無理だわ。
これは無理。
中盤で、ここのスタッフの男の人が女に買われる場面もあるんだけど、いや、やっぱ無理無理。

ちょっとね、これはすごいことだよ。
この冒頭にまずガツンとやられてください。
特に、「風俗やってるんだからセックス好きでやってんだろ?」とか思ってる人。

でも、そこでしか働けない人がいて、そりゃね、心が死ぬわ。
いや、死ななきゃやってらんないでしょう。

ずっと笑ってるナンバーワンの子がいるんだけど、これがまたもう、なんだろう、壮絶な子ども時代を過ごしてきたんだけど、もう、完全に壊れちゃってる。
でもかわいいからナンバーワンになっている。
もう壊れなきゃやってられないし、でも彼女は最後まで素には戻らない。
一方で、このたまりでも問題を起こす子は最後社長を刺しちゃうんだけど、そっちの方がまだまともというか、壊れてないというか、「壊れかけ」というか。

いや、買う側にもいろいろ事情はあるとは思う。
セックスは人間の基本的な欲求だから。
でも、これ、相手をする側の命を削ってるって、やっぱ思った方がいい。

「コロナで不況になって、かわいい子が風俗に流れてくるだろうから嬉しい」みたいなことを言った芸人がいたけれど、もうどうしようもないですね。
許される発言ではないよ。
甘すぎる。
芸人が、こういう人たちのことに想像力を失うんだとしたら、その芸とやらは薄っぺらなクソみたいなもんなんだろうな、と思う。
ストイックだった頃は好きだったのにな。

で、まあこの映画、そもそも伊藤沙莉さんを見たくて見たわけだけれど、彼女の役柄が、最初もう嬢からは逃げちゃったから、下働きしてるんだ、その風俗店で。
つまりは、もう一番下っ端ってことになるんだけど。
それがもうハマりにハマっていて。
彼女、より好きになりました。

本もいいんだろうけど、「俺納得いかないっす」→「なんだてめえ、めんどくせえなあこのガキが」→ガツン!みたいな台詞や感じとか、すげえリアルで、なんかホント、よくできた映画。
ぜひ、見る機会があったら見てほしい一作。








chugei.jpg

(BGM:藤井フミヤ「Do Not」from「SINGLES」)
→これは、高音の裏声が全てですよね。
それでもフミヤさんの色気というのがあって、やっぱこの人はボーカリストだな、と思う。

「たまたま」ラッキーだった学生時代 その3(ラスト)


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http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5373.htmlの続き


で、まあ今に至るわけだけれど、その飲んでるときに思い出したことがあって。
こっからが本論と言うことになりますけど。

教育実習というのがあるじゃないですか。
小中学校の時は、もうしょっちゅう来るんです。
二ヶ月にいっぺんくらい来る。
しかも、一クラスに3人くらい来る。
だから、もう全然覚えてないですけど。

でも、唯一覚えている中学の時の教生の授業があって。

それは国語の時間だったんだけど、その時にまあ「この時の主人公のきもちを考えましょう」みたいなのってあるじゃないですか。
その時に、まあ先生が指名したのかなんだったのか、まあ数人から出るじゃないですか。

「悲しい気分だったんじゃないかと思います」とか。
「それでも希望を感じていたんじゃないかと思います」とか。
ま、そんな感じだったんだと思うんですよ。
ここは覚えてないけど。

そしたらね、その先生、「そうですね」「きっとそうだったでしょうね」としか言わない。
で、次にいっちゃうの。
で、また「この時、この言葉を聞いて女の子はどう感じていたのかな?」とかそういう感じの。

で、また生徒からいろいろ出る。
で、また「そうですね」と言って、次に行く。
この繰り返しで。

で、二回目くらいで、なんとなくざわついてきたんですよ。
つまり、「先生答えはなんですか?」ということですよね。

先生が聞いたことに関して、いくつかの答えが出た。
けれども、先生は「どれが正解か」を示さない。
そのまま進む。
つまり、これがいい中学のアレかと思うんだけど、ここで、生徒は「正解」を知りたがり始めた。

で、まあある生徒が途中で、「先生、どれが正解なんですか?」みたいなことを聞いたんだ。
そしたら、その教育実習の先生は、「正解とかはないです。本を読んで、それがあなたの感じたことなのだから、それでいいのです」と言ったんだよね。

これ、すごく覚えていて。

つまり、国語のテストだと正解と不正解を出さなきゃいけないけど、それそのものをこの先生は「そうじゃない」「正解などない」と言い放った、という図式。
テスト至上主義のいいところの中学の授業としては、まあ減点なんですよ。
でも、それをそのまま最後までその先生は続けたの。

俺はなんか、その先生が言ってることがすごくわかる気がして。

だって、文学作品だ、まあ教科書に載るくらいだ。
完璧な作品と言っていいでしょう。
それにだって、読む側の気持ちや立場、そういうのが変われば、感じ方も変わるんだ、と。
よくよく考えればごく当たり前のことなのに、俺たちは「テストの正解」ばかりを探してる。
こりゃおかしいよ、と。
文学や芸術に正解などあろうはずもないじゃないか、と。

中学の時にそう思っていた。
だからまあよく覚えているんだけど。
ま、これ以降、俺は国語は嫌いじゃないのに、「国語のテスト」が大嫌いになった。
ウソだと思うようになったから。

実際に自分が教育実習に行くことになってわかるんだけど、あれって、教生が「教案」というのを書いて、いわゆる台本だね、それを担当の先生に見せる。
で、いろいろ直されるわけ。
一回45分の授業だとすると、そのためにもう自分で書いて、直してもらって、また書いて、また直してもらって、って5時間も6時間もかかるんだ。
それを経た授業が、この授業だった、と考えるとね、ま、中学の時は担任が国語だったので(3年間同じクラス。担任も同じ)、担任がこれでOKって言ったんだよな、とも思う。

そもそも「どう感じるか」「どう思ったか」を一つの正解にするようなこと、おかしいじゃん。
多様性が叫ばれる中、まあ当時はそんな言葉はなかったけど、それはどう考えてもおかしい。

だから、なんかね、あの先生はこの「いい中学にいる生徒達」に、何かを伝えたかったんじゃないか?って穿った見方もしてるんだ。
そして、俺はそれに気づいたよ、って伝えたい。
ま、女の先生だってのは覚えてるけど、顔も名前も忘れたけど。

ま、何が言いたいかというと、俺の場合は本当に教師に恵まれていて、「君がどうあっても支えてやる」ってずっと言われてきた気がする。
勉強ができるできない、校則を破る破らないがどうこう、遅刻をするしない、いつもトイレでたむろってる、卓球場の裏でタバコ吸ってたの知ってるぞ、とか、そういうことじゃなくて、とにかく「どうあっても君はいい子だから」って。

これは大学でも同じで、そして教育実習の時の担当の先生もいい人だった(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-251.html)。
ものすごく影響を受けた。
「教育実習は、今各地で行われていて、数千の人がやってると思うけど、君ほど頑張った人はいない」と彼は俺に言った。
いや、それは本当に「ついていこう」「この先生から学びたい」と思ったからなんだけど。
他のクラスの先生から、「○○先生(担当の先生)は、佐藤先生(俺)みたいな人大好きだからね」と言われたけど、マッチもしたんだろうと思う。

全ては偶然で、たまたまなんだけど、今考えれば、その中身の勉強よりも、そうやって「寄り添っていけば子どもはなんとかなるもんだ」ということを教えられた気がして。
俺の中にそれが染みついているというか。

多くの人が、先生との相性もあるんだろう、イヤな先生にあたって学校が嫌いになったり、そもそも大人を信じられなくなったり、そういう状況に陥ってる中、ホントに「たまたま」俺はラッキーだったと思うし、そして、俺は市丸達に対して、そういうひとにならなきゃいけないな、と思っている。

それをまあ、学生時代に学んだかな。
正解は見つからないけど、でも毎日なんとかやっております。






chugei.jpg

(BGM:イルカ「あの頃のぼくは」from「イルカ Best☆Best」)
→イルカさんって、一人称「ぼく」で決まりだよね!
ベスト盤だけれど、やっぱ☆入れたいよね!
という感じです。
イルカさんのラジオ、日曜の朝にやってるので、よく聞いてるんだけど。
この人、ちょっと喋った感じが下品でいい。
いや、上品なんですけどね。
なんかちょうどいい下品。

「たまたま」ラッキーだった学生時代 その2


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http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5372.htmlのつづき


とはいえ、まあクラスで浮いていたとか、そういうんでもなくて。
いわゆるど真ん中にいました(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-774.html)。
だから、中学の時はうまくは付き合ってはいたんだろうけど、どっか違和感はずっとあって。
というか、どっかみんな俺を持ち上げることが上手だった。
校則が中学の時にあったかどうかは覚えてないけど、まあでも髪が長いとか、髪型が、とか注意はされたような気はするけど、俺は変えなかったし、そういう人だったから、多少はみ出したことをやってもなんかすごく「暖かく見守ってくれる」みたいな感じがあって。
「代わりにやってくれている」みたいな感じだったのかもしれない。

すごい勉強ができた丸山君というのがいたんだけど、丸山君が来ていたセーターがなかなかよかったんで取っちゃって、俺がずっと着てたことがあって。
というか、それは今も取ってあるんだけど。
後から知ったんだけど、どうもそれは丸山君のお母さんが編んだものだったらしく、ああ、申し訳なかったな、と思ったんだけど。
でも、それを知った時、丸山君が「でも、俺のお母さんはすごい佐藤のこと好きだったから。あげればいいよ、って言ったんだよね」って言っていて。

ああ、そうなんだ、と思って。

けっこうだから、なんだろう、目立つ存在ではあっただろうが(実際、卒業アルバムをこの前たまたま見たら、映ってる率がハンパなく高かった。ほとんどが俺の写真と言っても過言ではなかった)、なんか親やクラスメイトから「排除された」という印象はなくて。

でも一方で、そういう「ぬるま湯」みたいな感じもどっか気に入らない年頃。
というか、そこを突き抜けられない自分にも多分腹が立っていたのだと思う。
とはいえ、後輩からとか、バレンタインとか正直すごい数のチョコレートをもらったりしてたし、それに甘んじていた感じもあったり。

で、サッカー部だったんだけど、3年の夏に引退というか、そうなるわけです。
二学期になって、もうなんか今思い出してもよくわからないんだけど、学校行かなくなっちゃったんですよ。
いや、行ってはいたか。
でも、10時頃行く、みたいな。
きっかけがなんだったのか思い出せないんだけど、そういう感じで。

そしたら、まあその時間授業をやってない先生とかいるじゃないですか。
その先生とかが、職員室とかから手を振ってくれたりするんですよ。
いや、授業中の先生とかも窓開けて「お前、今日も遅いじゃないかよ」とか。
それもなんかイヤな感じじゃなくて、う~ん、なんだろう。
ウエルカム感はあったというか、う~ん、とにかくイヤな感じじゃなかった。
だから、学校は嫌いじゃなかったし、いや、好きだった。

今考えると、ま、教師目線になりますけど、「もしかして、あの時の先生達は、大人しく言うことを聞く生徒じゃなくて、言うことを聞かない生徒の方が好きなんじゃないか?」って。
今、まあそう思うんですよね。
例えば、市丸が来たばかりの頃問題ばかり起こしていたりしたけど、なんやかんややっぱそっちに向かうんですよね、俺の姿勢が。
できる子よりは、やっぱそっちが好き?とは違うけど、そこに「俺の仕事がある」という感覚。

俺のクラスの授業をやってない先生とか、学年が違う先生とか、いわゆる接点がない先生もいい感じでいつも「佐藤、今日も遅刻か」とか笑ってくれてたという。
ま、先生に恵まれてました(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-121.html)、って話ではあるんだけど、それは本論ではないのでちょっとアレとして。

いい学校だから、成績はよくなかったです。
160人とかの学年だったんだけど、100番の上に行ったことはなかったと思います。
たいがい、140番くらい。
すごい勉強して、行けるだろ、と思っても120番くらい。
ま、そんな感じ。

だって、まわりは塾に行ったり家庭教師がいたりする家庭だから。
そりゃやっぱ、そうなるよ。
俺は塾とか一切行ってなかったから。

だからまあ、みんなが行く高校には行かなかったんですね。
いや、行けなかった、が正しいか。
いわゆる、ウチの中学からしたら「ランクを下げる」形で、高校に行ったんです。

そしたら、もう世界が変わったの。

一回目の中間テストってのがあるわけだけれど、その時、まあ勉強したんですよ普通に。
で、俺としては160人中の120番くらいの勉強をしたかな、と思っていて。
そしたら、トップだったんだよ。

教師もたまげたと思うよ。
そもそも、なんかどっちかというと、当時の言葉で言うと「ツッパリ」だった子が一位なんだから。

それまで、その中学が世界だと思ってるじゃない。
でも、「違ったんだ」って。
「あの中学の方がおかしかったんだ」って気づいた。

これがなかったら、おそらく今も俺は頑張って勉強して彼らについていこうとしていたかもしれない。
苦しみながら、「落ちこぼれないように」って、必死にしがみついて、落ちていく奴らを「努力が足らない」とか言っていたかもしれない。
いや、言っていたと思う。

でも、そこから解き放たれたときに、俺の世界は一気にバラ色になった。
いや、落ちて本当に楽になったし、そっちの方のみんなが本当に人生を楽しんでいた。
その一員になれた、ってのが俺は嬉しかったな。
高校時代は本当に俺は楽しかったし(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-2719.html)、たぶん俺以上に高校時代を満喫したヤツはいないと思うくらい。


続きます






chugei.jpg

(BGM:The Twist「Pretty Woman」from「Round2」)
→歌詞冒頭の「Pretty Woman」だけ聞くと、あれ?カバーか、と思いますが、まったく別物。
それにしても世良さんの声ってセクシーだよなあ。

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