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スーパーちんどん・さとう

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「たまたま」ラッキーだった学生時代 その3(ラスト)


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http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5373.htmlの続き


で、まあ今に至るわけだけれど、その飲んでるときに思い出したことがあって。
こっからが本論と言うことになりますけど。

教育実習というのがあるじゃないですか。
小中学校の時は、もうしょっちゅう来るんです。
二ヶ月にいっぺんくらい来る。
しかも、一クラスに3人くらい来る。
だから、もう全然覚えてないですけど。

でも、唯一覚えている中学の時の教生の授業があって。

それは国語の時間だったんだけど、その時にまあ「この時の主人公のきもちを考えましょう」みたいなのってあるじゃないですか。
その時に、まあ先生が指名したのかなんだったのか、まあ数人から出るじゃないですか。

「悲しい気分だったんじゃないかと思います」とか。
「それでも希望を感じていたんじゃないかと思います」とか。
ま、そんな感じだったんだと思うんですよ。
ここは覚えてないけど。

そしたらね、その先生、「そうですね」「きっとそうだったでしょうね」としか言わない。
で、次にいっちゃうの。
で、また「この時、この言葉を聞いて女の子はどう感じていたのかな?」とかそういう感じの。

で、また生徒からいろいろ出る。
で、また「そうですね」と言って、次に行く。
この繰り返しで。

で、二回目くらいで、なんとなくざわついてきたんですよ。
つまり、「先生答えはなんですか?」ということですよね。

先生が聞いたことに関して、いくつかの答えが出た。
けれども、先生は「どれが正解か」を示さない。
そのまま進む。
つまり、これがいい中学のアレかと思うんだけど、ここで、生徒は「正解」を知りたがり始めた。

で、まあある生徒が途中で、「先生、どれが正解なんですか?」みたいなことを聞いたんだ。
そしたら、その教育実習の先生は、「正解とかはないです。本を読んで、それがあなたの感じたことなのだから、それでいいのです」と言ったんだよね。

これ、すごく覚えていて。

つまり、国語のテストだと正解と不正解を出さなきゃいけないけど、それそのものをこの先生は「そうじゃない」「正解などない」と言い放った、という図式。
テスト至上主義のいいところの中学の授業としては、まあ減点なんですよ。
でも、それをそのまま最後までその先生は続けたの。

俺はなんか、その先生が言ってることがすごくわかる気がして。

だって、文学作品だ、まあ教科書に載るくらいだ。
完璧な作品と言っていいでしょう。
それにだって、読む側の気持ちや立場、そういうのが変われば、感じ方も変わるんだ、と。
よくよく考えればごく当たり前のことなのに、俺たちは「テストの正解」ばかりを探してる。
こりゃおかしいよ、と。
文学や芸術に正解などあろうはずもないじゃないか、と。

中学の時にそう思っていた。
だからまあよく覚えているんだけど。
ま、これ以降、俺は国語は嫌いじゃないのに、「国語のテスト」が大嫌いになった。
ウソだと思うようになったから。

実際に自分が教育実習に行くことになってわかるんだけど、あれって、教生が「教案」というのを書いて、いわゆる台本だね、それを担当の先生に見せる。
で、いろいろ直されるわけ。
一回45分の授業だとすると、そのためにもう自分で書いて、直してもらって、また書いて、また直してもらって、って5時間も6時間もかかるんだ。
それを経た授業が、この授業だった、と考えるとね、ま、中学の時は担任が国語だったので(3年間同じクラス。担任も同じ)、担任がこれでOKって言ったんだよな、とも思う。

そもそも「どう感じるか」「どう思ったか」を一つの正解にするようなこと、おかしいじゃん。
多様性が叫ばれる中、まあ当時はそんな言葉はなかったけど、それはどう考えてもおかしい。

だから、なんかね、あの先生はこの「いい中学にいる生徒達」に、何かを伝えたかったんじゃないか?って穿った見方もしてるんだ。
そして、俺はそれに気づいたよ、って伝えたい。
ま、女の先生だってのは覚えてるけど、顔も名前も忘れたけど。

ま、何が言いたいかというと、俺の場合は本当に教師に恵まれていて、「君がどうあっても支えてやる」ってずっと言われてきた気がする。
勉強ができるできない、校則を破る破らないがどうこう、遅刻をするしない、いつもトイレでたむろってる、卓球場の裏でタバコ吸ってたの知ってるぞ、とか、そういうことじゃなくて、とにかく「どうあっても君はいい子だから」って。

これは大学でも同じで、そして教育実習の時の担当の先生もいい人だった(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-251.html)。
ものすごく影響を受けた。
「教育実習は、今各地で行われていて、数千の人がやってると思うけど、君ほど頑張った人はいない」と彼は俺に言った。
いや、それは本当に「ついていこう」「この先生から学びたい」と思ったからなんだけど。
他のクラスの先生から、「○○先生(担当の先生)は、佐藤先生(俺)みたいな人大好きだからね」と言われたけど、マッチもしたんだろうと思う。

全ては偶然で、たまたまなんだけど、今考えれば、その中身の勉強よりも、そうやって「寄り添っていけば子どもはなんとかなるもんだ」ということを教えられた気がして。
俺の中にそれが染みついているというか。

多くの人が、先生との相性もあるんだろう、イヤな先生にあたって学校が嫌いになったり、そもそも大人を信じられなくなったり、そういう状況に陥ってる中、ホントに「たまたま」俺はラッキーだったと思うし、そして、俺は市丸達に対して、そういうひとにならなきゃいけないな、と思っている。

それをまあ、学生時代に学んだかな。
正解は見つからないけど、でも毎日なんとかやっております。






chugei.jpg

(BGM:イルカ「あの頃のぼくは」from「イルカ Best☆Best」)
→イルカさんって、一人称「ぼく」で決まりだよね!
ベスト盤だけれど、やっぱ☆入れたいよね!
という感じです。
イルカさんのラジオ、日曜の朝にやってるので、よく聞いてるんだけど。
この人、ちょっと喋った感じが下品でいい。
いや、上品なんですけどね。
なんかちょうどいい下品。
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