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スーパーちんどん・さとう

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一族、家族、って言葉への不信感


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家父長制というのがありますね。
ありましたね、と言いたいですが、日本の慣習はそういう感じですね。
選択制の夫婦別姓、ということすら認められないんですから。
ま、いちおう、どっちの姓でもイイとはなってますけど、たいがいは旦那さんの名字になります。

で、もう一つその流れと別のところで、「一族の血を絶やすな」みたいなことってあるじゃないですか。
で、一族の血、みたいなことって、つまりはなんだかんだそこに「男の世継ぎ」がいないと成立しない、ということになってまして。
つまり家父長がいないとダメなんですね。
女ではダメ、という。
この辺がもう日本のダメなところかと思いますけど、まあそれは置いておいて。

で、例えばじゃあ「佐藤」という家だとしたら、そこに「息子」が生まれなきゃならない。
けど、そこには女の子しか生まれなかった、ということがあります。
その場合、一族を残したい場合、婿養子をもらう、ということになりまして。
つまりその女の子の中から一人が一族を継ぐ人として、男の人を家に迎え入れる、という。
その婿さんは、一族の血とは関係ないんだけど、まあとりあえずそれでまたそこで息子が生まれることにかけましょう、みたいな。
でも、そこでも男の子が生まれない、ということもあります。
そうなると、また同じように、婿さんをもらって、となります。

もうそうなっていくと、一族の血、とかってどんどん薄まっていくわけじゃないですか。
いや、まあ血そのものに意味があるわけじゃないんでしょうけど、どんどん分家もできていくわけだし、なんだろう、それって、もう繰り返していくと、「人類みな兄弟」みたいなことにはなりますまいか。

なんかさ、これって、なんて人って一族ということにものすごい意味をもたせたがるのだろう、って気がするんですよね。
奈良時代とかから考えたら、実際はもうたいがいなんかでつながってるんじゃないの?という。
でも、そうはなってなくて、たぶん分家とか断絶するとかそういうことなんでしょ。
そうやって、一族から切り離す、という作業をみなさんしてるわけですよね。
じゃないと、もう二十族くらいにまとまっちゃってる気がする。

つまり、一族って、血のつながりのようで、実は血じゃないってことですよね。
その時の大旦那様、みたいな人たちが、「あそこはもう一族とは認めない」とか、「他人だが婿に入れる」とか、そうやって「コントロールしてる」わけだ。

これは何も日本だけの話じゃなくて、ロスチャイルド家、とか言いますよね。
すごい一族なんでしょ。
まあ、そこに生まれたかったモンですが、でもたまたまそこに生まれたからと言って、そこでぬくぬくとやれるか?っていうと、そうじゃないんですよね、たぶん。
そこで、日本で言う家父長みたいな感じの人に気に入られなきゃいけない。

たぶん、ここなんですよね。
ここに、「一族の掟」みたいなものが生まれる。
つまり、「一族という血」とかじゃなくて、「婿養子」とかじゃなくて、この「掟」が「血」になってくる、という。

で、それと「男優位社会」というのがそもそも世界には(過去に、いや、今でも)あって、どうしてもこの家父長的な人が男になりやすい、という現実がありますね。
その一族の中には警察の目も「一族のことだから」と、どんなに不条理も許される可能性が高いし(とは言っても殺したりすれば警察も入るだろうが)、つまりはその家父長的な男の人は、かなりの権力を握ることになります。
それが、例えば普通の一族だったとしても、「お祖父ちゃんが首を縦に振らないからこの土地は売れないんだよ」とか。
ロスチャイルド家とかになったら、もうそれこそ世界に対して権力を握っているとも言えるかもしれません。

つまり、「一族が云々」とか言ってるのって、社会から隔離された「社会」を作って、その中では頂点に立つ男が「好き嫌い」で、村八分にもできるし、追放することもできる。
なんなら外から入りたい人だってその頂点の男が気に入りさえすれば入れられる、という。
結局、単純に考えると、かなりその「頂点の男」に、都合のいいシステムなのである、ということなんです。
一族=血のつながり、みたいなことで強くその辺を意識しがちだけれど、一族ってのは社会の中の社会であって、そこでは「独裁」がまかり通りやすい、という。

これ、もうどっか中世の感じなんですけど、それをまだ維持しようとしている人たちってのはいて。

もちろん、兄弟姉妹が助け合おう、とかってのはわかるし、すべきだと思うけれど、それって、たぶん「家族で助け合おう」とか「一族で助け合って」みたいなこととは多分違うんだよね。
違うというか、家族や一族という社会を維持するというのは、先に書いたように「頂点の男」が強権を振るえるということも込みで考えなきゃいけない、ってことだと思うんだよな。

だから、家族とか一族とかいう枠組みだけじゃなくて、別によくよく考えれば「みんなで助け合おう」と言えばいいのに、わざわざ自民党とかが「家族で助け合う」なんて言い出すのは、ちょっとおかしいんですよ。

そこを狙ってるとしか思えない、と言われても仕方ない。
じゃなければ、「みんなで助け合いましょう」で済む話なんだから。
そこに家族とか、一族とか、血の話を入れると、一気にそれは「権力」の話になる、というか。

ま、ちょっとそんなことを思ったり。






kimonolitt.jpg

(BGM:Edmundo Ros & His Orchestra「Patrica」from「Edmundo Ros & His Orchestra」)
→なんでしょう。
ピアノを習いに行ったら聞かされる、みたいな感じなんだけど、いや、悪い意味じゃなくて。
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