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スーパーちんどん・さとう

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今年も相模原の事件の日が巡ってきて。
これを書いているのは事件の日を過ぎた7月の下旬。
毎年気が滅入る。

虐待防止とかいろいろ言われるけど、施設に閉じ込めて外からカギを掛ける、というようなことは身体拘束とかにあたらないのだろうか?って思う。
もちろん、人によってはベットに一度乗せられてしまえば自分で降りられない、ということもあるだろうから、カギなんかどっちでもいいじゃん、という話しもなくはない。
どのみち、傷つけようとして侵入されたら状況は同じで、だとしたらカギを閉めた方がいい、というのはその通りという気がする。

ただ、大量収容型の施設は、基本的には自由な外出はできないコトが多いから、中の人に取ってみればそもそもカギはともかく閉じ込めていることには変わりはない。

悲しいのは人というのは「慣れてしまう」もので、そういう状況下に置かれるとそれが当たり前になって、月に一回家族が外に連れ出してくれるのを待つばかり、特に普段の外出できない、には不満を抱かなくなってしまう。
小さい頃から施設暮らし、となるとそれは余計で、その構造自体になかなか疑問が向かなくなる。
自分がガマンすればいい、という。

どっちにしろ、家族が来てくれなければ施設の外で自由に動くことはできない。
だからその日を待つしかないのだ。
家族にわがままは言えない。
本来は、自分が行きたい野球場に、コンサートに、プロレスに行ければいいのだろうけど、家族も「行けないわ」と、もちろん悪気などあろうはずもない、一生懸命月に一回やってきてくれているのだ。
そこで「行きたい」とは言えない。
でも一生懸命家族も考えるだろうし、一度行けるかもしれない。
恐らくは一生に一度、みたいな特別なことになる。

今はネットとかでも情報があふれているから、いろいろ興味は広がっていく。
何処かに行きたい、誰かに会いたい、そんなことはいくらでもあると思うんだけど、でもそのほとんどは実現できない。
先に書いたように、実現したとして、一生に一度の大イベントになる可能性も高い。

差別がない社会というのは、同年代の非障害者と同じような行動ができるコトである。
だから、そこに行きたい、見たい、会いたい、それが実現できなきゃならない。
もちろん、ライブに行く金がないから行けない、という人もいよう。
でも、それは金の問題で、「現実問題として閉じ込められているから」という理由ではない。
だから、同じ「行けない」にしても同じとは言えない。

先に書いたような「一生に一度の大イベント」が、感動ポルノとして消費されることもあるかと思う。
でも、それってやっぱどっかおかしい。
なぜ、閉じ込められなければならないのか。

いや、「閉じ込めてはいない」という意見があるのも十分わかる。
「誰かが来てさえくれれば外出は自由だ」と。
でも、誰か、が今の時代、家族に限られたり、という話も聞く。
そもそも外に友だちができる、というのは難しい話である。
そこを誰かが保障してくれているのだろうか、というと疑問だ。
というか、されていない。

そもそも、その「隔離された状態」が、全ての元凶となっている。
が、現実に社会の中で介助や応援を得て生活をする、というには社会資源があまりに不足している。
だから、隔離せざるをえない。
それが現実だ、というのもわかる。

だから、施設をなるべく開かれたモノにするのだ、ということが言われたりもする。
地域の人との交流とか、まあそういうことがあれば、地域の人の善意でなんとか外に出られる可能性も生まれるかもしれない。
が、一方で相模原の事件もあったりするから、施設はなかなか管理を緩めたくもないのだと思う。
そりゃそうだ。
あんな事件はまっぴらだ。

いや、だから、スタートラインが、そもそもの部分がおかしいのに、そこに何かを積み上げようとしても、やっぱり全てが歪んでいくのだと思う。
合成の誤謬である。

今の状況が、その前提が、障害者は施設か親元に、であって、施設の多くは大量収容・合理化が前提になっている。
施設の職員がいくらがんばろうと、数十人を二人で介助しなければならない、というような状況は彼らのやる気も萎える。

障害者に生まれたら、あとはガマンするしかない。
同じ年に生まれた非障害者とは違う人生、ガマンする人生を送らざるを得ない。
悲しいかな、それが今のスタンダートだ。

いや、一歩立ち止まって考えたい。
それでいいのだろうか?
根本的になにかが歪んではいないだろうか。
一生に一度の大イベントを感動ポルノにしてしまってはいけない。
いや、ただ出かけるだけのことを一生に一度の大イベントにしてはいけないのだ。






(BGM:主義者「歯ぐきになりたい」from「LET'S GO TOKYO PUNK」)
→もうね、「どういうこと?」なんですよね。
この人たちのことは知らないけど、言葉のチョイスが面白いのはいいと思う。

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