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スーパーちんどん・さとう

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例えばよく、ヘルパーの人が「私は外出の介助は出来ません」みたいなことってのがありまして。
「身体介護は出来ません」とか。
ま、なんで、それに合わせた形で「この時間には外出の人に来てもらう」とか「この時間には身体介護の人に来てもらう」みたいなことでなんとかかんとか生活している人も多いと思うわけですが。

まあ、これどうなんですかね。
つまりこれって、一日のスケジュールを「決めちゃってる」ということなんですよね。
でもどうですか?
障害者じゃない方はそうやって毎日のスケジュールを月初めに決めてますか?と。

例えば急に誘われて飲みに出るかもしれない。
雨だから外出をやめよう、と思うかもしれない。
いや、急にトイレに行きたくなったりもするかもしれない。
この辺は当たり前の話かと思うんだけれど。

結局こうなると、それらは「イレギュラー」となって、それは家族がやったりするんだよね。
でもさ、よくよく考えたら、いちいちそのあたりまえを家族がしなければならないというようなことっておかしくなかろうか?という。
差別がない社会というのは、同年代の非障害者と同じ行動ができるということだと思っているわけですが、これはどう考えても前提がおかしい(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-6351.html)。

まあ、現実問題しょうがないじゃない、というのはわからなくはない。
が、その前提部分を共通認識として持てないのであれば、現実問題しょうがない、という話はできない。

介助を必要としている人の中で、例えば高齢者についてはね、高齢になるまでに社会に参加し、社会に仕事とかで奉仕し、ということがあって、その上での介助、というか介護、だと思う。
けれども、若年の障害者に対する介助というのは、それはちょっと性質が違わなければならないと思っている。
つまりは「今から社会参加を実現していくための介助」だからである。

介助についてどうするか、を考えるとき、「身体だからできない」とかっていうことをまず考えてしまうと、この「本当に必要な介助とは何か」が見えてこない。
というか、人は忘れてしまう。
具体的に「何をしてはいけないか」みたいなことを先に考えると、大事なところが抜け落ちていきがちである。

ちょっと話がそれるけれど、例えば、家事ができるヘルパーが身体介護ができません、というヘルパーが、やっぱり頑張ろうとして身体介護の資格を取ろうとしたりする。
ま、できるできないがそれで決められているから、まあそれはいいんだろうと思うが、話を聞いたところでは、ヘルパーの事業所の中には、「そうなると給料増やさなきゃいけないから取らないで」というところもあるとかないとか。
こうなってくると、「ヘルパーの質の向上」のための資格がなんだかおかしなことになっていく。

その人が、その人らしく暮らしていくために重要なのは、切れ目のない介助なんだと思う。
切れ目があれば、そこに「スケジュールを月初めに作らなければならない」というコトが生まれる。
単純にそれはオオゴトなスケジュールではなく、買い物だったり、いや、トイレだったりというスケジュールである。
それは先に書いたように差別的な扱いだと言える。

何の考えもなしにそういうコトの上に何かを積み重ねたところで、正直何も解決しない。
本当に目指すべきコトはなんだろうか。
そこを考えるからこそ、「具体的な動き」に意味が出てくる。
じゃなければ、どんな具体的なことも砂の上の城のようなものではなかろうか。

人は制度の上に生きている。
それはいろいろな自由があっての上だ。
トイレに自由に行ける、急にやんごとなき状況で、例えば葬式なんかに出かける予定に対応できる、そういう、あたりまえの日常があってのことである。
トイレに自由に行けない制度があるとしたら、それはその制度設計に問題があると考えるのが普通だろう。

大事なことは何か。
常にそれを第一に考えたいし、具体的なことを考えていく上でも、まず、その大事なことをベースに、その上になければならないと思っている。





(BGM:怒髪天「歩きつづけるかぎり」from「問答無用セレクション "金賞" [Disc 3]」)
→さわやかな応援歌。
楽曲の良さが暑苦しい(失礼)ボーカルとマッチしていて、なんだか心地いい。
怒髪天好きだな。

kabukiboshuuu.jpg

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