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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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空気感 ★映画 「白鍵と黒鍵の間に」


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俺が二十歳くらいの時、ライブハウスはもう正直どっか「ガキの遊び場」といった感じがあった。
俺が聞いていたのはハードコアパンクを中心にインディーだったからかもしれない。
高校の時に初めて行ったライブハウスに出ていたのは誰だったっけ?
もう忘れてしまったが、高校の俺でもそこには入れた。

もちろん、ライブを見るだけではなく、そこの奥に入ればいろいろと素人が入り込めない領域はあったんだと思う。
でも、その時は傍観者だったし、とりあえず客でしかなかった。
音楽で生きていきたいとはオレは思ってなかったし、いや、無理だと思っていたし、その奥には俺は立ち入らなかった。

今はライブハウスもなんだか明朗会計みたいになっていて、スーパー猛毒ちんどんで出させていただいてもなんだかギャラもキチンともらえたりする。
時に金額が書かれた紙なんかももらったりする。
恐らくは、裾野を広げなければライブハウスも生き残っていけないのだと思う。
そうやって、「素人」を巻き込んでいかなければ、そもそも成り立たないのがエンタメでもあって。

ただ、今思い起こせば、高校時分に入れなかったのは、いわゆる老舗の東京のライブハウス。
いつまでやってるのかわからない、誰が出るのかもわからないノイズのライブとか。
ジャズ風のインプロだったり。
いわゆる当時言われたアングラ、といったらいいか。
吉祥寺のマイナー、なんてところには俺はものすごく行きたかったのだが、なぜか行けなかった。
ハードルが高かったんだと思う。
もちろん、音楽としてあまり興味が無かったというのはあったが、でも、それ以上にその「場所」「磁場」にものすごく惹かれていたのは確か。
そこの現場で「目撃者」になり、そこに「入り浸り」、音楽にどっぷりつかってもみたかった。

つまり、そこにあるのは「音楽」だけではなく、「磁場」だったんだと思う。
音楽を介した「空気」は、時に音楽の内容にかかわらず凶暴で、排他的で、破滅的で、刹那が詰まったような感じがした。
そして、それこそが音楽で、音楽とはつまり楽譜に表されるモノではなく、それを巻き込む空気感だ、と思っていたし、今も思っている。
現場で目撃しなければわからない、ヒリヒリとした演者と観客のせめぎ合い。
時に演者同士のせめぎ合い。
それこそが音楽、小さいハコで展開される音楽であって、それを録音した音には現れない部分こそを俺は大切にしたいとも思っていて。
スーパー猛毒ちんどんが音源を出したくない、というのはこの辺もあったりなかったり。

というわけで、「白鍵と黒鍵の間に」という映画を見てきました。
コバが行きたい、と。
それは元V6の森田さんが出ているから、という単純な理由だったのだが。
これがまあ、なかなかに文学的な、どっかシュールで芸術的な作品であった。
もちろん、タイトルからわかる通り音楽の映画なのだが、その「空気感」をみごとに表現しているように見えた。

時は1988年。
キャバレーやクラブといった場所で演奏するジャズピアニストが主役。
彼は二役で、この世界に入って三年経って去って行くピアニストと、その世界に入っていくピアニスト、両方を演じている。

「この場所からいなくなるのは、頭がおかしくなるか、身体を壊すかどっちかだ」というセリフがキモで、去って行くピアニストはちょっとアタマがいかれちゃったんだな。
その三年後の自分を知るよしもない三年前の自分は、その世界にまた飛び込んでいく。

この映画、ちょっと時間軸がよくわからなくなってくる作りになっていて、それがまさに「三年前」と「三年後」。
その三年前と三年後が一晩の中に凝縮されている。

確かに、ヤクザの会長がなぜそんなに音楽にのめり込んでいるのか(といっても、一曲に対して思い入れがすごすぎる)、とか、死んでしまったあとの死体の処理とか、まあ全てがダークファンタジーのような作りで、それをいちいち突っ込んでいたのではこの映画は成り立たない。
そこは恐らくどうでもいいのだ。

音楽を追究し、どっかで演奏したいという思い、そしてその場所が客が全く聞いてないキャバレーだった、という現実と理想の狭間。
夢を追求するためにキャバレーで客をあしらいながら「うまくやる」ということと、自分の音楽はこんなもんじゃない、という狭間。
硬い演奏と、ノンシャラントな演奏の狭間。
ゴットファーザー愛のテーマを陳腐な曲と取るか、サイコウにいい曲だと思うかの間。
アメリカ行きのデモテープを作ることと、現実の喧噪の狭間。
それらが白鍵と黒鍵の間にあるのだ。
そして、それは三年前と三年後、でもある。
その間に、すばらしき狂乱の一夜があり、音楽にまみれた男たち、女たちがいる。

というようなわけで、男闘呼組の高橋和也さんが、ちょっと情けないギタリストで登場しているのだが、彼がとにかくこの映画光っている。
最後、ヤクザの会長をラジカセで撲殺してしまう場面。
「もういいや」って殴り続けるあたり、「アタマがいかれちゃった」感じを、なんだか暴力映画ではなく、音楽映画としてみごとに演じていたような気がする。

あの頃のアングラ。
俺は好きだったし、恐らくはもう無いのかもしれないけど、でもそこに今からでも入り浸ってみたい。








(BGM:ハプニングス・フォー「あなたが欲しい(別ヴァージョン)」from「決定版!R&Bベスト16 +3」)
→プロコル・ハルムの青い影をアレンジの参考にしたということらしいのだけれど、まあ確かにそのまんまとも言える。
このアルバムはほとんどが洋楽カバーなんだけど、この頃ってどうやって洋楽のかっこよさを輸入しようか、って感じもあったんだろうな。

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