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スーパーちんどん・さとう

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I Don't Want to Be a Soldier(John Lennon)


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戦争って嫌ですよね。

…いや、まあのっけからアレですが、誰しもそうかと思いますよ。

一部の人は戦争したがってるようですが、それも武器で儲けられるから、とかってことなんでしょ?
自分が戦場に行くとなったら。
自分の子が、孫が戦場に行くとなったら。
自分の家が爆撃されるとしたら。
そんなことを考えれば、また違ってくるような気がします。
だって、そりゃ理不尽でしょう。
まあ、武器で儲けられる人は、そもそも子どもを戦場に行かせなくて済む人たちなのかもしれない、って気もしますけど。
いわゆる上級国民?ですか。

ま、そう思うならそれでしょうがないので、それはもう置いておいて。

まあ、たいがいの人は戦争に行くとなったら絶望ですよね。
子どもが行くとなったら、親はとりあえず泣くわ。
それに、やっぱ戦争第一になって、いろいろなことが制約されるだろうな。
先の大戦では敵性語なんてのもあった。
ちょっとした「戦争早く終わらないかな」というつぶやきすら、連れて行かれて拷問されるかもしれない。
コワい。

今、日本は戦争をしてないが、世界規模ではでは戦争が起きていて、たくさんの子どもも亡くなっている。
そもそも、国同士の争いに子どもは関係ないと思うのだが。

国同士の諍いの歴史というのもあると思う。
その諍いをどうやったら乗り越えられるか、というのが外交じゃないかと思うが、つまり戦争とは外交の失敗なんだろうな。

誰かを貶めないと自分が生きている感覚を持てない、みたいなこともあるのかな。
どっかの民族を貶めなければ、自分が所属する民族を誇れない、みたいな。
それはそれでなんか不幸なことだよな、と思う。
だって、その貶めた相手、人、民族が没落したとしても、その人はやっぱ次の貶める相手を探し始める気がする。
つまりは、自分に自信がないのかな。
自信がないのに生きていくのはそりゃ確かに大変だよな。

兵士になったら、相手国の人間を殺さなきゃならなくなる。
爆弾一つ落とすだけ、かもしれないが、その爆弾の下には多くの人間がいる。
子どももいるだろうし、妊婦さんもいるかもしれない。
自分と同じような生活をして、子どももいるかもしれない。
そこで食卓を囲んでいるかもしれない。
けど、爆弾のスイッチを押さなければならなくなる。
でも、そこまで考えたら、とてもじゃないが爆弾を落とすスイッチなど押せないと思う。

それを押すというのは、やっぱりどっか気がおかしくなってるのではなかろうか、と思う。
押さなければ、きっと上官から殴られたりもするかもしれない。
同僚からもイヤな感じで扱われるのかもしれない。
というか、国がもう気がおかしくなってるのだ。
敵の人間を殺せだなんてのは、そもそもおかしいじゃないか。

その中で、冷静に、人として「爆弾のスイッチは押せない」というのは、「異常」になってしまう。
おそらく戦争に至る間、「異常な人間」を、国家は叩き続けてきているのだろう。
その異常と正常のバランスが壊れて、国民同士も「お前は異常じゃないか?!」と探り合ってもきただろう。
それを考えると、スイッチを押す兵士だって犠牲者かもしれない。
ベトナム戦争なんかでは、帰還兵のPTSDとかも問題になった。
殺した方だって、大きな傷を負う。

もちろん、全ての兵士、相手も含めて、が「爆弾のスイッチを押さない」「銃の引き金を引かない」という判断を一斉にすれば、戦争はそもそもなくなる。
けれども、その判断ができないところに兵士は追い込まれているのだと思う。

確かに、自分の子を殺した敵国の兵士は憎い。
憎いのだが、その兵士に敵を討っても、恐らく戦争は終わらない。
この憎しみの連鎖は続く。

という。
まあ、以上、よく聞く普通のことを書いてます。

でも、そうだよな、と改めて思っているんです。
敵国の兵隊を責めたところで、何も変わらないんだよね。
彼らも上から言われて、かなりの精神状態に追い込まれてやっているんだよね。
まあ、自国の兵隊もでも同じことを敵国でやってもいて、という前提もあったりなかったり。

なんで今さらそんなことを、ということなんだけど。
やっぱ、兵隊を責めても意味ないのかもしれないな、という話です。
こっからは、ちょっと戦争そのものの話じゃなくて。
比喩というか、そんな感じの。

例えば、兵隊を丸め込んで、上官を裏切るようなことを共犯的にさせたとして、しかし大きな枠組みは動かないんだよね。

そもそも、諍いを収められないのなら、それで争わなきゃならないのなら、大将戦にすりゃいいんですよね。
大統領同士が相撲を取るとか。

でも、そんなことを国家はしない。
いつだって、奥に引っ込んで兵隊を送り込んでくる。
ま、その状況、正直、兵隊もツラいんだよね、きっと。
自らの意思や意見はそこでは発揮できないんだもん。
そこを、「発揮しろよ」というのは、そもそも兵隊のアイデンティティーを壊すことであって、それは難しい、というのが今ならわかる。
そのアイデンティティーを問うことをしたとしても意味がないんだよね。
ま、生き方の問題で、それでも徴兵を拒否する、って手もあるんだろう。
でも、それって大変な風当たりになるワケで、普通できないよね。
できないことを問うても意味がない。
それでは大衆が戦争を止める、ということの役には立たないんだきっと。

本当の敵と相撲を取れるのなら、相撲の特訓をすればいい。
けれども、そうはならない。
本当の敵は相撲は弱いかも知れないが強大で、兵士を大量に保有し、彼らを送り込み、何の闘いのジャンルかも言わずに弾を撃ち込んでくる。
そして、兵士は本来弾を撃ち込みたくないんだ。
逆の立場になれば、それはよくわかる、ような気がする。

というわけで、何を言いたいかわからなくなったけど、ここで終わり~





(BGM:平井堅「哀歌 (エレジー)」from「トドカナイカラ」)
→「その手で私を汚して 何度も私を壊して」
まさにエレジー。
静かなバラード。
映画かなんかの主題歌なんですね。
覚えやすい曲ではない感じというか、ポップさをあまり感じない感じというか、売れるに媚びないのもなんか真摯でいい気がする。

kanukibochu.jpg
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