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スーパーちんどん・さとう

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「企業ごっこ」の愚かしさ


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前に、なぜ日本では大規模な労働運動が生まれないか、ということについて書いたんだけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-6552.html)。

今、なんだか介護報酬の引き下げが決まったとか検討されているだとか。
これもきっと介護従事者が一気にストライキなんかをやろうとしたらひっくり返るんだろうな、と思ったり。
これが足並みが揃わなかったりしたら、そりゃやっぱ不可能だろう。

老人ホームなんかをいくつも経営するような大きな企業は、議員なんかとつながっていたりもするという話も聞く。
それはまあストライキとは全く逆の動きである。
そうやって、つながりを持って福祉をやろうなんていうのは、たいがい現場から問題が上がってくることになろう。
そういう不満は、ヘルパー数の減少とかっていう形で現れているわけだけれど。
つまりはまあ、業界全体の縮小である。
労働者としてはこれはいいことではない。

障害者に関わるいろいろな制度の足らなさを訴えていくのが障害者運動、という風に呼んでいいかと思うのだけれど、それも大同団結できなければなかなか難しい。

結局しわ寄せは現場に行く。
そして、それで割を食うのは障害者自身である。

俺はなんやかんや現場が大事だと思っていて。
どんなに他の制度との整合性だとかで精巧に作られた制度であっても、現場が納得できなければやっぱりダメなんだろうと思う。
特に福祉と教育は。

だから、現場の問題を語り合う場、ってのはすごく大事だと思うんだよね。
他の作業所の職員なんかと飲んだりすると、まあ「え?そんな感じでやってんの?」というような話もあったりして、ちょっとびっくりしたりすることがあるんだけど。
そういう話の中で、お互いにお互いで採用できそうな部分を補い合ったり、それでもなにか制度に不備があるよね、ということになれば、一緒に市に話しに行く、とか。
そういうことによって、結果として現場はよくなっていくし、ラクになっていく。
ラクになっていけば、結果それは、作業所だったらそこに通う障害者のためになっていく。

長時間労働でギスギスして、しかも給料が安すぎるような職場で、通ってくる障害者にきちんとした某が出来るか、っていうと、できないよ、やっぱ。
それを「やりがい」とかって部分で福祉や教育は時にやらせようとするが、そりゃ無理があると思う。

しかし、前にウチでイベントを打ったときに、とある作業所の人がいろいろ現場の問題点を言っていったんだけど。
でも、その人は、「私が来たことは内緒にしてください」と言っていた。
発言の中身も。
なので、それは公にしなかったが、本来はすべき内容であった。
それはその人もわかっていて発言したわけだが、「これが会社にばれるとやばい」というのが、公にしたくない、という理由。
自分が来たことすら、自分が現場で起きたことを言うことすら、「社外にばらすな」と言われているらしい。

こうなると、現場のやり取りはできなくなる。

福祉を会社でやってもいい、といった時点で、こうなることはある程度予測されていたが、ここまで来たか、という感じでもあった。
それが何を生むかというと、結局は、そこに通う障害者への対応が悪くなる一方だ、ということだ。

会社にしてみると、仕事をもらっている役所に要求を出すなんてコトは、そもそも想定が無いのだ。
でも、それをしなければ、結局は障害者自身が自分らしく生きていくことは難しい、って福祉の基本がわかってない。
というか、それと「利潤を追求する企業」は相容れないのである。
表面上、障害者に某をする、という部分は同じでも、そこが違っていたらもう福祉ではないのではなかろうか。

障害者は制度に縛られて生活しなければならない存在ではない。
それは基本的人権の問題である。
むしろ、制度は障害者個々人にあわせて出来ていかなければならない。
そうでなければ、現場は結局「それはできない」と彼らの要求を突っぱねなければならなくなる。
同じ知的障害だからって、同じ要求だというわけではない。

とある人が、「もう障害者運動なんかない」「やってる人がいない」と嘆いていた。
実際そうだと肌で感じる。
企業のマネをしていたんでは、障害者は制度によって縦割りに横割りにされて生活するしかなくなってしまう。
恐らくそしてそれではどっかのピースは足らなくて、自分らしい生活ができなくなる。

時代と共に変わらなければならないところはある。
しかし、福祉とは障害者を制度に従わせるモノではない。
それだけはハッキリしてるとオレは思っている。





(BGM:小室哲哉「OPERA NIGHT」from「Digitalian is eating breakfast」)
→この人のことは名前以上のことをよく知らないのだけれど、このアルバムはなんか急遽作ることになったというようなことで、何のコンセプトもなく、みたいなことがウイキに書いてあった。
ふむ。
といって、特になんか思うこともなく。
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