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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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先生!社会の趨勢に負けるな!モンスターペアレントに負けるな!

スーパー猛毒ちんどんは、「なにかしらのFES的なモノに出る!」という明確な目標を持って、新たに突き進んでいく所存であります!みなさん応援よろしくお願いします!
スーパー猛毒ちんどんでは、出演依頼を待っています!
スーパー猛毒ちんどんPV「にじ屋の唄」→ここをクリックぅ!!

映像ディレクターの中村氏による我々のドキュメンタリー映画「凸凹にふくらんだ風船」無事完成!
映画の予告編はこちら
各地で上映会も可能かとも思いますので、詳細は監督の中村さん(オフィスラムカーナ:連絡先090-8726-4722)までたずねてみて下さい。

お知らせ&募集などはこちらをクリック

ツイッターは「@SMChingDongSATO」




昨日は一斉ビラ配りということで、たくさんの方に来ていただいて、ありがとうございました。
途中雨模様になって、最後の方はちょっと中断したチームもあったようです。
それでも1万8千枚越えを配れたようです。
これで提供品の電話がまたかかってくるかと思います。
ありがとうございます。


陽子が、学生の時に来てくれていて、今は学校の先生になっている人を呼んだりして、一番枚数を配ったということで、ビラ配りで最も権威のある「ゴールデングローブ賞」を受賞。
こういうことってとても大切だと思うんですね。
ともすると、障害児教育学なんかを学んでいる学生の時は手伝いに来てくれていても、先生になったりすると来てくれない人とかもいる中で、こうやって来てくれるというのはうれしいことですね。
自分の受け持っている子の未来がココにあるわけだから、やっぱり共に生きていく姿勢というか、そういうのを見せてくれると「未来が明るい」と思える。

どうしても、どんどん子どもに対する見方がミクロになっていくんですよね。
今、どうやって教案を作ろうか、どうやったら学校の方針にのせられるか、確かにとても大切なことだけれど、学校教育の真の目標は「社会に出て行ける力をつける」ことにありますから。
進路にしても、どっか「押し込めばいい」的な、養護学校、今は特別支援学校なんかでは、親に対して「卒業後の作業所の準備をしておいて下さい」なんてことを教師が平気で言ったりするそうだから、この辺はやっぱり教師の考え方は偏狭になっている気がします。
「社会で生きる」「地域の中で生きる」ということは、その子の力をつけることでもあり、社会を整備していくことでもあります。
どちらも大人の責任として、個々が考えていかねばならない問題ですが、その間口にいる教師が偏狭になってしまうと、どうしても子どもへの対応がずれてきてしまう。


カイは、あいさつができない。
「お願いします」「ありがとうございます」がハッキリと言えない。
頭を下げるという「行動」も難しい。
それでいて「餃子」は言えたりする。
これはやっぱり、なにかがおかしい。

正直なことを言えば、彼はこの先も一生、誰かに助けてもらうことが必要になる。
買い物にいっても、財布からお金を出してもらわなければならないかもしれない。
迷っていたら、誰かが道を教えてくれるかもしれない。
そんな時に、一番大切な言葉は「ありがとうございます」であることは明確なのに、それが言えない。
社会とのつきあいの中で、彼がまず覚えなければならないのは「ありがとうございます」であって、「餃子」ではないことは明らかだ。

これは、親との関係の中ではあまりきっちりやることができないことでもある。
というのは、親はいつでもやって当たり前だからだ。
子どもが泣けばおっぱいをやるのは当たり前で、そのたびに「ありがとうございます」を強要する親はいないし、そもそもそれはおかしな話だ。
家庭の中から社会に出る、その時点で必要になる言葉が「ありがとうございます」なんであって、それは彼らが一番先に家庭を出て生活をおくる学校のなかで身につけなければならないことだとオレは思う。
それができないというのは、彼の15年間の学校生活で、正直言えば、彼はなにも身につけていない、ということと同じだと思っている。


小さい頃にきっちりこの「習慣」を身につけさせることが大切だ。
これは習慣だ。
やりたいとかやりたくないとかではなく、人になにかを取ってもらったら「ありがとう」、というのは習慣として身につけなければならない。
これができていないで20年間生きてきて、今からこれを身につけさせるのはかなりたいへんなのだ。
まあ、でもやるんだけど。


今の学校は、「子どものしたいことを優先させる」ようなことが最善だと思われていて、こうした「習慣を身につけさせる」ことすら「したくないことをさせて!」と責めるような風潮がある。
けれども、教育とは、文化を継承することでもある。
日本の文化、慣習、もっと言えば科学の積み重ね、豊かな語学の歴史、そういうことを継承させなければならないのだ。
そうやって、「一人前の社会人」として世に送り出すのが学校の責務だ。

その中では、別に本人がしたいかどうかはあまり関係がないのだ。
習慣として身につけさせるということは、一人前の日本人として必要なことなのだ。
学校とは、知識だけを詰め込む場所でもなければ、本人のしたいことだけ学ばせればいい場所でもない、とオレは思う。

習慣をつけさせることが、大人になってからでは難しいことをぜひ学校の先生にはわかってもらいたい。
放置すれば、行き過ぎて「オレのしたいことを通すために」が結果的に人に危害を及ぼし、それが犯罪行為とみなされないとは限らない。
子どもの力なら抑えられることも、身体が大人になったら、その力を止められないこともある。
慣習をきちんと小さい頃から叩き込んでもらわないと、大人になってからでは難しい、というか時間と労力がよけいにかかるのだ。
本人が結果的に犯罪を犯すような悲しいことにならないように、きっちりと小さい頃から社会の慣習を叩き込んでほしい。
我々もがんばるけれども、学校で、小さい頃からきちんとやってほしいと思う。
こういうことを、ぜひ、卒業後のこの場に来て、感じてほしい。
先生、がんばって下さい。
モンスターペアレントに負けないで。俺たちも負けません。




にじ屋ブログが最近なかなか面白いぞ!みんながんばって書いておるようだ。虹の会本体HP「NIJIROCK.COM」からどうぞ!

(BGM:ガガガSP「振り出し人生」from「声に出すと赤っ恥」)
→「これからは理由や根拠なんてなくてもいい やろう」
だな。
こうまあ、ストレートに言われちゃうと、確かにかなり恥ずかしい。
でも、歌ってる自分がいたりして。
なにをするかは、なんにも語られないけど、とにかく「やろう」。
そうね、なんでもいい。
とにかく、理由なんかどうでもいいから、やろうじゃねえの。
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