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スーパーちんどん・さとう

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薬よりも、まず「実践」

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またお会いしましょう!





てなことで、8/10は皆さんにじ屋に集合だが、ツイッターやってる方は、ぜひこちら@NijiyaBacaNewsもフォローしてくださいな。


というわけで、この前、ダウン症の薬のことを書いたけれど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-2435.html)、ちょっと思いだしたのは、米国では子どもに向精神薬を大量に与えている、という話。

つまり、例えば「クラスに溶け込めない」というような子に、向精神薬を投薬してしまうんである。
もちろん、製薬会社の陰謀的なコトはある。
今や薬のために病気を作っているというからな。
「ADHDの父」と呼ばれるレオン・アイゼンバーグ氏は亡くなる7カ月前のインタビューで「ADHDは作られた病気の典型的な例である」とドイツの雑誌にコメントしてる。
つまりは薬を売るために「作られた病気」ということだ。

そう考えると、ここ最近、どうも病気の数が増えているように思いませんか?
アレも病気、これも病気、三人いれば文殊の知恵ならぬ、病名がつく、といったような。
もちろん、薬で完治するような器質的な問題も多数あるし、薬を全否定しようとか、そういうつもりはないんですよ。

でも、この、子どもに精神作用を起こさせる薬を与えてなんとかその行動を変えよう、というのは、どうなんだろう、って思うんですよ。

まず、クラスの輪に入れないんだったら、そのクラスの組織をきちんと見直し、いろんな子が生き生きと暮らせるようにするにはどうしたらいいかを教師は考えるべきじゃないか。
それを放棄してしまうことを、この「投薬前提の病名作り」は容認してしまわないだろうか。

そして、これは、究極の「自己責任」でもある。
クラスに問題があるのかもしれない、学校に問題があるのかもしれない、教師に問題があるのかもしれない、のにもかかわらず、「溶け込めないのはおまえの病気が原因だ」と、しかも、その病名を新たに作ってしまうというのは、はたしてどうなんだ?

いや、どうもこうもない、いいわけがない。


先のダウン症の例も、なんだかコレに似ているような気がする。

人って、社会の中で生きているわけで、そこには当然軋轢がある。
その軋轢をどうやって回避するか、どうやってうまくつきあうか、ということが人には求められるのである。
というか、それが社会なんだな。
社会というとでかいから、例えば先の例のクラス、ということで考えるとわかりやすいかな。
個がクラスという「集団」とうまくつきあう術を、学ばなければならないと同時に、集団は、どうやって「個を受け入れるか」ということを学ばなければならない。
これをきちんと両輪で進めていかないと、なんだか話がおかしくなる。

前者だけを強調すれば、個人攻撃が始まるだけだし、後者だけを強調すれば道徳的になりすぎ、人の持つ「人間だもの」的な、様々な部分が抑圧され、イジメが陰で誘発されるようになるかもしれない。
これは微妙なバランスが必要で、そのことをまずきちんと認識してクラス運営をしなければ、学校など成り立たない。

それをきちんと学校という、クラスという単位で会得するからこそ、社会の中に巣立ったときに、そうした「適応」と「受け入れ」という感覚を、自然に発揮することができるのである。
それがうまくいかないからって、「投薬します」ってのは、どうなんだろうか?


もちろん、一部には投薬が必要な場面がないとは言わない。
オレが知らないだけかもしれない。
しかし、少なくとも米国では「ADHD治療薬とされる、メチルフェニデートの75%は子どもに処方されている」という事実なんであり、「投薬が必要な場面に使っている」のではない、ということを示している。


これを真似しちゃいけないと思う。
医療を尊敬する、というか、敬う気持ちは大切だと思うが、だからといって盲信してはいけない。
それはある意味、カルトと同じである。

そのことを、我々現場サイドはきっちり認識しなければいけないと思う。




にじ屋ブログが最近なかなか面白いぞ!みんながんばって書いておるようだ。虹の会本体HP「NIJIROCK.COM」からどうぞ!

親から独立した生活をしたいと思っている障害者の方、親の元気なウチになんとか障害を持つ子どもと離れて暮らす方向に持って行きたいという親御さん、親亡き後の不安、などなど、その辺の相談にのっています。お気軽にどうぞ。
まずはコメントください。非公開で対応します。


(BGM:VIOLENT ONSEN GEISYA+D.M.B.Q.「MOOD OF MODS GENERATION」from「DIGITAL CATASTROPH 1997 ZK original take」)
→中原昌也さんですね。
ノイズと言っても、VOGの場合は、どっかポップな感じがする。
いわゆる、エンターテイメントとして成り立ってるというか。
そのギリギリ感が好きですね。
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