FC2ブログ

プロフィール

スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

@SMChingDongSATO twitter

Calendar 1.1

<
>
- - - - - - -
1 2 3 4 5 67
8 9 10 11 12 1314
15 16 17 18 19 2021
22 23 24 25 26 2728
29 30 31 - - - -

全記事

Designed by 石津 花

カテゴリ

最新記事

最新コメント

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

最新トラックバック

QRコード

QR

恩師

p08スーパー猛毒ちんどん
10/9(SAT)、18時30分開場、19時スタートで、さいたま芸術劇場でスーパー猛毒ちんどん単独公演を軸としたイベント「殴りあい~せめてオレたちもリングに上げろ」開催決定。
今回は、歌モノだけではなく、構成劇的なものなども含んだ2部構成で行います。
テレビ取材等、諸般の事情もあって、今回は入場無料で行う形となります。
チケットに関しては、8月上旬より配布を行います。本ブログでもチケット受付をする予定です。

スーパー猛毒ちんどんでは、出演・演奏できるステージ等をさがしています。情報等よろしくお願いします。
昨年の公演のDVDを配布しています。詳しくは虹の会本体のHP内のブログを捜してもらうと、配布方法等書かれています。また、コメント等で返してもらえばお知らせします。
また、参加したいという人、特に管楽器ができる人を募集しています。詳しくはコメント等下さい。




オレは大学で教育学部にいたので、教育実習というのがありました。
小学校に5週間行かせてもらいました。

俺の住んでいるのはネットのそばなので、市の西端、実習先は東端だったので、とても通うのは大変でしたが、バイクで行っていたので、まあ雨じゃなきゃよかったと言えばよかったですが、毎朝7時半頃には学校に着くようにしていたので、結構朝がきつかったですね。
なんでそういうことになってしまったかというと、俺の担当の先生がその頃に来るからで、オレとしてはその先生より遅く行くというのは失礼だと思ったわけです。

オレは総じてこの実習、とても恵まれていました。
この担当の先生からは実にたくさんのことを学ばせていただきました。
尊敬できる先生でもありました。

その先生の机の上はごっちゃごちゃでした。
そして、いつも最後まで学校に残っていて、なんか札のようなモノを見て、残っている先生方の人数を確認し、かってに夕飯となる店屋物を頼み、校内放送で「残っている先生方は至急、職員室に集まってください」と言って、みんなを集めてメシを食うような先生でした。
他の先生も勝手知ったるというか、そんな放送をした割にゆっくりとやってきて、ありがとうございまーす、なんて言って、みんなでわいわいご飯を食べていました。
先生の指導する放送部が県内で賞をとったときは、その夜、優勝カップでビールを飲みました。
もちろん職員室でです。
住み込みの用務員さんともとても仲がよく、いつも夜になると用務員さんもその輪の中にいました。

休みの日は、子どものピアノの発表会なんかに行きました。
「一回行っちゃったからさ、他の子のもみんないかなきゃなんねえからな」と、行く前に会場の前の花屋で花を買いながら笑っていました。
ついでに駅前の小汚い飲み屋で驕ってもらって帰ったり。
他にもその放送部の子達と近くのファミレスに行ったり、もちろん俺も一緒に連れて行ってもらって、もう、なんか、別にそういうことを型破り、とかっていう感じじゃなく、普通に、ごく普通のこととしてやってるような先生でした。

子どもとの接し方で、その先生に直接教わったことはそんなに多くなかったと思います。
2年生だったこともあって、休み時間はとにかくめいっぱい子どもと遊ぶこと。
それから、話を聞くときは、必ず膝の上に載せるとか、頭を触るとか、どっかさわってやりながら聞くこと、ということを言われたくらいかな。
先生曰く、そうすれば、何人もの子の話をいっぺんに聞くことができる、というか、子どもは聞いてくれたと思うから、だそうです。


オレは、たぶん、この実習期間中に最も多く授業をやらせてもらった学生だったと思います。
なにせ、毎日2時間目から5時間目まで、全部授業をやっていました。
「授業なんて、やってみてなんぼだよ。考えたってうまくいかない」

そんな感じで毎日が過ぎていったんですが、やはり1週間が過ぎて、2周目の月曜日、最初の授業は緊張しました。
でも、その授業に関しては、先生と綿密に打ち合わせをしていました。
その中で、先生は「こうすっと、たぶん○○が、なになに!って言ってくれるから、それに応えないで、いっかいすっとぼけると、今度はその他の△△とか、□□が、先生早く教えてよ!って言うから、…」っていうような、実際に授業をしているようなことを言うんです。
頭の中では、もう授業が終わっている感じというか。
そして迎えた初授業、どうしてこうして、本当に先生の言うとおりの反応が子ども達から返ってくるんです。
正直、驚きました。
でも、このことって、今、すごく活きている気がします。
教えるんじゃなくて、説明するんじゃなくて、どうでもいいからまず、「教わりたい」ってまず、わいわい言わせる。
そっから授業が始まるんだ、という、この導入というか。
ここから、オレは毎日、そこを考えて授業を繰り返しやりました。


ある日、その担当の先生じゃなくて、同じ学校にオレの大学から5人実習生がお世話になっていたんだけど、それを統括する先生というか、いわゆる学校の窓口みたいな先生がいまして、その先生から、うちの先生が怒られたと。
というのも、授業やらせすぎだと。
なんでそんなことがわかったかというと、実習報告みたいなのをその窓口の先生に出していたんですけど、それで、まあそう言われたらしい。
そしたら、俺の担当の先生は「もー、こういうのは、あんまりやってないように書いて出さなきゃ、なっ」といたずらっぽくオレに言いました。
それから、オレは日に1時間だけ授業をやっているように書いて出すことにして、実際には毎日4時間の授業をやっていました。

驚いたことに、授業参観までやったんですよね。
緊張しましたけど、でも、楽しかったです。
その頃には、あまりもう授業自体に緊張はなくなっていました。


で、研究事業というのがあります。
これは、大学の先生なんかが観に来て、まあ実習の成果というか、そういうのをみせるというか。
で、俺の担当の先生は、「もう佐藤先生(と呼ばれていた)は、授業は他の4人に絶対に負けないし、いい授業をやるのをオレは知ってるけど、この研究授業でこけたら意味がないから、絶対にいい授業をやろうな」と言ってくれて、これは教案といってこう、授業の流れのようなのを書くんですけど、そこからもう、一生懸命指導してくれました。
「字が汚いと、中身はどうこう関係なくやる気が見えないから、一生懸命キレイに書きなさい」とか、今考えると、本当に、今、オレが下の子に言ってるようなことですね、ホント、すごくオレの今の基本となるのはこの先生だな、と思うんですけど。

で、「佐藤先生は絶対にいい授業ができる。ただね、時間だよね。もうあとは時間。授業ってのは伸びちゃダメなんだよ。佐藤先生はやっぱり伸びがちだからね。そこだよね。そこに気をつけて」といわれまして。
でも、一方で子どもの前で時計を見ない、ということも言われたので、実際、ボクサーよろしく体内時計に頼るしかないんです。
「でもね、時間内にさえ終われば、今の時期、日本でたくさんの人が研究事業やってるけど、最高のいちばんいい授業になるから。それだけのことを佐藤先生はやってきたんだから」
もう、この先生に応えるしかないです。
ここまで言ってもらえたら。

さて、そして研究事業。
いつもと違って、後ろにしらない大人の人が並んだ中での授業。
正直、子ども達も緊張していたように思います。
社会の授業で、「仕事はいろんな人が協力してやっている」というような内容で、実際には電車の出発についてやったんです。
つまり、車掌がいて、運転手がいて、駅員がいて、それぞれが安全確認して電車は安全に動いているのだ、というような内容の授業で、それを実際やってみよう、という授業でした。
先生がもう使わなくなったという給食の配膳車を用務員さんと持ってきてくれて、それに電車風の飾りを付けて、発車するボタンなどを付けて電車にしました。
班ごとにグループを作ってやったわけですが、みんな見事に車掌に、運転手に、駅員になりきってやってくれました。
授業は大成功だったと思います。自分でいうのもなんだけど。
あとは終わる時間。
オレの中では、もう後ろを振り返って時計を見るわけにもいかない。
でも、もう、頃合いだな、というころにちょうど中身も終わり、チャイムはなっていなかったけど、時間が伸びるより時間内に終われ、という先生の教えもあって、時間内でもいいや、と思い、「じゃ、これでこの授業は終わります。では日直さんお願いします」と言った瞬間にチャイムが鳴りました。
後ろで見ていた先生は、ガッツポーズを取ってオレに笑ってくれました。
「佐藤先生は、頑張ってたから、こういうときは何でも味方してくれるんだよ」


そんなこんなの5週間を終わろうとする前日の金曜日(まだ土曜日も学校があった頃)。
翌日の予定を確認する帰りの会で、先生は子ども達にこういいました。
「明日、佐藤先生は大学に帰ります。なので、あした土曜日は全部お別れ会です。最後に一緒にやりたいことを考えてきてね。」

そしてその夜、職員室で、もう授業のことを考えなくてイイというのもあって、こう、ちょっとぼっとしていたというか、いつものように用務員さんなんかとメシを食っていました。
すると、電話が鳴る。
「○○先生のクラスの子です」と俺の担当の先生が呼ばれます。
なにかあったのかな、と思っていたんですが、先生が電話を切って言いました。
「明日佐藤先生がいなくなっちゃうって、うちの子が泣いてるんです、って言ってたよ」
オレは、うれしくて、そしてさみしくて泣きました。
そのような電話はその後も2本くらいかかってきました。
ありがたかった。
本当に、この先生に出会えて、この子達にあえてよかったと思いました。
そして、先生が帰り際に言ってくれました。
「この時期、本当にたくさんの人が実習をしてると思うけど、佐藤先生ほど頑張った人はいないよ」


後日、うちのおふくろが大学から帰ってきたオレに言いました。
「ホラ、あんたの実習先の先生から電話かかってきたよ。あんた、学校の先生にならないって言ってたけど、おたくの子は先生になるべくして生まれてきたような人だから、あなたからも先生になるように説得してください、って言われたわ」
その時、オレはもう虹の会の職員になることを決めていました。
先生という安定した職業を経験してからじゃ、給料も出ない虹の会の職員になんてなれないと思ったから、とにかく今は先生じゃなく、虹の会の職員になろうと思っていたんです。

その後、今もこの仕事をやっているけど、でも、この時の先生が教えてくれたことは、ものすごく今の自分のベースになっていると思います。
先生になれ、という教えには背いてしまったけど、でも、オレは今でも先生の教えてくれたたくさんのことを胸に毎日頑張っています。




(BGM:フラワーカンパニーズ「元気ですか」from SINGLE)
→これは深夜高速に続く名曲。
「お元気ですか、お元気ですか、未来のオレ、未来の君は」
オレの未来も、君の未来も、元気でありますように。
この、元気、ってところがね、いいんだよね。
幸せとかじゃなくて、元気。
だよな、元気があればなんでもできる。
スポンサーサイト



<< 反省の毎日・今日の反省、しかも午前中分 | ホーム | こんな歳のとりかたをしたいモノであります >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP