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スーパーちんどん・さとう

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インプットとアウトプット その3(ラスト)

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というわけで、http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-3354.htmlのつづき

逆に考えていくと、インプットさせなければ、遮断させる方に持って行けば、アウトプットもしない、ということになるわけです。
そうなれば、アウトプットに関わるいろいろな問題が回避できる。
そうなると、「聞いてるかどうかわかんない」ということになるんですが、とにかく生きてはいるけど、反応がないから「静か」ではある。

うまくアウトプットできなくて暴れてしまったり、ちょっとアウトプットがイイ感じじゃなかったときに、話し合ったり、ということが避けられる。

施設や作業所側としたら、とにかく時間が勝負だから、そういう「イレギュラー」はあまりウェルカムではないだろう。
本来、そのアウトプットへの回路をなんとかつなげてやろう、ということで指導なんかが入っていけばいいのではないかと思うのだけれど、そうじゃなくて、それらを「問題行動」としてしまって、そのことだけを押さえようとして、そのアウトプットだけを取り出してしまう。

そうなると、その対処療法はインプットを浸食し、結果として「静か」が産まれることになる。
施設なんかに行くと、とにかく「生気がない」ということになるんですが、それって、まあそういうことなんじゃないか、と。
中には、とにかく朝行って、あとは寝ている、という作業所もあるようだから、おそらくそれはインプットを防御しているように思えます。


インプット自体をとめてしまうと、やっぱりそれは人間たり得ないというか、周囲との関係性とかもなくなってしまう。


マウス実験で、ヘロインを混ぜた水と普通の水を準備し、檻の中に入れておくと、一匹で檻に入れたマウスは、やはりヘロインの方ばかりを飲み、死んでしまう。
しかし、「マウス公園」という、数匹が共同生活する折を作って同じ二種類の水を入れた場合、どのマウスもヘロイン水を摂取しなかったという実験があるとのこと。(ジャーナリストのヨハン・ハリ氏のTED「薬物中毒もスマホ依存も原因は同じ 多くの人が間違えている、中毒者への正しい接し方とは」を検索してみてください)

もちろん、マウスと人間は違うので、人間にそれがそのまま当てはまるということではないんだけど、なにか示唆があるように思います。

つまり、他にやることがない、インプットされるモノがなければ、薬物中毒になってしまうという。
これ、よく「こだわり」と言われるんだけど、知的障害の人たちで、「この子はこの本を持っていないと落ち着かない」とか、「朝、必ずこのCDを一枚聞かなければ外に出れない」とかいうことがあります。

インプットを遮断してしまうと、やっぱりこれらの「こだわり」も強くなるんじゃないか、と。
インプットがない分、こだわりで時間を潰しているというか。

同じズボンばかりはき続けていたという市丸なんかも、まだ実家にいた頃、こちらに来てほどなく「このズボンどうかな?」と親に聞いてきたと言うけど、そうやって、とにかく周囲との関係性が作られていくにしたがって、けっこうこれらの「こだわり」はすぐに影を潜める。
同じCDを聞き終えないと、というヤツも、ウチに来るようになって、もう一週間もしたら聞かなくなった、と。

「どう魔法をかけたんですか?」と言われるけど、何もしていない。
逆に言えば、それまでが「インプットの遮断」という魔法にかかっていたんではないか、と思うのです。


仲間ができる、集団がある、というのは、「インプット量の増大」ということと直結します。
そして、そのインプットに対して、うまくアウトプットしなければ、集団から爪弾きにされることもある。
冒頭に書いたように、自分のしたいことばかりを優先しているのでは、集団に溶け込むことはできません。

もちろん、「集団に帰属なんかしたくない」という感情があることもわかりますが、それはあくまで「帰属する集団あっての感情」ではあります。
人は、思う思わずにかかわらず、なにかしらの集団に帰属し、そこで自分の意見を出したり引っ込めたりしながら生きています。
その中で、「ああめんどくせえ」と思うのは当然で、俺も思います。

でも、だからといって、「帰属する集団がなくていい」ということは成り立たないように思うのです。
多くの、行く場所はあっても「帰属する集団を持たなかった」知的障害の連中がウチに来るようになって、その様子を見ていると、経験上ですが、彼らは「帰属する集団を持ちたくない」という方向を指向してるとは思えません。

まあ、もちろん、「うちの子はそんなことはありません。親がずっとめんどう見ます」と言う人もいるだろうから、まあそれならそれでいいんですが。
でも、かわいそうなのは、本人だな、とは思いますが。


要は、インプットというのは、きちんと正常にされなければならない。
集団の中で、人はいろんなことをインプットされ、アウトプットすることで、他人にインプットする、という関係性があるわけで。

なんで、つまりはインプットをきちんと確保してやること、そして、それまで水が通ってなかった砂漠のような水路に、ちょっとづつ水を通してしめらせて出口にまで届かせるように、ちょっとづつアウトプットへの回路を開通させるとりくみをしなければならないのではないか、という話です。





(BGM:ROLLY「たららん」「PUFFY COVERS」)
→ROLLYさん流の解釈というか、途中にブレイクしてものすごい劇的な展開になっていきます。
どっかクイーンを模してる感あり、このドラマチック感、すげえな、ROLLYさん。
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