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スーパーちんどん・さとう

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というわけで。

以前に、内部にこんな感じのメールを送ったんですけど、そこそこみなさんにもアレかと思うので、掲載してみましょう。


ちょっと気になることがありまして。
たいしたことじゃないと言えば、たいしたことじゃないんですが、ある意味たいしたことだとも思うので、ちょっと心にとめておいてもらえたらと思うので。

泊まりの介助、ありますね。
以前にいた、もういない介助者さんが、それを「夜勤」と言っていたことがあって、とにかく気になっていたんです。

まあ、昼の人と、泊まりの人、というパターンが多いわけなので、日勤、夜勤、という言い方になるんでしょうが、ちょっとそこに違和感があるんです。

つまりどういうことかというと、これは施設用語なんです。
というか、働く側の言葉なんです。

もちろん、働く側とはいえ、それが共通言語として施設で通用しているモノだから、入所者もその言葉は使うことになりますが、それはあくまで施設が「働く側の論理で成り立っている」ということを示しています。

具体的なことを言うまでもないですが、例えば、こっちの生活のありよう、外出の要件などによっては、昼の12時に介助者が交代することもあるわけでしょ?。
もしくは、ずっと連れて回るとか。
施設ではあり得ないかもしれないけど、そういうことがある。
それはもう夜とか昼とかじゃない、ということがあるわけでしょ。
というか、そういう風に「自分の生活に合わせて介助者を使う」ということなわけですよね。
介助者の「夜勤」とかに合わせた生活をしたいわけじゃない。

まあ、実際がどうあれ、意図としては、「夜勤」という言葉に振り回されるのではなく、あくまで、主体はこちら側であって、働き手ではない、と思うんです。
だから、この「夜勤」という言葉を使うことに、俺はものすごく違和感があります。

あくまで、「泊まりの介助」であって、「夜勤」ではない、と思うんです。

もちろん、本筋の論理の中で、国語辞典的に「夜勤」という「言葉の意味」としては成り立ってるし、使っちゃダメだとかいうことじゃないと思うんだけど、施設に対してのアンチ、健体者職員に支配されるコトへのアンチ、という意味では、俺はこの言葉には敏感じゃなきゃいけないんじゃないか、と。

夜勤、といってしまう時に、そこには、「介助者の働き方が先にある」という印象がぬぐいきれない。
なぜなら、やっぱりその言葉は病院や施設で使われる「働く時間」の言葉だからです。

介助者にとって、それがわかりやすい言葉だったとして、でも、やっぱりこちら側が使うべきじゃないんじゃないか、と俺は思います。
逆に言うと、それを使うことで、介助者は「施設」をイメージせざるを得ないじゃないか、と思うわけです。

前に書いたか評議委員会かなんかで言ったかと思いますが、市丸のところの介助者を、最初の時に「応援者」と言っていたわけだけど、というかそれも俺が言い出したと思うんだけど、改めて、俺の方から、それをやめよう、というようなことを。
やりながら、ちょっと俺も間違ったな、と思ったんです。
あくまで「泊まりの人」であって、「近藤さん」であって、それは、そうやってカテゴライズすることが、市丸にとって、「どこかの施設の介助者の人」と同じになっちゃうじゃないか、と俺は思うわけです。

言葉を作り出すことは、「装置」を作ってしまうことになって、それは「障害者を保護する健体者の枠組みを作る」という危険もはらんでいて、やっぱり敏感に考えていかなきゃならないな、と。

介助派遣システム、も、本来の考え方だったら、「介助派遣システム・虹」とか、その後に何かが付く名前です。
生活ホームも、制度名であって、「虹の会生活ホーム・虹荘」とか、後に何かが付く名前です。
でも、それをその時、つけなかったんです。
つけることが、施設につながると思ったんで、しかし、制度上、何かしらつけなきゃいけないので、「虹の会生活ホーム」、場所じゃなく機能上のことを表現しようと思い、「介助派遣システム」としたんです。

同じように、市丸の家も、「独立」というのは、まあ「親からの独立した生活」と言う言葉を略した言葉だから、市丸側の言葉だと思うんでいいんですけど、「市丸ハウス」というのも、便宜上はわかりますが、ちょっとひっかかる。
「ハウス」が施設をイメージさせるからです。

もちろん、これらはイメージです。
先に書いたように、国語辞典的にはあってると思う。
だから、実質的な言葉の意味や簡素に内部で流通する言葉としてそれらがあるのはわかるんですが、でも、やっぱり「言葉の持つチカラ」って大きいと思うんです。

その辺にも、我々は普段から気を遣っていかないと、外部の人がそれを聞いて、そういうものだと判断、解釈されてしまうことにも敏感じゃなきゃいけないと思います。
介助させる側の人も、専従も、やっぱり素人さん、外部の人の「行動の手本」になるわけですから、そこには気をつけていきたい、と思うんです。

言葉を発していると、それが現実になる、なんて半分オカルトのようなことは言いたくはないですが、でも、そういう言葉を使うことで、外部への「印象」は明らかに変わります。
介助者や、お手伝いの方、そういう方への印象ということも「手本」として考えて、言葉選びには慎重になるべきかな、と思います。





(BGM:高木ブー「I WISH」「ハワイアンで聴くモーニング娘。」)
→モー娘。のみなさんがボーカルで参加しておりますハワイアン。
ただ「ゆっくりにした」とかじゃなくて、のびのびとちゃんとハワイアンのリズムになってるところがイイわ。
なかなか楽しい。
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